仮面ライダーディケイド エクストラ   作:牢吏川波実

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 まさか、ここでアレを登場させることになるとは思いもよらなかった。別のことの伏線として置いていた物でまた別の事象を引き出すことになろうとは……。


IS〈インフィニット・ストラトス〉の世界2-21

 世界は広く、そして大きかった、自分が思っていたよりも。

 表現としては、あまりにも子供のようだから使いたくなかったが、しかしそのときの気持ちを思い出すともう、その言葉しか浮かんでこない。

 ドイツ、フランス、オランダ、オーストリア、中国、ロシア、アメリカ、もちろん日本。数多なる国に赴いた自分は、初めて世界の広大さを思い知った。

 それまでも世界大会に出場するため、またその大会で出会った戦友達に会うために各国を巡ることはあった。だが、日本を含めてここまで世界とは広汎であっただろうか。

 かつては、家の中に置かれていた水槽のようだった世界が、今では大きな旅館に置いてある露天風呂のよう、それほどスケールの違いがあったように感じる。

 何故なのか、最初のうちはわからなかったことであるが、旅立って三ヶ国目に訪れたオーストリアで気が付いた。

 ……安心感、なのだろう。

 先も言った通り、自分が他国に訪れるのは世界大会の時か、友人に会いに行くときくらい。当然警備は万全であったり、危険な場所へと立ち入らないように配慮してくれる。だから安心してその国に足を踏み入れることができていた。

 だが、今回は違う。織斑千冬という殻を置いて来た私は、パスポートやビザもなく入国している。簡単に言えば不法入国者である。さらに付け加えるともう一人の自分が日本にいることは確実であるので、見つかることならまだしも、逮捕されたりするとそこはかとなく面倒くさいことになるのは確定的だ。

 そのため、彼女は人目を気にして大通りを歩くということはほとんど無く、裏通りを散策しているのは仕方のないことだ。

 当然のことながらISもそう頻繁には使えない。各国の防空レーダーが監視を光らせている中で飛び出していくのは正しく自殺行為に等しいもの。不法入国の仕方に関してはもはや慣れてきたものの、罪に罪を積み重ねているおいう事実は心に重くのしかかる。

 そんなこんなで、絶対に見つからないように、ばれないようにと行動を続けている千冬ではある。だが、まだ安心なんてできない。自分はここまで心配性だったかと驚くばかりだが、これで事足りるとは思っていないのだ。

 そんな時、彼女の目に飛び込んできた物。それは裏路地で、日本円に換算すると千五百円ほどの値段をするモノだった。これを使えば完全に前までの自分に別れを告げられ、ある程度大通りを歩いていてもすぐに自分とはばれないだろう。

 だが、と千冬の葛藤は始まる。

 そうだ。これを使えば確かに変装には十分だ。しかし、そのためにはもう一つの命を捨てなければならない。長年育ててきた命を、無造作に散らさなければならない。本当にそれでいいのか。第一、この変装ではいざ一夏と出会った時に自分であると分かってもらえないのではないだろうか。

 悩んだ末の結論。彼女はそこに売られていたソレといくつものグッズ―ほかにも変装に使えそうなものがあったため―を購入し、すぐさま公園にある公衆トイレへと向かった。

 数十分後、千冬はトイレから出た。そのとき、千冬は重荷が取れたような心境だったそうな。精神的にも、身体的にも。もう、そこに元の女性の面影は存在していなかった。

 女性は、大通りに躍り出る。多少注目されているようだが、しかし自分が織斑千冬であると気が付く人間はいない様子だ。名前も、地位も、名誉も、そして二つの命も捨て去った。今の自分に残る物はこの人間と怪物のハイブリッドの身体、暮桜だけ。女性は、情報を提供してくれると言ってくれた人間の元に向かう。そんな折、一つ気が付いたことがあった。

 ハサミで短くするだけでも良かったかな、と。

 なお、千冬が変装に使った公衆トイレはずいぶんと古く、水の勢いが弱かったため彼女が流したと思っていた物は全てそこに残っていた。そして、彼女の後に使用した女性がそれを発見し、後に一つの怪談が生まれた。ということは、笑いの種として置いておこう。

 

 

「いっくんを、人間として殺してあげるか、それとも……これ以上苦しまないように人生を終わらせてあげるか」

 

 あれから四年。彼女の姿は、久しぶりに顔を合わせた親友の研究室にあった。

 日本に帰ってくるのは、三年前に一度っきりだったため懐古感のようなものがあろうかと思うが、そんな物とうの昔に置いてきた。そもそもその時日本に立ち寄ったのも故郷を懐かしんで、ではなくて当然一夏を探すため。灯台下暗しということでもしかしたらと思っては見たのだが、結局は空振りに終わり、もう一人の千冬とも電話で話をするぐらいですぐに北米へと向かっていたのだ。

 今回、そんなもう一人の千冬から連絡があった。一夏が、見つかったという。それも、たびたび連絡を取っていた束が匿っていて、さらに今IS学園を襲撃してきたのだとか。

 こちらの方が灯台下暗しではないか。一緒に探してくれていたはずの人間がずっと隠し通していたのであれば見つからないのは当然である。

 かくして、四年以上ぶりに織斑千冬と篠ノ之束は邂逅した。

 そして提示されたのは上記の設問。

 一夏の人間としての命を取るか、一夏の全てを取るか。

 一瞬だけ目を閉じた千冬。彼女の瞼の裏にはこの四年間で出会ってきた全ての人たちの顔が浮かんでいた。

 憎しみ、嫉妬、絶望、悲観そして……恐怖。

 この世界は、生きるに値する物か。怪物である者が普通に生活を送ることが出来る世界なのか。分かり合うことが出来るのか。

 もしかしたら、極少数の人数であったとするならばそれもまた可能であろう。しかし、多人数となったら、多くの人間が分かり合うことに否定的であったのならば、好意的に受け入れてくれた極少数の意見なんてものは宇宙のチリに等しい物。何の価値もない。

 この世界は、人間とそれ以外であふれている。人間は、人間ではない存在のことを恐れる。恐怖は破壊へとつながる。差別となる。そして、誰かが傷つく。

 そんな世界で、『自分たち』オルフェノクは生きていていいのだろうか。短い時間とはいえ、弟をこんな世界で生き長らえさせてもいいのだろうか。

 本当に、こんな世界で。

 

  助けてくれて、ありがとう

 

 その時、千冬の瞼の裏に二人の少女が映った。

 

「そう……か、分かった」

 

 決まっていたことじゃないか。元から。何を今更なやむことがある。葛藤することなんてないじゃないか。なら、自分は自分で決めたことにただ、忠実であればいい。

 

「……まったく、怖いものだな……人間という物は」

 

 千冬は束の手から注射器をい受け取った。

 『フォトンブラッド』の入った注射器を。

 

「束、どうやら私も……人間が嫌いなようだ」

「そっかぁ、私と同じだねちーちゃん」

「あぁ、そうだな……」

 

 でも。

 

「けど、私はお前のことが好きだ」

「えッ?」

 

 突然の告白。いきなり何を言い出すのだこの女性は。束は思わず右手に持っていた注射器を落としてしまう。

 注射器は、硬い鉄でできた床にぶつかると割れ、中の液体が一面に流れ出した。

 固まっている束に対して千冬はそれまで無表情だったのが嘘であるかのように笑みを浮かべると言った。

 

「箒のことも好きだ」

「え?」

「鈴のことも好きだ。弾や、蘭のことも好きだ。それに、旅の中で私を受け入れてくれたたくさんの人のことも好きだ。確かに、私は人間のことが嫌いだ。だが、好きでもある。だから、一夏には人間を捨ててもらいたくない。人間としての身体を持って、最期を迎えてもらいたい。それが私の答えだ、束」

 

  人間は嫌いだ。

 一夏を見捨てた人間は嫌いだ。

 親友の夢を汚した人間は嫌いだ。

 一夏を誘拐した人間は嫌いだ。

 同情するだけで何もしてこない人間は嫌いだ。

 私利私欲のために尊厳を踏みにじったり、倫理を犯したりする人間は嫌いだ。

 他人のために自らの命も鑑みない人間は大嫌いだ。

 人間は、嫌いだ。

  けど、好きだ。

 一夏を救うために動いてくれた人間たちは好きだ。

 一夏と友達となった人間たちが大好きだ。

 旅の中で出会い、怪物であっても受け入れてくれた人間たちが好きだ。

 身元もはっきりしない自分を助けてくれた人間たちが好きだ。

 自分の人生を受け継いで、一夏の事を第一に考えてくれる人間(ワーム)が好きだ。

 このあとどうなるか分からないが、一夏のことを一度でも友達だと思ってくれている人間たちが好きだ。

 一夏の命を救うために頑張ってくれた人間が大好きだ。

 私は、人間のことが好きだ。

 嫌いだけど、好き。これを、人間の中では両価性、アンビバレンスな感情であるという。人間である以上、その感情から逃れることが出来ない。自分は好きであり、嫌いであるのだ。これを優柔不断であると説くのかどうかは、人それぞれだが、どちらか一方の考えにコリ固まることのないということはどちらにでもなれる、どんな色にも染まれるという人間の本性そのものではないだろか。

 その感情を、人として当たり前の物を失い、一方の事しか見えなくなってしまったものが悪の道に、人の道を外れた行動をとる。

 この束がいい例なのかもしれない。

 人間のことが嫌い、こんな世界滅んでしまえばいい。そう、彼女が考えるのも無理はないほどに辛い経験をしてきた彼女。そんな彼女の心を救う方法は一つだけ。そう、千冬はこの場所に来るときから覚悟をしていた。例え、フォトンブラッドを渡されずとも一つの決断を下していたのだ。

 

「束、実は私の方もお前に黙っていたことがある」

「黙っていたこと?」

「そうだ。私は……」

 

 そう言いながら、千冬はあの姿に変身する。自分のもう一つの姿。人間の新たなる進化、その可能性の一つである異形の物。

 

「オルフェノクだ」

 

 カッコウオルフェノク。その姿に慣れていなかったころはこの姿になるのに多少の時間はかかっていた。だが、あれから四年の月日が経ち、旅の最中で何度も変身しているうちに、息継ぎをするかのように簡単に変身することが出来るようになっていた。

 束は、目の前に現れた一夏のような灰色の怪物の姿を見て一瞬だけ驚いたものの、すぐに平常心を取り戻して言う。どちらかというと千冬から告白されたと思い込んだ時の方が衝撃度が大きかったのかもしれない。

 

「ちーちゃんも……オルフェノクだったの?」

「そうだ。そして、この四年間一夏のことを探して世界中を旅していた」

「いっくんのことを? でも、それじゃIS学園にいるのって……」

「ワームの私だ。同じく四年前に出会った私の分身のような人間だ」

「……そうなんだ」

 

 束は、その言葉ににやついたような表情を取る。どこか安心したかのような笑みだ。

 

「ちーちゃんも、一度死んだの? それとも、オルフェノクに?」

 

 オルフェノクの進化には二つの方法がある。

 一つ、普通に死亡した人間が極めて稀にオルフェノクへと進化する方法。

 一つ、別のオルフェノクによって『使徒再生』という方法を用いてオルフェノクとしての対組織の再構成を行う方法。

 一夏、そして千冬は前者である。

 

「四年前に一夏が死んだとき……一夏の誘拐犯の車を止めるために、な」

「そぉなんだ……」

「フッ、ワームの私が言っていたが姉弟と二人ともオルフェノクになるのは奇跡的な確率だそうだ……やはり、生まれ方が普通の人間とは違うからか?」

「……」

「怖いか?」

「ううん。だって、ちーちゃんだし怖いなんてことないよ」

「そうか……」

「……もうオルフェノクから人間に戻ったら? 怖くないって言っても、やっぱりいつものちーちゃんのほうが束さんはいいなと思います」

「そうだな。だが、その前に……」

「え?」

 

 千冬はそういうと手に持ったフォトンブラッドを束に手渡すという。

 

「選んでくれ、そのフォトンブラッドを、私に注入するかどうかを」

「……」

 

 束は言葉が出なかった。一体、何を言っているのだ。四年前まではともかく、オルフェノクである千冬にフォトンブラッドを注入すればどうなることか。たちまち体内に広がって、その内体の中から徐々に灰となって崩壊する。それがフォトンブラッドの恐ろしいところだ。そんなこと、先ほど説明を受けたばかりの千冬なら分かり切っているはずのことじゃないか。一体、どうして。

 

「束、私はずっと後悔して来た」

「後、悔?」

「お前の夢、インフィニット・ストラトスを機械から兵器とさせてしまったのは、私だと。私が、お前の夢を壊したのだと……」

「そ……」

 

 そんなことない。そんな一番簡単に解決させられる言葉はすぐには束の口からは出なかった。この問題は、そんな言葉程度で終わるものではない。終わらせてはならないものだからだ。

 

「お前が、これを私に差し出したのも何かの縁だ……束、もし私のことを殺したいほど憎んでいるのなら、私を殺してくれても構わない。だが、約束してくれ……お前が殺す人間は、私一人だと」

「ッ!」

 

 とんでもないことを言うものだ。詰まるところ千冬はまたもや自分の命を掛け金にして何かを救おうというのだ。それも、親友にそのはんだんを迫るという残酷な方法で。いや、自分も先程親友に迫ったではないか。親友の弟の命を勝手に同行する権利、そんな人間としてあってはならない行いを。これは、その仕返しに過ぎないのかもしれない。

 束は、千冬の手からフォトンブラッドを取る。それは、まるでリレーのバトンパスのよう。今度葛藤するのは、決断を迫られるのは自分の方だという残酷な死のリレー。

 自分が、親友の命を絶つ。いや、そもそも自分の本来の計画はISを兵器としてみてくれなかった世界への復讐。それに加えて、もともと普通の人間として生まれることができなかった親友を人間として殺してあげると言うことが目的だったはずじゃないか。

 今、そのチャンスが目の前に来ている。最初にISを兵器として使用し、世界にISの人殺しの機会としての才能を世に出した人間が、自分が殺してあげたいと願った人間が、自分を殺してもいいと言っている。もし、もしも彼女を殺したら、自分の中の全ての復讐にケリがつくのではないだろうか。世界に対しての復讐というのにも終わりが来るのではないだろうか。

 ただ一度でいい。ただ一度この注射器を親友に突き立てれば、それだけで終わり。いつかはそうなる予定だったんだ。それが自分の想定よりも少し早まっただけ。だから。

 

「ちーちゃんの……馬鹿」

 

 束は手を振り上げる。千冬はそんな束の姿をただ笑ってみているだけ。

 ゆっくりと、重石を持ち上げるようにようやく振り上げたては、フルフルと小刻みに振動しており、彼女の手に異様に力が入っていると言うことが見て取れる。これで終わる。終わってしまうのだ、自分の復讐が。あの日以来10年という歳月をかけて組み上げてきた計画が、悪魔に魂を売ってでも始めた計画が全て終わりを迎えるのだ。

 この一振り。たった一振りで、終わってしまう。そんな軽々しいものが自分の復習になるとは夢にも思わなかった。だが、もう迷っている時間も何もない。彼女は決断したのだ。なら、自分も決断しなければならない。

 

「どっちをとっても、私の……負けじゃん」

 

 束は、手を振り下ろした。何もない壁に向かって。

 束は、フォトンブラッドの入った注射器を壁に向かって放り投げる。注射器は、一直線に木製の壁に向かうと、当たって砕け散る。

 気がついたのだ。どちらをとっても自分の復讐は終わってしまうと。

 もしあのまま千冬をフォトンブラッドで殺していたとしても復讐は終わっていたし、殺していなかったとしても己がいちばん復讐したがっていた相手を殺さなかった、殺せなかったという時点で復讐する人間がいなくなる。かろうじて、ISのことを認めなかった世間、といった相手は残るだろうが、そこまでくるともはや誰かを殺したいために理由づけをするマッドサイエンティストそのものだ。だから、彼女は決心した。この復讐を全て終わらせるという決断を。

 

「束……」

「ねぇ、ちーちゃん」

「なんだ?」

 

 千冬は、今度こそヒトの姿に戻る。

 

「ちーちゃんはさ、知ってるの? 自分と、いっくんがどうやって生まれたのか?」

 

 束は聞き逃さなかった。自分と一夏がオルフェノクとなった理由、それはもしかしたら自分たちの出自に関係するのではないか、という発言を。

 まさか、知っているのかあの計画のことを。そう考えての質問である。

 千冬は壁に背を預けながら言う。

 

「あぁ、ちょっとした用事である研究所にカチコミを仕掛けた時にな」

「……」

 

 カチコミ、つまり襲撃したと言うことか。一人で、イカれた研究をする規模と財力を持った研究所を、しかもちょっとした用事というまるでお使いの途中に立ち寄った感覚で。

 親友でなければ信じられないことだ。そして、もし千冬がその研究所を襲ったと言うのであれば、顛末は想像するのに難しくない。

 

「えっと、その研究所ってどうなったの?」

「明日の今頃には資金援助していた軍事会社に立ち入り調査が入っているだろうな」

「壊滅させちゃったんだね」

「あぁ、そして実験の時に生まれた子供たちもすでに保護し、信頼のおける人権団体に預かってもらっている。実は襲撃の直前にその研究所から逃げ出した二人の女の子に出会ってだな」

「あぁもういい。なんだか話が長くなりそうだから……」

「そうか……」

 

 気がつけば束はいつものようにおちゃらけた口調は消えてなくなり、年相応の普通のしゃべりをしていた。

 きっと、今の彼女の口調が本性であるのだろう。あのふざけた口調は彼女が、自分自身の心の奥を隠したいからと作り出した偽物の人格、外に本当の自分をだすのが怖くて創造した裏の顔。彼女は10年にも及ぶ復讐の枷からついに抜け出すことができたのだ。

 

「何も感じなかったの? 自分たちが普通の人間じゃないなんて……」

「普通なんて、どこにも存在しない」

「え?」

「足が速い人間、遅い人間。視力がいい人間、悪い人間、運動神経がいい人間、悪い人間。裕福な人間、貧困な人間。世界中にはいろいろな人間がいてそれぞれに適応した人生を送っている。そこに、他人から見た普通だとか普通じゃないだとかは存在しない。私も、一夏も、生まれが周囲の人間と違っていも、今を生きていると言うことは変わらないのだからな」

「……強くなったね、ちーちゃん」

 

 少し前の、旅を始める前の自分であったらここまでのことを言えたであろうか。他人とは異なる出自というものに耐えることができていたであろうか。

 彼女は旅によって変わることができた。多くの人間に出会って、多くの感情を知った。

 世界には負の感情だけではない。

 笑顔が、夢が、希望が、未来が、そして愛が。どんな国の人にも、どんな人種にでも、どんなハンデを抱えた人間であったとしてもソコに紛れもなく存在した。

 こんな人間たちのいる世界で生きていくのも悪くはないと思うようになれた。

 この世界で、生きたい。一夏と一緒に、束と一緒に。多くの人間たちと一緒に。もしも、他人が自分たちのことを受け入れてくれたら、の話ではあるが。それに、受け入れてくれたとしても、一夏にはもう時間が、ない。

 

「束、一夏の寿命はどうにもならないのか? 本当に、あと一ヶ月で尽きてしまうのか?」

「うん、なんとか薬の開発を進めたんだけれど、いっくんのからだからオルフェノクの細胞を消すことはできなかった……」

「……」

 

 なるほど、束はおそらく一夏の体からオルフェノクの細胞を消すことで人間の体に戻そうと考えたのだろう。しかし、オルフェノクとなったことによって細胞だけではない、その身体構造までも変化してしまったからそうも簡単に行かなかったのだろう行かなかったのだろう進化するよりも退化させるほうが大変なのだろうか。生物学が専門ではない束、そして勉学に関しては束に劣る千冬には空高くに浮かぶ雲を掴むように難しい話だ。

 

「私もこの身体と付き合って四年経つが、この力も意外と悪くないと思えるようになってきた」

「え?」

「オルフェノクにさえならなかったら人間として生活を送ることができる。命の危機が迫った時にはすぐに変身して対処することができる。確かに最初は色々と悩むことがあったが、こんな体をしていてもニンゲンだと言ってくれる者たちに出会った。お前のようにな」

「……」

「あるがままを受け入れ、生きていく。オルフェノクの力を怖がらず、自分の力の一つとして受け入れる。それが出来るのなら……」

「ちーちゃん……」

 

 それが出来ればどれほど簡単何だろか。誰もが、自分ではない他人のことを受け入れてくれたなら。他人が、畏怖すべき存在を肯定的に見てくれたのならば。

 夢に見るのだ。いつの日にか、自分のような死んでオルフェノクとなった存在と、オルフェノクではない人間が共存する世界のことを。

 もちろん、そんな非現実的な世界が訪れないかもしれない、単なる夢物語に過ぎないことは彼女自身が知っている。そもそも畏敬の存在自体が共存を望まない可能性だってある。

 それは、束や一夏が目撃した多くの世界を見れば分かることだ。

 自分のように一度死に、別の世界に別人として蘇って侵略を続ける転生者。決して分かり合おうとしない、人の心を持たない。世界は自分の物、女性は自分の物だと信じて疑わない外道の連中。そんな存在を知ったからこそ、思うのだ。世界には分かり合えない人種も存在するのだと。

 だが、それでも。それでもと言って夢を追う。何度挫折しても、後悔しても、夢を追う気持ちを忘れなければきっと、きっと望んだ世界が訪れることを信じて、戦い続ける。立ち上がり続ける。例え、それが血を吐きながら行う悲しいマラソンだったとしても。

 

「ちーちゃんは、これからどうするの?」

「IS学園に行く。分かってもらえないかもしれないが、一夏を説得して……そうだな、どこか人の来ないところに行き、残りの一か月を一緒に暮らしたい。それこそ、自己満足なのかもしれないがな……」

「そっか……」

 

 もう、それしか道は残されていない。たとえ一夏を説得できたとしても残りの寿命はたったの一か月。なら、自分一人が彼のことを看取ってあげなければ。などと、結局は自己満足に走ってしまうのだが、もうそれ以外できることがないのは事実だ。

 千冬は、篠ノ之束の力を認めていた。ISを作り出した天才的な頭脳も分かっていた。だが、そんな束ですらも一夏の寿命を、オルフェノクの寿命を延ばす方法を見つけられなかったのならば、もう一夏の未来への可能性等ないに等しい……。

 

  答えてもらおう。中国にいた私が何故、ここにいる?

 

  このノートに書けば、未来を思うように操ることが出来る。ただ、あるかもしれないという可能性がなかったらそもそも実現しないんだけどね。

 

  そうか、ならそのノート、預からせてもらおう。また勝手に呼ばれてはたまったものではないからな。

 

 

「ッ!」

 

 まさか。いや、だが可能性はある。千冬は懐からPCタブレット型の機械を取り出すと開き、すぐさまそこに言葉を並べた。

 

≪織斑一夏、本来自分が生きるはずだった寿命を取り戻す≫

≪篠ノ之束、オルフェノクの寿命を延ばす薬を思いつく≫

「束、今すぐ薬を作ってくれ!」

「え?」

「例え、完全にオルフェノクにならなくても人間とオルフェノク、二つの細胞が共存させることが出来れば、身体に負担を与えていた部分を取り除いていけば人間の寿命を持ってオルフェノクとしての力も持って生きることできるんじゃないのか?」

「そんな、いきなりそんなことを言われても。第一奇跡的にそんな薬が出来ても、いっくんの身体を蝕んだオルフェノク細胞はもう元には戻らない。いっくんの寿命は元には戻らないよ?」

「いや、大丈夫だ」

 

 千冬は、自信たっぷりに言った。何故、そんなことをいきなり言い出したのか。何故、そんな風に言えるのか。束には全く分からない。

 

「束、思考を止めるな。お前はすでに、答えを持っているはずだ」

「持っているって……ッ!」

 

 その時、束の脳裏に浮かんだ。これは、数式。それに、これは細胞配列。それに、この化学式には見覚えがある。フォトンブラッドの化学式、いや少しだけ違う。なんなのだ一体。けど、もしかしてこれを使えば……。

 

「これなら、できるかもしれない。オルフェノクの寿命をヒトの平均寿命程度にまでは伸ばすことのできる薬……でも、なんでいきなり?」

「これを使った」

「なにそれ、タブレット端末?」

「これは、昼間私がIS学園を訪れた時に手にいれたものだ」

「え?」

 

 忘れている読者もいるかもしれないがこの日、織斑一夏がIS学園を襲撃した同日の午前に、学園ではもう一つの事件が起こっていた。それが、海東大樹襲撃事件。

 複数の仮面ライダーの偽物が一夏たち生徒を襲い、本人は地下の量産型IS打鉄の保管庫に忍び込んだというあの一件だ。

 その戦いの中で、メリットを消された海東大樹が、更識盾無によって敗北寸前にまで追い込まれた際の事。とある世界で手にいれた時間停止能力によって盾無、そしてその場にいた小野寺ユウスケの時間を止めた後、海東大樹は本来の目的であった暮桜の居場所を聞き出すために、その操縦者であった『地上にいた』織斑千冬を呼び出すためにそのタブレット端末を使用した。

 だが、呼び出されたのは一夏捜索のために中国に来ていた本物の織斑千冬。地上にいるのは偽物であるため、本物が呼び出されるのは当然だろう。そして、すぐさま戦闘が始まった。

 だが、海東はそれまでの戦いで傷を負っていたことはもちろん、唐突に呼び出されたことによって機嫌を悪くした千冬の猛攻を防ぎきることが出来ず、あえなく瞬殺となり、二度と勝手に呼び出されないようにと千冬にタブレット端末を没収されたのだ。

 そう、海東が別世界で手にいれた通称未来ノートとも呼ばれているチートアイテムを。

 もしも、可能性があれば書かれたことが叶うというそのノート、千冬はこの土壇場になってそれを思い出したのだ。

 一夏の寿命に関しては、元々束が手を加えなかったらその分生きれたであろう寿命が、可能性として確実にあるために単純にソレを取り戻すという文を書いた。

 そして、オルフェノクとなったヒトの寿命を延ばす、延命させる薬。本来であればどの世界にもないものであるのだから、それをいきなり『現れる』と書いても出てくるかどうか怪しい。だが、天才束であったら、長い時間をかけてさえいればその方法を編み出していたのではないか。なら、その方法を今思いつけばいい。これは、一種のかけだ。束がその方法を思いつくことが出来ないという可能性もあるし、思いついたとしても一つ目に書いた一夏の寿命が元に戻るという一文が叶わないというリスクも大きい。だが、できることがあるのにそれをしないというのは、生きるという未来を捨てるという意味と同義なのだ。千冬は、この旅の中でそう教わった。なら、自分は己のできる最善の方法を試すのみ。最も、その最善の方法として用いた物は、転生者もビックリなチートアイテムだったのは皮肉なのかもしれないが。

 

「束、その薬すぐにできるか?」

「半日もあれば……でもリスクは大きいと思うよ。理論上はそれで大丈夫でも、動物実験も何もできていない薬をいきなり使うのは……」

「実験台なら、目の前にいるじゃないか」

「……ちーちゃんなら、そういうと思った」

 

 束は飽きれるように言いながら椅子に座るとパソコンのキーボードをたたきだす。恐るべき速さだ。プログラマーも腰を抜かすほどの。そんなギネス級のスピードを出しながらも束には会話を楽しみ余裕があった。

 

「ちーちゃん、いい加減命を大事にしたら?」

「あぁ、分かっている。もう二度と命を粗末に扱わない。実験台になるのも、お前のことを信じているからだ」

 

 思えば、今までどれだけ命を粗末に扱ってきた物か。一夏のためにどれだけの命を捨ててきた物か。だが、もうそれも終わりだ。いや、終わっていたのだ。この旅の中で。けど、その旅も、自分を大きく成長させてくれた旅ももうすぐ終わる。そして、新たな旅が始まるのだ。一夏と、そして一夏のことを愛してくれる人たちと一緒に進む旅が。

 もうすぐ、始まる。

 そんな千冬に向かって束は一つ気になっていた質問をぶつける。

 

「ところでちーちゃん、カツラずれてるよ」

「ん? あぁ、お前と逢うには前の髪型のほうが良いと思ってつけてたんだったな……」

「!?」

 

 横目に千冬の事を見ていた束。その時、キーボードを打つ手が止まり、硬直する。

 

「え、ちーちゃん……どうしたのその髪……というより、髪は?」

「ん? 全部切った。四年前にオーストリアでバリカンを買ってな。これなら私が織斑千冬だとはばれないだろう?」

「……」

「それから、変装のためにタトゥーシールを顔に張り付けたり、サングラスを買う事もあったな。ある国では修行僧として丁寧なおもてなしを受けたこともあった」

「……」

 

 言葉が出なかった。つまり、千冬は変装のためにあれほど伸ばしていた髪を切ったというのか。確かに、ロングヘアだった髪の毛が無くなってしまえば、誰も千冬とは気が付かないだろう。束自身も、千冬がかつらをかぶっているのを見た時にはきっと髪を『多少は』短くして変装してるのだなと思ったが、まさか全部切ってしまっているとは思いもよらなかった。

 今日何度呆れただろうか、ともかく大きなため息を再びついた束は自慢げに話している親友に向けて言う。

 

「ほんと、『命』は大切にしてね」

「昔はそう言ったらしいが、私にとってはうっとおしいだけだったな。むしろこのまま過ごしても……」

「それはやめて!」

 

 千冬と言い争いながらも束は薬を作り始めていた。楽しい時間だった。恐らく、人生で一番。偽りの仮面を脱いだ束にとっては、恐らく初めてといえるくらいに心の底から一緒に笑いあった。

 復讐者でも、天才科学者でもない、ただ織斑千冬の親友である篠ノ之束、本来あるべきはずだった関係が戻っていた。

 だからこそ、名残惜しい。

 もう、これでみんなと、ちふゆと、いちかと、ほうきとあえなくなるということが。

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