仮面ライダーディケイド エクストラ   作:牢吏川波実

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IS〈インフィニット・ストラトス〉の世界2-22

「そんな、それじゃ千冬姉もオルフェノクに……それに、四年間、俺のことを……」

 

 織斑千冬の語ったこの四年余りの出来事、それは一夏を驚愕させるのに事足りる。あまりの衝撃に、背中に走る激痛にかまっている暇すらもないほどに、一夏は姉の話を夢中になって聞いていた。まるで、幼い子供が母親の子守唄を聞いている時のように静かにおとなしく。

 

「そうだ。けど、後悔はない。こうしてまた会うことが出来たんだからな。それと……」

「え?」

「ありがとう、弟の居場所を守ってくれて。感謝する、もう一人の一夏」

「あ、えっと……うん……」

 

 地面スレスレでオルフェノクの一夏を救出した千冬。その腕にはもう一人の一夏、つまりワームの一夏も抱きかかえられていた。その彼に向けられた千冬の笑顔、本当の弟に向けられたものと全く同じだ。

 ワームの一夏は、その笑顔を若干照れ臭そうに受け入れる。そんなもの、自分にはいらないというのに。

 

「もうそろそろか……」

「え?」

 

 そういうと、千冬は二人の一夏を腕から降ろしながら暮桜の展開を解く。一夏たちは疲れてはいたが、しかし会話している間に徐々に体力を回復させていたためバランスを大きく崩すことなく地面に降り立つことが出来た。

 そして、千冬はオルフェノクの一夏に聞く。

 

「気分はどうだ、一夏?」

「え? 悪くはない、けど……」

「そうか、よかった。なら、この薬は成功だったようだ」

「え?」

 

 そういうと、千冬は空っぽになった注射器を見せる。もしかして、これが先ほどまで自分の背中に刺さっていたナニカなのだろうか。いや、まさかそれは。

 

「それって、千冬姉の話に出てきていたオルフェノクを延命させる薬!?」

「そうだ。私も一度使ったが特に異常はない。これで、人並みの寿命を取り戻すことが出来たな」

「それじゃ、俺……ッ!」

「そうだ、人間たちの中で生きることが出来るんだ。愛する人と一緒に、人生の終わりまで生きることが出来る」

 

 千冬が二人の一夏を受け止めた時、一方の一夏の背中に束が開発した薬を打ち込んだのだ。

 空中でどちらが下になるかで揉み合っていたため彼らのことをよくわからない人間にはどっちがどっちか分からなかっただろう。だが、元々ワームの存在を知らなかった時にも、本物ではないと断言出来ていた千冬には手にとるようにどちらがオルフェノクの一夏であるのかが分かっていた。

 この液体によって、二人のオルフェノクの命は人並みの物。厳密にいえば、オルフェノクになる前の寿命とほぼ同じとなった。一度死んでオルフェノクになった者に対して、オルフェノクになる前の寿命とは言っていて妙だなとは思うが、しかし結果的にはそれで正解なのだ。

 これで、二人は周囲の人間と共に歩む時間が出来た。共に、同じ時間を歩くことが出来るようになった。

 だが、まだ問題は山積みではある。

 

「最も、それをみなが良しと言ってくれればの話だがな」

 

 千冬は、悲しげに笑みをこぼした。そうだ、例え二人が人間と共に暮らしたいと願ったとしても、それはただの儚い祈りに過ぎない。大切なのは、周囲の理解。つまり、このIS学園の生徒や先生たちがどう思うかなのだ。

 怪物である一夏と、ともにこれからも勉学に励みたいと思うのか。それとも、もう近くに来ないでくれと突き放すのか。こればかりは、流石の千冬にもどうすることのできない物だった。

 しかし、一夏はそんな千冬の心配事に対して首を振り、儚い笑みを浮かべながら俯き言う。

 

「結局は同じだよ。千冬姉ならいいかもしれない。でも、俺は……皆に昨日、ひどいこと言って傷つけた……俺には、皆と一緒にいる資格なんて……」

 

 彼は忘れていない。自分が彼女たちに言った数々の暴言を。そして、与えた屈辱を。例え、それでも彼女たちなら乗り越えてくれると信じていたとしても、そんなことを口走った自分が許せない。

 残り少ない命だったとはいえ、あんなこと友達に、仲間になるはずだった人たちしていいことじゃない。それを理解していたからこそ、一夏は躊躇いの言葉を吐きだした。

 

「そんなことは無い!!」

「ッ!」

 

 一夏の後ろから聞こえてきた声。振り返った先にいた者たち。それは、自分にとって最も守りたかった少女たちだ。

 ISを纏った少女たちは誰しもが身体的に傷ついていた。唯一楯無のISのみが綺麗であるのに対して、全員のISがひび割れていたり、壊れたりしていたボロボロであった。

 

「箒……どうして? 俺、皆にひどいこと……」

「そうですわね。けど、おかげで自分自身を見つめなおすいい機会になりましたわ」

「え?」

「一夏の言ったこと、もしかしたらそうじゃないのかってね」

「一晩、皆で考えたんだ。でも、結局結論はなかなかでなくて」

「だが、そのおかげでこの学園の者たちみんなが一つになることが出来た」

「一夏のことを守りたい。私が守られたように、今度は一夏のことを……」

「確かに、あなたの言葉でみんなを一度は傷つけた。でも、そのおかげで少しの間だけでもこんだけの女の子の気持ちを一つにした。それは、事実じゃないかしら?」

「織斑君、例え異世界の私たちがどうであれ、私たちは何も変わらない。織斑君がよく知っている私たちです。今も、そしてこれからも。異世界の私たちの罪も全部、受け止めます。だから……」

 

 セシリアが、鈴音が、シャルロットが、ラウラが、簪が、楯無がそして、山田が綴るメッセージ。それは、自分たちは織斑一夏が怪物であったとしても構わない。昨日の場美雑言も許す。だから、一緒に学園で学ぼう。そこには、詭弁も同情も何にも籠っていない。ただただ本心からの言葉があった。

 互いを守り合い、互いに許し合う。こんな綺麗事が通じる世界がまだ、この世には存在していた。こんな、人の悪意が渦巻く地球にあっても、思いやる気持ちが残されているのだ。

 

「本当に、本当にいいのか? こんな俺でも、皆と一緒に、いて、本当に」

「当たり前だ。何故なら、お前は私がす……いや、私たちが……私たちが好きになった織斑一夏! そのうちの『一人』だからな!」

「みんなッ……」

 

 この箒の言葉にセシリア達は一斉に頷いた。

 箒は成長した。自分自身を見つめなおし、これまでの行動のいくつか反省すべき点を見つけ、そして決心した。一夏に、自分の本当の気持ちを伝えようと。いや、違う。自分たちの本当の気持ちと、言ったほうが正しい。

 自分たちは好きなのだ。一夏のことが。それは、物珍しさとか、守ってもらったからとか、優しい言葉をかけてくれたからとか、そんな単純なことじゃない。一夏の心に惚れたのだ。自分が傷ついても、誰かのことを守りたいという願い、それが彼女たちを突き動かした。

 そして、それは当然―――。

 

「もちろん、もう一人の織斑一夏も……」

 

 箒は、その場から静かに立ち去ろうとしていたワームの一夏の背中にそう声をかけた。

 本物の織斑一夏が戻ってきて、そして皆がそれを受け入れた以上偽物がここにいてはいけない。だから彼は誰もが本物の一夏に気を取られているうちに、白式をその場に置いてIS学園から去ろうとしていたのだ。

 もちろん、何か月も暮らして、授業を受け、自分のことを大きく成長させてくれたこの学園から去るのは辛い。だが、これは今朝覚悟していたことだ。本物が帰ってくるのなら自分は必要ない。それは当然の考えであり、この学校から立ち去ろうという気持ちも分かる。

 なら何故泣いている。どうして、目から大粒の涙を流しているのだ。

 弱いな自分は。今朝も同じような理由で既に泣いていたというのに、また改めて目の前でその光景を見せられると、離れるに離れられないじゃないか。

 

「なんでだよ。本物ならともかく、俺は赤の他人だぜ?」

「確かに、お前は織斑一夏じゃない。それは変えることのできない事実だ」

「なら……」

「でも、あんたは一夏のいない間、織斑一夏として私たちのことを守ってくれた。それも、事実でしょ?」

「え?」

「もし、アナタがいなければ、私は今でもプライドが高いままで、男の人なんて大っ嫌いのままだった。アナタが一夏さんとして、私を打ち負かしてくれたおかげで、私は変わることが出来ました」

「私も……キミがいなかったら、そもそもこの学園に来てたかどうかも分からない。こんなにたくさんの友達に出会うこともなかった。キミが一夏として私のことを守ってくれたから、ここにいられるんだ」

「……あの時、私のことを助けられたのはオマエだけだった。お前もまた、嫁としてふさわしい人間だ」

「アナタがいなかったら。私は今でもこの打鉄二式を組み立てるために独りぼっちだった。お姉ちゃんとも仲直りすることが出来なかった。ありがとう、一夏の代わりに、そばにいてくれて」

「君は確かに一夏じゃない。一夏くんの代わりだったのかもしれない。でも、アナタがいてくれなかったらこれだけたくさんの人たちの笑顔は失われていたのかもしれない。私も、含めてね」

「アナタは、守ってくれたんです。織斑君の代わりですけど、織斑君じゃない。あなた自身の意思で……あなたも、皆と同じこのIS学園の生徒ですよ」

「ッ! ダメだよ……みんな、それじゃ……一夏が見てきた別の世界と同じだ。一夏の居場所を奪って、一夏の役割を奪って、それじゃ……」

「それは違う!」

 

 違うんだよ、一夏。いや『ナナシ』のワーム。

 綺麗事かもしれない、詭弁かもしれない。でも、違うんだ。皆の声を代弁するかのように箒は言う。

 

「異世界で一夏の居場所を奪ってきた者たちには、少なからず欲望が混じっていた。だから、誰もが不幸になった。笑顔が失われた。だが、お前が私たちのことを守ろうとしたのは、ただ純粋な願いだったからじゃないのか? 利益を求めてなんかじゃない。ただただ私たちのことを守りたいから、だからあれだけ傷ついて、命を危険にさらしてでも私たちのことを守ってくれたんじゃないのか?」

「……」

「お前は、確かに一夏をコピーした存在。一夏がやろうとしていたことを奪っただけなのかもしれない。だが、それでもお前が、私たちのことを守ってくれたことには変わりはないんだ」

 

 人は、欲望もなしに動くことなんてできない生き物だ。

 異世界の一夏の全てを奪った者たちもそう。モテたいだとか、彼女が欲しいだとか、一夏が幸せになるのが許せないだとかどうしようもない理由で箒たちの心を守る、とは名ばかりの略奪行為をしてきた。

 その結果確かに箒たちは守られたのかもしれない。笑顔になったのかもしれない。でも、その箒たちの笑顔は本当に、純粋な笑顔であるのだろうか。心の奥底では、本当にこんな人間を好きになってよかったのかと、一ミリでも疑うものはなかったのか。

 欲望を隠し切れないのが人間。であるのならば、その欲望にさらされた人間の心は健全なままであろうか。

 一夏を巡ったあのドタバタは、間違っているのだろうか。純粋な恋に落ちたいと願った物の思いは間違っているのだろうか。

 そんな友達を傷つけたくないという一夏の思いは間違っているのだろうか。

 全員の思いに答えるのは簡単だ。箒も、セシリアも、鈴音も、みんなみんな妻とすればいい。例え、それが倫理的に、法律的に間違っていると言われる行いであったとしても、それで誰も悲しむことがないのならばそれでいい。それが一番誰もが幸せになることであり、簡単なことであり、そして不幸を作り出す原因となる。

 一夫多妻制の是非を問うわけではないが、本当に全員を妻とすることが良いことであるのだろか。それが、正しい幸せの作り方であると言えるのであろうか。

 人は、誰かを平等に愛すことのできない人間だ。必ず誰か個人のことを一番好きになる。そうでない人間がいるとするのならば、それは本当は他人の事なんてどうでもいいと思っている人間だけだ。

 そんな本質を持つ人間が、多くの女性に囲まれた生活を、長続きさせることが出来るだろうか。

 途中から一人の女性を好きになって、他の女性の事なんてないがしろにする。そんな可能性ないと言い切れるのだろうか。

 万が一にでも、全ての女性に平等に愛を注ぐことのできる希少な人間がいるとしよう。だが、果たしてその愛は十分な物になるだろうか。人間一人を愛するのにも労力がいるというのに、その労力を平等に分け与えることが出来るだろうか。

 いたとすれば、それはもはや人間ではない。人間の皮をかぶったただの怪物だ。あるいは、その怪物を裏で操る人間がいるかだ。

 人は一人しか愛せない。なら、他の人たちは振られて、不幸になるのをよしとするのか。それが運命であると諦めるのか。

 複数の女性が一人の人間に恋をする。それは十分あり得ること。しかし、椅子はたった一つしかない。

 だからこそ、人間は競争する。自分のことを磨こうと努力する。愛してもらえるように、自分の方を向いてもらえるようにと自己研磨を続ける。

 人は進化を止めない。努力することを諦めない。だから人間は成長する。より良い人間になるために、女性として進歩するために、男として進化するために。次のステージに進むために。そのために振られることが必要であるというのなら喜んで振られればいい。それで人生が終わるわけではないのだから。

 人の一生は出会いと別れ。時に傷つき、疲れ、休む。恋と失恋は、そんな人生のただの一ピースでしかないのだから。

 失恋とは、また新たな恋に出会うためのさよならでしかないのだ。

 

「私たちも、今回の一件でまだまだ半端者だと分かった。だから、共に私たちと、この学園でこれからも学んでいこう。織斑一夏としてでも一夏の代わりでもない……お前自身のために」

 

 箒は、二人の一夏に両の手を差し出した。いや、箒だけじゃない。それに続くようにセシリア達も、そしてその後ろに控えていたIS学園の生徒たちもまた手を差し伸べる。

 元は人間だった、けど怪物となった少年。そして元から純粋な怪物だった少年。IS学園の生徒はみな、怪物を受け入れた。いや、そこにいたのは怪物ではない。そこにいたのは、ただこの世界で共に生きる者。それ以上でも以下でもない。

 箒たちは、最初からワームの一夏のことを追い出すつもりなんてなかったのだ。だからこそ、二人の一夏の存在に悩んだ。本物だが、怪物の一夏を取るのか。怪物だが、自分たちのことを守ってくれた偽物の一夏を取るか。本当は、そのどちらも選んでもいいのだという答えを出したかった。だが、心の奥底で常識という邪魔者がいて、その答えを引き出すことを拒み続けた。結果、昨晩は誰もが悩み明かした。

 しかし、今の彼女たちはもう悩まない。妥協しない。選択した答えから逃げ出さない。常識なんてぶっ壊してなんぼの存在なのだから。

 人間と怪物、ついに二つの存在が真に手を取り合う瞬間だった。しかし、その前に三つ解決しなければならない問題があるのだ。

 

「ゴホン!」

「ッ!」

 

 箒たちの背後から聞こえてくるわざとらしい咳払い。振り返ると、そこにはやや初老に差し掛かろうとしている女性の姿があった。

 

「盛り上がっているところ悪いのですが……」

「あなたは?」

「私は、連合軍の指揮官を任された者です」

「あ、ということはさっきの……」

「えぇ、手荒い歓迎ありがとう。おかげで、こっちの戦力はISと戦艦以外は全てダメになってしまったわ」

 

 完全に忘れていた。さっき自分たちは一夏を捕らえに来た艦隊と一戦交えたのだと、今更ながらに箒たちは思い出す。自分たちのやったことは公務執行妨害に当たるだろうし、何より艦隊の戦力の半分以上を再起不能になるほどに破壊してしまったのは色々とまずかった。

 それに、自分たちが二人の事を受け入れたとしても連合軍側が一夏のことを捕らえると言ってしまえばそれまでになる。

 何故そんな根本的な問題を忘れていたのだろうか。というより、最初から退学になることを覚悟で戦ったというのに、二人の一夏には共にこの学校で学ぼうなどと言った自分たち。考えてみればかなり無責任なことを口走ってしまったものだ。

 これが、問題の内の二つだ。さて、いったいどうやって解決する。

 

「そうですね。いくら相手が専用機とはいえ、訓練を重ねてきた我々にとっては赤っ恥もいいところよ」

 

 といってさらに話に入ってきたのは織斑千冬くらいの年頃の女性。彼女に関しては箒たちも見覚えがあった。IS部隊の先頭で指揮を執っていた女性だ。恐らく、あの部隊の隊長だったのだろう。

 

「いや、そちらの連携も見事でした。うちのひよっこどもも、これで機体の性能差が必ずしも有利に働くわけではないということを身に染みた事でしょう」

 

 と、千冬が箒たちの背後から現れる。恐らくワームの千冬、つまりこの学園で自分たちを教育していた方の千冬だ。

 随分と余裕そうであるが、彼女自身も怪物と知れた以上連合軍に捕らえられるには変わりはない。そんなこと聡明な彼女が分からないはずないのに。

 

「そう……ならこの『模擬戦』は、互いに有意義な物になったということですね」

「そのようです」

 

 なんだ、今なんていった。模擬戦、といったか。この戦闘が。

 

「……教官、模擬戦とは?」

「言葉の通りだ。今回の戦闘はIS学園の専用機持ちと連合軍、主に自衛隊のIS部隊との模擬戦だったということだ。まぁ、途中で専用機持ち以外が参加したり、連合軍側もIS以外の戦力を投入するというハプニングはあったがな」

「見ていて自分たちも参加したくなったそうで、ヘリに乗っていた人間に死傷者が出なかったことは幸いですし、それにどうせ型落ちであともう少しで廃棄することが決まっていた兵器です。何の支障もありませんよ」

 

 三人の女性の会話に困惑する箒たち。だが、この問答の意味を考えた瞬間すぐ答えにたどり着いた。

 本来箒たちは連合軍の任務を妨害するという犯罪を行った。この事実は決して消すことのできない。だが、もし今回の戦闘自体が元から想定されていたものとしたら。元々連合軍がここに演習、模擬戦を理由として来ていたとしたら。そう、つまりこの三人の会話は、箒たちの行った行為を正当化する一番簡単な方法であるのだ。

 そのような改ざんしていいのだろうかと疑問にも思う、しかしIS学園側の代表者である千冬、そして連合軍側の代表者である艦長、そして実際に箒たちと戦ったIS部隊の隊長の方向性はどちらも同じ、未来ある子供たちを犯罪者にさせないという物で一致していた。

 これで箒たちの問題は解決、と言っていいだろう。だが、一夏の方はどうだ。こっちは、どんなへりくつを言ったとしても変わらない、一夏が異形の生き物であるということは変わらない事実。それに一体どんな解決策がある。

 

「あの、織斑君は……どうなるでしょう?」

「……実際にここにきて分かりました。艦長、ここには怪物はいませんでした。いるのは、人間の心を持った先生と、生徒たちでした」

「そうですか。分かりました……なら、もう私たちは引きましょう」

「え?」

「私たちに出された指令は、IS学園に潜んでいる怪物の捕獲、もしくは射殺。人間の心を持つのであれば、怪物じゃない……紛れもなく、人間よ。そんな人間を無理やりにでも連れて行こうとするのなら、私たちの方こそ怪物になりますよ」

 

 と、艦長は笑顔で言った。

 怪物と人間、その境界線とは何か。今の自分たちになら分かる。それは、人の心だ。

 人を殺す力があるから怪物であるとすのなら、人間は全員が怪物だ。しかし、人間は人間のことを怪物とは決して言わない。そして、人間は必ずしも人を殺すとは限らない。何故か。それは、人の心があるからだ。

 常識だからだ。人間を殺してはならない。人間を傷つけてはならない。殺したら、傷つけたら誰かが悲しむから、自分が悲しむから。だから、人は人を喜んで殺さない。

 常識なんてぶっ壊す物である。それは真実だ。だが、壊してはいけない常識がある。それが常識だ。常識をぶっ壊せるもの、それは常識を知っている者。常識を正しく行えるものに限る。常識を知らぬものが、常識を正しく行えない物が常識をぶっ壊せるものか。

 もし常識を知らぬものが壊そうとすれば、とんでもない災厄が訪れる。もし、壊していけない常識を壊すことが目的をする人間がいるとするのならば、それは人間じゃない。

 人間の皮をかぶった怪物である。

 なら、常識を守る怪物とはなんであるのか。

 怪物の皮をかぶった人間だ。

 そして、二人の一夏は、二人の千冬は紛れもなく後者だ。人間を殺してはならない。殺さないという常識を守り抜いた四人は、まぎれもなく人間だ。だから、彼らはここにいるべき人間である。

 

「一夏、もうどこにも行くな。ここにいてくれ、私と一緒に、人間たちの中で生きよう」

「俺……俺は……」

 

 千冬の差し出した手、掴みたい手。ずっとずっと、つなぎたかった手が目の前にある。それを掴んでもいいのか。俺は、もう一度人間として生きていいのか。友達と共に、姉と一緒に、そしてもう一人の自分と一緒に。でも、そんなこと、許されてはならない。

 

「ゴメン……皆……」

「一夏……」

 

 だって、俺は、まだ……。

 

「昨日、あんなひどいこと言って……皆を傷つけて……ゴメン……」

「あっ……」

 

 自分の言葉で、謝罪していないじゃないか。今まで、一方的に許しを受けただけじゃないか。これが、残っていた三つ目の問題だ。

 自分から、許しを乞わなければならなかったのに、そんなこと分かっていたことだったのに、先に皆に許しを貰ってしまった。そんなこと、許されるわけがない。

 許しは他人から一方的に与えられるものであってはならないのだ。自分から、もしかしたら許してもらえないかもしれない、そんなことが頭にありながら、それでも頭を下げなければならないのだ。それが、本当の意味での謝罪だから。

 

「俺さ……もしかしたら昔のように戻れるか分からない。別の世界の俺みたいになることが出来るか分からない。でも、それでも俺は……ここにいていいのかな?」

「当たり前だろ」

 

 元の織斑一夏に戻れるか分からない。そんな不安を言う一夏に声をかけたのは、元織斑一夏だったワームだ。

 

「今のお前がどんな人間でも、それが今の織斑一夏なら、それがこの世界の織斑一夏だ」

「お前……」

「コレ……返すぜ」

 

 と、彼は自らの手につけていた待機状態の白式を渡す。

 それは、ただ単に白式を元の持ち主の元に返すというだけではない。本当の意味で織斑一夏としての役割を彼に返却するという意味も込められていた。

 一夏は、ゆっくりと白式に手を伸ばし、掴む。

 

「ありがとう……」

 

 一夏は、あえて彼の名前を言わなかった。いや、言えなかった。彼にはもう名前がないから。自分にすべてを返した彼には、もう何もなかったから。いや違う。彼にはこのIS学園が残った。箒たちという頼もしい仲間もいる。千冬姉等二人もいる。何もなかったというには語弊がありすぎるという物だ。

 それに、彼には受け取るべきものがある。

 

「それじゃ、代わりにコレやるよ」

「これ……黒月……」

「あぁ、その性能はオマエもよく知ってるだろ?」

「あぁ……」

 

 ワームは、待機状態の黒月を受け取って身に着ける。なんだろう、しっくりくる感じだ。もしかしたら束は元からこのISをワームの自分のために制作したのかもしれない。こんな結末が待っているのかも、そう考えて。

 

「これで、二人一緒に守れるな……」

「一夏……」

 

 一夏はゆっくりと立ち上がる。そして、それを待ち望んでいたかのように少女たち、ワームもまたみな一斉に声を合わせて言う。

 

『お帰り、織斑一夏!』

「あぁ……ただいま!」

 

 ここ、IS学園についに本物の織斑一夏が帰ってきた瞬間であった。今日、この場所から織斑一夏の本当の学園生活が始まる。少しだけ変わった環境と、少しだけ変わった新たな仲間と共に。

 全員を守れる自分になるための戦いが、始まったのだ。

 

 と、ここで終わっていればどれだけ綺麗だったであろう。


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