あの日から、怖いという感情が消えた日は、1日とて存在しなかった。
いつ命を落とすか分からない様な日々の連続で、もう全てが嫌になって、逃げ出してもいいんじゃないかって、そう思う時だってあった。
でも、何故だか彼女の顔を見るといつも勇気が湧いてきて、戦える様になる。
彼女の笑顔のためだったら、いくらでも命を賭けることができる。そう思えば、どんな恐怖にも打ち勝つことができた。
この力があれば、どんな敵が向かってきても勝つことができる。そう、信じていた。
あの日、アイツが現れるその日までは。
長野県内 九郎ヶ岳
05:44 a.m.
ヘルメットを取った瞬間、肌を刺すような痛みを顔全体に受ける。
この場所にくるまでに降り続いていた雪は、いつしか吹雪へと様変わりし、一組の男女を襲う。だが、二人ともそんな物気にもすることなく、目の前に続く道を見つめているだけだった。
この先に、彼らの敵がいる。最悪で、最凶の敵、《超古代民族グロンギ》の首領、ン・ダグバ・ゼバが。
「この先に、アイツが……」
トライチェイサー2000から降りた男、小野寺ユウスケは仮面ライダーである。
ある時、たまたま立ち寄った古代遺跡の中で棺を見つけた彼は、その中にいたミイラの腰に巻かれていたベルトに引き寄せられるかのように近づいた。
運命だったのかもしれない。はたまた、彼が選ばれし者たる所以だったのか、今考えるとかなり気味の悪いことをしていた物だと思う。
ユウスケは、導かれるかの様にベルト、アークルをおもむろに腰に巻いた。その時彼は仮面ライダークウガとなったのだ。
その後の調査で、仮面ライダークウガは、超古代の種族であるリント―人間の意味である―をグロンギという戦闘民族―現代の人間は未確認生命体と呼んでいる―から守るために戦った伝説の戦士の名前であり、彼が見つけたアークルは霊石アマダムを埋め込んだものであり、その力によってグロンギを相手にすることが出来る超人的な身体能力を得て、古代の人間は戦ったのだ。
そして、ユウスケはその日から封印から目覚め、蘇った数多くのグロンギと戦った。
時に生死の境を彷徨うほどに傷つき、倒れ、負けそうになることが多々あった。しかし、その度に共に戦う仲間い助けてもらっていた。
それが女性、八代藍。警視庁未確認生命体対策課に勤務する刑事である。ユウスケからは姐さんと呼び慕われている人間であり、彼女がいなければ危ない場面というのは数えきれないほどある。
最初は戦いには不慣れだったユウスケであったが、幾度の死線を潜り抜けたことによって大きく成長し、《人間の笑顔が好き》という性格も功を奏して、≪彼女の≫笑顔を守るために戦い続けることができた。
しかし、そんな彼の前に最悪の敵が現れる。それが、ン・ダグバ・ゼバ、最強のグロンギであり、そして古代の戦闘民族グロンギを現代に甦らせた元凶でもある。
そのグロンギの力はこれまで戦ってきたグロンギとは一線を画すほどの物で、ユウスケの数々の姿、技が一切通じる事はなく、目の前で大勢の人々の命が奪われるのを黙って見ているしかなかった。
ン・ダグバ・ゼバによって奪われた命は何千人、自分はその人たちを救うことができなかった。ユウスケは、酷い自責の念に囚われる。
なんとしてもアイツを倒さなければならない。アイツを殺さなければ、もっとたくさんの人たちが犠牲になる。そして、彼女の笑顔が奪われる。
彼はダグバが現れてからの彼女の様子を見て、いつも心を痛めていた。心身共に疲労困憊し、警視庁の廊下のベンチで無表情で項垂れている彼女の顔が、そして自分がいることを知るとすぐに笑顔を見繕って無理くり自分のことを元気づけようとする彼女のことが、とても痛ましく思った。
許せない。彼女から笑顔を奪ったアイツを。彼女の笑顔を歪ませたアイツが憎い。
彼女の心からの笑顔を取り戻す。それが、ユウスケの最後の願いとなった。
昨晩ユウスケは、件のダグバから直接対決を挑まれた。ある場所で、待っているという。直接的には教えてはもらえなかったが、彼にはすでに検討がついていた。
ダグバが待っている場所、それはここしかない。自分が仮面ライダーになった場所であり、そしてグロンギが封印されていた、この場所しか。
「姐さん……」
「ユウスケ……」
ユウスケは、同じくヘルメットを取ってバイクから降りた八代の顔を見る。やはり、不安そうだ。当然だ、あんな怪物がいる限り、彼女の笑顔を取り戻すことはできないのだから。
絶対にアイツを殺す。そのためなら、自分は命をかける。ユウスケは、彼女に心配をかけさせない様に笑顔を見せてから言う。
「俺、絶対にアイツを倒します……そのために、究極の闇になります」
「……」
究極の闇。それは、禁断の力。ユウスケが見つけた棺にもその力を示す文言が書かれている。
≪聖なる泉枯れ果てし時 凄まじき戦士雷の如く出で 太陽は闇に葬られん≫
その力は、これまでユウスケが変身してきた全ての姿よりも強大な物で、それをもってすればあのダグバとも互角に渡り合えると目されていた。
だが、その力を使うことは、自分の体がグロンギと同じくただ戦うためだけの殺戮兵器、つまりダグバと同じになるということと同じ意味を持っていた。
元々、アマダムは使用者の身体の組織を戦闘用に作り替える物だったという。つまり、ユウスケがこれまで変身してきた姿は、言うなればセーフティがかかって力を抑えられていた状態。
究極の闇の姿は、そのセーフティを全て排除した姿のことを言うのだ。しかし、当然ながらデメリットは存在する。それが、前述した殺戮兵器という事。
その姿へと一度変身すれば、ユウスケの意識は消失し、目の前にあるものを破壊するだけ破壊していく兵器とへと変貌してしまう。
もちろん、ユウスケ自身怖くないといえば嘘となる。自分が自分でなくなってしまえば、自分が目の前のすべてを破壊する暴徒となること、その恐ろしさはわかっている。だが、わかっているのだ。その姿にならなければ、アイツは倒せないと。その姿でなければ、姐さんの笑顔は守れないのだと。
だから、彼は覚悟を決めた。究極の闇をもたらすものの姿になることを。自分の身を滅ぼすことになろうとも、やつを倒すということを。
そして、死ぬ覚悟も。ユウスケは、八代に向き合いアークルの中心にあるアマダムを指さすと言った。
「アイツを倒したら……ここ、狙ってください。そうすれば、俺……」
アークルは、ただの変身アイテムではない。アークルの中心にあるアマダムからは、体中に神経状組織を全身に張り巡らされており、その恩恵で人並外れた身体能力、そして身体修復機能を持っているのだ。
アマダムを破壊する。それすなわち、身体修復機能の効果を消すということ。もしも最後のグロンギ、ン・ダグバ・ゼバと戦えばユウスケの体はただでは済まないほどの傷を負うことだろう。その時、アマダムの修復機能がなかったら―――。
当然、八代もまたどのような結果になるのかは簡単に想像ができる。そのような決断、彼にはしてもらいたくなかった。ただ、普通の人間らしく生活をしてもらいたかった。そもそも警察官である自分と違って、彼が戦う理由なんて何もなかったのだ。それなのに、彼は戦ってくれている。自分のせいで。
もしも、自分がもっと強かったら。自分がもっと誰かに頼ってもらえる警察官であったのならば、彼を戦いに巻き込まなくても済んだはずなのに、全ては自分の弱さ故。
行ってもらいたくない。戦ってもらいたくない。そういうのは簡単なはず。でも、八代の口から出た言葉は。
「分かった……いってらっしゃい」
「うん……それじゃ見てて……俺の、最後の……変身……」
若者を死地へと送るための言葉だけだった。
ユウスケは、八代に最後の笑顔を向ける。人生で最後の、笑顔を。
そして―――。
吹雪が強く打ち付ける雪原の中央。そこに、白い服を着た一人の男性がいた。
周囲の気温は氷点下を容易に下り、とても薄着では立っていられないような、そんな極寒の中、彼はまるで夜中にコンビニに行くかのような軽装でそこに立っている。
普通の人間であれば、正気の沙汰じゃないと言葉だけで済ませるのかもしれない。しかし、彼はあいにく普通の人間ではない。いや、人間でもない。
彼こそが、グロンギの首領たる、ン・ダグバ・ゼバ。ユウスケの最後の敵だった。
彼は待つ。その場に現れるはずの人物を。
彼は待つ。自分を楽しませてくれるであろうその人物を。
彼は待つ。自分と正反対の姿をしたその人物を。
そして、ついに彼は現れた。
一面がホワイトアウトで真っ白に染め上げられた視界の中に、たった一つだけ真っ黒に染め上げられた物。
人型をしたそれは、ゆっくりと、ゆっくりと彼のもとに近づいていく。
塗りつぶすように、邪魔だと言っているかのように、銀の世界は徐々に黒く、黒く染まっていく。
放たれるのは邪悪な力。放たれるのは孤独のオーラ。放たれるのは、悲しみの記憶。
上から下、眼に至るまで真っ黒に染め上げられた仮面ライダー。
「……」
「なれたんだね……究極の闇に……」
仮面ライダークウガ、アルティメットフォームの降臨である。
「うぅぅ……うあぁぁ!!」
クウガは、目の前に現れた獲物に向かって獣のような雄たけびを上げながらとびかかった。
「あはは!!」
ダグバは、怪人態に変身すると、その攻撃を真正面から受け止める。防御することも可能だったはずなのに、一切防ごうともせずに彼はその顔に一発のパンチをもらった。
それでも、彼は笑っていた。クウガは、怒りをもってその顔に、腹に拳を喰らわせる。そのたびに、ダグバの体からは鮮血があふれ出る。
「あはははは!!」
それでもダグバは笑っていた。狂っているかのように笑っていた。
ダグバもまた応戦する。クウの体を蹴り、殴り、また殴り、こちらもまた鮮血が飛び散るほどの傷を負う。しかし。
「うあぁぁぁあぁあ!!」
それでもクウガは怒っていた。憎しみをその拳に乗せて、怒っていた。
クウガの攻撃は止まらない。ダグバの攻撃も止まらない。
「アハハハ!!」
「あぁああああああ!!!」
知性なんてどこにもない。理性なんて投げ捨てた。心なんてもの、枯れ果てた。
殴り、壊し、破壊し、抉り、貪り、そして殺す。クウガは、ただそれだけを考えていた。
楽しい、ムズムズする、わくわくする、ドキドキする、ゾクゾクする、殺しあっていることに喜びを感じる。ダグバは、ただ一心不乱に手を振っていた。
「あはは、アハハハハハ!!!」
「あ゛あ゛あ゛あああ!!」
地獄なんて生ぬるい。こんな光景を見せられたら誰だってそう思う。
もう、そこには正義なんてものはない。楽しんでいるものと、怒っているもの。ただ、そこにはそんな矛盾した二つの感情を持った二つの野獣が存在していた。
こんなもの、もはや決戦でも、決闘でも、ましてや戦いなんてものじゃない。ただの遊戯だ。殺し合いという名前の、最悪の遊戯だ。
どちらかが死ぬまで、どちらも死ぬまで戦い続ける。殺し合い続ける。そうしなければ生きていられれない。そんな悲しい運命を背負った二人の醜い泥仕合。
この争い、どちらが勝っても、どちらが死んでも、結局誰も得しない。
するのであれば、それは彼らのことが死ぬほど憎い者たちだろう
死んでもらいたい、いなくなってもらいたい。そう願っている者たちだろう。
生きていてはいけない存在、この世にいてはならない存在。二人がいなくなることで幸せになる人間がいる。ただ、それだけのために彼らはこの殺し合いをせがまれていた。
「アハハハハハハハハ!!!」
誰が殺しあえと頼んだ。
「うあぁぁぁ!!!!」
誰が憎しみあえと頼んだ。
「「ァァッ!!」」
誰が生まれて来いと望んだ。誰がこの存在を望んだ。誰が醜くなることを望んだ。
望まなければ、こんなことにならなかったのに。
産まれてこなければ、殺しあわなくて済んだのに。
憎しみなんてなければ、人は存在できないのに。
誰が存在していいと喜んだ。誰が希望なんてありもしないものにすがった。
誰が、命なんて儚いものを守ることを望んだ。
誰が、自由を守るなんてことを望んだ。
誰が、生きることを望んだ。
誰が、誰が、誰が。
俺は、誰だ?
誰だ?
誰だ?
俺は一体誰なんだ?
わからない。わからない。わからない。
この雪の上に寝転がっているぼろ雑巾のようなモノは何なんだ?
わからない。わからない。わからない。
とりあえず人のいるところに行こう。
それで、どうする?
どうする?
どうする?
そうだ、殺そう。
それだけが、自分の存在意義なら。
それだけが、自分が自分であるという証であるのなら。
そうだ、それがいい。
殺そう、殺そう、殺してしまおう。
この世のすべてを焼き尽くそう。
この世のすべてを破壊してしまおう。
殺そう。
殺そう。
殺そう。
手始めに。
目の前にいるあの女を―――。
「ッ!」
一発の銃声が雪山に響く。悲しい声を上げる雪山に響く。
それは、まるで天使のささやきのようにも聞こえた。お前はもう戦わなくていいというねぎらいの言葉のようにも聞こえた。
彼の心を救う声にも聞こえた。
「姐さん……」
その一瞬、彼は思い出す。自分を。
腰のベルトを見ると、霊石アマダムに銃弾がめり込んでおり、完全に破壊されてしまっていた。
あぁ、そうか。ユウスケはすべてを理解することができた。
さらに下を見ると、人間態のダグバが雪山に血だらけで倒れていた。
あぁ、ついに倒したのか。自分は。どうやってそれをなしたのかは覚えていない。しかし、究極の闇の力をもって、ついにダグバを殺すことに成功したのか。
なら、もういい。ユウスケは、八代に精一杯の笑顔を向けた『つもり』で言った。
「ありが、とう……姐さん」
「ユウスケェ……」
その日、一人の笑顔のために戦っていた戦士は、自分の笑顔のためだけに戦っていた者を殺し、雪上に倒れ伏した。
その頃、警視庁の倉庫に眠っていたクウガのサポートメカたるゴウラムが砂となって消滅していた。
それは、まるで八代の涙かの様に。ユウスケの涙のように。
小野寺ユウスケ死亡。
八代の記憶に残っている最後の彼の顔は、血にまみれた泣き顔だった。
もう、彼の笑顔は八代の頭の中には存在していなかった。
エイプリルフールですべてを出し尽くした作者は、続く一か月嘘のように音沙汰がなくなってしまった(雑なスラムダンクネタ!)。
いや、いつもある程度やったら長期休載してるやないかいってな。ただ、重い話この頃書きすぎて精神的に疲れてるので癒しが欲しかった……。近々なのはの次くらいに重いだろう鳴滝姉妹の話書く予定ですし。