高町なのはという女の子のことについて、どんな印象を持つだろう。
大多数の人間は不屈の心を持つ少女だと、言うだろう。
どんな絶望にも負けず、どんなに苦しい状況でも決して諦めない、必ず立ち上がるヒーローのような女の子。
それが、高町なのはだと、言うのだろう。
けど、違う。違うのだ。
高町なのはは、決してヒーローなのではない。
ただの、普通の女の子なのだ。
高町なのはは、決して諦めない女の子ではない。
諦めたら家族が、友達が死んでしまうからだから、立ち上がらないといけなかったのだ。
彼女は諦めるという選択肢を使用することが許されなかったのだ。
高町なのはは、決して無敵ではない。
傷つき、倒れて、未来へ影響を及ぼすだろう怪我を負って、それでも生きている限り戦わないといけない使命を背負った女の子なのだ。
彼女一人が戦うのを止めただけで、一体どれほどの悲劇が生まれるのか。
彼女一人が戦線から離れただけで、どれだけの世界が消滅するのか。
彼女一人がいないだけで、どれだけの人間に影響を与えるのか。
世界は彼女のことを決して離してはくれない。
世界だって、生き物なのだから。
決して死にたくはないのだから。
そんな、理不尽な生存欲求が、一人の小学生を兵器へと変えてしまった。
彼女はもう、死ぬしかハッピーエンドは訪れない。
死んでもハッピーエンドは訪れない。
彼女には、ハッピーエンドなんて存在しない。
あるのは、ビターか、トゥルーか、それともーーー。
【第一の世界】
《痛ッ!》
自分の世界から、異世界に旅立った彼女に最初に訪れたのは激痛だった。
《な、なにこの痛み……これ、あの時みたいな……》
あの時、それは二ヶ月前にとある次元世界を飛んでいた時に受けた傷のことだ。
あの時は、あともう少しずれていればリンカーコアが破壊されてしまう位置に攻撃を受け、三日三晩眠り続け、回復魔法を受け続けなければならないほどの重傷を負った。
今回の傷も、それによく似ている。けど、確実に違う点がある。
自分が受けた傷はその一つではないということ。四肢を始めとして、身体中至る所に損傷を作っていて、立っているだけでもやっとと言うほどの目眩に襲われていると言うこと。
そして、身体が一切動いてくれないと言うこと。
というより、自分の意思で動かすことができないと言った方が正しいのだろう。自分の身体は動き続けているのに、それは全て自分じゃない自分の頭で指示を出しているのだ。
そういえば、ここはどこなのだろう。
ここは、一体。
≪そう、だ。私確かアリサちゃん達を……≫
だんだんと思い出してきた。と、いうよりこの世界の自分の記憶が流入してきたと言っていいのかもしれない。
この世界の自分も確かに、あの時のように大怪我を負った。違うのはその後だ。
この世界の自分はミッドチルダの病院に入院して療養生活を送っていた。海鳴に帰った自分と違ってだ。
そんな時、二人は誘拐された。理由は分からない。でも、そんなことを知ってしまえばじっとしていられるほどなのはは大人でなかった。
なのはは、その傷だらけの身体を押して二人を助けに向かった。
そして、なのはの執念からか、彼女達が監禁されている研究所を突き止める事に成功したなのはは、時空管理局の仲間に連絡をとったのち、単身で二人を助けるために潜入した。
結果的に、友達を助けることができた。でも、その犠牲はあまりにも大きく、そしてその頑張りは無駄な努力であった。
「なのは、何するつもり!?」
《え?》
その時、なのはには懐かしいような声が聞こえてきた。この声は、アリサの、親友の声だ。とても焦っている親友の声だ。
「ディバインバスターで道を開くから、二人はそこから脱出して……」
なのはは、そう声を発した。しかし、異世界から来たなのはは驚いた。その声は確かに自分が発したものだ。でも、自分はそんなこと考えてないし、そんなふうに言った覚えもない。
ナンデ、ナンデ、ナンデ。そんな事を言うの。そんな事をするの。なのはの命をかけた疑問はしかし、自分には届くことはない。
「バカ、そんなことしたら!?」
《そ、そうだよ。そんなことしたら私は……》
そう、もしこの状況でディバインバスタークラスの魔法を使ってしまえば、今度こそ自分のリンガーコアは砕け散る。
いや、砕け散るならまだいい。もしリンカーコアが今傷だらけの自分を支えているのだとすれば、壊れてしまえば自分は動けなくなり、そしてその傷が原因となって死亡するということは、想像するに難しくない。
なのはは、レイジングハートを必死で手放そうとする。だが、出来なかった、まるで、自分の身体ではないかのように一切動かない。
そう、これは平行世界の自分が実際に経験した出来事をただ映像の一つとして再生しているにすぎない。
だから、彼女にはコレから起こる悲劇を、苦しみをただ、自分の身で味わう意外には方法はないのだ。
「それでも……私は……」
《ヤメテ、そんなことしても、二人は……アリサちゃんたちは……》
なのはは知っていた。そんなことで命を使っても、そんなことでアリサ達を助けたとしても、絶対に二人は喜ばないということを。
残るのは絶望だけ。残るのは悲しみだけ。残るのは、友達を犠牲にしてでも生き残ってしまったという後悔だけ。
きっと、《彼女》に出会う前まではそんなこと露にも思うことは無かっただろう。しかし、今ならわかる。残された者がどう思い、どんな運命をたどってしまうのか。
ヤメテ私。そんな重荷を彼女たちに背負わせないで。
死ぬのは私だけで十分だから。だから、お願い、止まって、止めて。誰か。
「いくよ……全、力……全……開ッ!」
「!!」
そんな、なのはの願いは結果的に叶えられることとなる。
最も、残酷で、無様な形で。
《ッ゛!!》
左脇腹に伝わる激しくて鋭い痛み。肉を抉り、その先にある命の水の通り道にまで届く程に深く刺された身体は、力を出すことができずに倒れてしまった。
受身を取る力も出ない、一切の遠慮もなしに後頭部を強打してしまう。
痛い。頭の内側に響くような反響音がうるさく聞こえる。脳が揺さぶられ、そして痛みはどんどんと増していく。
今まで経験したこともないような痛みに、なのはは意識を刈り取られそうになる。
そして、彼女の目は見た。こんな凶行を成した人物の姿を。
「す…すずか……ちゃん…」
月村すずか。自分の、自分たちの親友だ。その手には、血まみれのガラス片を握りしめている。そのガラス片で、自分のお腹を指したのだろうという事は、簡単に想像することが出来た。
《い、痛い……痛い、よ》
そんな彼女の身体の痛みは、ダイレクトに精神の中にだけ存在する高町なのはにも伝わっている。
胸が痛い。腹が痛い。頭が割れるように痛い。もう、健康な部分なんて一切存在しないのではないか。とも思えるくらいに高町なのはは痛みに耐えるだけで必死だった。
必死、そうまもなく自分は、必ず死ぬ。
きっとこの痛みは、この死にそうな記憶は、自分自身の死に繋がっていく。
これが、平行世界の自分の死の追体験であるという事を彼女がようやく理解することが出来たのは今この時であった。
「すずか……あんた……」
「ごめんね……私は、大好きな友達を犠牲にしてでもイキタイと思わない……」
《ッ! そう、そうだよね……私、なんて馬鹿な事》
ようやく、すずかの本音を聞けたような気がする。例え別の世界のすずかの言葉だとしても、きっとその言葉は自分の世界の月村すずかの言葉であるととらえてもいいのだろう。
やっぱり、彼女は考えていたのだ。友達が自分の身代わりになって死んで、それで自分が生き残ったとしても何にも嬉しくはないと。
《自分》は知ることが出来た事なのに、この世界の《自分》は死ぬ直前にならないと知ることが出来なかった。なんて愚かなのだろうか。
「すずかちゃ……ん……」
《痛い、痛いよ……でも、これも罰、何だよね……》
全部自分のせいだ。自分が、自分を、大切にしなかったから。自分の事よりも他人の事を大切に思ったから。
そのせいで、結局は本当に守りたかったはずの親友二人を殺すことになってしまった。だから、これは罰なのだ。その罰なのだ。罪には罰なのだ。
この痛みも、死の記憶も、全部が全部自分に対する罰。そう、考えれば何にも怖いことは無い。
「……私もよ……なのは……」
「アリサちゃん……」
「死ぬときは……私たちも一緒よ……」
《ごめんね、アリサちゃん。私のせいだね……私が、諦めたから……》
アリサにも悪いことをしてしまった。もし、自分が諦めずに仲間たちが来るのをどこかで、火が届かないような場所で待つという選択肢を取ることが出来れば、こんなことはならなかった。
全部、自分のせいだ。
「…うん……ごめん……ね……………」
だから、なのはは謝罪する。アリサに、自分のせいで死ぬことになってしまって申し訳ないと。
そして、なによりも。
《すずかちゃん、貴方を……人……殺し……に、し…………て》
ごめんなさい。
すべてに、ごめんなさい。
命を勝手に使ってごめんなさい。
友達になって、ごめんなさい。
生まれてきて、ごめんなさい。
友達を、人殺しにするくらいなら、生まれてこなかった方がよかったのに。
自分なんて、生まれなかった方が。
よかったのに。
ごめんなさい。
もう、なのはには痛みなんてなかった。
俺にとって、世界はとても狭いものだった。
生まれた時から自分がいる場所に悩み、本当はこんなところにいる人間じゃないといつも思っていた。
そう、両親が亡くなった時も、家の庭で一人サッカーボールを追いかけていた時もそうだ。
自分は、こんなにも生きるのが窮屈な世界が大嫌いだった。
他人に混ざるのが嫌だった。他人と同じになるのが嫌だった。
普通の人のように警察官や、バイオリン職人や、弁護士や、そんな職業になんて就いても面白くないと思っていた。
もっとでかい人間になりたかった。
国、地球、そんなものでは収まりきらないほどの世界をこの手にしたい、そんな支配欲がいつでも俺のことを満たしていた。
一体自分がいつそんな大きすぎる欲望を持ったのかは定かではない。だが、そんなはち切れんばかりの欲望を持った人間がまともでいられるわけではない。
俺は誰よりも強くありたかった。誰にも頼らない人間でありたかった。
普通の人間のように学校に通うことも苦痛だった。
友など必要ない。仲間なんて必要ない。自分の人生は自分の人生。そこに他人なんて欲しくはなかった。
けど、何故かそれがとても悲しかった。
惨めだった。滑稽だった。
けど、その理由もわからない。分からないままに、10歳になったある日、転機が舞い降りる。
妹の小夜が、突然異世界を見ることができるカーテンを作ることができるようになった。
その異世界を、俺も見ることができた。
心が開かれたかのような気分になった。
こんな狭い鳥籠のような世界から脱出できる。そんな確信にも似た自己満足。
俺は、迷わずそのカーテンに触れた。まるで、導かれるかのように。
すると、まるで空気が一変するような感覚に襲われた。
新しい自分に、新しい人生を与えてもらったような気がした。
とても美しい世界だった。自分のまだ知らない世界には、こんな景色があるのかと感銘を受けたし、逆に自分の知っている世界にはこんな甘美な景色はないのかとガッカリした。
そして、新しい欲望ができた。こんな綺麗な世界に、たくさん溢れている自分の知らない世界に行ってみたいと言う欲望が。
最初の欲望に比べれば何とも小さく、童のような欲望か。しかし、現実的であり、幻想的な欲望であるとも言える。
自分に世界を渡る力があると知ってからは、話は早かった。
妹に世界を渡るカーテンを出せる能力があると分かってからは話が早かった。
兄妹なのだ。俺達は。なら妹にできる事が自分にもできるはずだ。
そう考えた俺は、いつも考えていた。何故妹がカーテンを出現させられたのか。
分からない。
結局俺は妹のことを何も知らなかった。だから、自分にはカーテンを出すことができなかった。
だから、俺はどこにも行くことができなかった。
鳥かごの中の鳥の気持ちだ。本当は、そのかごをこじ上けて飛び立ちたい。世界中の空を飛んで回りたい。無限に存在する景色をこの目に収めたい。
でも、自分には無理だった。
あきらめきれない。なんとしてもあのカーテンを出現させて、世界を渡りたい。
一度見てしまったのだ。自分の想像もできないような綺麗な世界を。憧れ、望み、そして心の底から手を伸ばしたかった。そんな甘美な世界を。
けど、望んでも、望んでも、結局はそのような物手に入らない。自分は、再び狭い世界を生きるしかない。そう、士が思っていたある日のことだ。
「お前には力がある……」
一人の男性が、門矢家を訪ねてきた。男性は《鳴滝》と名乗り、自分と話がしたいと言ってきた。
鳴滝は自分たちの力のことを知っていた。自分が世界を渡る力を持っているということ、そして妹が世界を観る力を持っているということ。なぜ男性がそのことを知っていたのかは定かではないが、しかし士は警戒しながらも自分の欲望を語った。
世界を旅したい。鳥かごのような世界から飛び立って、新しい世界を見に行きたい。そんな願望を。
なぜ初めて出会った男性にそのようなことを話したのか、士には全くわからないでいた。ただ、その時には運命のようなものを感じていた。自分の人生が変わる。一変する。そんな感激にもにた感情が、彼の中に飛来していた。
「我々が、その力を正しく使う方法を教えよう」
士は、鳴滝の差し出した手を何の疑いもなく掴んだ。
そして、門矢士の人生が真の意味で始まった。ショッカー大首領となるべく英才教育を受ける日々が、始まったのだ。
まず教えられたのはこの世界がどのような状況に陥っているのか、その情報だった。
曰く、世界中に多種多様な世界が生まれすぎたためにバランスが悪くなった結果、世界同士がひきつけあい、激突し、消滅が始まっている。やがて、その被害は今自分がいるこの世界をも巻き込み、やがてすべての世界が消滅するかもしれない。とのことだった。
正直に言えば、そのような話を振られたところで自分にはどうすることもできない。世界を渡る能力を持っているとはいえ、自分にはそれ以外の力なんてない。世界をどうこうできる力なんて存在していないのだ。
そう、士が言うと、鳴滝はあるものを手渡してきた。
それが、これから彼のもう一つの姿となる物への切符といっていいもの。ディケイドライバーだった。
最初のうちはどのように扱うのかも全くわからず、バックルの開け閉めをするだけだった。けどいつか知らか頭の中にそれの使い方が次々と浮かんできて、そしていつの日だったか、ついに門矢士は変身した。仮面ライダーディケイドに。
そして、鳴滝は言った。その力を使って世界を救うのだと。
それからは、特訓の日々だった。もとからあった力の修行と、仮面ライダーディケイドとしての力の制御。そして、ショッカー大首領となるための、帝王学を中心とした学びの時間。
長い、長い時間だった。しかし、そのような物士は苦にはしなかった。それ以上に、世界を見て回ることができる。そんな喜びの方が大きかった。
世界を救うなんて、大それたものは眼中にはない。彼にはただ自分の世界を広げるということにしか興味はなかった。だから、彼は人間の心というものを失っていく。そのような物があっても無駄なだけだから。
誰も、そんな士の考えをなおそうとはしない。なぜなら、周りにいたのは妹の小夜をのぞいてすでに人間としての感情を失った者ばかりだったから。
そして、ついにその日が訪れた。
ショッカーの大首領となった門矢士は、ついに世界を救う旅に出ることとなった。
世界を救う。そのためにはこれから訪れることになる各世界を破壊することにある。破壊することが、再生へとつながる。そう信じてやまない士に、迷いなんてものはなかった。
家を出る際、妹の小夜から止められた。だが、そんなこともいに返すことなく士は家から出て行った。二度と戻ることはないと覚悟した、その家から。
そして―――。
「来るなら来い! 俺が破壊してやる!」
門矢士の物語が、生まれた。それは、決してあってはならない物語のはずだった。