どれだけ息を吸っても、肺に空気が全く入っていこうとしない。
拒絶しているのか。息が身体に入っていくのを。
否定しているのか。自分が生きたいという欲望を。
そんなの、嫌だ。死にたくない。自分はまだ、生きたい。生きて、彼の旅の続きを見届けたい。
生きて、生きて、生きて。
「はぁ、はぁ、はぁ」
でも、もう自分の命が長くはないという事を光夏海は理解していた。
あの時、アポロガイストの攻撃から士を庇った自分の身に何が起こったのか正しくは理解できていないのかもしれない。意識もはっきりと戻ることなく、昏迷状態のままだった自分。そんな自分はただただどん底の中で死の恐怖だけを感じ取っていた。
まさしく彼女の思う通りだ。彼女、光夏海の命はもう長くはない。門矢士の代わりにアポロガイストから生命の炎を吸収され、生命エネルギーを吸いつくされたことによって、彼女の命は文字通り風前の灯火となってしまったのだ。
今士はそんな夏海の命を助けるためにこのRXの世界、そしてBLACKの世界を走り回ってアポロガイストを探し回っていた。だが、次々と立ちふさがる妨害が、彼から、そして彼女からその命を失わせていた。
「夏海ちゃん! しっかり、夏海ちゃん!」
「ハァ、ハァ、ハァ」
夏海は、すぐそばにいる仮面ライダークウガ。小野寺ユウスケの声に耳を傾ける。けど、それに答える事はできない。そんな元気どこにもない。
意識が混迷する中、夏海は旅人、門矢士の夢を見ていた。
夢の中で、自分はどこかの海岸にいた。どうして、自分がこんなところにいるのだろう。そんな疑問が尽きない中、彼女は見つけた。光写真館の居候であり、共に様々な世界を旅してきた門矢士を。
士は、一人砂浜を歩いで海の際から離れようとしていた。夏海は、そんな彼に向けて手を伸ばす。待って、行かないで、士君。
けど、士はまるで聞こえていないかのように歩き続ける。
行かないで士君。行かないで。
夏海は、必死で声をかけながら追いかけようとする。
が、しかし自分の歩は決して進まない。下を見ると、いつの間にか海水がひざ下にまでたどり着いていた。どんどんと水位が上昇しているのだ。
行かないで、お願い。士君。
夏海のその声は、次第に波の音にかき消され、足は砂の中に埋もれ、放してくれない。
士の姿は、どんどんと遠ざかり、やがて霞がかかるかのように見えなくなっていく。それでも彼女はあがき続ける。あがいて、あがいて、あがいて。彼の名前を呼び続ける。
士君、士君。と。
けっして届かないと、分かっていながらも、愚直にただ名前を呼び続けていたのであった。
「士は必ず来る! だから、夏海ちゃん!」
ユウスケは、天井に向けて手を伸ばした夏海の手を両手で包み込むように握る。士は、必ずパーフェクターを持って帰ってくる。だから、それまで持ちこたえてくれ。そう願いながら。
信じながら。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
だが、もう彼女に時間は残されていなかった。
「はぁ……」
鼓動の間隔が長くなる心臓。
引いていく血の気。
小刻みになっていく呼吸。
朧気になる眼。
遠ざかる意識。
脱力する身体。
そして―――。
「夏海ちゃん!!」
「夏海ちゃ」
「な」
彼女の心臓は、永遠にその音を止めた。
「夏海、夏海」
「あれ……」
夏海は、自分を呼びかける声におぼろげながらも目を開ける。
ここは、どこだ。
あぁ、そうだ。ここは、写真館だ。写真館の受付ともいえる場所。そこで自分はめったに来ないお客さんを出迎えていた。しかし、待ち続けることに飽きてしまったのだろう。途中で眠りに入ってしまったようだ。
それにしても、変な夢だった。とても、変な。
変な。
おかしい。
夢。
思い出せない。自分がどんな夢を見ていたのか。とても長い夢だったことは覚えている。そして、とても大切な夢だったことも覚えている。それなのに、何故自分は何も思い出せない。何故、あの夢の事を、あの夢で見た顔を思い出せない。どうして、どうして、どうして。
「目が覚めたかい?」
「おじいちゃん……」
その時、夏海に声をかける一人の老人。自分の祖父である光栄次郎だ。どうやら、彼に起こされたようだった。
「今日は日柄もいいからね、ウトウトするのも仕方がないさ」
栄次郎は、そういつもの優しい笑顔を自分に向けてくれる。そう、いつもの事だ。いつも、祖父は自分にとても心が安らぐ笑顔を見せてくれる。とても安心できる。自分に日常という物を教えてくれる。
そんな彼の顔が、夏海はとても好きだった。
「……おじいちゃん、私……」
「ん?」
夏海は、なぜかこぼれている涙をぬぐいながら彼に笑顔を向けて言った。
「とても、長い夢を見ていたような気がします」
「……そうかい」
栄次郎は、ただそう言ってほほ笑むだけだった。
栄次郎は、夏海にコーヒーを一緒に飲もうと言うと、写真館の奥に入っていく。夏海もまた、一通りその場にあった物を片付けると、栄次郎の後をついていった。
もう、夢の事なんてすっかり忘れてしまっていた。
けど、それが幸運であったのかもしれない。
『門矢士、彼には物語はなかった』
『それって、門矢士はもう一人の自分、いや本物の自分に倒されるためだけの存在だから?』
不思議な空間。自分のすぐ後ろをついてくるソウゴたちに向け、ウォズはさらに話を続ける。
『その通り。しかし、そんな彼に物語を与えた人物がいる』
『それって誰?』
『私にもわからない。だが、彼が物語を紡ぐことを願った人間たちであるのは確かだ』
それは、もはや神の領域と言ってもいいのかもしれない。誰が彼に物語を与え、また誰にその物語を望んだのか。その理由も誰も分からない。ただ分かっていることはただ一つ。
彼は自分に与えられた物語。ショッカーの首領として君臨し、全ての世界を破壊する旅に出た。しかし、その途中で記憶喪失になり自分の旅の目的を忘れ、数々の世界を救い、絆を広げ、一度はすべてのライダーの敵になるも、それすらも飲み込んで、ショッカーを潰し、世界を救った。
そんな物語が一つ出来上がったことだけ。
『そして、彼は自分の物語を生き切り、新たな旅へと足を踏み入れた……筈だった』
『筈? ……ッ!』
その時だ。目の前が突然光を放ち始めた。まるで、何かの扉を開けてしまった時の様だ。
と、いう事はついたのか。ウォズが見せたかった、門矢士の真実という物に。
「私が、あなたを止めます!」
『あれって!』
ソウゴたちが見たのは、あの時環相互がいた場所と似た地形を持つ場所。周りを石で囲まれたその場所に、真逆の色合いを持ったライダーたちがいた。
黒い鎧を纏う仮面ライダー。
白い鎧を纏う仮面ライダー。
ソウゴたちは、黒い仮面ライダーの事は知っていた。
『クウガ。もう一人の仮面ライダーは……』
『彼女は、仮面ライダーキバーラ。彼の四人目の仮面ライダーの仲間さ』
『え?』
仮面ライダークウガアルティメットフォーム。依然の戦いに置いてクウガが変身した最強フォームの姿だ。しかし、その時と違ってその目は真っ黒に染め上げられている。
『んじゃ、なんでそのキバーラとクウガが……』
『……』
戦兔は、なにか既視感のようなものを感じた。
あの姿。自分が変身するハザードフォームそっくりではないか。あの、一度変身すれば目の前にある物すべてを破壊する最悪な姿。自分自身で制御することも困難で、その結果自分は仲間が大切に思っていた人間を殺し、また仲間たちを何度も危険な目にあわせてしまった。
今の仮面ライダークウガの姿は、まるっきりそれと同じではないか。戦兔は嫌な予感がした。
「ハァッ! ハァァァァ!!!」
「……」
仮面ライダーキバーラは、クウガに対してキバーラサーベルを何度も振るう。だが、その攻撃がクウガに届くことは無い。クウガは、何も持っていないその手でキバーラサーベルを次々といなしていく。まるで大人が子供のチャンバラゴッコに付き合っているかのようにあっさりとだ。
だが、今回のソレはより暴力的だ。
「ッ! あぁッ!」
クウガは、たった一発だけ仮面ライダーキバーラの腹部に拳をめり込ませた。その瞬間である。キバーラは、まるで台風の風に押されたかのように後ろへと吹き飛び、転がった。
一体どれだけの威力のパンチだったのか、ソウゴたちには想像もできないくらいだ。だがしかし、キバーラは何とか立ち上がった。フラフラで、今にも倒れて動かなくなりそうなほど、その身体は傷ついていた。だが、それでも立ち上がることが出来た。
できてしまった。
「ッ!」
クウガは、キバーラに向けて手を広げた。まずい、何かは分からないがしかしこのままだとキバーラは、光夏海はやられてしまう。そう考えたソウゴは、すぐに二人の間に割って入ろうとする。
しかし。
『無駄だよ、我が魔王。これは、平行世界の過去にあったことをそのまま流しているに過ぎない』
『そんな!』
『どうにかなんねぇのかよ!』
ウォズの言葉に、ソウゴだけではなく、龍我もまた意を唱えた。だが、ウォズはそんな二人の言葉に対しても表情を変えることなく淡々と言い放つ。
『我々には、この世界がどうなるのか、その行く末を見るしか他ない……と言ったところだね』
『ッ!』
いっそのこと、すがすがしいほどに見放されている気分だ。
と、その時だ。一人の男性がバイクに乗って現れる。
「夏ミカン!」
「つ、かさ君……」
キバーラは、背後を振り向いた。その瞬間である。ダメージによる負荷によって変身を維持できなくなったその身体が、変化し、元の光夏海の姿に戻った。
そして、それが悲劇をより一層残酷な物へと様変わりさせる。
「やめろ! ユウスケ!!」
士の声は、ユウスケには届かない。その姿になったユウスケはもう、友人の言葉でさえも抑止力にはならなかった。
「あぁあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
『!?』
刹那。光夏海の空から炎が吹きあがった。超自然発火能力だ。
手をかざし、周囲の物質の原子と分子を操り、対象をプラズマ化させ発火、そして炎上させる技。原典の世界の仮面ライダークウガ、五代雄介はかつて最悪の敵、ン・ダグバ・ゼバに対してこの能力を使用して戦った。
だが、その時はダグバが普通のグロンギではなく、また同様の能力を持っていたために決定打になることは無かった。
しかし、もしも対象が普通の人間であったのならば、もしも相手が生身の肉体であったのならば。
「夏海!!」
「つ、か……ぁ」
そう、今の光夏海のように。
夏海の身体のいたるところから出現した炎は、瞬時に彼女の身体を隅々まで焼いていく。服に燃え広がり、髪に燃え広がり、そして皮膚に、骨に、筋肉に、内臓に燃え広がる。
士は、ただのその姿を見ているしかできなかった。自分旅を、最初から見守ってくれていた仲間が無残にも燃えていくのを。
士に向けて伸ばした手。だが、その手を士が掴むことは無かった。
断末魔の一つも上げることもできず、光夏海は炎の中に消えていった。
夏海は、大切な仲間だった。ただそれだけだ。
別に恋心という物を抱いたことは無い。はずだ。しかし、自分がソレを恋だと認識していなかっただけで、本当は彼女に恋をしていたのかもしれない。
いつもおせっかいを焼いて、自分に不都合なことがあったらすぐに笑いのツボを押してきて自分を笑わして。
正直言えばかなりうっとうしい存在でもあった。
でも、そんな彼女と一緒にいるのが、とてもかけがえのない時間だった。
その笑顔を見るのが好きだった。
何処に行ったとしても、自分の事を待ち続けてくれる彼女が好きだった。
彼女が、好きだった。
でも、そんな彼女は。
もう、いない。
炭と化したその躯に触れた士。
だが、その身体は崩れ去り、土と同化し、見えなくなる。
「ッ! 何故、夏海を殺した……」
士は、その手に付いた炭を握りしめながら、傷付き、あふれ出す血に目もくれず、立ち上がり、ネオディケイドライバーを装着した。
「答えろ! ユウスケ!!」
≪KAMENRIDE DECADE≫
仮面ライダーディケイドに変身した士は、その場に落ちていたキバーラサーベルを手に持つとただ一直線、ユウスケへと向かう。
そして―――。
「ハァァァァ!!!」
士は―――。
「!?」
ユウスケのベルトについているアマダムを―――。
「なに!?」
破壊した。
何故、どうして。そんな疑問が士の心に湧いてきた。いつもなら、いやアルティメットフォームの力であるのならば、そんな攻撃防ぐことも避けることも容易いはずではないか。なのに、どうして防がなかった。避けなかった。
それに、どうして手を広げている。まるで、自分の弱点を狙ってくださいと言わんばかりに。それでは、まるで。
「がはッ! はぁ、はぁ」
「ユウスケ!」
変身を解いた小野寺ユウスケ、いや解けたのだろう。クウガに変身するために必要なアマダムを破壊したことによって、その能力を失ってしまったのだ。
士は、その身体を抱きかかえた。すると、ユウスケは士の胸元を持ち、必死に上体を起こして言った。
「悪い、士。やっぱり俺、じゃ……アマダム……を……」
「ユウスケ? ユウスケぇ!!」
ユウスケは、士の腕の中で息を引き取った。
アマダムの力を制御できなかった自分を悔やみながら。
「なんで、こんな……爺さん、ユウスケ……夏海ぃ……」
『門矢士……』
仲間を次々と失った士。その姿を見て、胸を痛めるソウゴたち。
彼らは気が付いていないが、士の言葉から察するに、光写真館の主人である光栄次郎もまたこの直前に死んでしまっているのであろう。恐らく、アルティメットフォームの暴走に巻き込まれる形で。
この時からだった。門矢士の心が狂ったのは。
「俺のせいなのか? 俺が旅を始めたから、こうなったのか?」
もしも自分が旅を始めなかったら。
夏海や栄次郎は自分たちの世界でずっと静かに暮らしていたであろう。
ユウスケもまた、姐さんと慕う人間と共にいつまでもグロンギと戦っていたことであろう。
旅にはついてきていない人間たちだって、自分がもしもその世界に行っていなかったら、自分がその人生を狂わせていなかったらどんな人生を送っていたのであろう。
自分が、自分なんかが旅を始めたから。自分が世界を破壊したから、大切な人たちが死んでいった。
こんなことなら、旅を始めるのではなかった。
こんなことなら、仮面ライダーになどならなければよかった。
こんなことなら―――。
その時だ。士は思い出した。自分がなんであるのかを。
自分は、もう一人の自分、時環相互の鏡の中の世界での存在。
そして、その時環相互に倒されるためだけに生み出された存在。
そう、自分はただサンドバックになるためだけに生まれたのだ。
ふざけるな。
そんなことのために、かけがえのない友を、帰る場所を消された。
許されるか、そんな理不尽。
自分自身が許せなかった。自分が仲間を求めたりしなかったら仲間は死なずに済んだ。自分が何の疑問もなく時環相互に殺されていれば、仲間たちは死なずに済んだ。
ふざけるな。
生きている人間が仲間を求めて何が悪い。必死に生きようとして何が悪い。
俺は、破壊者として生まれ、そして旅をしてきた。結果的に、自分が完全な破壊者となることは、なかった。
でも、決心する。自分は、今度こそ破壊者となることを。
「破壊する! 旅を始める前の、俺自身を!!」
その日、彼は手段を選ぶことを止めた。
すべては、時環相互に復讐するために。
怒りに狂う人間は、何をするかわからない。
あまりにも短絡的。そう思える彼の行動。
だが、もう彼を止めることのできる人間は。
誰一人とて、存在しなかった。