炎が、四方八方から自らに襲い掛かってくる。
もはや、組織としてどころか、建物自体が崩壊間際と言わんばかりの時空管理局の本局内で、リンディの息子並びにフェイトの義兄であるクロノ・ハラオウンは、ドーパントの群れから必死に逃げていた。
自分でもみっともない姿だと自嘲してしまうのだが、しかし魔力が枯渇してしまった以上、自分にできることはただ生き残るために逃げることだけなのだ。
「ハァ、ハァ、ハァ……クッ!」
肩に走る、引きちぎれたと思わんばかりの激痛。思わずもう片方の手で肩を押さえ、近場の壁に背をつき、休む。
先ほど受けた攻撃が、とても深いところまで来ていたらしい。これでは、並みの回復魔法の使い手であったとしても全快には時間がかかることだろう。まぁもっとも、今この状況から生き残ることができれば、の話だが。
クロノは、少しだけ休んだのち、再び走り出した。彼がいま探しているのは、いわゆる転送装置のようなものだ。この世界、ミッドチルダと、地球の海鳴を、自分の家族や、仲間たちがいる街へとつなげる装置。
そのさなか、彼は思い返していた。この最悪の一日とも、そして最後の一日ともいえる今日の日の出来事を。
はじめは、局員一名が本局の中で暴れているから止めるように、という何でもないような指令が下ったときからだった。
聞けば、その局員は内勤で、魔力も持っていないような人間であるため、そんな人物を相手に自分のような人間が赴くのは、少しおかしいような気もしたのだが、どうやら、自分が一番近くにいたと言うとても適当な理由だったそうだ。しかし、とりあえず行ってみることにした。
魔力も持っていないような局員だ。簡単に制圧できるだろう。そう、その時の彼は思って、そして、後にそんな甘い考えをした己のことを一生恨むことになるのだ。
件の局員が暴れていた食堂に赴いた彼は、目撃した。人間が、怪物の姿に変貌するその一部始終を。義妹や、ある事件によって知り合った仲間たちが目下のところ捜査中であったはずの、ガイアメモリによって変身するその姿を。
その瞬間だった。本局内にいた時空管理局員の半数以上が一斉にガイアメモリによって変身し、暴徒と化したのは。
もちろん、自分や、戦闘の心得のある局員は総出でその暴徒鎮圧のために戦った。だが、ガイアメモリによって怪物と化した人間たちは、あまりにも強く、ルーキーからベテランに至るまでの局員が、次から次へと落とされていく様は、あたかも、大人と子供の喧嘩であるかのようで、とても無様だった。
このままだと壊滅もあり得る。そう考えたクロノが、各次元世界に駐留している局員を呼び戻すために連絡をした。が、それも封じられてしまっていた。
本局において暴動が発生したその同時刻、各次元世界の局員の駐留施設でも暴動が続発。そのほとんどが壊滅的なダメージを追ってしまっていたからだ。
このままじゃまずい。クロノはドーパントと戦いながらも生き残るすべを模索した。道中に、本来であれば自分程度の役職じゃ入ることすらもできないような道を通り、それでも追ってくるドーパントの群れを何とか退けた彼は、いつの間にか悪友たるユーノ・スクライアが司書を務めている無限書庫の中にいた。
その中はあらゆる世界に存在するすべての書籍、またすべてのデータが収められている場所であり、ユーノが司書となるまではかなり乱雑に保管されていた。彼が来てからは、現状徐々にではあるが書庫のデータは整理されてきてはいる。しかし、それでもまだ大量の未整理のデータがあるのも事実。
幸いこの場所は幾人もの人間が魔法をかけたことによって、本局が焼け落ちたとしても、爆発したとしても無傷のまま部屋ごと転移するため、この場所の心配をする必要はないのだろう。
そういえば、とクロノはこの騒動が起こる前にユーノから送られてきたとある女性の調査依頼を思い出していた。
確か、簪美茄冬。であったか。今回の騒動、そしてガイアメモリによるドーパント騒動の元凶ではないかと彼は言っていた。ちょうどいい。逃げる前の駄賃としてそのデータを持っていくことにしよう。幸い、データの抽出自体それほど時間のかかる物ではないため、検索し、そのデータを自分のデバイスに入れればいいだけだ。
彼は、手じかにあった端末に、≪簪美茄冬≫という女性の名前を打ち込んだ。
「これは……」
名前を打ち込んだ瞬間、出てきたのは簪美茄冬という女性のデータ。それは当たり前だ。だが、それに付随している彼女の出身世界の情報が奇妙だった。
データの閲覧制限がかけられている。一体、どういうことなのだろうか。閲覧制限という物は、本来ならば他人に知られれば危険な情報や、やんごとなき家柄の人間のデータに仕組まれているようなモノ。
それなのに、どうして彼女の出身世界、それも管理外世界であった第四十四管理外世界についてのデータ閲覧に制限がかけられているのか。
「気になるな……」
調べてみると、閲覧制限は時空管理局の中でもかなり上の役職にある者であれば見れるそうだ。つまり、閲覧にはその人間の身分証明書が必要となるわけだが。
自分はなんと運がいいことだろう。さっきドーパントを撒こうとしていた際に、普通であれば絶対に入れないような区画に入るために、倒れていた時空管理局上層部の身分証明書を持っていたのだ。ある種、ご都合主義のようにも思える。だが、この時彼はこの出来事について何ものかの訴えであるかのように感じ取っていた。
誰かが、自分にこの事件の真相を知ってもらいたい。そう願っていたかのような。そんな気がしてならなかったのだ。そして、閲覧制限を解いた先に見えたもの。
クロノは大きく目を見開いた。まるで、そこに書かれている言葉の一言一句を見逃さんとするかのように。目の中に入ってくる衝撃的な事実に、心を蝕まれたくないと願わんばかりに。
「こんな……こんなことが、管理局の中で行われていたなんて!!」
信じられなかった。もしも、この情報が事実だとすると、自分たちが掲げてきた正義が何だったのかと、疑問に思ってしまうほど。こんなことが、許されていいのか。いや、いいわけがない。クロノは、目の前にあるパソコン端末を壊してしまいたくなるほどの怒りに、その手が揺れていた。
「……まさかッ!」
そして、その情報を閲覧していく中である嫌な予感が頭をよぎったのだ。まさか、でも、もしそうだったとしたら。確認せずにはいられない。
クロノは、さらに≪ある人物≫が遭遇した事件についてのデータを閲覧。やはり、そこにもアクセス制限がかけられている。
違っていてほしい。自分の考えすぎだと、思いたかった。恐る恐る身分証明書をスキャンした先にあった物。それは―――。
「ッ!」
一瞬だけ、言葉に詰まったクロノ。予想通りだった。予想通りすぎた。最悪だ。こんな、こんなことが本当に、現実であっていいのか。何か、悪い夢のようにも思えてしまった。
でも、事実なのだ。画面から目を離したクロノは、力なく落ちそうになるその顔を両拳で支え、つぶやいた。
「すまない……」
と、誰に向けたわけでもない謝罪が、空に溶けた瞬間だった。クロノは、決意した。この情報を、彼女たちに伝えるべきだと。その結果、彼女たちがどう思うのかはわからない。失望するのか、怒りをどこかにぶつけるのか。いや、むしろ失望してもらってもいい。自分だって、そうなのだから。
でも、それでも伝えなければならない。それが、この局の人間であり、そして、時空管理局員として初めて彼女に遭遇した自分の、大切な役目であるのだから。
そして、クロノは走り出した。デバイスの中に、ダウンロードしたデータを携えて。
「これって、転送反応? え、家の中に!?」
戦況をモニターしながら各地に指示を出していたエイミィは、突如としてリンディの家、つまり今自分がいる部屋に現れた転送反応に驚きを隠せなかった。まさか、管理局から直接ここに乗り込んでくるというのか。
まずい。エイミィは椅子から立ち上がると近場にあった箒を手に持った。今家の中にはナーヴギアを使用して別の世界に行っているなのはがいるのだ。無防備な彼女のところに行かれでもすれば、取り返しのつかないことになる。
同じく、家の中にいるはやてを呼ぶか。いや、そんな時間はない。というか、時間が経つにつれて転送反応の出現場所が絞れてくるにつれて、エイミィの焦燥感はピークに達していた。
なぜならば、転送反応が示す転送場所は、もろ今自分がいる部屋だったからだ。
「く、来るなら来なさい……」
と、彼女は震える手で持った箒を、心細げに構える。エイミィは時空管理局員ではあるが、戦闘経験は皆無。というか、戦闘系の魔法は一切使えない。そのため、いざドーパントが来れば戦う力のない彼女は真っ先に餌食となってしまうのは確実。けど、少しでもいい。せめてもの抵抗はしたい。そう彼女は願っていた。
そして、ついにその時が来る。
「ッ!」
「く……や、やっぱり転送ポートのない場所への転送は負担が大きかった……か」
再会という名の、時が。
エイミィの前に現れたのは、彼女の恋人であり、生死不明の状態となっていたクロノ。
彼は、無限書庫から抜け出した後、何とか転送ポートを見つけ出した。まではよかったのだが、それを使用するには転送先にも同じ転送ポートがなければならないことを、その時になってようやく思い出す。
いや、なかったとしても膨大な魔力を使用すれば一方だけで何とか出発することはできる。しかし、その場合身体にかかる負担はとてつもなく大きなものとなるはず。果たして、ドーパントの攻撃で重傷を負っている自分の身体が持つだろうか。
だが、彼には悩んでいる暇はなかった。自分には、この情報を彼女たちに伝える義務があるのだ。この、全ての悲劇の幕開けとなった出来事を知らせる、その権利が。
そして、彼は命がけの転移を実施した。結果的には生き残ることには成功した。もっとも、その代償はあまりにも大きなものであったが。
「クロノくん! えっと、大丈夫なのそのケガ!?」
エイミィは再会を喜ぶ時間もなく、まずはクロノの身体のいたるところに負った傷の心配をする。当然と言えば当然だ。クロノの体は、見る限りで全ての箇所に傷を負っているのだから。しかし、クロノはそんなこともいにかえさない。
「僕のことはいい! それより、なのはや、みんなは!?」
そうか、クロノは今現在の海鳴の状況について知らなかったのだ。その事実を思い出したエイミィが説明をしようとした。
「えっと、実は今海鳴は……」
刹那。
「イヤァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」
「!」
「!」
家の、全ての壁を貫くかのようなとても大きな叫び声が上がったのだった。
「今の、なのは……の」
「あ、無理しちゃダメ! 私も一緒に行くから!」
クロノは、その声がした方向に向けて歩こうとした。だがしかし、身体に負った傷の影響もあって思う様に歩くことができない。そんな彼にエイミィは肩を貸し、ともに歩いていく。それはまるで、二人の将来を暗示しているかのようにも思えたのは、気のせいではないはずだ。
それから、クロノの身体のことを気遣ったが故に少しだけ時間はかかった物の、ようやく叫び声が上がった部屋にたどり着いた二人。
「今、なのはちゃんはロストロギアを使って、心だけが別世界に行っているの」
そこで、ようやくクロノに語ったのは、クロノの顔を驚きに包むのに余り有るものだった。
「ロストロギアを!? なんでそんな危険な真似を……」
なのははロストロギアという物の恐ろしさを身に染みてわかっているはず。それなのに、どうしてそんな危険で、愚かな行為をすることになったのか。一体、自分がいない間に何があったのか。クロノは、頭の中に疑問符を大量に浮かべるしかなかった。
「訳は後で話す。それより……」
「……あぁ、そうだな」
そして、クロノとエイミィは同時にその扉を、半開きとなっていた扉を開けた。
開けなければよかった。そんな後悔とともに。
「なッ……」
「!」
息をするのも忘れるくらいに、背筋が凍った。
言葉を口に出すという行動を、どこか遠くに置き忘れてしまったかのような初めて味わう感覚がした。
自分たちが見たものを、信じることができなかった。
二人が、見たもの。それは―――。
「ッ! クッ……」
ヒトを抱き、声を押し殺して泣いているはやて。
そして―――。
「ぁ……」
ボロボロの≪白髪≫を持ち、今にも事切れてしまいそうなほど目の焦点のあっていない、高町なのは≪と思わしき≫女の子。
思わしき、そう形容してしまったほどに、変容してしまった女の子が、そこにいたのであった。
≪6月13日追記≫
活動報告にしたためた通り、しばらくの間投稿を休止し、自分を見つめ直すことに精進することに致しました。といっても、この小説は頻繁に勝手に休載することが多いのに今更、と思われるかもしれませんが、今度ばかりはちゃんと文章として出したかったので。
またいつか、戻ってくるその日まで。