その日からどれだけ待ち望んだことだろう。どれだけ思い浮かべたことだろう。どれだけ思い続けても届かない。どれだけ手を伸ばしても掴んでくれない。囚われの王子様となってしまった兄との再会、たとえそれが現実ではなかったとしても、リーファにとって、直葉にとってはそれは待ち望んだ瞬間であった。
「スグ…お前、なんでSAOに…」
「よく分からない、気が付いたらALOっていうゲームからいきなり…」
「ALO?」
アスナがそうリーファに聞く。アスナは隣にいるキリトの顔を見る。どうやらその顔は動揺しているようである。キリトにとって、それは青天の霹靂と言っても過言ではない事態であった。直葉は、自分の妹は確かに現実の世界にいるはずの存在。現実で、普通の日常を謳歌している存在であった。それが、なぜこの世界にいるのか、直葉の言うALOというゲームと何か関係があるのだろうか。
「ALOは、SAOの後に発売されたゲームで…」
「でも、スグは…ネットゲームが嫌いだったんじゃ…」
キリトの記憶上、直葉はネットゲームが嫌いな人種であった。だから、自分がSAOを買った時にも、いい目はしていなかった。それなのに、なぜ。
「嫌いだよ…お兄ちゃんがゲームに捕まってもっと嫌いになった」
「…」
「でも、お兄ちゃんが、好きになったMMOが…いったい何がそんなにお兄ちゃんを引き寄せたのかって、…お兄ちゃんが好きになった世界が、見てみたかったから…」
「スグ…」
もしかしたら、直葉は兄の事を少しでも感じたかったのかもしれない。兄が捉えられている世界と同じゲームには行くことができないが、似た世界に入ることによって、兄の気持ちを少しでもわかりたかったのかもしれない。まさか、本当にSAOに来ることになってしまうとは夢にも思わなかったが、それでも、少しは兄の気持ちが分かった気がした。
「でも、なんでキリト君の妹さんが、ディケイドと一緒にいるの?」
「ん、俺か?」
場の空気が若干重くなったところに、アスナがそのような質問を投げかける。
「こいつが力尽きてモンスターに倒されそうになったところを、俺たちが助けたんだ」
「いや、助けたのは俺だけどな」
そう、なにやら自分が助けたというような言葉を発してはいるものの、忘れている人が多いかもしれないが、実際にリーファを助けたのはユウスケである。
「そっか、サンキュウな…直葉を助けてくれて」
「いや、大したことない。それで、俺に用事ってのは何だ?」
「あぁ…いや、もういい」
「ん?」
「いくらクエストでも、人間を…それも恩人を倒すのは…な」
「そうか…お前が、まともなプレイヤーで助かった」
思えば、この世界に来てからまともに話を聞いてくれたのは、リーファとニシダだけであった。他のプレイヤーは問答無用で襲ってきて、話すらする暇もなかった。それと比べれば、キリトは全良なプレイヤーであるといえる。隣にいる女性プレイヤーも同意見のようであった。その時、いつものあの部屋から黒人の男性が顔を覗かせる。
「キリト、アスナ、栄次郎さんがコーヒーをまた入れてくれたそうだ」
「分かった。スグ、取りあえず外の事いろいろ聞かせてくれるか?」
「うん…お兄ちゃん、小さくなった?」
「どうだろう?…あの日から身長が伸びていないからな…そういうスグは…」
「?」
「いや、おっきくなったなって…」
キリトは、リーファのある部分を見てそう言った。どこを見たかはともかく、キリトの身体は2年前のソレと全く変わっていない。現実の世界での桐ケ谷和人は成長しているのにもかかわらずである。それは、キャリブレーションがゲーム始動のその時にしか行われていないからである。SAOというゲームは始める際、自身の身体をあちこち触る作業をする。それによってプレイヤーの体格が記録されたため顔の再現だけでなく、プレイヤーの身長、体格をゲーム内にトレースすることができた。しかし、これには一つだけ欠点がある。それは、今となっては当然の事となってしまったが、SAOを開始すると装着人が昏睡状態になってしまうということだ。装着人が自身の身体を触ることができないため、キャリブレーションをすることができず、体格状況の更新ができない。そのため、SAOプレイヤーの体格は、どれだけ現実のソレがやせ細っていたとしても同じであり、故に身長も変わらない。だから、キリトたちプレイヤーの時は止まっているのと同意義なのである。
「お兄ちゃん?今、どこ見たの?」
「えっと…それは……すまん」
「キリト君?」
アスナもまた、キリトに恐ろしい笑顔を向ける。
「…ゴメン」
「ははっ、SAO最強のソロプレイヤーも実の妹と嫁さんにはかなわないか」
「うるせぇ」
廊下の奥から現れたエギルと呼ばれた男性がキリトの事をそう言って茶化す。ふと、エギルの言葉にリーファは疑問符を浮かべる。
「え、あの…嫁さんって?」
「あっ実は俺…この人と、結婚しているんだ」
「…………え?」
「何?」
「あ、私はアスナです。その…キリト君の妻?です」
その言葉には、士も若干驚いた。
「け、け、結婚って…」
「あぁ、いや!ゲームのシステムの話だからな!そういうのがあってだな…」
「………ふ~ん…そうなんだ、ふ~ん。私すっごく心配していたのに…お兄ちゃんは楽しそうなんだね…」
「えっと…お、俺だってSAOから脱出するために色々と頑張って!」
「けど、ここ最近はその前線から離れて、コテージで新婚生活しているがな」
「エギルゥゥゥゥゥ!!」
さすがにこれには腹に吸えたものがあったようで、キリトはエギルに向かって、まるでラスボスと対峙したかのような大声を出す。
「お兄ちゃん…」
「ヒッ!」
「ちょっとアスナさんと三人でお話しようか」
「なっ、なんで!?」
「そうね、私もさっきスグちゃんのどこを見ていたのか問いたださないと」
「アスナもか!?」
悲しいかな、それは男の性。空しいかな、それは夫の性。キリトは、両脇をがっちりと固められ、二階へと連れられて行く。
「ほら、キリキリ歩いて!」
「往生際が悪いよ、キリト君」
「エギル、後で覚えてろよおぉぉ~~~~」
それは、まるで刑務所に入れられる囚人のようであったとしておこう。因みに、彼が直葉のどこを見ていたかについては、山とだけ言っておこう。2年ぶりに再会した兄弟のやり取りが、シリアスが置いてけぼりになってしまうほどのギャグシーンとなってしまうのは、成長期の女性を妹に持った彼の不幸としておこう。
「ふっ」
因みに、士はと言うとキリトのその様子を鼻で笑いながら写真を撮るだけであった。
「おいおい、そんな惨めな姿を残すのかわいそうじゃないか?」
「いや、歳相応だと思うが?」
そして、士とユウスケは廊下の先にあるいつもの部屋へと進む。先ほどエギルと言われた男性のほかはいつものメンバーがそろっていた。エギルは、士が部屋に入ってきたと同時に自己紹介をする。
「俺はエギル、いつもは店を営んでいる」
「あぁ、俺は門矢士だ。それよりいいのか?キリトの奴、あの二人に連れていかれたぞ?」
「ふっ、まぁいいじゃないか。2年ぶりの兄弟げんかだ。それに、あいつも少し余裕を持たなきゃな」
「いや、兄弟げんかっていうか奥さんも付いていったし、というかある意味修羅場なんだから余裕も何もないような…」
ユウスケは、そう突っ込みを入れたが、それを聞いている者は誰もいなかった。
「そうだな、見たところあいつはまだ子供だ。そういうぐらいが丁度いいんじゃないか?」
「だろ?」
「いや、いいのかよ…」
士とエギル、人生経験豊富な二人の会話に、同じく人生経験がある意味豊富なはずのユウスケはついていけなかった。そして、栄次郎が台所からクッキーとコーヒーのセットを持ってくる。
「はい、コーヒー人数分ですよ…おや?なんだか何人かいなくなってないかい?」
「あぁ、取り込み中だ」
と、士は言いながらコーヒーカップを一つ取る。彼はもちろんブラック派である。
「あ、栄次郎さん、砂糖3つお願いします」
「私は、4つお願いします」
そう言ったのは、鳴滝姉妹である。余談だが、リーファとここにいる麻帆良学園メンバーとは実質一歳しか歳が変わらないそうである。そこに、士が一言。
「ふっ、お前らは体だけじゃなく味覚もおこちゃまだな」
士よ、それはさすがに酷すぎるのではないだろうか。
「士先生、流石にそれは僕達も怒るよ」
「お姉ちゃん、ここはこれで」
と、言いながら史伽は親指を挙げる。士は、それを不思議に思うが、風香はそれにうなづき言う。
『夏海姉直伝!』
「お、おいまさか?」
さすがに、士にも二人が何をしようとしているのか分かった。二人は、士が逃げる間もなく、首筋に親指を突き刺す。
『笑いのツボ!!』
「グッ!あっハハハハハッハッハッ!!」
二人の放った一撃は、正確に士のソレに突き刺さる。その技は、士達が外に出ている間に暇を持て余した夏海が麻帆良学園メンバーに教えたのであった。
「な、夏みかん!ハハッ、お、お前、何をハハ!!」
「士君は、もう少し女の子に対してデリカシーという物を持ってください」
おそらくこの技は士、いや人類史上に残る必殺技の一つであると思う。
昨年11月以来の投稿。なぜか、もう一つと比べて筆の進みが遅い。やっぱ戦闘を書きたい。戦闘だったら、いわゆる地の文で説明文を書くだけでかなり文字数取れるのに…。因みに、原作ではアスナからリーファへの呼び方は『リーファちゃん』となるらしいが、今回はまだリーファという名前を知らないため、『スグちゃん』となっております。