アスナたちがメッセージを受け取る数十分前、桐ヶ谷家から一つの影が飛び出した。
「お兄ちゃんはわたしが連れ戻す!母さんは、病院でお兄ちゃんの側にいて!」
「直葉…」
ふと聞けば、よくわからない会話である。知らない人物からしてみれば、まるで直葉に兄が二人いるかのような会話であるが、彼女の言うお兄ちゃんは、無論どちらも桐ヶ谷和人、キリトの事を指している。
「大丈夫、絶対に二人で帰ってくるから!」
そして、直葉は扉を閉じ、兄と同じように自転車で走り出した。だが、兄の向かった場所が分からないため右往左往どころか、ただがむしゃらに走るだけだ。母の話からすれば、ヒースクリフ、つまり茅場昌彦の所に向かったのだろうが、当の茅場昌彦の場所が分からない。せめてより効率よく探せるように高い場所から飛行しよう。そう思い、若干変な目で見られながらデパートへと向かい、エレベーターはかなり混んでいたのでエスカレーターで屋上まで昇るところだ。このデパートの屋上には庭園があり、そこからであれば飛びたつことができる。リーファは、3階の電気製品売り場から、4階へと向かうエスカレーターへと乗った。その時、その声が聞こえた。
『今ビルに設置されている大型スクリーンに男の姿が映し出されました!あれが茅場昌彦なのでしょうか!?』
「へぇ!?」
その声に驚いて、うっかりバランスを崩してエスカレーターから落ちそうになる。流石に上りだして後ろに人もいるエスカレーターを逆走するわけにはいかないため、一度4階に出てから急いで下りのエスカレーターに乗って、3階まで行く。そして、その声の発信源を探る。果たして、そこにあったのは幾人もの人々に囲まれたTVであった。
『できるさ!なぜなら、俺は…ビーターのソロプレイヤーだからな!』
そこに映っていたのは紛れもなく兄の姿。テレビリポーターはレクトの前だと伝えている。レクトは、確かここから数キロぐらい離れた場所にある。だが、間に合うだろうか。と、言うのもそこに映っていた映像は、絶望的なものだったからだ。
「一人で化けもんに突っ込むなんて、無茶にもほどがあるぞ…」
「正気じゃない…誰がどう見たって勝ち目がないじゃないか…」
野次馬の反応が示す通りだ。10や20じゃない、道路を覆うほど数多くのモンスターが地面におり、キリトは、そんな場所にたった一人で向かっている。このままじゃ負けるのは確実だ。母に病院に行くように指示したのは正解だった。自分でさえこんなにショックを受けているのだから、母がこのような映像を見せられたら気絶してしまうだろう。
「お兄ちゃんっ!」
リーファは、それを見ると人波をかき分けてすぐさま屋上へと向かった。屋上には人一人とおらず、飛び立つには最適であった。
「早く、お兄ちゃんのところに行かないと…お兄ちゃんの…所に…」
飛び立とうとする。しかし、飛び立てない。少しだけ冷静になって、そして考える。
「私一人が行って…どうなるの…。SAOのプレイヤーじゃない、たった1年普通のゲームをプレイしていただけの私が、行って…」
自分はキリトと違って、命を賭けるような戦いをしたことがない。そんな覚悟が必要であるとも考えたことはなかった。そんな自分が行ったとして、戦力になるのだろうか。それに、よしんば彼と一緒に闘ったとしても、1人が2人になるだけで、数多くのモンスターを相手にできるわけなどない。もっと多くの仲間が必要だ。
「士さん!…は連絡方法分かんないし…」
一瞬思い出したものの、すぐに自分で否定してしまう。彼は携帯電話を持っていた物の、その電話番号を彼女は知らない。まてよ、連絡方法と言えばもう一つ…。
「あっ…」
リーファは、一つあるシステムの事を思い出した。そして…。
(あの子の名前は確か…お願い、届いて!)
「ん?」
「なんです?」
「メッセージが届いたみたい」
写真館でお茶会をしていたシリカ、家に帰ろうとかは思わなかったのだろうか。それはさておき、シリカはメッセージを受け取ったという通知を見る。そして、システムウィンドウからメッセージを確認する。
「えっと…『TV見て!お兄ちゃんが危ない!士さんに連絡! Lefa』…って…」
「お兄ちゃんって…キリトさんの事だよね…」
「うん…TVつけてもらえませんか?」
よほど急いでいたのだろうか、簡潔かつ簡単にそれだけ書かれたメッセージを見て、なにやらただ事ではないと感じたシリカは、すぐにTVを付けてもらう。新聞を読んでいた栄次郎は、すぐにリモコンを手に取り、TVを付ける。その先には…。
『‥ずくめのプレイヤーが孤軍奮闘しております!これは、紛れもなく現実、リアルの映像です!』
「キリトさんッ!」
「孤軍奮闘って…一人でこれだけの敵と戦ってるってこと!?」
「みたいだな…」
「みたいだなって…士先生いつ帰ったんですか!?」
TVを付けた先はかなり緊迫した映像だった。それを見るだけで彼にどれだけの危険が迫っているのかが分かるだろう。そして、その映像を見ていた彼女達の後ろから、ここにはいないはずの士の声がしたことにも驚いた。
「ついさっきだ…あいつも無茶しやがる」
「士先生、早急にキリトさんの元に向かわないと」
「分かってる。だが、流石に俺だけじゃ話にならないぞ」
「えっなんで?あんなに強いのに…」
「仮面ライダーは無敵じゃない。数に押されれば負けちまうことだってある」
これは本当の話である。士は以前、クウガの世界において一人で何十体ものグロンギと同時に戦い、その時はさすがにどんどんと疲れがたまっていき、ジリ貧になって傷つき倒れ、ユウスケが駆けつけなかったら本当に危なかった。当時は、他のライダーへの変身能力が失われていたとはいえ、数で押されれば負けてしまうという教訓を教えられた。
「前の世界でも麻帆良学園都市という助力があったからこそ、あいつらを倒すことができたんだしな」
「え…あぁ…」
前回のネギまの世界も、何十人もの救援があったからこそ士はあそこまで戦うことができた。そう言われてなんだか照れ臭くなってしまった鳴滝姉妹であった。それは置いとくとしてだ。
「せめて、ユウスケが使い物になればな…」
「でも、ユウスケはまだ外にいったまま帰ってきてないし…」
「アスナさんはどうでしょう?あの方なら…」
「いや、それだけじゃ足りない、十人単位の応援がなければな…」
「でも、そんなに集められます?」
「しかも、極力短い時間で…」
ちまちま人を集めていたらその間にキリトがやられてしまう。とはいうものの、この世界での士達の知り合いと言ったら後はリズベットとエギル、そしてニシダぐらい、到底十数人を集めるには程遠い。
「あっ!だったらいい人がいます!」
と、ここで鶴の一声が出た。シリカによると、SAOには情報屋をしているプレイヤーがいるそうなのだ。そのプレイヤーなら多くの人材を集めることが可能かもしれない。士はすぐにシリカにそのプレイヤーへメッセージを送るように依頼する。シリカは、分かりやすく、情報屋であるアルゴにメッセージを送った。その返信が来るまで2分もかからなかった。
「あっ、メッセージが来ました!『了解』だそうです!」
「そうか…」
「あっ、ただ…プレイヤーに送るメッセージはそっちが考えてくれって…」
「…」
そのシリカの言葉に全員が思った。何故に、と。実は、これにはアルゴなりの考えがあった。アルゴは確かに情報屋として、数多くのプレイヤーと接してきたし、高い層まで足を運ぶこともあった。だが、その実レベルは攻略組から見れば低いと言わざる負えないほどだった。情報は他のプレイヤーから集まるため、アルゴ本人が前線で戦う意味はない為、それほどレベルを高くする意味はなかったからだ。そのため、おそらく自分はその戦いに参加することはないだろう。だから、そんな自分がメッセージを書いたとしても、想いは伝わらない。死地へと、本当の最終決戦へと足を運ぶ人間じゃなければ意味はないと考えたのだ。
「なら、シリカお前が考えろ」
「え!?…わ、分かりました、やってみます!」
そして、シリカの言葉そして、士の言葉も少し交えたこれが、アルゴからアルゴの知る限りのプレイヤー達に送られた文章である。
『緊急:シリカからの伝言。キリトがヒースクリフを倒しに一人で向かった。テレビを見ている者には場所は分かるかもしれないが、レクトという会社の前でキリトが一人でモンスターたちと戦っている。目的は、茅場昌彦を倒して、ゲームを終わらせること。だが、彼一人では勝ち目はない。そのため、できるだけ多くのプレイヤーの力を求む。だが、キリトの事が嫌いなプレイヤーもいるだろう。現実世界に帰ってこれたのに、これ以上戦ってもしょうがないと思っている者もいるだろう。だが、それでも手を貸してほしい。彼は、βテスターの一人として皆に疎まれ、非難され、そして自らビーターを名乗って矢面に立ってすべてのβテスターを守った。その結果、自分が傷つくことも恐れずに。SAOというゲームの事を考えると、彼もただ一人のプレイヤーかもしれない。彼が死ぬことで、喜ぶ人もいるかもしれない。けど、悲しむ人だって大勢いる。今、このメッセージを受け取っているプレイヤーの中には、現実世界に戻ってきたというだけで達成感と優越感を持っている者が多くいるかもしれない。だが、本当にここは現実なのか。外とのつながりが絶たれ、モンスターが徘徊して、その上、プレイヤーでもない人間までも無防備でその世界に放り出された。非日常だって日常かもしれない。でも、こんな日常、私は嫌だ。君たちは言う、他人だと。君たちは思う、自分に関係ないことだと。けど、私は思う。彼らを守ることができるのは、自分達プレイヤーだけなのだ。自分達と同じく閉じ込められてしまった人達全てを助けることができるのは、自分達プレイヤーだけなのだ。 こんな小さな世界、私たちの生きる世界じゃない。こんな閉ざされた世界で、子供たちがのびのびと成長することなんてできない。今こそ、私達全員が、立場もしがらみも何もなしに立ち上がる時ではないだろうか』
「‥」
ある者は、喫茶店で…。
「…」
ある者は、自分の家で…。
「…」
ある者は、デパートの屋上で。
「…」
ある者は釣り堀で、仕事場で、戦いの中で。
「…」
そしてある者は、アインクラッドの中で、各々がそのメッセージを読んでいた。
『キリトは、全てのプレイヤーのために戦っているわけではない。ただ、妹や、守るべき大切な人達のために戦っている。それに手を貸してほしい。その権利が自分達にはある。この世界を守る権利がある。大切な人を守る権利がある。自分のために戦う義務がある。何故ならば、私たちは―――だから』
―――、そこに書かれた言葉は、全てのプレイヤーに、否この世に生きる、否死んでしまった人たちも含めた全ての人々に当てはまる言葉だった。そして、最後はこう締めくくられていた。
『自分の知る人物、知らない人物のために、立ち上がることを願います。英雄はキリトだけじゃない。 Argo』
メッセージは送られた。後は、それで何人来てくれるだろうか。
「これで…人が集まってくれればいいんですけれど…」
「何人来るかは分からんが…行ってみない事には話にならない」
「…はい!」
行ってらっしゃい。栄次郎のその言葉を受けながら、士達は写真館から外に出た。
「キリト君…」
アスナは、キリトがそんな危険なことをしているなんて思いもよらなかった。いや、本当は心の中でそんな可能性があったと気が付いていたはずである。だが、あまりにも行動に移すのが早すぎた。
「ゴメンリズ!私…」
「えぇ、お金はもらったから、これで何とか強化はできる。あんたはさっさと…ダンナのどころに行きなさい」
「え?」
リズベットのその言葉に、少し悲しみがこもっている。そんな気がした。リズベットはダークリパルサーを見ながら言う。
「…ねぇ、もし先にキリトを好きになったのが私だったら、どうなってたと思う?」
「…」
「もしも、キリトの隣にいるのがあたしだったら…そんなこといつも考えるの…でも、キリトはアスナを…アスナは、キリトを…好きになって、結婚して…きっと私だったらキリトはあそこまで強くなってなかったかもしれない」
「リズ…」
もう、どれだけ恋い焦がれても遅い。あの時諦めた、アスナがキリトに恋していると気づいたときに、自分の初恋は終わってしまったとその時諦めていたはずだった。しかし、どうしても考えてしまう。自分の隣にいる、彼の事を。
「なんてね…ほんと、私って女々しいわね…先に行ってて、アスナ。これ、強化したら私もすぐに向かうわ」
「うん…リズ」
「ん?」
「現実に戻ったら…バトルしましょう」
「え?」
「私とキリト君は、確かにゲームの中では結婚しているし、私もキリト君の事好きだよ…でも、それって諦める原因じゃないと思う…」
「…」
「だから、現実に戻ったら、キリト君が誰を好きになるか…2人でバトルしましょう」
「ハハハ…分の悪い勝負だこと…でもそうね…」
苦笑いしながら、頭を掻く。そして、ゆっくりと手を降ろして、何かを決意したかのように言う。おそらく、彼の気持ちをここから自分い変えさせるのは到底無理。99%無理であろう。ならば。
「1%の確率にかけてみようかしら…」
「うん…」
そして、アスナは外へと向かって行った。
ある喫茶店。カウンターに座っていた男は、メニュー画面を閉じると、手元にあったかなり熱目のコーヒーカップを口元に運び、一気に飲み干した。無茶をする奴だとは思っていたが、しかし今回のそれは度が過ぎている。エギルは、コーヒーカップを静かに置くと、カウンターのイスからゆっくりと降り立ち上がった。その時、机を挟んだ向こう側にいる女性から声がかけられる。
「行くのね…」
「今度は早めに帰ってくる」
言葉足らずに、だが通じ合っているように言う2人。阿吽の呼吸と言うのだろうか。女性はさらに言う。
「そう…ねぇ、私のコーヒーどうだった?」
「フッ…やっぱり最高さ。何度飲んでも…な」
エギルは思う。どれだけ上手いコーヒーを飲んだとしても、愛し、愛されている者の淹れるそれに敵う者はないと。
「フフ…いってらっしゃい、あなた」
「…あぁ」
男はいく。女性はそれを見送る。おそらく、日本でそんな光景が見られるのは、これが最初で最後なのであろう。この、日常しかない世界において。そんな光景が何度もあってたまるものか。エギルは、メニュー画面を開き、転移結晶を取り出した。
また、ある家では。
「くそっ!キリトの野郎…なんて無茶をしやがるんだよ!」
クラインが、急いで装備を整えているところであった。テレビは、電気代を払っていなかったために止められていたため見ていなかったが、アルゴからのメッセージを受け取ってようやくキリトのことについてい知ったばかりだ。
「お前にはまだ返してねぇ借りがあんだよ!俺が行くまで…!」
その時、また新なメッセージが届いた。それは、自分がSAOで作ったギルド、風林火山のメンバーからの物。彼らもキリトの元に駆け付けるということだった。クラインは、そのことに若干笑みがこぼれた。本来なら、クラインは一人でキリトの元に向かうつもりだった。アルゴから受け取ったメッセージからして、危険な匂いしかしない。そんな戦場に自分の勝手で、仲間まで巻き込むなどしていいのだろうか。そんなことを考えていたからだ。しかし、彼は失念していた。彼らもまた、SAOという地獄を友に駆けた仲間なのだということを。クラインは、彼らに転移結晶を使用して、まず転移門で集合しようという旨のメッセージを送る。そして、彼もまた、アイテムストレージの転移結晶を取り出そうとする。その時、ある物が眼に入った。
「蘇生アイテム…」
12月にあった期間限定イベント、その時にキリトが手に入れたアイテム。彼はそれを使用して、かつて自分が少しの間所属していたギルドの仲間を蘇生させようとしていた。だが、それを使用するには時間制限があり、結局は使用することなく、さらにソロプレイヤーであることから、自分が持っていても仕方ないと言われたため、自分が受け取った。彼は、自分の目の前で仲間が死んだときに使ってくれと言っていたが、今のところそのような出来事も起きず、風林火山のメンバーも健在だ。使わないままついに最終局面まで来てしまった蘇生アイテムを尻目に、クラインは隣にある転移結晶を取り出す。
「キリト…この恩は返し切れねぇ…だから、帰ったら俺にもおごらせてくれよな」
彼は行く。友のために。
そして、名が分からぬ者も行く。キリトに命を救ってもらった者。キリトが戦ってきた者。そして…。
『パパ…』
「「「「「「「「「「転移!渋谷!!」」」」」」」」」」
幾人もの―――と…。
「待っててお兄ちゃん…今そこに飛んでいくから!」
一人の姿の違う―――が…。
「クッ!ハァァァァ!!!!!」
―――の元へと集結する。
うわぁ、使い古された展開だこと。中盤のメッセージ、ちょっとは頑張ってみた。