地下へと延びる、昇ってもいない階段。それを彼らは下っていく。その内、ある薄暗い廊下に出た。狭い通路だ。迷宮区の道のほうがまだ広々としていた。こんなところでモンスターに襲われたらひとたまりもないだろう。だが、今のところそれが出てくる様子はない。そして、薄暗いといって別に走って行くのには支障はない。彼、彼女たちは走る。そしてたどり着いたのは突き当りにある一つの部屋。極秘、関係者以外立ち入り禁止という張り紙がしてある。よっぽど大事にしてあったのだろう。キリトは、そのドアを破壊する。そして中へと入る。薄暗い中、青白い光が部屋に充満し、それは綺麗だとしか言いようのないものだった。その部屋はかなり広く、普通のボス部屋ぐらいの広さはあるだろうか。部屋を2つきあ3つ分ぐらい広げる最中だったのだろうか。なにやら色々な工具が置かれている。そして、おそらく奥にある物がサーバーである。その前には、ヒースクリフの言う通り、機械が一つ置かれていた。
「あれが…サーバー?」
「あの前にあるの壊せば、いいんだよね…」
「あぁ…だが、気を付けろ。こんな大事な場所に何も仕掛けていないわけない」
「うん…」
キリトのその言葉を聞いて、全員はやる気持ちを抑えながらゆっくりと歩を進めていく。その中で、ディケイドは銃を抜いた。ライドブッカーをガンモードに変え、ある所へと撃つ。
「オォォォォォ………」
その瞬間、そいつが現れ、周囲の青白い光に照らされた壁は、より一層青くなった。死神のようなカマを持ち、ズタボロのフード付きコートを着ているような骨の身体を持つモンスターが浮かんでいる。
「キリト君…」
「あぁ…第1層の地下迷宮のボスだ…」
キリトとアスナは、緊張しているような顔で言った。そのモンスターの名前は≪ザ・フェイタルサイズ≫。二人の表情が硬くなったのは理由がある。
「知ってるの?」
「あぁ…俺たち二人がかりで手も足も出なかった…」
「え?」
1週間前だっただろうか。キバオウの罠にかけられてしまったシンカーというプレイヤーを助けるためにあるプレイヤー、そして自身の娘とともにキリトとアスナは第1層の地下迷宮にいった。その最深部で、なんとかシンカーを見つけたものの、突如出現したその迷宮のボスであるフェイタルサイズによって危機に陥ってしまった。キリトはそのボスが90層クラスと予想しており、実際キリト、アスナが二人がかりで防御したにもかかわらず、たった一撃でHPゲージがイエローゾーンまで削られるという並大抵のプレイヤーであれば歯が立たない、極限に強いモンスターなのだ。あの時は、何とか二人の娘である少女のおかげで倒せたものの、もし彼女の救援がなかったらそこでゲームオーバーとなっていてもおかしくなかった。
「ユイはいない…でも、あの時の俺たちと同じと思ったら間違いだ…」
キリト、そしてアスナは武器を取り、全員がそれに続いて臨戦態勢を取る。このボスを倒せば、サーバーは目の前。ついにこの世界を終わらせる寸前まで来た。後は、一人の死人も出さずに倒すだけだ。と、ここでキリトが士に言った。
「なぁ、士…」
「ん?」
「俺…現実に戻ってようやく分かった…」
「何をだ?」
「互いに助け合って、互いに争って…けどそれでも誰かと一緒に生きたい…そこにモンスターなんて必要ないんだ」
「…だな」
「けど…いつかまた、あの世界を…今度はデスゲームでもなんでもない、どれだけ倒されても本当に死ぬことはない、ただのゲームとしてのSAOを冒険したい」
「…」
「まだあと25層残っているしな…」
「生粋のゲーマーだな」
「あぁ…今では、それを誇りに思うよ…」
そして、キリトは後ろを向く。士やユウスケだけじゃない。シリカ、リズ、アスナ、そして今は自分の後ろには立っていない者たち…。皆と出会うことができた。それは、全て自分がゲーマーだったからだ。彼に後悔はなかった。このゲームをプレイできたこと、それはゲーマーとして最上の喜びであった。
「行こう、キリト君…」
「あぁ…戦闘開始だ!!!」
そして、彼らは走り出す。
「オォォォォォ!!!」
フェイタルサイズは、横から薙ぎ払う様に鎌を振るう。その場にいた者たちは全員それを跳んで避ける。
「はぁ!!」
まず、クウガが渾身のパンチを当てる。それで少しは揺らいだものの当然だが倒れない。
「ハァァァ!!!」
そこに間髪入れずにシリカとリズベットがその身体に向けてソードスキル、≪ファッド・エッジ≫と≪メテオ・インパクト≫を当てる。流石にそれには答えたのかフェイタルサイズは後ろへと下がる。これが攻撃力の高いモンスター相手の攻略法。確かに、攻撃力が高いというのはメリットであるかもしれない。だが、攻撃させなければいいだけの話。続いてリーファが向かう。
「はぁぁ!!!」
飛んだのか、跳んだのか、どちらか分からないほどリーファはトビ、魔法剣≪フェンリル・サイクロン≫を放つ。現れた竜巻に巻き込まれ、フェイタルサイズは、身動きが取れなくなった。
≪ATTACK RIDE BLAST≫
そこへディケイドが銃を撃ち、弾丸が分身したかのように複数になってフェイタルサイズを襲う。そして竜巻が終わったところを見計らったように、クウガが跳びあがり…。
「はぁ!」
PoHを倒したときのように、マイティキックがめり込む。そして、流石に応えた様子のフェイタルサイズは、下へと降りてくる。そこへ…。
「「はぁぁぁぁ!!!!」」
キリト、アスナの同時連撃がさく裂。その衝撃で勢いよく壁へとぶつかる。あたりは土煙のエフェクトが舞った。
「よし、今のうちに機械を…ッ!」
息もつかさないほどの攻撃だ。流石にこれで終わっただろう。そう思ったのもつかの間、フェイタルサイズは煙の中から現れ、サーバーの前に立ちふさがった。
「そんな…これでも…」
「いや、4本あったHPが残り1本になっている…このまま押し切れるぞ」
「なっ!俺の識別スキルでも読めなかったのに…」
士の言葉にいの一番に驚いたのは、キリトである。以前、今もそうだが、彼らの目にはフェイタルサイズのHPゲージは見えない。それは、フェイタルサイズのステータスを読めるほどのスキルを持っていないということであり、そのためにキリトはフェイタルサイズの強さが自分達よりも遥かに上であると考えたのだ。しかし、そのフェイタルサイズのステータスであるHPバーを士は読めたという。この辺りはさすが破壊者であると言ったところか。設定まで破壊してしまうとは。
「キリト連携で決めるぞ」
「あぁ!」
そして、ディケイドはコンプリートフォームから通常のフォームへと戻り、一枚のカードをディケイドライバーに入れる。
≪FINAL ATTACK RIDE KIーKIーKIーKIRITO≫
その音声を合図にしたかのように、二人は一斉に走り出す。キリトはその身体が光りながら。そして、現れたのは長い髪を持つキリト。GGOキリトだ。ディケイド、キリトは銃でフェイタルサイズを牽制しながらそばまで行き、頭まで跳びあがる。そして、手に持った剣を突き刺す。1撃目と2撃目。二人はさらに真上へと跳び、瞬間キリトの身体がまたも光り、今度はALOのキリトとなった。そしてディケイド共々真上から大剣で一刀両断するかのように斬る。3撃目、4撃目。地面に降り立ったキリトの身体は、元のSAOの姿に戻ると、背中の二刀を取り、士は右下から左上へと切り上げ、5撃目。そして、キリトが二刀を床から見て水平にし、フェイタルサイズを斬りながら背中側へと周る。6撃目、7撃目。そして…
「「はぁぁぁぁ!!!」」
士は真横から一文字に、8撃目。キリトはフェイタルサイズの後ろに周ると180度回転しながら後ろを向き、右上から左下へと斬る。これで9撃目、そして10撃目。これがキリトとディケイドの10連撃の必殺技≪ディケイド・ストリーム≫である。牽制に使った銃?あれは剣じゃないからノーカウントだ。
「オォォォォォぉぉぉぉ…‥………………_______」
これにより、ついにフェイタルサイズはガラス片となって消滅し、彼らを阻むものは何もなくなった。残るは、キリトの後ろにある機械を破壊するだけ。
「ハァ…ハァ…ハァ…」
長かった…この瞬間が来るまで、本当に長かった。だが、これで一応の幕切れ。これで…終わりだ。
「ハァ!!」
万感の思いを込めた鋭い一撃は、見事に機械を真っ二つにした。それはキリト曰く、二度と忘れられない感覚、そしてsaoをプレイしていた2年間で一番鋭い太刀筋だったという。
「はぁ!!ッ!?」
地上。モンスターと戦っていたプレイヤーは突然のことに驚きを隠せなかった。目の前で今まさにじぶんたちがそれぞれ戦っていたモンスターがガラス片へと変わっていき、空へと浮かび上がっていく。ポップしてくる様子もない。いったい何が…。
「これは…!」
その時、プレイヤーたちの目の前にメニュー画面が現れる。そこに書いていたのは…そして聞こえてくるのは、事務的な内容を伝える機械で作られた音声。
≪11月7日17時38分。ゲームはクリアされました≫
「おい…これ…」
「あぁ…キリトたちがやったんだ!」
エギルのその言葉と同時に、プレイヤーは全員雄たけびにも、歓声にも似た叫び声を上げる。この時をどれほど待ち望んだことだろう。やっと、自分たちは本当に現実の戻れるのだ。もう、モンスターと戦うことなんてない。自分たちは自由になったのだ。エギルもまたレクトの外に出て空を見上げる。先ほどガラス片となったモンスターたちが空へと向かっている。この様子は色々なところで見られるのだろう。自分の帰るを待っている妻もまた。
「クライン」
「なんだ?」
「…いつか、皆で打ち上げパーティーをやろう。会場は俺の店だ」
「…あぁ、きっと楽しいだろうな」
そして、二人は光に包まれた。
≪11月7日17時38分。ゲームはクリアされました≫
「やっぱり、もうクリアされたか…」
空に浮かぶガラス片を見上げて、ニシダはつぶやく。どうやら、全てが終わったようだ。いや、ここまで早くに終わるということを予想していたのかもしれない。だからこそ、海にはいかず、すぐ近くの釣り堀に来たのだから。そのおかげで十分釣りをする時間が持てた。水の中に垂らしている糸を手繰り寄せ、回収する。すると、そこには魚が一匹ついていた。小魚、だけれども必死で生きている魚だ。ニシダは、そうするのがルールであるように魚をリリースする。そして…。
「あなた…お疲れ様」
「すまない、片づけを頼むよ」
「はい…」
ニシダは、隣にいる奥さんにそう言い残す。そして、反対側にあるイス、その上にある写真立を見る。そこには自分の友の姿。2年前に釣りに行くと言っていたのに、自分がSAOにとらわれてしまったがために約束を果たせずに、昨年亡くなってしまった友人。短い間だけだったが、ようやく約束を果たすことができた。
「今度は、現実の姿で来ましょう…御國さん」
ニシダの身体は光に包まれた。そして、空に張っていた結界のような物も取り除かれていく。そして、ガラス片もまた空の青に解けるかのように消えていく。偽物の命たちは、その世界の一つに生まれ変わったのだ。そのガラス片は日本中のいたるところで見られていた。
「…」
デパートの前で警官と少女がそれを見た。
「…」
どこかの山奥。そこで一人の女性がそれを見た。
「キレイ…」
偶然にも外出許可の出ていた病気に罹患している少女がそれを見ていた。たくさんの、本当に数多くの人間が、それを見ていた。
その機械音は、夢幻のようにプレイヤーたちの耳でいつまでも反響し、残っていくのだった。
≪ゲームはクリアされました。ゲームはクリアされました。ゲームはクリアされました≫
長かった戦いよ、さらば。