仮面ライダーディケイド エクストラ   作:牢吏川波実

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 今回、茅場のSAOを作った目的を原作から若干変えています。あと、今回の文字数はこの小説内で一番長くなってしまった…。


SAOの世界2-21

 ここは、どこだろう。どうやら見知らぬ場所に来てしまったようだ。目が覚めたら、自分は夕日がに映える雲の上にいた。雲が形作る多種多様な影のイントネーションがきれいに見える。どうして、自分はこんなところに来ているのだろう。また、アインクラッドにでも戻ってきてしま他のだろうか。キリトは、右手を上から下にスライドさせる。すると、そこには≪最終フェイズ実行中54%≫という文字。おそらく、この数字が100%になったら、自分たちは現実に戻れるのだろう。キリトは、それを見てなんだか安心し、メニュー画面を消す。その刹那。

 

「キリト君!」

 

 その言葉が聞こえてきた後ろを見る。そこには、アスナの姿。いや、アスナだけではない。スグ、シリカ、リズの姿もある。キリトは、彼らの方へと駆け寄った。

 

「ここはどこ?ゲームはクリアされたんじゃないの?」

「あぁ、今メニュー画面を確認したら最終フェイズ実行中って文字が出ていた」

「それじゃ、私たちは戻れるんですね!」

 

 キリトの言葉を聞いて、シリカは喜びをそう表現する。確かに戻れるのだろう。しかし、キリトは一つ疑問があった。何故、自分たちだけはここに来てしまったのだろう。最終フェイズというものの間はここに来るという設定になされているのだろうか。いや、それだったらエギルやクラインがいないのはおかしい。ここは、どういうなんなのだろうか。

 

「…キリト、あれ…」

「え?」

 

 その時、リズベットがある方向を指さした。そこにあったのは…。

 

「アインクラッド…」

「でも、崩れ始めてる…?」

 

 崩壊を始めたアインクラッド。自分たちが囚われていた空想上の城だ。何だろうこの気持ちは。なんだか、惜しい気持ちになってくる。2年間という長きに渡って多くのプレイヤーが生きていた場所。そこが、崩れている。

 

「あっ…」

 

 その時、アスナが声を挙げた。彼女が見たのは、第22層に買った自分とキリトのホーム。たった2週間だけだったが、様々な思い出を産んでくれたその家が、崩壊に飲まれて下へと落ちていった。それを見て、アスナは悲しくなったのだ。彼、彼女たちの2年間が、全て無くなっていく。

 

「なかなかに絶景だな」

「!」

 

 どこからか男の声が聞こえた。というか、この声は聴いたことがある。キリト達は、ふと横を向いた。そこにいたのは、科学者のような白衣を着た一人の短髪の男性。いや、彼の顔には見覚えがある。あれは…。

 

「茅場昌彦…」

 

 2年前の記憶ではあるが、しかしその顔はよく覚えている。紛れもなく、あの雑誌に載っていた顔だ。

 

「現在、SAOメインフレームの全記憶装置で、データの完全消去を行っている。あと10分ほどで、この世界の何もかもが消滅するだろう…」

「あの中にいた人たちは、どうなったの?」

 

 アスナは、茅場にそう聞く。エギルたちのように外に出ていたメンバーだけでなく、アインクラッドの中で待っていた者もいたはずだ。始まりの街にいた子供達のように。彼らは、崩壊に巻き込まれてしまったのではないだろうか。その言葉に茅場は言う。

 

「心配には及ばない。先ほど、生き残った全プレイヤー6150人のログアウトが完了した…リーファ君は、一度ALOに戻った後、そこでログアウトするといい。…ここに君達を呼んだのは、ゲームクリアに対する報酬と言ったところだ」

 

 茅場は、その言葉と同時に左手でメニュー画面を開きながらしゃべる。キリトたちの方からはよく見えないが、そこにはプレイヤーの名前がずらずらと書きならべられているようだ。そして、茅場はメニュー画面を消す。少しの沈黙が流れる。そして、キリトが言う。

 

「なんで、こんなことしたんだ?」

「何故…か。君とアスナ君は同じことを聞く。…私は、子供の頃…異世界という物にあこがれていた」

「え?」

「現実世界のあらゆる法則や枠組みから超越した世界…それを夢に見ていた。…だが、現実など醜いだけだった。人間どうして争い、人間をまるで動物のように扱って一人の天才を引き抜くためにたくさんの金を積んでくる…そんな大人に絶望して、そしてそんな大人に私もまたなってしまった…」

「…」

「この世界は、私のあこがれていた…欲していた世界だった。子供の頃の夢を現実にする。それが、フルダイブ環境システムの開発を始めたとき、いや…それより以前からの私の夢だった…それを成すことだけを考えて生きてきた…」

「…」

「そして、私は、私の世界を超越した物を見ることができた…」

「モンスターが現実に現れたことか?」

「いや…それ以前さ…」

「え?」

 

 茅場はそう言うと、メニュー画面をもう一度だし、なにやら作業を始めながら語る。

 

「75層のボス部屋で、キリト君と戦った時…アスナ君は他のプレイヤーよりも速く麻痺状態から回復した…あれは何故だと思う?」

「え…あ、愛の力とか?」

「…」

「…」

 

 アスナの少々あんまりな答えに周囲(キリトまでも)ドン引きした。茅場は、彼女のその言葉に苦笑する。アスナは、顔を赤らめながら抗議した。

 

「わ、笑うことないじゃない!」

「いや…愛…確かにそうかもしれないと思ってね」

「え?」

 

 茅場は、画面を探るのをやめた。そして、ある項目をタッチする。その瞬間、アスナのアイテムストレージが勝手に開き、一つの項目が選ばれる。

 

「あっ…」

 

 それは、≪MHCP001≫という名称のアイテムだった。それが、茅場の目の前まで飛ぶと、周囲から光が集まっていく。光はどんどんと強まっていき、そして一人の少女を形作った。

 

「あっ…」

「嘘…」

「?」

 

 キリト、アスナはその姿を見て絶句する。リーファ達は、何故二人がそのような反応を示しているのかがよくわからなかった。だが、二人にだけ分かることだ。そこにいた少女、それは…。

 

「ユイ…ちゃん…」

「パパ…ママ…また会えました…」

 

 二人の子供であった。

 

「ぱ…パ…パパ!!??」

「それにママ…ってアスナの事?」

「り、リーファさん大丈夫ですか?」

 

 リーファは、少女の口からでた言葉のあまりのショックにフリーズしてしまう。キリトとアスナが(ゲーム内で)結婚していたとは聞いていたが、まさかそこまで済ませていたとは、思いもよらなかった。一応フリーズからは立ち直った物の、テンパリながら兄に言う。

 

「お…お兄ちゃん!パパってどういうこと!?私の知らない間に姪っ子がいたの!?」

「まてスグ落ち着け!!冷静になれって!!」

「あの子が姪っ子てことは私おばさんじゃん!高校生のおばさんってなに!?」

「直葉ちゃん!落ち着いて!」

 

 彼女はそう言うが、小学生でも、時には幼稚園児でもおじさんおばさんと呼ばれてしまう人がいるのでまだましである。ともかく、このままでは話が進まないので茅場はフォローのためアスナに羽交い締めにされている剣を持ったリーファに言う。

 

「リーファ君、この少女は二人の本当の子供ではない」

「え?」

「正確言うと、SAOのメインシステム≪カーディナル≫の≪メンタルヘルスカウンセリングプログラム試作1号、コードネームユイ≫…つまり、AIだ」

 

 そして、茅場はユイにキリトたちの方へと行くように促す。ユイはトテトテと小走りしてキリトたちの所へと来て、アスナがユイの身体を抱きしめる。

 

「おかえり、ユイちゃん…」

「ただいま…ママ」

「…確かにユイはプログラムかもしれない…でも、俺たちの大事な娘だ…」

 

 ユイは、茅場の言う通りAIである。略称は≪MHCO001-Yui≫。そもそも、カーディナルと言うのはゲームバランスの管理や権限と言ったゲームに関するほとんどの行に置いて適切な措置を講じるためのシステムの事。そしてユイはプレイヤーの精神的ケアをつかさどるカウンセリング用人工知能の1号機である。1号機と言うことは、他にも種類があるわけだがそれについて説明するとややこしいのでパス。ユイの目的は、前述したとおり精神ケアを果たすという目的があった物の、SAOがデスゲームになった瞬間に前述したカーディナルシステムにより「プレイヤーへの干渉及び接触禁止」を命令されてしまったためにプレイヤーのモニタリングしかできなくなってしまった。接触が禁止されたユイはモニターで『恐怖』『絶望』『憎悪』等あらゆるマイナスの感情をチェックし続け、エラーが蓄積し、ユイの心が崩壊するところだった。だが、2年間経ってそれらと異なったメンタルパラメーターを持ったキリト、アスナから『喜び』『安らぎ』といったプラスの感情を見たユイは二人に接触、そしてエラーの蓄積のため記憶喪失となっていたユイを二人は保護し、そしてカーディナルにエラーとして消去される直前に娘として迎え入れたのだ。その後、キリトが何とかユイの心をアイテム化して、そのデータが完全に消去されることはなかった。

 

「そうか…だが、その君たちの娘への愛が、カーディナルにエラーを起こさせた」

「なっ…」

「その結果、私が没にしてファイルデータの奥底にあったあるユニークスキルの能力データが引き出された。『状態異常の付属時間を減らす』という能力をね…あの土壇場で君たちの娘はよくやってくれたものだ…」

「ユイちゃん…本当?」

「はい、ちょっと無理をしすぎましたけど…」

「家族の愛…75層でも…現実でも…それを私は見させてもらった…」

「…」

 

 現実で見せたもの、それは蘇生アイテムをリーファに任せたということだろうか。確かに、あれも愛だと言えば愛なのだろう。そして、茅場はもう一つアイテムをオブジェクト化、つまり現実化させる。

 

「君達に…これを授けようと思う」

「それは?」

「世界の種子だ」

「世界の?」

「種子?」

「あぁ…」

 

 卵型の結晶。内部で光が瞬いているそれは、幻想的に見える。

 

「芽吹けば、どういう物かわかる。その後の判断は君に託そう。消去し、きれいに忘れ去るのも良い…だが、もし君が…いや…」

 

 茅場はそう言葉を切ると、キリトへと近付く。

 

「どうやら、それがこの世界のお宝のようだね」

「!」

 

 その時、灰色のオーロラが出現し、中から銃を持った男が現れる。あのオーロラは確か…。

 

「そのお宝、こちらに渡してもらうよ」

「嫌だと言ったら?」

「力づくでも」

 

 海東は銃を構えながらそう言った。このまま茅場が拒否し続けているといづれその銃が火を吹くのだろう。この緊迫した状況に、もう一つのオーロラが現れた。

 

「そこまでだ海東」

「…やぁ、士…それに小野寺ユウスケ君」

 

 海東の前に現れたもう一つのオーロラ、その中から士、そしてユウスケが現れた。

 

「士さん…ユウスケ…」

「あれは、この世界にあって初めて宝として機能するらしい。お前が持ち歩いていても本当の意味で宝の持ち腐れだ」

「それを決めるのは士じゃない。この僕だ」

 

 海東は退こうとしなかった。彼には彼でプライドがあるのだろうか。そんな中、茅場が言う。

 

「ディケイドの言う通り…これは、キリト君たちプレイヤーが所持して初めて意味を成すものだ。お宝が欲しいのであれば、うってつけの物がある」

 

 茅場はメニュー画面から一つのアイテムを取り出す。紙だろうか。それを、海東に向かって飛ばす。

 

「これは?」

「そこに書かれている住所に行くといい、そこの机の上にこの世界でも一、二を争うお宝が置いてある」

「…その話、信じさせてもらうよ」

 

 海東はそれを受け取ると、またもオーロラを出現させてその場から立ち去った。

 

「では、改めて…キリト君、この世界の種子…君たちに託す」

「…あぁ」

「それから…」

 

 茅場はまた作業をし始める。それが終わった時、ユイの身体が輝きだす。

 

「ユイちゃん?」

 

 そして、その光はどんどんと小さくなり、対には手のひらサイズの背中に羽の生えた妖精のような姿になった。

 

「ゆ、ユイ?」

「わ、私どうなったんですか?」

「これって…」

 

 ユイの状態を見たリーファがつぶやいた。何か心当たりがあるようだ。キリトが聞く。

 

「スグ、何か知ってるのか?」

「うん、たぶんこの姿は…ALOのナビゲーション・ピクシーだと思う…」

「ナビゲーション・ピクシー?」

「うん、ALOのゲームの中で色々な解説をしてくれる妖精型のAIのことだよ…私も見るのはなかなかないけれど…」

「このままSAOが崩壊すれば、彼女のデータも消失する恐れがあるからね、そのような形にしてリーファ君のアミュスフィアにデータを送っておいた」

「茅場…どうしてここまで…」

 

 キリトは、何も言わずにその恩を受け取ることもできた。だが、何故に自分たちにここまでしてくれるのか、分からなかった。

 

「…希望を見せてもらった礼…かな」

「え?」

「いや、ただの気まぐれと言っておこう」

「あ、あの…」

「ん?」

 

 恐る恐る手を上げたのはキリトの後ろにいるシリカだった。

 

「ついでと言っては何なのですが、ピナもお願いしてもよろしいでしょうか…」

「ピナ?」

「はい、フェザーリドラです。私、ビーストテイマーで…ダメですか?」

「…通常のSAOのプレイヤーデータはALOでコンバートすることができる…ALOもする前提の話だがね」

「よかった、それなら大丈夫です」

「シリカ?」

「…リーファさんと約束しましたから…一緒にALOで遊ぶって」

「君たちは強いな…」

 

 やることを成したという風に一息した茅場は、崩壊するアインクラッドを見ながら語る。

 

「空に浮かぶ鋼鉄の城の構想に私が憑りつかれたのは…何歳の頃だったかな…」

「…」

「この地上から飛び立って…あの城に行きたい…長い長い間…それが私の唯一の欲求だった…」

「団長…」

「私はねキリト君…この茅場昌彦という人間がいなくなったとしても…私のように同じ考えを持った、第2第3の茅場昌彦が現れると思っているのだよ…」

「…」

「人類が異世界という物について思いを寄せ…あこがれの存在が増え続ける間は…何年か後に同じ事が起こる…そう考えている」

「…」

 

 普通の人生に飽き飽きし、異世界と言う幻想の世界に行きたいと思い、それがかなわないと知った瞬間茅場のような強行な手段を取る者がいないとは限らない。そして、その自分の夢を叶えるためならどれだけの犠牲が出たとしても構いはしない。そんな人間が増えるかもしれない。普通に暮らしたい人間の意志に関係なく、理不尽にその世界に放り込まれて、英雄とか、勇者とか、そんな大層なものにいきなりされて、世界のために戦えと言う戯言を言われてしまうかもしれない。もしかしたら、キリトが第2第3の茅場昌彦となってしまうかもしれない。それは、キリトに覚悟を聞いていたのだろうか。

 

「大丈夫さ」

「…」

 

 そう言ったのは、キリトでも士でもなく、ユウスケだった。

 

「第2第3の茅場昌彦が出るのなら…第2第3のキリト君やアスナ君も生まれるかもしれない…理不尽な運命にも、残酷な現実にも立ち向かう主人公が…きっと今もこの世界に生まれてる。…あの現実の世界を好きな人が、きっとそいつらの幻想を打ちくだく」

「幻想…か」

 

 茅場は、ユウスケの言葉を感慨深く聞いたようだ。そしてユウスケに続いたのはリーファ。

 

「その前に、私たちがいます。…例え、同じことがあってもまず私達が前に立ちふさがります」

 

 シリカ。

 

「あなたのあの世界は確かに楽しいこともありました。でも、それでも平凡な世界ほどいい物なんてないです」

 

 リズベット。

 

「空想の世界で生きる喜びよりも、現実の世界で生きる苦痛の方が、何倍も生きた心地がするもの」

 

 アスナ。

 

「団長は私たちに現実で暮らしていたんじゃ分からないようなことを教えてくれました。でも、だからこそ現実の平和を第一に守らなくちゃいけないんだってことも教わりました」

 

 そしてキリト。

 

「一人じゃ力不足かもしれない。だが、みんなで反発し合いながらでも手を繋いで立ち向かっていく。それが俺たち若者の、そしてあんたの夢を破壊した責任だから」

 

 最後に、士が言う。

 

「こいつらの人生はまだ始まったばかりだ。2年間の休みなんて屁でもない。またコンテニューするだけだ…人生というデスゲームにな…」

 

 かつて、こんな名言を残した男がいる。『人生は時計だ』という言葉だ。最初の10分、つまり10歳まではまだ何も分からない状態だ。そして、20分、つまり20歳からどんどんと物語が変化し始める。そして劇的に変化するのは、35分から40分。35歳から40歳。35歳から40歳までにならなければ、自分の人生のドラマは変わらないのだと。そして、誰かは言った。頑張った人間の物語は誰もが見てみたいものである。だから、ドラマが延長して、長くなる可能性だってあるのだ。彼らは、その劇的な変化を起こす年齢の半分にも達していない。彼らの物語はまだまだこれからである。

 

「…私にも、君たちのようなガッツがあればよかったのにな…」

「茅場…」

「さて、私はそろそろ行くよ…いずれ、君たちも自動的にログアウトを始める」

 

 そして茅場はキリト達に背中を向け、どこかに歩き出した。その背中は、なにか悲しい物にも見えた。

 

「言い忘れていたが、ゲームクリアおめでとう、き…いやこの言葉は全プレイヤーに送ろう…」

 

 そして、その姿は風のエフェクトと共に消え去った。あたりを静寂が支配する。なんだか、物寂しさを感じる。もう終わりなのか。いや、始まるんだ。これから、自分たちのデスゲームが。ふと、気づいた。士と、ユウスケの姿も消えている。彼らも帰ったのだろう。自分たちのいるべき場所に。キリトは、何を考えたのか、透明な床の縁に座り、アインクラッドが崩壊していく様子を見る。それを見た他の者もまた、キリトの隣に座る。下には崩壊していくアインクラッド、真ん前には夕日が見える。

 

「きれいだね…」

「あぁ…」

「…なんだか、まだ夢を見ている気がする…」

「うん…さっきまで命を賭けて戦っていたことが、嘘みたい…」

「でも、もう夢から覚めないと…夢から覚めて…私たちのそれぞれの道を歩かないと…」

「私も、ナビゲーション・ピクシーとしてできる限りサポートします!」

「ありがとうユイちゃん」

 

 当たり障りのない会話。だが、彼、彼女らに共通しているある認識があった。アスナは、キリトの居場所を知っている。だが、それ以外は自分の居場所を知らない。リアルでの互いを知らない。だから、もしかしたらこれで離ればなれになってもう会うことができないのかもしれない。そこで、アスナがある提案をする。

 

「ねぇ、自己紹介しない?」

「え?」

「リアルでの自分について…名前だけでも知っていたら電話帳とか使って、どうにかなるでしょ?」

「…あぁ」

「じゃあ、まず私から」

 

 と言って立ったのはリズベット。

 

「篠崎里香、SAOを始めたときは15歳で中学3年生だったから、今は17歳で高校2年生になってたかな」

「綾野圭子、今は14歳です」

「一応、私も言っておいた方がいいかな?桐ケ谷直葉15歳、高校1年生です」

「結城明日奈17歳です」

「最後は俺…桐ケ谷和人…16歳」

「え、年下だったんだ…」

「もう少し上かと思ってた…」

 

 アスナを含めたリーファ以外の面々は、キリトのそのたたずまいと言うか度胸の良さから、年上だと思っていたらしい。キリト本人も、若干大人の雰囲気を醸し出していたからしょうがないだろうか。ふと、ある言葉を思い出す。

 

『キリトは頑張って生きてね。生きてこの世界の最後を見届けて…この世界が生まれた意味、私みたいな弱虫がここに来ちゃった意味…そして、君と私が出会った意味を見つけてください…』

 

 サチの遺言であるこの言葉。あの言葉の答え、今なら言える気がする。皮肉にも、茅場昌彦のおかげで。

 

「…俺、さっき茅場に色々なことを言ってやりたかった…」

「え?」

「サチや…死んでいったプレイヤーの事をどう思っているかとか…他人の人生を奪ってどう思っているかとか…でもさ…」

 

 キリトは、周りを見渡す。

 

「もし…SAOがなかったら…アスナや、皆には出会えてなかった…」

「キリト君…」

「この世界に俺たちが来た意味…それは、皆に出会うためだったんだって…俺はそう思う…」

「そうですね、デスゲームじゃなかったら、私たちの出会いはなかったかもしれません…」

「それに、ユイちゃんと会うこともできなかったしね」

「はいです!リーファおばさん!」

「うっ…改めておばさんって言われるとなんかな…」

 

 と、リーファは若干苦笑いを浮かべる。キリトは、夕日を見つめながら心の中で言う。

 

(サチ…サチがこの世界に来た意味…もしかしたら、俺が成長するための犠牲になってしまったのかもしれない。でも、サチの人生…死んでしまった皆の人生が無駄じゃなかったって、そう胸を張って言えるよう…俺たちは生きていく。この…閉ざされた世界で一生懸命生きようとした人達の…主人公たちの生きざまに無駄な物なんてない。俺はそう信じている…信じて、生きていく…)

「あっそうだ」

 

 と言って、ユイは羽を羽ばたかせてアスナの耳元まで来る。そして小声で言うが、それはリズベットにも聞こえていたようで。

 

「パパが現実で誰と付き合っても、私にとってママはママですから」

「「ッ!!?」」

「ん?アスナ、リズどうした?」

「「な、何でもない!!」」

 

 どうやら、リズベット武具店でアスナがリズベットに語った言葉を聞いていたようだ。まぁ、これはよしとした方がいいのではないだろうか。実際誰が誰と付き合おうと自由だし、これから先人生は長いのだから。吊り橋効果で付き合った人間同士は長くは続かないとも言うし、これから彼女達の恋愛バトルが続いていくのは間違いないだろう。料理について学ぶことをオススメする。恋愛は彼氏の胃袋を掴むまでが勝負だと、どこかで聞いたことがあることですし。とは言え、早めに決着をつけてもらいたい。そうすれば、恋愛が成就しなかった者たちに立ち直る時間と、他に好い人を見つける時間とを与えることができるのだから。その刹那、夕日の光が強くなった。

 

「あっ…もう、戻るみたい…」

「うん…」

「じゃあね…ううん、また会いましょう」

「うん…リーファさん、今度はALOの世界で…」

「うん…」

「…」

「…アスナ?」

 

 キリトは、地面に置いた手の上にアスナの手が重なるのを感じた。

 

「さようなら、キリト君…」

「…あぁ、また会おうアスナ…」

 

 そして、光が彼らに重なった。

 

 

ピッピッピッ…

 

 機械音が断続的に鳴り続ける。もう、何度聞いたものだろうか。だが、それがやむことはなく、またやまないでほしいというのが彼女の当たり前の心情であった。その部屋にはテレビはあった。しかし、それを使用することはなかった。ただ、彼の事に一心を注いでおきたかったのだ。彼の、細くなってしまった手に。だが、細くなってしまっても息子の手だ。彼が、何と言おうと、自分達を遠ざけたとしても、自分の息子であることは変わらない。この温もりが届かないことは知っている。だが、それでも握っておかないと、自分の心が折れそうな気もした。無事に帰ってきて欲しい。死なないで欲しい。その事は誰が否定していたとしても本心であるのだから。その時。

 

「え?」

 

 少し、手が動いた気がした。

 

「ぅ…」

 

 声、声が聞こえる。聞き間違いじゃない。彼女はその顔を見る。

 

「ぁ…」

「あぁ…ッ!」

 

 間違いない。2年間、開くことのなかった目がちゃんと開いているのが見える。

 

「かぁ…さ…」

 

 2年も声帯を動かしておらず、また喉も乾ききっているため上手に声を出すことはできない。しかし、彼女は確実にその言葉を聞いた。『母さん』と。彼女は、そんな息子に、我が子に、目が覚めたら言いたいことが沢山あった。だが、どれを言ったらいいだろう。いや、言うならばこれしかない。自分が、本当に伝えたい、シンプルで、しかし誰もが嫌な気持ちをしない、旅人に送る最高の言葉。

 

「おかえり、和人…」

 

 筋肉の衰えでうまく表情を作ることができないだろうがしかし、その表情はよくわかった。母なのだから当然だ。その時、和人は笑っていたのだ。




 因みに、ユイの親権、もとい所有権については、アーガスもしくはレクトの物という噂をどこかで聞いたような…。

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