「ルイズ様……」
「私に黙って消えるなんて、そんなの絶対に許さない!!」
「……」
激昂しているルイズ。しかし、それは自分の友人のアンリエッタを殺そうとしたことにではなく、シエスタが黙って自分の目の前から消えようとしていることについてであるようだった。
「でも、私はアンリエッタ姫を殺そうと……」
「でも、死んでないじゃない!死んでいなかったら……どれだけでもやり直せる……」
「でも……でも……」
ルイズは、一度深呼吸してから、シエスタの目の前に立ち、言う。
「シエスタ、私と貴方、初めて会った時のことを覚えている?」
「え?……はい。使い魔召喚の日の翌日、シーツ交換のためにルイズ様の部屋に入った時、勉学中だったルイズ様が……」
だが、ルイズはそのシエスタの言葉に首を振って言った。
「違うのよ。私……死のうとしていたのよ」
「え?」
「……」
そして、ルイズは語った。結局使い魔を召喚することができず、失意の内に部屋に戻ったルイズは、一晩ずっとベッドの上で泣いた。これからの人生のことを、いや、人間として生きることができるかどうかも分からないその後の事を。きっと、自分は家に連れ戻される。そしていずれは政略結婚の道具に使われ、悪ければパーティー等が開かれる時以外は幽閉され、まるでどこかの動物のような暮らしを強いられるかもしれない。
いや、もしかすると実家に幽閉されてしまうかもしれない。そして、そのまま大人になって、老婆になって、誰からも看取られずに悲しまれずに一人孤独死して、きっと家族と同じ場所には墓を作ってもらうことなんてできないだろう。どこか名もない墓地で、ただ一つ名前のない墓標が立てられるだけ。自分の一生の最期までも、予想することができてしまった。
いつの間にか朝になり、流れる涙も枯れ果ててしまった。もう授業も始まってしまった時刻、窓の外に明るい景色を見た。自分は、あと何回この綺麗な空を見ることができるのか、いやでも、あと何日この部屋にいることができるのか。でも、この部屋にも、この学園にも、このきれいな景色にも、もう未練もいい思い出もあるはずがなかった。ふとその時、机の上に一本のペンを見つけた。
あぁ、このペンで今すぐ喉を突き刺せば楽になることができるだろうか。でも、きっと痛いだろうし辛い。でも、これから訪れるであろう痛みや辛さを思えば、そんなの苦でもないだろう。大丈夫、ちょっとの辛抱。このペンで喉を刺したら、まず気道に穴が開いて、息も肺に入って行かないから苦しくはなるだろう。それで、その内血も軌道に入って、もっと苦しくなる。でも、それもほんの一、二分。それだけの時間耐えれば、自分は楽になることができる。大丈夫、簡単なこと、簡単な、事。ルイズは、ペンを取り、そして……。
その時、ドアが開いた。
「じゃあ、あの時のありがとうという言葉……それに、私を助けてくださったのも……」
「そう、私を止めてくれた、その礼よ」
「……」
「私が、今生きているのはあなたのおかげよ。シエスタ……」
よく、自殺するには勇気が必要だというバカがいる。だが違う。最初は全然そんなこと考えていなくても、緊張の糸が、切れると。ふと、たかが外れてしまったその時、死という物を選んでしまう時が来てしまうのだ。もっとも簡単で、身もふたもない言葉で言ってしまえばその場のノリという物である。だが、だからこそひょんな事で、些細なことで自殺を止めることができる。
並びに、生まれた時と同じくらい死ぬのにも勇気がいる事、という言葉もある。あの言葉にどんな意味があったのか、そしてどんな思いでその言葉を彼が言ったのか、私がそれを知るにはまだ時間がかかる。だが、私は思いたい。この世に、この辛い世界に産まれ落ちる勇気は特別な物だろう。そして、この世界から自分の過ちで死ぬことと、必死に生き抜いて、それから死んだということの勇気は、全くの別物であろうことを。
「ルイズ様……」
「ごめんね、こんなご主人様で……」
「え?」
「私……あなたに依存しているのかもしれないし、貴方に私を重ねちゃったのかもしれない……」
「……」
「家族も、地位も、名誉も、何もかも失って、私は、あなたに払うお金も持ち合わせていない……だけど、どこかでまっとうな仕事に就いて、絶対に給料を払うから……だから、私の側にいなさい……絶対」
ルイズのその言葉、その内々には、どこか弱気な発言、それと同時に上から目線な言葉も交えた、今の自分と昔の自分を思い出しながら話しているような感じであった。
「……だったら……」
「え?」
「私も、ルイズ様と一緒に働きます。主人にだけ働かせるのは、メイドとしては、我慢なりませんから」
「シエスタ……」
「それに、平民として働くのって、大変なんですよ。この前まで貴族だったルイズ様一人じゃ、大変かもしれませんし」
「それじゃ……」
「はい、これからも、よろしくお願いします」
「……ありがとう、シエスタ……」
こうして、シエスタはこれからもルイズに仕えることとなった。
『ん?』
『どうしたの?』
『いや、何か、俺の知っているあいつのセリフとは思えないほど弱気な言葉が聞こえた気が……』
『『?』』
『えっ?』
などとどこかにいる平民の少年が、隣を歩く少女に言った。そして、少女はようやく思い出した。その空間にいた、自分にとって大事な小さな仲間のことを。
そして、ルイズとシエスタの二人を尻目にユウスケとアニエスは……。
「俺たち、まるで空気みたいだね……」
「あぁ、このまま二人っきりにしておいた方がいいだろうな」
ということで、二人は森の影に隠れる。そこにいたのは……。
「ご苦労だったな」
「士?」
「陛下まで……」
そこにいたのは、士を始めとした全員がそろっていた。士が言うには目が覚め、一連のシエスタの行動を聞いたルイズは、光写真館を飛び出し、そしてアンリエッタと色々と話した後にシエスタの元に来たらしい。そんなルイズがどんな行動を取るのか気になって、全員、いや栄次郎を除いた全員がここまで来たらしい。
「へぇ……」
「ルイズさんとシエスタさん、仲直りしたみたいでよかったです」
「です!」
「はい!」
「フフッ……」
その時、キュルケが含み笑いを浮かべた。そのことに気が付いた桜子が聞く。
「どうしたの、キュルケさん?」
「いえ、ちょっと不思議な縁だと思ってね……」
「え?」
「考えても見て頂戴。平民に貴族にエルフ。トリステイン、ガリア、ゲルマニア……それと一応アルビオン……いろんな国の人間がここに入るのよ。それに、王族や騎士、それに異世界の人……」
「確かに、より取り見取り、多種多様な人々が集まってますね」
そう、あやかがまとめる。ここで言う平民はシエスタ、貴族はキュルケ、エルフは、ハーフではあるがティファニア。アルビオンというのもまたティファニアの事だ。王族、騎士というのはアンリエッタとアニエスの事、そして異世界の人というのはもちろん士達の事だ。本当に驚くほどに多種多様な人間がいるものだ。ここまでも彼、彼女達が集まったのは偶然なのだろうか。いや、必然だろう。未来を一緒に歩みたいと思ったからこそ、集まった必然なのだろう。
「あと、泥棒さん」
「むっ……」
と、キュルケが向いたのはマチルダの方だ。
「あら、ほとんど冗談だったのに図星だった?」
「なんで分かったんだい?」
「私、貴方が学院に盗みに入った時にもいたのよ。その時の口調と似ていたから鎌賭けてみたの」
「トリステイン魔法学院にここ最近入った泥棒……『土くれのフーケ』か?」
「……そうよ、どうする?私を捕まえるかい?」
「……いや、やめておこう。今ここで捕まえても無駄骨だからな」
武器のない状態で捕まえることができるのかも微妙であるし、大体捕まえたとしても閉じ込めておく場所がない。写真館の中に捕らえておくという、というのは士達に迷惑がかかる恐れがあるし、大きな問題として、その後どうやってトリステインまで連れていくか、並びにこういったものは盗みを働いたという証拠がなければ裁判にもかけることができない。証言だけでどうとできるものではない。あと、現在のトリステインがコソ泥一人に対して裁判を行う余裕があるとも思えない。そのため、この件については保留ということにしておく。
「賢明な判断ありがとう、騎士様」
「マチルダ姉さん……」
「ごめんね、テファ……あんたを養うのにまっとうな仕事にはつけなくてね……」
「ううん、いいの。でもその代わり、泥棒するのはもうやめて」
「分かってるよ、いい働き先も見つけたしね……」
「働き先?」
「……とある御国とだけ言っておくよ」
その、とある御国というのが問題なのだが、さすがにそれを言ったらアニエスが激昂すること間違いなし。というか、戦争中の相手国であるし。
「泥棒……か」
「なに?」
「いや、俺たちにも泥棒に知り合いがいるなってな……」
「あぁ、いますね……」
「あぁ、いるな」
マチルダが泥棒という言葉を聞いて彼、彼女達が思い浮かんだのは、もちろん海東大樹の事だ。そういえば、この世界では一度たりとも見ていないが、どうしたのだろうか。
「そういえば、海東は今回どうしたんだ?」
「あぁ……運が良ければまた出会うことができるだろう」
「なぁ、ちょっと前から変なことばかり言ってるけど、どうしたんだ?」
「いずれ分かる。いずれな……」
「え?」
士は、その言葉に不敵な笑みを浮かべ、そして遠くを見るかのように空を見た。一体、海東に何があったというのだろう。そして、士は何を知っているというのだろう。ユウスケには、それがよくわからなった。
「フフッ、そうか……」
「どうしたの?」
ヴァリエール邸にて、ラ・ヴァリエール公爵に擬態したリオックワームが、蛹態ワームからの報告を聞き、カリーヌであるレジナアピスワームが何を聞いたのかを問うた。
「ディケイド達を見つけた。奴らは、ハーフエルフの隠れ家のあるウエストウッド村に潜伏している」
「フフッ、そう」
レジナアピスワームはやはり、と怪しい笑いをその顔に付けた。なぜなら、ルイズに行く場所などたかが知れていたからだ。そして、エレオノールの姿のグロリアンクトゥスワームは言う。
「全く、だからあの子をさっさと殺っとけばよかったのに、こんな面倒なことになって……」
「……」
カトレアの姿のキカークィルスワームは、グロリアンクトゥスワームのその言葉にギュッと唇をかみしめた。
「では、明朝総攻撃を行う。目標はただ一つ、ルイズの抹殺だけだ」
「それだけ?ルイズをかばっているディケイドは?」
「フッ、そうだな。できれば、あいつ以外の人間を殺せ。だが、無理はするな奴に我々がかなわないことは分かり切っているからな」
「そうね、だからこその……」
「あ、あの……」
その時、キカークィルスワームが手を挙げた。
「なに?まさかまだあなたはあの子を助けようとでも言うつもり?」
「……いけない事なのでしょうか?」
「無論のこと。コソ泥共に続いて取り逃したと知られれば、いい笑い者だ」
彼の言いたいことは分かる。しかし、それでもまだ……まだ……。カトレアに擬態したキカークィルスワームは言う。
「だったら、私にも考えがあります。……あの子を……」
夜は、また更けていった。
お気づきの方もいるかもしれませんが、ヴァリエール公爵とカリーヌさんの口調が曖昧となっております。資料少ねぇ。