またchapterの後についているのは、よくDVDにあるチャプターごとのタイトルのつもりです。
ー某県 某所 11:25 p.m.ー
士は、オーロラを通りついにその世界へと降り立った。
「暗いな……夜か?」
ここは、どこだろうか。上を見ると、雲の間から綺麗な月が見え隠れしている。ちょっと横を見ると暗くてよく見えないがまぁまぁな高さの建物が並んでいるようだ。壁の触感は少し冷たく、なんとなくで上から下になぞっていく。平べったい触感が続くが、少ししたら一瞬だけその感触が無くなった。どうやら小さな段差があるようだ。
「レンガ……か?」
どうやら、レンガ造りの建物のようだ。暗さにも目が慣れてさっきよりは周辺の様子が見えるようになってくる。やはりレンガ造りの建物だ。そこにある建物は見たところ五階建てと言ったところだろうか。向かいにある建物もまた同じような高さはある。ここは一体どういった場所なのだろうか。工場か何かだろうか。いや、窓ガラスが細かく高さごとに配置されている。それも等間隔でだ。まさか、学校なのだろうか。それならば、この中途半端な大きさの建物であることも説明がつく。それにもしも商業的なビルだったら一階二階はエントランスになっていて、大きなガラスが入っていることが多いからこんなに事細かく窓ガラスが配置されているわけない。というか、一階から窓ガラスがある建物と言えば学校ぐらいしか思いつかないということもある。
「もし、ここが学校の敷地内なら……俺は不法侵入ということになるな」
気まぐれで訪れたこの世界、旅をしていたときと違って、この世界の役割はない。そのため、今持っている身分を証明できるものと言ったら、夏海の世界で使っていた免許書ぐらいだ。この世界で使えるわけないだろう。身分証明書の提示ができないこの世界で、もし捕まってしまったら、とんでもなく面倒なことにしかならない。早くこの場所から立ち去るべきだろう。
「とりあえずばれなければ犯罪じゃないからな……ん?」
その時、足跡が聞こえた。ゆっくり、ゆっくりと地面を靴裏で叩く音が聞こえる。だが、この足音のリズムは確か聞いたことがある。確かこれは……。その時、そのリズムが急激に早くなり、そしてその音が段々と大きくなり、こちらに向かってくるようだ。いや、確実にこちらに向かってきている。
「ッ!」
その影は自分の顔を殴ろうとする。士は、それ防ぎ、そして組み合って相手を引き寄せる。この至近距離になってようやくわかった。いや、分かっていた。この世界で彼の事を襲ってくるのは、十中八九あいつだろう。
「やあ士」
「海東……」
海東大樹。尋ね人がわざわざ自分から来てくれた。だが、うれしいような、面倒のような難しいところだ。
「僕を追ってよくこんなところまできたものだ。うれしい限りだよ」
「御託はいい。さっさと、カードを返せ!」
「それは御免被る!ハッ!」
「グッ!」
海東は右足のニー・バットで士の腹部に蹴りを入れると、士の海東への拘束が少しだけ緩んだすきを見て拘束を解く。続いて海東はディエンドライバーを持っている左手で裏拳で士の顔を捉えようとするが、士はしゃがんでそれをかわす。しかし、そのことを呼んでいた海東は、横蹴りによってしゃがんだ士の肩口へと蹴りを入れる。その衝撃で士は吹き飛ぶ。士は、二度ほど転がった後止まる。少し痛むが、まだ戦闘不能になるというほどではない。士は、片膝片手をつき、立ち上がりながら言う。
「クッ……どうした海東?変身しないのか?」
「フッ……ハァ!」
士が立ち上がると、すぐに海東は士に走り寄り顔に蹴りを入れようとする。士は、その足を顔のすぐ横で受け止める。士はどうだと言わんばかりにニヤリと笑った。海東はしかし悔しがる様子はなくニヤリと笑うと、地面に付いている左足で大きく地面を蹴る。海東の身体は完全に地面から離れる。海東はそのままの勢いで士の顔を蹴った。士は反射的に顔を後ろにそむけてそれを避けるが、その時の勢いのまま士は掴んでいた海東の足を放してしまい、海東は地面に落される。その寸前に手を地面に付けて衝撃を緩和し、そのままその手を軸にブレイクダンスの要領で回転し、士の足を払う。士はその攻撃によって、地面に叩きつけられるように転ぶ。二人とも、しゃがんでいるのは同じだが、ダメージは無論士の方が大きい。
「どうしたんだい士?少し弱くなったんじゃないかい?」
「いや……まだまだこれからだ」
士は、右手で唇を拭い、その手を見る。血がついている。どうやら先ほどの攻撃で口の中を切ったようだ。
二人は立ち上がり少しの間にらみ合う。そして、二人して横に同じ速さで走り場所を変える。二人が来たのは、ゴミ捨て場の近くだ。見ると、駐車場もある。今は夜中なのでそれほど車は止まっていないが、十数台は止めることができる広さはある。
「ハァッ!!」
士は、急に止まると、海東の腹をニ度殴る。海東はそのたびに後ろに下がっていく。そして、三度目に殴ろうとしたその拳はしかし、簡単に止められる。そして、海東は空いた左腕で士の顔を横から殴る。それによりまた士は吹き飛ばされ、海東がつかさず追い打ちをかけるように駆け寄る。しかし、士は素早く立ち上り一度目の蹴りを防ぐ。海東は続いて小ジャンプしながら走るように三度蹴りを食らわすが、士はそれをすべて防ぎきる。
そして、着地した海東はすぐさま体制を立て直すとディエンドライバーを構え、士の顔の目前に銃口を向ける。しかし、士もまたほぼ同時にライドブッカーを構え、いつでも引き金を撃てる用意を取った。
「……」
「……」
一触即発。どちらが先に引き金を引いても、おかしくない。だが、引かなかった。そして退かなかった。十数秒、冷たい時間が流れる。海東はゴミ捨て場を背にし、士は駐車場側を背にしている。
「よそう、銃はフェアじゃない」
「だな」
そして、双方同時に銃を降ろす。そして、士は面倒くさそうに言う。
「どうしてもカードを返さないつもりか?」
「あぁ、これは君のお宝だからね。お宝を盗むのが怪盗の仕事さ」
「分からずやめ」
「どっちが……」
士には、海東がどうしてディケイドのカードを盗んだのか心の中で分かっていた。だが、それを言葉に出して正解を話そうとはしない。なぜなら、きっと彼も分かっているから。分かっているからこそ、こうして自分と戦っているのだろう。そう思った。
「フッ!」
「ッ!」
士は、裏拳の要領で右腕で海東の顔を殴ろうとした。しかし、海東はその下をくぐって避け、士の後ろを取る。士の方に向き直った海東は、士が体を反転させたかしなかったかのタイミングで地面に向けて弾丸を放つ。
「クッ!」
舞い上がった火花、そして煙。士は、思わず腕を顔の前に持ってきてそれを防ぐ。
「ハァッ!」
その瞬間、海東は跳びあがり士の腹にライダーキックのように蹴りを入れる。士は、その衝撃で後ろのゴミ捨て場のゴミの山に突撃してしまう。それがクッションになったおかげで致命傷は避けられたが、それでも痛みはかなりの物だった。士は、うめき声をあげながら腹に触れる。
「ッ……うぅ……おい、海東……」
「何だい?確かにフェアじゃないとは言った。でも、使わないとは……一言も言っていないよ」
「くっ……」
「裏切り……かい?君の常とう手段じゃないか。それをされる気持ち、君も味わうといいよ」
士は、痛みによって今にも気絶する寸前だった。気力を振り絞り、何とか反論しようとするが、しかし声が出ない。最後に士が聞いたの海東の声は……。
「僕たちが味わった悲しみは、これだけですむわけがない」
そして、銃を撃つようなポーズをして、彼は去っていった。遠くの暗闇に消える彼の背中。気絶する寸前に見たのは、それだけだった。
ー同所 00:06 a.m.ー
約一週間ぶりだろうか、家に帰るのは。今行っている研究の論文をまとめ終った彼女は、久しぶりに外の空気を吸う。と言ってももはや夜中なのであるが。今回の研究の論文を作るのに時間がかかってしまい、なかなか家に帰ることができなかった彼女は、久々にいったん家に帰ることにした。とはいえ、ほとんど一人暮らしで、もう一人の同居人も一緒に研究室に缶詰めになっていたため問題などなかった。むしろ、ここ最近は研究室が自分の家になっているのではないかと言わんほどの長い間いるために、違和感すらない。自分に何か用事がある場合は夜中でも自宅にではなく研究室に電話をかけるほど学生たちにもそれが浸透しているらしいし。
駐車場にたどり着いた彼女は、ぽつんと一つだけ置いてある白い車の鍵をリモコンによって開ける。車は二回ヘッドライトを光らせて鍵が開いたということを伝える。どうやら今日は無事に帰ることができそうだと、同居人は安心する。今までも、こうして車に乗る直前まで来て、頭に何かが閃いたりして研究室にとんぼ返りすることが多かったのだ。だが、今日の所は無事に……。
「あら?」
「どうかしたミポ?」
「あそこのゴミ捨て場が……」
「ミポ?」
彼女が指さしたのは、確かにゴミ捨て場だ。いつもは、雑に置いてあるとはいえ管理が行き届いているためせめてゴミ捨て場の範囲内にゴミ袋があるはずなのだが、今日はかなり荒らされている。どうしたのだろうか。とりあえず、散らかっているゴミ袋を回収して、元あったであろう位置に戻さないと。そう考えて、一番近くにあったゴミ袋を持ち、ゴミ捨て場に近づく。するとどうだろう。何やら人型に空間ができている。というより、人がいる。
「え?」
彼女はすぐさま倒れている人に近づく。顔は傷だらけだが、世の中の美的感覚から言うとイケメンの部類に入る人間だ。女性はすぐに首筋に手を当てて脈を確認する。すると、指先に鼓動を感じる。よかった、生きてはいるようだ。だが、彼は何者なのだろうか。この大学の構内で喧嘩でもしていたのだろうか。だが誰と……。
「とりあえず、身元を確認できるものを……それから警察、いえ病院に連絡……」
女性は、男性の身体を観察する。この時期には肌寒いであろう薄着のコート。首からはカメラを下げている。気絶しているため聞こえているわけがないが、一応断ってからコートの裏ポケットに手を入れる。すると、なにやら長方形のカードらしきものがあった。まさかこれって、そう思い彼女は自分のカバンの中からスマホを取り出すと、ライトの機能を付けて、確認する。やはりこれは免許証だ。運転できるのはバイクと自動車らしい。だがおかしいところがある。その免許証の有効期限が、何年も前に切れている。見たところ、穴も開いていないため使った後の免許証というわけでもないようだ。何故彼は更新もしていない免許証を持っていたのか。それにまだおかしなことはある。ここにある顔写真と、今の実際の顔との差異があまり見られない。いくら大人だと言っても、ここまで変わらないというのもおかしい。一体彼は何者なのだろうか。他にヒントがないか、彼女は周りを調べる。それを見た同居人は一言。
「どうやら、今日も家に変えれそうにもないミポ……」
呆れながらも、しょうがないなと言わんばかりにその声だけが響いた。熱中している女性は、その声を聞いてもいなかったわけだが。
賽は投げられた。彼女たちのここ何年かで最も長い一日が、こうして始まった。
私にとっての地獄も始まりました。