エラゴン 〜新たなる世界〜   作:賀茂太郎

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第3話 ルイズとドラゴン

 ルイズはほんの一時の間に、二転三転した状況に目を回していた。まったく状況がつかめない。

 今現在も頭は混乱したままだが、ルイズは自分の掌の内に収まったものに目線を奪われていた。本で読んだものよりもずいぶん小さいが、それは間違いなくドラゴンだった。ルイズの掌の卵の殻の上にちょこんと座っている。

 まず目を引くのは、全身を覆う美しい鱗だ。まるで水晶のように透き通った純白に、ほんの少しだけピンクが混じっている。鱗が重なっている部分では、わかりやすく桃色に色づいている。

 頭には小さいツノが生えており、頭頂部から尻尾の先までも小さなトゲが生えている。

 ドラゴンがゆっくりと背中の翼を広げた。翼の大きさは、ドラゴンの全長の何倍もあるだろう。日の光を受けて透き通った皮膜には、美しく長い骨格が浮かび上がっている。

 すらりと長い首をもたげて、ドラゴンは周囲を見渡している。しかし、よく見るとその瞳は閉じられたままだ。細長い首を伸ばして何かを探しているようだ。この小さなドラゴンを見ていたルイズの胸中には、不思議と温かい気持ちが広がっていた。子供の頃に一度だけ見た、鳥のヒナのようだ。今のドラゴンは、親を求めて身じろぎする赤子を連想させた。いや、実際に赤子なのだろう。

 ルイズが宝石だと思っていたものは、ドラゴンの卵だったのだ。

 ルイズがドラゴンを手のひらで支えたまま、おずおずと右手の親指を近づけると、ドラゴンもわかったようだ。その鼻先を近づけてくる。幾度か、ルイズの指の匂いを嗅いだ後、その親指を長い舌でぺろりと舐めた。

 その瞬間、氷のように冷たい衝撃が掌に襲いかかってきた。腕の中の血液が暴れ回るような感覚が走り抜ける。思わずドラゴンを手から取り落とし、燃えるように痛む手を押さえつけてうずくまる。耳鳴りがひどく、頭の中をぐちゃぐちゃにかき混ぜられるような錯覚に陥る。体中に冷や汗が浮かび、猛烈な吐き気もこみ上げてきた。身じろぎひとつできない。ルイズはこのまま死んでしまうんだと、本気で思った。

 すると誰かがルイズの手を取り、その体を仰向けにした。縮こまっていた体を伸ばし、ルイズの額に手を当てる。その手から、力のようなものが流れ込んでくるのがわかった。それは、暖かいようで冷たくもあり、ルイズの体の隅々までいきわたる。やがて、身体中を覆っていた不快感が収まり、掌の痛みも徐々に抑えられていった。

 数時間とも思えるような時が過ぎると、体に力が戻ってきた。ゆっくりと目を開けると、自分を介抱してくれていた人の顔が見える。その人は、先ほどまで自分たちに襲いかかっていたエルフだった。ルイズは今、エルフの胸に頭を預けている状態だ。ルイズの頭の中が混乱する。なぜ、エルフが自分を助けたのか全くわからない。だが、今のエルフの顔は、ただルイズのことを心配しているようにしか見えない。

 

「あんた、なんで……? 」

 

 ルイズの質問には答えず、エルフはゆっくりとルイズの半身を起こさせる。

 ルイズの肩に何かが飛び乗ってきた。先ほど手から落としてしまったドラゴンだ。ルイズを気遣うように、小さな頭を頬に押し付けてくる。ルイズは恐る恐る、ドラゴンの頭に触れた。今度は痛みが襲ってくることはなかった。

 そのことに安堵していると、エルフは先ほど痛んだルイズの手をとり、その掌を観察し始めた。ルイズも自分の掌を覗くと、そこには奇妙なアザがあった。アザは楕円形で、日の光を反射すると白くチラチラと光った。使い魔契約の際に現れるアザとも違っている。

 ルイズが不思議に思って光る掌を見つめていると、今度はエルフがドラゴンに手をのばした。目は見えずとも、エルフの手が迫ってきているのを察知したドラゴンが、威嚇の声を上げる。すると、エルフが何事かを呟いた。ドラゴンはしばらくその言葉を反芻するように固まっていたが、やがてエルフが差し出した手に自分の頭を預けた。

 そのことを確認してから、エルフはドラゴンの体を調べ始めた。首の裏、腹、指の数、背中の棘、ドラゴンを何度もひっくり返しながら入念に調べていく。エルフがドラゴンの体をひっくり返す度に、ドラゴンは喜色の悲鳴を上げる。最後に翼を広げて、裏表の両方から見た後に、エルフはドラゴンをルイズの肩に戻した。

 ルイズはエルフに聞きたいことが山ほどあったが、エルフがなぜルイズたちに襲いかかってきたのかはわかった。エルフはこのドラゴンを守ろうとしていたのだ。このドラゴンはエルフにとってかけがえのないものなんだろう。今のドラゴンを見つめる瞳から、そのことがわかる。

 だとすれば、ルイズは無用にエルフを追い詰めてしまっていたことになる。ドラゴンの卵を人質に使ったのだ。エルフとの戦いがここまで苛烈になってしまったことに、ルイズは責任を感じた。自分を守るために、同級生二人は傷ついたのだ。

 

「そうだ、あの二人は!? 」

「忘れてたのルイズ? 助けてもらっておいて薄情者ねえ」

 

 二人のことを思い出したルイズが声を上げると、いつの間にか歩み寄ってきていたキュルケが答える。その隣にはタバサもいる。二人とも、手にひどい火傷を負っている。タバサに至っては、彼女に不釣り合いなほど大きかった杖が真っ二つに断ち切られていた。

 

「ち、ちがっ…! 忘れてたわけじゃ…」

「はいはい。それで? そちらの貴方も、もう戦うつもりはないってことでよろしいのかしら」

 

 キュルケがエルフに向かって問いかける。

 すると、ルイズの傍に跪いていたエルフが立ち上がる。少女たちの間に緊張が走ったが、エルフの剣は鞘に収めらされたままだ。

 エルフはキュルケとタバサに歩み寄ると、火傷を負っている方のキュルケの腕を手に取り、両手で包み込んだ。

 

「あら……? 」

 

 まさかいきなり触れてくるとは予想していなかったキュルケが動揺する。

 エルフは手に取ったキュルケの手の甲に唇を寄せる。それは、殿方が意中の相手に愛を語る様子に似ていた。扇情的な魅力を持つキュルケと、超常的に美しいエルフの組み合わせも相まって、色っぽい雰囲気を醸し出している。そばで見ていたルイズも思わず赤面してしまう。

 

『バアナ・ヘイル』

 

 エルフの口が言葉を紡ぐ。ルイズにも、はっきりと聞き取ることができた。エルフ語なのだろうか。意味はわからないが、雰囲気から呪文を唱えたのだと推測できた。

 手を握っていたのはほんの一瞬で、エルフがキュルケの手を離す。キュルケの火傷でただれていた皮膚がかさぶたになってひび割れている。キュルケが軽く爪でこすると、かさぶたが剥がれ、その下には新しい肌が覗いていた。火傷の痕など見られない綺麗な肌だ。

 

「杖を持たずに魔法を使えるなんて……」

「……先住魔法」

 

 驚愕するルイズに、タバサのつぶやきが重なる。杖を用いない魔法行使。改めて、ルイズは目の前にいるのが、本物のエルフなのだと実感させられた。

 当のキュルケは、何も言わず、ただエルフのことをぼうっと見つめていた。

 続いてエルフは、同じようにタバサの手を取り、魔法で火傷を癒した。傷が癒えたタバサだったが、未だその表情は晴れない。

 エルフも、タバサの様子に気づいたようだ。そして何かに気づき、彼女の断ち切られた杖に目を向けた。

 エルフは、タバサの杖に手を伸ばし、彼女の杖に触れる前にその動きを止めた。しばし考え込むように眉間にしわを寄せている。そして最後には軽く首を振り、その手を下ろした。

 タバサとエルフの間に、やりきれない空気が漂う。

 ルイズもなんと声をかけていいかわからなかった。

 その場の4人がともに沈黙していると、ルイズの耳に足音が聞こえてきた。校舎の方を振り返ると、学院の教師たちが数十人の衛兵やメイドを引き連れてこちらに駆けつけてきていた。

 その先頭に立つのは、トリスティン学院学院長オールド・オスマン、その人であった。オスマンはなんの躊躇もなくエルフと少女たちの元へ歩み寄ってくる。エルフの前まで来るとその立派な白髭をなでつけつつ、堂々と立つ。

 

「ふむ、どうやらワシらが来る前に決着はついたようじゃが、どうじゃ? まだやるつもりかの」

 

 エルフの瞳を真正面から見返しつつ、オスマンが言った。さすが学院長といったところか。只者ではない雰囲気を纏っている。

 すると、その言葉をどう解釈したのか、エルフはゆっくりと腰に下げていた剣を地に置き、3歩後ずさった後、膝をついて両手を挙げた。

 その行為を降伏と認めたオスマンが、衛兵に銘じてエルフを拘束させる。手首に頑丈な手錠をはめられ、口には鉄製の猿轡が咬まされた。その上から教師たちが拘束具に「固定化」の魔法をかける。これでエルフの力でも、脱出は不可能になった。エルフは立ち上がらせられ、そのまま衛兵に連行されていく。

 ルイズの側を通り過ぎる時、エルフが立ち止まり、ドラゴンを見つめた。ドラゴンもエルフの瞳を見返す。ほんのわずかな時間の交錯だったが、ルイズには何かしらの意思のやりとりが行われたようにも見えた。

 そしてエルフは、ルイズにもその瞳を向けた。ルイズはその瞳の色の深さに、思わず吸い込まれるような錯覚を起こした。

 

〔エラゴン〕

 

 唐突に頭の中に声が響く。驚いて、エルフの顔を見返す。今の声はこのエルフから発せられたようにしか思えない。

 

〔エラゴン・シェイドスレイヤー〕

 

 もう一度、声が頭の中に響く。少しだけ長くなったが、同じものを指し示す言葉のようだ。その響きから、名前を名乗っているように思える。

 とっさにルイズも名乗ろうと思った。頭の中に言葉を思い浮かべる。

 

(ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール)

 

 エルフは少しだけ驚いたような顔をした。そして何かをかみしめるように目をつぶり、目を開けてフッと笑った。

 ルイズもその表情に驚いていると、エルフは衛兵に引っ立てられていった。

 

「……ふー怖っ。あやつの顔を見たかの、ミス・ロングビル。あのまま襲いかかられてたら、死んでたよワシ」

「オールド・オスマン。生徒たちが見ています。もう少しだけ学院長にふさわしい威厳を保っておいてください」

 

 威厳に満ちていた表情を崩したオスマンを、彼の秘書であるロングビルがたしなめる。

 

「えぇい、慣れぬをすると肩が凝ってしょうがないわい! では諸君、皆で手分けして生徒たちの介抱に当たるとしよう」

「了解しました。生徒の治療は私が監督します」

 

 ロングビルは、オスマンの言葉に答えると、すぐにメイドたちを呼び寄せ、生徒たちの介抱に当たる。

 多くの生徒はまだ気絶したままだ。生徒たちは、まるで悪夢にうなされているように唸っていたが、皆命に別条はないようだ。学院の教師たちも、生徒たちに治癒の魔法をかけていく。

 続いてオスマンは、成り行きを見守っていたルイズ達のもとに来る。

 

「さて、君たちは立っていられる元気があるようじゃが、傷だらけじゃろう。『ヒーリング』を使える教師を連れてきておる。すぐに治療してもらうといい」

「いえ、私達はすでに治療を受けましたわ。あの御仁が治してくださったの」

 

 オスマンの言葉に、キュルケが答える。なぜか頬を朱に染めている。

 

「なんと、あのエルフが君たちの治療をしたと」

「ええ、見たこともない魔法を使って」

 

 キュルケの言葉を聞いて、ルイズは自分の体からいつの間にか傷が消えていることに気づく。特にひどかった右手の打撲痕も、きれいさっぱりなくなっている。

 

「うーむ。ますます判らんのう。君たちが良ければ、このまま事の成り行きを聞かせて欲しいんじゃが……」

「私は構いませんわ。タバサはどうする? 」

「問題ない」

 

 キュルケの問いに、タバサが即答した。

 

「ルイズは無理なんじゃなーい? さっきも、うずくまって泣いてたものねえ?」

「な、泣いてなんかっ……いえ、私も大丈夫です」

 

 キュルケの挑発に思わず乗ってしまいそうだったルイズだったが、オスマンの手前、ぐっとこらえる。ルイズ自身もオスマンに相談したいことがあった。ルイズの肩に乗るドラゴンに目を向ける。

 

「よろしい。では学院長室に来てくれ。そこで話を聞くとしよう」

 

 

 

 

 

「なるほど、エルフが抱えていたものはドラゴンの卵だったと」

 

 学院長室に移動し、あらかたの事情をルイズ達から聞き終わったオスマンが、眉間にしわを寄せて考え込む。

 

「エルフにも、何か事情があったようじゃのう。ドラゴンの卵など、わしさえ見たことがないわい。あのエルフにとっても貴重なものだったに違いない」

「でも、彼は卵から孵ったドラゴンを、私から取り返そうとはしませんでした」

 

 ルイズはドラゴンを見つめつつ、そう言った。今、ドラゴンはルイズの胸の前で抱え込まれている。目が見えずに動き回っては危ないだろうと、捕まえているのだが、ドラゴンはそれが気に入らないらしい。ルイズの手から逃れようと体をねじりながら、時折、抗議の鳴き声を上げている。

 

「それは、その幼竜がお前さんを親として認めたからかもしれんの」

「親? 私がですか? 」

「うむ。卵からかえる生物にはそのようなことが多い。最初に見た者を、親と認識するのじゃ」

「刷り込み。鳥などのヒナに見られる学習現象の一種」

 

 オスマンの言葉を、タバサが補足した。その言葉を聞いて、ルイズは不安になった。もしかしたら、自分は本当の親から子供を奪い取ってしまったのかもしれない。あのエルフが親になる予定だったことも考えられる。ルイズの胸に罪悪感が募った。

 

「オールド・オスマン。エルフにはドラゴンの子を育てるような習慣があるのでしょうか」

 

 押し黙ったルイズに代わって、キュルケがオスマンに尋ねた。

 

「いや、わしもエルフについてそれほど詳しいわけではないが、そういったことは聞いた覚えがないのう」

「そもそもエルフとはどういった種族なのですか」

「それもほとんど分かっておらん。その多くが東方の砂漠に住まうことは知られておるが、彼らの生態や習慣などは、謎に包まれておる」

「つまり、これ以上ここで話し合っても、これ以上は何もわからないということでしょうか」

「そういうことじゃ。ここから先は、あのエルフから聞き出せるといいんじゃがのう」

 

 オスマンがキュルケとの話を終えると、学院長室にロングビルが入ってくる。その傍らにはコルベールを連れていた。エルフの蹴りを受けた側頭部に傷を受けたのだろう。魔法によって傷口は塞がっているが、広い範囲でアザになってしまっている。

 

「おお、ミスタ・コルベール! 気がついたか。これまた随分と手酷くやられたようじゃのう」

「いえ、面目ございません、オールド・オスマン。」

「よいよい、無事でなによりじゃわい」

「わたくしは、もうしばらくお休みになってはと申し上げたのですが……」

 

 オスマンがコルベールの無事を喜んでいると、ロングビルが心配そうに告げる。

 

「いえ、私はもう大丈夫ですぞ、ミス・ロングビル。君たちにも、怖い思いをさせたようだ。本当に申し訳ない」

「そ、そんな。頭をあげてください、ミスタ・コルベール!あなたは、私たちのことを身を挺して守ってくださいました!」

 

 ルイズたちに向かって頭をさげるコルベールに、ルイズが慌てて言った。

 頭を上げたコルベールの顔は、いつになく真剣だ。

 

「いや、教師として情けない。私はあの場にいる生徒全員を守る義務があったのです」

「思い詰めるのは良くないぞコルベール君。エルフは先住魔法という特殊な魔法を使うらしい。それは、わしさえも知りえない魔法じゃ。あの場にいたのが誰であったとしても、結果は変わらなかったであろう」

 

 なおも謝罪を続けようとするコルベールを、オスマンが止めた。実際、その言葉は真実だろうとルイズは思った。あのエルフの強さを目の当たりにすれば、そう思う他ない。

 

「オールド・オスマン。エルフの尋問は、是非私にお任せいただきたい」

「尋問の最中、エルフに仕返しでもしようというのか? そのようなことは認められんぞ」

「いえ、私はあのエルフの恐ろしさを実際に体験しました。拘束されているといっても、まだあのエルフは危険です。私なら一切の油断なく、彼と相対することができます」

「うーむ……」

 

 コルベールの嘆願に、オスマンが考え込んだ。しばらくして、コルベールに向き直ったオスマンが言った。

 

「よかろう。ただし、尋問にはわしも同席する」

「ありがとうございます。オールド・オスマン」

 

 オスマンはコルベールの願いを聞き入れた。そして、ルイズたちのほうに顔を向けた。

 

「今回は、この辺りで切り上げよう。3人とも戦いの疲れも癒さぬまま、良く話してくれた。今日の授業は全て中止じゃ。部屋に戻ってゆっくり休むといい」

「あ、あの、オールド・オスマン。私とこのドラゴンはどうすればいいでしょうか」

 

 ルイズたちに退席を促したオスマンに、ルイズが慌てて言う。

 

「そうじゃった! お主たちは使い魔召喚の最中だったのう」

「私の進級は……」

 

 ルイズが不安そうに、オスマンが尋ねる。

 

「ふむ。予想外の出来事が起こったにせよ、君はあのエルフとドラゴンの卵を召喚した。その事実をもって、君が1年間、我が学院の勉学を修めたことの証明としよう」

「それじゃ……! 」

「うむ。通常通り、進級してよい」

 

 その言葉に、ルイズの胸が歓喜に踊った。2年生に進級できる。その事実だけで今日の苦労が報われた気がした。

 

「あーらら。まあ、あなたも完全なゼロじゃなかったってことかしらね、ルイズ」

「祝福する。あなたの日頃の努力の成果」

 

 キュルケとタバサがルイズに声をかける。キュルケの憎まれ口も今のルイズは気にならない。

 こうしてルイズの学園生活は、まだまだ続いていくことになった。

 

 

 

 

 自室に戻ったルイズは、ベッドに横になりながら今日の出来事を反芻していた。

 

 「一時はどうなることかと思ったけど、あんたのおかげで無事に進級できたわ。あらがとうね」

 

 ルイズは微笑みながら、ドラゴンに向かって言う。ベッドの柱にかじりついていたドラゴンは、一瞬だけルイズの言葉に振り向いたが、すぐに興味を失ったように柱に噛みつき出す。

 自室に戻ってきた後、ドラゴンはそこら中を動き回っていた。ルイズの部屋の多くのものに興味を示し、近づいては匂いを嗅いだり、鼻をこすり付けたり、噛み付いたりしている。一度ベッドから落ちた時はひやっとしたが、自力ベッドの上までよじ登ってきた。

 改めて、ルイズはドラゴンを観察する。

 一番目につくのは、やはりその鱗の美しさだ。一枚一枚が、宝石を薄く切り取ったように煌めいている。純白ではなく、ほんのりピンク色に染まっているのも、ルイズは気に入っていた。自分の髪の色と同じだ。

 長くしなやかな体をくねらせ歩く姿は、まるで水の中を泳ぐ魚のように優雅だ。まるで重さなどないように長い尻尾がゆらめいている。

 背中の立派な翼は、コウモリのものに似ているが、それが比較にならないほど美しい。手で触れてみると、その翼膜は羊皮紙のような手触りがした。触り心地は抜群にいいが、ルイズが翼膜に触れるたびにドラゴンが抗議の鳴き声を上げる。ドラゴンにとっては、敏感な部分なのかもしれない。

 いつか、このドラゴンも伝説にある通り、自分を背に乗せて飛べるほど大きくなるのだろうか。ルイズはドラゴンの背に乗る自分を夢想する。

 今更ながらルイズは、自分がドラゴンを使い魔としたことに感慨を抱く。サモン・サーヴァントの前は、召喚できるならネズミでも、カエルでも、なんでもいいと思っていた。しかし、実際にルイズが召喚したのは、あの美しいエルフとこのドラゴンの卵だった。こんなにすごいものを召喚できたのは、同級生で他にいない。

 しかし、ルイズはエルフのことがずっと気にかかっている。エラゴンが彼の名だろうか。彼には沢山聞かねばならないことがある。今は暗い独房にとらわれているのだろう。彼が最後に見せた笑みが理由で、ルイズはエラゴンが恐ろしい存在には思えなくなっていた。

 思わず気持ちが沈んでいってしまう。ルイズは気持ちを切り替える。このドラゴンの美しく優雅な姿は、自分の使い魔にふさわしい。今は、その事実こそが大事なのだとルイズは考えた。

 

「あっ! そういえば……」

 

 ルイズは大切なことを忘れていたことに気づく。自分は「サモン・サーヴァント」には成功したが、「コントラクト・サーヴァント」、つまり使い魔との契約をまだ終えていなかった。

 改めて、ルイズはドラゴンに向き直る。

 

「ねえ、私はあんたが使い魔になってくれれば、こんなに嬉しいことはないと思ってる。あんたはどう?私の使い魔になるつもりはあるのかしら」

 

 ルイズがドラゴンに尋ねると、遊んでいたドラゴンがルイズに顔を向ける。そのままルイズの方へ寄ってきて、彼女の眼の前で座り込み、背筋をすっと伸ばす。しばし逡巡するように頭をかしげた後、ルイズのほうに顔を向け、小さく鳴いた。

 

「あんたもそれでいいってことね。なら……」

 

 ルイズは杖を手に取り、姿勢を正して呪文を唱え始める。

 

「我が名は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」

 

 静かにドラゴンの頭に杖を置く。そしてゆっくりと唇を近づけていく。口づけが終われば、使い魔契約の完了だ。

 唇が触れるその瞬間、ドラゴンがふいっと顔をそらした。

 

「…………」

 

 顔を離したルイズに、ドラゴンが再度顔を向ける。

 ルイズは自分の勘違いかと思った。今ドラゴンに口づけを拒否されたような気がする。

 気を取り直して、もう一度試してみる。

 

「我が名は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。 」

 

 改めて呪文を頭から唱え始める。今度は呪文の最中も、ドラゴンから目を離さない。ドラゴンは、静々とルイズの呪文に聞き入っている。嫌がるようなそぶりは見せていない。

 

「五つの力を司るペンタゴン。このものに祝福を与え、我の使い魔となせ」

 

 今度こそと、ルイズはドラゴンに口づけしようとする。唇が触れる瞬間、またもドラゴンが顔をそらす。

 

「……え?」

 

 それからは何度やっても結果は変わらなかった。

 その晩、ドラゴンがルイズの口づけを許すことはなく、コントラクト・サーヴァントが完了することはなかった。

 

 

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