映画 プリキュアオールスターズVS魔法少女まどか☆マギカ 悠久の絶望は永久の希望に 作:牢吏川波実
「なぎさ……」
「……」
「さやかさん……」
空気が潰れて薄まってしまったかのような重い空間の中、少女たちは物言わぬ二つの身体を見つめて肩を落としていた。
魔女が逃げた後、なぎさの身体が壁にもたれかかって眠っているかの様に座っていた。どうやら自分が魔女に気を取られている間になぎさの身体を結界の外に運んでくれていたらしい。
「まさか、あの百江さんが元は使い魔だったなんて……」
「でも、それでも……なぎさは人間だったよ……私たちと変わらないよ……」
ゆまはなぎさの身体を抱きしめてそう言った。魂が抜けてまだそれほど経っていないため、体温が抜けておらずまだ暖かみをその身に感じる。と言っても魔法少女である自分たちはそもそもソウルジェムに魂が移ってしまっているため魂が抜けるという表現は適切ではないのだが。
ゆまとなぎさはこのメンバーの中でも歳が近かったため仲が良かった。だから、その悲しみとショックはえりかの次に大きなものであるのは想像するのは容易いことだろう。
「私のせいかな……」
「えりか……」
「私が、なぎさの身体なんてQBに頼まなければ、なぎさをもう一度魔女にさせないで良かったのかな」
引いては、あの時なぎさの魔女をグリーフシードに戻さなければ良かった。そうすれば誰も苦しまなくて済んだのだ。つぼみだって何も知らないままにふたばを救うために魔法少女となって、自分は多分、願いなんて決まらないでそのままプリキュアであったのかもしれない。そしたらこんなに悩まなくても済んだのかもしれない。自分勝手に誰かの人生を弄んだツケが来ている。そうえりかが感じてもおかしくなかった。その時のえりかの顔は、いつも明るいあの顔しか知り得ない見滝原の少女たちにとっては、衝撃と言ってもおかしくなかった。
「来海さん、貴方は目の前にあった救える命を救っただけよ。気に病む必要なんてないわ」
「マミさん……」
「そうです。私を生き返らせてくれてありがとうって、なぎさは笑ってました」
「なぎさが……」
「なぎさちゃんが魔女になったことは、誰にも止められなかったんだよ。それよりも今はこれからのことを考えよう」
「まどか……うん」
だが、自分たちに一体何ができると言うのだろう。プリキュアではない自分たちにできることなんて、ただ友達だった魔女を殺すことくらいしかないのに。いつきやゆり、友達に連絡を取ることも確かに考えた。けどその友達の住んでいる場所から見滝原まで空を飛んだりしたとしても1時間は余裕でかかる。それを待っていたら犠牲者が出ることは待逃れないだろう。だから……いや違う織莉子の言葉が頭に過るのだ。自分たちが彼女達を道具の様にしている。そんな言葉が。
「さやかさん、どうしてこんなことに……」
「……」
志築仁美は、もう一度さやかと話したかった。会って言いたいことがあった。でも、もうそれを言ったとしてもなにも言葉は返ってこない。脱け殻となった身体など、ただの肉の塊。仁美もそれを理解している。でも、それでも彼女はその身体から離れようとはしなかった。離れることはできなかった。
「ごめんね、仁美ちゃん。私がもっとしっかりしてたら……」
「そんな……鹿目さんは……誰も悪くないんです」
「それはどうかな……」
「え?」
そう言うのは窓から外を見ている杏子であった。杏子は続ける。
「昨日の夜、本当はさやかを追いかけることだってできたんだ。でも、あたしはしなかった。もしも、あたしがさやかのこと追ってたら……」
「杏子さん……」
何故あの時自分はさやかのことを追わなかったのだろう。どうして、自分はあの時ほむらと対峙することを選んでしまったのだろう。さやかを追って、話をしていれば彼女は……。
「まったく、後悔してばっかりだなあたしの人生は……しかもそのたびに大切な物を無くしてって……さ」
「……」
仁美は何も言えなかった。杏子の心情を思うと、何を言ってもいけないとそう思っているからだ。自分にとってさやかが親友であったのと同じように、彼女にとってもさやかは親友だった。友だった。一緒に死線を潜り抜けた仲間だった。そして、自分を救い受け入れてくれた恩人でもあった。そんな彼女が自分がなすすべもなく死んでしまって……。
再びの沈黙。ゆまのすすり泣く声しか聞こえてこない重苦しい空気を切り裂いたのは、時計を見ていたつぼみである。
「魔女が現れるまであと三十分、そろそろ行かなければなりませんね」
「……えぇ、織莉子さんたちも来るかしら……」
「あいつらの目的は結局はまどかを魔女化させないように殺すこと……けど、それを止めるためにあいつもきっとくる」
「ほむらちゃん……」
声には出さずとも誰もが感じ取っていた。つぼみがキリカや織莉子と対峙したときの様子からきっと次の戦いが織莉子たち三人の魔法少女との最後の戦いであるのだと。
キリカはもしも鹿目まどかが魔女となったら世界が滅んでしまうという旨の話をしていた。魔法少女狩りも、鹿目まどかを魔女にしないためのもの。織莉子とキリカの目的が鹿目まどかの暗殺であると言いうことならば、魔女二体と同時に戦うという混乱した状況の中で鹿目まどかを殺すことができる絶好のチャンスということじゃないか。
また、織莉子たちと一緒に行動しているとはいえほむらの目的はその逆で鹿目まどかを守ること。となるとこの三人が病院に現れることは確実と言っていいのかもしれない。
魔女二体と魔法少女三人。それもどれもこれもが一対一で戦っても勝てるかどうかわからないような強者ばかり。ベテランのマミと杏子の頭にはある考えがよぎった。
「全員生き残れるかわからねぇな」
「そうね……」
「えっ……」
「……志筑さん。一つだけいいかしら?」
「なんですか?」
「もしも……私たちが誰も帰ってこなかったら、警察に美樹さんと百江さんの死体のことを知らせてほしいの」
「マミさん……」
「それから……ゆまのことも頼んでいいか? せめて、こいつが一人で生きていけるまででいいから……」
「杏子さん……」
「杏子ッ……どう言うこと?」
さやかとなぎさの死体のことを伝えてもらいたい、ゆまのことを頼む。それって、まるでもう戻ってくるつもりがない。もうここには帰ってこない。もうすぐそばにいることができない。そう言っているみたいではないか。
「確かに魔女は……さやかとなぎさはあいつらの仲間ってわけじゃない。でも、こっちの味方でもないことは確かだ」
「でも、問題は美国さんたちの能力。未来予知、時間停止、そして呉さんの能力もまだよく分からない上に素の戦闘能力が高い。魔女2体と戦いながらあの三人と戦って、こっちも無事で済むか分からない」
特に織莉子の未来予知。未来で魔女がどのような場所に攻撃するのかが分かっていれば、そこに自分たちを追い込んで魔女に攻撃させると言う方法を取ることも可能だ。この戦いで死人が出ないとは限らない。いや、確実に誰か一人は死んでしまうだろう。マミと杏子は、それぞれが自分であると思っていた。仲間たちを守るために犠牲になるのは自分でいいのだと、そう考えていた。
「そんなのダメです……」
「花咲さん……」
「死ぬのなんて、絶対にダメです! みんなで、みんなで生きて、ここに帰ってくるんです! ここに……」
マミの服の裾を掴んだつぼみ。見ると、その目から涙が溢れている。けど、彼女だって分かっている。次の闘いがどれほど過酷なものになるのか。正直言えば怖い。怖くてたまらない。逃げ出したい。でも、今自分が逃げ出したら、病院にいるふたばや母、それに恭介を含めた多くの患者、医師や看護師と言った医療従事者、その先にいるたくさんの人たちの命が危険にさらされる。自分にはその全ての人たちを守る力がある。でも、それで守り切れるとは限らない。守ったとしても、誰にも感謝されない。別に称えてもらいたいから戦っているわけではない。でも、もしこの戦いで自分たちが死んだとして、守ったとして、一体誰が自分たちのことを知ってくれるのだろう。誰が子供たちの歩むべきはずだった未来のことを想ってくれるだろう。誰が、ふたばの隣にいるのだろう。
「花咲さん、あなたは……」
ここに残った方がいい。しかし、マミの言葉は無情にも弾かれてしまった。
「行きます!」
「つぼみちゃん……」
「行って、そして……生きて、帰って……きます! みんなで……! みんなで……」
「つぼみ……」
もう、彼女たちにはその言葉があまりにも悲痛に聞こえる。そこにはかつてプリキュアであったときの希望のこもった言葉はなかった。あの、頼もしい言葉は、あのどれだけ辛い時にもまっすぐ未来を見つめていた瞳は、すでに失われていた。
そこにいたのは元キュアブロッサムだった花咲つぼみじゃない。
《魔法少女》花咲つぼみ。ただの女の子だったのだ。
「そうね、生きて帰ってきましょう」
「はいッ……!」
マミはつぼみの頭を撫でながら、微笑みながら言った。それは、まるで子供をあやす母親のように優しくて、尊くて、そして嘘をつく罪悪感のこもったジェスチャーだった。
「……」
一方杏子はその様子を尻目に一人部屋から出て台所に来る。いや、一人じゃない。正確に言えば、こうして一人で来れば必ず彼女も来るであろうと予測していたから。
「杏子……」
「ゆま……」
やはり来た。千歳ゆま、自分の身勝手に付き合ってくれていた女の子。ゆまとは、最後に二人きりで話したい、そう思っていた。
「杏子も、帰ってきてくれるよね?」
「……あたしは、そんな約束できねぇ」
「そんな……」
「なんとか、つぼみたちは帰らせてやりたいけどな……」
本音だった。せめて犠牲になるのは自分だけでいい。ただ一人、仲間外れである一匹狼の自分だけが。
「だったら、私も戦う!」
「なにを……」
「私も、QBと契約して魔法少女になる! それで……」
「馬鹿、死ににいくようなモンだぞ、素人の面倒なんてあたしはゴメンだ」
元々この街に彼女を連れてきたのは、QBと契約させないためだ。そんな前提を覆してしまうようなことできるはずがない。でも、それでも少女は食い下がる。
「それでもいい! 一人で生きるくらいなら、杏子と! みんなと死にたい!」
「ッ!」
思っても見なかった。自分がゆまに手をあげるなんて。でも、気がついたら右手が彼女の頬を叩いていた。その時、彼女はゆまの両親の気持ちが少しだけ分かった気がする。多分、ゆまの両親も最初は、ついつい手が出てしまった。そしてそれが日常化していって、いつしか虐待することの罪悪感が麻痺していったのだろう。そうじゃなければ、親が子に手を挙げる理由の説明がつかない。最初は可愛かったはずの子供に手をあげるなんて、そんなこと。
杏子は、今し方彼女の頬を叩いた手を見た。震えるその手に、血がついている。そんな幻視。でも、それが自分の本性なのだ。
「あたしの手は、血塗れだ……魔法でたくさんの人たちを拐かして、家族を殺して、使い魔を魔女にするためにたくさんの人を見殺しにして……もう引き返すことなんでできない。この手は、誰かをこうして殴ることしかできないんだッ……!」
「……」
「でもまだゆまは……お前はまだ間に合う。こんな魔法少女の世界なんて忘れて、普通に死ぬために生きることができるんだ。だから死ぬなんて言葉絶対に使うな! お前は、生きなきゃならないんだ。いつかは独り立ちして、誰かに頼り切りになるんじゃダメなんだ。生きるってのはそういうことだ」
「杏子……」
「せめて、お前だけは守らせてくれ……」
思えば、彼女はなにも守れなかった。両親も妹も、親友のさやかも、そして今、師や初めてできた仲間たちと一緒に戦場へと向かう。生存率の限りなく低い死地へと。
本来の自分の性格には全く当てはまってない行動だ。いつもの自分なら多分、そんなところに行かないで逃げているはず。生きなければならないから。でも、親友がそこにいるんだ。自分に初めてできた、親友と呼べる人間がそこにいて、本当に心の底から信頼することのできる友達がそこに行こうとしている。この命は、親友に救われたと言っても過言ではない。だから、自分が親友を殺すんだ。親友が呪いをこれ以上振り撒くことがないように。
「それじゃぁ、せめて病院までは連れてって……」
「分かった、けど仁美のそばを離れるなよ。それが条件だ」
「うん……」
ゆまは、悲しげなうつむきながらそう返事を返した。杏子には、彼女の悲しげな瞳が見えたのだろうか。いや、きっと見えなかっただろう。見たくないものを好んでみるようなもの好きなどいないのだから。
「……仁美さん」
「はい……」
「鍵、預けておくわね」
「……」
外に出た少女たち。ドアのカギを閉めたマミは、仁美の手を取ってその上に家の鍵を置いた。仁美は、その鍵を握りしめる。マミからは、もし自分が帰らなかったら、この家の中にいる二人の事を警察に知らせてほしい、だから鍵は仁美が持っていたほうがよいと言われた。そのことがどういう意味合いを持つのか、彼女は分かっていた。その鍵を受け取ってしまったら、もう彼女の決心が固まってしまうということが。先輩と後輩という間柄から、仁美はさやかから魔法少女のことを教えてもらってからの数日間しかマミと接したことがなかった。だが、それでも彼女の優しさに触れ、ひと時の間ではあったが楽しい時間を過ごさせてもらった。そんな彼女の死への覚悟を受け取ってしまった。
「私、自分が情けないです……」
「仁美ちゃん……」
「魔法少女になる素質もなくて、友達の心を傷つけて、上条くんの時も、今も……何もなすすべのない自分が……」
ゆまのように覚悟を示すこともできず、ただ他人の幸せを奪い続けている自分が恨めしく、情けなく、そして憎い。なぜ自分よりも誰かのためになる人ばかりがいなくなってしまうのか。生き残ってもらいたい人ばかりが、こうして戦場に向かうというのに、ただ見ているだけしかできないなんて、見送ることしかできないなんて。
「仁美……そんな悲しい顔しないでよ!」
「えりかさん……」
えりかは、仁美の肩に手を置くと、いつもと変わらない笑顔でそう言った。だが、その笑顔も長くは続かなかった。何か、思いをはせるような顔をし、斜め下の方に目をやりながら彼女は言った。
「仁美にはさ、やるべきことが残ってるじゃん」
「え?」
「私たちがいたってこと、私たちが頑張って戦ったって事、忘れないで。忘れなかったら……私たちは仁美の記憶の中で生き続けるからさ……もともと、魔法少女の寿命って短いらしいし、もし運よく生き残っても仁美は私たちよりも長生きするんだから……だから、お願いね仁美」
「えりかさん……ッ」
えりかの胸に飛びつく仁美。その言葉で察してしまったのだ。えりかもまた、死を覚悟しているということを。あんなに天真爛漫でめげるくじけるなんて事想像できないような女の子ですらも、死を覚悟するという過酷な状況。もうその場に、希望などという物はなかった。
そして……。
「……」
何も意思表示を示さなかったまどかは、一体何を考えているのか。それは、病院に向かって歩き出してなお、わからなかった。
運命の時間。それは刻一刻と彼女たちに迫っていた。残酷で、残忍で、そして悲しいその結末はすぐそこである。