映画 プリキュアオールスターズVS魔法少女まどか☆マギカ 悠久の絶望は永久の希望に 作:牢吏川波実
展望スペース、そこからは街の全景が見えていた。この病院はなかなかに高い為、地面にいる人達がミニチュアの人形のように小さく見えている。みゆきは、そんな彼らを羨ましく思っていた。そこにいる人達は何も知らないのだから。魔法少女の事も、魔女の事も知らない。もしかしたら、家族が魔法少女をしているのかもしれない。そして、いつか魔女に殺されるか、魔女になって自分たちの知らない間に死んでしまうのかもしれない。きっと、死んだことに気がつかなくて、いつまでも子供の事を待ち続けるのかもしれない。それだったら、もしかしたらすずねのしていることが、まるで良いことであるかのように思えてきた。すずねが魔法少女をその手で殺しているから、何人もの魔法少女の身体が親の元に帰ってきて、チサトと言っただろうか。マツリの友達だった少女、すずねに殺された後、葬式もあげられた少女。あの子もきっと喜んだはずだ。親に、友達に見送られることができて、きっと幸せだったはずだ。だから、もしかしたらすずねがしていることは、子供達を導いていくピーターパンのようなものなのではないだろうか。そう、きっとそのはずなのだ。みゆきは、正常な判断がまるでできなくなっていた。
「……」
「みゆき……」
ぬいぐるみのふりをしていたキャンディだが、周囲に人がいないことを確認して声をかける。だが、彼女にはまるで聞こえていない様子だ。放心状態と言った方がいいだろうが、彼女の目にはまるで生気が宿っていなかった。みゆきの中にはあるアイデンティティが宿っていた。それが、世の中のすべてが最後にはハッピーエンドで終わるという事だ。だから、最後にはハッピーエンドで終わるおとぎ話が、絵本が、童話が彼女は好きだった。だが彼女は知ってしまった。世の中にはハッピーエンドで終わらない物語だってあるのだと、例え自分が頑張ったとしても、ハッピーエンドを掴むことのできない物語だってあるのだと。彼女にはもう、立ち上がるための気力も、力も宿っていない。笑顔になる方法だって忘れてしまった。彼女は今、星空みゆきという自分を見失っていた。
「みゆきちゃん」
「クル?」
その時、みゆきの背後から一人の女性が声をかける。みゆきは、かろうじてその女性の事を知っていた。
「えっと……たしか特務エスパーの……」
「梅枝ナオミよ」
みゆきは、確かにその名前を知っていた。昨晩、ちゃんと自己紹介をしてもらったからだ。しかし、その時はすぐにすずねが現れたり、魔法少女が魔女になったりでせわしなくて覚えれるものも覚えきれなかった。
「何しに来たんですか?」
「……励ましに来た……ってだけじゃダメかしら?たぶん言われると思うから先に行っておくわね。私には、今のあなたの気持ちは分からないし、分かり切れると思えないし、同情しているわけじゃない」
「……」
「ただ……」
ナオミは、そう言うと座っているみゆきの右側に、みゆきの目線に逢せるように座り、みゆきの手に自信の手を重ねた。ナオミのその手は、今のみゆきにとって少し暖かかったのは確かだ。
「誰かの命を救えなかったって言うその悲しみは分かるわ……」
「え?」
「特務エスパーなんてものをしていると、色々な災害や事故の現場に行くの。いつもいつもみんなで協力し合って大勢の人たちを救ってきた。でもね、中には救え切れなかった人達、手遅れだった人たちがいるの」
「でも、B.A.B.E.Lには、予知を専門にしている部署があって、大半の事件や事故は発生前に解決できているって……」
「『大半』はね……全部じゃない。それに、爆弾テロや無差別大量殺人とかの大きな事件はともかく、一人や二人を殺す殺人事件に関しては、あまりにも小さくて予知できなくて……結局誰かが死んでしまった後に捜査をしなくちゃならないの……今回の事件だってそう、もしも私たちが魔法少女の事を予知出来ていたら、あなたたちにこんな辛いことをさせることはなかった」
B.A.B.E.Lには予知課という物がある。そこでは、多くの予知能力者が一斉に予知を行い、事件や事故の予知を行いその危険度によって特務エスパーが現場に向かう。しかし、予知という物は超能力の中でも最も扱いの難しいものであるらしく、小さな事件、犠牲者が少ない事件や事故は見逃されてしまい、結果殺人事件が起こってから調査を始めるという事も少なくない。さらに言えば、今までB.A.B.E.Lは魔法少女の存在を感知することができず、何十何百という魔法少女の死も、魔女によって行方不明となった人々の死も予知することができなかった。今回の一連の事件も予知することができなかった。そのせいで、一体どれだけの人間が傷ついてしまったこだろうか。一体、どれだけの人の心を壊してしまっただろうか。いや、数えるのは止めておこう。何故なら、人の命は物ではないのだから。
「私はいつも思うわ。もしも助けられていれば、もしももっと早く現場にたどり着いておけばって。そのたびに、死んでしまった人たちの事を思って悲しくなる……でも、だからこそ助けられたときは嬉しいの。その人が、どんな人生を送るのか分からない。でも、それでも人一人の人生を、ううん……もしかしたらより大勢の人生を救えたかもしれないってそう思ったら、すごく嬉しいの……。あれは、私が小学生か中学生か……B.A.B.E.Lに入局したすぐ後の事だったわ。ある強盗事件に遭遇したの。親が外出していて、子供四人しかいなくて、一番上の女の子が高価な品物を家の中から探してこなかったら、下の子供達を殺していくって脅されて、必死になって家中を探し回っていた。予知課がその事件を予知してすぐ、私は、偶然その家のすぐ近くにいて……あのときは本当無我夢中だったな…‥その子たちを助けたいってそんな一心で、本部から出ていた待機命令を無視して飛び込んでいって、ちょっと無茶しちゃったけど、何とか四人とも助けられた。終った後は力が抜けたように座り込んじゃって、本部からの応援が来るまで放心状態だったわ。でもね、そんなときに、被害者の女の子に言われたの。『妹と、弟を助けてくれてありがとう』って。嬉しかった。怖かったけど、誰かの命を助けられて、本当によかったって、そう思った。その後、その子とは年齢が近いってことが分かって友達になった。弟さんや、妹さんも、元気に暮らしているわ。……それからたくさんの人たちの死を経験したけど、でも私が、初めて助けることのできたその子たちの笑顔は、忘れることはできない。私が助けられたその命があったから、辛い別れも乗り越えることができた……私は、そう考えているわ」
「……」
「貴方にとってのハッピーエンドは、皆の笑顔を守ることだったのかもしれない。そのためには、誰一人の犠牲も出したら行けなかったのかもしれない。でもね……この世界には完全無欠のハッピーエンドはないの。皆どこかで笑って、楽しんで、怒って、悲しんで、そしていつかは死んでいく……それが人間だから、人の人生は物語じゃない、だからハッピーエンドもバッドエンドも必ず決まった物じゃない。ハッピーエンドをむかえることも、バッドエンドを迎えることも、それは全部自分自身が決める事だから、わかるみゆきちゃん、貴方がここで立ち止まったら、貴方の中の物語……ううん、貴方だけじゃない、貴方が守ろうとした人たちのすべての物語がバッドエンドになってしまう、貴方はそれでいいの?」
「……」
言いわけがない。自分はおとぎ話のようなハッピーエンドを目指して、今まで戦ってきたのだ。結果的に、自分は二人の人間の命を守ることができなかった。一人は、奏ハルカ、もう一人はその前にソウルジェムを割ったことで殺した魔法少女の女の子。その子が元となった魔女は、絵本の中の登場人物を使役していたが、もしかするとその子も自分のようにおとぎ話が好きだったのかもしれない。もしも、プリキュアになっていなかったらあぁなっていたのは自分だったのか、もしくはその子と友達になれたのかもしれない。自分は、友達になりうる存在だった子供を殺してしまった。ハッピーエンドを二つも潰してしまった。そんな自分が……。
「でも、怖いんです……」
「……」
「私が何かすることで、誰かのハッピーエンドを潰しちゃうことが……誰かが笑顔になれないことが……私、嫌なんです」
「だからって、行動しなかったらハッピーエンドも何もないわよ」
「分かってます!……分かってるけど……」
怖い、もうこれ以上誰かが悲しむのが、誰かの命が目の前で消えてしまうのが怖い。自分の手の中で消えた命、目の前で消えた命、これ以上誰かが死ぬ姿を見るのが怖いのだ。自分が関わったせいで笑顔を無くすことが怖い。ちょっと前まで笑顔という物がとても気楽に思えていた。しかし、あの悲劇を目撃した後に、もう一度笑顔になろうとしても、顔の筋肉がひどく衰えてしまったかのように口角が上がって行かない。もう、自分自身が笑顔になることができないのだ。そんな人間が、笑顔を守ることなんてできやしない、みゆきは自分自身の価値を勝手に下げてしまっていた。その時だ。
「みゆき!」
「ッ!……ゆり、さん……」
少し前に病院に到着していた月影ゆりが、携帯電話を握りしめて到着した。その顔は起こっているようにも見えるし、憐れんでいるかのようにも見える。
「みゆき、あなたに言いたいことがある人が、この電話の向こうで待っているわ」
「え?電話……?」
みゆきは、恐る恐る電話を取ろうとする。しかし、もしも相手がハルカの親族とかだったりしたらどうしよう。場日雑言を並べられたらどうしよう。みゆきはそう考えるとその電話を持つことができなかった。しかし考えてみればわかることだが、ゆりが持ってきた電話であるのだから、あったこともないハルカの親戚や親の電話番号なんて彼女が知るわけがない。しかし、彼女の頭の中身は絶望という名の置石がなされているためにその事実に一切思い当たらなかった。
「ハァ、もうしょうがないわね」
その様子をみたゆりは、携帯電話を無理やりみゆきの耳に引っ付ける。みゆきは、その行動に驚いて身体が硬直する。相手が声をかけるまで、何十分も、何時間もたったかのような気がした。胸の鼓動が大きく高鳴り、早くなっていくのを体で感じる。聞きたくない、もうこれ以上悲しい言葉なんて聞きたくない。そう思っていた彼女の耳に飛び込んできた言葉、恐らくもうこの先の人生でも忘れることができない声。
≪みゆき≫
自分の知っている優しい声。暖かく、声だけで自分の背中をさすってくれているように柔らかな声。自分が、世界で一番好きな声だった。
「おばあちゃん……」
星空タエその人であった。
≪夏休み以来ね、元気していたかしら?≫
「え、う、うん……」
やっぱり不思議なものだ。祖母にそう言われていると、心臓の鼓動がどんどんゆっくりと、規則正しくなっていく。心を洗浄されているかのように感じる。洗い流されて、清らかとなっていくように感じてしまう。
≪そう、よかったわ……≫
「……」
嘘をついてしまうのは、かなり辛い。でも、おばあちゃんに心配なんてかけたくない。大好きなのだから、自分にとっておばあちゃんは憧れの存在であり、何よりも大切な宝物だから。嘘なんて、ついて……。
「あの、おばあちゃん!」
≪みゆき、辛かったわね≫
「え?」
≪薫子さんから聞いたわ。魔法少女に出会ったそうね≫
「つぼみちゃんの、おばあちゃんから……え?」
みゆきは危うく聞き逃しそうになった。魔法少女のことを聞いたではなく、魔法少女に出会ったと聞いた、つまりおばあちゃんは魔法少女のことを元々知っていたということになるのではないか。
「おばあちゃん、なんで魔法少女の事を……」
≪みゆき、あなた薫子さんから魔法少女に会ったときのことをきいたわね?≫
「うん、突然迷い混んだ魔女の結界で、魔法少女二人に助けられたって……」
その時、みゆきのなかに信じられない仮説が、信じたくない仮説が浮かんだ。いや、あり得ない。もしもそうだったとしても、今ごろは当時の魔法少女は魔女になっている可能性が高いから、いや可能性だ。それにそうだ。おばあちゃんは、バッドエンド王国に教われたとき、バッドエナジーを放出していなかったではないか。絶望のエネルギーを放出しないという奇跡を見せてくれたじゃないか。必然の絶望にも屈しないという心を見せてくれたではないか。もしも、もしも、もしもそうだったとしても……。
「おばあちゃんって……もしかして……」
手が震えている、声が震えている、その事実を口走ることを恐れている、喉の奥に大きな石が詰められているようなそんな感覚。その言葉を出そうとすると、胸の奥がマグマに焼かれているかのように熱く、荒縄で締め付けられているかのように苦しくなる。
できることならば違っていてもらいたい。なぜなら、本当にそうだったとしたら、おばあちゃんは自分よりももっと辛いことを経験してきたのかもしれないのだから。必ずしもそうとは限らないかもしれない。しかし、自分の何倍もの時間を生きてきたのだから、そう思ったとしても無理はなかった。怖い、怖いけど確かめなければならない。自分から聞かなければならない。聞かなければ何も始まらない。だから、彼女は聞いた。苦しい気持ちを押し殺してでも、聞いた。
「魔法少女、なの?」
≪えぇ、そうよ≫
「つぼみちゃんのおばあちゃんを助けたのって」
≪そう、私達≫
その時のおばあちゃんの声は、それがさも当たり前のように、そして何でもないように聞こえた。そこに、悲しみなどという感情は微塵も感じることはできなかった。
「でも、魔法少女は大人になれないって……」
≪誰もそんな事決めていないわ。確かに、たくさんの別れもあったわ、辛いことや悲しいこともあったわ。でもね、それは魔法少女じゃなくても訪れる物よ。でも、いつまでもくよくよしていないで前を見て、笑顔で一生懸命生きていればいつかは辛いことも忘れることができる物よ≫
「でも、でも、私はあの子の事を……私が助けられなかったあの子たちの事を、泣いている顔を忘れる事なんて……」
忘れることなどできない。目の前で泣いていたあの子を、笑顔にすることができなかったあの子を、傷ついたまま、どうして泣いていたのかも知らなかったあの子を助けられなかった。自分は、もしかしたら何か助けられる方法があったかもしれない魔法少女の子を、もうどうしようもなくなって殺してしまった。自分が犠牲になれば、助けられたというのに。自分に、勇気があれば助けられたのに。
≪なにも忘れなさいなんて、言ってないわ≫
「え?」
≪その子たちは、今も生き続けているわ。貴方の中で≫
「私の……中で……」
≪そう、あなたがその子の顔を覚えているのがその証拠だわ≫
「ッ……」
そうだ、自分は覚えている。涙で顔を濡らしたあの子の顔を、それに顔を見る事なく死んでしまったけど、あの寂しそうに見えた魔女の顔。偽物で、少ししか見えてなかったけど、でもあの寂しそうな顔はきっと本物だ。覚えている。覚えているからこそ、自分がこんなに苦しんでいるのだ。
≪死んでしまった人を笑顔にすることはできない。でも、貴方の中にいるその子たちを笑顔にすることができるわ≫
「そんな、そんな事、どうやって……」
≪みゆき、あなたはもう持っているわ。その子たちを笑顔にするために必要な物を≫
「私が持っている……」
自分が何を持っているというのだろうか。プリキュアになるためのスマイルパクト以外に何も持っていない自分が。
いや、違う。自分は確かに持っている。でも、それが何なのか忘れていただけだ。うっすらとではある物の、しかし何となく思い出してきた。自分にとって大切な物、自分にとって生きがいであった物、大切で、だからこそそのために戦ってきた理由。辛くても、苦しくても、泣いても、怒っていても、そうするだけで自分は、星空みゆきは元気になることができた。自分という人間を思い出すことができた。自分は前を向いて歩くことができた。忘れていたわけじゃない、捨てたわけじゃない、ただ怖かった。自分が、自分の中にいるその子たちに怒られるかもしれない自分が、ただ怖かった。けどそれは自分勝手な考え、自分勝手な自己中な考え、自己中で身勝手な妄想。捨てる事なんてできないのに、必死になって捨てようとして、でもそれが無駄なのだという事を知らないで、ただただあがき続けて、自分は自分を見失った。でも、本当は今この時こそ使うべき魔法だったのだ。誰もが持っている魔法。生まれた時から死んでいくまでの長い間使い続けることのできる最強の魔法。言葉を発しなくても、意識しなくても、いつの間にか出ているはずの最高の魔法。それは……。
「笑顔」
≪そう、みゆきの笑顔は皆を笑顔にするわ。あなたの中にいるその子たちもね≫
自分の笑顔は皆を笑顔にする。不思議だ、その言葉はキャンディにも言われたはずの言葉なのに、心が落ち着いた今聞くと、こんなにも強い言葉に聞こえる。こんなにも、たくましく聞こえる。人間とは、つくづく不思議で、自分勝手で、そして愚かな生き物だ。同じ言葉であるはずなのに、自分自身の心境の違いでこれほどまでに違った言葉に聞こえてしまうなんて、気まぐれな人間の心という物に、自分は振り回されてばかりで愚かしい。
「うん、そうだね。きっと……」
『本当に、それでいいと思っているの?』
「え……?」
みゆきは、そんな内なる声を聞いた瞬間、深い闇の底に落ちて行ったような感覚に襲われた。
『あなたは、本当にそれだけで私たちが救われると、本当にそう思ってるの?』
「もちろん、思ってるよ」
みゆきは、そう答えた。それは、祖母から電話を貰う前と違う、弱々しくなく、はっきりとした声色だった。
『なら、笑って見せてよ』
「うん……。あれ?」
みゆきは、笑おうとした。しかし、できない。いつものように、笑おうとした。しかし、できない。笑っている自分を思い出す。しかし、思い出せない。どうして、何故、どうやって。祖母から勇気づけられたというのに、みゆきはまだ笑顔になれない。
『どうしたの?笑えるんでしょ?』
「ちょっと待って、今笑うから……笑う、から……」
おかしい、笑顔になるのにこんなに苦労するものだったか、こんなに心が痛むものだったか、こんなに悲しい物だったか。いや、違う。笑顔はもっと自然に出る物だったはずだ。いつも、無意識のうちに出ていたはずのそれが、少しも表情に現れない。自分の持っている最高の武器であったソレが、出てくるのを拒み続けている。
『ほら見なさい。所詮あなたはその程度なのよ』
「違う、違う!私は、笑える!」
『勇気づけられた?元気になった?そんなの嘘。本当は心の中で思ってるでしょ?そんなのただの言葉だって、そんなのただの綺麗事なんだって』
「違う!おばあちゃんの言葉を悪く言わないで!私は……」
『だったら笑いなさいよ!笑って、何か言いなさいよ!』
「私だって笑いたい!でも、笑えない……。笑顔になれない……」
『笑いなさい。笑いなさい。笑いさない。笑いなさい。笑いなさい。笑いさない。笑いなさい。笑いなさい。笑いなさい。笑いなさい。笑いなさい。笑いなさい。笑いなさい。笑いなさい。笑いなさい。笑いなさい。笑いなさい。笑いなさい。笑いなさい。笑いなさい。笑いなさい。笑いなさい』
「やめて、やめてよ。私だって……私だって……」
笑顔になりたい。本当は、笑顔になっていたい。笑顔になって、彼女の顔を笑顔に仕掛ければなりたいのに。
「なんで?あなたの顔、見えない……」
『笑いなさい。笑いなさい。笑いさない。笑いなさい。笑いなさい。笑いさない。笑いなさい。笑いなさい。笑いなさい。笑いなさい。笑いなさい。笑いなさい。笑いなさい。笑いなさい。笑いなさい。笑いなさい。笑いなさい。笑いなさい。笑いなさい。笑いなさい。笑いなさい。笑いなさい』
「確かにあなたの顔を見たはずなのに、どうして……」
『笑いなさい。笑いなさい。笑いさない。笑いなさい。笑いなさい。笑いさない。笑いなさい。笑いなさい。笑いなさい。笑いなさい。笑いなさい。笑いなさい。笑いなさい。笑いなさい。笑いなさい。笑いなさい。笑いなさい。笑いなさい。笑いなさい。笑いなさい。笑いなさい。笑いなさい』
「もしかして、私は逃げてるの?逃げてるから、貴方の顔が浮かばないの?怖い、怖いよ……あなたの、顔を見るのが怖いよ……」
怖い、みゆきはそこにいる少女の顔を見るのが怖かった。自分に向けて怒りを向けているであろうその少女の顔を見るのが怖かった。自分の笑顔がその子を笑顔にするとは限らない。自分の行動が、他人を変えるとは限らない。みゆきは、笑顔になるのが怖かった。
飛ぶことに恐れを抱いた鳥は、二度と大空を羽ばたくことができない。それと同じだ。一度笑顔になることに恐怖を抱いた少女は、また笑顔になることはできないのだ。
否、断じて否だ。
飛ぶことが怖い?だったら鳥はどうやって生きていく。地を這いずり回りながら生きるのか。水の上を浮かんで生きるのか。鳥は知っている。大空を羽ばたくことのすばらしさを。大空に映る雲と太陽が作るコントラストを。大空からみる地上の鮮やかさを。仲間たちと共に空を飛ぶ、その暖かさを。
「みゆき!」
「みゆきちゃん!」
「みゆき!」
「みゆきさん!」
「みゆき!」
笑顔も同じだ。彼女は知っている。笑顔が作った仲間達を、笑顔が切り開いてきた未来を、そして笑顔が創造した笑顔を。
「あかねちゃん……やよいちゃん……なおちゃん……れいかちゃん……ゆりさんも……」
彼女が振り向いた先にいたのはスマイルプリキュアの仲間達、そして月影ゆりであった。五人は、それぞれみゆきに近づく言った。
「なにしょぼくれた顔しとんねんみゆき。そんなん、いつものみゆきと違うで」
「みゆきちゃんの笑顔は、いつも私達を助けてくれた。みゆきちゃんが笑顔でいるから、皆も笑顔になることができるんだよ」
「でも、私は……」
「大丈夫、怖がることなんてない。私達も一緒にいるじゃないか。だから、みゆきのおばあちゃんの言葉を信じて、直球勝負!」
「誰かと笑顔を分かち合うことで、その何倍もハッピーになることができる……私達も、みゆきさんを笑顔にするのを手伝います」
「みんな……」
「みゆき、貴方にはこんなに頼もしい仲間たちがいるじゃない。何を恐れることがあるの?」
笑顔は、世界最強の武器であり、防具だ。最強の矛でありならなも最強の盾である。そこに、矛盾なんて物は存在しない。あるのは、正しき笑顔だけだ。笑顔は風邪のようだ。素晴らしいからこそ、人は誰かの笑顔を見ると自分もまた笑顔になりたくなる。誰かが笑うと、自分もまた笑いたくなる。やがて笑顔は伝染病のように世界中に広まり、また最初に笑顔になった人の下に戻ってくる。渡り鳥のようだとも言おうか。笑顔がどれだけ素晴らしいものであるのかを現した四字熟語がある。それが、喜怒哀楽だ。喜び、怒り、悲しみ、楽しみ、その人の基本的な四つの感情を表した喜怒哀楽。その中でも喜びと楽しみ、この二つに共通するものがある。それが笑顔。人は、喜ぶと笑顔になる。人は楽しむと笑顔になる。どちらも笑顔とは切っても切り離せない感情なのだ。やがて、二つの笑顔は重なり合い、怒りや悲しみをも笑顔へと変えてしまう。それが、笑顔の持つ力なのだ。笑顔が、世界で最も素晴らしいものであるという所以は、笑顔の持つ力を、笑顔の意味を知っている物でしか分からない物なのだ。だから……。
「……うん、そうだった……」
彼女は取り戻すことができた。
「ありがとう、皆!」
とびっきりの笑顔を。皆と紡いだ、笑顔という名前の最強の矛盾を。
「貴方もありがとう!」
みゆきは、後ろを振り向くとそこにある顔に向かってそう言った。先ほどまでははっきりと見えていなかったがしかし、今見ると顔の隅々までもよくわかる。
『どうして、私にも?』
「だって、私に笑顔になることを思い出させてくれたから……大切な、私たちの宝物を取り戻させてくれたから」
『そう……よかったわね』
「うん、だからあなたも笑顔になってよ……魔女さん」
『え?』
その声に、その場にある顔は、不思議な顔を浮かべた。てっきり、奏ハルカの名前を出すと思っていた。しかし、みゆきはさらに続ける。
「今ならハッキリわかる。貴方は、マツリちゃんの友達のハルカちゃんじゃない……あなたは、私たちが壊したソウルジェムの持ち主の魔法少女さんなんでしょ?」
『……』
みゆきがそう思ったのは、言ってみればただの勘である。しかし、何故だかそう言う確信を持つことができた。
「私ね、貴方が怒っているんじゃないかって思って、怖いんだと思っていた。私が何かすることで、誰かのハッピーエンドを台無しにしちゃうんじゃないかって思ってた。でも、違う。私が本当に怖かったのは、貴方の悲しんでいる顔だった……」
『……』
「貴方が泣いていたらどうしようって、それが怖かったんだと思う。でもね、私は忘れてた。そんな子たちを笑顔にするのが、私のするべきことなんだって。……本当のあなたを笑顔にすることはもうできない。でも……心の中のあなたを笑顔にすることはできるから」
『……』
「だからありがとう!魔女さん!」
『……その言葉、忘れないでおきなさい』
「うん!」
『ほら、行きなさい。貴方にはまだ、やるべきことがあるんでしょ?』
「うん……ねぇ、最後にあなたの名前を教えてくれるかな?」
『私?……ハァ、そうね、私の名前は……』
その言葉が聞こえる瞬間、あたりを真っ白な光が覆った。その瞬間、みゆきは確かに見た。
彼女の、清々しいほどの笑顔を。
時間がないので誤字脱字のチェックができていないため、なにかここが変だという場所があったら教えてください。