映画 プリキュアオールスターズVS魔法少女まどか☆マギカ 悠久の絶望は永久の希望に 作:牢吏川波実
その日、その町は異様な空気に包まれていた。連日の中学生連続惨殺事件、並びに近くの中学校の生徒会長の失踪、そして数多く警察並びに特務エスパーが途絶えることなく町中を捜索している。今までも警察官が何人も見回りに来ていたことは多々あった物の、それと比べても大規模となっている。聞き込みを続けている警察官によると、どうやらお守りを髪留めにしている女の子を探しているようだ。当然ながら住民は十中八九その女の子が犯人なのだろうと思った。そして、思った直後にまさかと考えを改める。狙われたのは確かに中学生の女の子ばかりだ。だが、だからと言って警察が探している女の子が犯人であるとは限らない。第一、年端も行かない若い女の子が、惨殺事件などという猟奇的な物を起こすわけがない、きっと行方不明となった生徒会長がその子なのだろう、そんな考えが住民に広まっていった。しかし、彼彼女たちはまだ知らない。行方不明の女の子はすでにこの世にはいないという事を。人々は知らない。その少女が魔法少女であるという事を。すべての人間たちは知らない。この先、この街に留まらない大きな事件がホオズキの隣町を中心として巻き起こるなどという事実を、まだ知らなかったのだ。そして、当の本人でさえも、大きな事件の予兆など知る由もなく、一人路地裏を歩いていた。
「……」
魔法少女の姿となった鈴音は、誰にも見られずに街の外に出ることのできるルートを知っていた。魔法少女の職業柄、そのような細かな道も知っていなければ仕事にならないからだ。まだ真昼間であるというのに幸いにも人通りは全くなく、警察の姿も特務エスパーの姿もない。ここは裏道の中でも裏道で、大通りからかなり離れた場所。さらに、このような道を使用してでも行きたいと思うような場所もない為、姿を隠すには持ってこいの場所だった。事実、先ほどから耳にするのは自分の足音のみで、それが壁に反響して心地の良い音となって自分に帰ってきている。
それにしても暗い。まだ日は上にあるというのに、建物の影に隠れてしまってあまり暖かい日がこの裏路地には入ってきていない。そのため、少しだけひんやりとして、涼しいを通り越して寒い。そしてなぜであろうか、少しだけ怖い。こんな気持ちになるのは初めてではないというのに。あの日、両親が死に、孤独にさいなまれた時もこんな風だった。それを救ってくれた椿の温かみを感じて、そして死んで、また孤独の中に落ちた時もこんな感じだった。いや、違う。自分は椿が死んですぐに魔法少女を狩る決心をした。孤独を感じる時間などなかったはずだ。どうしてそのようなことを思ってしまったのだろうか。それに何故だろうか。その時の事を思い出そうとすると、まるで頭に針が刺さっているかのような痛みを感じる。そんなこと、思い出さなくてもいいと言っているかのように、痛みは自分自身を抑え込んでしまっている。それに何故だ、どうしてその時の事を思い出そうとすると女の子の姿が浮かぶのだろうか。シルエットとなって、輪郭しか分からない少女。だが、それは自分に不思議と安らぎと懐かしい気持ちを与えてくれた。それだけで、彼女は救われたような気がした。一体彼女は……。
「……」
その時、鈴音は見た。自分の進む道を遮る人間。確か、昨夜も自分の前に立った人間だ。名前はなんといったか、そう確か……。
「待ってたよ、スズネちゃん」
「昴……かずみ」
自分と同じ、魔法少女の秘密を知っていた魔法少女だ。
「やっぱりこの道を使うんだ……海香やカオルの言ってた通りだった……」
かずみは、以前鈴音のように魔法少女狩りをしていた海香やカオルから、自分たちの経験から鈴音が使うであろう道を予測してもらい、三人で別々の場所を張り込んでいた。結果、彼女はやはりこの道を通った。
「この道は、あまり人通りがなさそうだから……きっとこの道を使うだろうって……」
「……」
「スズネちゃん、もうこんな事やめて……こんな事しても、椿さんは喜ばないよ……」
「……だとしても、私は……」
「だぁっ!」
「!」
「……」
その時、建物の屋根の上から一人の少女が鎌を振り下ろして鈴音を襲った。だが、鈴音はそれに対して微動だにせずに剣で防ぐ。少女、成見アリサはそれを見るとかずみの逆方向へと飛び退いた。
「成見……アリサ……」
「どうせ獲物でも探していたんでしょ?来てやったわよ」
「……魔法少女の真実を知ってしまった異常、今すぐ貴方を殺さなければならない理由は無くなった。今は、貴方に用はない」
「アンタはなくとも、アタシはあんのよ……アンタに昔何があって、そこにどんな理由があったとしても……」
たとえ、それが身勝手な正義であったとしても、いづれは死んでしまう同じ穴の狢であったとしても、それでも今のアリサは、彼女を殺さなければならなかった。
「アタシの大事な人達を殺したことに変わりはない……今のアタシにはそれだけで……」
「だめっ!」
かつて自分を救ってくれ、そして今の自分を救ってくれたであろう人間を殺した鈴音の事を……。
「十分よッ!!」
彼女は許したくなかった。
「そんなのだめ、このままじゃまた……」
かずみは感じた。あの時と同じだと。一人の人間が、一人の人間に恨みを抱き、一人の化け物にシンパシーを感じ、多くの人間が一人の人間を愛したが故に、数多くの命が失われたあの時、それと同じだと感じた。また、あの時と同じ悲しみが起こるのか、また、誰かが誰かを失う悲しみが再演されてしまうのか。
「クッ!」
そんなこと、自分は、ミチルは絶対に許さない。だから、彼女もまたその戦いに介入した。正義感でも、義務でも、魔法少女としての使命でもなんでもない。ただ単に、自分が昴かずみだからこそ嫌だったのだ。
こうして、名もなき路地裏でこの一連の事件最後の時が訪れようとしていた。
それと同時期、病院内のいるみゆきは、電話を切ると言う。
「ありがとう皆。私、もう迷わない……私が笑顔でいられるのは、皆がいてくれるからなんだって分かった。笑顔がどれだけ、人を勇気づけられるものなのか……それを伝えていくのが私の役目なんだって……だったら、私は戦えるから」
「みゆき……」
綺麗事でもなんでも、みゆきは笑顔の持つすばらしさを再認識した。そして、自分一人が笑顔になっても、みんなが笑顔にならなければ、その意味は無くなってしまう。その事に気がついた。だからみゆきは立ち上がる。皆と共に、自分自身が笑顔になって欲しい人たちと共に、先ほどまでの自分と同じように笑顔になることを忘れてしまった人たちのために。彼女は笑顔になることを決めた。そう、先ほど起き上がってきたあかね達四人に言い、ソウルジェムの欠片を取り出してつぶやいた。それは、自分が一番最初に助け、そして自分の手で殺した魔法少女の魂。これはれいかの仮説だが、そのソウルジェムに残っていた魔法少女の残留思念が、みゆきに語り掛けていたのではないか、そしてそのソウルジェムの欠片を持っていたゆりも含めた自分達6人の心を、欠片を通じてあの空間に招き入れていたのではないか。証拠も何もない荒唐無稽な話。しかし、何故だかそのれいかの言葉を否定する気にはならなかった。いや、きっとそうなのだと信じたかったのだ。例え夢物語のような話であったとしても、あの自分たちが経験した出来事が、単なる妄想であるとは思いたくなかったから。
「それじゃ、これからやることは決まりだね」
「はい、今度こそ鈴音さん達を救いましょう」
「けど、その前に一つ気になることがあるわ……」
「気になること、ですか?」
そう、ゆりが一番気になっていること。それは……。
「何故、一度は魔女をソウルジェムに戻すことに成功したのに、今回は失敗したのか……」
「確かに……」
いや、一度だけではない。先日、かずみたちとホオズキを訪れた際にも、一体の魔女をソウルジェムに戻すことに成功していた。現在そのソウルジェムはB.A.B.E.L.で調査が行われている最中である。一応、それは魂の入れ物であることは分かっているから、乱暴な検査ではなくエスパーによって調査をしているのだが、現在進行形で何もわかっていない状況だ。
「違うところと言ったら、ハルカさんは魔女になったばかり……他のお二方は分かりませんけれど、確実なのはそれだけでしょうか……」
「それ以外は……私が焦っていたってことかな……」
あの時、みゆきは精神的に疲れていた。自分が選んだこととはいえ、人一人の命を奪った翌日、その日の前の晩は熟睡することなどできなかった。それに加えて目の前で魔法少女が魔女になった光景を見て、かなり動揺していた。必殺技に精神的なものが左右するという事は、みゆきが気合を入れなければ必殺技を撃てないというところから判明している。それが結果として、一人の少女を救えなかったという悪夢につながったのではないか。だがこれもまた仮説、それにあの時は後から他の四人も同じように浄化技を使用していた。実は、他の四人もまたみゆきと同じように昨晩眠れず、目の前で魔法少女が魔女になったことに対して少なからず動揺していた。だが、一人一人がそのような状態であったとしても、極論すれば一人一人の力が五分の一以下になっていなければ大丈夫なはずなのだ。
「皆、考えるのは後にしましょう」
「ナオミさん……」
その時である。電話がかかってきたために席を外していたナオミが戻ってきた。
「ついさっき、ホオズキにいる海香さんから連絡があったの。鈴音ちゃんが見つかったって」
「え?」
海香曰く、自分たちは三人でそれぞれ鈴音が通るであろう裏路地で、十分毎に定時連絡を取りながら鈴音が通るのを待っていたそうだ。定時連絡を取っていたのは、もしも鈴音が現れて即座に戦闘になった際、他の二人に連絡する余裕がないという事を考慮したためだ。案の定、定時連絡にかずみは反応しなかった。そのため、すぐ近くにいたカオルが確認しに行くと、やはりそこには鈴音、そして鈴音と交戦中のアリサの姿があったという事だ。
ナオミは、そのことを海香から聞いた直後、B.A.B.E.L.の局長に連絡を入れ、現場周辺を即座に封鎖した。魔法少女の戦闘の目撃者を減らすため、そして戦闘の余波で被害が出るのを防止するためだ。
「私はこれから現場に向かうからあなたたちは……」
「私達も行きます」
「クル……」
「……」
「行ってもなんの役にも立たないのかもしれない。でも……ここでじっとなんてしていられないから……」
「そう言うだろうと思ったわ……」
そもそもこの事件の当事者である彼女達が、待っていてと言われて待つような人間であるとは到底思えなかった。まだ魔女が魔法少女に戻るメカニズムは判明していない物の、彼女たちの力は確かに戦力となる。子供だから危険な場所に連れていくことはできないという言い訳も、そもそも自分も小学生の時から危険な現場に赴いているから使うことができない。故に、彼女たちを連れていくしかしょうがないというのは、極々当たり前の事だった。
「いいわ、その代わりくれぐれも無茶はしないで。現場に行ったら私たちの指示に従って行動してね、それが条件」
「分かりました」
「あの……」
その時である。展望スペースに日向マツリが姿を現した。マツリは、ナオミに近づくという。
「マツリも行かせてください」
「マツリちゃん……」
「……」
マツリは、真剣な目付きでナオミの目を見ていた。マツリはもうこれ以上友達が死ぬのは嫌だったのだ。共に戦ってきた千里が死に、遥香が死に、記憶がないが一緒に暮らしていたであろう椿が死に、そして自分の双子の姉の記憶も無くし、これ以上何かを失うのは嫌だった。だから、彼女は自分ができる事があるのならば、それがどんなことでも成し遂げたい。そう考えた。ナオミはそのマツリの熱意を、そして友達を助けたいという思いを鑑みて、マツリの同行を許可した。
「現場はこの病院から歩いて行ける場所にある。急げばまだ間に合う距離だわ」
「では、すぐに」
「えぇ」
そして、彼女たちは病院の入口へと向かった。ふと、途中でマツリがみゆきに言う。
「ありがとう」
「え?」
「ハルカを助けようとしてくれて……」
「……」
確かにハルカを助けられなかったのは事実ではあるが、助けようとしてくれたのも事実だった。それは、何もしないのが悪であるというのなら、何かするという行いが善である。何もしない善よりも何かする偽善とほぼ同様の意味合いなのかもしれない。結果が供わなくても、またどんな結末になろうとも、人はその途中のプロセスの行いによって考えをプラスにもマイナスにも帰ることのできる生き物だ。世間一般的に見ても、一番最良の一手は必至に頑張って、助けることができたという物であろう。しかし、必死に頑張って、結局助けられなかったという事実など、世界にはいくらでも事例がある。命を懸けて人を助け、また命を失って人を助け、でも結局助けようとした人間は死んでしまう、そんな事実いくらでも存在する。だが、忘れてはならない。必死で頑張ったという事実があったという事を。忘れてはならない。必死で頑張った、でもダメだったという言葉と、そこそこ頑張った、でも結局頑張ったという二つの似て非なる言葉を。そこそこ頑張って結果が伴わないよりも、必死で頑張った結果結果が供わなかったというときの後味の悪さを比較しなければならない。どちらかと言えば、後者の方がより精神的なダメージは大きいであろう。しかし、それは大きな努力をしたからだ。たくさんの犠牲を払って、何かを成そうとした結果だからだ。最初は、あまりの辛さに、悲しみに、心が押しつぶされるかもしれない。しかし、それから立ち直れるのが人間なのだ。真に心の優しき英雄なのだ。今回助けることができなかった。必死で頑張った、でもできなかった。それが人間の限界だったからだ。手術でも、用いる限りのすべての事を成しても助けられなかった人間というのはざらにいる。今使えるすべての薬を使っても治せない病気がある。その時、人間は自分の無力を悔しがる。だが、無力だからこそ、人はそこから努力を重ねることができる。やがて、その努力は人から人に伝染し、また大きな信念へと生まれ変わる。自分一人では助けられなかった、今助けることのできなかった。しかし、いつかの遠い未来その悔しさを、信念を引き継いだ誰かがきっと同じ状況になった人を助けられるようになる。悔しさは人を成長させるためのバネなのではない。人類を進化させる神秘の力なのだ。そして、いつか人間は人間を超える。地球という大きな星が小さくなるほどの事を成し遂げる。その夢を信じて、人は今までも、これからも、そして今も努力しているのだ。努力して生きているのだ。
みゆきは、マツリの言葉を聞き、少しだけ微笑んで言う。
「助けよう……アリサちゃんを……鈴音ちゃんを……」
「……うん」
そして……。