その後、一誠は非常に不機嫌な雰囲気を醸し出しながら会場を出ていった。それを後ろで眷属たちは気まずそうに見ていた。彼女たちもあの光景は見ていて腹がたったのは事実だ。他人の夢を嗤う姿を見て喜ぶ奴の方がどうかしているのだ。しかもそれが知り合いの物だとするならば尚更だろう。それでも、一誠の怒りようは常軌を逸している。だが自分たちでは一誠を止められない。
『相棒、少し落ち着け。悪魔は元々利己的な者だ。こういうこともあり得ると分かっていたことだろう?』
故に、こういう場合に対処できるのは半身とも呼べる存在ーーーードライグだけなのだ。実際、話しかけられると一誠は足を止めて自分の左手を見下ろした。その瞳はまるで無を称えているかのようだった、と後ほどドライグは語ったという。同時にあの瞳は幼い頃のーーーー両親を失い、旅をしていた頃の瞳だったとも。
「分かっていても、許せないことぐらいある。他人の夢を侮辱し嘲る。自分たちから聞いてきておいてなんだそれは。彼女たちの夢は嗤われるために掲げたわけじゃない。侮辱されるために掲げたわけじゃない。叶えるために掲げたんだ。それを侮辱するのなら、俺はその存在を許さない」
『相棒、お前の言わんとしていることは分かる。相棒の言っていることが当たり前なのだということも分かる。だがあれでは子供が癇癪を起こしたのと同じだ。お前は本当にそれで良いのか?』
「……やけに饒舌じゃないか、ドライグ。良いのか悪いのか、と聞かれればーーーー良くはないんだろうな。でも、俺は自分の心を信念を曲げるくらいならそれで良いと思っているよ。自分に嘘をついてまで我慢する必要はない。だからこそ、ソーナさんの
自分の芯を失わないこと。それは一誠がこの世界を生きていく上で最低限守り抜いてきたものだ。自分に嘘をついてまで手に入れた結果など、決して碌な物にはならないのだから。だからこそ、力を求めたのだ。決して誰にも屈することがないように、自分の芯を曲げねばならないような事態に陥らないようにするために。
押し通せない我など負け犬の遠吠えと同じだ。抑え込まれてしまうような力では駄目だ。信念を嗤われてしまうようなままでは駄目なのだ。弱ければ上から抑えられてしまう。ならば誰も届かない高みへ行こう。誰も手が届かないような場所へ駆け上がろう。弱いなら強くなれ。己をもっともっともっと上位に、はるか天上の彼方へと進ませよう。
まだまだ自分は上に上がれる。未だ誰も到達した事のない地平へ駆け上がれるように。それこそが一誠が世界最強に至るまで持ち続けていた渇望なのだ。なまじ赤龍帝であったためにその渇望はなったのだ。そうでなければ、今頃一誠はこのような場所にはいないだろう。倍加という特性と求道の渇望が見事に合致し、そしてグレートレッドを倒さんがためにそれは覇道へと変化し流出した。
世界を塗りかえる流出でも夢幻を司るグレートレッドには届かないような高みにいた。当たり前である。次元世界という物が存在する以上、その全ての世界の生物の幻想によって構成されたグレートレッドを高々一つの世界しか塗りつぶせない流出で勝てるわけがないのだ。だが、そのような事は知らぬし認めぬ。自分が欲しいのは勝利という2文字だけであるが故、そのような負け犬の言は要らぬのだ。たとえ身体が崩壊しようとも知ったことではない。
事ここに至ってグレートレッドは理解したのだ。この者は自分をこの世界から排除しようと思って来たわけではないのだと。身体が崩壊させるほどの段階にまで至る頃には、一誠の力は世界を丸ごと二つ三つは破壊できるほどの段階にまで至った。人間故の限界。何にも興味を示さぬグレートレッドがこの時この瞬間、一誠に興味を示したのだ。一体何がこの者をここまで突き動かすのか、これほどまで強大にして膨大な渇望を抱くのか?一誠の先を見たくなった。故に一誠を助けた。そして新生された肉体で再び戦いに興じた。
限界がはるか彼方にある以上は簡単には決着がつかない。そこからどうなったのかは2人、いや1人と一匹しか知らない。一誠はあくまでグレートレッドと戦い、生き残ったからこそ最強と呼ばれているのだ。……まあ、元々削りきれないと分かっている以上殺せるはずがないのだが。それでも双方の実力は五分五分、いや若干一誠の方が上と言ったところだろう。
身体が新生された事で人間の肉体で放たれていた流出は止まり、彼は自分のありようを見極めるために旅を続けた。そして今、彼はここにいる。他人の語る夢という存在を好み、それを侮辱する者は許せないと思うほどには彼は他人を思えるようになった。
「正しいとか間違っているとかそういう事じゃなくて、ただ俺が見たいんだよ。その夢の叶う様を。だからこそ、許せないんだよ。夢を見るぐらい、自由じゃないか。そのために努力するぐらい、自由じゃないか。それなのにそれを嘲笑うなんていう行為を俺は認めたくない」
『……分かった。俺はもう何も言うまい。だが後ろの眷属たちには言っておけよ。相棒はごく稀にこういう事が起こるから大変だよ』
「迷惑をかけるな」
『構わんよ。それじゃあ、俺は引っ込んでいるとしよう』
ドライグが奥に引っ込んだのを確認しつつ、俺が後ろを振り返ると不安げな表情の眷属たちがいた。内心で苦笑しつつ、笑いながら話しかけた。
「迷惑かけたな。もう大丈夫だから、安心してくれ」
「まあ、師匠が納得したなら良いけどさ。でもあんまりああいった事はしてほしくないよ。なんというか……心臓に悪い」
「初めて心底一誠くんが怖いと思っちゃったよ。あんなに怒ってる一誠くんは初めて見た。それにしても……あの上役さんたち、ちょっと許せないよね!」
「ああ。やはり悪魔だな、と思えたよ。リアス部長のような悪魔もいれば、あんな下衆のような悪魔もいるんだな」
「まあ、人間だってそんな物ですしね。私としてはどっちでも良いですよ。敵対しないならなんだって、ね」
「あ、あはははは……まあ、もう済んだ事ですし良いじゃないですか。あんまり気に食わない事ばかり考えていても仕方ありませんよ、ね?」
「そうですね。グレモリー邸に戻りましょう。これ以上ここに留まっていても仕方ありませんし、良いでしょう?マスターもお疲れのようですし……」
「ありがとう。それじゃあ、戻るとしよう。これ以上ここに残っていても意味ないしな。……そうだな。気にする必要はないか。勝利とは何か、聞くまでもなく彼女たちは分かっているだろう。俺がこれ以上怒るのは筋違いってもんか」
「……?どうかしましたか?」
「いや。何でもないよ。それじゃあ一足早く戻るとしよう」
そうだ。彼女には彼女なりの戦い方があるのだ。俺がそれにとやかく口を挟むべきじゃないな。俺がやっていたのはただのお節介だ。これ以上は彼女が自分で世界に挑むべきなんだ。俺が何かをするのは余計な事なんだ。それなら、見守っていよう。それが先を行く者の務めなのだから。