閑話 アイリスと……
英雄派の陥落、旧魔王派のテロも落ち着き復興作業に冥界で行われていた時、俺は喫茶店にいた。と言っても自分の、ではないのだが。ここ最近あまりにも忙しすぎたので、今は働きたくないのだ。ギリシャ神話の神格どもがすごくウザい。ハーデスをぶん殴った件をやたらと言ってくる。
あまりにもウザいので、『これ以上何か言うようなら、お前らもハーデスと同じ目にあわせるぞ?』と言ったら途端に黙りやがった。まったく面倒な奴らだ。神格ってのはぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあ喧しい割に自分に危害が及びそうになると途端に黙りやがる、そんな奴が多すぎる。
「ああ……コーヒーが美味い」
ここはこの街では隠れた名店だ。俺も休みになるとごく稀にだが通っている。いや、マジで翠屋のマスターのコーヒーに並ぶぐらいに美味い。店長も気の良い人だし、なにより隠れた名店だけあって静かな雰囲気で落ち着く。ちなみにこの場所は誰にも教えていない。騒がしくするのは嫌だし、のんびりしていたいからだ。
「こんなところにいたんですか」
「ん〜?……ああ、アイリスか。どうしたんだ?俺はここでのんびりしていたいから何か仕事をする気はないぞ」
「私だってここまで来てそんな事したくありませんよ。あ、とりあえずコーヒー。……私は割とここに通っている方ですよ?常連さんです」
「ヘェ〜、それは知らんかった。まあ、どっちでも良いんだが。やっと面倒な奴らから解放されたんだからまったりとしたいんだよ、俺は」
「ああ……ギリシャの(神格の)方々ですか?ストレスゲージは確かに上がってましたね。あれ、どうなったんですか?」
「ちょっと脅したらすぐに引き下がったさ。その程度で下がるならぐちぐち言うなっての。……まあそういう輩が多いのは今に始まった事じゃないけどな」
「まあ、偉い人たちはそんなものでしょう。……スゥ。ああ、相変わらず美味しい。これだけで此処に来た甲斐があります」
「俺あんまり此処に来ないからコーヒー以外は何が美味いのか分からないんだが、何が美味いんだ?」
「え?うーんと……デザートの類も美味しいですし、サンドイッチとかも美味しいですよ。まあ、私も大概決まった物しか頼まないからそこまで詳しくないんですけどね」
苦笑しつつ、そう言うアイリスにヘェ〜と言いながら俺はメニューを見ていた。時刻的にはもうすぐ昼時だ。少し小腹を埋めていくのはありなのかもしれない。四人組は学校に行ってるし、俺がいない時は大体好き勝手に作って食べているので帰って作るのも億劫なのだ。それならここで食べてしまった方が早い。
「あ、すいません。このナポリタンのセットお願いします」
「じゃあ私はサンドイッチのセットで。あと食後にこのアイスお願いします」
「お前な……まあ、いいや。この後どうするんだ?」
「えーっと、まだ決めてないですけど……そうですね。買い物にでも行こうかと思ってます。
「行っても俺がする事なんて荷物持ちくらいだろうが。なんで偶然遭遇しただけなのに荷物持ちなんてしなきゃならん」
「別に良いじゃないですか〜。一誠だって久しく服なんて買ってないじゃないですか。いい機会だから買いに行きましょうよ、ね?」
「……お前、そう言って俺が一緒に買いに行った時その買い物にどれぐらいかかったか。まさか忘れたわけじゃないだろうな?」
「え?……あははははっ。あれは特殊な例ですよ。普通はあんなにかかりませんよ」
「信じられるか!なんだ、
「え〜……少しはオシャレに気を使いましょうよ。あなたもそう思いませんか?マスター」
少々熱くなっていたようで、皿を持って現れたマスターに一切気がつかなかった。改めて椅子に座り直し、コーヒーを口にした。うん、やっぱり美味い。
「こちらの方は彼氏か何かですかな?まあ、いても不思議ではないと思っていましたが」
「え?うーんと……まあ、そんなところですね。それでマスター、オシャレする事も大事だとは思いませんか?」
「大事だとは思いますが……話を聞いた限りでは彼に同情しますよ?私も妻に買い物に付き合わされた事はありますが、服を買うのに8時間もかけた事はありませんよ」
「ほれみろ、マスターもこう言ってるじゃないか。俺は何も買い物に付き合うのが嫌だと言ってるわけじゃない。だけど、8時間も付き合うのは勘弁してくれ。いや、ほんとマジで」
「む〜……分かりました!その代わり、買い物には付き合ってくださいね?」
「分かった分かった、分かりました。それぐらいなら付き合うさ。ほれ、さっさと食って行くぞ。長いなら速く行った方が良いからな」
それからアイリスの買い物に付き合う事になった。服を見たり、色んな小物屋を覗いたり。……まあ流石に下着関連はパスさせてもらったけど。日も暮れてきたことだし、帰るかという流れになった。結局買ったのは秋物の服が二着とジーンズとかが三着程だった。まあ、基本的に見ているだけだったから当然と言えば当然なのだが。
「……あ、そうだ忘れてた。アイリス、ちょっと目を閉じて右手出してもらっても良いか」
「良いから、ほら早く」
「……?じゃあ」
俺は素早くポケットを弄り、一個の指輪を手に取り中指に嵌めた。護法の力を宿した指輪。その色は深い紅ーーーー深紅だった。アイリスの瞳と同じ綺麗なルビー。この指輪はちょっと特別で台座がその人の指の形で変化する。石の大きさは流石に変わらないが。
アイリスが眼を開けて右手を見ると眼を大きく開けていた。そんなに信じられないか。まあ、サプライズの意味もあったからこれはこれで良いんだけど。俺はアイリスに背中を向け、荷物を持って歩き始めた。アイリスはそれを追いかけてきた。そして頬に軽いキスをした後、輝く夕陽に負けないくらい真っ赤な顔で笑みをうかべながらこう言った。
「大好き」、と。