それからどれだけの時間、そこにいたのかは分からない。まあそこまで長くはなかったんだろうな。湖の騎士ーーーーシャマルが呼びにくるまでずっと空を見上げていた。
「……話は終わったか?」
「え、あ、はい。それではやてちゃんが貴方を呼んできてほしい、と言ってるんですが……」
「分かった。……っていうか、なんでそんなに怯えてんの?俺、昔にあんたに対してなんかやった?」
「幾多の戦場を不敗で進んでこられた方に会うとは思ってなかったんです。私は騎士と言っても後方支援ですから」
「……なるほど」
まあ後方支援の奴が常勝不敗の王者とか呼ばれてた奴と相対するのは緊張するよな。と言っても、俺が出た戦場で負けが無かっただけで、別に俺が凄まじい力を振るったりしたというわけじゃないんだがな……。玄担ぎの存在みたいな扱いだったな。
「俺は敵以外に力を振るったりなんてしない。そんな事しても無意味だし、俺はそんな弱い者いじめみたいな真似をしたいわけじゃない。昔はただ本当に守りたいと思っただけなんだから」
「…………」
「なんだ?まあ自分でも柄じゃない事を言っている自覚はあるよ」
「いえ、思っていたのと大きく違ってたから……」
「俺が悪鬼羅刹の類だと思っていたのか?別に不思議なことじゃないが、気分としてはよろしくないな」
「ご、ごめんなさい」
「それじゃあお詫びとしてーーーーお前ら、俺に対する敬語を止めろ」
「……え?」
「俺は王者なんて呼ばれてたけど、俺にはそんな物を名乗る資格なんてないんだ。それに今の俺はもうそんな地位じゃないんだから、敬語なんて使うな」
俺はその呼び名が好きじゃない。王なんていう存在は、あいつらみたいに皆の事を思える奴らであるべきだと思うから。ただ覇を持って戦場で戦ってきたような奴が名乗っていいような名じゃないんだ。
「さてと、それで俺に何の用なんだ?八神」
「うんとな。皆を親戚という事にしようかなって思うんやけど、どうやろ?」
「何故俺に訊く?こいつらの主はお前だろ?と言うかお前、やっぱり蒐集活動はしないのか?」
「うん。他の人に迷惑をかける訳にはいかへんやろ?」
「まあ分かりきった事ではあるな。それで八神、その魔導書をちょっと見せてくれないか?」
「ええけど……なんで?」
「ちょっと気になる事があるだけだ。心配するな。五分も掛からないだろ」
「それじゃあ、はい」
八神から本を受け取り、流し見程度にページをめくっていった。やっぱりこの本は……間違いないな。しかし、改造されすぎだろう。これをやった奴は一体何を考えていたんだ?完成したら、自分も死ぬじゃん。
「面倒だな……」
「……?どうしたん?」
「これ、バグってる。そもそもこいつの正式名称は闇の書なんかじゃないし、こいつの目的は主に大いなる力を与える事なんかじゃない」
「どういう事だ?」
「こいつの正式名称は夜天の書。リンカーコアを蒐集する事は同じだが、魔法を集め研究する事が目的の魔導書だ。確かに力は手にはいるが、大いなるなんて表現する程の代物じゃない」
「それじゃあなんで闇の書なんて呼ばれとるんや?」
「言ったろ?バグってる、って。何代目の主か知らんが面倒な設定にしたもんだ。八神、お前の足が動かなかったのはこいつの所為みたいだぞ」
「それはどういう事だ!?闇の書の所為で主の足が動かなかったというのは!」
「リンカーコアから膨大な量の魔力を吸い取られ続ければ、そりゃ身体にも異常ぐらい出てくるさ」
「そん、な……」
「まあすぐに八神の命に危険を及ぼす訳じゃないし、そんな急いで蒐集する必要は無いんだが」
「っていうか、なんで一誠くんは夜天の書やっけ?の事を知っとるん?」
「見た事があるからに決まってるだろ。昔、ちょっとあったんだよ。今は気にするな。今は語る気さらさら無いからな」
俺自身、あいつの事は思い出したく無い。俺の過失の所為で死んだような物だからな。戒めとして覚えてはいるが、それでも簡単に語って良いような事では無い。古代ベルカの時代に出会い守れなかった人を。
ベルカとは戦争の時代だ。たくさんの人間が死んでいく理不尽な時代。どれだけ焦がれても、どれだけ願っても助けられない。救えない。守れない。でも、それでも前を向いて生きていかねばならない。いつかはこの戦争が終わると信じて。
「そうか……。まあええよ。それでもやっぱりウチは他人に迷惑をかけとうない。だから蒐集はせえへん。マスターの命令やで」
こいつらしいといえばこいつらしいんだろうが……こいつらはお前らが危険にさらされれば、お前との約束を破りかねないぞ。お前だってそれぐらい分かっているだろ、八神。
「蒐集すると言っても、まずは四百ページが目標だろうな。そこまでいけば、管制人格が表に出てこれる」
「管制人格?」
「文字通り、夜天の書を管理している奴だ。俺は便宜上、夜天って呼んでるがな。名前くらいはあった方が良いだろうな」
「うん。考えとくわ」
今の夜天の書の詳しい状態も知りたい。時と場合によっては……俺がやるしかないだろうな。