オリヴィエ殿下との話し合いから数日間、俺は書庫にこもっていた。クラウスには仕切りを置いてもらって、ここから先は入ってはいけないとして其処までの資料を集めて読み漁っていた。ちなみにクラウスには勉強があるだろうから、ここにはいない。それは色々な面で有利に働く。
「……っていうか、こんだけ多いと集中して本を読めんだろうが。いい加減にしてくんないかな?マジで」
「お前がこの城から出て行けば済む話ではないのか?少なくとも私たちの雇い主はそれを望んでおられるようだがな」
「それに律儀に従うあんたたちも相当だよな。なに?ただの命知らずなの?死にたいの?貴族だかなんだか知らないけど、クラウスが友人が死んでも何もしないと思うのか?」
まあ、結果的に見ても、そんな事はあり得ない訳だが。なんせ一撃で吹き飛んだ上に、それだけで気絶するような雑魚ばかりだ。括りつけて後で処分なり何なりしてもらうか。俺は積み上げた本を手に取りながらそう考えた。
ちなみに俺がこの時代の人と喋れたり、文字が読めたりするのが出来ているのは『時々満ちる刻の箱舟』が翻訳機能を持っているからだ。そうじゃないと情報収集に支障をきたすからな。俺が今読んでいるのは、各国の地理だな。
「しっかし面倒な時代だな。聖王とか冥王とか……なんなんだ?オリヴィエ殿下が聖王家の人間なのは……まあ、いいとしてだ。冥王ってなんだよ」
「お前、『冥府の炎王』イクスヴェリアを知らないのか?」
「ん?ああ……まあ、知らないな。なんだ、喋る気あんのかよ?俺にお前の罪を軽くする権限なんか無いぞ?」
「人生最後になるかもしれん会話を楽しむくらい、良いだろ?」
「まあ、いいか。それで?『冥府の炎王』ってなんだよ?閻魔大王みたいなナリでもしてんのか?」
「閻魔大王とやらが何かは知らないが……違うな。イクスヴェリアが冥府の炎王と恐れられるのは、あの王様がマリアージュって言う殺人人形を作れるからだ」
「殺人人形?また大げさ表現だな……そりゃ意識だって有るんだろうが、集団で挑めば何とかなるだろ?」
「あいつらの怖いところは、別に強さなんかじゃないんだ。死を怖れない所なんだよ。しかも死んだりなんてしたら爆発するしな。それに人形だから、休息を必要としない。まるで機械みたいな連中だよ」
「……なるほど。確かに死を怖れない兵士ほど怖い物は無いな。精神性の話になるけど、覚悟を決めた奴と決めてない奴では力の出が変わってくる。その点、そのマリアージュってのは便利だな。命令次第で簡単に変わるんだから。……だからと言って、使いたいかと言われると微妙だがな」
「何でだよ?使い勝手が良いんだったら、別にそれでいいじゃねえかよ」
「その人形が何で出来ているのか、っていうのもそうだけど……自分の命令を何でも聞く奴ってのは便利だが危険なんだ。一つ命令を間違えれば大惨事だからな。それにお前、人形と四六時中一緒にいたいと思うか?」
「……いや、流石にゴメンだな。一緒にいるなら、やっぱり人間が良い。何でも聞く奴なんてのは機械と同じだ。そんな奴らと同じ場所にはいたくないしな」
「レアスキルか何かは知らないが……難儀な物を背負わされたもんだ。まあ、同情はしないがな」
共感はするけれど、と心の中で呟くと男は心底驚いたような顔をしていた。そんなに俺の言ったことが意外だったんだろうか?
「そんなに驚いた顔をするな。同情ってのは相手を下に見る行為だ。命令した奴はされた奴の全責任を負わねばならない。懸命に生きる者を下に見る事なんて俺には出来ない」
「また王様みたいな事を言う奴だな。一体何者なんだよ、お前は。はっきり言って、お前がただの一般市民だと言われても俺は信じられないぞ」
「くっくっく……俺はそんな高尚な存在じゃねえよ。俺は批評する事は出来ても、その存在になれるか、と聞かれたら否としか答えられないしな。大体、王様は責任って物を負う奴の事だ。そんな場所に立つなんてごめん被る」
「……面倒くさがりなんだろ?要するにさ。それじゃあ政治とかはどうなんだよ。お前、少なくとも字が読める位には頭良いんだろ?」
「嫌だね。俺は王城で机にかじりついているよりも、戦場で剣振っていた方が気が楽なんだよ。大体、政治なんて足の引っ張り合いしてる奴までいるんだぞ?そんな場所にはいたくない。あと、面倒くさがりという点は否定しない」
事実、その通りだからな。やらなくても良い事はできる限りやりたくない。その方が気楽だし、何よりも他者に何も言われなかったからだ。三大勢力も他の神話体系も俺を恐れた。必要なこと以外何もしなければ、他の奴らはとやかく言ってこなかった。だから、俺はいらない事はしたくないんだ。
「ふうん……事情は分かんねえけど、お前も難儀な人生を歩んでるんだな。まあ、生きてりゃそのうちなんか良い事あるって」
「良い事、ね……。そんな物、あれば良いんだがねぇ。俺には縁の遠い物だと思わざるを得ないな、申し訳ないんだがな」
「かっかっか。寝床と今日の飯があれば万事どうとでもなるがね。でもなぁ、幸せってのは動かねぇと来ないもんなんじゃねえの?ってもま、俺が何かを言えた義理じゃないんだろうがな」
「いや……なあ。俺の頼みを聞いてくれるなら、解放してやっても良いんだぜ?とは言っても、大した事じゃないんだがな」
「ホントか!?……ってもな、俺にできる事なんてたかが知れてるぞ?文字の読み書きなんて当たり前に出来ないし、情報を盗んでくるなんて事も出来やしないんだぞ?」
「それはどうでもいい。俺が知りたいのは、市井での噂話なんかだよ。あるだろ?それ位の繋がりとかはさ」
「まあ、それぐらいなら……でも、そんな物何に使うんだよ?市民の噂なんて役にたたねえだろ」
「いやいや、市民がどう思っているか知る事も重要さ。上の者が知らず、下の者が知っているって場合もあるしな。それで……どうする?受けるか否か、それはあんた次第だからね」
「……受けるよ。ああ、受けてやるさ!覚悟しとけよ、とびっきりのネタで驚かしてやるからな!」
「はいはい。楽しみにして、待たせてもらうよそれじゃあーーーー
「あっちゃ!ロープ解くなら普通に解けよ!熱いだろうが!」
「はいはい、分かった分かった。クラウスも近づいてきてるし、さっさと退散しないとやばいんじゃない?」
「げっ、マジかよ!くっそ、覚えてろよ!」
「忘れない内に来ないと忘れちまうかもな。ほら、行け」
窓を開けて投げ飛ばしたのとほぼ同時にクラウスが入ってきた。ぎりぎりセーフだな。後ろから何故かオリヴィエ殿下もいたが……それはまあ、良いだろ。しっかし、一体なんのようなんだ?
「どうしたんだよクラウス。今は鍛錬の時間じゃないのか?」
「それはさっき終わったよ。もうお昼時だからね、昼食に誘いにきたんだが……大丈夫かい?」
「はっはっは、断わる理由がねえよ。俺の用事はいつでも出来るが、お前からの誘いだ。もちろん受けるともさ」
「それは良かった。それじゃあ行くとしよう」
そうして俺たちは三人で言葉を交わしながら、昼食を楽しんだ。行動した者だけが幸せを得る事が出来る、か……。本当にそうであれば良いのに。