あれから数日後、何事もなく喫茶店の仕事をしていた。まあ、塔城さんが菓子を買いにきたりとかはあったけれどそれも別段いつも通りだ。裏の方の付き合いはなかったけど、塔城さんはこの店の常連だったからね。基本的に和菓子ばっかりだけどたまに洋菓子も買っていく。
「……はい?もう一度言ってもらってもいいですか?なんだか耳の調子がおかしいみたいなんで」
『聞き間違いではありませんから落ち着いてください。グリゴリの幹部コカビエルが聖剣エクスカリバーを奪取してそちらに向かっています』
「あのクソ野郎……本当にやりやがった。戦争狂ってのは本当に嫌になりますね。それで?教会側は今回の一件、一体誰を派遣するんです?まさか何もしない訳じゃないでしょ?」
『それは勿論です。こちらとしてもあのような輩にあれを持たせておくのは安心出来ませんから。派遣するのは……君の教え子たちですよ』
「イリナとゼノヴィアですか?コカビエルを相手にするには足りないでしょう。あいつらは上級堕天使クラスの力はありますが、聖書に記される程の相手をするには役不足ですよ」
『ええ。それは重々承知していますが……こちらとしても割ける人員がいないのです。なのでもう1人用意しておきましたので、一誠くんには彼女らと共に聖剣を取り返してください』
「割ける人員がいないって……デュリオはどうしたんです?
『彼は……その、なんと言うか、少し行方知れずの状態になっていて連絡が取れないのです』
ああ〜……美味い物巡りの真っ最中だったか。それはなんと言うかタイミングが悪いな。命令されれば従うだろうけど、あいつが何処にいるのか分からないんじゃ連絡のしようもないし。信徒として良い奴ではあるんだが、こういう時は厄介だな。
『それとコカビエルの協力者は聖剣計画の研究者だったバルパー・ガリレイなのですが……それよりもまずい事があります。ーーーー聖人が動いたそうです』
聖人ーーーー生来体内に
ただ問題視されている事と言えば、どの聖人も三大勢力の勢力にはつかなかった事。ある者は勝手に好き勝手やってるし、ある者は高天ヶ原に身を寄せたりした。この2人はおそらく俺の知る人間の中でも五本指にはいるほどの逸材だが。……まあとにかく、そのおかげで関係が激化していないのが救いとも言えるが。
「聖人が?……何処の勢力にも属していない神に愛された者。たしか1人だけ傭兵になったんでしたっけ?」
『ええ。コカビエルに加えて聖人も、となると負担が大きすぎるんです。。そこで一誠くんに頼みたいのですが……やってくれますか?』
「やるしかないでしょ。俺としても聖人を相手にするのは面倒ですけど、誰かに任す事は出来ない。聖人はただでさえ普通の人間とは一線を介するレベルの頑強さと力を持っている。そんな奴とコカビエルに暴れられたこの街は終わるんです。そうなってもらっては困る」
故郷であるこの地を潰されては困る。それに俺が鍛えたとはいえ、聖人相手じゃイリナたちじゃ勝てない。俺が多少はてこずる程度の力を持っているのが聖人なのだから。前述した2人ほどではないのかもしれないが、油断できる程の余裕はない。俺を殺す事は出来ないだろうが、家族を殺す事は出来るかもしれない。そうなった時、俺は自分を抑えられる自信がないしな。
「とにかく、この一件はこちらで対処します。それでその聖人の名前は何と言うんですか?」
『ニコラオスーーーーペリドール・ニコラオス。聖ニコラオスの名を冠している者です。こちらとしましても出来る限り殺したくはないのですが……いざという時はよろしくお願いします』
「委細承知仕りました。それでは今宵よりこの契約を有効とし、活動を始めさせていただきます。それではこれにて失敬」
術式を解除すると、俺は窓から煌めく星々と冷たいながらもただそこにあり続ける月を眺めた。これは世界が変わる兆しなのか?聖ニコラオス。多くの人々を救った、いわば救済の聖人。その遺体は聖遺物とされ、死後でさえも多くの人を救った者。そこまで言われる者が一体何故……いや、関係ないな。敵に回るならなんであれ倒す他ない。
敵は目前まで迫ってきていているのだから。家族を守る為に俺もやりたくはないが、聖人をこの手にかける覚悟を持とう。それがせめて俺が背負うべき命となるのだから。