その日の夜は祐樹は使い物にならなかったため、探索は無しになった。泣き疲れたのか寝込んでしまった祐樹をベッドに放りこんだ後に俺は雨が降りしきる夜を歩き始めた。事情を知っている人が見れば自殺行為だと思うかもしれないが、俺にはどっちでもいいことだ。
「……まったく。分かってはいたが、やっぱり避けられなかったのか。こういう事は出来れば起こって欲しくはなかったよ」
そう独白した次の瞬間には傘を放り投げ右手にアリファールを構えて急に飛来した剣戟を受け止めた。相手はフードを被っていたがその剣から大体どういう奴なのかはすぐに分かった。
「お前が聖ニコライの末裔か。急に襲ってくるとは一体どういう了見だ?是非聞かせてもらいたいもんだな」
「……大した事じゃない。傭兵業界の中でも無双と謳われたあんたの実力を見たかっただけさ。こんな街で店をやってるなんて聞いた時は耳を疑ったが、鈍っちゃいないみたいだな。『紅い死神』の兵藤一誠さんよ!」
「これはこれは。また懐かしい名前を聞かされたもんだ。酔狂な名前を付けられたもんだと思ったよ。その名前を付けられた時はなぁ!」
アリファールを大振りで振り抜いて相手ーーーーペリドール・ニコラオスを吹き飛ばした。舐めてんのかな?聖人特有の身体能力も発揮せずに戦っている。まさか俺の事を知らないはずはないだろうに……小手調べって所か?
「真紅の髪に黒衣を纏った男が戦場を駆け抜ければ、そこには死体しか残らないーーーー俺がまだこの稼業を始めたばかりの頃先輩から聞いた話だ。正直眉唾もんだと思ってたよ。先輩本人ももう死んだんじゃないかと言ってたしな」
「必要なくなっただけさ。大体、俺が死神な訳ないだろ。そんな事言ったら俺がハーデスの骸骨爺にどやされるっての。あんな寒々しい奴の相手なんてしたくないしな」
「どんだけ嫌いなんだよ。まあいいや。悪いがクライアントの命令でな。あんたが今回の一件で1番の障害になると判断したらしい。って訳で……死んでくれ」
「……ククッ。あははははははっはははははっはははははははっははははははっ!おいおい、あんまり俺を笑わせてくれるなよ。その首、跳ね飛ばすぞ?コカビエル如きに俺が負けるわけないだろ。お前らはこの街に来た時点で負け決定なんだよ。俺に勝ちたきゃオーフィスかグレートレッドでも連れてこい」
「っ!?」
ただでさえ濃密な
(何だよ、これは!?こんなの聖人が全力を振り絞ったって出来やしないぞ!しかもこの
「おいおい、まさかそんだけ大口叩いておいて逃げられるとか考えてるわけ?そういう事が出来るのは実力が拮抗している相手だけだぜ?」
背中から全て
「双頭の蛇の紋様に両腕に装着されるタイプの霊装……カドゥケゥスかよ。一撃で頑丈なゴーレムタイプを粉々に破壊出来る霊装を取りだしてくんのかよ」
「俺は自分で作った霊装を売ったりもしてたからな。こいつはお前が言っている物のオリジナルだ。威力は保証してやるよ。なんせ次元の狭間に浮いてるゴーレムタイプの中でも1番頑丈なゴグマゴグを一撃で粉砕出来るからな。こいつで貫けない物はあんまりないな。防御ごと貫いて相手を殺すからな」
レプリカですら過酷な戦場でもその活躍を知れる第一級の神具であるのだからオリジナルの威力とて知ってしかるべし、と言った所だろう。こんな物を受け止めきるのは神格でも難しいだろう。しかも一誠の影響を受けやすい異空間に入れられていたが故に、その威力は元の威力を凌駕している。
こんな物と相対しても無事でいられるとするなら、それはオーフィスやグレートレッドぐらいしかいないだろう。あくまでも魔術を効率よく使う為の霊装なのだが、魔術の媒介とする物に何故ここまで威力を求めたのか本人すら忘れてしまっている。杖、つまりは四大元素の火の術式を使う為に作られたこれは魔術の運用面でも非常、否異常に効率が良い。
一誠の左手には今も尚圧縮され続けている球体上の
それを一誠が放とうとした瞬間、街の空気が変わった。まるで別次元の存在が入ってきたかのように街の空気はかなり息苦しくなる物に変わってしまっていた。大まかな方向を察知している間にペリドールには逃げられてしまったが、一誠はもはやそちらに興味も意識も向けてはいなかった。
「なんだ?こいつは……明らかにおかしい。まるで何百、いや何千という人間が同時に入ってきたみたいだ。……まさか」
あいつがこの街に来たって言うのか?そんな馬鹿な。ここはグレモリーとシトリーの共同直轄地だぞ?そんな場所に侵入してくるなんて悪魔との戦争秒読み段階に至るだけだ。そんな事をする浅はかな奴ではなかったのに一体どうして……?
ゲームや漫画などで稀に超常の存在の威圧感などに気が狂いそうになるなどの描写がある。それは何故か?それは圧倒的なまでの魂の質量だ。人間では耐えきれず、理解を放棄するほどの絶対的なまでの差を理解させる。これは強い者に現れる症状だ。そのままの状態でいると日常が過ごしにくいので俺も含め神格の連中は威圧感を抑えている。例外はハーデスぐらいの物だ。
でもこの街に入ってきた奴はそんな事を微塵も気にしていないようだった。あんな威圧を出している奴が街中にいたら、それだけでこの街の人々はただではすまない。良くて発狂、悪くて耐えきれずに自殺って所かな?
「そんな事を許してたまるもんかよ。一体何が目的なのか知らないけど……碌な事じゃないなら、俺の手で止めることも視野に入れなくちゃいけないな」
落ちてきた傘を受け止め、一誠は暗くなった街中を歩き始めた。そしてその夜以降、一誠が家に戻った姿を誰も確認できなかった。