カランコロンと下駄の音が響く。
最近は祭に浴衣を着てくるヤツなんて珍しいらしい。
けどその親子は浴衣を着込んで三人手を繋ぎ歩いてる。若い夫婦とその間に小さい子供。
五歳くらいなんだろうな。魚柄の水色の浴衣を着て楽しげな顔を見せていた。
かくいう俺は近所のオッサンに頼まれて一日だけのバイトをしている。
つっても客の来ないお面屋の店番なんだけどな。まあそこはガキの頃に世話になったオッサンへの恩返しといて我慢しとく。
「おおー!! ヒーローじゃないか!」
退屈な気分を抱えていると前に知り合った迷子がいた。あー、名前を聞き忘れてたわ。
「なあなあなにやってんだ?」
「バイトだよ」
「すげー! ヒーローもバイトすんのか!」
「世話になった人に頼まれてんだよ」
すげーすげーを繰り返す子供は何かに納得したらしく手を振り立ち去っていく。
まあ、小学生がお面を買うなんてことはないからな。
しばらく店番をしていると子供がひとりやってきた。他の子供と同じようにキラキラした目でお面を眺めている。
俺はそんな子供から目を離して戻ってきた店主に挨拶を向けた。
三軒の出店を出している店主は俺にもう大丈夫だから遊んでくるようにと言ってきた。
元々バイトと言っても手伝いみたいなもんで、短時間の準備と店番を頼まれてる。むしろやり過ぎるなよとオッサンから言われてるくらいだ。
だからオッサンの元舎弟というこの店主も俺に気を使ってるんだろう。
準備を含めた四時間分のバイト代と余分に小遣いをもらった。
つってもガキじゃあるまいし祭りでの使い道なんてないしな。
店番を終えた俺は店の前にまだあの子供がいることが気になった。
広い公園で行われているこの祭りには多くの人が集まる。そして多くの出店が並ぶんだが、それだけに迷子も多いと聞いた。
それにこないだもヒーローだなんだと騒ぐ迷子と遭遇したばかりだ。だからわかるんだが、迷子ってのは最初はそうと気づいてないもんなんだよな。
嬉しそうにお面を眺めるチビに近付くとその場で片膝をついてしゃがみこむ。
「欲しいモン見つかったか?」
さっきまで店番をやってた俺に問われたからか、チビは嬉しそうな顔を向けてくる。
「あれ!くろの!」
「んー?」
チビが指差した先を見上げれば何かのヒーローぽい黒いお面があった。
「おとしゃ!あれかってくだしゃ!」
舌ったらずなチビはそう言いながら後ろを見た。そして父親を探すように周囲に目を向ける。
そしてやっとチビは自分の状況に気付いたらしい。
「あの黒いのが欲しいのか」
俺が問いかけるとチビは涙を溜めた目を向けてきて、迷ったようにお面を見上げた。
「おめ……っ」
「泣かないなら俺が買ってやるけど?」
「…けど、おとしゃ」
あーダメだ。涙をぼろぼろとこぼし始めた子供を眺めながら立ち上がった俺は店主に声をかけた。
お面を一個買ってやったら子供を事務所に迷子として連れていく。だから親が子供を探しに来たらそう伝えて欲しい。
そんな頼み事を向けた俺に店主は顔に似合わねぇなと笑った。
黒いお面をチビの頭に引っ掻けてやった俺は事務所に足を向けた。
俺の足元にはカラコロ音をたてながらチビが歩く。ただチビだから、やっぱうまそうなモンがあれば目がいっちまうよな。
「欲しいのか?」
俺はバイト代をもらったばかりでかなり気が大きくなってる。チビに綿菓子を買う程度で悩んだりしねぇ。
「ふあふあなの」
「じゃあ一個だけな。好きな袋選べ」
「くろの!」
さっきも聞いた言葉に俺は綿菓子屋を見た。お面と同じ戦隊ヒーローを見つけた俺は店の人間に言って綿菓子を買う。
「あー!なんだよー!綿菓子おれも食いたい!」
チビに袋を渡したところに聞き覚えのある元気な声が飛んできた。
「もしかしてヒーローの弟か!」
走ってきた子供はそんなのがいたのかとチビをカメラで撮ろうとする。けどその勢いに負けたらしいチビは俺の裏に逃げ込んだ。
「これは弟じゃねぇよ。迷子だから」
「親をさがすんだな!!さすがヒーローだな!今日はガクランっての着てないけどやっぱヒーローだ!」
あー、そうだわ。こっちのガキは人の話を聞かないヤツだった。
「それよりアレだろ。まえにヒーローが水分キューキューなんとか言ってたろ? こいつまいごならわたがしじゃなくてジュースだぞ」
そう言って子供が指差した先にドリンクを売ってる店がある。
まあ確かにいつから迷子か知らねぇけど水分補給は必要だよな。ただでさえこの公園人が多くて暑いし。
店を移動した俺は子供ふたりに飲み物を買ってやった。ボトルを手に近くのベンチに移動するとチビのボトルを開けてやる。
「で、おまえは今日もひとりで遊んでんのか?保護者はどうした」
浴衣のチビはおとなしく清涼飲料水を飲んでるからいいとして、問題はもうひとりだろう。
そう思って質問を飛ばしたんだが、子供はそんなことはないと返してきた。
「今日はみっちゃんとまつりにきたんだ。でもいきなりみっちゃんがまいごになってさー」
困ったもんだよと言いながらこっちはコーラを飲む。
それ絶対にみっちゃんってのが探してる側だろ。
あー、たしか俺とおんなじ学校のヤツだっけ? そういえばあれから高校でそれっぽいのに話しかけられてないな。
「あのね、ひーろー?」
ジュースを飲みながら子供の話を聞いていると、俺と子供の間でチビが口を開いた。
「ひーろーなの?」
「こいつは六人目だぞ。おれはこいつが敵をたおしてるとこ見たからな。黒いガクランで足が長くて強いんだ」
凄かったぞとガキが説明してるのは前にケンカ売られた時のことだろうな。
「ぼくもくろの、すきよ。かこいい、ね?」
チビがキラキラした目で見てくるから、もう俺はそれを間違いだと言えなくなった。
「あっ!みっちゃんだ!」
不意に声をあげたガキがベンチを離れて走り出す。けど途中で振り返り手を振ってきた。
「またな!」
嵐のように現れて立ち去ったガキはすぐに人混みに紛れて見えなくなる。
俺は少し疲れを感じながらチビに目を向けた。
「事務所に行くか」
公園は広く事務所までまだ距離がある。もちろん俺ひとりならすぐに着けるんだが、チビの歩幅じゃまだ時間がかかりそうだ。
立ち上がった俺はチビの綿菓子を持ってやる。するとチビはなぜか戸惑ったような顔を見せた。
「そんな顔をしなくても取らねぇよ」
綿菓子を取られると思ったんだろう。そう思ったから声をかけたんだが、チビは首を横へ振って見せた。
「ひーろー、おててつなぐ?」
そう言われて、向けられたのはチビの小さな手だった。
その手をすぐにつかめなかったのはあまりにも小さかったからだと思う。
こんな小さいチビがひとり親御さんとはぐれて泣かずにいるって凄いよな。よく泣かずに我慢できてると思うわ。
チビと手を繋いで事務所に向かう間、俺はおとなしく話を聞いていた。
始終にぎやかだったあの小学生のおかげでチビはだいぶ俺に馴染めたらしい。むしろこいつも俺を何とかってヒーローと間違えてるのかもな。
けどそれでこいつが笑えているならそれでもいいや。
「ひーろー、すいぞくかんきたねー。しゃかなみた?」
「あー……どうかな」
チビの質問に濁しながら返してやる。
祭りの事務所はテントの屋根があるだけの簡素なもので迷子センターも兼ねてると聞いた。
「しゃかな、いや?」
「嫌いじゃねぇけど」
返しながらチビの浴衣を見る。水色の浴衣には魚の柄が入っていた。
たぶん魚が好きなんだろうこいつに、ヒーローがバカ正直に「興味ない」なんて言うのか?
言うわけねぇよな
「見るヒマがなかったんだ。別のところに敵が現れたから」
「そうなの!?」
チビが驚いた顔でぴょこんと跳ねる。あげく怪我はなかったのかと心配そうに聞きやがるから、俺は演技を続けなきゃならなくなった。
けど事務所に到着した事で俺のバカげたヒーローごっこは終わる。
事務所には既に親がいたらしくチビを見つけて駆け込んできた。
母親はチビの名前を何度も呼んで怪我はないかどこにいたのかと問いかける。
その間に父親が俺に礼を向けてきた。さらにどこにいたのかと聞かれたからお面屋でお面を見ていたと返す。
さらに俺は持っていた綿菓子を父親に渡した。すると父親はお面や綿菓子の代金をくれようとする。けどそれは断った。
バイト代が入ったばかりで気が大きいからじゃなく、子供扱いされてるようで嫌だったからだ。
たぶんこれは男のプライドみたいなもんだろう。
「真琴、お兄さんにお礼言いましょうか」
母親が優しげにチビをうながした。チビは照れたように笑う。
「ありがと、ひーろー」
俺は、それこそガキの頃はヒーローに憧れてたし、だからって戦いかたを習いにも行った。
けどそんなのは間違いだと今はわかってる。
本当のヒーローってのは戦うヤツじゃなく救うヤツだ。
もちろん見返りなんてものは求めない。
けど、たぶんだけど……
チビの見せた笑顔みたいなものは見返りにもらっても良いよな。