月城町みたいな話   作:とましの

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のんちゃんと水族館

「お母さんから話しておいて! 僕はしばらく家に帰るつもりはないって!」

車の少ない河川敷道路を歩いていた俺は目の前で停車する車から女の子が降りるのを見た。

けど白のワンピースと麦わら帽子って、ガチで夏休みっぽい格好だな。補習授業に休みを潰す真面目な高校生の俺にはまぶしすぎるわ。

 

俺が眺めるうちに女の子は不機嫌な顔でこっちに向かって歩いてくる。けど車に対して後方に向かって歩いてるから誰も追ってこられない。

そのうちに車の後ろに別の車が来たせいで、女の子をおろした車は発進しなきゃならなくなった。

 

走り去る車を眺めていた女の子は気の強そうな目で俺を見る。

「これに行きたいんだけど、どこかわかる?」

チラシを差し出された俺は眉を潜めて女の子とチラシを交互に見た。

「連れてってくれればいいから」

「良いからって……」

最近のガキはすげーな。知らない高校生に平気で声かけられるのか。

怖いもの知らずはケガするぞ。マジで。

「早く連れてってよ」

けどこの恐れ知らずは大きな目をまっすぐに向けて連れていけと言いやがる。

 

最近の俺にはガキに絡まれる呪いとかかかってんのか?

 

「連れてって良いけど、用がすんだら家に帰れよ」

「それは君には関係ない話だよ」

「なら連れてってやんねぇ」

「……っ!」

ショックを受けたらしいガキは目を細めて考え込む。

そもそもなんで親じゃなく通りすがりの他人に頼んでんだって話なんだけどな

 

「わかった」

小さな三つ編みをいじりながらつぶやくような声で同意した。

 

 

午前中に補習授業を終えた俺のこの後の予定と言えば、エアコンの効いた図書館で勉強するくらいなんだが、これがたまにつぶれる事がある。

ほとんどこの河川敷で待ち伏せされてケンカ売られることなんだけどな

 

ぶっちゃけそれと比べたら知らない女児の道案内のが楽でリスクも少ないわ。

補導される事もないからな

 

 

河川敷から離れて近くのバス停に向かうとそこから二区間だけバスで移動する。

その間に女児の名前を聞いたんだが、「のんちゃんと呼べ」としか言わなかった。

本名を名乗れないって何なんだよ。

どっかのお嬢様か何かか?

 

バスを降りた俺らは目的の水族館にやってきた。道案内はここまでだから、俺はこのまんま帰って良いよな。

のんちゃんとやらを水族館の入り口まで連れてった俺は頭をかきながら足の向きを変えた。

けどそこで見覚えのあるガキに見つかる。

「ヒーローじゃねーか!」

水族館の玄関近くから迷子小僧が走ってくる。

 

「ヒーローの妹か!」

「違う。ここまで連れてきてやったんだよ」

「またまいごか」

すげーなーと素直に感心してくれるガキはのんちゃんと同じチラシを持っていた。

 

今日の二時から水族館で子供限定のイベントがあるらしい。

小学生以下の限定イベントで水族館の中を探検できるとかなんとか。

 

「おれは前木慶次。そっちは?」

「のんちゃんと呼んでくれればいいよ」

俺のそばで小学生ふたりが会話を始める。本名を名乗らないのんちゃんに、慶次と名乗ったガキが「へー」と声をあげた。

「のんちゃん何年? おれ一年」

「僕は三年生だよ」

「のんちゃんセンパイだな! 水族館のとくべつなチケットかったか? はやくしないとなくなるぞ」

「そうだね、僕も買わないと」

ふたりは会話しながらそれぞれ俺の手をつかんで歩きだす。

「俺はもう帰って良いだろ」

「ダメだよ」

「だめだろ!」

案内は終わったはずの俺にふたりの声が重なった。

「僕はチケットを買ったことがないんだよ。だから君が買わないとわからないじゃないか」

のんちゃんは平然と言いながら自分のポシェットに手を突っ込んだ。

で、財布を取り出して俺に差し出す。

 

けど俺は差し出された財布を取り上げてのんちゃんのポシェットに突っ込んだ。

女の子の財布から金を出すとか恥ずかしいことできねーわ。絶対無理だ。

女に金出させたなんてバレたらオッサンにぶん殴られる。

 

 

水族館の入り口横にある窓口に向かった俺はイベント用のチケットを一枚買った。

先着30人らしく俺はギリギリだったらしい。すぐ後ろにいた人が売り切れだとか言われてた。

俺はそんな連中に背を向けてのんちゃんにチケットを手渡した。

「俺はもう行くけど、これは無くすなよ」

チケットを渡した俺をのんちゃんは目を真ん丸にして見つめる。

「これからは知らない大人に声かけたりついてったりすんなよ」

誘拐されそうで怖いわと注意だけ残して俺はその場から立ち去ろうとした。

 

けどそんな俺の前に係員らしいのが立ちふさがる。

「保護者の方はこちらにいらしてくださーい」

係員がめっちゃ笑顔で俺を見る。

「妹さんの水族館探検が済むまで、お兄さんはこちらのレストランでお待ち下さいね」

ガチで帰れない雰囲気にされた俺はドン引きしながらのんちゃんへ振り向く。

そしたらあいつすげー勝ち誇ったような笑顔を見せやがった。

マジで呪いでもかけられてんのか……

 

 

 

他の保護者と一緒にレストランへ移動した俺は窓際の隅っこで参考書を広げた。

その隣に中坊くらいのヤツがやってきて市販の問題集を広げる。

ママ友だか知らねぇがあんな騒がしいところには混ざりにくいよな。お互いに。

 

しばらく参考書の問題をやってると隣の中坊の手が止まった。チラっと手元を眺めれば数学の問題で詰まってるらしい。

 

俺はノートの隅に公式を書いて中坊のそばまでずらしてやる。

ノートの接近に気づいた中坊はそこに書かれた公式を見て、なぜか驚きの顔で俺を見た。

「わかるんですか?」

「こっちは高校に行ってるんだ。中学の数学くらい余裕だろ」

「……いえ、不良かと思いました」

茶髪なのでと、眼鏡の中坊はかなり失礼な事を言い出す。

けどまぁ、それも仕方ないか。

元々色素が薄いらしい俺はガキの頃から茶髪だった。ケンカを売られるのもそれが原因だったりするからな。

 

それからガキどもが探検を終えるまで、俺は中坊に勉強を教えつつ今日のノルマを片付けた。

中坊は礼儀正しいヤツで石黒と名乗った。近隣の中学に通う二年生らしい。なら俺より三年下だな。

 

やがてイベントを終えたガキどもがレストランにやってきて、一気ににぎやかな空気に包まれる。

俺と石黒は教材を片付けると椅子から立ち上がった。

「お疲れ」

軽い挨拶を向ける俺に石黒は真面目に頭を下げてくる。本当に真面目な中坊だなぁ

 

レストランの入り口で見つけたのんちゃんは小柄な子供と手を繋いでいた

あれ、この子供も見覚えがあるな。

「聞いてくれよヒーロー! こいつ魚博士なんだぜ!」

「彼は素晴らしい才能に溢れているよ」

慶次に続いてのんちゃんも興奮した様子で5歳児の頭を撫でている。

 

そして褒め称えられている5歳児は大きな目をますます大きくさせて俺を見つめていた。

「しゃかなたくさんいたよ! ジンベイはやさしい!」

目を煌めかせて感動を伝えようとしている。そんなガキのそばで、のんちゃんの殺意の目が俺に突き刺さっていた。

 

なんかだんだんめんどくせーことになってきたな。

 

 

イベントを終えると参加者はそれぞれ保護者と帰っていく。その中で慶次はあの中坊の元に駆け寄った。

だがすぐに中坊の手を無理矢理引っ張って俺のところにやってくる。

 

「みっちゃん! おれのヒーロー!」

 

慶次が叫んだその一言で俺は噂のみっちゃんとやらの正体がわかった。

けど同じ学校じゃないじゃねーか。

 

「真琴、大人になったら僕と結婚しよう。大丈夫、僕が君を養うから」

「うん?」

のんちゃんの早すぎるプロポーズにチビはわからないって顔をしてた。そりゃそうだわな。

「おい、チビの親御さんが迎えに来てるぞ」

チビの手を離さないのんちゃんに保護者が来たことを教えてやる。

 

この保護者は夏祭りの時に会ってるが、ちょっとのんきな親御さんだ。

 

「あらあら真琴はもう彼女ができたのね」

「お人形さんのように可愛い子じゃないか」

チビの母親さんと父親さんは今回ものんきに息子の成長を喜んでいた。

 

しかし5歳児のチビは恋愛よりもヒーローに夢中な年頃だ。

のんちゃんの元を離れて俺の足元に駆け込んだ。

「しゃかな、見にきた?」

「まあな」

チビは可愛いが、のんちゃんの殺意の目がすっげー気になる。

 

 

水族館を出た俺はのんちゃんとチビが握手を交わすのを眺めた。

いつまでも終わらない握手を眺めていると、俺のそばに黒スーツの男がふたりやってくる。

 

そして迷うことなくのんちゃんとチビを引き離した。

 

「おまえたちどうしてここに!」

「お父さんに頼まれたんですよ」

焦るのんちゃんの腕をつかみながら質問に答える。あげくのんちゃんを車へ連れていこうとした。

なるほど保護者が迎えに来たのか。やり方は強引すぎるけどな。

 

「真琴! 僕は必ず君に会いに行くから!」

 

感動の別れのような言葉を叫びながらのんちゃんは車に乗せられる。

そして状況のわからない5歳児は気軽に「バイバイ 」と手を振っていた。

 

 

とりあえずのんちゃんがいなくなったことで、俺は自由の身になった。

けど時間的に今から図書館には行けないから、帰って勉強するしかないな。

そうして頭巡らせているとさっきの中坊がやってきた。

「慶次がいつもお世話になっていると聞きました。申し訳ありません」

「べつに迷惑かけられた事なんてないぞ。あれで結構しっかりしたガキだからな」

人をヒーローと間違える以外はまともなほうだ。

そう言い放つと中坊の石黒は少し安堵したような顔を見せた。

俺はそんな石黒の肩を軽くたたく。

「お疲れ、みっちゃん」

 

本人の存在よりも定着した名前を口にして俺はつい笑みを浮かべてしまった。

ガキの相手をさせられた同士、仲間意識みたいなものが生まれてたのかもしれないな。

 

 

 

 

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