付き合う前からうすうすと気づいてはいたんだ。うちのスーパードクターは常識人のツラした非常識ってのは。ああもちろん獣症の特異な状態を言ってるんじゃない。
「光秀、これを着てほしい」
休みの日の朝っぱらから押し掛けてきたこの恋人は真面目な顔でそう言った。ただそれだけなら、まぁ朝だから、変なもんじゃないと思うわな。
けど差し出された袋の中身を見た俺は反射的にそれを投げ捨てた。
「おい捨てるな」
「捨てるだろあんなもん」
真顔を崩さない真琴はどこのブランドか知らない紙袋を拾う。ああでもよく見たら袋の隅に魚のマークがついてるな。
「一目惚れなんだ。これは絶対に光秀に似合うと思って買ってきた」
「一体どんな店に行ったらそんなモンが売ってんだよ。つーか何だよそれ」
「バニーちゃん男性用。カラーは二種類。一着値段五万…」
「もういい黙れ馬鹿野郎」
何なんだこいつの金銭感覚は。堅実だったはずだろ。一着五万超えってなんだよ。つーかバニーってなんだよ。しかも男性用って、需要あるのかよ。どんな世界だよ。
疑念やツッコミは無限に出てくるがどこから触れりゃ良いのかわからない。
脱力感から頭を抱えているとそれを心配したのか真琴が近づいてきた。
だが心配されたというのは、俺の大きな勘違いだった。真琴は真顔のまま黙々と俺の服のボタンをはずしていく。そしてついでのように鎖骨の下を強く吸い上げた。
ただそれだけで俺の頭から抵抗だのなんだのという意識が霧散する。いや、あの服を着るって部分は抵抗するんだが。
発情していない真琴は淡泊な傾向にあるから、積極的な態度は珍しいというか……嫌じゃねぇわ。
いやでもこんな朝っぱらから来られるとは思ってなかったけどな。
真琴の難点はいつでも耳が出るところなんだろうな。発情期じゃないからって油断してると、突然耳が生えて甘い時間が終わっちまう。
オッサン若くねぇからさ。たまにはゆるーい感じのでも良いと思うんだわ。
でも発情しちまうと真琴は手加減できなくなる。
それは仕方ないことだし、激しい真琴も嫌いじゃねぇからいいんだけど、やっぱ身がもたないんだよな。単純な体力勝負なら負けないと思うんだが、なんなんだろうな。
時計が時を刻む音で目を覚ました俺はいつもの癖で時刻を確認する。昼の一時って何なんだよ。真琴がここに来たの朝の八時だぞ。せっかく真琴が来てるっつーのに、なに寝てんだよ俺は。
そう思って真琴の姿を目で探したが、驚くほどそばに真琴がいた。ベッド脇にしゃがみこんでスマホを向けてんだから、やってることはひとつだわ。
「……オッサンの寝顔撮って楽しいか?」
「光秀の寝顔だからな」
疲れが取れないまま問いかけると真琴は満足そうな顔で返してくる。ただそれを喜んだり恥ずかしがる前に違和感を覚えた俺は視線をずらした。
手を持ち上げると手首に白いフワフワの何かがつけられてる。
つーか、首元もフワフワじゃねぇか。いやむしろなに着せてんだよ!
「真琴てめぇ」
「やっぱり可愛いな」
怒りをぶつけようとした先で真琴は今日一番の笑顔を見せた。おまえここでその笑顔は反則だろ。
「……ここまで着せられても気づかないってどんだけ寝てんだよ。俺は」
「確かに、あれだけ激しく乱れれば疲れるよな」
「そこには触れてくれるな」
嬉しそうな顔で卑猥な話をするなよ真琴クン。おまえそういうキャラじゃねぇだろ。クールなスーパードクターはどこに行った。
「それより喉が乾いただろ。水持ってくる」
何だかんだ言いつつ優しい年下の恋人さんは律儀に動いてくれようとする。それはまぁ…あいつは元々優しいヤツだからいいんだけどな。
変な気恥ずかしさを誤魔化したくて、俺はベッドを出て煙草を一本取り出した。しゃがんだその姿勢のまま煙草をくわえて火をつける。
苦い煙を吸い込んでも気恥ずかしさはぬぐえない。なんであんなガキ相手にここまで頭が持っていかれちまったのかね。
「………よし」
煙草を吸う俺のそばでまた真琴がスマホを構えてる。いやだから、こんなオッサン………つーか、この格好を写真に撮るなよ。天才スーパードクターのくせに趣味嗜好はポンコツ過ぎるだろ。