▼一人の騎士は、現実世界で一人の少年と出会う。▼これは、一人の騎士と一人の少年の、ある一日のお話。

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8月1日

「はあッ!!」

 

「ふんッ!!」

 

 二つの影が、激突する。

 それらが激突している場所は、この世の光景とは思えない程の無機質感を有し、さらにはネットワークの回線のような規則的に折れ曲がっている線が幾つも壁に奔っていた。広大な球体の空間は、限りなく白色で統一されており、二つの影の色をより一層際立たせていた。

 

 一つは、真紅と銀色の騎士。

 

 一つは、紫が基調の悪魔。

 

 騎士が真紅のマントを靡かせながら右腕と一体化している聖槍“グラム”を、構えて悪魔のような姿形の相手に向けて突進する。

 それに対し悪魔も、右腕に比べて若干大きい左腕を翳し、騎士の槍に向かって振りかぶる。

 槍と爪が激突すると、眩い閃光が真っ白な空間で瞬く。両者は一歩も退かず、激突した己の武器を相手に命中させようと、力を込めていく。

 

「ぐ……くっ……!」

 

「ちっ……小僧が……!」

 

 騎士の甲冑から覗く黄金の瞳が歪む。対して、悪魔の黒目のない白濁とした瞳も歪む。ギリギリと音を立てて、両者は武器を押し込もうとするが一向に進展は見られない。

 それに辟易した両者は、武器を押し込んだ反動で一気に相手との距離を取る。

 タイミングはほぼ同時。

 

 距離を取った両者は、すぐさま次の一手に映ろうとしていた。

 

 騎士の左腕にある巨大な盾“イージス”に刻まれる円の模様が、神々しく輝き出す。対して悪魔の口からは、禍々しい色をした炎が溢れだしていく。

 

 次の瞬間、両者は己の渾身の力を込めた一撃を放った。

 

「―――“ファイナル・エリシオン”!!」

 

「―――“フレイムインフェルノ”!!」

 

 騎士の盾からは、黄金の光線が一直線に悪魔に向かっていく。

 悪魔の口からは、禍々しい業火が火の子まき散らしながら騎士に向かっていく。

 二つの攻撃は、両者の中央に当たる位置で激突する。騎士の光線は、地獄の業火のような一撃を飲みこもうとするが、悪魔の一撃も負けておらず、轟々と燃え盛っている。

 数秒続いた、空間を揺るがす攻撃の衝突。

 

 刹那、この空間に於いて大爆発が起きた。拮抗した二つの攻撃が、一瞬保っていた均衡を崩し、黒煙を巻き上げながら空間に充満していく。

 さらに、二つの攻撃の重さに空間が耐え切れずに、崩壊し始める。

 これには両者、想像できていなかったのか焦ったような表情を見せる。

 

「なっ……!」

 

「もらった!“ケイオスフレア”!」

 

「っ!しまっ……ぐああああ!!」

 

 焦った騎士に対し、それを見ていた悪魔が一瞬の隙を突いて、口腔から黒と紫の混じった火球を吐き出す。

 我に返った騎士はすぐさま盾を構えるが、防御するタイミングが遅く、盾で防ぎ損ねた炎が肩に命中する。体が溶けるような温度に、騎士の瞳は歪む。

 

 しかし、まだ戦える傷である。

 

―――そう、思った瞬間であった。

 

「――っ!?しまった!空間の激流に……!」

 

 何とか体勢を立て直そうとした騎士であったが、崩壊し始めていた空間の流れに捕らわれ、上手く逃げ出すことが出来ずにいた。それは悪魔も同じであり、背中にある蝙蝠のような翼を羽ばたかせているが、逃げ出す事が出来ずにいた。

 やがて、騎士は激流に抗う事が出来ないまま、崩壊した空間の先にある真っ暗な闇の中に飲みこまれ始めた。

 

「くそっ……!このままじゃ……うわああああああ!!」

 

 必死に抗っていた騎士であったが、努力虚しく闇の中へ瞬く間に飲みこまれていった。

 

 

 

 ***

 

 

 八月一日・東京都のとある家。

 

「ぶ~ん!ぶ~ん!どどどっ!」

 

 昼下がりの暑い時刻、一人の男の子が自分の部屋で、戦闘機のようなおもちゃを片手に一人で遊んでいた。

 部屋の床には、車や列車のおもちゃなどが転がっており、三歳ほどに見える男の子にすれば、年相応の遊びだと言えよう。

 

 男の子の左手に握られているのは、特撮映画に出てきそうな怪獣であった。時折、男の子は自分の口から『ぎゃおー!』という可愛い雄叫びを上げている事から、戦闘機と怪獣が戦っているというシーンを想像しながら遊んでいることが窺える。

 

 彼の母親は現在買い物に出かけており、父親が仕事に出かけていることもあり、家に居るのは男の子一人である。

 真夏の昼下がりに買い物に出かけた彼の母親は、男の子が熱中症にならないように、彼の部屋の冷房をつけ、さらに水分補給用のジュースを置いておいた。しかし、男の子はジュースには一切手を付けずに、ひたすらに戦闘機で怪獣を倒すイメージを頭の中で広げ、遊んでいた。

 

「ぎゃ―――!!」

 

 それが数分続くと、漸く怪獣が倒されたのか、左手に持っていた怪獣の人形を横に倒した。

 同時に、右手に持っていた戦闘機はゆっくりと床に着陸するように下ろされた。

 男の子の顔は非常に満足気であり、彼の脳内で行われていた物語は一先ずハッピーエンドを迎えたのだろう。

 

 そして漸く、母親が置いてくれたジュースに手を伸ばした。しかし、あとちょっとの所で手は止まる。

 

「……こおり!」

 

 冷房の効いた部屋であっても、キンキンに冷やされていたペットボトルには結露が出来ており、若干ながら温くなってしまったのが窺える。

 それを理解したのだろう、男の子はジュースを入れる為のコップと、再び冷やす用の氷を取りに、台所へとテトテトと拙い走り方で向かって行った。その際に、先程着陸させたはずの戦闘機のおもちゃが大事そうに握られていた。

 男の子の部屋は二階にあったため、一階にある台所に向かうには階段を経由する必要がある。そして、階段を降りる際も、『ぶ~ん!』という効果音を口で発しながら、駆け下りていく。

 

 階段を駆け下りると、左手には台所へと通じる扉が見られる。そして右手には、父親の書斎が見える。

 

「……?」

 

 男の子は、不思議な光景に目を丸くする。父親の書斎へ通じる扉の隙間から、眩い光が漏れ出しているではないか。

 氷の事などすっかり忘れた男の子は、すぐさま父親の書斎へと駆けて行く。普段ならば、警察官である父の厳しい言いつけもあり、絶対書斎には入らないように心がけていたのだが、やはり子供。好奇心には勝てずに、父親が家に居ない事をいいことに、扉を開けた。

 

「あっ……!」

 

「しまっ……!」

 

 がちゃりと扉を開けた瞬間、男の子は部屋に居た何かと目が合った。

 目の前に居たのは、小さな生物。といっても、体長三十センチ程はありそうな生物だった。真紅の丸い身体には、小さな足が四本生えており、羽のように見える耳が頭に生えていた。

 そして尻尾も生えており、大きさは体より若干短い程度である。

 

 今までの人生の中で一度も見たことのないような生き物。その生き物が、男の子と目が合って絶句していた。

 可愛らしい大きな口はあんぐりと開かれており、顔の頬に一筋の汗を流していた。

 二人は微動だにせず、見つめ合っていた。

 

(しまった……まさか、人間と鉢合わせてしまうとは……!)

 

 生物の名は、『ギギモン』。彼の本来の姿の、幼児形態に位置する姿である。

 彼の本来の名は、『デュークモン』。電脳世界(デジタルワールド)という、この現実世界(リアルワールド)とは異なる世界に住む住民・『デジタルモンスター』―――略して『デジモン』の一人である。さらに彼は、電脳世界における神のような存在であるホストコンピューター『イグドラシル』の眷属の機関である『ロイヤルナイツ』の一人。

 主であるイグドラシルの命の下、電脳世界の平和の為に日々悪しき者達と戦う、いわば正義のヒーローのような存在であった。

 

 だが、彼はロイヤルナイツの中でも新人であった。ロイヤルナイツに選ばれるデジモンは決められている。それらは、電脳世界における世界崩壊の危機・『デジタルクライシス』の際に活躍したロイヤルナイツの始祖と呼ばれる存在『インペリアルドラモンPM』。その者に選ばれた、十二の種。

 インペリアルドラモン自身を含め、十三体の種によって構成されるのが『ロイヤルナイツ』という機関なのであるが、メンバーが欠ける事は多々ある。

 

 それは、寿命であり、戦いの中で命を落としたりと様々である。

 つまり、先代のデュークモンがいなくなり、現在のデュークモンになった彼なのだが、まだ経験が浅かったのである。

 彼自身、望んだロイヤルナイツの加入ではなかったが、世界の為にと現在まで身を粉にして戦い続けた。

 

 そして、つい先程、ロイヤルナイツとしてとある任務を遂行しようとしていたのだが、予想だにしない出来事により負傷し、更には現実世界まで流される結果になってしまった。

 その出口が、目の前に居る男の子の父親の書斎に在ったパソコンであったのだ。体は、現実世界に流される際に、自己防衛システムにより、負担の少ない今の姿へと変貌した。

 

 パソコンから出てきた彼は、緊張感を持って現実世界に姿を現した。

 デジモンの自分は、出来る限り人間に知られるべきではない。そう考えていた彼は、誰も異ない事を幸いとし、一息吐いたのであった。

 しかし、その瞬間に扉が開かれ、今に至る。

 

(どうする……?相手は人間の子供。その気になれば、走って逃げる事も出来るが……)

 

 今考える事は、一刻も早く人間の目の届かない所に逃げ込む事。そこで肩に負った傷を癒し、再び電脳世界に帰る事。

 このまま黙っていれば人形としてやり過ごせるかとも考えたが、先程自分が声を発した事を思い出し、無理だと悟る。

 

「……わんわん!」

 

「……は?」

 

 男の子は、ギギモンに対し『わんわん』と言葉を発した。一瞬、何を言っているのか理解出来なかったギギモンであったが、恐らく自分の事を犬と勘違いしているのだろうと思い至る。

 すると男の子は、すぐさまギギモンの小さな体を、短い両腕でしっかりと抱き上げ駆け出していく。

 

「ちょ……放してくれ!!」

 

「あっ……」

 

 抱き上げた男の子に対し、ギギモンは短い足をじたばたとさせて男の子から離れようとする。じたばたさせた足は、男の子の腕に命中し、思わず男の子は手を放してギギモンを床に落とす。

 何とか体勢を整えて床に着地したギギモンは、すぐさま男の子から逃げようと身構える。

 

「ふ~……ん?」

 

「う……うわあああああん!!」

 

「っ!?」

 

 突如、男の子は床に崩れ落ち、大声を上げ泣き始めた。その光景に、ギギモンは体を硬直させ、その場から動けなくなる。

 延々と泣き続ける男の子に、ギギモンは凄まじい罪悪感に襲われ始める。原因は明らかに、自分が男の子の拘束から離れようと足を男の子に命中させたこと。

 

 仕事柄、正義感の強くなってしまっていたギギモンは、人間であっても子供を泣かせてしまったという事に対し後ろめたくなってしまい、逃げる事が出来ずにいた。

 そして遂に、泣いている男の子の下に歩み始めた。

 

「あっ…えっと……叩いてしまって悪かった!その……謝るから許してくれないか?」

 

 ギギモンの問いに対し、男の子は首を横にブンブンと振るう。

 

「で……では、何をしたらいい?私に出来る事なら、可能な限り尽力するが……」

 

「……あそぶ」

 

「あ、遊べばいいのか?その位ならばお安い御用だ!私と遊ぼう!」

 

 遊べば許すという旨を口にする男の子に対し、ギギモンは取り繕った笑みを浮かべながら胸を大きく張る。

 ギギモンが遊ぶと言った事に対し、男は先程まで泣いていた事が嘘のように満面の笑みを浮かべ、再びギギモンを抱き上げる。

 先程とは違い、無抵抗のまま運ばれていった先は、男の子の自室であった。

 

 

 

 ***

 

 

 

―――私はギギモン。君の名はなんと言うんだ?

 

―――……タイシ。

 

―――そうか、『タイシ』と言うのか。大志を抱く様な、立派な者に成りそうだな。

 

―――……?

 

―――……あぁ、済まない。少し、難しかったか。

 

―――…あそぶ!

 

―――おお、そうだったな。何をして遊ぶのだ?

 

―――ぼくがせんとうきで、ギギモンがかいじゅう!

 

―――成程、了解した。じゃあ、遊ぼうか!

 

―――うん!

 

 その後、二人は遊びに興じていた。タイシと名乗った男の子は、右手に持つ戦闘機で怪獣役をしているギギモンを倒すという遊びに興じていたのであった。

 倒すと言っても、タイシが口で戦闘機に付いている設定である機関銃を撃つ効果音を口で発し、それに対してギギモンが怪獣らしい声を上げるだけであった。

 

 只、それだけの遊びであった。

 ギギモンからしてみれば、何が楽しいのか解らないものであったが、タイシが笑顔になっているだけで良かった。

 弱き者を笑顔にする。それがロイヤルナイツである自分の使命だと、ギギモンは考えていた。

 今までは、非道や暴力を尽くしていたデジモンを倒すことにより、デジモン達を笑顔にしていたギギモンであったが、こうして戦い以外で笑顔にする手段があると解り、少し嬉しい気分になっていたのである。

 

 そうしてから数十分程遊んでいた二人であったが、タイシは遊び疲れたのか、床で眠り始めた。

 

「……ふぅ」

 

 ギギモンは、これ幸いとばかりに忍び足で部屋から去って行こうとする。これ以上、この部屋に留まる理由は無い。

 ならば、一刻も早く人気のない所に逃げるべきであろう。今は家主の居ないこの家だが、いずれは帰ってくる筈。

 

「……済まない」

 

 若干、名残惜しいものを感じながら、ギギモンは眠るタイシを一瞥し、部屋から去って行こうとし、窓に目を付ける。鍵をかちゃりと開け、周囲に人がいない事を確認する。

 それと同時に、身軽な体で一気に地面にダイブしていく。

 

「ふっ!」

 

 家の脇に生えていた植物に飛び込む。生い茂っている若々しい葉がクッションとなり、ギギモンは特に怪我もすることなく着地することに成功した。

 しかし、未だに左肩は痛んでいる。こうして幼年期に戻ることにより、無駄なエネルギーを消費せずに回復することを望んでいたのだが、やはり一時間経たずでは無理であると理解する。

 少し痛む体で、ギギモンはトボトボと歩き始める。辺りを見渡せば、同じような家が何件も立ち並んでいる。ならば、適当に路地裏にでも行けば、身を隠せる所が幾らでも在る筈だ。

 歩きながら考えていたが、ふと、再びタイシの顔が頭に浮かんでくる。

 

「……さようなら、タイシ。また会えるといいな」

 

 

 

 ***

 

 

 

「きょうね、ギギモンっていうともだちができたの!」

 

「あら、そうなの!うふふ、お母さんも見てみたいわ」

 

「……でもね、ギギモン、しらないうちにかえっちゃった……」

 

 その日の夕刻、タイシは母親と二人で食卓を囲んでいた。父は滅多に夕食には帰ってこずに、帰って来るとしたら夜も更けてきた頃である。

 その為、普段はこうして母親と二人で夕飯を食べるタイシであったのだが、今日出来た友達について語っていた。

 しかし、最後の方になると俯き気味になって、若干涙目になっていた。

 

「きっと、ギギモン君は何か大事な用事があったのよ」

 

「だいじなようじ?」

 

「そ。だから、今度また会える筈よ」

 

「こんど?」

 

 母親の言葉に、タイシは首を傾げて言葉を繰り返す。

 

『――現在、お台場で謎の電波障害が――――近隣の――に被―が……』

 

 そんな二人の食卓に、テレビの報道番組の声が響いてくる。ニュースの報道に対し、母親は少し心配そうな顔をする。

 テレビ画面は、時折砂嵐のように灰色が過ったりしており、中継している場所の電波障害というものが酷いものであることを物語っていた。

 

「あら……電車止まらなきゃいいんだけど……」

 

「でんしゃ?」

 

「そ。お父さんの乗ってる電車」

 

「ふ~ん……」

 

 母親の言葉に、タイシも何気なくテレビの方に顔を向ける。

 そこに映っているのは、夕焼けと砂嵐が交互に映るテレビ画面であった。

 

「あっ……」

 

「ん?タイシ、どうしたの?」

 

 目を大きく見開く息子に、母親は心配そうに声を掛ける。するとタイシは、砂嵐のが混じっているお台場の映像に、人差し指を向ける。

 

「あれ……」

 

「あれ?あれって、何?」

 

「あれ……―――」

 

 

 

 

 

―――コワいの、うつってる。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

「ちっきしょ~、何でだ?急にテレビ映らなくなっちまいやがったぞ?」

 

 秋葉原の電化製品店で、店主と思しき人物が店頭に並んでいるテレビの不調を目の当たりにして、文句を零していた。

 先程までは何ともなかった筈であるのに、夕方の報道番組が始まった辺りから、テレビには砂嵐が映り始めた。

 アナログテレビならば解るが、既に地デジ化が済んだ今では、アナログテレビが店頭に並ぶ事などなく、全て液晶テレビである。それらすべてが一斉に不調に陥るなど、今迄店を経営して初めてであった。

 

 だが、辺りを見渡してみると、電化製品の不調が自分の店にだけ起きている事ではないことが解る。電光掲示板も映らなくなり、道を過ぎていく人達は口を揃えて携帯が繋がらない事を放している。

 さらには、ゲームセンターのゲーム機も動かなくなり、いつもより早く店じまいしている店も見受けられる。

 

「はぁ~……俺んトコも、早く店じまいしろってことかなぁ~」

 

 不調を訴える電化製品を並べて、それを売ろうなどとしても売れる事など無いだろう。そう考え店主は、早速店のシャッターを閉めようとする。

 その為に、シャッターに引っ掛ける為の棒を店内から持ってこようと店に入ろうとすると、店頭のショーウインドに得体の知れないものが映り、すぐさま振り返った。

 

「ん!?」

 

 赤い、ミニブタのような体形の謎の生き物がショーウインドに向かって一直線に奔ってくる。

 このままでは、店のショーウインドにぶつかり、割られてしまうかもしれない。そう考えた店主は、すぐさまその謎の生き物を止めようと前に立ちはだかる。

 

「ちょちょちょ!そこの!止まれ!」

 

「失礼!」

 

「止まれったら……って、失礼!?うおっとっとっと!!」

 

 謎の生き物は、あろうことか言葉を発し、店主の警告を無視して一直線に駆ける。そして店主の股を潜り、ショーウインドに飛び込んでいく。

 割れる、と店主が思った瞬間、赤い謎の生き物はテレビ画面に吸い込まれるようにして消えていった。

 信じられない光景に、店主は顎が外れるほど口を開き、呆然と立ち尽くす。

 

「……はぁ!?」

 

 

 

 ***

 

 

 

 テレビ画面に入ったギギモンは、入った瞬間にデュークモンへと進化した。それは、今から向かう先に居るであろう者との死闘を見越しての事であった。

 お台場から始まった電波障害。そして、秋葉原や他の場所でも起こっている電波障害は、全てこの先に居る者が原因であることは理解出来ていた。

 

「デーモン……くっ!」

 

 自分が現実世界へと来る原因を作った、強大な力を有すデジモン。

 元々、デュークモンが電脳世界と現実世界の間に存在する電脳回線空間に居たのは、そのデーモンというデジモンが現実世界に出て、悪事を働くのを阻止する為の事であった。

 しかし、デーモンを倒すには至らず、あろうことか自分は負傷して、現実世界に来てしまった。自分がこうして、現実世界に来たのだから、デーモンも現実世界に来たというのは容易に想像できることであった。

 

 デーモンのあの醜悪な笑みを思い出すと、左肩に居った傷がジンジンと焼ける様に痛む。だが、応援も望めない中、戦えるのは自分しかいない。

 ならば、どんなことをしてもデーモンが悪事を働く前に、自分がデーモンを倒すしかない。

 

 現在、お台場を中心に広がっている電波障害は、デーモンがお台場の電脳回線空間を根城にしていることが原因だと予想出来る。

 ならば、こうしてお台場の近況を報道しているテレビ画面に入り込めば、お台場から各地へ飛ばされている電波を辿り、目的地にたどり着くことが出来る筈。

 

「何としても、奴が現実世界に出る前に倒さなければ……!」

 

 デーモンは、デジモンの成長過程である中で最上位に位置する“究極体”という存在であった。その中でも、デーモンはトップクラスに位置する存在である。

 もし、デーモンが現実世界に出て、一度暴れればどれだけの被害が出るか予測できないほどである。だが、黙っていれば一時間で町一つが焼野原になる事は間違いない。

 何としても、それだけは防がなければならない。

 

 心に固く誓いながら、デュークモンは電脳回線空間を奔っていく。既に右腕には聖槍“グラム”、左腕には聖盾“イージス”が構えられており、臨戦態勢は整っている状態であった。

 この速度であれば、数分もかからずにデーモンが居るであろう空間に辿り着ける事だろう。

 

(……私に出来るのか?デーモンを倒す事が……)

 

 しかし、近付くことを認識する度に、己の中に恐怖のような感覚が浮かび上がってくることをデュークモンは感じていた。

 相手の実力は、一度の戦闘だけで自分よりも格上である事が理解できるほどの強者であった。

 一瞬でも気を抜けば、デジモンの心臓とも言える電脳核を抉り取られそうな程の威圧を放つ相手。そう考えただけで、動悸が激しくなることを抑えられない。

 しかし、頭を横に振るい、その考えを振り払う。

 

(違う!私がやらなければならないのだ!私が……!)

 

 やれるのは自分だけ。

 恐れを振り払うように、グラムを横に振るい、顔を上げる。甲冑の中からは、決意の固まった黄金の瞳が覗く。

 それと同じくして、電脳回線空間が開けてくる。

 

「……来たか、デュークモン」

 

「……デーモン」

 

 開けた先に在ったのは、広大な球形の空間。壁にはネットワーク回線のような線が幾つも奔っている。

 その広大な空間の中央に、デーモンが悠然とした佇まいで腕を組んで立っていた。

 デーモンは、デュークモンが来ると指をポキポキと鳴らす。それに対しデュークモンは、緊張した面持ちでゴクリと喉を鳴らしていた。

 

 静寂が、辺りを支配する。

 しかし、それを崩したのは、デュークモンがグラムを構えた際に鳴り響いた金属音であった。

 デュークモンはグラムの切っ先を、デーモンに向ける。光沢のある槍には、直線状に佇んでいるデーモンを、姿を歪めた状態で映し出していた。

 

「……私は、貴様を倒す!!」

 

「……ほざけ、小童がァ!!」

 

 二人の声が空間に響いた瞬間、両者は肉迫し、己の武器を振りかざした。

 

 

 

 ***

 

 

 

「――おかしいわねェ……電話もつながらないわ。圏外になってるし……」

 

 タイシの家では、彼の母親が自分の携帯電話を見てそう呟いていた。電波障害は時間が経つに連れて酷くなり、最早テレビが砂嵐しか映らなくなってしまう程であった。

 夕食の後、息子であるタイシが『テレビにコワいのがうつってる』と泣き出し始め、宥める為に暫く寄り添っていた。そしてタイシが泣き疲れて眠った事により一息吐き、夫に電話を掛けようとしたところ、酷い電波障害により通話すら出来ない状況に陥っていた。

 

 母親が廊下で夫に電話を掛けようと奮闘している頃、タイシは自室で、大事にしている戦闘機のおもちゃを片手にすやすやと眠っていた。

 だが、彼の頬には酷く泣き明かしたのだろう、涙の筋が大きく残っていた。

 

「う……うぅん……」

 

 寝苦しいのか、タイシは顔を歪ませるが、腕に抱えるおもちゃは離さずに、寧ろさらに強く抱きしめる。

 悪い夢を見ているかのようにタイシはうめき声を漏らし、目尻には再び涙が溜まっていく。

 そして、ある程度溜まった涙が頬を伝って零れ、顔の近くまで抱き寄せていた戦闘機のおもちゃの上に落ちた。

 

「…まけ……ないで……」

 

 何者かを応援するかのような寝言。

 次の瞬間、彼の握っていた戦闘機が輝き出す。それは一瞬であり、タイシの眠りを妨げるものではなかった。

 だが、戦闘機から溢れだした光は、ふよふよと宙へと浮かび上がっていく。戦闘機と同じような、紅い色をした光がふよふよとタイシの周りを漂い続ける。

 

 だが、突如その光は、扉の隙間を縫って部屋から飛び出していく。その速さは凄まじく、閃光のようであった。

 部屋を出た光は階段を下り、電話を掛けようとしている母親の脇を縫って、一気にリビングにあるテレビの下に奔っていく。

 テレビまで奔っていった光は、一瞬にしてテレビの中に吸い込まれていき、その姿を消していった。

 

 だが、完全に消える前にその光は、()()()()()()()()()()に変形して消えていったのであった。

 

 

 

―――光の向かう先は、今日出来た友達の下。

 

 

 

 ***

 

 

 

「うぉおおおお!!!」

 

 デュークモンは、目の前のデーモンに向かってグラムを何度も突き出す。凄まじい速度と数の突きは、五月雨のようにデーモンに襲いかかる。

 だがその連撃も、デーモンの動体視力を前に、一撃一撃確実に回避されていく。そして他の一撃とは少しばかり大振りになった瞬間に、デーモンは回避した直後にグラムを左腕に抱える。

 

「なっ……!」

 

「ふんっ!」

 

「うわああ!!」

 

 驚く間もなくデュークモンはデーモンに振り回され、十分に回転したところで離された。投げ飛ばされたデュークモンは、一瞬の内に壁に叩き付けられる。

 

「“ケイオスフレア”!」

 

 壁にめり込むデュークモンに対し、デーモンは口に禍々し色をした炎を蓄え、吐き出した。

 強い衝撃を受けた空間の壁からはスパークが発しているが、その中でもデュークモンは体を何とか動かし、デーモンの“ケイオスフレア”に対しグラムを構えた。

 

「“ロイヤルセーバー”ァアアア!!」

 

 神々しく輝く槍を突き出した瞬間、“ケイオスフレア”と激突し、爆発が起こる。黒煙がデュークモンの周囲に立ち込め、視界が悪くなっていく。

 その光景を見ながら、デーモンは高らかな笑い声を上げていた。禍々しい炎の残滓が周囲に漂い、下から立ち込めてくる黒煙に身を包ませるその姿は“悪魔”に房まわし勝った。

 

「フハハハハァ!!ロイヤルナイツともあろう者が無様だな!!」

 

「くっ……!まだだ!」

 

 だが、黒煙の中からグラムを構えたデュークモンが飛び出し、再びデーモンへと肉迫していく。

 先程までめり込んでいた壁を蹴り、一気に加速していく。その際に散らばるデータの残滓と共に、デュークモンの鎧の破片も幾つか宙に散らばる。

 

「でやあああ!!」

 

「無駄だ!」

 

 グラムを突き出すが、その一撃はデーモンの左腕によって弾かれ、逆に懐に入られる。そのままもう片方の手で腹部に一撃をもらう。鎧に罅が入る嫌な音が響き渡るが、デュークモンは何とか意識を保ちながら左腕のイージスをデーモンに叩き付ける。

 同じ究極体の強烈な一撃と言えども、盾による殴打、それも満身創痍に違わない状態で放たれる一撃など、デーモンには痒い一撃であったことは言うまでもないだろう。

 先程グラムの一撃を弾いた左腕が、デュークモンの顔面に襲いかかる。

 

「がっ……!」

 

 側頭部に入った殴打は、デュークモンの意識を刈り取る寸前んの所までいったが、それでも完全に刈り取ることは出来なかった。

 しかし、現在の状況を見る限り誰が勝つかと問われたら、百人中百人がデーモンであると答えるだろう。

 

 頭部に一撃を貰ったデュークモンは、よたよたと後方に後退さる。だが、次の瞬間デーモンの長い左手が、デュークモンの頭を掴んだ。

 メキメキと音を立てながら掴まれるデュークモンは、デーモンの手の中から苦悶の声を漏らす。

 力なく腕を垂らす騎士に、悪魔は醜悪な笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「……虚しいな、デュークモンよ。元より、ウイルス種としての本能を抑えこんでいる貴様が、ウイルス種の頂点とも言える吾輩に勝とうなど考えることが間違いなのだ」

 

「くっ……!」

 

 デーモンの言葉に、デュークモンは悔しそうな声を漏らす。

 デジモンには、主に三つの種がいる。それは“ワクチン”と“データ”と“ウイルス”である。これら三つは三すくみの関係になっており、ワクチンはウイルスに強く、ウイルスはデータに強く、データはワクチンに強い。他にも何種類か種はあるが、デジモンの種は九割方この三つの内のどれかである。

 さらにこれら三つの種には、それぞれの本能のようなものが存在しており、性格にも反映されやすい。

 デュークモンとデーモンの属しているウイルス種は、最も生物としての本能が強く、攻撃的な性格をしている者が多い。

 

 デュークモンも、この姿になれるようになる以前はウイルス種としての本能に従い、戦いに明け暮れていた。しかし、何の因果かデュークモンの進化し、その際にウイルス種としての本能を抑え込む形に進化したのであった。

 故に、他のウイルス種よりも理性もあり、知性を持って行動を起こすことが出来るが、本能が抑えられている分、戦闘力は下がる。普段の戦いであれば、それは気にもしない程のものであるが、こうして相手がトップクラスの強さを持つデジモンになると、本能を抑えているが故に弱体化が露見するのであった。

 そのことをまざまざと現実として見せられているデュークモンは、何も言えずにいた。

 

「どうだ?吾輩の配下に下るというのであれば、許してやらんでもないぞ?」

 

「……断る」

 

「……ふん!」

 

「ぐああ!」

 

 デーモンの勧誘を断ったデュークモンであったが、応えた瞬間に投げ飛ばされ、電脳空間の壁に再び叩き付けられた。

 その際に、デュークモンのテクスチャの一部が剥がれ落ち、ワイヤーフレームの一部が露わになる。テクスチャは、デジモンにとっての皮膚。そしてワイヤーフレームはデジモンにとっての骨格的存在である。つまり今のデュークモンは、皮膚が剥がれ落ち、骨が露わになっているのと同じ状態であり、かなり危険な状態であった。

 

 だが、そんな体でもデュークモンはグラムを杖のようにしながら何とか立ち上がる。

 

「見苦しいぞ、デュークモン。何故そこまで生き恥を晒そうとする?」

 

「……戦わなければならないのだ」

 

「……何?」

 

 疑問の色を含む声を漏らすデーモンに、デュークモンは何度掲げたか解らないグラムを、再びデーモンに向ける。

 グラムにも罅が入っており、あと数発強い衝撃が入れば、音を立てて崩れ落ちそうな程ボロボロな見た目であった。

 それは体中同じであった。しかし、罅の入っている痛々しい姿であっても、甲冑の中から覗くデュークモンの瞳は、闘志に満ち溢れていた。

 

「……何度でも……何度傷ついても……私は、弱き者を守るために戦いに行かなければならないのだ!」

 

「……吾輩にも勝てぬ雑魚が、何をほざくか!!」

 

 デュークモンの言葉に怒声を返したデーモンは、すぐさま体をのけ反らせる。すると、デーモンの口から轟々と炎が溢れだす。

 その攻撃に見覚えのあるデュークモンは、目を見開いた。何とかして回避しようと足に力を込めたが、上手く動かない。寧ろ、ガクッとその場に崩れ落ちてしまう。

 

「しまっ…―――!」

 

「死ねェ!!“インフェルノフレイム”!!」

 

 業火。地獄で燃え盛る様な、赤々とした、血の色の様な炎が一瞬にしてデュークモンの居た場所を飲みこんでいく。

 デーモンの必殺技である“インフェルノフレイム”は、只の究極体であれば一撃で屠ることの出来る威力を有している。満身創痍のデュークモンを仕留めるには、十分すぎる攻撃であったろう。

 数秒、業火は電脳回線空間の中を轟々と燃え盛る。そして、暫く放った後デーモンは、狙った先を見て口角を吊り上げた。

 

「……ククク……フハハハハハァ!!無力無力無力!!ロイヤルナイツと言えど、吾輩の前では須らく弱者であるのだ!!フハハハハハ……は?」

 

 高らかに笑い声を上げていたデーモンだが、違和感の様なものを覚える。それは、目の前で燃え盛る業火の中に、何やら巨大な影が一つ見えたことによるものであった。

 

――馬鹿な。奴は、吾輩の地獄の業火で灰にした筈……。

 

 次の瞬間、業火の中から一つの影が飛び出してくる。その影はデーモンに光線のようなものを発し、デーモンを牽制する。

 それに対しデーモンは、得体の知れない攻撃に警戒心を抱き、すぐさま上の方向に回避する。その時、業火の中から出てきた影の背に、デュークモンが乗っているのが瞳に映った。

 何が起こったのかと目を見開くデーモンに対し、デュークモンもまた、自分に何が起こっているのか把握できていない状況であった。

 

 あの業火が襲いかかる刹那、この真紅の戦闘機のようなものがデュークモンを庇い、さらにはこうして背中に乗せて脱出することも手伝ってくれた。

 味方であることは間違いないが、一体誰が差し向けたのだろうと首を傾げる。

 

「君は……?」

 

 デュークモンの問いに対し、戦闘機のような生物の先頭に付いている瞳のような部分がチカチカと光る。

 恐らく喋れないのだろう。しかし、一生懸命何かを伝えようとしている事は伝わってくる。

 少しすると、ノイズの混じった音声のようなものが流れ始める。それは只一つの事を繰り返し発していた。

 

『ガガッ、ピー――負け――ピー、ガガガッ、ないで――』

 

「ッ……!」

 

 流れる音声から、その声の主が誰であるのか瞬時に理解した。

 そして、優しく戦闘機の背を撫でる。

 

「……有難う、タイシ。君なんだな?」

 

『ピピッ、ガー、負け――ない、ガガッ、で、ピー』

 

 聞こえてきたのは、今日初めて会った、人間の男の子の声。それがデュークモンを応援するように何度も再生している。

 甲冑の中で人知れず涙を流したデュークモンは、バッと顔を上げ、デーモンの方に目を向ける。

 

「……あぁ、負けない。だから、タイシ――」

 

 

 

 

 

 

 

一緒に戦ってくれ。

 

 

 

 

 

 

 次の瞬間、紅蓮の炎がデュークモンを包み込む。それはデーモンの放った炎ではない。デュークモンと、電脳空間を飛行する戦闘機。二人を包み込むように、一つになるように溢れだしたデータの奔流と言えようか。

 弱き者を守ろうとする意志をと、友達を守るため起きた奇跡が、今まさに一つになり始めている。

 

「くッ……何が起きているのか知らんが、そんなことさせると思うかァ!!“インフェルノフレイム”!!」

 

 デュークモンの変貌に、底知れぬ不安を覚えたデーモンは、すぐさま自分の必殺技である地獄の業火を吐き出す。

 データを全て焼き尽くすような業火が、再びデュークモンたちに襲いかかる。

 

 だが、次の瞬間、デュークモンたちに向かって空間を爬行していた業火は、一筋の光によって斬り裂かれた。

 たったの一閃。それが、デーモンの放った“インフェルノフレイム”を悉く薙ぎ払っていく。

 そして、両断された業火の先に、変貌したデュークモンの姿が垣間見えた。

 

 真紅と銀色であった鎧は、そのほとんどが紅蓮に染まっていた。さらに騎士を思わせていた大きなマントは無くなり、代わりに天使を思わせる様な純白の翼が五対生えていた。

 “インフェルノフレイム”を両断したであろう剣は左手に握られており、それも純白の光を放っていた。

 

「ば……馬鹿な……!」

 

「……行くぞ、デーモン」

 

 そう言った、紅蓮の鎧を身に纏ったデュークモンは、右腕を天に伸ばすように掲げた。すると、どこからともなく溢れだした光がデュークモンの右手に収束していき、一つの両刃の槍が生まれた。

 左手に持つ剣と同じような純白の輝きを持つ槍が出来上がると、それを肩に担ぎ、デーモンへと狙いを定める。

 

 

 

 

――――“クォ・ヴァディス”

 

 

 

 

 デュークモンは、肩に担いだ神槍“グングニル”を投擲する。それは避ける間もなくデーモンに命中する。

 その瞬間に、今迄とは違う爆発が起こる。火薬が爆発するようなものではなく、星が爆発するような煌々とした爆発。

 

「ぐ、ぐああああああ!!」

 

 直撃を喰らったデーモンは、一瞬の内にテクスチャを焼かれ、ワイヤーフレーム、そして電脳核ごと分解されていく。

 まさか、姿が変わっただけでここまで強さが変わるとは思いもしなかった。

 

―――まさか奴は、“超究極体”とでも言うのか!?

 

 デジモンには、幼年期、成長期、成熟期、完全体、究極体という区分がある。生まれたデジモンは須らく幼年期であり、須らくどれだけ成長しても究極体を超えることはない。

 だが、究極体の中でも、他の究極体を隔絶した力を持つ究極体の事を“超究極体”と仮に呼ぶことがある。

 魔王とも呼ばれる自分を一撃で下すなど、“超究極体”でなければあり得ない。

 

「クソォオ!!この屈辱、忘れんぞ!!デュークモォオオオオオン……――!!!」

 

 断末魔が、瞬く光と共に空間に広がっていき、光が消え失せると共に断末魔も聞こえなくなった。

 光が止むと、そこにはデーモンの姿は既になかった。

 次の瞬間、デュークモンの紅蓮の鎧は無くなり、元の銀色と真紅の鎧を纏い、マントを靡かせる姿に戻った。

 甲冑から覗く瞳は、深い安堵の色に染まっていた。

 

「これで……」

 

 グラムとイージスをデータに分解して収納したデュークモンの手には、先程の姿から戻った際に体から消え去っていった光の残滓が残っていた。

 その残滓を、一人佇むデュークモンは、ギュッと握り締めた。

 

「…有難う……」

 

 

 

 ***

 

 

 

「う……うぅん……ん?」

 

 夜も更け、月明かりだけが唯一の光源となっている深夜、タイシは何故か起きてしまった。普段であれば、こんな時間に起きる事などほとんどないのだが、何か聞こえたことにより、目を覚ましてしまった。

 音の聞こえる方向に首を向ける。寝ぼけたタイシは、目をこすりながら窓の方に目を向ける。カーテンを閉めている為、外の様子を伺う事は出来ない。

 拙い足取りで窓の方まで歩いていき、カーテンを少し開ける。

 

「あ……ギギモン……」

 

『やあ、タイシ』

 

 そこに居たのは、昼下がりに自分と遊んだ赤い生き物。その生き物が、どうやってかは知らないが二階にある筈のタイシの部屋の窓に手を掛け、部屋を覗くようにしていたのである。

 タイシはギギモンが帰ってきたことに対し満面の笑みを浮かべ、すぐに窓を開けようとする。

 

『あぁ、開けなくて大丈夫だ。タイシ』

 

「……?どうして?」

 

『……御別れを言いに来たんだ』

 

「おわかれ?」

 

 ギギモンの言葉に、タイシは寝ぼけた頭で意味を理解しようとするが、上手く頭が回らない。

 そんなタイシを見て、フッとギギモンは笑みを浮かべる。

 

『私は暫く、君とは会えない遠い所に行くんだ』

 

「とおいところ?ギギモンにあえないの?」

 

『いいや。きっと、また会えるさ』

 

 タイシの潤んだ瞳に、ズキンと心が痛む感覚を覚えながら、ギギモンは何とか絞り出した声を発した。

 

『だから……また今度』

 

「……うん。またね、ギギモン!」

 

『ああ……さようなら、タイシ』

 

 それだけ言って、ギギモンはタイシの視界から消え失せる。その光景に暫し茫然としていたタイシであったが、眠気には勝てず、拙い足取りでベッドに戻っていく。

 

 明日になれば、これが夢だと思って過ごしていく事も知らずに。

 

 

 

 ***

 

 

 

 それから時が経った、電脳世界のとある場所。

 

「――星を眺めて、何を感傷に浸っているんだ?」

 

「……オメガモン」

 

 夜空を見上げるデュークモンの下に、一体のデジモンが歩み寄ってくる。白い鎧を身に纏い、右腕には狼の頭部のようなものを、左腕には龍の頭部のようなものを付けているデジモン。

 デュークモンと同じように、マントを靡かせている彼の名は、同じロイヤルナイツの一人である『オメガモン』というデジモンであった。

 オメガモンは、バルコニーの柵に寄りかかるデュークモンの横に並んで、夜空を見上げる。

 

「いや……ただ、な」

 

「ただ、何だ?」

 

「……もし、デジモンと人が同じ世界に居たら、世界は平和に歴史を刻んでいけると思うか?」

 

 デュークモンの問いに、オメガモンの翡翠色の瞳が少し小さくなる。暫し考えたような素振りを見せた後、オメガモンはため息を吐いて語り始める。

 

「解らないな。前例の無い事に、我々が予測立てするのは、烏滸がましいとは思わないか?」

 

「……そうか?」

 

「ああ。こうした今でも、身近の平和を保とうとして手一杯の我々なら尚更だ」

 

「……そうだったな。済まない。変な質問をしてしまって」

 

 それだけ言って、デュークモンはバルコニーから去ろうと、歩み始める。コツコツと音を立てて去って行く後ろ姿は、どこか哀愁が漂っていた。

 だが、完全に月明かりに照らされて浮かび上がるデュークモンの影が消え失せる前に、オメガモンは口を開いた。

 

「――だが、平和になるのならば、それは素晴らしい事だと考える」

 

 オメガモンの言葉を聞いたデュークモンの足は一瞬止まる。だが、すぐにデュークモンの歩みは始まる。

 しかし、その足取りは先程よりもどこか軽やかであった。まるで、どこか楽しい場所に行く予定の子供のように。

 

 

 

 ***

 

 

 

タイシ。私は、電脳世界の平和の為に、日々戦っている。

 

それは、何年、何十年、何百年、何千年続くか解らない。

 

だが、私は思うのだ。

 

君と過ごしたあの数時間は、私にとって永遠の思い出だと。

 

だから、楽しみにしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

君とまた、会える日を。

 



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