IS~ワンサマーの親友   作:piguzam]

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陳腐でねーわーって展開になった。
反省はしている。しかしこれが作者の限界です。スマソ。


これにてクラス代表決定戦、終幕でござい

さてさて、結論から言うぜ。

 

さっきの試合、腐れアマVS一夏の試合は、一夏の勝ちだ。

 

あの後で一次移行(ファーストシフト)が完了した一夏の白式は、それまでとは比べ物にならないスピードと機動力を得た。

その恩恵と今日まで繰り返した地獄の特訓の成果を遺憾なく発揮した一夏は、ブルー・ティアーズのミサイルを切り裂いて腐れアマに肉薄。

雪片から展開されたレーザー状の刀身がブルー・ティアーズのスラスター全てを刻んでシールドエネルギーをゼロにし、見事勝利を飾った。

うんうん、さすが俺の兄弟分、これぐらいはしてもらわなきゃな。

しかし俺はそんな思いを一夏に伝える事はしなかった……いや正確には出来なかったの方が正しい。

まぁそれが何故かっつうと……。

 

「さて、何か申し開きはあるか?無いよな一夏?では大人しく斬られろ」

 

今現在、嫉妬の波動に呑まれつつある箒に断罪されそうだから、声を掛けたくても掛けれねえんだよ。

俺が視線を向けた先には、居合いの練習用に借りてる刃が潰されたポン刀を上段に構えた、濁った目をしてる箒の姿である。

ちなみにその刃の矛先は我が兄弟分である一夏なんだけどね。

 

「い、いやちょっと!!ちょっとでいいから待って下さい箒さん!?さっきのはホント事故なんだ!!信じてくれ!!」

 

「あぁ判ってる。あれが事故だというのは良く判ってるさ。だが事故だと言う言葉だけで片付けられるほど、私の心は穏やかではなくてな(チャキッ)」

 

「何で!?本気で悪気は無かったんだって!!の、のほほんさん助け……」

 

「おりむ~は~一回斬られた方が~すご~くすご~く良いよ~♪」

 

「『良いと思う』じゃなくて断言された!?だ、だだ誰かヘルプーー!!」

 

さすがにそれは洒落にならないと焦ってる一夏は冷や汗をダラダラと垂らしながら本音ちゃんに助けを求めてた。

その助けを笑顔で断った本音ちゃんテラコワす。

 

何で箒がこんなに怒ってるかっつうと……一夏の奴、最後の最後でヤラかしやがったんだ。

 

腐れアマのブルー・ティアーズのスラスターを斬り裂いてシールドエネルギーをゼロにしたまでは良かった。

そこまでは良かったんだが……そうすると、スラスターが無くなった腐れアマは自由落下を始めてしまった。

試合の熱気は一気に冷めて、次の瞬間にはアリーナから悲鳴が挙がる。

それを見た一夏は急いで急降下して、地上スレスレの時点で腐れアマをお姫様抱っこして助けた。

まぁここまでだったら人命救助って事で箒もそこまで怒るつもりは微塵も無かったんだと。

 

だが、その後が問題だ。

 

地面スレスレで腐れアマを助けた一夏だったが、事もあろうに白式の足を地面に引っ掛けちまったんだ。

片足のみに急に制動が掛かった所為でバランスを崩した白式は、次に非固定浮遊部位(アンロックユニット)が地面を擦ってそのまま華麗に地面に着地。

ゴロゴロと派手に転倒をカマしてしまった一夏と腐れアマだったが、土煙の所為で何が何やらって状況だった。

その様をモニターで見ていた俺達だったが……煙が晴れた先の光景に、俺と千冬さんは揃って溜息を吐いちまった。

土煙の晴れた先に待ち受けていた光景は、俺達の度肝を抜く光景だった。

 

どう縺れ合ったらそうなるのか、地面に倒れ伏した一夏の顔面には……腐れアマのケツが乗っかってた。

 

しかも何故か放り投げられた雪片の代わりに一夏の両手に納まるは、馬乗り状態で一夏にロデオしてる腐れアマの胸。

つまり、一夏のボケは公衆の面前で公開顔面騎乗○をご披露してくれやがったってワケです。

 

それなんてラッキースケベ?

 

この瞬間、アリーナは別の意味の悲鳴で満たされた。

 

腐れアマは自分の体勢を理解したのか、顔を真っ赤に染めて声にならない悲鳴を叫んで気絶。

一夏は自分が何処を掴んでるかってのと自分の顔の上に何が乗ってるのかを理解したのか、身体を捩って脱出してから腐れアマと同じ様に顔を真っ赤にしてた。

これを見た箒ちゃんがダークサイドに覚醒☆

見た目瘴気と見紛う様な真っ黒いオーラを身体から噴出してポン刀を召喚、マジでどっから出したか謎だったぜ。

そのまま箒は一夏が帰ってくるまで鯉口をチンッチンッとこ気味良く鳴らして哀れな罪人を待ち受けてた次第です。

ぶっちゃけ鯉口を切る音が一夏の処刑を刻々と刻む時計の音にしか聞こえなかったぞ。

ちなみに千冬さんはというと……。

 

「勝てば官軍、等と思うなよ織斑。あれだけ熱心に鍋島の試合を見ておきながら、同じ失敗をするとは何事だ大馬鹿者。オマケに公衆の面前で痴態を演じおって……一体誰がオルコットを持ち上げろと言った?しかも顔面で」

 

「す、すいませんでした……」

 

馬鹿者から大馬鹿者へランクアップ。

クズとかにランクダウンしてないのは千冬さんらしいぜ。

オマケとばかりに一夏に拳骨を1発お見舞いしてから小言をたっぷりとプレゼントしてた。

やれ俺の試合で何を学んだとか公衆の面前で何をヤラかしてるこの恥弟がとか、ご尤も過ぎて反論できない事ばかりだ。

 

ちなみに一夏の白式の待機状態は……白いガントレットだった。

っていうかまず待機状態を目にした時に何とも言えない雰囲気が漂ったからね?

まず何で防具なんだよ?アクセサリーじゃねえし。

一夏なんかかなり楽しみにしてたってのに、待機状態を見た瞬間「絶望した!!」って顔になったのは見てて気の毒だった。

だが、それでもめげずに一夏は待機状態の白式を調べてみたんだが、俺のオプティマスみてーな機能は一切付いてなかった。

それを知った瞬間「くっ!?何て不器用なISなんだ!!白式!!」って叫んだ一夏が哀れに見えちまったよ。

 

そんで一旦落ち着いた所で千冬さんは最後に雪片、じゃなくて『雪片弐型』の能力の説明を終えると俺達の試合時刻を伝えて管制室へ行ってしまった。

 

『雪片弐型』から出てきたレーザーの刀身……雪片の特殊能力は『零落白夜』っていうらしい。

 

『零落白夜』ってのは、所謂バリア無効化攻撃、つまりは相手のシールドエネルギーを切り裂いて、相手のISに直接ダメージを与える事ができる能力。

その際に絶対防御を発動させて、強制的にISのシールドエネルギーを大幅に削るチートな特殊能力。

だが、これもメリットばっかりってワケじゃねえ。

その1つが発動に必要な条件。

白式の零落白夜を発動させるには、自分のシールドエネルギーを大幅に消費する必要がある。

つまり相手に攻撃を与えつつも、自分のシールドエネルギーも減ってしまうという正に諸刃の剣。

シンプルな話し、白式ってのは単体ではドラッグマシンも真っ青な燃費最悪の欠陥機。

すぐにエネルギー切れを起こす上に武装は近接ブレードのみっていう、どエラくピーキーなマシンだ。

 

……俺のオプティマスプライムと相性最悪な件について。

スマン一夏、下手すっと秒殺コースになりそうだわ。

確かに攻撃力は大事だぜ?

だが、一夏の白式が俺のオプティマスに勝ってるのは一撃の攻撃力と機動力、速度の3つだけ。

攻撃の手数も武器のバラエティもタフさ(防御力)も、何よりパイロットの純粋な戦闘力ってのが俺と一夏じゃ開きが在り過ぎる。

そうそう負けてやるワケにもいかねえしな。

俺はそんな事を考えながら今正に断罪の剣を振り下ろされそうになってる一夏に視線を送る。

すると、俺の視線に気付いた一夏が俺にアイコンタクトを送ってきた。

 

(頼むゲン!!助けてくれ!!このままじゃ綺麗に分割されちまう!!)

 

(自業自得だろがアホ。大人しく捌かれとけ、まな板の上のフィッシュの如くな)

 

勿論俺はさっさと見捨てる。

いつまでも巻き込まれて堪るかってんだ。

そんな俺の心暖まる対応に一夏は必死な顔で食い下がってくる。

 

(そんな事言わないで!?た、確かにオルコットには悪い事したけど、何で箒がこんなに怒ってるんだよ!?俺全然判らん!!)

 

(気付かないお前が悪いだろぉが、少しはその年中お姉ちゃんの事しか考えてねえシスターラヴブレインで考えてみろや)

 

俺は一夏にアイコンタクトでそう伝えて鼻で笑ってやった。

すると、俺のメッセージを受け取った一夏は顔を真っ赤にさせて俺を睨んでくる。

おいおい、何も本当の事を言われたぐらいでそうカッカするんじゃ……。

 

(バッ!?だだだ誰がシスコンだ!!?お前なんか巨乳フェチじゃねえか!!この乳タイプ野郎!!)

 

ビキッ!!!

 

(……あ?)

 

(……あ)

 

俺に暴言を吐いた一夏に、俺は青筋を浮かべながら綺麗な笑顔を見せる。

すると一夏は「やっちまった」みたいな表情を浮かべて冷や汗を更に倍増させた。

え?何だって一夏君?俺が巨乳フェチ?……ず、随分と面白い事言ってくれるじゃな~い?

 

「なぁ箒?ちょっといいか?」

 

俺は輝く様な笑顔を浮かべたまま一夏達の所まで近づいて、後ろから箒に声を掛ける。

本音ちゃんは箒と同じで一夏の方を向いているから俺の声に気付いて振り向こうとしてたが、一夏が必死に止めてた。

 

「ゲン、今私はお前なんぞに構ってる程暇ではない。話しなら後にしろ」

 

ブチッ!!!

 

箒は俺の方に振り向くこともせずに背中越しにそう言って刀を振り上げようとした。

ちなみに今のブチッ!!!ってのは俺の額辺りから鳴ったサウンドです♪

おいおい幼馴染みよ、テメエは人と話す時にちゃんと目を見ろって言われなかったのか?

しかもお前なんぞってヒデェなぁオイ……ちょ~っとばかし怒っちまったぜ。

 

「どうしたの~?ゲン……チ……あ、あわ、あわわわわわわわ~~!?」

 

そして俺の声に反応して振り向いてくれたマイオアシスたる本音ちゃんは俺の顔を見るなりガタガタと震えだしてしまった。

ごめんなぁ本音ちゃん、今は本音ちゃんに構うワケにゃいかねえんだ。

ちょっとだけ待っててくれよ?

俺はブチ切れそうな自分を必死に押し留めて声のみに威圧感をたっぷりと乗せる。

 

「コッチを、見ろや」

 

「ッ!?(ビクゥッ!!)な、何だと言うのださっきか……ら……」

 

カシャーンッ

 

俺が威圧感を乗せた声で箒に語り掛けると、箒は肩を震わせてから俺の方に振り向き、俺と目が合うと刀を落としちまった。

うん?どうしたんだろうなぁオイ?

俺はこんなにも輝く笑顔を浮かべてるってのによぉ。

まぁ話が進みやすいからいいんだけどよ(笑)

俺は呆然としてる箒の肩に優しく、優し~くポンと手を置く。

 

「悪いなぁ箒。話しの腰を折っちまってよぉ」

 

「い、いえいえいえ!?全然!?全く、微塵も、これっぽっちも問題ありません!?(ビシィッ!!!)」

 

俺が笑顔で箒に謝罪を述べると、箒は姿勢を直立させながら涙目で俺の言葉に応えた。

 

「あっそう?そんじゃぁ悪いんだけどよぉ……一夏をここで殺るのはちょ~っとだけ待ってくんねえか?」

 

俺は直立で俺に答えた箒に変わらない笑顔……有無を言わせない笑顔でそう言い放つ。

コレを聞いた本音ちゃんは震えながらも可哀想なモノを見る目で「おりむ~……頑張って~」と一夏にエールを送っていた。

更に一夏自身も俺の言葉の意味を理解したのか、青い顔を土気色に変えてしまう。

まぁ今更止める気はこれっぽっちもねえけどな。

俺はそのまま直立不動の姿勢を保つ箒の肩から手を離さずに言葉を続ける。

 

「次の処け……喧嘩で、コイツぁ俺が挽肉にすっから……オメエはその後で好きなだけいたぶってやってくれや……なぁ?」

 

「わ、わかりましたぁッ!!?」

 

俺の処刑宣告に元気良く返事を返してくれた箒に満足して、俺は肩から手を離す。

さあて、もう直ぐ開始の時刻だしピットへ移動しますか。

 

「それじゃあ……アリーナで会おうぜぇ……一夏君よぉ……」

 

俺は輝かしいスマイルを浮かべたままに土気色の顔で呆然としている一夏に声を掛けて第1ピットをから出た。

処刑時間まで後35分、とても待ち遠しいぜ。

俺は待機状態のオプティマスを目に掛けてから、反対側のピットゲートを目指して歩き出した。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

此方は先ほど元次が出て行った第1ピットの中。

そこには立ったまま呆然としている箒と、床に正座状態で身体を震わせている一夏。

そして額の汗を拭う様な仕草をしている本音の3人だけが居た。

 

『……(ペタン)』

 

と、元次が出て行った事でプレッシャーから開放された反動か、箒は女の子座りでピットの床に座ってしまう。

正しく箒は、腰が抜けたのであろう。

野生の王者であるヤマオロシを竦み上がらせる程に強大なプレッシャー。

そこに加味された怒りという名の波動。

千冬の様な百戦錬磨の者達のみが耐えられる様な代物を一身に浴びてしまえば、箒がこうなってしまうのも無理はなかった。

 

『……ハッ!?お、おい箒!!大丈夫か!?』

 

コレに気付いた一夏は、震える自分を押さえ込み、箒に駆け寄る。

一夏からすれば幼馴染みが自分の兄弟から受けたプレッシャーは、本来自分が受けるものであった筈なので、箒を巻き込んだ罪悪感があったのだ。

女の子座りで呆然としていた箒は、一夏の心配そうな声にゆっくりと振り向き慌てている一夏を視界に捉える。

そして……。

 

『……こ……殺されるかと思った……い、一夏ぁ(だきっ)』

 

『うおっ!?あ、あぁ。もう大丈夫だぞ?もうゲンは怒ってねえからさ、元気出せって』

 

元次の迫力で動けなくなった下半身をそのままに泣きそうな声を出しながら腕だけで一夏に抱きついた。

そんな箒を一夏はオロオロしながらもあやす様に背中を摩ってやる。

今までも何度かあのプレッシャーを受けた事がある先達としては、箒に深く同情するのは当たり前だった。

一夏の心境では、箒の殺されるかと思った発言も仕方ないと思っている。

別に元次にそんなつもりは無いのは判っている一夏だったが、元次の放つプレッシャーはそれと同義と言える程に恐い。

つまり、その元次を真正面から押さえ込む事ができる千冬や一夏達の知らない人間なら、かの伝説の極道、冴島が元次の上に当たるワケだ。

 

『サ、サングラスを掛けてたから……前より恐かったよぉ~……』

 

そんな風に感想を言う事が出来る本音に感心しながら一夏は次の試合で生き残れるのだろうか、と自分の命を割と本気で心配していた。

 

 

 

尚、この少しした後で箒は正気に戻り、自分の大胆過ぎる行動にパニックを起こしてしまうがそれは割合する。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

さて、試合おおっとぉ、間違えた……処刑の時間がいよいよ訪れたぜ。

現在のアリーナの様子は、もはや興奮収まらぬといった処だ。

モニターに映る観客席に座る少女達の表情は今か今かと俺と一夏の喧嘩を待ち望んでるんだろう。

熱気が違うというか、視線がさっきまでと全然違うからな。

それも当然っちゃ当然か。

何せこの間までISに触れた事もねえズブの素人2人が代表候補生に勝っちまったんだからな。

しかもこの女尊男卑の世界で自分達女より下だと思っていた男2人がだ。

一次移行(ファーストシフト)すら終えていない初期設定の機体で代表候補生を追い詰めたばかりか、そのままブチのめして完勝。

正に度肝を抜く展開って奴だ。

そして今度はその世界に2人しかいねえ男性IS操縦者同士の試合。

これじゃテンションが上がっちまうのも無理はねえ。

俺が闘うまでの物珍しさからくる視線は1つとして残っちゃいないし、皆これから始まる試合を心から楽しみにしてるって感じだな。

こんな状況じゃ観客の期待に応えるしかねえだろ。

 

俺はワイワイと騒ぐモニターの向こうの観客席を見ながらそんな事を考えていた。

 

「ねぇねぇゲンチ~、もう直ぐ時間だけど~、おりむ~に勝てるのぉ?」

 

と、俺がモニターを見ながら考え事をしていると、ついさっきこのピットに訪れた本音ちゃんがそんな事を聞いてきた。

今は向こうのピットに居るのは一夏と箒で、俺のトコには本音ちゃん。

管制室に千冬さんと真耶ちゃんがスタンバイしてる。

まぁ本音ちゃんが態々俺の方に来てくれたのは素直に嬉しかった。

俺が1人寂しくモニターを見ていたら、いつもと変わらないほわわんとした笑顔で「応援に来たよ~♪」だぜ?

もうテンションが上がるは癒されるはで……お陰でかなり気力が満ちております。

具体的には一夏をグチャ殺できちゃうぐらいにテンションがアップアップ状態。

そんな俺が一夏に勝てるのか?だって?

 

「へへっ、冗談言っちゃいけねえぜ本音ちゃん?本音ちゃんが態々応援に来てくれたんだ。おかげで気力も殺る気もMAX状態な俺に、負けなんて珍事はありえねえよ」

 

「ふぇっ?……そ、そっか~……私の応援のおかげなんだ……にしし~♪ふれ~♪ふれ~♪ゲ・ン・チ・~♪がんばれがんばれゲ・ン・チ・~♪(パタパタ)」

 

俺の言葉を聞いた本音ちゃんは気恥ずかしそうに頬を染めながら満面ののほほんスマイルを浮かべてくれた。

しかも長く余った袖を応援旗の様にフレ~ッフレ~ッと左右に頑張って揺らしてる。

 

……もう俺に恐いモンはねえぞ、誰だってブチのめしてやれるぜ。

今の俺なら千冬さんにだって文句無しに勝てる自信があr――。

 

 

『試合時間だ鍋島ぁッ!!とっととそのだらしない不愉快なツラを引き締めろぉッ!!(あの馬鹿者がッ!!思いっ切り鼻の下を伸ばしおってッ!!)』

 

「へいわかりやしたぁーーー!?」

 

無理、絶対に勝てねえ。

 

俺が本音ちゃんの応援にぽわわんとしている所に降り注ぐは、スピーカーから鳴り響く千冬さんの怒声でした。

しかもかなり不機嫌そうだった。

何せ音しか伝えてこねえ筈のスピーカーからゴゴゴゴ……って擬音まで聞こえて来る様に感じたし。

さすが千冬さん、スピーカー越しでもプレッシャーがハンパじゃねえっす。

俺は軽く首を廻して伸びをしてから、俺の後ろに居た本音ちゃんに振り向く。

其処に居た本音ちゃんは、千冬さんの怒声からのショックか、目をナルトの様に渦にして「あうあうあう~」とフラフラになってた。

まぁあんな怒声を何の前触れも無く浴びせられちゃ仕方ねえか。

俺は頭を抱えてフラフラしてる本音ちゃんに近寄って、両手で肩を持って支えてあげた。

 

「大丈夫か本音ちゃん?」

 

「あうあう……大丈夫ですぅ~」

 

本音ちゃんは俺の手に片手を重ねて、空いた手で敬礼を取るような仕草を見せてきた。

俺はそんなジェスチャーを取る本音ちゃんに苦笑いしながら、片方の手を本音ちゃんの頭に乗せて、ゆっくりと撫でる。

 

「まぁ、見ててくれ本音ちゃん。しっかりと勝ってくるからよ」

 

「にゃぅ……い、いってらっしゃ~い♪」

 

「おう」

 

俺を笑顔で送り出してくれる本音ちゃんに俺はしっかりと返事を返してカタパルトへ向き直る。

さぁ、次の喧嘩もド派手に暴れてやりますか!!

俺は心の中で、外に出る為に上着を羽織るイメージを思い浮かべる。

ISを着るって感じのイメージをだ。

 

「……ド派手に暴れんぞ!!オプティマス・プライム!!」

 

俺は叫ぶ様にオプティマスの名前をコールする。

すると、眩い粒子の光が俺の身体を取り巻き、その身を無骨なアーマーが覆った。

俺はそのままカタパルトに向かって浮遊し、両足を固定して合図を待つ。

 

『織斑君がアリーナへ出ました!!元次さんもどうぞ!!』

 

「あぁ!!もう一暴れさせてもらうぜ!!」

 

俺はオープンチャネルから聞こえてくる真耶ちゃんの声に従って、カタパルトに発進の合図を送った。

そして合図を受け取ったカタパルトが俺とオプティマスをアリーナへ向けて射出する。

そのまま加速に乗って大空へ身を踊らせ、先にアリーナへ来ていた一夏の元へ飛翔する。

 

『ワァァアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!』

 

と、俺と一夏の登場にアリーナの観客席からさっきまでとは比較にならねえレベルの声援が鳴り響いた。

先に到着していた一夏はその声援にどうしたモンかと困惑した表情で俺を見ていた。

そんな一夏に対して、俺も苦笑いしてしまう。

 

『なんつーか……さっきより観客多くねえか?』

 

『まぁ、仕方ねーだろうよ……今日までの俺等の扱いは珍獣だったってのに、二人揃って代表候補生をブッ潰したんだからな』

 

『あー、やっぱり其処か』

 

なんかゲンナリとした感じでそんな事を言ってくる一夏に、俺は自分達の現状を踏まえた返答をオープンチャネルで送る。

まぁ其処までやり難いって感じじゃねえからいいんじゃねえかってのが俺の心境だ。

俺は一夏と向かい合った体勢のまま、身体に力を入れる。

腐れアマと戦ったときの様な、怒りに身を任せるってやり方じゃなく、千冬さんと戦った時みてえな本気モードだ。

すると、今までゲンナリしていた一夏も俺の気配が変わったのを感じ取ったのか、真剣な表情で雪片弐型をコールして片手で構えた。

俺を見据えるその眼は、今までみてえな逃げ腰の眼じゃなく、正に戦うバカ野郎の眼になっている。

 

『……イイ眼ぇしやがるじゃねえか』

 

俺は自分の兄弟分がしっかりと闘う意思を魅せてくれた事が嬉しくなり、口元が吊り上ってしまう。

傍から見たら、間違い無く野獣の顔って言われんだろな。

だがそうなるぐらい、今の俺は嬉しい気持ちが強かった。

こりゃ処刑なんて無粋な言葉は取り消さなきゃな……これは正に、俺と一夏のマジな『喧嘩』だ。

 

『まぁ……アレだって。何だかんだで、お前と直に喧嘩するなんて久しぶりだからな……無謀とか言われても、思いっ切りやってやるぜ』

 

『充分だろ?男が本気で喧嘩するなんてのぁ、何か譲れねえモンがあるとか、惚れた女の為って事とか、そんなモンだ』

 

俺は一夏にそう言いながら、拳を握りこんでファイティングポーズを構える。

そうさ、男が拳握って喧嘩すんなら、大事なモンを貶されたりした時や、守りたい女のためってのが一番シックリくる。

冴島さんが拳を握る理由だって、守りたいモンのためだって言ってたしな。

 

 

 

 

『そうだな……それじゃあ……』

 

『おう……んじゃあ……』

 

俺達は互いに身体を沈めて、開始の合図を待ち望んだ。

あれだけ騒がしかったアリーナの喧騒も、俺達が臨戦体勢に入った瞬間にシンと音が消える。

そして、そのまま数十秒が過ぎ……。

 

 

 

『……試合、開始ッ!!』

 

 

 

プアーーーーーーーーンッ!!

 

 

 

 

『来いやぁッ!!!兄弟ぃぃいいいッッッ!!』

 

 

『うぉぉおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!』

 

 

 

 

千冬さんの声で、俺達の喧嘩の幕が上がった。

 

 

こっから先は俺等だけの喧嘩だ!!全部忘れて楽しませてもらうぜぇえええ!!!

俺は右腕兵装、インパクトをいつでも起動できるようスタンバイさせて俺に向かって突っ込んでくる一夏に、同じ様に猛スピードで突撃する。

ブレオンの一夏と銃の使い方なんざ良くわからねえ俺って組み合わせだから、必然的に俺達の喧嘩は近距離になる。

 

『はぁあッ!!!(ブオォンッ!!!)』

 

そしてかなりの距離に接近した瞬間、一夏は上段に構えた雪片を唐竹割りに振り下ろしてきた。

俺より攻撃のタイミングが速いのは剣のリーチの分があるから仕方ねえ。

だが、まだ遅え。足りねえ。

こんな剣速、千冬さんの斬り込みに比べりゃ見切るのは楽勝だ。

俺は振り下ろされる雪片に対して、雪片よりも速く左拳を振り上げてアッパーを放つ。

 

『いよっしゃぁああッ!!(ガンッ!!)』

 

『いぃッ!?』

 

俺が繰り出したアッパーは雪片の柄にブチ当たり、パワー負けした一夏はバンザイの形で無防備な姿を晒す事になった。

オーケー、狙い通り当てられたぞ!!

俺は予測していた雪片の攻略法が通用した事に心の中でガッツポーズをとる。

一夏の持つ雪片のワンオフアビリティー、零落白夜は確かに反則レベルのチート能力だ。

絶対防御を発動させるレベルの攻撃を只斬り付けるだけで引き起こして、相手のエネルギーをガッツリ減らす事が出来る。

だが、それはあくまで斬りつけられた時の話し。

だから斬りつけられる前に、雪片のレーザーの刀身を触らずに跳ね返すか避ければ問題は無いってワケだ。

俺はアッパーを繰り出した体勢から後ろに引き絞った右腕を、腰を回転させる様に一夏の腹目掛けて撃ち込む。

 

『STRONG・HAMMER!!』

 

ドゴォオオオッ!!

 

『ぐはっ!?』

 

俺が繰り出した2発目のストレートパンチは吸い込まれる様にガラ空きだった一夏の腹部を捉えた。

一夏はガラ空きだった腹部へ伝わる絶対防御を貫いたダメージに顔を歪ませる。

悪いが一夏、こんなモンまだ『前戯』だぜ?こっからの強烈な……『本番』を味わいやがれ!!

そして拳がめり込んだ瞬間の絶対に避けきれないタイミングで俺は右腕の兵装、インパクトを炸裂させる。

 

『IMPACT』

 

ズガァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッ!!

 

『うぉぉおおおおおおッ!?』

 

インパクトの炸裂で追加のダメージを受けた一夏は、金属がひしゃげる嫌な音を鳴らしつつ、空中での踏ん張りが利かずにアリーナの地面へ向かって落下していった。

俺は右腕のアーマーがスライドコッキングして排夾されていく弾薬を尻目に、ブースターを加速させて地面の一夏へと向かってブッ飛ぶ。

このまま右腕の弾薬を全弾タタッ込んでやるぜ!!

地面の上でもんどりうってる一夏をしっかりと見つめながら、俺はオプティマスにインパクトの次弾装填をオーダーする。

そして、右腕内部でガシャンッと撃鉄がセットされる音が鳴り響き、ウインドウに『装填完了』とメッセージが浮かび上がった。

 

『まだ終わりじゃねえぞぉおおおおおおおおッ!!!』

 

俺は雄叫びを挙げながら一夏に肉薄していく。

すると俺の雄叫びをオープンチャネル越しに聞いてハッとしたのか、一夏は地面に膝を突いた状態で接近する俺を見つめてきた。

 

『おらぁあッ!!(ブォオンッ!!)』

 

俺は射程距離に入った刹那、また右腕を振るって一夏へとストロングハンマーを叩き込もうとする。

一夏へ向けて真っ直ぐと突き出した拳は、吸い込まれる様に一夏の顔面へと近づいていった。

インパクト2発目!!心行くまで食らっとけや!!

 

『こなくそぉッ!!うぉらぁああああああああッ!!!(ズバァッ!!!)』

 

『んなッ!?(バリィッ!!!)』

 

だが、俺の予想はサックリと覆された。

一夏の奴は俺の拳が顔面に入りそうになった瞬間にブースターを真横に向けて吹かし、その反動を利用して無理矢理俺の拳の射程距離から離れやがった。

機動力とスピードが売りの白式はあっさりと俺の拳の射程内から逃れて間合いを組み直す。

更に俺との間合いが空いたので下段持ちになっていた雪片を斜めに切り上げて、オプティマスの伸びきって無防備になった腕に零落百夜を斬り込んできた。

そのまま俺と一夏は交差する様に離れる。

 

『ちッ!?(ズザザザザッ!!!)……やるじゃねえか一夏『警告、右腕兵装一部損傷。IMPACT使用不可。シールドエネルギー残量3940』って、はぁッ!?マジかよッ!?』

 

『はぁっ!!はぁっ!!よ、よっしゃあッ!!一発お返ししてやったぜッ!!』

 

俺は地面に足を突いて滑るように地面に着地して、背後に居る一夏に向き直る。

一夏は俺に一撃入れられたのが余程嬉しかったのか、満面の笑みで俺を見ていた。

俺はというと、一夏に賞賛の言葉を送った直後にオプティマスから発せられた警告を見て驚いてしまった。

ウインドウに表示されたメッセージは、今の一撃でインパクトが使用不可能になったという警告だ。

驚きながら右腕を見てみると、それは酷いモンだった。

アーマーの中央から斬り込みが入っていて、中からバチバチと音をたてながら火花を散らしている。

おいおい嘘だろ!?雪片の斬撃たった一発でこれかよ!?しかもシールドエネルギーの減りも半端じゃねえ!?

っていうかエネルギー残量が3940て……惨苦死(3940)って嫌過ぎるわ!?何この嫌がらせ!?

雪片のワンオフアビリティー、零落白夜がチートなのは判ってたつもりだったけどよ……まさかここまでチートだったとはな。

……まぁいいさ、インパクトは使えないってんなら……他の武装でやってやらあ。

俺はファイティングポーズを取りながら、慎重に一夏を観察していく。

 

『へっ!!もいっちょ行くぞぉッ!!ゲンンンンンンッ!!』

 

そして、俺が距離を詰めないのをチャンスだと思ったのか、一夏は雪片を右腕で後ろ向きに構えで携えたまま突進してきた。

おいおい一夏よぉ、相手の武器が出揃ってねえってのに突っ込んじゃダメだろ?

何時、何処で、誰が俺の武器はインパクト1つだって言ったんだよ。

俺は猛スピードで突撃してくる一夏をしっかりと見据えながら、右腕を後ろに引き絞って獲物を待つ。

 

『チョーシにのってんじゃねえぜ一夏ぁッ!!喰らっとけや!!ストロングゥゥッ!!――』

 

俺は猛スピードで突撃してくる一夏に対して、俺も一夏も射程距離に入っていないにも関わらず、引き絞った右腕を力の限り前に振るい――。

 

『――ライトォォオオオオオオオオオッ!!』

 

ボォオオオオオオオオオオンッ!!

 

『右腕』を『発射』した☆

 

『なぁああッ!!?ちょおま(ドゴォオオッ!!)ぼべぇぇえええええッ!?』

 

当然、スピードとチョーシにライドしまくってた一夏がコレを避けれる筈も無く、驚愕の表情に染まってた顔面に思いっ切り刺さった。

良い子の皆は交通ルールを守って安全に飛行しましょう。

スピードを出しすぎると、突然ロケットパンチが飛んできても避けられず交通事故に繋がりかねません。

 

白式のアドバンテージであるスピードと、パワーと破壊力が売りのオプティマスプライムの一撃。

両方が合わさった威力が一夏の顔面にブチ当たり、一夏は変な悲鳴を挙げながら反対方向へゴロゴロと転がっていった。

ざまあみろってんだボケ。高が一撃当てたぐらいでチョーシに乗ってるからそんな目に遭うんだよ。

しかもこれで終わりじゃねえんだぞコラァッ!!!

俺は空中に撃ち上がったままの右腕を回収せずに、転がっていった一夏の近くまでスラスターを吹かして滑空する。

すると、空中に撃ち上がった右腕と連結されているチェーンが反動で引き寄せられ、勢いを失った右腕に力が宿っていく。

そのまま俺は一夏には余り近寄らずに、一定距離を保って地面に足を着地させる。

俺の視界の先にいる一夏は、雪片を片手で持ったまま片手で頭を摩っていた。

 

『ぐ、ぐぉぉおおぉ……ッ!?せ、世界が回って……ッ!?』

 

『さっきのお返しだ!!ついでに熱いの1発イクぞコラァッ!!』

 

『いっ!?ま、待てゲ――』

 

俺は一夏の言葉を無視して右腕の肘から伸びている鋼鉄チェーンを左手で思いっ切り手繰り寄せながら、半円を描く様に身体をスイングする。

そうすると慣性の法則に従って伸び切った右腕は円を描きながら無防備な一夏に飛来していく。

この時に手の形をパーにするのを忘れちゃいけねえ!!名付けて……。

 

『ストロングゥゥッ!!ビンタァァアアアアアアアアアアッ!!』

 

『何だよそのわz(パアァァァアンッ!!)どぶぁああああああああッ!?』

 

一夏をはたく様に円運動を行ったオプティマスの平手は、巨大な風船が破裂するかのような甲高い破裂音を奏でながらそりゃもう綺麗に一夏の頬をブン殴った。

知ってるか?男ってビンタされると、かなり精神的に辛いって事を。

まぁ相手が女の場合限定の話だが。

テメエが女を泣かせて俺が代わりに叩かれた時の!!頬の!!心の痛みを!!ド頭に刻み込んどけや!!

 

『(ゴロゴロゴロッ!!ドガッ!!)ごぅえッ!?……い、痛ててて……な、何でだ?何か今のビンタ……誰かに叩かれるべきだった分が返ってきた様な……変な罪悪感が出てきやがる……!!』

 

俺が心の中で昔の苦い思い出を思い返していると、今の攻撃の威力が弱まって地面に叩き付けられて止まった一夏がハテナ顔で頬を抑えてた。

当たり前だっての、本来ならテメエが受けるべき痛みだったんだよ。そのビンタは。

そうやって頬を押さえながら一夏は立ち上がり、俺に向けて雪片を正眼に構え直す。

俺に向かって剣を構えてる一夏の瞳には、あれだけヤラれても決して消えない闘志が宿っていやがった。

俺はそんな誇らしい一夏の姿に嬉しさから笑みを浮かべて、同じ様に拳を構えて一夏を見据える。

 

『幾ら何でも強過ぎだろ、ゲン。……でもせめて、意地だけは見せてやるぞ』

 

『へへへっ、言うじゃねえかよ。あんだけヤラれておいてまだ俺とブン殴りあいがしてえだなんて嬉しいぜ』

 

『生身だったら勘弁だって言うトコだけどな……今は俺だけじゃなくて、お前もISが使えるんだ……少しぐらい、同じ土俵でカッコつけてえんだよ』

 

俺の楽しそうな言葉に、一夏は苦笑いしながら何とも男らしい言葉を返してきた。

片や俺はというと、もう嬉しくて嬉しくて笑みが止まらねえって状態だ。

コイツとここまで楽しく喧嘩が出来るだなんて、夢にも思わなかったからな。

しかも俺の予想じゃ直ぐ終わるって思ってたのに、一夏はまだ粘ってるどころか俺に一撃入れやがった。

コイツは喧嘩の中で、本番で成長するタイプなんだ。

しかもその成長速度はバカみてえに速え。

さすがは俺の誇れる兄弟分だな……楽しくて楽しくて仕方ねえぜ。

でもよ、成長してるのはお前だけじゃねえぞ?

俺は何時もの肩幅まで両の手を広げたファイティングポーズを崩して半身になり、構えを変える。

右拳は肘を曲げて自分の視線上に、左拳はコンパクトに畳んで顔の横に寄せる。

これこそ、俺が冴島さんに習った構えであり、俺の新しい喧嘩スタイルだ。

 

『……ゲン、お前そんな構え方じゃなかったよな?』

 

俺の新しい構えを見た一夏は顔に真剣さを帯びて質問してきた。

まぁ一夏は俺の喧嘩を何度も見てるから訝しむのも仕方ねえ。

今までの俺の喧嘩スタイルは、パワーにモノを言わせたゴリ押しスタイル。

只、拳を思いっ切り握り締めて殴るだけのオーバーアクションな殴り方だったからな。

 

『まぁな、お前が初めて見るのも仕方ねえさ。コイツは1ヶ月ほど前に、ある人から習った新しい構えだ』

 

『……さっきまでは手加減してたってのか』

 

俺がそう言うと、一夏は明らかに顔を不機嫌なものに変えていく。

大方、自分は真剣に戦ってんのに、真剣勝負で手を抜かれたのが腹立つんだろうな。

 

『勘違いすんじゃねえぞ一夏。さっきの構えで戦うスタイルも、このスタイルも俺の本気だ。あんまり舐めてると……痛い目見るぜ?』

 

俺はそう締めくくって、全身に気合を漲らせ、集中力をめいっぱい高める。

すると俺の身体を覆う様に、青色の炎が纏わりだした。

冴島さんとの喧嘩修行で身に付いたヒートの炎、その炎が大きければ大きいほど俺が使う技の威力は爆発的に上がっていく。

冴島さんはこの技を使うとヒートが上がっていくが、俺はまだまだ未熟モンだからこの技を使うと逆にヒートが減っちまうのがネックだ。

俺の言葉を聞き俺から溢れ出る気迫を感じた一夏は、再び表情を真剣なものに変えて雪片を構えなおした。

 

『そうか……俺のエネルギーはもう殆ど残ってねえからな……ゲン。次の一撃が俺の最後の攻撃だ……乗るか?』

 

『おおよ……ベタっちゃベタだが、乗ってやろうじゃねえか……次で終わらせてやる』

 

俺は一夏の提案してきた勝負に乗っかる事にした。

一夏の言う通り、エネルギー残量を考えると後一撃の零落白夜でエネルギーすっからかんだろう。

インパクトの直撃1発にストロングライト、ストロングビンタを連続で喰らったからな。

オマケにずっと零落白夜を展開しっぱなしだった所為で、今もエネルギーは減ってる筈だ。

なら……相手の……兄弟の申し出た勝負を受けて立ってこそ、喧嘩って奴だろう。

俺は身体を中腰に沈め、右腕を腰構えで後ろまで捻りながら一夏を見据える。

拳は握らずに、指を第2間接だけ曲げた熊手の形だ。

 

『……行くぜ』

 

『……ああ』

 

俺達は互いに睨みあい……。

 

『……おぉぉおおおおおおッ!!』

 

『うるぁあああああッ!!』

 

どちらからとも無くすらすたーから炎を撒き散らしながら、相手に向かって最速のスピードで滑空した。

一夏は雪片を正眼から猛スピードで滑空しながらゆっくりと上段に持っていく。

俺は出来るだけ低空で飛びながら、左右に展開している大型ウイングを後ろ向きに畳んでいく。

背中から見れば、ウイングがマントの様な形にも見えるだろう。

これから使う技は、ウイングが展開したままじゃ使えない上に下手すると自爆しちまう。

 

そして……俺と一夏の距離が、剣と拳、その射程距離に入った瞬間……。

 

『らぁぁあああああああああああッ!!』

 

一夏は、やや上段に構えていた雪片を、風を切りながら振り下ろした。

只真っ直ぐに、フェイントの欠片も、虚実もへったくれも無い真っ直ぐな振り下ろしだ。

だからこそ、今までのどんな斬り込みより速かった。

それこそ今日まで見てきた一夏の太刀筋の中で、これ以上無いってぐらいの綺麗な太刀筋だ。

まず間違い無く、他の女生徒や腐れアマなら見切れなかっただろうよ。

 

……だが。

 

『おぉおおおッ!!(ズドンッ!!)』

 

俺にはまだ届かねえ。

 

一夏の刀が振り下ろされる瞬間、俺は左足を思いっ切り地面に突き立てて急制動を掛ける。

但し、勢い全部を殺すんじゃなくて『回転』させるためだ。

左足を回転の中心軸として身体に掛かった勢いを、全て右向きに回転させる。

そうする事で、俺は雪片の振り下ろしをミリ単位で避ける事に成功した。

だがまだ終わりじゃねえ、態々回転したのは、こっからの最高の『一撃』の準備に過ぎねえんだから。

俺が無事に回転した事で、俺の体勢は一夏に背中を向けたまま横にずれる形になっている。

背中越しに一夏に視線を向けて見ると、一夏は何時の間にか背を向けた俺に驚愕の表情を浮かべていた。

その一夏の驚愕した表情を見ながら……俺は真っ直ぐと伸ばした右腕に回転の力を上乗せして、流れのままに一夏の顔面を狙う。

 

 

喰らいな!!俺が冴島さんにボコされまくって、やっとの思いで習得した必殺技!!

 

 

極練気ぃッ!!

 

 

 

『――だぁらぁああああぁぁああぁあッ!!』

 

『(ドゴァアアアアッ!!)ぐがぁああっ!?』

 

 

 

――絡操独楽ってなぁッ!!

 

 

 

身体全体の回転を上乗せした手刀――『極練気・絡操独楽』は……一夏の顎を痛そうな鈍い音と共に殴り抜き、一夏はその勢いのまま身体を浮かせた。

だが、それでも一夏の白式が出したスピードとGは殺しきる事は出来ずに、一夏は背中から地面に着地してそのまま滑って行った。

『極練気 絡操独楽』ってのは、力を極限まで溜めた状態で回転しながら敵に突っ込んでいく冴島さん直伝の大技だ。

本来は回転している間に連続で殴る荒技だが、今回は1発の威力だけを重視して殴った。

一夏の顎を撃ち抜いた俺は、その場で右足を突いて回転を完全に殺して佇む。

放った手刀を伸ばしたまま右足を踏み込みの体勢で止めた俺の姿は、抜刀から残心の姿勢を取った居合いの構えにしか見えないだろう。

 

パァアアッ!!

 

「(ドサッ!!)うあっ!?……い、痛てててて……」

 

そして、今の一撃でエネルギーを全部持っていかれたんだろう。

俺の後ろで一夏の白式が解除され、ISスーツ姿の一夏がアリーナの地面に横たわっていた。

俺はハイパーセンサーでそれを確認してから構えを解き、管制塔に視線を送る。

 

 

 

『……白式、シールドエネルギー残量0。勝者、鍋島元次ッ!!』

 

 

 

プアーーーーーーーーンッ!!!

 

 

 

千冬さんの宣誓に続いて、試合終了のブザーがアリーナに鳴り響いた。

よっし、勝ったな。

 

『ワァァアアアアアアアアアアアアアアッ!!』

 

そして、千冬さんの勝利宣言に続いて、アリーナの歓声が今までに無いぐらいに大爆発。

聞いてるコッチの耳が痛くなりそうだったぜ。

俺は試合が終わった事で気が楽になり、オプティマスを纏ったまま背伸びをする。

や~れやれ。やっと今日のメインスケジュールが全部終わったぜ。

 

「くっそぉ~……やっぱり、まだまだ敵わねぇな」

 

そして一夏はアリーナの地面に大の字に寝転んだままにそう呟いた。

振り返って見ると一夏は負けたってのに、随分と晴れやかな表情を浮かべていた。

 

「何だよ?負けたのに随分と良いツラじゃねえか、マゾかオメエ?」

 

そうだったら兄弟付き合い考え直すよ?俺。

 

「違げえよッ!?……負けたのは悔しいけどよ、全力を出し切ったんだ。……それに」

 

「(パァアアッ!!)よっと……それに?」

 

俺はオプティマスを待機状態に戻しながら一夏へ問い掛けを続ける。

 

「1回負けたぐらいでヘコんでられねえっての……生身じゃお前に敵わないけど、今回はお前に一撃当てられた……ちっとは目標に近づけたって感じがしてさ……それが嬉しいんだよ」

 

一夏はそう言いながら青空に向けて手を伸ばす。

まるで何かを掴もうとしてる様な……そんな仕草だ。

へっ、まるでいっちょまえな言い方じゃねえか。

俺は片手をポケットに入れながら一夏に近寄って、もう片方の手を差し出す。

 

「テメエは千冬さんを守るんだろ?……だったら、俺に届いたぐれえで満足すんなよ?」

 

「わかってるって。でもよゲン、次は絶対に勝ってやるからな」

 

俺の笑いながらの言葉に釣られるように笑顔を浮かべた一夏は、差し出した俺の手を取って立ち上がった。

しかもご丁寧にリベンジ宣言までつけてだ。

 

「へっ、上等じゃねえか。なんなら今から生身での喧嘩と洒落込むか?」

 

「いきなりハードル上げられても困るんだけど!?」

 

冗談だっての、本気にすんなって。

 

 

『ワァァアアアアアアアアアアアアアアッ!!』

 

 

そして、俺と一夏が手を取り合って笑顔を見せた瞬間、アリーナからまたもや歓声が上がってきやがった。

おいおい、一体どんな意味での歓声だよ?もし黒い薔薇的なモンだったら俺泣くよ?泣きながら暴れるよ?マジで。

さすがにこんな大勢からの歓声なんて受け慣れてねえ俺と一夏は、少し気恥ずかしい思いをしながらそそくさとピットに退散した。

そしてピットに帰った俺と一夏を迎えてくれたのは、笑顔の本音ちゃんと苦笑いの箒の2人だった。

2人は其々俺達に労いの言葉を掛けてくれ、後から来た真耶ちゃんと千冬さんも俺達に労いを掛けてくれた。

特に千冬さんが「2人とも今日は頑張ったな。もう終わりだから部屋に帰ってゆっくり休め」って言ってくれたのは嬉しかったな。

一夏も「いぃやったぁぁああああッ!!」って派手に喜んでたし。

そのまま一夏は箒と部屋に帰り、俺と本音ちゃんも疲れたのでピットを後にした。

やれやれ、俺も腐れアマをブチのめして大分怒りを発散できたし、良かった良かった。

後は……もう1つの用事を済まさなきゃな。

俺は隣ではしゃいでる本音ちゃんと会話しながら、とある計画を実行しようとしていたが、それは割合する。

 

こうして、俺と一夏の波乱に満ちたIS学園初、いや男性IS操縦者としての初陣は終了した。

俺と一夏の初勝利って結果で。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

サァァァァ……。

 

時間は少し進み、ここはIS学園の生徒寮。

 

鍋島元次、織斑一夏との決闘が終わり、部屋に戻ったセシリアはシャワーを浴びていた。

少々温度を熱くに設定してあるシャワーから勢いよく滴り落ちる水滴が、この年頃の娘独特のものであり白人特有の均整の取れたボディラインを表すようになぞって行く。

そんなセシリアの表情は何かを想う故か、湯の温度によるもの以外のモノで熱に浮かされていた。

彼女はそんな自分の表情が判っていないのか、鏡を見ても特に変化は無かった。

 

「……織斑……一夏」

 

ただ一言、セシリアは1人の男……一夏の名前を呟くと顔は恋という名の、熱病に冒された少女の如く更に赤くなる。

その表情は少女とも女性とも言える娘をより魅惑的に魅せていた。

セシリアの艶やかな唇をなぞる様に、彼女の白く細い指はゆっくりと無意識に動く。

 

「今日の決闘…… 私の敗北……」

 

セシリアがその意味を噛み締める様に呟くと、彼女の身体の内側から何かに侵食される様な、そんな目まぐるしい熱さが駆け巡る現象が起きる。

思い出すのは今日の決闘の光景、只の素人と侮った男2人に完膚なきまでの自分の敗北であったが、不思議と悔しさといった負の感情自体は、あまり浮かんでこなかった。

それよりも逆に自分を打ち負かすほどの圧倒的な強さを持った男達……特に自分を、祖国を貶した自分を救ってくれた一夏という側面に彼女の意識は持っていかれていた。

 

「父とは違う……強い男性……」

 

一夏の事を考えていたセシリアの脳裏に過ぎったのは、自分の父親の姿だった。

彼女の父親は名家に婿入りした男性だったが、それ故に多くの引け目や柵があったのだろう。

いつも他者の顔色を伺っていた人間で、そんな父を母も鬱陶しく感じていたらしい。

ISが発表されて女尊男卑の今の社会が構築されたら、父の態度は今まで以上に加速した。

情けなく、威厳というものもプライドさえもなくなる父の姿を見て、自分は絶対に弱い人とは結婚しない、と幼心に誓ったのも懐かしく感じるほどの昔だ。

だが、そんな両親はもういない、3年前の鉄道事故で二人揃って亡くなったからだ。

どうしてその日に限って揃っていたのかなんて今はもう分からない、ただ言えるのは自分はあの日から茨の道を歩む事を運命付けられたという事だけだった。

莫大な両親の遺産を狙ってやってくる金の亡者どもから、遺産を守る為に必死で勉強をしながら藁に縋る思いで受けたIS適正試験、そこで出た判定はA+という非常に高い適正で、国から提示された条件も遺産を守ることにも好都合な条件ばかりだったので、飛びついて努力した。

そして日本に自分の専用機である【ブルー・ティアーズ】の稼動データを取る為に来日、そこでようやく出会えた。

 

「私の理想の男性……織斑一夏……」

 

一夏の名前を呼ぶたびに早くなる鼓動、心地よい熱を帯びる胸の内、知りたい、あの瞳に彼の中に私という存在を刻みたい。

そんな欲求が彼女の中で鎌首を擡げていく、彼女は決意する。

織斑一夏という存在に自分を刻み付けて、自分を彼の物にして貰うのだ、と。

 

彼女がこうまで一夏の評価を昇華させたのは、試合が終わった直後の出来事が大きい。

一夏との試合の折り、白式の零落白夜に刻まれたブルーティアーズはスラスターを失い、エネルギー残量の喪失によって、空から落ちた。

エネルギーが少しでも残っていれば、絶対防御が発動して怪我は防げたであろう。

だが、セシリアのブルーティアーズは文字通りエネルギーを失い、何時強制解除されるか分からない状況だった。

あぁ、もう私はダメなんだな。と漠然とその状況に対して諦めを抱いていたセシリアだったが、そこへ駆けつけたのが一夏だった。

セシリアは落ち行く中で、大空に純白の翼をはためかせながら、自分のために必死な顔で手を伸ばす一夏の事が信じられなかった。

自分は彼の敵であり、祖国を、そして彼の大事な親友を貶した者だというのに、何故こんなにも必死なのだろう?

それが墜落していく中で思った事だった。

そのまま間一髪という所で、一夏はセシリアを抱き上げる事に成功し、セシリアは九死に一生を得たのだ。

そして、一夏はセシリアの顔を見るなり……。

 

『良かった。怪我はしてないな……本当に良かった』

 

と、笑顔でセシリアに語りかけた。

その時、セシリアの鼓動、心拍数は急上昇した。

セシリアはその時、その高鳴る胸の鼓動が何なのか全く判らなかった。

だから彼女はその胸の高鳴りを誤魔化す様に、一夏に問いかけた。

『何故自分を助けたのか?何故自分を心配してくれるのか?』と『自分は貴方達の敵なのに』と。

その問いに、一夏はきょとんとした顔を見せたが、直ぐに笑顔に戻してセシリアに答えた。

 

『それは試合までの話しだ。例えどんな理由があっても人が死にそうなのを、見殺しになんてできねえよ。あっ後、怪我してなくて良かったってのは、女の子の顔に傷が付いたら一大事だろ?』

 

その言葉に、セシリアの鼓動は更に高鳴る結果となった。

例えどんな理由があっても、人が危険に晒されているなら助ける、という『強い男』を彷彿させる言葉にセシリアは惹かれたのだった。

彼の特異性を、今まで出会ったどの男性とも違う、誰かに媚びることも無く、何かの強い意志が篭っていると言えるあの強い眼差しと、強さを。

あぁ、今自分はどんな顔をしているのだろう?と妙に熱い顔を隠す様に、彼女は下を向こうとした。

だが一夏の笑顔から目を離す事ができなかった。

男性の中でも際立って端整で、それでいて男らしい顔立ちにセシリアは釘付けになってしまったのだ。

そんなセシリアの熱い視線を浴びているにも関わらず、一夏は何でも無いように言葉を続ける。

 

『それに、さ。多分、ゲンだってこうなっていたら……オルコットを助けたと思う。うん、絶対に』

 

この一夏の言葉に、セシリアはもう一度驚いた。

彼が言う彼の親友……鍋島元次は、自分に途方も無い強い怒りを抱いていたのは良く覚えていた。

忘れたくとも忘れられない恐怖という感情をもって、元次の恐ろしさをセシリアの本能に刻みこんでいたからだ。

実際、1週間前に教室で元次に睨み付けられたまま首もとを締め上げられた時にセシリアは死を覚悟した。

もはや弱い男等という傲慢な考えはその瞬間に瓦解し、自分は絶対に怒らせてはいけない『雄』の怒りに触れたんだと悟った。

それでも僅かなプライドに縋って試合に臨んだ結果は……明らかな敗北。

その事を思い出したセシリアは、先程までの甘い熱が消え去り無意識の内に両腕で自分を抱いた。

上から絶え間なく降り注ぐ熱いお湯すら、まるで冷水を浴びてると錯覚する程に、元次から向けられた怒りがセシリアの中を駆け巡った。

そうやって自分を庇うような仕草を取りながらも、セシリアは一夏の言葉を思いだす。

 

『ゲンは、自分の家族に誇りを持ってる。親父さんが、お袋さんが、爺さんが、婆さんが、皆自分の誇れる家族だっていつも言ってたんだ……オルコットだって、自分の大事な人を貶されたら怒るだろ?』

 

セシリアは思いだした一夏のその言葉にハッとなってしまった。

彼女にもいたのだ……自分の……大切な人である者が2人。

1人は亡き母、そしてもう1人は今でも自分の傍で自分を支えてくれる幼馴染のチェルシー。

セシリアの母は整然、父親とは違いオルコット家という名家の当主に相応しい女傑であり、とても素晴らしい女性だった。

ISが発表される以前から、その手腕を振るい数多くの成功を収めてきたセシリアの母親は正に歴代最高の当主であった。

いつも毅然と、優雅に振るまうその姿をセシリアは誇りに思っていたのだ。

そして幼馴染であるチェルシーは、両親が亡くなりオルコット家の当主という重責を負った自分を今までずっと支えてくれた大事な家族。

それを思いだしたセシリアは一夏の言葉に、自分自身を重ねた。

もし自分が母親の事を……チェルシーの事を……あの様に、下種な人間だと言われたら自分はどうなっていただろうか?

それは考えるまでもなく、母を貶した相手を憎み、怒り、制裁を下していただろう。

つまり、自分は負けるべくして負けたのだ。

何故ならあの時のセシリアは……正に、悪だったのだから。

 

『だからこそ……ゲンは、自分の家族に胸を張れる様に、オルコットを助けたと思う……人を見殺しにできないっていうアイツの性格もあるけど……アイツは、そういう奴なんだ』

 

そして彼の……鍋島元次の言う通り、自分は最低な人間だという事をセシリアは今やっと自覚した。

 

「わたくしは……鍋島元次の……彼の『誇り』を、貶していたのですね……」

 

情け無い、それがセシリアが己に抱いた感情だった。

大切な人を貶されるという事がどういう事なのかという子供でも分かる事すら忘れる程思いあがっていた己自身に、セシリアはどうしようもない情けなさを抱いた。

そこからのセシリアの行動は早かった。シャワーから上がり、身嗜みを整えて部屋を早足に出て行く。

今、己が成すべき事は一夏への懸想ではない、そう心の中で自分を叱咤しながら、セシリアは一直線にある部屋を目指す。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「~~♪~~~♪」

 

俺は鼻唄を刻みながら、ボウルの中身をリズム良く掻き混ぜている。

ボウルの中身は良く冷やしたクリームチーズ、生クリーム、牛乳を混ぜ合わせた物だ。

そのまま適度な硬さになるまでボウルの中身をかき回し続けて、良い硬さになったら一旦ボウルは放置。

次は小さめのタッパーにビスケットを指で割りながら敷き詰めていき、作って置いたインスタントコーヒーにブランデーを少々入れて掻き混ぜる。

真新しいブランデーの封を開けると鼻腔を擽ってくる芳醇な葡萄の香りを楽しみつつも、飲みたい衝動をグッと我慢する。

ちなみにこのブランデー、食堂のマダム方に事情を話してアッサリと手に入れた代物だったりする。

勿論もらう時に「先生の前で飲むんじゃ無いよ」と笑いながら注意されたがな。

しかしマダム方よ?それは先生の前じゃなきゃ良いって振りですかな?まぁ気にしたら負けだろう。

次に先程タッパーに敷き詰めたビスケットにコーヒーをかけて、柔らかくなったビスケットを指で平坦に均す。

更に上から先程混ぜたクリームチーズをかけて、また上からビスケットを敷き詰める。

後はさっきやった工程の繰り返しをして終了だ。

最後に蓋をして、冷蔵庫に収めて冷やす。

うし、これで下準備は全部完了だな。

俺はそのまま使った器具を洗って流しに置き、身に付けていたムーンアイズ製の紺色のエプロンをエプロン掛けに掛けてリビングに戻る。

 

「……(むっすぅ~)」

 

「……ハァ」

 

しかしリビングに戻った俺を迎えてくれたのは、いつもの優しい癒しを配る本音ちゃんではなく、不機嫌そうにハムスター顔をしている電気ネズミちゃんだった。

可愛い電気ネズミちゃんは俺に目も合わせずにベットに寝そべりながら、カバの様な大きな縫いぐるみに顎を乗せて不貞腐れてらっしゃる。

俺は本音ちゃんのそんな様子に溜息を吐きながら、本音ちゃんの寝転んでいるベットに近づいていく。

 

「……なぁ、本音ちゃん?どうか機嫌治しちゃくんねえか?」

 

「べっつにぃ~、何も怒ってないも~ん(ぷく~)」

 

いや、カンッペキに怒ってるだろ?

俺の言葉に本音ちゃんは視線も合わさずにつっけどんな返事を返してくる。

 

「悪いとは思ってるけどよぉ。もう材料がねーんだから仕方なかったんだって。ちゃんと今度作ってやっから、機嫌治してくれよぉ」

 

「……つーん、だ」

 

「ぬぁ……ダメだこりゃ」

 

俺は全く変わらない本音ちゃんの態度に頭を抱えたくなった。

本音ちゃんがここまで不機嫌なのは、さっき俺がせっせと作っていたデザートにある。

アレは俺がこれから実行しようとしている計画に必要なモンなのだが、アレを作ってる準備中に本音ちゃんに見つかっちまったのが始まりだ。

何時もの如く俺が作るデザートにありつけると着ぐるみの尻尾をブンブンと振って喜んでいた本音ちゃんだが、魔が悪くも材料のストックがちょうど尽きた所だったんだ。

折り悪く購買も閉まってる時間だったので、仕入れは不可能。

そのため、計画に必要なアレ1つしか作れず、本音ちゃんにはまた今度作って上げると言ったのだが、あのデザートを誰に渡すの?と聞かれて名前を答えたら不貞腐れちまった。

そっからずっとこの調子でほとほと困ってる。

あーもーどうしたらいいのよこの状況?ちゃんと材料が入ったら作ってあげるって言ってんのによ。

 

 

コンコンコン

 

「ん?」

 

「あれ?お客さん……かな~?」

 

と、俺がどうすれば本音ちゃんのご機嫌を治せるか思案していると、来客を告げるノックの音が聞こえてきた。

一体誰だ?こんな時間に?もう直ぐ就寝時間の筈だが……。

 

「考えても仕方ねえか、俺が出てくる」

 

「は~い♪……あっ……つ、つーんつーん、だ(ぷいっ)」

 

「……ぷっ、くくっ」

 

俺が思考を止めて来客に対応するために立ち上がると、本音ちゃんは笑顔で返事をしてくれた。

だが、少しして思いだしたかのように無視してますとアピールしてきたので、俺はそれがおかしくなって笑ってしまった。

 

「う、うぅ~~(う~、笑われちゃった……ゲ、ゲンチ~の所為なんだぞ~!!私じゃなくて別の人にデザート作っちゃうなんて~!!ばか~!!)」

 

うんうん、これならもう少し頑張りゃ機嫌を治してくれるだろ。

さっさと来客に対応して本音ちゃんのスマイルを取り戻さねえとな。

俺は本音ちゃんの機嫌を治す事を考えながら、部屋のドアへ近づいていく。

 

「(ガチャッ)はいはい。こんな時間に誰だ?……テメエ」

 

「……夜分遅くに失礼します」

 

俺がドアを開けた先……廊下には、俺が今日ブチのめした相手……腐れアマが立っていた。

ソイツの存在を見た瞬間、俺の機嫌は激しく急降下していく。

このアマ何しにきやがったんだ。

 

「……何の用だ。コッチはテメエに用なんざねえぞ?」

 

「……」

 

俺がドアを握り締めたまま腐れアマに質問すると、腐れアマは顔を俯かせたまま無言で佇んでいた。

シャンプーとかの香りがするトコじゃ、恐らく風呂上りかなんかだろう。

だがそんな事はどうでもいい。

俺は部屋に来たにも関わらず、只そこで突っ立ってるだけの腐れアマに段々と苛立ちが増してきた。

 

「用がねえんなら帰れ。コッチはテメエのツラなんぞ見たくもねえ」

 

俺はそれだけ言って部屋の扉を閉めようとした。

全く、用もねえのに来るんじゃ……。

 

「……鍋島さん!!」

 

「あ?」

 

だが、俺が扉を閉めようと身を引いた瞬間、腐れアマは顔を上げて俺の名前を呼んだ。

しかも上げられた顔は、目尻の端に涙が溜められていて、今にも泣きそうな表情だった。

……なんだコイツ?一体何だってんだよ?

俺がソイツの流す涙の意味が判らずに困惑していると――。

 

ガバッ!!

 

「ッ!?――お前っ」

 

「申し訳ありませんでしたッ!!」

 

腐れアマは……廊下に額を擦りつけて……土下座をしたのだ。

 

「……この度の数々の無礼な振る舞い、そして貴方の家族の方々を……貴方の『誇り』を悪戯に傷つけた事を、わたくしに謝罪させて下さい」

 

腐れアマは顔を地面に擦りつけたままにそう言って、土下座の体勢を崩そうとはしなかった。

一方で、俺は訳が判らず、腐れアマの行動を只眺める事しか出来なかった。

何だ?何でコイツは行き成り土下座までして謝罪しようって気になったんだ?ワケわかんねえぞ。

 

「……随分、急な心変わりじゃねえか?あんだけ男を見下してたテメエが、行き成り俺に土下座をカマすとはな……一体どういう風の吹き回しだ?」

 

「……恥ずかしながら、今になって……鍋島さんと一夏さんに負けた事で、わたくしは男女以前に人として最悪で、愚かな事をしでかした事にやっと気付けました」

 

「……」

 

俺は腐れアマの言葉を聞きながら、扉を閉めようとした手を離す。

コイツは所謂、プライドの塊かなんかだった。

そんな奴が、態々試合に負けた意趣返しにこんな自分のプライドを捨てる様な真似をするとは思えねえ。

つまり、コイツは心の底から自分の言った言葉に後悔してるって事になる。

 

「わたくしにも、貶されたくない人はいます……それは貴方と同じで家族の者ですわ……そんな当たり前の事すら忘れて、性別が男だから等とあのように愚かな事を喋って……ゴミ屑と言われても、返す言葉がありません」

 

そこまで言って、腐れアマは顔を上げる。

その顔は、本当に自分のしたことを悔いているのか、歪み、涙が凄い勢いで出ていた。

だが、それでも俺から目を離そうとはせず、只ひたすらに俺に対しての申し訳なさを訴えている。

 

「わたくし、セシリア・オルコット個人として、オルコット家当主として、そしてイギリス代表候補生として……人間として……この度の無礼を謝罪させていただきます……鍋島元次さん。貴方の家族を侮辱した愚行、誠に、申し訳ありませんでした」

 

「……お前」

 

腐れアマ……オルコットは、言葉を切って再度額を地面に擦りつける。

それはオルコットなりの、本気の謝罪の表れなんだろう。

 

「許して下さい等とは言いません。只頭を下げただけで済む事では無いのも重々承知しております……ですから」

 

オルコットは再び頭を上げて、今度はとても真剣な……覚悟の灯った瞳で俺を見てきた。

 

「どうぞ貴方のその手で、わたくしを満足されるまで殴って下さい」

 

「ッ!?」

 

俺はオルコットの紡ぎだした言葉に、今度こそ目を見開いて驚愕した。

俺の気が済むまで殴れだ?正気かよ?

オルコットは勿論、あの場に居たクラスメイトは全員俺の拳の威力を知っている。

多分、本気で殴りゃ鍛えてねえ人間の骨なんざ簡単に折れちまうだろう。

そのぐらいに威力があるのは自負してる。

 

「だ、ダメだよゲンチ~!!」

 

「うおッ!?ほ、本音ちゃん?」

 

「布仏さん!?」

 

俺がオルコットの言葉に驚愕していると、俺の後ろから本音ちゃんが声をあげながら俺の腕に飛び付いてきた。

いきなり俺の後ろから本音ちゃんが現われた事に、オルコットも驚愕している。

つ、つうか何がダメなんすか本音ちゃん?

俺がワケも分からず腕にしがみ付いてる本音ちゃんを見てみると、本音ちゃんは何やら必死な表情を浮かべていた。

 

「セ、セッシ~を殴っちゃダメだよぅ!!もう許してあげよ~よぉ!!」

 

本音ちゃんはそう言いながら、俺が腕を動かせないようにとギュッとしがみ付いてくる。

なるほどな……本音ちゃんは俺がオルコットを殴ると思って止めようとしてんのか。

本当に優しい子なんだな……っていうか既に本音ちゃんの中じゃ俺がオルコットを殴るのは確定済みなのね?俺超ショック。

 

「良いんです、布仏さん。わたくしは、例えどれだけ殴られても許されない事をしたのですから」

 

「セ、セッシ~……で、でもぉ」

 

オルコットは俺にしがみ付いてる本音ちゃんを見ながら、柔らかい微笑みを浮かべて言葉を投げ掛けた。

当の本人から庇わなくてもいいと言われてしまった本音ちゃんは、俺を見つめながら「やらないよね?」と必死に訴えかけてくる。

俺はそんな本音ちゃんを見つめた後に、オルコットに視線を移した。

 

「ふぅ……本気、なんだな?」

 

「ゲ、ゲンチ~!?」

 

俺はしがみ付いてる本音ちゃんの腕をなるべく優しく振り解いて、オルコットに問い掛ける。

だが、俺の真剣な問いかけに対しても、オルコットは決して臆さずに毅然と俺の視線を受け止めていた。

 

「はい。コレがわたくしに出来る……唯一の贖罪、ですから」

 

「……そうか(ゴキゴキッ!!)」

 

俺は指の骨を大きく鳴らしながら、右腕を思いっ切り振り被っていく。

その光景を見ても、オルコットは毅然とした態度を崩さずに真っ直ぐと俺を見つめていた。

 

「ッ!!!」

 

ゴォウッ!!

 

 

 

そのまま俺は力の限り拳を振り下ろし、オルコットの顔面目掛けて拳を振るった。

 

 

 

 

「はぅッ!?」

 

「ッ!?……え?」

 

「……」

 

そして、俺が拳を振るうのを目の前で目を逸らさずに見ていたオルコットは呆けた声を挙げる。

何故なら……俺の拳は、オルコットの顔ギリギリの所で止まっていたからだ。

そのまま少しの間、握り締めた拳をオルコットの目の前にピタリと止めていた俺だが……。

 

「……ったくよ」

 

俺はそのままオルコットの顔の前から拳を引いて、苦笑いを浮かべる。

やれやれ、こんな事されちゃもう『殴れねえ』じゃねえか。

 

「な、何故ですか!?わたくしの事を殴りたかったのでしょう!?何故拳をお引きになるのです!?」

 

俺が拳を引いた事が納得できねえのか、オルコットは俺に対して正座したままに食って掛かってきた。

何故ってオメエ……そりゃ決まってんじゃねえか。

 

「お前が俺に対して誠心誠意に侘びを入れた……なら、もう俺がお前を殴る理由はねえよ」

 

「そ、そんな!?只言葉だけで謝罪されたから許すのですか!?」

 

「いや、まぁ……それだけが理由じゃねえんだよ」

 

「で、では何故ですか!?ちゃんとした理由がなければ、到底納得できませんわ!!」

 

俺が頬を掻きながらそう言うと、オルコットは更に問い詰めてくる。

まぁ到底納得は出来ないだろうな。

あれだけ怒り狂ってた俺自身が、殴って良いと言われても殴らないって言うなんて。

……仕方ねえ、教えておくか……そうじゃねえと納得しねえだろうし。

俺はオルコットに向き直って真剣な顔で言葉を紡いだ。

 

「……俺が家族に……婆ちゃんに言われた言葉と、願いが、お前を許す理由だ」

 

「お、お婆様に、ですか?」

 

「……あぁ……昔、お前以外にも居たんだよ……俺の家族をまっ正面から貶した人がな」

 

俺は呆然と言ったオルコットの言葉を聞きながら、昔を思い出す。

昔と言ってもそんなに古い話しじゃねえ。

まだ1年ちょっと前の話しだがな。

 

「その貶した人は……俺がガキの頃から知ってる、近所のお姉さんでな……所謂、人嫌いな人だ」

 

俺は少しだけ言葉を濁しながら、本音ちゃんとオルコットに話す。

今俺が話しているのは、束さんが俺の家族……婆ちゃんに暴言を吐いた時の話しだ。

あん時、束さんは俺がお盆で爺ちゃんの家に帰ってるのをどっかで聞いたのか、何時も通りふらっと現われたんだ。

俺は数年ぶりに束さんに会えたのが嬉しくて、庭先で楽しく話していた。

そして、俺と束さんが話している所に現われたのが婆ちゃんだった。

婆ちゃんは束さんの事を知らなかったから、俺の友達だと思って声を掛けてきたんだ。

そしてそんな婆ちゃんへの返答は――。

 

「その人は、俺の目の前でこう言ったよ『今は俺と感動の再会中なんだから話しかけてくんな。生い先短い老いぼれはとっとと消えろ、老害が』……ってな」

 

「……」

 

「俺はその言葉に……『本気』でキレた……目の前にいる人が俺の大事な人だってのは判ってたけど……そん時の俺は、その人を本気で殺そうって事しか頭に無かったんだ」

 

その後は本当に大変だった。

俺はその庭の中で暴風の如く暴れたもんだ。

俺の最初に放った拳を、腰を抜かしながら避けた束さんは……もう必死だった。

ひたすら俺に近づこうとしては涙をボロボロと零しながら「ごめんなさい、許して」この二言しか言わなかった。

でも一度心のリミッターが外れた俺は、束さんのその言葉に耳を貸さずに束さんに襲いかかった。

幸いにして、爺ちゃんが直ぐに駆けつけて俺を羽交い絞めにしてくれたから束さんは俺に殴られずに済んだ。

そのまま束さんは俺の足にしがみ付いてひたすら「ごめんなさい」って言葉を続けていた。

……今にして思えば、束さんは気に入った相手に拒絶されんのを怖れてたんだろう。

この世で只1人、同世代も、年上をも凌駕する頭脳を生まれ持った束さんには、この世界はとても退屈なモノだったらしい。

それは裏を返せば、誰にも理解されない孤独で冷たくて……とても悲しい世界。

その中で出会えた……自分を理解してくれる人間……俺や一夏、千冬さんに妹の箒。

このたった4人には、何があっても嫌われたくなかったからこそ、あんなに必死だったんだろうな。

でも当時の俺は……今以上にガキだった。

だからこそ、どれだけ束さんが謝ろうとも、俺は絶対に許すつもりはなかったんだ。

 

「でも、そん時だ……その人に貶された婆ちゃんは……その人を庇って、俺の頬を叩いた」

 

「ッ!?」

 

オルコットは俺の言葉に、目を見開いて驚愕していた。

俺はそんなオルコットに苦笑いしながら、あん時に叩かれた頬を摩る。

 

「俺より小さくて、すっげえ細い腕なのによ……滅茶苦茶痛かった……特にココがな?」

 

俺は自分の頬から手を胸に当てて言葉を続ける。

そう、滅茶苦茶心が痛かったんだ。

婆ちゃんに頬を叩かれた事で呆然とした俺が見たのは……婆ちゃんの、初めて見る怒り顔だった。

 

『相手がちゃんと心の底から反省して謝ったんなら、許してやるんが男の器量やで?いつまでも引きずるんは、女々しい男の証拠や』

 

婆ちゃんはそう言って、俺を厳しい声で叱りつけながら、俺の足にしがみ付いて泣きじゃくる束さんに謝る様に言ってきたっけ。

そんで俺が束さんに謝って……束さんがその反動の所為で俺に抱きついて離れなかった時に、婆ちゃんはニッコリと笑ってた。

 

『お婆ちゃんの為に怒ってくれるんは嬉しいけどな……元次、相手が心の底から謝ったんやったら、それはちゃんと許したっておくれ……元次は、それができるほんまに優しい子やって、婆ちゃん信じとるでな』

 

俺は婆ちゃんのその言葉を聞いて……本気で後悔したさ。

俺はそこまで信頼してくれてた婆ちゃんを裏切る様なマネをしかけたんだからな。

昔話を語り終えた俺は、俺の顔を見ながら呆然としているオルコットに言葉を掛ける。

 

「オルコット……お前が誠心誠意、謝罪をしてケジメをつけた上で、お前を殴ったりしちゃ……他ならねえ、俺自身が婆ちゃんの信頼を裏切っちまうんだ」

 

「……」

 

「だから俺はお前を許すし……お前に謝罪する……お前に対しての暴言の数々――本当に悪かった」

 

俺はその謝罪と共に頭をちゃんと下げる。

俺もオルコットに対してかなり無茶苦茶な暴言を吐きまくったからな。

 

「ッ!?そ、そんな!?謝らないで下さいまし!!元はと言えば、わたくしの不用意な言葉が招いた事ですわ!!」

 

俺の謝罪を受けたオルコットはワタワタと慌てながら立ち上がり、頭を下げていた俺を無理矢理起こした。

何だ、傲慢さが抜けりゃあ普通に良い奴じゃねえか。

俺は身体を起こされた事で、真正面に見えるオルコットを笑顔で見詰めなおした。

 

「まぁ、そういう事だ。互いにケジメをつけた。過去を水に流してくれんならよぉ……これからはよろしく頼むぜ?オルコット」

 

「……はい……わたくしを許して下さった、鍋島さんの寛大なお心に感謝します」

 

「そんな大層なモンじゃねえんだがな……あっ、後クラスの連中にもちゃんと謝っておけよ?」

 

さすがにアレだけの事態になったんだ。

クラスメイトにもしっかりと侘びを入れなきゃな。

俺の思い出した言葉に、オルコットは上品に微笑みを浮かべた。

 

「それは勿論ですわ。そうでなければ、鍋島さんにも『一夏さん』にも申し訳が立ちませんもの。しっかりと皆さんに謝罪させていただきますわ」

 

ん?コイツ今『一夏さん』って言ったか?……なぁ~るほどぉ。

一夏の馬鹿タレ、試合で落として『堕としやがった』ワケだ。

やれやれ、これで何人目だよって話しだぞ?

確か箒に鈴と蘭ちゃんは確定済みとして……本気で惚れさせたのは4人目ってワケだ。

一体何人堕としたら気が済むんだよあのボケ一夏は?

堕とす分にゃ一向に構わねえが、俺にトラブル持ち込んだら只じゃおかねえ。

 

そのままオルコットと一言二言話した後で、オルコットは最後に感謝の言葉を残して部屋に帰って行った。

俺はオルコットが帰った時に時間を確認すると、消灯時間にはまだ20分ちょい残っていた。

更にちょうど冷蔵庫に入れておいたデザートが食べごろの時間になっていたので、最後の仕上げにココアパウダーを振ればティラミスの完成。

それを持って俺はある人の部屋を目指し、その人にある計画を話した。

そして、その人の部屋で10分程話をしてから俺は部屋を後にし、部屋に帰って寝ようとしたんだが……。

 

「ぶ~ぶ~」

 

「わ、悪かったって本音ちゃん。機嫌治してくれよ」

 

「ぶ~ぶ~ぶ~」

 

「本音ちゃん!!ホンットにすまねえ!!どうか許してくれぇ!!(土下座)」

 

「ぶ~ぶ~ぶ~ぶ~」

 

オルコットとの話しの途中から空気扱いされたと、ぶ~ぶ~鳴いてる不機嫌な本音ちゃんのご機嫌とりをする羽目になった。

その代償に、これから1ヶ月の間、俺の自腹でデザートを作る約束をしてしまったい。

あぁ、諭吉さんがどんどん俺の財布から家出してしまう。

とりあえずこのやるせない気持ちを、夢の中で一夏をサンドバックにする夢を見れる様祈りながら、俺は何とか眠りにつく事に成功した。

 


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