IS~ワンサマーの親友   作:piguzam]

25 / 53

更新遅くなりましてスイマセン


猫々しい俺の夜(時偶ラビット)

 

 

グツグツグツ……。

 

かなり大きめの鍋に張った水が沸騰して煙を上げ始め、俺の求める温度に達した。

それを確認してから素早く塩を湯の中に入れ、購買で入手したタリアッテレパスタを投入してタイマーをONにする。

タリアッテレってのはイタリアで生まれた平打ちのパスタ麺で、4ミリ程の幅があるちょっと変わったパスタだ。

普段は普通の細麺を使うんだが、今日の晩御飯は趣向を変えて作ってみる事になった。

更にその隣の火元にはフライパンが熱せられていて、中に入った刻んだベーコンと玉ねぎがその肌を焼いていく。

そして良いキツネ色になり始めた段階で、牛乳とチーズを乱入させて弱火でコトコトとチーズを蕩けさせる。

 

 

 

はい、今日も今日とて鍋島元次、自分の部屋で料理に勤しんでます。

 

 

 

まぁその理由なんだが特には無い……強いて言うなら……。

 

「ふんふ~ん♪ゲンチ~♪とっても美味しぃ~のをお願いするのだ~♪」

 

「へ~いへい。美味しいの作ってやっから楽しみに待ってな」

 

「うん~♪パスタパスタ~♪」

 

我が同居人にして癒しの根源たる本音ちゃんに笑顔で強請られたからである。

俺に声を掛けた本音ちゃんは俺の返しに満足そうに頷いて、テーブルを拭きながらのんびりとした笑顔で返事を返してきた。

何でも今日の用事の最中に、他のクラスの娘が前の休日に行ったイタリア料理店の話しをしていたらしく、それを聞いていた本音ちゃんも食べたくなったんだと。

事、食べ物の話には敏感な本音ちゃんはどうしてもイタリア料理が食べたくなり、今日の晩御飯に作ってと俺にリクエストしてきた。

いきなり言われた時にはさすがに面喰らったし、今日の授業(まともに受けた後半のみ)じゃ千冬さんにボッコボコにされた俺は心労と疲労がマッハでピークだったから断るつもりだったのよ。

 

 

 

何せ今日の授業は悲惨で悲劇で理不尽の塊だったからなぁ……。

 

 

例えば真耶ちゃんの場合……。

 

 

 

 

『は、はい!!ではISの各部マニュピレーターの名称とその働きは以上です!!コレで授業を終えま――(げ、元次さんを見ない様にすれば授業も出来る!!頑張れ私!!)』

 

『あっ。山田先生ちょい待って下さいッス。さっきのトコで質問が――』

 

『ぴ!?あ、あわわわわ……ッ!?(顔真っ赤)』

 

『え?……あ、あの山田先せ―――』

 

『ダ――――ダメぇぇええ!?そ、そんにゃにモミモミしちゃダメですぅ!!?元次さんのエッチィ!!!』

 

『何言っちゃってんの真耶ちゃん!!?俺質問しようとしただけだよね!?モミモミって何だよオイ!?』

 

『ふわぁッ!?え、えっちな質問はもっとダメですよぉ!!?そんな事先生に聞くなんて、元次さんのケダモノォ!!!』

 

『頼むから俺の話を聞いて下さいぃぃぃぃぃぃいいいいいッ!!!?』

 

真耶ちゃんは目が合ったら顔を真っ赤にして爆弾発言しか言わなくなっちまうから授業が止まっちまうしなぁ。

しかもあのビッグバンなアレを両手で抱えてイヤイヤと身体を振るもんだからバインバインと横に揺れて目の毒を振りまくんだし。

何故に授業内容を質問しようとしたらケダモノと言われにゃならんのだ。

 

 

 

かと言って千冬さんに質問をしようものなら……。

 

 

 

『……で、では、これで実弾における反動制御体勢の項目を終える。次は――』

 

『あー、織斑先生。ココが分かんねえんですけど質問良いッスか――』

 

『ぬわぁああッ!?み、見るな喋るな動くなこの馬鹿者ぉ!?(ズバォンッ!!!)』

 

『ろぺすッ!?』

 

『はーっ!!はーっ!!き、きき貴様はそうして机に額を打ち付けたまま授業を聞け!!少しでも顔を上げたら叩き伏せるぞ!?良いな!?(俺の頭を机にグリグリと押し付けている)』

 

『あだだだだッ!?こ、こんな状態で授業なんか受けれるワケねえじゃねえっすか!?参考書すらマトモに見れねえっすよ!?』

 

『やかましいッ!!!きょ、教師の下着をののの覗く助平男の分際で口答えするなぁ!!この破廉恥極まる筋肉馬鹿が!!』

 

『俺の心にグサグサと刺さる事言って楽しいッスか!?ひでえよマジで!?だ、大体覗きたい気持ちなんて微塵も無かったってのに―――』

 

『(ブチッ!!)似 合 わ な く て 悪 か っ た な あ ッ !!!!?』

 

『そんな事言ってね『黙れぇッ!!!(ドゴシャアアアアアアッ!!!!!)』にぃぶるへいむッ!!?』

 

 

 

――なんて感じで理不尽極まる拳と暴言の数々を頂く羽目になったし……良く泣かなかったな、俺。

 

 

 

ま、まぁそんな事があって今日のダメージは俺のキャパシティを軽く超えてたから、夕食は食堂で済まそうと考えてたのよ。

その旨を本音ちゃんに伝えると……本寝ちゃんは上目遣いで「ダメ?……ゲンチ~のが食べたいよぉう(ウルウル)」と涙目で訴えかけてきなすった。

眉を悲しそうに垂れさせた本音ちゃんにそう言われた次の瞬間に、俺は財布片手に全速力で廊下をカッ飛んで購買に突撃カマしてたッス。

その途中で見覚えのある金髪ロールの女子生徒とポニーテールで竹刀を持った女子生徒を跳ね飛ばしちまった様な気がしたが、多分気のせいだろう。

無意識の内に『猛熊の気位』を発動させちまってたから「ん?何かぶつかったか?」程度にしか感じられなかったし。

そんで購買から全速力で帰ってきた時に俺は「アレ?何か俺って本音ちゃんに誘導された?」と考えたが、マイナスイオン溢れる笑顔でお礼を言われた瞬間どうでも良くなった。

どうにも俺はこの癒し溢れるほわほわとした女の子に手懐けられてしまってる気がする。

そんな冷や汗モンな予感というか予想を頭の中で考えつつ、チラリとリビング、というか机側に目を向ければ……。

 

「うゆ?どうしたのゲンチ~?」

 

ソコには俺の視線に気付いて首をコテンと傾ける本音ちゃんの姿があるではないか。

……まさかな。こんな癒しの権化みてえな本音ちゃんがそんな悪い考えを持ってるワケねえよ、馬鹿らしい。

考えてもみろ?あんな穢れを知らねえクリクリっとした目をしてる本音ちゃんだぞ?絶対有り得ねえよ。

ただ食い意地が少しだけ顔を見せただけだ、うん間違いねえ。

頭に過ぎった馬鹿過ぎる考えを一蹴し、俺は未だに首を傾げてる本音ちゃんに笑顔を見せる。

 

「うんにゃ。別に何でもねえよ、気にしねえでくれ」

 

「えぇ~?……な~んか怪しい感じがするぞ~?私に何を隠してるのだ~?」

 

しかし、俺の笑顔に何か含む所があったと感じたのか、本音ちゃんは少し面白く無さそうな顔をして、キッチンに居る俺の元にトテトテと歩いてきてしまう。

ありゃりゃ?もしかして俺の考え読まれてたのか?……本音ちゃんってポワポワした見た目と性格なのに意外と鋭いんだよなぁ。

 

「むむ!?(キュピーンッ!!)……今~失礼な事を考えられたよ~な気がするのです~」

 

訂正。ちょっと鋭すぎるぞ本音ちゃん。君は右手で触れた相手の過去、心情を垣間見れるのでしょうか?

 

「こら~、今何を考えたのゲンチ~?正直に話せ~(ぽかぽか)」

 

「な、何でもねえって。気にしたら負けだぞ本音ちゃん?」

 

「ぶ~ぶ~。負けでいいから話しなさ~い。国のお母さんが泣いちゃうぞ~?(ぽかぽか)」

 

俺の言葉も何のそのってな具合に本音ちゃんは追求を続け、パスタの茹で具合を覗いてる俺の後ろから俺の背中にポカポカパンチを見舞ってくる。

いや、長い裾の方がペシペシ当たってるからペシペシパンチ?とでも言うべきかね?

つうか国のお母さんって、残念ながら俺のお袋は異国に居るんですがなこれが。

背中越しで表情は見えねえが、多分彼女のホッペタはぷっくりと餅の様に膨れてる事だろう。

そのどこか和む表情が鮮明に思い浮かぶんだから不思議なモンだぜ。

背中から叩かれてる威力もパンチと呼べるモンではなく、何か肩叩きをされてるみたいに擽ったく感じてしまう。

しっかし、本音ちゃんとか真耶ちゃんからこんな風にパンチされても怒るどころか胸の奥がポワポワとしてくるのは何故だろうか?

野郎とかムカつく馬鹿女とか一夏にされたら思いっ切り殴り返すのは間違いねぇんだが……何故だろう?

ちょっと良く分からない自分の心境に、知らず知らずの内に俺は苦笑を浮かべてしまっていた。

 

「フム?本音ちゃん。良い子にして待ってたら苺のジェラートを出してあげるんだが……」

 

「は~い♪良い子にしてま~す♪」

 

言うやいなや、本音ちゃんは俺の返事も聞かずに机の方に戻っていってしまった。

しかも後ろから見てたら、本音ちゃんのパジャマである着ぐるみの尻尾がフリフリと動いてるではないか。

ホントどうなってんのあの着ぐるみは?耳といい尻尾といいギミックが満載過ぎるだろ?

それに今本音ちゃんに言ったジェラートは今日授業が終わってから部屋で作ったモンだし、そんなに急ぐ事は無い。

後は目の前の料理を作るだけで、今日の夕食は完成なのさ。

 

ピピッ♪

 

と、考え事をしてる間に麺が茹で上がったようで、タイマーがそれを電子音で知らせてきた。

それを聞いてから直ぐに麺を湯から上げて水をしっかりと切り、フライパンの上でトロトロになったソースの上にブチ撒ける。

ここからは火を止めて余熱で全体を熱しながら、塩と黒コショウで味を整えていく。

更にその上から溶き卵を全体に回す様に流し込み、馴染む様に手早く調理箸でかき混ぜ、最後はパルメザンチーズを軽く振りかけてやればそれ完成。

 

「卵を使ったカルボナーラパスタの出来上がりっとくらあ。さあ夕飯だぞ、本音ちゃん」

 

「わぁ~♪美味しそうな匂いがプンプンだ~~!!」

 

出来上がったパスタを綺麗に巻いた形で皿に盛りつけて持っていくと、部屋のテーブルには長方形のドイリーが対面で敷かれ、その上にフォークとグラスが用意してあった。

しかもご丁寧にテーブルの真ん中には小さなLEDタイプのコップの様な形をしたキャンドルライトが置かれていて、テーブルに良くマッチしてた。

恐らく本音ちゃんが用意してくれたんだろう、随分とお洒落な感じにテーブルの上が纏まってる。

ちなみにドイリーってのは、テーブルの上の皿や花瓶の下に敷くレースなどの敷物を意味し、これを作った人の名前から由来してるらしいぜ?

 

「へぇ~。随分と雰囲気出てるなぁ」

 

「にっへへ♪頑張って用意したんだよ~♪凄いでしょ~?」

 

俺の呟きに、本音ちゃんは腰に手を当てて「えっへん♪」と口で言いながら胸を張ってドヤ顔を披露してくれる。

そんな可愛らしいっつうか微笑ましい本音ちゃんのリアクションに、思わず頬が緩んでしまう俺であった。

 

「そうだなぁ……ここまで雰囲気出してくれたんだし、これで飲み物が普通のお茶ってのも味気ねえよな……良し、ちょっち待ってな本音ちゃん」

 

「んにゅ?どうしたの~?」

 

俺は一度パスタを盛った器をテーブルに配置してからキッチンに戻り、冷蔵庫から緑茶の入ったパックでは無く、一本のプラスチックボトルを取り出して戻った。

そのまま首を傾げてる本音ちゃんには何も言わず、テーブルに置かれたワイングラスにそのボトルの中身を注いでいく。

空だったワイングラスを満たしていく透明の液体を注ぎ込んでから、俺は小首を傾げてる本音ちゃんにそのボトルを見せてあげる。

 

「今日新入荷のボルビックってミネラルウォーターなんだが……香りを嗅いでみな?」

 

「え?匂い~?……スンスン。おぉ~♪桃の匂いがする~♪」

 

「そう、ボルビックのピーチフレーバーだ。これは濃厚なカルボナーラパスタに良くマッチすると思うぜ?」

 

俺は嬉しそうな本音ちゃんにそう言いながら、ボルビックのボトルをテーブルの上に置く。

後は部屋の電気の調光ダイヤルを回して、少しだけ薄暗くしてやる。

コレで雰囲気は完璧にアダルトな感じになったぜ。

 

「さ、席に着きな。本音ちゃんリクエストのイタリア料理、是非ご賞味あれ、だ」

 

「うん~♪あっ、ちょっと待って~。その前に~」

 

後はもう食べるだけだってのに、本音ちゃんは俺に静止を掛けたかと思うと、自分のベットの頭の上にある棚で何かをゴソゴソし始めた。

うん?どうしたんだ?

そう思いつつもテーブルに着いて待っていると、本音ちゃんはスマホを片手にニコニコ笑顔で戻ってきた。

 

「ふんふ~ん♪思い出の一枚を~パシャリ♪しておこうと思ったので~す♪」

 

そう言いながら本音ちゃんはテーブルに向かってスマホを横向きに構えると、一瞬のフラッシュと共にシャッター音が切られた。

あぁ、カメラで写真を撮ってるのか。……そういや女の子ってのはこーゆうシーンを写真に残したがる一面があるって弾の奴が言ってたっけ。

モテない癖にそういう所は沢山勉強してんだよなぁアイツ。

最近会ってないダチの言葉を思い出しつつ本音ちゃんを見てみれば、本音ちゃんは自分のスマホを見てニコニコと満足そうな笑顔を浮かべていた。

 

「うん♪綺麗に撮~れた♪それじゃあ後はぁ~……」

 

その一枚で終わりかと思ったが、本音ちゃんはイソイソと反対側に行くと、テーブルと横にあった俺の机の上にスマホを置いて席に着いた。

カメラ部分が赤く点滅してるって事は、恐らくセルフタイマーなんだろう。

 

「ほらほら~♪ゲンチ~も一緒にピ~スしよ~よぉ♪」

 

「へいへい、仰せのままにっと」

 

俺に向かって誘いをくれる本音ちゃんの言葉に従って、俺は笑顔でスマホに向かってピースサインを見せる。

本音ちゃんも同じ様にピースサインをカメラに向けると直ぐにシャッターの音が聞こえた。

それを確認してから、本音ちゃんは笑顔でスマホを回収した。

 

「えへへ♡……ゲンチ~とのつ~しょっとだぁ♡(もう少ししたら部屋も変わっちゃうんだし~……甘えられる時に甘えるのだ~♡)」

 

本音ちゃんはそう言ってスマホをいそいそとポケットに仕舞うが……暗くて良く見えねえけど顔が赤く見えるのは気のせいだろう、多分。

しかし女の子とのツーショットか……千冬さんと束さん以外なら初めてだな……何かむず痒いぜ。

とゆうかそろそろ食べないと折角のパスタが冷めちまうから食べようそうしよう。

 

「さて、それじゃあ……」

 

「は~い。手を合わせて~」

 

「「いただきます(ま~す♪)」」

 

2人揃って手を合わせてから、皿に盛られたパスタをフォークに絡めてパクリと一口。

幅広のもっちりとしたタリアッテレ麺に絡みつく濃厚なチーズとミルクのまろやかな風味。

それでいて時折顔を出す黒コショウのピリッとしたアクセントのハーモニーが、口の中で見事な調和を奏でる。

たった一口だってのに、満腹感が胃を止めどなく満たしてしまう。

うぅ~む、さすが俺。なんて自画自賛を頭に思い浮かべながら目の前のカルボナーラパスタをクルクルとフォークに巻き付ける。

 

「あ~む♪モグモグ……う~ま~い~ぞ~♪」

 

リクエストした本音ちゃんもこの味にご満悦の様で、その嬉しさを体全体でこれでもかと表現していた。

その嬉しそうな顔を見るだけで、俺の中の達成感というパラメーターも満タンになっていく。

たった2人だけでする食事だから、互いに食べ始めると無言になってしまう。

そうなると、部屋の静寂がちぃと物悲しく感じてきてしまった。

 

「……おっ。そうだ」

 

静か過ぎるのが嫌なら音楽かけりゃいいじゃねぇか。俺ってばウッカリしてたぜ。

俺は一度食べる手を止めて席を立ち、自分の机の上に置いてあるUSBプレイヤーに「JAZZメドレー」と書かれたUSBをセットして電源を入れる。

程なくしてプレイヤーが起動し、USBの中にインストールされた曲が流れ始めた。

 

~♪~♪

 

「ほぇ~……これって~、ルパン三世の曲なの~?」

 

その流れ始めた曲を聞いた本音ちゃんは目を丸くして、プレイヤーから流れる曲に興味を持ったようだ。

 

「あぁ。そのオープニングのJAZZ調のヤツさ……ムードがあっていいだろ?」

 

席に座った体勢のまま、ちょうど喉を潤そうと手に持っていたグラスを目線の位置に掲げて、俺は本音ちゃんに笑いかけながらグラスを自分の口に付けた。

爽やかなヨーロッパの自然、その資源が織り成す6つの火山層でろ過された軟水、その中にちょっとだけ含まれた桃のフレーバーが、濃厚なカルボナーラソースをスッキリと洗い流してくれる。

くぅ~……爽やかで飲みやすいぜ、ヤッパ濃い料理にゃ後味を洗い流してくれるサッパリとした水がベストだな。

今しがた口を潤した俺は、目の前に居る本音ちゃんに視線を送った――。

 

「……に、にゃぅぅ(真っ赤)」

 

「あり?……ほ、本音ちゃん?どうしたよ?」

 

「ふにッ!?」

 

――のだが、何故か本音ちゃんは俯き気味の体勢で俺から視線を外していて、猫の様な声を出していた。

少しだけテーブルから身を乗り出して俯いた顔を覗いてみれば、本音ちゃんの顔は真っ赤な誓、じゃなくて真っ赤なリンゴの様になっていた。

しかも俺と目が合うと驚いて悲鳴を挙げながら仰け反ってしまう。

マ、マジでどうしたんだ本音ちゃんは?

 

「な、何か変な事言ったか俺?」

 

「にゃ、にゃんでも無いよぉッ!?パクパクパク!!(わ、私に『ほ~んねちゃ~ん♡』って言いながらダイブしてくるゲンチ~を想像してしまったのです~……で、でも~……それも……ぃぃかも♡)」

 

俺の言葉に少しオーバーなリアクションで返した本音ちゃんは、さっきより速いスピードでパスタを平らげていくではないか。

しかも時折顔が嬉しそう……っていうかちょっとだらしなくなっている気がするんだが……き、気の所為だろう、うん。

そこからは互いに喋りかける事もせず、終始無言で晩御飯と、〆のジェラートを済ませてしまった。

今や席に着いてる俺達の目の前には空のお皿が置かれているだけなんだが……。

 

「……(チラ、チラ)」

 

何故か本音ちゃんがチラチラと俺に期待する様な視線を浴びせてきてるのです……何に期待してるかは一切不明ッスけどね?

そんなイジらしい仕草で俺に視線を送ってくる本音ちゃんに対して、俺がとった行動は――。

 

「そんじゃあ、俺は皿を洗ってくるから、本音ちゃんはゆっくりしててくれ」

 

「あっ……う、うん~(わ、私のバカバカ~!!ゲンチ~がそんな事する筈無いよ~!!……し、して欲しいけど……)」

 

THE・回避行動、これしかねぇよ。

だって本音ちゃんが何を期待してるのか全然わかんねえんですもん。

今ヘタレとか思った奴、後でねじってやるから待ってろよ?

そうしてキッチンに戻った俺は、水に漬けておいた調理器具や皿を綺麗に洗ってタオルで水気を拭き、食器置きの上に置いていく。

しっかし……今日はホントに疲れたぜ……もう暫くしたら寝るとすっか、食後直ぐに寝るのは身体に良くねえしな。

 

『WONANA♪WOWONANA~♪何度でも伝えるこ~こから~♪』

 

と、今日一日のハードな内容を振り返っていた俺の耳に、ポケットに入れてたスマホからメール着信音の『FREE』が鳴り響いた。

ん?誰だこんな時間に?

とりあえず食器を洗い終えた俺は手拭き用のタオルで手を拭き、ポケットからスマホを取り出した。

そのまま受信ボックスの中身を開いて送り主を確認すると……。

 

 

 

 

 

『送信者。貴方のペット♡』

 

 

 

 

 

送り主が確認できないという不測の事態に遭遇してしまったで御座る。

あれ?おかしいな?コレは一体誰でございましょうか?俺ペットなんて飼ってない筈ですがね。

っていうかペットは携帯を持てないワケで、つまりコレの送り主は人間なワケで、でも人間はペットじゃ無いワケで……あれ?

 

「……(カチカチ)」

 

普通なら、こんな怪しいメールは即刻削除するであろうさ。

だけども、俺は怖いもの見たさからか、そのメールをゆっくりとした動作ではあるが、開いてしまったのだ。

そして、そんな馬鹿過ぎる行動を取った俺の目に飛び込んだメールの中身は――――。

 

 

 

 

 

『件名』

 

『昨日はありがとね~゚.+:。(*≧∇≦*)゚.+:。』

 

『本文』

 

イェーイ♪ゲンくん元気にしてるかーい!?えへへ♡昨日の夜は束さんをたっくさん、濃厚且つ情熱的に可愛がってくれてアリガトォ~♡

おかげで束さんは元気いっぱいなのら~♪ただちょ~っと可愛がられすぎて、さっきまで腰が抜けちゃってたけどぉ♪゚+.(*ノωヾ*)ィャン♪+゚

キャ♡は、恥ずかしいじぇ~(〃ノωノ)バカァ♡女の子にこんな事言わせるなんてぇ……ゲンくんのケ・ダ・モ・ノ・♡

それにぃ♪あんなに美味しいタルトまで持たせてくれるなんてぇ危うく束さん幸せで昇天しちゃうとこだったんだぞ~♡Boo!!(*`ε´*)Boo!!

でもでも!!他の女にはあんな事しちゃダメだからね!?したら束さんは拗ねちゃうんだからな~ヾ(*`◫´*)ノフンガ~。

た、束さんならい、何時もは身が保たないけど、ゲンくんが望むなら地球上何処でも駆けつけちゃうよ!!(((((((((((っ・ω・)っ ブーン

ゲンくんのペットである束さんは、何時でもお呼びを待ってま~す♡。+゚(人’v`*)それじゃあ、ま~たね~!!o(*´з`)o バィバィ~♡

 

 

 

 

 

色々と弾け飛び過ぎて目を疑ってしまう内容だった。

ちょっと誰か助けてくれません?若しくは誰か時速140キロで過去、未来に跳べるタイムマシーンを貸してください。

ちょっと昨日の時間に跳んで過去の俺をブチのめしてきたいんで……OKOK,現実逃避は止めようか。

 

 

 

 

とりあえず――――TERMINATEを開始する。

 

 

 

 

 

『な、何なんだこのメールはぁああッ!!?昨日の俺に一体何がぁあああ!?ほわぁあッ!?ほわぁあッ!?ほわぁああああッ!?』

 

『う、うろたえるんじゃあない!!IS学園生徒はうろたえない!!』

 

『We will kill them all(ガシャコッ、ズドォオンッ!!)』

 

『ぼげべぇ!?』

 

『な、何をする3号ーーーーッ!!?(ズドォオンッ!!)ぎょぷえぇ!?』

 

 

 

 

 

―――ピピッ。TERMINATE完了。状況を終了する。

 

 

 

 

 

ふぅ……余りにもブッ飛んだメールの内容に取り乱してしまったぜ。

俺は混乱の真っ只中にある脳内会議場にショットガン片手に乱入して、脳内の混乱してる俺を残らず殲滅して鎮圧した。

とりあえず、このメールの送り主は束さんという事は分かったので、送信者の欄を束さんと上書き……出来ねえ!?

な、何故かこのアドレスだけ全ての編集が出来なくなってんだけど!?あれなんか俺のスマホ魔改造されてね!?

ええい!!落ち着け俺!!……束さんの項目の変更は不可能と……あの人が弄った機械なんて俺にゃ手に負えねえよ。

と、とりあえず文面から察するに、俺は昨日の一夏のクラス代表就任パーティの最中、多分記憶が無い時に束さんと会ってるって事は間違い無さそうだが……。

激しく気になるのは文面に出ている『可愛がった』というフレーズだ。

しかも腰が抜ける程可愛がったって……マジで何したんだよ昨日の俺ぇ……何でこんなワケ分からん事で悩まにゃイカンのだ。

もう何も考えたく無くなってきた俺はメールを閉じる事で見た物に蓋をしようとしたが……。

 

「ん?……添付ファイル?」

 

そのメールに、1件の添付ファイルが添付されているのを見つけてしまった。

 

 

 

 

 

『題名』、『嬉し恥ずかし♪タルトのお・れ・い・♡』ヤベエ、もうこの時点で嫌な予感がMAXで感じるぞ。

 

 

 

 

 

さすがに今の文面を読んだ後でこのファイルを開くのも怖かったんだが……。

もしも後で見てないって事が束さんにバレたら面倒な気もするし。

……ええい!!男は度胸!!何でも試してみるもんだ!!

半ば投げやりな覚悟の決め方を取って、勢い良く添付ファイルを解凍してみると――――。

 

 

 

 

 

ソコには、『兎』が写っていた。

 

 

 

 

 

正確には、胸の大事なポッチ部分だけを隠す極小の面積しかない白いフワフワの毛皮の様な物を胸に下着の様に巻いて――――。

 

 

 

 

 

下はコレまたエグい角度のフワフワ毛皮パンツ、しかもお尻の部分には兎の尻尾付きなパンツの様な物を履いて――――。

 

 

 

 

 

両手両足に、上下と同じフワフワの毛皮と肉球の手袋足袋を履きながら――――。

 

 

 

 

 

四つん這いのポーズで、片手を可愛らしくクイッと手招きの形にして――――。

 

 

 

 

 

可愛らしい字で『たばね♡』と書かれてるプレートが付いた首輪とリードを着けた――――。

 

 

 

 

 

……真っ赤な顔色で笑顔を浮かべるウサーな束さんだった。

 

 

 

 

 

「……ゴッブェバァアアアッ!!!?(ブシャアアアアアッ!!!)」

 

その余りのエロス溢れる背徳的な写メに鼻血を拭いてしまい、俺は慌てて鼻をしっかりと抑えてスマホを握り直した。

な、何つうーモンを送ってくるんだよ束さんはぁ!?俺の寅次郎を暴走させてアハトアハト88ミリ砲を発射体勢に移行させるつもりか!?

こんな場所(IS学園)で暴発させたら織斑教官に管理不十分で惨殺刑に処されちまうじゃないッスか!!?

オマケにあの豊満な胸の谷間に人参挟むとかあざとい、スゲエあざといよ束さん!!な、何て悩殺的な兵器を……GJ!!

さっきの文面なんかカスに思える程の兵器の登場に、俺は顔の熱が高まっていくのを感じてしまう。

良く見てみれば、束さんはただ笑顔を浮かべているだけでなく、赤い小さな舌をチョロッとだけ出したテヘペロ顔ではないか。

しかも可愛らしく画面の斜め端っこに『ご指名♡待ってま~す♡』と書かれてるのがそこはかとなくイケナイお店の写真に感じられてしまう。

エロだけではなく萌えのポイントすらも抑えてくるとは……!?さ、さすが束さんだぜぇ……!?

見れば見るほど、この画像の中の束さんは他に萌えるポイントは無いのかと俺は穴が空くほど写メを凝視していく。

主に胸とか、胸部とか、バスト周辺とか、おぱーい辺りを探ジロジロ見てのめり込んでしま――――。

 

「ど、どうしたのゲンチ~!?何か今、悲鳴が聞こえたよ~!?」

 

「おっぱぁあああああッ!!?」

 

「ほえぇ!?なになに~!?って鼻血出てる~~!?な、何があったの~~!?」

 

エマージェンシー!?癒し型決戦兵器HONNEが襲来した!?って落ち着け俺ぇ!?

先程の俺の悲鳴が聞こえたのか、着ぐるみルックの本音ちゃんが驚きながらもキッチンの方へ来てしまったのだ。

思わぬ伏兵にして最強の存在(俺の中で)の登場に、俺は更に焦ってしまう。

しかも本音ちゃんは俺の鼻から垂れてる、いや吹き出してる鼻血を見て、心配そうな表情を浮かべながら俺に接近してくるではないか。

その優しさが今は辛いですよ本音ちゃん!?マ、マズイ……!?もしコレが本音ちゃんに見られたら――――。

 

 

 

その①

 

『ふ~ん……『鍋島君』って~、女の人にそんな格好させて喜ぶ~……『ド変態』さんだったんだぁ~。もう~私に近づかないでね~?』

 

とか絶対零度の目で蔑まれて……。

 

判決、絶縁&ボッチ。

 

 

 

その②

 

『あっ、織斑先生ですか~?女子寮でエッチながぞ~を見て~鼻血出してる人が相部屋なんですけどぉ~、怖いから~変えてくださ~い』

 

ってナチュラルに千冬さんに話が行って……。

 

判決、俺のミートパテを使ったグチャ殺バーガーの出来上がり♪

 

 

 

――――ってなりかねん!?ヤッヴァイぜ!?な、何とかコレは隠し通さねば――――。

 

「あれ?……そういえば~今さっき、携帯の着信音が聞こえたけど~……ゲ・ン・チ・~?」

 

俺の鼻血、そして俺の叫び声に混乱していた本音ちゃんだったが、俺がこうなる前に聞こえた着信音の事を思い出して、段々と表情が怒りを含み始めた。

キャーーッ!?既に9割方ばれてるーーー!?やっぱり鋭すぎるぞ本音ちゃーーーん!?

あの「バーロー」で有名な体は子供、頭脳は大人、な名探偵もビックリする程のスピードで仮説を立てていく本音ちゃんに戦慄を覚え、俺は少しづつ本音ちゃんから後ずさっていく。

だがしかし、それを瞬時に感じ取った本音ちゃんは俺との距離をゆっくりとした足取りで詰めてきた。

まるで勝つ事を確信した肉食動物――百獣の王、セイバーライオンの如く。

そんな腹ペコライオンならぬ癒しライオンと化した本音ちゃんに追い詰められる俺は、さながら草食動物のガゼルだろう。

はたまた食われる事が確定した不幸過ぎる全身青タイツの槍兵か。

体格的には圧倒的に俺が有利な筈なんですけどー?

そうやって何時崩れてもおかしくない一定の距離を保ちながら、俺はジリジリと本音ちゃんから後ずさって逃げていたが……。

 

「(ドンッ)ゲッ!?」

 

しかし、後ろを確認せず後ずさった事で、俺はキッチンの端に追いやられていた事を悟る事が出来ず、部屋の角に追い詰められていた。

それを悟った時にはもう既に何もかもが遅く、もはや俺の退路は断たれてしまっていた。

 

「む~……(ぷっくり)」

 

そして、焦る俺の前方から、ゆっくりと、しかし確実に近寄ってくる本音ちゃんのぷっくりとしたファニーフェイスが俺を下から睨みつけてくる。

何てこった!?前後ろ左右が完璧に包囲されちまってるじゃねえか!?

俺の身体能力なら本音ちゃんをどかして前に逃げるのはワケ無い。

しかし、それはつまり本音ちゃんに手を上げる事と同義であって、俺には天地が引っ繰り返っても出来ない所業なのです。

それならばと本音ちゃんを抱き上げて優しくどかそうかとも考えたワケだが……。

 

「逃さないぞ~!!確保だ確保~~!!(だきっ)」

 

「OH,NOーーーーーーー!?は、離してくれえ本音ちゃんーーーーーー!?お、俺は無実だクマーーーーーーーーーッ!!?」

 

「コラ~~~!!無駄な抵抗は止めなさ~~~~~~い!!君は完全に包囲されているのだ~~~~!!(ぎゅうぅっ)」

 

何と本音ちゃんは俺に後2歩と迫った位置から急速に加速し、俺の腹回りに両腕を回して抱きついてきたのだ。

もしこの状態から本音ちゃんを振り解こうものなら、本音ちゃんが部屋の壁にぶつかって怪我してしまう可能性もある。

従って、俺にはこの纏わりつく本音ちゃんから逃れる術は無い。

っていうかお腹に当たる柔らかい感触を手放したくな……ってンな事考えてる余裕なんざ皆無だろうが俺のバカ!?

な、何としてもこの画像だけは見られるワケにゃいかねえ!!死守するんだ!!

せめてもの抵抗に携帯を持った手を高く挙げて、本音ちゃんからは取れない位置に危険物を確保するも……。

 

「むむ!?(キュピーンッ!!)そんなに必死になるって事は~~!!やっぱり携帯に何かあるんだな~~!?私に見せなさ~~~い!!ネタは上がってるんだぞ~~~!?」

 

自分から携帯を上に持ち上げる事は、自分のヤバイブツを自分からアピールする事と同義だった。

って俺のノータリンーーーーーー!?何テメーでテメーの首を絞めてるんだよぉーー!?間抜けにも程があるぞ畜生!?

既に本音ちゃんは俺のスマホにR指定もののブツが入ってる事を確信し、俺に抱きついた形のまま俺に声を張り上げてくるではないか。

ヤバイ、マジでヤバイっすよこの状況。もはや俺に逃げ場無し。

こ、ここは何とか俺の巧みなる話術で話題を逸らすしか……生き残る道は無し!!

俺は身体を伝う冷や汗に嫌な感覚を感じつつも、何とか顔の筋肉を引き締めて笑顔を浮かべる。

 

「な、何の事ざんしょ本音ちゃん?この鍋島元次、お天道様に背中向ける様な事ぁ一切身に覚えがござんせんぜ?」

 

「ぶ~ぶ~!!口調が何時もと違うし、目が私を見てないぞ~~~!!ゲンチ~はポ~カ~に向かない人間なんだよ~~!!」

 

回避失敗、余りにも嘘のつけない正直者な自分が憎すぎる。

だ、だがまだ終わらん!!まだ終わらんよ!!

 

「そ、そんな事ぁありやせんって?正真正銘、何時ものあっしでござんすよん?」

 

「む~~!!それじゃあ~私の目を見てよ~~!!疚しい事が無いなら~~ちゃんと私の目を見て話すのだ~~~!!」

 

「め、目をですか?…………い、いいでしょう!!見てやろうじゃあないですかい!?」

 

そして、俺の言葉に一切納得出来なかった本音ちゃんは、自分の目を見て無実を証明しろと仰ってきた。

俺に抱きついた体勢のまま俺の胸に顎を当てる形で密着しながら頬を膨らましてる本音ちゃんから逃れる事は出来ず、本音ちゃんが納得しないと離れてくれないだろう。

もはやこの状況を回避する手立ては他に存在しないと悟り、俺は覚悟を決めて本音ちゃんの目を真剣に見つめる。

 

「じ~……」

 

「うっ……ぬぐっ」

 

だがしかし、正に穢れを知らない本音ちゃんの真っ直ぐな瞳に、俺は自分の汚れた心が圧迫される様な感覚を覚えて目を逸らそうとしてしまう。

イ、イカン!?ここで目を逸らせば自分から罪を認める様なモノ!!ここが俺の最終防衛ラインだ!!絶対に目を逸らすな!!

心の中で折れそうな自分を叱責して、俺は意地でも本音ちゃんから目を逸らさないように気合と根性を入れなおすが……。

 

「じ~……。あ~~~っ!!?(ずびしっ!!)脂汗!!」

 

「ぬぉおおおおしまったぁーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!?」

 

そんな風に力めば身体から嫌な汗が流れるワケで、それを目ざとく発見した本音ちゃんから指をズビシッと突き付けられる始末。

幾ら何でもバカ過ぎる失敗を披露した俺は頭を抱えて絶叫してしまった。

退路は無し、俺の身体には何時フッ飛んでもおかしくないのほほんボムが纏わりついてる。

あぁ何てこった、完全に詰んじまったよ。

 

「さぁ~!?さぁ~!?今直ぐゲンチ~の携帯を見せなさい~!!正直に見せないと~……こうだ~~!!(ぐりぐりぐり)」

 

「ぬホォオオオオオ!?や、止めてくれ本音ちゃんーーーー!?胸が何かこしょばゆいッスーーーー!!?」

 

「えいえい!!え~い!!早くしないと、もっと激しくしちゃうぞ~~!?(ぐりぐりぐり)」

 

突如本音ちゃんから放たれた、千冬さんの打撃並みに効く攻撃の効果に、俺は身を捩って悶えてしまう。

本音ちゃんが今しているのは、俺に抱きついた体勢からそのまま、俺の胸板に乗せていた顎で、俺の胸板をグリグリと押してくるという攻撃だ。

まるでマッサージの様な動きではあるが、これがまた鍛え上げた俺の胸板にこそばゆい妙な感覚を与えてくるのでその未知の感覚がおれを悶えさせる。

 

「この!!この~~!!ここか!?ここが弱いのか~~!!(ぐりぐりぐり)」

 

「おぅふ!?そ、そこは勘弁して下せえーーーー!?」

 

おぉう!?俺のニップルを刺激しないで本音ちゃんーーー!?何このエロ指定掛かりそうな萌え萌えマッサージ攻撃は!?

傍から見れば部屋の隅っこで抱き合う男女、そして抱きついてる女の子が男の胸板に顔をこすりつけて甘えてくる絵にも見えるだろう。

しかぁし!!今の俺にとっては只自分の罪状を白状させられるダケの拷問にしか思えないのです。

も、もうダメだ……もう、観念してこのブツを見せるしか……グッバイ、俺の高校生活。

そして、俺は本音ちゃんの、のほほんとした萌え攻撃に屈し、本音ちゃんにこの危険物を見せる為に手を少しづつ下ろし……。

 

『血湧き肉踊れ~~♪島揺らす音で~~♪盛る火を起こせうねる木の元で~♪』

 

「え?」

 

「ッ!?」

 

だがその時、タイミング良く俺のスマホから、電話の着信を知らせる着信音『BUSH HUNTER』が鳴り響き、件の危険物の存在を画面から隠してくれたのだ。

その着信音を聞いた瞬間、俺はバッとスマホの画面を覗きこみ、電話の相手の名前が表示される画面の『一夏』という字を認識した。

ナ、ナイスだ兄弟ーーーーーーーッ!!!今ほどお前と兄弟でいて良かったと思った事はねえぞ!!本気で助かったぜ!!

俺にとって事態が良い方向に転がった事に、俺は顔をこれでもかと綻ばせ、弾けんばかりの笑顔で本音ちゃんにスマホの画面を見せてあげる。

 

「ほ、ほら!!着信!!一夏からの着信だったんだよ!!いや~!!これで俺の無実は証明されたワケですね本音ちゃん!?しかしこの時間に掛けてくるって事はなんかトラブったのかな~?ちょっと電話するから静かにしててくれよ!!ゴメンなぁ~ちょいと相手シテしてあげらんねえけど我慢しててくれや!!(ピッ)もしもし一夏どうしたよ!?何か緊急事態か!?手なら幾らでも貸すぜブラザー!!」

 

「あ~~ッ!?ズ、ズルイズルイ~~!?むいぃ~~!!?」

 

俺は本音ちゃんに口を挟む間も与えずに言葉のラッシュを浴びせ、そのままスマホの通話ボタンをタップして電話に出る。

視界の端で本音ちゃんがこれでもかとほっぺたを膨らまして俺を見てるが、今はスルーさせていただきまッス!!

そして俺は本音ちゃんを腰に纏わりつかせたまま少しづつ移動を始め、キッチンの水道で固まっていた鼻血を綺麗に洗い流していく。

ふっふっふ。今回は俺に勝利の女神が微笑んでくれた様ですな。

 

『あ~ゲン、悪いなこんな時間に』

 

「いやいやいや!!全くもって問題ねえぜ兄弟!!いや正にグットタイミングだったってなモンよ!!」

 

『は?な、何の話だ?』

 

「気にすんな!!コッチの話しだからよ!!ハッハッハ!!で、どうしたんだ?何か困り事か?」

 

「むぅうぅ~~~!!むぅうぅ~~~!!」

 

電話口から聞こえる一夏の声に大袈裟な返しをしつつ、俺は兄弟が初めて俺を助けてくれた事に感謝の意を示す。

マジで助かったよホント……サンキューな、一夏。

そして本音ちゃんを引っ付かせたまま部屋に歩いて戻り、テイッシュで濡れた鼻と手を拭いてから、ベットに腰掛ける

更にスマホを反対の手に持ち替えてから、現在進行形で俺に抱きついて膨れっ面のまんまの本音ちゃんの頭を撫でる事で誤魔化しを敢行した。

 

「(なでなで)んにっ……ふ、ふ~~んだ!!ぷんぷん!!だよ~~!!」

 

しかし今回ばかりは撫でられたぐらいじゃごまかすのは無理らしく、本音ちゃんは俺の撫でる手から抜け出す事はしなかったが顔をそっぽに向けてしまった。

そんな可愛らしい反応を見せてくれる本音ちゃんに、俺は電話しながらも苦笑を浮かべる。

っつうか、ぷんぷんって口で言うなんて……何て言うか、良くも悪くも子供っぽいっていうか……まぁ可愛らしいから良いけどよ。

 

『ま、まぁ困り事っちゃ困り事なんだが……おいゲン。ちゃんと聞いてるか?』

 

「ん?おぉ聞いてるぞ。一体どうしたんだ?」

 

とと、いけねえいけねえ。とりあえず今は電話口の一夏の要件を聞くとしよう。

何せこの窮地を脱する手助けをしてくれたんだ。

今回ばかりは俺が手助けをするのが筋ってなモンだろ。

 

『あぁ、実はちょっと、鈴と箒が揉めてて……』

 

『何を他人事の様に言ってるのだ一夏!!これはど、どど、同室である私とお前の問題だろう!?』

 

『違うわよ!!幼馴染みである私と一夏の問題よ!!とにかく私もココに住むからね!!はい決定!!』

 

『だから勝手に決定するなと言ってるだろう鳳!!一夏、お前からも何とか言わんか!!』

 

『……こんな状況なんだ』

 

と、一夏のお困り事ってのを聞いてる最中で、電話の向こうから鈴と箒の大きな声が響いてきた。

おいおい、まさかの昼休みの続きが一夏の部屋で勃発してるってのかよ……アイツ等何処でも騒がしい事この上ねえな。

まぁしかし……今回ばかりは俺が助けてやるか。

 

「まぁ大体だが事情は分かった。今からソッチに行くから少し待ってろ」

 

『お、おう。悪いが頼む』

 

「良いって事よ。今回はこのトラブルバスターに任せておけ。トラブルもオメエも纏めて綺麗にバスターしてやる」

 

『へへっ。さんきゅ……ってちょっと待て!?俺事全部綺麗にフッ飛ばすのかよ!?トラブルだけ何とかしてくれ!!?』

 

「じゃな(ピッ)」

 

俺は電話先で困っているであろう一夏の顔を思い浮かべながら通話を切り、瞬時に立ち上がる筈のメール画面を終了させて、スマホをポケットに捩じ込んだ。

 

「む~~(ぷっくり)」

 

さあて……(汗)まず初めに俺に引っ付いてるこのキツネの様な着ぐるみを着てる本音ちゃんをどうにかしねえとな。

俺はまず今この部屋から出るに当たって目の前の障害を何とかしなくちゃならねえみてえです。

しかし今の本音ちゃんは俺の言葉をキチンと聞いてくれるかも怪しい。

つまり、口八丁で丸める事は恐らく出来ねえだろう、となれば……俺もダメージを負う事を覚悟の上で、事に当たるしかねえ。

俺は心の中で覚悟を決め、俺に引っ付いて動こうとしない本音ちゃんに視線を合わせて口を開いた。

 

「……本音ちゃん。実はな……」

 

「ダ~メ~。ゲンチ~がさっき何を見てたのか~ちゃんと話してくれるまで、絶対に離さな―――」

 

 

 

 

 

「――――さっきからその……当たってるんだよ……柔らかいポニョポニョしたもんが、さ……2つ」

 

「い、よ?……ふぇ?……ッ!?ふ、ふぇええええ~~ッ!!?(バッ!!)」

 

俺の爆弾発言に、本音ちゃんは目を白黒させたかと思えば、普段からは考えられない俊敏さで俺からババッと距離を取った。

まるでリンゴの様に赤く染まった顔、胸を抑えて逃げる女の子な仕草、ごっそさんです。

良し!!今だ!!

そして本音ちゃんが俺から距離を取ると同時に、俺は身を翻してドアに向かって一直線に走り、部屋から飛び出した。

目指すは一夏と箒の部屋である1025室、5部屋隣だからそんなに時間は掛からねえ!!入って直ぐに鍵を締める!!コレで完璧よ!!

 

『―――ゲ……ゲンチ~のぶぁかぁ~~~~ッ!!!すけべ~~~~ッ!!!お猿さ~~~~んッ!!!』

 

……廊下に女子が居なくて心からホッとした今日此の頃でした。

俺は後ろから追い掛けてくる本音ちゃんの叫び声を聞きながら、一夏達の部屋である1025室の扉を豪快に開け放つ。

その開け放ったデカイ音に、部屋の中に居た一夏と箒、鈴の視線が俺に集中する。

 

「よう。ちっとばかし乱暴な入り方でスマネ「ゲン!!お前放課後はよくもやってくれたなぁ!!」……ゑ?」

 

と、些か乱暴な入り方を謝ろうとしたら、何故か箒に怒鳴られた。

しかも傍に立てかけてあった竹刀を構えながら……何故に?

 

「ど、どうしたんだよ箒?一体何をそんなに怒ってんだ?」

 

俺と同じで事態が飲み込めていないのか、箒の隣に立っていた一夏もオロオロとした表情で箒に問いかけていた。

その一夏の言葉に、箒は目尻を釣り上げてキッと一夏を睨みつけ始めた。

鈴も俺達と同じく状況が分からない様で何が何やらって感じで事態を見守っている。

 

「どうもこうもない!!今日の放課後、私とオルコットがアリーナへ向かう為に廊下を歩いていたら、後ろから猛スピードで走ってきたゲンに跳ね飛ばされたのだ!!オマケに謝罪も無しだぞ!?」

 

「あっ……あぁ……だから二人共、アリーナに来た時にボロボロだったワケか……」

 

「うわぁ……災難ね」

 

箒のキツイ眼差しをモロに浴びた一夏はタジタジになりながらも、今日の事を思い返して箒の言葉に納得している。

その隣りで事情を聞いていた鈴も、箒に同情的な視線を向けている。

っていうか……。

 

「あ~悪い、やっぱ誰か跳ね飛ばしてたのか……かなり急いでたモンだから「ん?何か当たったか?」ぐらいにしか思わなかったぜ」

 

「人を跳ね飛ばしておいて随分と軽いな!?少しは反省の色を見せんかぁ!!」

 

「いやだから悪いって。保険入ってねえからその辺は無理だけど、まぁ許してくれ」

 

「だから軽すぎると言ってるだろうにぃーー!!!?」

 

竹刀片手にキーキーと怒鳴ってくる箒に、俺は手の平を拝み手にして謝罪の意を示す。

しっかしまぁ、アレよ。ちょいと軽く何かにぶつかったかなぁ程度にしか感じられなかったから、気付かなくても仕方無いと思うんだ。

やっぱ『猛熊の気位』発動させてるとその辺の感覚も鈍くなるから注意が必要だな。

俺はとりあえず目の前でご立腹状態の箒から目を離して、とりあえず俺と同じ訪問者である鈴に視線を向けてみる。

そして視界に入ったのは、大きめのボストンバッグが1つ、鈴の足元に置いてあった。

あれ?そういやあさっき、電話越しに『私もココに住むからね!!』って鈴の台詞が聞こえたよな?って事は、コレって鈴の荷物か?

 

「おい鈴?何でオメエはボストンバッグなんて持ってんだよ?」

 

とりあえず状況を把握するために声を掛けると、鈴は箒に向けていた同情の視線を止めて俺に視線を向けてきた。

 

「あぁ、アレよ。私は最初、篠ノ之さんに部屋を変わってってお願いしにきたんだけどね?」

 

「ッ!?そ、そうだ!!ゲンからも鳳に何とか言ってやってくれ!!私は部屋を変わる気は無いんだ!!」

 

と、俺が鈴にそのボストンバッグの使用用途を聞いていると、今度はハッとした表情で箒まで俺に詰め寄ってくるではないか。

っていうか部屋を変わってって……そりゃまたぶしつけな上にいきなりな話しだな。

 

「まーとにかく、幼馴染みで気心知れた私のが居た方が、一夏も気が休まるだろうし、私もここで暮らす事にしたってワケ」

 

「それを勝手に鳳の中だけで決めるなと言ってるんだ!!私はそれで良い等と言っていないだろう!!」

 

「でも、ココは篠ノ之さんだけの部屋じゃなくて一夏の部屋でもあるんでしょ?それを篠ノ之さんだけの独断で決めるのはおかしくない?」

 

「いきなり現れてココに住むと独断で決めてる鳳だけには言われたくな「わかったわかった、ストップだオメエ等」ゲ、ゲン……」

 

何時までもこの2人だけに話させてたら明日の朝になっても決まらなそうなので、俺は横から2人の間に入ってストップサインを出す。

俺の介入に、台詞を途中で遮られた箒は不服そうな顔をするがそれはスルー。

成る程成る程……要は鈴がどっかで一夏と箒が相部屋って話しを聞き付けて、ボストンバッグ片手に乗り込んできたってワケね?

片思いの男が自分の知らない、しかも昔の幼馴染みと1つ屋根の下で暮らしてるとなりゃ危機感を抱くのも仕方がねぇか。

それに、鈴は直情型だから『こう考えたらそれが正しい』って思いを疑わない、相手の考えよりも自分の思いを優先して事を運ぼうとする所がある。

勿論普段はそんな事はねえんだけど、事一夏が絡むと話しは別だ。

まぁ後は……一夏との関係、思い出に1年のブランクがあるってのが不安で仕方ねえんだろう。

箒といい鈴といい、一夏が絡むとほんっとに面倒な幼馴染み達だぜ。

当の本人の一夏は何で鈴と箒が言い合ってるかわからねえって顔で困惑してるだけだしよぉ。

でも、今回は一夏を助けるって決めた事だ……ちっとジョーカーを切らせてもらうか。

 

「とりあえず鈴。オメエは箒と部屋を変わって欲しいが、例え箒が部屋を変わらなくてもココに住むと?」

 

「勿論♪アタシはボストンバッグ1つで何処でも寝れるしね。それに別にゲンに迷惑かけるワケじゃ無いんだし良いでしょ?」

 

俺の言葉に良い笑顔で頷く鈴。

その言葉に反論しようと身を乗り出す箒を視線で止めて、俺は再び鈴と視線を合わせる。

 

「まぁ確かに、3人で寝てる部屋もあるって話しだしオメエがここで寝る事は可能だぜ?」

 

「なっ!?ゲン!!」

 

俺の賛成っぽい言葉を聞いた鈴は「我が意を得たり」って顔になり、箒は裏切られたみたいな顔に変わっていく。

確かに鈴の言う通り、学園の寮の部屋は双方の同意が得られれば部屋の交換も可能だし、場所によっては仲良し3人で寝泊りも出来る。

各部屋には備え付けのベット以外に簡易ベットも配布されてるから、鈴の言ってる事は間違っちゃいねえんだ。

 

「でしょー?だからアタシはココに住「ただし」……へ?」

 

俺の言葉を聞いて上機嫌に返事をしようとした鈴だが、俺はそこにすかさず言葉を被せて鈴の台詞をストップさせた。

 

「オメエがこの部屋に住むにしろ、ここで3人目に入るにしろ……そりゃ寮長から許可を取ってからの話しだ」

 

「へ?り、寮長?」

 

俺は鈴にやや苦笑気味な表情で言いたかった言葉を告げてやった。

そう、確かに鈴の言った部屋の交換、そして奇数での宿泊、同棲は可能だが、それはあくまで寮長が許可を認可した時だけだ。

それを聞いて目を白黒されている鈴を見るに、コイツは多分その辺の手続きも踏まずにココまで来たんだろうな。

 

「オメエがその許可を寮長から捥ぎ取ってこねえ限り、幾らここでンな事言っても話しになんねえって事だ。勝手にやれば寮長から直々の処罰が待ってるって話しだしな」

 

「へ、へー?そうなんだ。じ、じゃあ許可を貰えたらココで正式に住めるってワケね?なーんだ。楽勝よ楽勝、許可ぐらい簡単に貰ってこれるわ♪っで、誰よ?1年の寮長って?」

 

「千冬さん」

 

「無理ゲーに決まってるじゃないそんなのッ!?あの千冬さんが許可するワケないでしょ!?ラスボスを超えた裏ボスでもそんな理不尽なバグキャラ居ないでしょうが!?」

 

「それは……まぁ……」

 

「フム。ま、まぁ無理であろうな(よ、良かった!?これで一夏と2人っきりの生活は守られたぞ!!)」

 

鈴の「絶望した!!」って感じの叫び声に、一夏は難しい顔で言葉を濁し、箒はさっきと打って変わって上機嫌そうに言葉を紡いだ。

まぁ箒からしたら一夏とのラブラブ?同棲生活に別の人間が入ってこなくて嬉しいんだろうよ。

一方で鈴はここで大きく立ちはだかった千冬さんの説得という大きな壁に挑む気は無いらしく、ガックリと方を落として項垂れている。

俺がさっき言った寮長から直々の処罰ってのも効いてるんだろう。

幾ら何でも千冬さんからの折檻覚悟でこの部屋に泊まるなんて、体中に塩コショウを振りかけてライオンの前に立つ様なモンだ。

そんな風に項垂れる鈴とは正反対に、箒は嬉しそうな笑顔を浮かべてる。

だがしかし、恋愛ってのはチャンスは平等にあるべきなんじゃね?ってのが俺の持論だ。

それに、鈴だって箒と同じで俺の大事な幼馴染みだし、鈴に味方してやらねえワケにもいかねえよな。

 

「大体、お前が万が一、いや億が一のラッキーチャンスを当てた所で、直ぐに部屋を変わる羽目になっちまうんだぞ?」

 

「は?な、何でそうなるのよ?」

 

俺の苦笑を浮かべたままの言葉に、鈴は心底わからないって表情を浮かべた。

それは鈴だけでなく、今この場で話を聞いてる一夏と箒もそうだ。

っていうか一夏、テメエは俺と一緒に真耶ちゃんと千冬さんから直々に話を聞いただろーが。

 

「あのなぁ、よ~く考えてみろよ?普通学園って教育機関が、年頃の男女の同棲を何時までも良しとする筈ねえだろうが?ドンだけ校則の緩い学校だよ」

 

「そ、そりゃそうだけど、現に今だって……」

 

「だからよ?俺と一夏はイレギュラー中のイレギュラーだから、そうしてでもこの学園に放り込まなきゃいけなかったんだっての。だから無理矢理この寮に捩じ込んで、とりあえず調整が付くまでの仮措置って事で、俺達は女子と同部屋になってんだ」

 

「なっ!?」

 

「あっ、そういえばそうだな。山田先生も千冬姉も、部屋の調整が付くまでの間だけって言ってたし」

 

俺の言葉に箒は目を見開いて驚愕し、一夏はそういえばって顔でその時の話を思い出していた。

っつうか何驚いてんだよ箒?さすがに何時までも女子と同部屋なワケがねえだろーに、ここには男が『2人居る』んだからよ。

何処か抜けてる幼馴染み2人から視線を外し、俺はポカンとしてる鈴に視線を向け直す。

 

「まっ、そーゆうこった。真耶ちゃんが大体1ヶ月ぐらいだって言ってたし、時期的には後2週間もねえぐらいだ。そんな時期に千冬さんに挑むなんてデンジャラスな事ヤラかすより、時期を待った方が建設的だろーよ?」

 

「あっ、うん……ありがとう、ゲン」

 

俺のもう少しだけ待てという発言に、鈴は納得したのか、笑顔を見せながら俺にお礼を言ってくる。

そんな幼馴染みに、俺は普通の笑顔を見せながら口を開く。

 

「なに、俺は先生達が言ってた事を伝えただけだ。別にどうって事はねえよ」

 

「そっか……分かった!!それじゃあこの話は無かった事で!!」

 

全ての事柄に納得した鈴は、さっきまでの意気消沈した姿は何処へやら、元気いっぱいに声をだしてここへ住む事を諦めた。

つまり、コレで今回の件は一件落着、双方丸く収まったって事だ。

やれやれ、毎回の事っちゃ毎回の事だが、一夏に恋する乙女連合、通称一夏ラヴァーズを纏めるにゃ骨が折れるぜ。

 

「そんじゃ、とりあえず話は纏まったみてえだし、俺は帰るわ」

 

「おう、態々サンキューなゲン、今度メシ奢るよ」

 

「あいよ、期待して待ってるぜ」

 

俺は自分の肩を揉み解しながら、部屋へ帰ろうと扉に身体を向けた。

まぁとりあえずこの場の問題は解決した事だし……後は本音ちゃんのご機嫌を何とかせねば(汗)。

うぁ、そう考えると戻りたくねー……いっそ俺がココに泊めてもらおうかね?

 

「と、ところで、さ……ねぇ一夏?」

 

「ん?何だよ鈴?」

 

と、部屋に戻る事に若干憂鬱な気分になっていると、俺の後ろから鈴の恥ずかしがる様な声と一夏の疑問の声が聞こえてきた。

その声に引かれて、俺も扉側から振り返って部屋の中に視線を送ると、何やらモジモジして一夏に超えを掛ける鈴の姿があった。

何だ?ま~た何か面倒事こさえるつもりじゃあんめえな?もう優しさは品切れだよ俺?

内心ちょっと嫌な予感を抱えつつも、俺も事態を見守ろうと足を止める。

 

「あの、さ……約束……覚えてる、よね?」

 

「約束?えぇっと……何時のだ?沢山しすぎて、ドレだか……」

 

「そ、その沢山の中でも一番重要なヤツよ!!アタシが中国に帰る直前にしたヤツ!!」

 

事の成り行きを見ている中で、鈴は一夏に約束がどうたら言い始めた。

ん?鈴が帰る直前?……空港で見送った時は別に何も言ってなかったし、俺が知らない所で何か約束してたのか?

今日まで接点の無かった箒は言わずもなが、俺にも検討の着かない話だったので、口出しせずにそのままにしておく。

すると、鈴に約束した時期の事を教えられた一夏は目を瞑って顎に手をやり、暫し考えだした。

 

「ん~~っと……おぉ!?アレか?鈴の腕が上がったら毎日、酢豚を――――」

 

「そう!!ソレ!!」

 

一夏が思い出して語り始めた約束の途中で、鈴は嬉しさからか笑顔で声を張り上げる。

え?ちょっと待て!?それって所謂『毎日お前の味噌汁を~』ってヤツの酢豚版って事か!?

それってつまり、鈴は中国に帰る前に、一夏にプロポーズを――――。

 

 

 

 

 

「――――奢ってくれるってヤツか!?」

 

どんがらがっしゃんッ!!!

 

「――――はい?」

 

 

 

 

 

余りにもアホすぎる勘違い発言を投下してくれやがった一夏のボケに、俺はたまらずズッコケてしまった。

痛てて……そ、そうだよなぁ……この鈍感王『オリムーラ・D(鈍感)・イチカ』と呼ばれたコイツが、そんな言葉の意味を理解してるワケねえよなぁ。

堪らずズッコケてしまった俺だが、周りの空気は俺を完全に置いてけぼりにして気まずい雰囲気が漂いまくっている。

俺の目の前に居る鈴なんか下俯いてプルプル震えてるじゃないッスか。

あ~コレは一つのアレですね?所謂嵐の前の静けさってヤツだね。

そんな目の前で起きてる一種の災害の危険信号すら感知出来ない一夏は、暢気に笑顔を浮かべて後ろ髪に手を当てているではないか。

 

「だから、毎日俺に、飯をご馳走してくれるって約束だろ?いや~、俺の記憶力も捨てたモンじゃな――――」

 

パァアアンッ!!!!!

 

うわちゃあ、痛そ~~。

閉めきった部屋に響き渡る快音に、床から立ち上がった俺は自分の頬を抑えて苦い顔をしてしまう。

その快音の発生源はモチのロン、恋する乙女の最大の敵にして『移動式メスホイホイ』と呼ばれる一夏、その呆然とした表情を浮かべる頬の部分。

そして奏でる為に振るわれた打楽器は――――。

 

「……最っ低!!!!!」

 

鈴のスナップが効いた平手打ち、要はビンタだ。

マジに素敵過ぎる戯言をのたまった一夏をビンタした鈴は、その勝気な目尻を更に吊り上げてコレでもかと怒りを露わにしてた。

一方でビンタをカマされた一夏は何が何やらって表情を浮かべて鈴の視線にたじろいでしまっている。

っつうか一夏ェ……普通毎日飯をって降りまで覚えてたらその先ぐらい容易に検討付くだろーが。

なのにナチュラルにその先を間違えるってどんな奇跡的珍プレーだよオイィ……呆れてモノも言えぬってなぁ、こういう事か。

 

「女の子との約束を覚えてないなんて、男の風上にも置けないヤツ!!!ゲンに咬まれて死ねぇ!!」

 

待てやコラ。人を犬みてーに言うとか舐めてんのか幼馴染み2号よ?

何故にソコで俺を例えに出した?っつうか一夏なんて、いや男なんて咬みたくねえっての。

もはや言うだけ言ったと言わんばかりに、鈴は肩を揺らしてボストンバッグを荒々しく掴むと足早に部屋から出て行ってしまった。

ソレを呆然とした表情で見送る我らがお馬鹿さん代表一夏君。

あぁ~もぉ……一夏は何で鈴があんな風に怒ってるか判ってねえだろうし……ここは俺がフォローしますか。

立て続けに面倒事に見舞われた俺は面倒くささから髪をポリポリ掻いて、ボケッと突っ立ってる一夏に視線を送る。

そして俺の視線に気付いた一夏は、俺に心底分からないって視線を送ってきやがった。

 

「えっと……な、なぁゲン?今のって俺が悪いのか?」

 

「まぁ……7割方はな」

 

「じ、じゃあ謝った方が良いのか?で、でも何で鈴があんなに怒ってるのか皆目検討が付かねえし……理由を説明してくれたら謝るけどよ」

 

一夏はそう言って俺から視線を外して、今しがた鈴が出て行ったドアを微妙な表情で見つめる。

まぁ理由が判れば謝るって……多分、お前の頭じゃ一生掛かっても無理な気がするぞ?

それに説明とか、「私のご飯を毎日食べて下さい♡一生♡」なんて女の子が面と向かって言えるわきゃねえだろボケ。

特に恥ずかしがり屋の鈴なら尚更だっての。

こりゃまた暫く一夏の周りは荒れんだろうなぁ……ま~たこの恋愛的トラブルに巻き込まれんのかね俺ってば?

つくづく巻き込まれ体質な自分の運命に心中で溜息を吐きながら、俺はドアを見つめてる兄弟分に声を掛ける。

 

「とりあえず、鈴は俺が追っ掛けておくからオメエは今は止めとけ。どうせまた売り言葉に買い言葉で話が拗れんのは目に見えてんだ」

 

「そんな事はねえと思うけ――――」

 

ガシッ!!

 

ちょ~っとまだこの状況が飲み込めてないお馬鹿ちゃんにプチッときたので、俺は一夏の頭を握って素敵なスマイルを浮かべてやった。

 

「 良 い か ? 今は止めとけ…… 良 い な ? 」

 

「了解しました!!?」

 

その体勢でゆっくりと力を掛けてやると、一夏は顔を真っ青にして俺の言葉に素直に頷きを返す。

その動きと返事に満足した俺は一夏の頭を開放し、少しばかり駆け足でドアを潜ってヘソ曲げた猫を探しに行く事にした。

まったく……何処までも世話の焼ける幼馴染み2号と兄弟だぜホント。

 

 

 

 

 

『……一夏』

 

『お、おう?何だ?』

 

『ゲンに轢かれて死ねッ!!』

 

 

 

 

 

お前もか幼馴染み1号よ。

 

 

 

 

 

幾ら何でも酷すぎる扱いに心の中で涙しながら、俺は少し走った所で、トボトボと歩いてる鈴を発見。

もう声掛けて止めるのも面倒だった俺は、鈴の背中に追いついた瞬間――――。

 

「よっと(グイッ!!)子猫一匹確保ってな」

 

「にゃ゛ッ!?ちょ、ちょっと何すんのよゲン!?今アタシ機嫌悪いんだから離せっての!!引っ掻かれたいの!?(ジタバタ)」

 

問答無用で鈴の首根っこを引っ掴んで持ち上げる事で、逃げられる可能性or止める手間を省く事に成功。

そのまま吊り上げた状態で元来た道を華麗にUターンする。

 

「ホントに止めなさいってば!!いい加減にしないとアタシもキレるわよこの筋肉馬鹿!!(ジタバタ)」

 

しかし、俺との身長差でプラーンと持ち上げられるのがお気に召さないのか、鈴はその小さな身体をジタバタさせて俺の手から逃れようと藻掻く。

その様が、知り合いの家に一晩だけ預けられて、預けられた先の人間の腕の中で必死に暴れる猫そっくりで微笑みを浮かべてしまう。

フム、皆さんも困った事ありません?猫を預けられたは良いモノの、家の中で暴れすぎて困るっていう経験。

そんな時の対処法は簡単♪猫に自分の素直な気持ちが伝わる様に微笑みを浮かべながらそぉ~っと――――。

 

「あんまりウルセエと保健所に叩き込むぞ?」

 

魔法の言葉を呟いてあげましょう♪

 

「はい!!静かにします!?(ブルブル)」

 

ほーらこのとーり♪どんな腕白猫でも一回で大人しくなります。

皆さんもご近所から猫ちゃんワンちゃんを預かる機会があったら是非試してみて下さいね☆

俺の魔法のワードを聞いた鈴は借りてきた猫(大人しいvr)の如く静かになり、俺は鈴を吊り上げたまま悠々自適に自分の部屋を目指した。

さあて、とりあえずあの約束を何処でしたのかって話を幼馴染みとしてジックリと聞かせてもらいますか。

俺の知らないエピソードで俺達の空白期間を埋める事と、とりあえずさっきヤラかしてくれた一夏のフォローの2つを頭に入れながら、俺は自室のドアを開けた。

 

 

 

 

 

「むうぅ~~~~~~~ッ!!!(ぷっぷくぷ~)」

 

「……アウチ」

 

そして、開けた先で俺を出迎えてくれたのは、腕を組んで仁王立ちしてるご立腹顔の本音ちゃんですた。

モチモチっとしたほっぺはこれでもかと膨らみ、着ている着ぐるみの耳と尻尾は完全に逆立っていますね、ハイ。

 

 

 

 

 

 

注意事項、普段大人しい、又は懐っこい猫ちゃんにはさっきの方法を使用しないで下さい。

余計に拗ねてしまう可能性がある上に、最悪の場合泣いて出て行ってしまうかもしれませんので。

そういう普段怒らないのほほんとした目に入れても痛くないって言える猫ちゃんが怒ってしまった場合の対処法は――――。

 

 

 

 

 

「(」・ω・)」うーーーーーーーーッ!!!(/・ω・)/にゃーーーーーーーーーーッ!!!(グリグリグリグリッ!!!)」

 

「あおぉおおおッ!!?ほ、本音ちゃんそこは止めッ!?あ、顎でグリグリするのはもう勘弁してくだしあぁあああああああッ!!?」

 

「(/>ω<)/にゃーーーーーーーーッ!!!(グリグリグリグリッ!!!)」

 

 

 

 

 

気が済むまで思いっ切りじゃれつかせてあげましょう♪

っていうかそれ以外対処法が思いつかねーです。

 

 

 

「ゲ、ゲンを降伏させる女が千冬さん以外に、しかも同い年で居たなんて……!?」

 

 

 

とりあえず鈴、その台詞は千冬さんに聞かれたらOUTだから止めとけ。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。