IS~ワンサマーの親友   作:piguzam]

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俺のフォローって一体何だったんでしょう……あっ、無駄骨ですね、ハイ。

 

 

 

「……って事なんだけど……ちょっとゲン?あんたちゃんと聞いてたんでしょうねぇ?」

 

「ちゃ、ちゃんと聞いてたわボケナス……ぜーっ、ぜーっ……」

 

「つ~~ん、だ……(ゲンチ~のばか~えっち~……他に思い付かない~……ばか~)」

 

部屋に備え付けられた一人がけのチェアを逆向きにして、背もたれに身体を預ける様に座りながら訝しい目線を向けてくる鈴に、俺は息も絶え絶えに言葉を返す。

先程の騒動から役10分ぐらいたった今、俺は自室で鈴からさっきの酢豚発言について話を聞いていた。

ただ俺は椅子に座って向き合った姿勢ではなく、自分のベットに身体をグデーっと寝っ転ばせた状態なんですがね。

そして俺をこんな状態にしてくれちゃった張本人(猫?)である本音ちゃんはというと、ベットに大の字に倒れてる俺の腹の上に座りながらそっぽ向いて頬を膨らませてらっしゃる。

いやもうあのグリグリ攻撃にゃ完敗だ……あんな猫みたいな顔でスリスリしてくる本音ちゃんの萌えにはさすがのこのアイアンボディも白旗を振るしか無かった。

しかも俺のビーチクを集中的に刺激するモンだから……アハトアハトを制御するのに死力を尽くしました、はい。

まぁこしょばゆいだけでなく……めっちゃくちゃ気持良かったんですがね?

そんなこんなで現在寝転んだ俺の視界に収まってるのはご立腹顔の本音ちゃんだけ、それなのに会話してるのは鈴という謎な空間が広がってる。

視界の中に居ない相手と会話が成立するとか何処の中二病だよこの状況?

 

「ぜーっ、ぜーっ……と、とりあえず本音ちゃん?鈴と話したいから降りてくれると助か――」

 

そして、俺は起き上がって鈴としっかりとした体勢で話をしようと、俺の腹の上に乗っかってる本音ちゃんに降りて欲しいと懇願するが――

 

「むっ……えい!!(ぼふっ)」

 

「おぅふ?ど、どうしたのかな本音ちゃん?」

 

本音ちゃんは俺の声を聞いたかと思ったら、俺の腹の上で軽くジャンプしてその勢いを乗せたボディプレス?いや俺の腹に乗せてるお尻のプレスを見舞ってきた。

まぁ鍛えぬかれた俺の身体にダメージを与える事は出来ない程度の攻撃だが、さすがに喋ってる途中だったので言葉が途切れてしまった。

いきなりの肉体言語に戸惑った俺が俺のお腹の上で怒った様なプリプリ顔の本音ちゃんに視線を送ると、本音ちゃんはそのプリプリ顔のまま俺に視線を合わせて口を開く。

 

「知らないも~~んだ。ゲンチ~は、私のお願い聞いてくれなかったでしょ~?だからどかないも~~んだ(ぷいっ)」

 

彼女はそう言うと再び視線を俺から外して明後日の方向を向いてしまい、こんどはそのむくれた横顔が俺の視界にINする。

いやいやいや、あんなとんでも無いエロス溢れる写メを女の子に見せろと?俺に自殺願望はありません。

余りにも理不尽な本音ちゃんの我侭に、俺はかなり困った顔を浮かべてしまう。

た、確かに写メを隠したのは俺だが、あの写メは俺が仕入れたワケじゃなくていきなり送られてきたんですぜ?

っていうかこのままじゃ俺って起き上がれない?何気にピンチになってねえか?

 

「そ、そこを何とか「えぃやぁ~!!(ぼふっ)」なっふぉい」

 

「洩れた声が余裕ありまくりでしょアンタ」

 

俺の懇願する声も、ぶ~垂れた本音ちゃんのひっぷぷれすに阻まれ、全然話がスタートしない。

だが何故か鈴の呆れた声が聞こえて会話が成立してんだから不思議。

しかも本音ちゃんは俺が次に言葉を発するタイミングを見計らっているのか、今度は俺の腹の上で正面に向き直って俺を穴が空くほど凝視してたッス。

足を開いて俺の腹の上を跨ぎ、両手は俺の腹と胸の間、つまり鳩尾の上辺りに付いた体勢……何とな~く騎乗位を想像してしまった俺は悪くない。

う、う~む参ったな。このままじゃ鈴にフォローを入れる前に消灯時間が来ちまうし、そうなるとフォロー失敗なワケで……あんまりやりたくはねぇが、強攻策に出るしかねえな。

俺は困った顔のまま目を瞑って溜息を吐き、そのまま腕をベットに着いて身体をゆっくりと起こし始める。

 

「あっ!?こら~~!!起きちゃ~ダメ、って戻らない~~!?(グイグイッ)」

 

「はっはっは。残念ながら効かねえなぁ~~(ニヤニヤ)」

 

勿論、俺の事を正面から見つめてた本音ちゃんがそれを許すワケがなく、起き始めた俺をベットに倒そうとするが、俺の身体がベットに戻る事は全く無かった。

まぁそりゃ当たり前だ。こんなマッスルボディしてんのに、本音ちゃんみてえな腕力の無い女の子が上から押した所で俺を止められるワケがねえって。

っていうか俺を必死に押し倒そうと目を瞑った顔で頑張って俺をグイグイ押してる本音ちゃんの行動が可愛いです。

故に、そんな風に頑張ってる小動物的な本音ちゃんの仕草を間近で見てる俺の顔がニヤニヤしちゃうのは、仕方が無いのさ。

 

「ふに~~!!ふに~~!!(グイグイッ)」

 

「は~い本音ちゃん。残念ながら俺にライドする時間は終了だぜ?ほれ(チョン)」

 

「わ!?わわわわ……!?(ぼふっ)にゃう」

 

そして、遂に上体を完璧に起こした俺は未だに頑張って俺を押し倒そうと唸ってる本音ちゃんのオデコを指先でチョンと突つく。

そうする事で、俺のお腹の上で不安定な体勢で乗っかっていた本音ちゃんはバランスを崩してしまう。

何とかその体勢から戻ろうと腕を一生懸命振り回す本音ちゃんだが、その努力も虚しく本音ちゃんの身体はベットに倒れた。

つまり今度は俺が本音ちゃんを見下ろす体勢になった訳だ。

俺が大の字で開いていた足の間に、本音ちゃんは両手を顔の横で小さくバンザイの形にしたまま目をぱちくりとさせている。

やっとこさ起き上がった俺はそんな呆けてる本音ちゃんに身体を起こした体勢で笑顔を向けた。

 

「ちょ~っと今から大事な話をすっからよ。暫く大人しくしててくれや。な?」

 

その言葉と共に、俺は本音ちゃんから視線を外して呆れた表情を浮かべてる鈴と目を合わせた。

さすがに早いトコ話しにケリ付けておかねえと、鈴が部屋に戻る時間が無くなっちまう。

 

「……に、にゃう~~!?(あわわわ~!?コ、コレはまさしく~!?わ、私が食べられちゃう体勢なのでは~!?お、大人しくって、私はキャプチャ~されちゃったの~~!?)」

 

……何やら足元で本音ちゃんがニャウニャウ鳴いてらっしゃるが今は放置。

最優先事項は幼馴染み達の不和を取り除く事だからな。

 

「んで?要約すっと、オメエが中国に帰る前の日の放課後に、教室で一夏と約束したのが事の始まりってワケだ」

 

「そ、そうよ……日本の『毎日お前の味噌汁を飲みたい』ってのを私なりにアレンジした……私なりの精一杯だったんだけどなぁ」

 

俺の確認する声に、最初は恥ずかしそうに頬を染めて目をウロチョロさせる鈴だったが、次第に表情を曇らせて俯いてしまう。

俺はそんな幼馴染みの姿を見ながら顎に手をやって少しばかり話を整理してみる。

当時も詳しい事は話してくれなかったが、何でも1年前の鈴の帰国ってのは急に決まっちまった事らしい。

勿論いきなり言われた鈴は親父さん達に猛反対したが、幾ら鈴が反対した所で所詮は子供の言い分。

大人が決めた事には逆らえず、鈴は中国に帰らざるを得なくなった。

そこで鈴が引き摺っていたのは、日本に来て俺等の学校に転校してからずっと懸想している一夏の事だ。

さすがに俺等と一緒に居た時間が長いだけあって、鈴も一夏の天然女ったらしな戦闘力は身に染みて理解している。

鈴は自分が帰国した後も、絶対に一夏が女を堕とす事が無くならない事に絶対の自信を持っていた。

良かったな一夏、幼馴染みに滅茶苦茶深く理解されてるぜ。

まぁつまり、自覚無く止めど無く女を堕とし続ける一夏に少しでも自分の存在を心の中に留めてもらおうと必死になって考えたのが、さっきの酢豚発言ってワケだ。

 

「しっかしよぉ。オメエだって、一夏が絶滅危惧種並の鈍感さを誇る鈍チンだってのは良く知ってるだろーが?」

 

「そ、そりゃまぁ……ずっと一夏を……み、見てたワケだし?それぐらいは、さぁ……(モジモジ)」

 

俺の呆れを多分に含んだ言葉に、鈴は俯いたまま身体をモジモジさせ、か細い声で俺に返事を返してくる。

 

「だってーのに、そんな普通男が女に言う言い回しを、しかも魔改造して酢豚にするとか……アイツが理解出来る筈がねえだろうに」

 

「うぅ……やっぱ失敗だったかなぁ?」

 

「まぁ直接的じゃあねえわな」

 

椅子に座ったまま項垂れる鈴にトドメの言葉を返すと、鈴は椅子の背もたれに顎を預けて不貞腐れた表情を見せる。

ったく、コイツは終わった後でウジウジするタイプだからこーゆうメンタルケアは中々時間が掛かるんだよなぁ。

まぁそれでも俺の大事な幼馴染みである事に変わりはねえので、ここからフォローする発言に切り替え――。

 

 

 

 

 

「やっぱあの時、『アンタの味噌汁を毎日飲ませなさい!!』にしておけば……」

 

「発想を逆転すりゃ良いってモンじゃねえし台詞が男らし過ぎるわボケ。第一作る方の立場変わってんじゃねえか」

 

 

 

 

 

切り替える前に、本能的に駄目出しをしてしまったい。

でも他のプランがそれって、幾ら何でもねえよ。何故一夏に味噌汁を作らせる方に話が飛躍した?

腕を組んだ体勢のまま呆れた声でその案を却下する俺だったが、鈴は俺の声が聞こえていない様で、またもや顔を俯けてしまう。

 

「一夏にとって……アタシなんて、どうでも良かったのかなぁ」

 

そして顔を俯けた鈴はその体勢のままに、何とも弱気な発言を繰り出した。

何時もの勝気な表情も、猫の様な気まぐれさも一切無い、正に恋する乙女の一面を見せる鈴がいる。

その恋する乙女からしたら、例え何年経とうとも惚れた男から約束を忘れられてるってのは相当ダメージがデカイらしい。

しかも鈴の場合は一年越しの再会、そして自分と同じ様に一夏に本気で恋してる女が2人も一夏の傍に居るってのが焦りに拍車を掛けたんだろう。

幾ら何でもいきなり部屋に押しかけて部屋変わってってのは強引にも程があるからな。

 

「ンなワケねえだろーが。一夏はちゃんとオメエとの約束を覚えてたじゃねえの」

 

だがしかし、俺はそんな鈴に向かって自信満々に言葉を返す。

さすがにこのままにしとくワケにゃイカンし、俺が仲を取り持ってやらねえとな。

その言葉の意味が判んなかったのか、鈴はゆっくりと顔を上げて俺に呆れた視線を送ってくる。

 

「はぁ?何言ってんのよゲン。アンタだってあの場で聞いてたでしょ……馬鹿一夏の馬鹿発言」

 

鈴はそう言って疲れた様に俺から視線を外してぐで~っとしてしまう。

まぁ確かに鈴がそうしたくなるのは分かるが、話しは最後まで聞けっての。

 

「あぁ、確かにクソほど馬鹿な発言だったなぁ……でもよ、間違えたのは後半だけじゃねえか?」

 

「……え?」

 

俺の言葉に、鈴はキョトンとした顔で姿勢を起こし、俺にゆっくりと視線を向けてくる。

 

「確かにアイツは約束の内容、いや真意を間違えはしたが、ちゃんと原型は留めてたぜ?それこそ『鈴』が『毎日』『酢豚』を『食べさせてくれる』って辺りはな」

 

「そ、そこは確かに間違えて無かったけど……」

 

「だろ?それに、最後の「食べてくれる?」って辺りの解釈を間違えちゃいるが、それでもアイツはお前との約束をちゃんと覚えてた……普通よ?誰かが誰かに飯を奢るなんて約束を一々覚えてる奴なんていねえだろ?それも1年も前の話しだぞ?」

 

「あっ……」

 

俺は鈴に笑顔でそう語りかけ、まるで目から鱗が落ちたって顔の鈴を見ていた。

確かに毎日ってのが特殊な気もするが、それでもこのご時世、誰かが誰かに飯を奢るなんて約束は日常的に行われてる事もある。

それこそ学校の帰りにゲーセンに行って『負けた奴、この後のハンバーガー奢りな』とかいうその場で決めた約束もあるし。

『前はお前奢ったから今日は俺が奢るよ』なんて順番に奢りあう事もある。

そういった約束ってのは俺や一夏の間でも多々あったし、結構な頻度で飲み食いしてたりもした。

でもそれは大概その場限りで決めたりする話しで、明確な期限が無い限りはポンと忘れちまうのが人間だ。

 

「そんなありふれた約束だってーのに、一夏はオメエが酢豚を毎日作ってくれるって約束をキッチリ覚えてたじゃねえか?他の誰でもねえ、鈴個人との約束をよ……そんな一夏が、鈴の事をどうでもいいなんて思ってるワケねえってんだ」

 

「……うん」

 

ゆっくりと噛み砕く様に説明していく内に、鈴の悲しそうに垂れていたツインテールは元気を取り戻して持ち上がってきた。

良く良く考えれば、アイツは約束を間違えた……っていうか真意を履き違えただけで、約束そのものはちゃんと一語一句覚えてたんだよな。

人との約束を、恋愛方面以外ならちゃんと忘れずに覚えてる辺り、一夏はそういう意味では人間が出来てるしスゲエ奴だと思う。

 

「まぁオメエの言い分も分からんでもねえぜ?っていうか普通はあそこまで言われたら気付くのが普通なんだ。それでも一夏が最後のそこだけ気付けなかったのは、ひとえにアイツが激烈鈍感馬鹿チン野郎だったからだしな。それは完璧にあの『旗祭り男爵』が悪いし、生きてる価値が無えと思うぜ?」

 

「げ、激烈鈍感馬鹿チン…………プッ。アハハハ!!ふ、普通そこまで言う?しかも、は、旗祭り男爵って……アハハハハハハ!!な、何そのネーミング!?お、お腹痛い!!アッハハハハ!!」

 

もしここに一夏が居たら真っ先に抗議するであろう渾名を使うと、鈴はそれが余程面白かったのか、腹を抱えて大笑いしてしまう。

まぁ今のアダ名は鈴が中国に帰った後のアダ名だから知らなくても仕方ねえか。

しかしこんなモンは序の口、アイツに付けられた畏怖と妬みを篭めたアダ名はまだまだあるんだぜ?

 

「しかし、女の子との約束を曲解して覚えてるとは中々素晴らしい珍プレーだぜ。さすが『一夏が来る時は妹、姉、母を隠せ、さもないとあっという間に旗が立つ』なんて言われてた男。ある意味尊敬できちまうよ」

 

「あはははは!!も、もうそれアダ名ですらないじゃな……ぷっ、ぷはははは!?ナマハゲ一夏!?あははははははは!!?お、お腹捩れるぅうううう!?」

 

ついでとばかりに呟いた中学時代に生まれた『一夏格言』に、もはや笑いを抑える事が出来ないのか、肩を震わせて泣きながら大笑いし始めた鈴。

その姿には、さっきまでの落ち込んだ様子は微塵も無く、本当に心の底から笑ってるのが感じ取れた。

やれやれ……これで一夏の発言に対してのフォローは何とか出来たかね。

目の前で大笑いしてる幼馴染み2号を見ながら、俺は口元を笑みの形に変えていく。

 

「ともあれ、一夏は約束の意味がわかりゃオメエに謝るっつってたけどよ。あんま長い事放置して話が拗れる前に、サッサとオメエから謝っちまうのも手の一つだが、どうする?」

 

「あっははは……そ、そうね。確かにその方が良いかも知んないけど……私は一夏より先に謝ったりしないわよ?全ては約束を間違えたアイツが悪いんだから」

 

俺の言葉に鈴は目尻の涙を拭きながら堂々と宣言してくる。

そんな悠長な事を言ってる幼馴染みに、俺は試す様な視線と笑みを形取って口を開いた。

 

「良いのかー?さっき見てきた通り、箒はアイツのファースト幼馴染みで恋心溢れてやがる。それに昼休みに居たオルコットだって一夏への思いは本気だ。トロトロしてる時間はねーと思うぜ?」

 

「そんな事判ってるわよ……でも、今また一夏と話したら、多分売り言葉に買い言葉になっちゃうと思う……一夏も何が悪かったのか考えようとしてるみたいだし……ま、まぁ思い出す、っていうか理解出来るとは微塵も思ってないけど」

 

「当然だな。そんなモンあの一夏に期待するだけ無駄ってなモンよ」

 

アイツと深い付き合いのある奴等の共通認識、それは俺等の間でも不変のままだった。

ホントに一夏は恋愛方面では信用無え……いや、逆にある意味では絶対の信頼を持ってるな、うん。

しかし鈴はそれを深く理解していても、敢えて一夏が気付くか、先に謝ってくるって方に賭けた。

そんな悠長な事してたら他の一夏を狙う狼レディースに横取りされかねないってのに。

 

「それでも、今回は一夏が悪い。アイツが先に謝るのが筋ってのが、アタシの曲げらんない理由。だからアタシはこの意地を貫くわ。それが鳳鈴音って女なんだしね♪」

 

自分は自分らしく、鳳鈴音のルールに則って勝負すると言い張る鈴。

この姿勢は中学の頃から変わんねえし、これからもずっと変わんねえだろう。

自分の決めた事に後悔を持ちたくないってのが、鈴が中学時代からずっと掲げてたポリシーなんだしよ。

 

 

 

……前に話した事だが、鈴はあの馬鹿女に虐められてた時も、決して俺達を頼ろうとはしなかった。

それはあの馬鹿女の矛先が俺達に向く事を恐れての事だったらしい。

小学校の時の苛めから救ってくれた一夏、俺、そして中学から一緒に馬鹿やってきた弾。

俺達に恩義を感じてたからこそ、俺達を巻き込みたくなかった鈴は、自分の思いに正直に生きるってルールを曲げてまで、馬鹿女達からの虐めに1人で耐えていた。

まぁ結果的には俺達が乱入した挙句、俺があの馬鹿女の顎をカチ割った事で全部オジャンになったがな。

俺が謹慎処分が解けて学校に行った時、鈴はベソかきながら俺に怒鳴ってきたっけ。

『何で乱入した』とか『自分が耐えてれば良かっただけなのに』とか、挙句の果てには『助けて欲しく無かった』だったな。

一夏達が必死に鈴を止めようとしても、鈴は全く止まらず、今まで伏せてた感情を発散させるかの如く俺に叫んだ。

そんな鈴に対して、俺は幾らか加減した拳骨をド頭に落としてやったよ。

 

 

 

昔の事を思い出していると、鈴は自分の頭を自分で撫でながら笑っていた。

 

「あの時だったっけ……モンの凄く痛い拳骨もらったの……でも、その後の『俺が勝手にやった事に、一々口出すんじゃねえ!!』ってので、頭の痛みなんて吹っ飛んだわよ」

 

「……あぁ、そんな事もあったなぁ」

 

昔の自分が言った台詞を言われて、俺は気恥ずかしさから頬をポリポリ掻いて目を逸らす。

そんな俺の反応が面白いのか、鈴は愉快げに口元を釣り上げる。

 

「しかもその後に続く言葉が、『ダチが俺の横で自分を押し殺して泣いてたんじゃあ、ちっとも楽しくなんかねえんだよ!!くだらねえ事ウジウジ言ってねえで、テメエはテメエらしく生きろ!!』よ?もうアンタ何歳なのよ?って思ったわ」

 

「うるせえなぁ。あん時はそうとしか言え無かったんだよ」

 

「アハハ。……でもまっ、アレのお陰で今のアタシが居るんだし、これでも感謝してるんだからね?ありがたく思いなさいよ」

 

何時も通りの上から目線で俺に礼を言った鈴は、座っていた椅子から立ち上がってボストンバッグを肩に担ぐと、部屋の入口まで歩を進めていく。

どうやら吐き出したい事も言いたい事も全部出切った様で、その足取りは後ろから見ても軽快なモノだった。

 

「あー、スッキリした♪あんがとねゲン。とりあえずクールダウンする為に、今日は部屋に戻るわ。もうすぐ消灯時間だしね」

 

鈴は入り口の前で振り返ったかと思うと、さっきと同じ様に笑顔を浮かべて俺にそう言葉を掛けてくる。

その言葉に机の時計を確認すると、確かにもうそろそろ部屋に戻らねえと消灯時間になるって時間だった。

まぁ何とか鈴の機嫌直しと一夏のフォローが終わった事だし、今回はコレで良しとすっかね。

 

「おう、そうしな。一夏には俺からしっかりと鈴の言葉の意味を考えるよう忠告しといてやっから、オメエも頭キンキンに冷やしとけ。次は穏便にやれよー?」

 

「わかってるっての。そんじゃあ、おやすみ」

 

俺の言葉を聞きながら、鈴は笑顔で手を振って部屋から出て行く。

俺も部屋に静寂が戻ってきた事で、段々と今日の理不尽な授業で溜まった疲れが襲ってきて眠気が現れ始めた。

その眠気に従って、俺は身体をグイィっと背伸びさせて身体をリラックスさせていく。

さて、明日も授業があるし、サッサと寝よ「……ゲ、ゲンチ~?」……う、か?

そうやって背伸びをした事でそのままベットに倒れ込もうかと思った俺だが、何やら物凄い近くからかなり恥ずかしそうな声が俺の鼓膜を叩いた。

アレ?……そういえば、何か忘れてる様な…………あ。

眠気に微睡みの沼の中へ引きずり込まれかけた意識がクリアになり、同時に嫌な汗が頬を伝う。

そういえば……ここには鈴を含めて『3人』の人間が居たんですよね?

一気に眠気から醒めた意識に身体が無意識の内に駆動を始め、俺の視線を俺の足元へと誘いだす。

 

「に、にゃう~……(真っ赤)」

 

そこには、先ほど俺がチョンと突いて倒れこんだ時と同じ体勢のまま、着ぐるみに包まれていない顔をコレでもかと赤く染めて、猫っぽい鳴き声を出してる本音ちゃんがおわした。

おぉう……良く考えれば、俺の胴体を跨ぐ格好で本音ちゃんは俺の足の間に倒れてるワケで……。

 

「こ、この体勢は……そ、そにょ…………恥ずかしぃ~ですぅ……(ぷいっ)」

 

本音ちゃんは口をすぼめてそう言いながら、俺の目から視線をズラして完全に横を向いてしまった。

手は小さく顔の横に広げられたまま、顔だけ恥ずかしそうに背けて、目線だけで俺の顔を覗きこんでくる本音ちゃん。

アカン、何だこの性しゅ、じゃなかった。何だこの青春ラブコメみたいな展開は?

焦るな焦るな俺、まずはこの状況を脱出するんだ元次。このままで居たら俺は野生化してしまうぞ?

本音ちゃんを襲う何て事をしちまった日にゃ、俺は明日の朝日も拝めねえ。

心の中では冷静に、でもかなり無理矢理飛び出しそうな本能を抑えつけながら、俺は本音ちゃんを起こすべく、両手をゆっくりと差し伸べていく。

 

「あっ……」

 

だが、俺の差し伸べていく手を見て何を思ったのか、本音ちゃんは小さく口から悲鳴を出して、ビクッと身体を身動ぎさせてしまう。

しかしそれ以降は身体を動かさず、ただジーっと俺を横目に見つめているだけだった。

まるで「何をされても抵抗しません」、とでも言わんばかりに。

そんな風に、何時ものぽわわんとした雰囲気をまるで感じさせず、何処か女の表情を浮かべる本音ちゃんの姿に、俺は自然と喉をゴクリッと鳴らしてしまう。

 

「……ほ、本音ちゃん?お、俺の両手に掴まってくれ……か、身体を起こしてあげるから、よ?」

 

俺は内に眠る理性を最大限に動かして、今か今かと暴れ出しそうな本能に鎖を掛けて本音ちゃんに笑顔を浮かべ、声を掛けた。

でも、本音ちゃんは顔を横に向けた方にある自分の手の長い裾から飛び出ている小指で、艶かしく自分のプルンとした唇をなぞりながら俺を見ているだけだ。

心なしか、彼女の身体を包み込む着ぐるみの胸の部分の上下、つまり息遣いも「ハァ、ハァ」と何やらエロく感じてしまう俺は末期確定です。

……そして本音ちゃんは、自分の着ている着ぐるみの耳を小さくピコピコと動かしたかと思うと――――。

 

「……ゲ、ゲンチ~が倒したんだから~……抱っこしてよぉう……引っ張られたら~手が痛くなっちゃうもん……」

 

そう言って、少しだけ自分の身体をモゾモゾと動かしたかと思うと、それっきり俺を横目でジ~ッと見つめて動かなくなってしまった。

ここに来て我侭な本音ちゃんが顔を出すとは……何というバッドタイミングですかオイィ……。

さすがにソレをするともう自分でもどうなるか分かったモンじゃ無いし、俺としては本音ちゃんに何とか手を掴んで欲しい所だ。

しかしこのままの状況で居たら間違い無く俺の理性はブチ切れる。

このままで本音ちゃんを食べるか、理性を総動員して本音ちゃんを抱き上げてベットに運ぶか……選択肢は、一つしかねえよな。

正に背水の陣状態に陥った俺は、差し伸べていた手をゆっくりと動かして、寝転んで俺を見つめている本音ちゃんの背中に手を差し入れた。

そのままゆっくりと自分の腕を動かし、本音ちゃんを優しく抱き上げて、遂に俺の上半身に凭れ掛かる形で、本音ちゃんは上体を起こす。

 

「はぁう……(グデン)」

 

しかし本音ちゃんの身体には一切力が入っておらず、そのまま本音ちゃんは俺に向かって倒れこむ様に身体を預けてしまう。

ぐぉおおおおお!?や、柔らかい2つの双丘と本音ちゃんの甘い匂いがぁああああ!!?

イ、イカン考えるな!?こんな状況で理性という名の最後の砦を解体したりしたら、まず間違い無く俺が千冬さんに解体されちまう!?

ほ、本音ちゃんは俺を信用してこんな事になってるんだ!!その信用を裏切ったりしたら、俺は死んでも死にきれねえ!!流されるな!!

俺は自分の舌を噛んで痛みで本能を押さえ込みながら、本音ちゃんの足を抱き上げてお姫様抱っこの形にする。

 

「あぅ……ゲ、ゲンチ~?」

 

「ハァ、ハァ……な、何だ本音ちゃん?」

 

「あ、あの~……ね?……こ、このまま……」

 

すると、俺が理性を総動員している時に、本音ちゃんは俺の腕の中で縮こまった体勢で俺に声を掛けてきた。

俺が震える声で本音ちゃんに返事をすると、彼女は上目遣いに俺を見ながら、小さく畳んでいた腕で、俺のシャツをキュッと弱々しく掴んでくる。

正直、その動作だけで俺のボルテージが弾けちまいそうだ。

っていうか何?このまま何?その続きは何なんでしょうか?場合によっては俺がトランスフォームしちまうよ?

荒ぶる鼓動、速さを増す息遣い、もはやブッ千切れそうな理性。

そんな色々と危ない俺に対して、腕の中の本音ちゃんが呟いたのは――――。

 

 

 

 

 

「こ、このまま……こ、このまま~ベットまで、お願いしま~す……あ、あはは(って違うよぉ~~!?そこは『私を食べて~♡』って言わなきゃ~ダメじゃ~~ん!?)」

 

 

 

 

 

燃え滾るマグマの様な俺の激情を凍らせるには、うってつけの一言だった。

本音ちゃんの『エヘヘ』と恥ずかしそうにはにかむ笑顔と言葉を聞いて、俺の砕けかけた理性が急速に組み立てられていく。

あぁ、そうだよな。考えてもみろ俺?こんな良い子が、スパッと言えば子供っぽい本音ちゃんがエロい事なんざ言うワケねえじゃねえかボケ。

大体がそんな事言われる様な顔してるかってんだ。身の程を弁えろ俺……残念とか思ってないよ?ホントダヨ?

ササッと冷静な判断力を取り戻した俺は何時もの本音ちゃんの反応に安心して、何時もと変わらない笑顔で本音ちゃんに視線を送る。

 

「あぁ、了解だ……ほいっ。これで良いかい?」

 

そんな風に優しく、何時ものポワッとした笑顔を浮かべて俺にお願いをしてくる本音ちゃんを、俺はベットの上に優しく横たわらせてあげた。

そうすると、本音ちゃんはいそいそと布団に潜り、掛け布団を自分の鼻の辺りまで掛けて顔を隠しながら俺に視線を送ってくる。

 

「う、うん~。ありがとうね~、ゲンチ~(あうぅ~……やっちゃったよ~。私のバカバカ~!!意気地なし~!!)」

 

「良いって事よ。それじゃあ電気消すからよ……おやすみ、本音ちゃん(ナデナデ)」

 

布団に潜り込んで顔を出してる本音ちゃんにの頭を、ゆっくりと撫でてあげてから、俺は電気を消すために調光のスイッチへと近づいていく。

 

「あぅっ……えへへ♪お、おやすみ~♡(も、もぉ……ゲンチ~は優しいな~♡……まっ、これで~良いのだ~♪)」

 

背中から聞こえる本音ちゃんの嬉しそうな声を最後に、俺は部屋の電気を完全に落としてベットに入り、微睡みに誘われて眠りに就いた。

やれやれ……今日もトンデモなく忙しい一日だった……ぜ……。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

それから空けて次の日。

 

 

 

俺は何時もより早め起床して、朝の鍛錬を少々した後、遅れて起きた本音ちゃんと共に食堂に向かい、同じく早起きした一夏達と出会った。

その際に昨日誤って轢いてしまったオルコットからキーキー文句を言われたが華麗にスルー。

一夏に昨日の鈴としてた約束をしっかり思い出すか、思い出せない事をキッチリと鈴に謝る様に忠告してやった。

 

「って事は何か?鈴は俺があの約束の意味を思い出すか謝るまで、俺を許すつもりは無いって事かよ?」

 

「まぁ端的に言っちまえばそーゆうこったな。さっさと腹決めて謝ってこい。でねえと何時まで経っても終わんねぇぞ?」

 

俺は食券、というかメニューを一夏と一緒に選びながら、軽い感じで相槌を返す。

一夏の方を向いてはいねえが、俺等ぐらいの付き合いの長さになりゃ大体声で判別が出来る。

今の一夏の聞き返し方は間違い無く不満に満ちていた。

 

「えー?……ンな事言われてもなぁ……さすがに俺も理由が分かんなきゃ、頭なんて下げたくねぇぞ?」

 

そして俺の予想通り、一夏は不満と不平を篭めた言葉を返してくるが、それも予想の範疇だ。

 

「だーから……テメエ等は2人揃って何時まで経っても意地張るから何時も話がややこしく拗れるんだろーが?どだいオメエが約束の意味を理解するなんてハナっから誰も期待しちゃいねえんだ。ならオメエが頭下げなくてどーするよ?」

 

2人揃って買った食事(一夏は日替わり定食、俺はカツ丼特盛)を持って全員で席に着いてから、俺は開口一番一夏に正論を述べる。

大体がだな?テメエがそんだけ察しの良い奴なら、俺は今こんなに困ってねえし、中学の時だってテメエの代わりにビンタされる事も無かったわ。

ちゃっかりと一夏の隣に座ってる箒まで「うんうん」と深く、深~く頷いていた。

 

「そ、そんなモン考えてみなくちゃわかんねーだろ!?俺が思い出せば俺から頭下げる必要はね――――」

 

「おりむ~。むぼ~と勇気は~間違えちゃ~駄目だよ~♪」

 

「何気にドギツイっすねのほほんさん!?」

 

少しばかりヒートアップして俺に言葉を返そうとした一夏に、俺の隣でトーストセットを頼んだ本音ちゃんが笑顔で台詞をブッタ斬った。

しかも無害を地で行く本音ちゃんにバッサリと斬られた事から、一夏のダメージは倍プッシュ。

大袈裟に肩を落としながら席に座りこんで撃沈していく。

っていうか理由が分かったなら、ソレはソレでどっちにしろ鈴に頭下げにゃならん様になるぞ?

勇気を振り絞った女の子からのプロポーズを勘違いしたんだからな。

しかし俺と本音ちゃんの追撃だけでは終わらない事が、一夏に対する俺達の恋愛方面の信用の無さを現していた。

 

「一夏、布仏の言う通りだ。蛮勇は勇気とは違う。お前がやろうとしている事は、オプティマス・プライムを装備したゲンに生身で喧嘩を売る事と同義だぞ?」

 

「完全なる死亡フラグ!?俺そこまで信用ねえの!?」

 

「「「む?(え~?)(あ?)有ると思ってるのか?(思う~?)(思ってんのかテメエ?)」」」

 

ほらな?どうよこの安定の信頼感(笑)。

未だに食事を続けながら、さも自然の摂理であるかの如く語る箒。

食べかけのトースト片手に首を傾げながら心底不思議そうな目で一夏を見つめる本音ちゃん。

そして「頭でも打ったか?」といった表情で一夏に毒を吐く俺といった、3人3種一様の聞き返しに、一夏はリアルorzの体勢になってしまう。

 

「あ、あはは……私はその……ノ、ノーコメントで」

 

「あ~。まぁ織斑君だしね~?」

 

「わたくしはその現場に居ませんでしたから何とも言えませんが、箒さん達が声を揃えるという事は、まず間違い無い事かと思いますわ」

 

「リアル四面楚歌!?ち、ちくしょう……ッ!?……なら意地でも謝らん!!いや!!意地でも思い出して、俺の謝んなきゃいけねえ理由を見つけ出してやる!!じっちゃんの名にか――」

 

ゴォオオオンッ!!!

 

「食事中ぐらいは静かにしろ、織斑」

 

「……ハ、ハイ、織斑センセイ」

 

と、一夏が夜竹や相川達からも駄目出しを喰らって自棄を起こして立ち上がった所で、我等が最強種千冬さんのご降臨イベント発生。

立ち上がって拳を握りながら叫ぶ一夏に、食器片手に呆れを含んだ顔で拳骨をお見舞いしなすった。

そんな唐突な最終兵器お姉さんの登場に頭を抱えて蹲る一夏以外の全員が驚きながらも慌てて朝の挨拶をする中、俺は――。

 

「……何をしている?」

 

本音ちゃん達は千冬さんに挨拶をしていて俺を見て無かったので、千冬さんの言葉が誰に向けての物か分からずに首を傾げる。

そのまま千冬さんの視線と声を頼りに俺の方向を本音ちゃん達が見やると、そこには席から立ち上がって顔の前で腕をクロスさせた絶対防御体勢の俺が居た。

ちゃんと『猛熊の気位』を発動させ、体のポテンシャルをアップアップさせた俺の最強の防御体勢だ。

しっかりと足を内股気味に八の字を描かせてタマタマのガードも忘れない。

っていうか千冬さん、俺がこうなるのは千冬さんが登場したからなんスけど?

 

「お、おはようございまっす。コレは……アレっすよ。また昨日みてえに殴られない様に、体が反射的に動いた結果ッス」

 

未だにトレー片手に訝しげな視線を送ってくる千冬さんに、俺は集中力を最大限に保ちながらそう返す。

どうにもたった一晩経っただけでは、俺の警戒心は解ける事が無かった様で、反射的に体が防御の体勢を敷いてしまったのだ。

そんな俺の言い分と態度を見た千冬さんは、頬をカアァっと赤くさせ始めてしまう。

 

「あ、ああ、あれは貴様が悪い。き、教師に破廉恥な行いをしたからだろうが、馬鹿者」

 

「いやいや。俺だって覗こうと思ってしたワケじゃねえんスよ?なのにアレだけボコされたら警戒しちまうのも仕方ねえじゃねえっすか」

 

昨日の事を思い出した所為か、千冬さんは頬を羞恥で赤く染めながらも、目尻だけをキッと強くして俺を睨みながら言葉を返してくる。

対して俺はずっと防御の体勢をとったままの状態で、千冬さんに昨日の理不尽さを言葉と表情に乗せて訴えた。

考えてみてくれ。確かにスカートの中身を見ちまったのは事実で弁解のしようもねえさ。

でもそれはあの踏み付けでチャラでも良いだろ?頑丈さが取り得の俺がたった1発で沈んだのが、あの踏み付けの威力を物語ってたんだぜ?

なのに、その後の暴言と拳の数々、アレで警戒するなってのが無理な話しだと思います。

 

「た、確かに昨日は遣り過ぎたかも知れん……だが、まだ私はお前から何一つ謝罪を受け取っていないぞ?」

 

「え?…………あ」

 

しかし俺の言葉を聞いた千冬さんは、何処か拗ねた様な声で俺に抗議してきた。

そんな千冬さんの声を聞いて、俺はハッとする。

よくよく考えれば、いや思い出せば、俺はあの『スカート覗いちゃった♪』ハプニングの後も千冬さんに直接謝ってなかったぞ。

昨日の事を思い返して嫌な汗が出始める俺と、そんな俺に不満げな視線を送り続ける千冬さん。

うん、コレは間違いなく俺が悪いわ。女の人のスカート覗いて謝罪無しとか……アホ過ぎるだろ俺は。

そう考えると、体の警戒本能が解除され、自然と俺は千冬さんに頭を下げていた。

 

「す、すいませんでした千冬さん。今更ですけど、昨日の事謝罪させて下さいっす」

 

誠心誠意頭を下げての謝罪。これなら千冬さんもさすがに許してくれるだろう。

 

「……駄目だ。許さん」

 

「い゛ッ!?」

 

しかし俺の予想は覆され、千冬さんは無情にも俺の謝罪を突っぱねてきた。

しかも千冬さんの視線はさっきから俺に送っている拗ねた様なモノから一切変わっていない。

な、何てこった……どうしたら許してもらえんだよ、マジで。

余りにも予想外な事態に、俺は心の中で盛大に焦っていると、千冬さんはトレー片手に考え込む様な仕草をしてから……笑った。

それはもう楽しそうに、Sッ気溢れる笑みを浮かべて、だ……ヤバイ、何が何だかわかんねえけど……何かヤバイ気ががが。

 

「罰として、今度私の部屋で私に料理を振舞え……そうだな。キューバ料理を作ってもらうとしよう」

 

「きゅ、キューバ料理ぃ!?ど、ドンだけハードル高い料理を要求なさるんスか千冬さん!?」

 

もはや予想の斜め上どころの騒ぎじゃねえ千冬さんの要求に、俺は目を引ん剥いて驚きを露にする。

そんな焦りに焦る俺を見ながら、千冬さんはサディスト全開な微笑みを浮かべていく。

 

「なに、私に本当に謝罪したい気持ちがあれば、それぐらいの事は出来るだろう?……何せ、『女性の下着を盗み見た』事を謝罪するのだからな?」

 

「(グサッ!!)ごぶうっ!?」

 

千冬さんの言葉の槍が、鋭利な先端を俺のハートにブッ刺してくる。

何時の間にかあの騒動自体が全面的に俺が悪い方向に進んでるっていうのがおかしくね!?

その重い言葉の槍の威力で胸を抑えながら罪悪感に駆られる俺を見て、千冬さんは見惚れる様な笑顔を浮かべた。

 

「で、ではな……た……楽しみにしているぞ?(ポン)」

 

これまた良い笑顔を浮かべてそう言うと、千冬さんは俺の肩をポンと叩いて別のテーブルまで歩いて行ってしまった。

心なしか、後ろ姿から見え隠れしている千冬さんの耳元が真っ赤に見えるが、多分気の所為。

そんな千冬さんの後姿を少しだけ呆然としながら眺めながら俺は……

 

「……マジでどうしよう?」

 

俺は机に座って頭を抱えてしまう。

よ、よりにもよってキューバ料理とは……ッ!?面倒な事んなってきたぜ。

 

「あ、あの、元次君?ひょっとして……キューバ料理は作れないの?」

 

と、俺が頭を抱えて絶賛悩んでた所に、少し遠慮気味な声で、夜竹が俺に質問してくる。

そんな夜竹の質問に、俺は伏せていた顔を上げて口を開く。

 

「あー、そうじゃねえ。キューバ料理自体はお茶の子済々なんだ。何の問題も無く作れる」

 

「いや、普通は他国の料理が簡単に作れるワケねえからな?しかもキューバ料理とかどんなチョイスだよ」

 

俺の返した返答に、頭の痛みから復活した一夏が横から突っ込みを入れてくる。

その言葉に便乗して相川とか本音ちゃん、オルコットも同意するかの様に頷いていた。

つったって、お袋が教えてくれたのは日本とかの家庭料理どころかそうゆうマニアックなチョイスもいっぱいあったんだよ。

故に俺の料理のレパートリーはかなり広い。

そんな呆れた表情の一夏達に、俺はコップのお茶を飲んで喉を潤してから言葉を紡ぐ。

 

「言っとくがキューバ料理ってのはウメエんだぞ?それこそ面倒クセエから滅多に作るこたぁ無えけどよ」

 

俺はそう言って難しい顔で天井を仰いで思考を巡らせるが、続いて俺の横から夜竹が質問を飛ばしてくる。

 

「えっと……調理が大変って事かな?」

 

「いや……大変なのは調理じゃなくてその……材料集めなんだわ」

 

「材料?別にその辺のスーパーに行けば……」

 

夜竹の質問に答えた俺だったが、その答えを聞いて一夏がハテナを頭の上に出しながら考え無しに喋る。

っていうかその辺のスーパーで買えるなら俺がこんなに考えこむわきゃ無えだろう。

 

「ドアホ。そこらのスーパーで材料が買える料理なら俺がこんなに困るわけねえだろうが。キューバ料理に使われてる大豆とか米、香辛料に調味料はそこらのスーパーにあるモンじゃ代用出来ねえんだよ。一番近くて東京から外れた方の市場まで行かなきゃなんねえんだ」

 

「そ、そうなのか?」

 

俺の切り返しに、一夏は「へー?」と新しい事を知ったという表情を浮かべながら言葉を返してくる。

そう、俺が困ってる理由ってのがキューバ料理にかかせない香辛料や調味料に材料の調達だ。

キューバって国はカリブ海の近くにあるが、キューバは一年を通して温暖で気持ちの良い気候の国でもある。

それを利用して数々のトロピカルフルーツが栽培されているんだが、このフルーツの糖度や新鮮さは日本の栽培品では真似が出来ない独特な甘みや旨味が詰まってる。

そのトロピカルフルーツとともに、米や豆(いんげん豆、レンズ豆、ヒヨコ豆)、ユカ(キャッサバ)、バナナ、豚肉などを使った料理が中心となっているのがキューバ料理。

前に一度、ネットでレシピを検索して調理した時は、材料を揃えるのに結構な手間が掛かったのが記憶に新しい。

何せあの頃はまだ中学生だったし、バイクなんか持ってなかったから全部郵送だった。

そんな手間隙掛かる料理を用意しなくちゃいけなくなるとは……こりゃ、またイントルーダーの出番だな。

俺は少し面倒な、だがやらなきゃならねえ事が一つ増えてしまった事に心の中で涙を流しながら、空になったカツ丼の器を持って立ち上がる。

 

「まぁ俺の事は良いとして、一夏。オメエはさっさと鈴に謝っておけよ?コレ以上話し拗らせやがったらイントルーダーで市中引き摺り回しの刑だぜ?」

 

「それってモロ死刑宣告だよな!?不良ですら思いつかねえ様なエゲツない罰ゲームさらりと言うなよ!?」

 

俺は振り向きざまに一夏に罰ゲームの内容を開示して、そのまま一夏の戯言を聞き流し、食堂を後にする。

正直、一夏には俺の事を気にする余裕なんか無いと思う。

何せこれからは近々行われるクラス対抗戦に向けて特訓もキツクなるだろーし、まだ鈴に謝罪すらしてねーんだからな。

そんな危うい立ち位置にいる兄弟分がヤラかさないように……多分無駄だろうけど、心の中で祈りを捧げつつ、俺は教室へ歩を進めた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

――それから数日の時が過ぎたが、一夏と鈴の仲はコレといって解消されていない。

 

 

 

 

 

まず鈴の方だが、アイツは俺に言った通りに一夏に謝る気は更々無い様で、想い人の一夏が声を掛けようとしても不機嫌そうな顔で一夏を睨むだけだった。

一方で一夏はまだ約束の内容が思い出せず、日々悶々とした日常を送りながら、千冬さんに頭をしばかれ、オルコットの銃撃に晒され、箒に切り刻まれてる。

っていうかドレもコレも一夏の自業自得ってヤツなんだけどな?

何せ千冬さんの場合は授業にまるで集中せずに鈴との約束を思い出そうとしてたんだからな。

いやまぁ意地でも思い出そうって心意気は買うが、せめて千冬さんの授業はちゃんと聞こうぜ兄弟?自殺志願者じゃあるめえに。

オルコットと箒の場合もそうだ、まさか訓練の最中まで考え続けてるとは思わなかった。

一度アリーナの観客席で見てたけど、目の前にレーザーもしくはミサイルが迫ってるタイミングでボーッと考えるか普通?

折角箒が何とか予約順に回ってきて使える様になった打鉄で訓練に付き合ってくれてんのに、何故鍔迫り合いの最中で別の事を考える?

何か日が経つにつれてボロボロになっていく一夏だったが、全てが自業自得なので同情はしねえ。

 

 

 

まぁそんな感じで兄弟がリアルボロ雑巾になっていく経過を見ながら過ごしてきた俺はというと……。

 

「げ、元次さん!!と、ととと!?隣、よ、よろしいでででしょう(ガリッ)……いひゃい(プルプル)」

 

「だ、大丈夫か真耶ちゃん?別に座ってくれて構わねえから、落ち着きなって」

 

「ふ、ふぁい(ウルウル)(あうぅ……痛い……元次さんにカッコ悪いトコ見せちゃった)」

 

焦りすぎて自分の舌を噛んでプルプル涙目な真耶ちゃんに声を掛けながら、晩飯を食ってる最中なのです、はい。

ちなみに今日も本音ちゃんは用事で居ない、夜竹や相川は入浴中で俺1人だったが、其処に今登場したのが真耶ちゃんだ。

しかし涙目でプルプル震えながら口元抑えてる真耶ちゃんを放置するワケにもいかねえので、俺はせめてもの気休めで水を手渡してあげる。

そうすると俺に頭を下げて感謝を示しながら、真耶ちゃんは噛んでしまった自分の舌を冷やすために水を飲んでいく。

んくんく、と喉を動かしつつ、しかしゆったりとしたスピードで飲む真耶ちゃんの行動が何処と無く小動物系なイメージを彷彿させてくる。

やっぱり何処か小動物っぽい真耶ちゃんの行動に苦笑しながら、俺はココ最近の一夏と鈴の状況を思いだしていた。

……いや、まぁノンビリし過ぎじゃねぇかって気持ちはあるけど、正直今回の喧嘩に関して、俺は幼馴染み2人には平等に助言した。

何せ一夏が悪い所もあれば、鈴が悪い所もあるからドッチかだけに肩入れすんのも駄目だと思うしな。

だから今回はコレ以上あいつ等のイザコザには関わらず、事の成り行きを見守ってるんだよ。

 

 

 

しかし不安要素は大量にあるけどな?それこそもうコレヤバイんじゃね?って思うぐらいには。

まず一つ目だが……鈴の機嫌がヤバイ。

最初の頃は一夏が思い出すか、わからなくて自分に謝ってくるだろうと考えてた鈴だが、そりゃ見通しが悪い。

段々と自分に謝ってこないまま時間が過ぎていくのを感じて、『サッサと気づきなさいよあの馬鹿!!』ってな具合にキレかけてる。

何せ今日の放課後廊下で擦れ違った時の目はマジでキレる5秒前って目だったからな。

しかもその目は箒とオルコットと一緒にアリーナへ向かう一夏へとロックオンされてたし……ちょいとヤバイか?

2つ目の不安要素は、一夏の野郎、ここ最近の激務で鈴との約束を思い出すどころか更に遠のいて謝るって話しすら忘れかけてやがる。

同部屋の箒に話をそれとななく聞いてみたが、一夏は最近の訓練でミスをする事無く普通に訓練を行ってるらしい。

それこそ『真剣』に『目の前』の訓練に取り掛かってると。

普通に聞けばそれの何処が問題なんだ?と思う奴等が大半を占めるだろうが、一夏の場合はコレがいけねえ。

まず目の前の訓練にしっかりと集中してるって事は、その他の事を一切考えてねえって事になる。

元々一夏は2つの物事を器用に進める事なんざ出来ねえヤツだ。

従って訓練が順調って事は他の事は順調じゃねえって事になるのよ、これが。

そんでもって鈴がキレかけてるこの状況……何故だろう?嵐が巻き起こる予感しかしねえ。

具体的には鈴がブチ切れて物理的な実力行使に発展しそうな予感……有り得過ぎて困る。

ま、まぁ一夏にはちゃんと話しをややこしくしたら私刑(リンチ)だとは伝えてあるし、鈴も頭冷やすって言ってたからだいじょう、ぶ……な、筈。

そこまで考えて脳裏に過ぎる能天気な笑顔を浮かべる一夏と、プッツンしてる鈴の怒り顔。

やべえ、全く持ってあいつ等を信じるって事が出来ねえよオイ。

もしかして今日までの平穏は正に、ホントの意味での嵐の前の静けさって奴だったのでしょうか?

 

「げ、げんじひゃん?らいじょおぶでひゅか?」

 

と、余りにも嫌な予感、いや確信めいた思いに冷や汗を流していると、隣で水を飲んでいた真耶ちゃんが心配そうな表情で声を掛けてくれた。

まだ舌の痛みが収まらないのか、口元を抑えたままで絶賛涙目の状態だったけどな。

 

「い、いや。俺より真耶ちゃんの方が大丈夫かよ?呂律も回ってねぇし……ちょいとベロ見せてみな?」

 

そんな健気過ぎる真耶ちゃんの事が心配になってきたので、俺は夕飯を食べる手を止めて真耶ちゃんに向き直った。

もし舌に傷が出来てたら血も出てしまうだろうし、それは早く保健室に連れて行ってやんねえとな。

だが、そんな俺の言葉に、真耶ちゃんは目を見開いたかと思えば、首をブンブンと横に振った。

 

「ふぇ!?ら、らいじょうぶでひゅよぉ!?ひにひにゃいでくだふぁい!?」

 

「そーゆうワケにもいかねーだろ?もし血が出てたりしたら化膿するかも知れねえんだぜ?ほら、良い子だから口開けなさいって(グイッ)」

 

「ッ!?(ブンブンブンッ!!)(わ、私の方が年上ですよぉ!?そ、そんな年下に接する様な……様な……はぅ♡)」

 

俺の言葉に首を振って拒否する真耶ちゃんだったが、さすがにこのままにしとくワケにもいかねえので、口元を抑える真耶ちゃんの両腕を掴んで優しく引き剥がしていく。

最初こそ首を振りながら腕に力を込めて拒否を示していたが、俺はそれに構わず少しづつ真耶ちゃんの腕を開かせた。

そして、遂に両手を完全に開いた真耶ちゃんは、何故か瞳をウルウルと涙ぐませたまま俺に視線を送ってくるではないか。

傍から見れば俺が無理矢理襲ってる図にしか見えねえのは俺が悪いのでしょうか?

い、いやいや!!これは真耶ちゃんの為を思ってやってるんだ!!別に疚しい気持ちは一切!!欠片とて持ちあわせてません!!

 

「あー、大丈夫ならちゃんと俺にその証拠を見せてくれ。ほら、あっかんべー」

 

心に過ぎった変な気持ちを振り払いつつ、俺は笑顔で真耶ちゃんにあっかんべー、と舌を出す。

 

「んぅっ…………べ、べー(ぺろっ)」

 

そして、俺が舌を出すのを見ていた真耶ちゃんは少ししどろもどろしながらも、俺に応える様に、閉ざした口の隙間から真っ赤な舌をチロリと出してくれた。

俺は舌を自分の口に戻してから、そのまま外気に晒された真耶ちゃんの舌の先を上と下からちゃんと見ていく。

うん、先っちょは何処も血は出てねえな。

 

「あぁ……(げ、元次さんに……舌を見られてる……恥ずかしぃ)」

 

「ん、OK。先っちょは大丈夫だな。それじゃあもう少し奥の方を見せてくれ」

 

「ふぁ…………ふぁぃ♡(だ、大丈夫!!こ、こここコレはえっちな事じゃ無いよね!?げ、元次さんは私の事を心配してくれてるだけだもん!!)」

 

俺のリクエストを聞いた真耶ちゃんは視線をアチコチに彷徨わせてから、赤く染まった顔で上目遣いに俺を見上げながら口を小さく開く。

そのまま舌をゆっくりと伸ばし、ヌラリと唾液で濡れた赤い舌を俺に見せてくれた。

舌を伸ばして俺を上目遣いに見つめる彼女の表情は、何故かとてもヤラシくてイケナイ表情になってる。

その表情を見た俺は少しばかり呆けてしまい、ハッと意識を取り戻して顔に集まる血液の存在から意識を逸らす。

ヤ、ヤバイ!?何時までも真耶ちゃんのこんな表情見てたら俺がおかしくなっちまう!?さ、さっさと終わらせよう!!

俺は自分の顔が赤くなりつつある事を無視して真耶ちゃんの舌をチェックし、何処からも血が出てない事を素早く確認した。

 

「お、OKOK!!どこも血は出てねえからもう良いぜ!!き、気にし過ぎだったな。ゴメンゴメン」

 

「ひゃ、ひゃい♡…………あ、ありがとう、ございまひゅ……(真っ赤)」

 

「い、良いって事よ。真耶ちゃんが怪我してねえならそれで、な」

 

「は…………はぅ♡」

 

何処も異常が無い事を確認して直ぐ、俺は未だにベロ~ンと舌を伸ばしてる真耶ちゃんに笑いながら終わったことを知らせる。

但し冷や汗をバンバンに掻いた引き攣ったスマイルでしたがね?

幸い真耶ちゃんはその事に気付かなかった様で、彼女は恍惚とした表情の上目遣いのままに自らの舌を口の中に戻して、俺にお礼を言ってきた。

な、何だってこんな雰囲気になっちまってんだ俺達は……早く飯喰って部屋に戻ろう。うんそれがいい。

その後は互いに無言で、何か気まずい雰囲気を抱えたままに食事を食べ終えて、俺と真耶ちゃんは無言で席を立ってそれぞれの部屋に帰っていった。

何かここ最近、俺の周りでエロいハプニングが起こり過ぎな気がするぜ。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「ふぁっあ~~~……そろそろ~私はお眠だよ~~」

 

「ん?……そうだな、そろそろ消灯時間だし、テレビ消して寝ようか本音ちゃん?」

 

「うぃ~~。さんせ~なので~しゅ……ふわぁ~」

 

俺の聞き返しに目をショボショボさせながら口を大きく開けて欠伸する本音ちゃん……見てると和むなぁホント。

さて、さっきの真耶ちゃんとの恥ずかしエロティカルな食事から時間は進んで今は寮の自室。

そこには俺だけじゃなく、本日の用事を済ませて帰ってきた本音ちゃんも居る。

そして、オルコットと和解した時に本音ちゃんを空気扱いした罰にして、最近の日課であるデザートを振舞い終えて、2人でミュージックTVえを見てたトコだった。

だが、そのテレビ番組の最後で出てきた歌手のゆったりとしたメロディーにヤラれてしまったのか、本音ちゃんは眠気に負けて討とうとしてらっしゃる最中だ。

もうすぐ消灯時間だし俺も寝ようかなと考えていたその時――。

 

コンコンッ

 

「ん?誰だよこんな時間に?」

 

突如部屋のドアがノックされ、誰かが部屋を訪ねてきた。

しかしもう消灯時間近くなのに、一体誰だ?

 

「ふにゅぅ……ゲンチ~。私もぉ眠いから~先に寝るね~?」

 

「あ、あぁ。お休み本音ちゃん」

 

「あ~い。おやしゅ…………ZZZ」

 

どうやら本音ちゃんは来客を相手するだけの気力がもう無い様で、俺に来客の相手を任せてベットに入ってしまった。

しかも俺におやすみと返す途中で力尽きたのか、そのまま寝息を立てて寝てしまう。

まぁちゃんと布団の中に入ってるから良いけどよ。

 

コンコンコンコンコンコンッ

 

「ちっ。ホント誰だよ、こんな時間にノックする非常識さんはよぉ?」

 

そんな本音ちゃんが安らかに眠ったのを見届けていた最中にも、ノックは激しさを増して何度も鳴り響く。

つうか今本音ちゃんが寝たトコなんだから自重しろや来訪者め……これでくだらねえ用事だったら筋肉バスターかましちゃる。

消灯時間間際に部屋を訪れたにも関わらずノックの音を自重しないドアの向こうの相手に舌打ちしながら、俺は足音も荒くドアに近づいた。

 

「(ガチャッ)誰だこんな時間……に?」

 

「あっ。やっと出て来たわね、ゲン。遅いじゃないの」

 

少し荒くドアを開けた先に広がる光景に、俺は目を丸くしてしまう。

俺の目の前に居る来客、それは鈴だった。

別にそれは良い、消灯時間ギリギリとはいえ、鈴が来た事は別に目を丸くしてまで驚く事じゃねえ。

 

 

 

ただ――――何故か鈴のヤツは、とんでもなく綺麗な笑顔を浮かべていた。

 

 

 

「ほら、この前の一夏の一件で、アンタもアタシ達の間でフォロー入れてくれたから、アンタにも伝えとこうと思ってね?」

 

俺が驚いて固まっている最中に、鈴は俺が何も言ってないのに勝手に語り始める。

 

 

 

――――そう。

 

 

 

 

 

「とりあえず報告。来週のクラス代表戦で――――」

 

 

 

 

 

誰もが見惚れる様な眩しく輝く笑顔で――――。

 

 

 

 

 

「一夏をブッ殺す事にしたから♪」

 

 

 

 

 

額にこれでもかと怒りのバッテンマークを刻んだ笑顔で――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空けて次の日――――。

 

「おいコラ一夏ぁッ!!!われタイキックじゃぼけぇッ!!!」

 

「朝一番で理不尽の極み!?俺が一体何し――」

 

「じゃかあしいわどあほぉおおおッ!!!(臀部破壊の極み)」

 

「(バチコォォォオオンッ!!!)ひげぎゃぁああああああああッ!!?」

 

『『『『『織斑君(一夏)(一夏さーーん!!??)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!???』』』』』

 

朝食を終えてから、俺より先に教室に来ていた一夏に向かって、俺は開口一番にヤクザの様な口調で吼えた。

そのまま席から立ち上がった状態で俺に驚愕の叫びを繰り出す一夏に、俺はヒートアクション全開で足を振り上げて蹴りを見舞う。

俺のケツ蹴りを食らった一夏はケツを両手で抑えた体勢で蹲り、プルプル震えて動かなくなった。

あぁ、ったくこの馬鹿野郎は!?一体昨日何をしでかしやがったんだ!!

視界の先で慌てて駆け寄っていく箒やオルコット達を尻目に、俺は思いっ切りデカイ溜息を吐く。

今の蹴りで少しは溜飲が下がってきたが……相も変わらず面倒事ばっか引き起こしやがってこのボケチンはぁ……。

 

「ちょ!?鍋島さん!!コレは幾ら何でも酷すぎますわ!!一体何を考えて――」

 

「その自慢のロールをチョココロネにされたくなきゃ黙ってろ♪」

 

「わたくしは何も喋りませんわ!?(ガクブル)」

 

生意気にも逆らってきたオルコットに、俺は素敵スマイル(別名キラースマイル)を贈りながら黙る様に促す。

すると俺の微笑みを受けたオルコットは顔面蒼白で敬礼しながら黙ってくれた。

よぉ~しよし……今回ばかりはさすがの俺も頭キタからな。邪魔する奴は誰であろーと容赦しねえ。

 

「ゲン!!何も言わずに暴力を振るうなど、それでもお前は一夏の親友なの――」

 

「箒が小学校時代に書いたポエムその①――」

 

「生意気言ってすいませんッ!!!?(ガバァッ!!!)」

 

『『『『『土下座ッ!!?篠ノ之さん何書いたのッ!!?』』』』』

 

「聞くなッ!!聞かないでくれぇッ!!」

 

そして、オルコットに続いて歯向かってきた箒には、小学校時代の恥ずかしいポエム(所謂黒歴史)を披露しようかという脅しを掛ける。

それを耳にした箒は、恥も外聞もかなぐり捨てて、俺の目の前でそれはそれは綺麗な土下座を見せてくれたよ。

方や敬礼の体勢のまま青い顔で震えるオルコット、そして俺に向かって土下座を披露しる箒。

これで一夏をフォローしようとする連中を黙らせる事が出来たな。

 

「こら~!!ゲンチ~!!せっし~達を苛めちゃ、めっ!!なんだからね~~!?」

 

「「の、布仏(さん)……!?(ウルウル)」」

 

『『『『『(布仏さん(本音)なら、鍋島君(元次君)を止めてくれるッ!!!頑張ってッ!!!)』』』』』

 

と、邪魔者も消えた事で、俺がケツを抑えてる一夏の元まで歩こうとしたその時、後ろから本音ちゃんのちょっと怒った声が響いてきた。

その声を聞いた箒とオルコットは、まるで世紀末に現れた救世主を見る様な輝かしい目で、俺の後ろに居るであろう本音ちゃんに視線を送る。

やれやれ、今度は本音ちゃんか……確かに、俺は本音ちゃんに手は振るえねえぜ?……『手』は、な?

新たなる強敵の登場に心中で溜息を吐いていると、俺の後ろからポテポテとゆったりした足取りが聞こえてきて、足音の主である本音ちゃんが俺の目の前に踊りでた。

俺を見上げる本音ちゃんの目は何時ものポワポワっとしてて和む目じゃ無く、完全に怒った目つきです。

 

「皆~仲良くが一番なの~~!!もう終わりにしなさ――」

 

「やっぱ猫ちゃんより兎さんの方が良いかなぁ~~?」

 

「ご、ごめんなさぁ~~い!!エグッエグ……!!ご、ごめんなしゃいぃ(泣)」

 

『『『『『神は死んだぁーーーーーーーーーーーーーッ!!?』』』』』

 

だがしかし、何時もなら本音ちゃんに怒られて謝ってばかりだった俺は、何と本音ちゃんに切り返した。

あっ、ちなみにウサギさんってのは束さんね?コレ重要。

でも、さすがにコレは予想外だったんだが、俺の切り返しの言葉を聞いた瞬間、本音ちゃんはマジ泣き一歩手前って勢いで瞳に涙を溜めてしまう。

しかも俺に近寄って俺の片手を両手で握りしめながら上目遣いで、俺に謝罪の言葉を飛ばしてくるではないか。

OH……カンッペキにやり過ぎた……ま、まさかそこまで俺の料理の虜になってたとは……今後はこの手の責め方は自重しよう、マジで。

目の前で本気で泣きそうになってる本音ちゃんに罪悪感を覚えながらも、今はやる事がある俺は心を鬼にする。

そのまま掴まれていない方の手で、本音ちゃんの頭を優しく撫でながら普通の笑顔で本音ちゃんと目を合わせた。

 

「嘘だって。そんな事はねえよ。ちゃんとあげるから(毎食の料理とデザートな意味で)泣かないでくれって、な?(ナデナデ)」

 

「ひぐっぐじゅ……ホント~?ホント~にくれる(飼い主、というか男女の愛情的な意味で)の~~?(ウルウル)」

 

「あぁホントーだ。だからアッチで他の皆と一緒に良い子で待っててくれよ?(ナデナデ)」

 

「んっ……わかった~~♪良い子にしてま~~す♪」

 

『『『『『寝返るの早ッ!!?』』』』』

 

ん?何か本音ちゃんと俺の間で致命的な間違いがあった様な気がするが……気の所為だろう……多分、きっと、メイビー。

険の無い柔らかな俺の言葉を聞いた本音ちゃんは目元の涙を袖でゴシゴシと拭ってから、何時もの様にマイナスイオン溢れる笑顔を俺に向けてくれた。

そして今直ぐにスキップでもしそうな上機嫌さで、本音ちゃんは鼻歌を歌いながらトテトテとクラスメイトの集まってる場所に歩いて行く。

さあて、これで俺の障害は何も残ってねえな。

もはや目的を遂行するのに邪魔が無くなった事を確認して、俺はケツを抑えて蹲ってる一夏の頭の近くにしゃがみ込む。

 

「おい馬鹿兄弟、昨日テメエ鈴に何やらかしたんだ?」

 

「い、いででで……な、何でゲンがそれを知ってるんだ?確かに昨日、鈴と口喧嘩してヤラかしちまったけど……」

 

「昨日の夜に鈴が俺んトコに来たんだよ……額に青筋をこれでもかと立てた怒り顔でな」

 

「マ、マジか……。やっぱアレは言い過ぎだったかぁ……」

 

俺の小声での問いかけに、一夏はケツを抑えたまま同じ様に小声で返してきてくれたが、ヤッパリコイツが要らん事言ったと見て間違い無い様だ。

しかも何か若干後悔した様な口ぶりって事は……多分、売り言葉に買い言葉だったんだろう。

今は冷静になって反省してるって所か……鈴をあそこまでキレさせるとか、マジで何言ったんだよ一夏ぁ……。

とりあえず昨日の鈴との遣り取りの事を聞こうとした所で、SHR開始1分前のチャイムが鳴り響いてきた。

どうやらここらでタイムアップの様だな。

 

「とりあえず、休憩時間にでも昨日の事を話せ。鈴があそこまでキレてるなら、俺も事情を把握してえからよ」

 

俺は一夏に後で話す様に伝えてから、蹲ってる一夏の目の前に手を差し出す。

サッサと起きて席に付かねえと、千冬さんから朝一バーニングな出席簿を受ける羽目になっちまう。

 

「わ、わかったけどよ。何もタイキックする事はねえだろタイキックをよぉ……」

 

「アホ言え。ホントならイントルーダーで市中引き摺り回しの刑だったんだぞ?それ1発で済んで良かったと思えってんだ」

 

「あれマジで言ってたのか!?確かにそれに比べりゃ遥かにマシだけど素直に喜べない!?」

 

何やらこの罰ゲームに大いに不満を持ってる一夏だったが、俺はそんな一夏を放置して自分の席に着く。

さっき2人分の足音が廊下から聞こえてきたので、多分千冬さんと真耶ちゃんが来たんだろう。

そんな時に立ち上がってるなんて自殺行為も良いとこだしな。

俺がサッサと席に着いた事で一夏も千冬さん達が近づいている事に感づき、慌てて自分の席に向かって着席するが……。

 

 

 

 

 

「ケ、ケツが触れると痛ぇ……ッ!?(プルプル)」

 

どうにも俺のタイキックを受けたケツが椅子に密着すると痛みが走ってしまう様で、一夏は授業終了間際まで、空気椅子状態で授業を受けてましたとさ。

まぁソレもコレも、俺のフォローと努力を無に還した結果だと受け取れってんだ。

 


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