IS~ワンサマーの親友   作:piguzam]

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学園の外の友人

 

 

 

「ふぅ……何ヶ月振りだろうな。ここに来るのは」

 

今日はあの神室町での騒動から2日経った日曜。

俺は愛車であるイントルーダーを転がして、アパートから数十分程走った場所にある食堂に来ていた。

見た目は普通の民家を少し大きくした造りの大衆食堂。

しかしここの業火野菜炒めはかなりの絶品だ。

シャキシャキ野菜に程良い塩加減、時折顔を出す肉の旨味が凝縮したあの味。

あっ、やべぇ久しぶりに食いたくなってきた……じゅるり。

 

「昼はどうせここで食うんだし、いっちょ業火野菜炒めをお願いしますかねっと」

 

入り口から漂う匂いに垂れてきた涎を拭いながら、俺は店の端っこにイントルーダーを止めて入り口を潜る。

 

「(ガラララッ)いらっしゃいま……。あらあら!?元次君じゃないの!!久しぶりねぇ♪」

 

入り口を潜った俺を出迎えてくれたのは、この『五反田食堂』のマドンナにしてこの家の真の支配者である『五反田蓮』さんだ。

旦那?あの人は婿入りだし奥さんに頭上がらない人だから無理。

しっかし、相も変わらず美人過ぎるよなぁ蓮さん、とても俺と同い年の息子が居る様には見えねぇ。

この食堂で味以外も目当てに来てるリーマンのおっさん達も鼻の下伸ばしてるし。

 

「ご無沙汰しています、蓮さん。今日も相変わらずお綺麗ですね」

 

「まっ、やだわもう♪こんなおばさん捕まえてそんな事言って♪お昼ウチで食べていくんでしょ?今日は特別に唐揚げオマケしてあげるからね♪」

 

「あー……何か強請った風になっちまいましたけど、ありがとうございます」

 

頭を下げながら賛辞を言う俺に気を良くした蓮さんは、頬に手を当てながら困った様に笑い、サービスの約束をしてくれた。

息子娘に遺伝した情熱的な赤髪のロングヘアーに優しい眼差しと雰囲気。

本当にアイツの母親には見えねぇよ。

 

「弾と約束してるのよね?一夏君もさっき来たし、どうぞ上がって」

 

「はい。お邪魔します」

 

お盆を持ったままに家に上がる許可をくれた蓮さんに挨拶してから、俺は店の奥にある五反田家の家屋へ向かい、そこから弾の部屋がある2階への階段へ足を伸ばす。

そう、今日は中学の頃からのダチである五反田弾の家に遊びに来たのだ。

土曜日は家でゆったりまったりしてた俺だが、今日の朝に一夏から連絡が到来。

曰く、昨日一昨日で家の掃除と衣替えが終わったので、今日は昼から弾の家で遊んでIS学園に帰るとの事。

それで、暇なら俺も一緒に弾の家で遊ばないかと弾と一夏から誘いを受けたので、これを承諾した。

まぁ、帰りは序に乗せてくれと頼まれたけど、それぐらいなら良いだろう。

 

「おう。久しぶりじゃねぇか、ゲン坊」

 

と、考え事をしてた俺の耳に、厨房から呼びかける声が聞こえてきた。

そっちに振り向けば、そこには年齢をモノともしない筋骨隆々の体躯をした男が1人。

頭は綺麗に髪の毛が残っていないという潔いスキンヘッドスタイルのこの御方、弾と妹の蘭ちゃんの祖父の『五反田巌』さん。

この五反田食堂の厨房を支える一家の大黒柱にして、孫娘である蘭ちゃんを溺愛してる。

弾と蘭ちゃんじゃ扱いの差が激しいからなぁ。

っと。んな事より挨拶しとかねぇと。

 

「お久しぶりです、巌さん。お元気そうで何よりッスよ」

 

「フンッ。なぁにが『お元気そうで』だ馬鹿野郎。俺はまだまだ現役だ。テメエみてぇな餓鬼に心配される程、老いぼれちゃいねぇ」

 

「くくっ。違いねぇや……ホント、ウチの爺ちゃんとそっくりな性格してますよ」

 

「ケッ。俺はオメェの爺じゃねぇからな。間違えるなよ」

 

俺の言葉にフンと鼻息を鳴らして不機嫌な表情を浮かべる巌さんに、俺は笑いながらそう返す。

何せ筋肉が全く衰えていねぇし、背筋がピンとしてる。

まだまだ一家の大黒柱として現役バリバリというのは疑い様も無い。

勿論、弾と蘭ちゃんの親父さんだってちゃんと仕事してるが、爺さんが働いてるとどうしてもソッチが大黒柱に感じてくる。

 

「また昼になったら降りて来い。弾達の序に飯作ってやる」

 

「はい。有難うございます。それじゃ、お邪魔しますんで」

 

「おう。それとあいつ等に、あんまりバタバタするんじゃねぇぞって伝えとけ」

 

最後に言われた注意に「うーっす」と返しながら、俺は二階へと続く階段を登る。

そのまま廊下を通り抜けて、弾と書かれたプレートのドアをノックも無しに開く。

部屋の中では一夏と弾がゲームをして遊んでいた。

 

「おっ?やっと来やがったのか、二人目の男性IS操縦者。そして俺たち男の敵NO,2め、元気そうじゃねぇか?」

 

「あん?いきなりご挨拶じゃねぇか?何で俺まで一夏と同列で男達の敵扱いだよコラ……テメエこそ元気みてぇだな?弾」

 

「おいゲン。その言い方だと俺は男達の敵と認識されてる事に納得してる様にしか聞こえねぇぞ」

 

「「認識してるが何か?」」

 

「ハモリやがった!?畜生!!」

 

部屋に入って挨拶も交わさず、ちょうどゲームが終わった弾と俺は拳を合わせる。

同じく俺と弾に男達の敵認定されて悔しがってる一夏とも拳を合わせて挨拶は終了。

野郎同士の挨拶なんてこんなモンだ。

俺は項垂れる一夏を放置して、戸棚から漫画を取り出して弾のベットに腰掛ける。

一夏達はもうゲーム画面へと向き直って、自分の使う機体を選んでいた。

あれは……あぁ、『IS/VS』か。

正式名称『IS/VS《インフィニット・ストラトス・バーサス・スカイ》』という格闘ゲームだ。

このゲームは『国家代表候補生の監修の下、ISに乗っている臨場感をリアルに追求』という売り文句で発売され、今月だけで累計100万本を売り上げたらしい。

とあるゲーム雑誌のコラムよると、『臨場感がリアルに再現されているため、男でもIS操縦者の気分を味わえる』というのが、売り上げの決め手だとか。

まぁ、なんだかんだでISに乗ってみたい男子は多いって事なんだろうな。

その気持ちも分からねぇって訳じゃねぇ。

空を自由に飛び回るあの爽快感も、微かに感じるGの押し付けられる心地良さも憧れるだろうさ。

ただそこに至るまでの専門用語とか授業は大変だぞ、男性諸君?

 

「そーいえばよ、ゲン。お前はどうなんだ?女だらけの学園生活。やっぱバラ色なんだろうな、クソッ」

 

「勝手に自己完結して1人で妬むんじゃねぇよタコ。第一そんな良いモンじゃねぇぞ?」

 

「ほらな。ゲンもそう言うって言ったろ?」

 

どうやら一夏も既に同じ質問をされてるらしい。

弾の奴は何時でも変わらねぇよな。

そんなにガツガツしなきゃ良い女ゲット出来るだろうに、ルックスは良いんだから。

 

「お前の言葉は女関係に限って信用出来ねぇんだよ一夏。それじゃあゲン。一体何が不満なんだよ?IS学園って言えば女の花園。しかも学生のレベルはすげえ高いじゃねぇか?」

 

弾は俺の言葉に不満を持ってるのか、何時に無く不機嫌な表情で振り返ってくる。

どうやらゲームのステージ選びの前で止めた様だ。

さすがに対戦者の弾が進めないなら一夏も進めないので、呆れた表情で会話に混ざってくる。

何が不満だって?不満なら結構あるんだぞ。

 

「まぁ軽い所で言うなら、女ばっかりだと男同士の馬鹿なノリとか気の合う馬鹿話が出来ねぇ。一夏とそんな話をしようにも、俺達は何時も聞き耳立てられてんだぜ?そんな中で下ネタやらかそうモンなら、1時間もしない内に噂は学園中に広まっちまうだろうな」

 

「げっ。1時間もかからないのかよ……確かにそれがずっとだと、気が張っちまうか」

 

「あぁ。確かにゲンの言う通り、会話1つにだって気を使うんだよなぁ」

 

「仕方無えだろ一夏。学園に男子は俺等2人だけだから、良くも悪くも注目されちまうんだよ。否応無しにな」

 

溜息を吐きたくなるのを我慢しながら不満を述べると、弾も少し顔を歪ませる。

何だかんだ女だとか言っても、気のおけるダチが居ねぇと気の抜き所が無いからな。

事実この前、一夏の(検閲削除)の話をうっかり出した時は、教室のカオス度が半端じゃ無くなった。

その所為で授業が遅れるわ千冬さんに出席簿ファイヤーを食らう羽目になったんだしよ。

 

「次に、まぁ俺的に嫌な所だが……女尊男卑思考の馬鹿女が居て鬱陶しいんだよ。一昨日も学園を出る前に絡んできやがったしな」

 

「あー……それは……俺も嫌だな」

 

「先生達の中にはそんな考えの人は居ないけど、俺達の同級と上級には結構居るぞ。ゲンは何時でも何処でも真っ正面から喧嘩売る」

 

「そりゃ、何せゲンだしな……でも確かに、美人な分そういう思考の人間と一緒っていうのは俺も無理」

 

何だその俺だから仕方無いって言い方はよ?絞めるぞコラ。

IS学園って超が付く程の名門エリート校だから、名士とか名のある企業の娘とかも入るお嬢様学校でもある。

そういった輩の中には蝶よ花よ男は顎で使えと教えられて育った奴等も居るし。

 

「他にも、俺等は女性権利団体のババァ共に目ぇ付けられてるぜ?一夏はその話聞いてるか?」

 

「あぁ。千冬姉に聞いた。女性権利団体は女はISに乗れるから偉いって風潮を俺達が潰すって危惧してるから、俺達はやっかみの対象になるだろうって……まぁ、俺の方は千冬姉が居るから表立った手段は取ってこないだろうって言われたけど……」

 

「……何だよ一夏。その言い方じゃ、ゲンの方は危ないって言ってる様なモンじゃねぇか?」

 

俺の振った話題を聞いて一夏は少し歯を食い縛り、その様子を不振に思った弾が一夏に詰め寄る。

今一夏が言った様に、一夏の後ろには世界最強のIS乗りである千冬さんが居る。

女性からしたらIS生誕から初めて世界最強という頂点に立ったカリスマ。

でも、過去のモンドグロッソの試合内容が他の選手と拮抗していたのなら、女性権利団体は強気に出てただろう。

しかし現実は、全ての試合が千冬さんのワンサイドゲーム。

武装は刀1本で銃弾やグレネードの嵐を掻い潜り、時には斬り落とすというバグキャラっぷりだ。

さすがの馬鹿共もそんな女傑を敵に回したくないんだろう。

一方で俺も束さんが前に一度政府の先走った馬鹿にキレて俺を守ってくれた事があるが、『残念』ながら女性権利団体にはそれが伝わっていないらしい。

奴等政府の高官が男連中だからって、話すら聞く耳持たなかったとさ。

直接的に攻撃してくる可能性があるから充分注意してくれと、先週政府のお姉さんから言われたよ。

あぁ、本当に『残念』だなぁ……直接攻撃なんて、随分『怖い』真似考えやがる。

 

「……な、なぁ一夏さん?なんか、ゲンがすげえ嬉しそうな顔してんだけど……まさか、ですよね?(ひそひそ)」

 

「そのまさかですよ、弾さん。危ない事は危ないんだけど……別の意味で危ないんだよ、『女性権利団体が』(ひそひそ)」

 

「……俺、今初めて女性権利団体の奴等が可哀想だって思った(ひそひそ)」

 

ん?何を神妙な顔でヒソヒソ話してんだあいつ等?

1人ほくそ笑んでいた思考を戻して視線を二人に向けると、二人は「何でも無い」と愛想笑いしてきた。

まぁ何でも無えなら良いが……。

 

「とりあえずそういったしがらみとか環境があるから、女の花園ってのもあんまし良いモンじゃねぇってこった」

 

「そ、そうか……確かに、実際に聞くと結構気疲れしそうだな、女だらけってのも」

 

「そーいうこった……まぁ……普通に性格良くて可愛い上にスタイル抜群な子とかも沢山居るんだけどよ」

 

「てめぇブッ殺す!!さあ死ねやれ死ね今死ねすぐ死ねいいや俺がここで死なすぅううううッ!!!」

 

「お、落ち着けって弾!?そんな血の涙流す様な事でも無ぇだろ!?」

 

「テメエは自らの幸せと罪深さを自覚しろぉおおおッ!!!」

 

「うおぉぉおおおおお!?ひ、標的が何時の間にか俺になってるじゃねぇか!?」

 

おぉっと、やっちまった。

目の前でどったんばったんと取っ組み合いをやってる弾と一夏を見ながら自分の失敗を悟る。

あー……そういや、弾は一夏が行く予定だった藍越学園に行ってるんだよな。

確かあそこを受験した俺等の中学校の女子って全員……。

 

「ほ、ほら!?ウチの中学からも藍越行った女子いっぱい居るじゃんか!?前にお前が可愛いって言ってた船越さんとか――」

 

「(ブチッ!!)船越さん、というかウチの女子は皆好きな(一夏)が居るんですよ一夏クゥゥウンッ!!!」

 

「あぶげぇええッ!?エ、エビ反りは止め……ッ!?」

 

既に撃墜済み、なんだよな一夏が。

誰も彼もが志望理由聞かれて一夏を見ながら顔赤くしてたし。

お陰で今年の藍越の入学希望者は激増だったそうな。

だというのに、当の本人は自覚してねぇどころか別の学校行っちまうんだもんなぁ。

 

「みぃいんな目当ての男が急遽違うトコ受けちまった所為で!!女子は皆絶望してるから、藍越の男連中は春が来ねぇと嘆いてんのさぁあああッ!!そこんとこどう思うね一夏よぉおおッ!?」

 

「そ、それは災難だな……しかし、皆同じ男に惚れてんのか。それなのに突然志望先変えるなんて、鬼畜な男も居たもんだぜ」

 

その鬼畜ってのは他ならぬオメーだよこの馬鹿チンが。何したり顔で頷いてんだよ。

お前絶対に「自分以外に藍越受けなかった奴が居るんだ」とか考えてるだろ。

見ろよ弾の表情がもう見せられないよレベルに変貌してんじゃねぇか。

おっ。そうこうしてる間にエビ反りから体勢を変えて……。

 

「――踏ンナマァアアアッ!!(グリグリグリグリッ!!)」

 

「あっふぉおおお!?そ、そんなに刺激しないでぇえええ!?」

 

「踏ンダラァアアアアッ!!(グリグリグリグリッ!!)」

 

おぉーっとぉ!?流れる様な動作の繋ぎから電・気・アンマに移行!!

対戦者のKING・OF・TOUHENBOKUは悲痛な悲鳴を吐き出す!!これは効いてるぞぉお!?

俺の目の前で一夏に憤怒の形相で電気アンマを仕掛ける弾と、それを少し頬を染めて悲鳴を挙げながら受ける一夏。

あぁ……これだよ、このアホらしい遣り取りこそ、青春だ。

久しぶりに感じる男同士の馬鹿な遣り取りを心ゆくまで観戦者として傍観する俺。

 

 

 

バンッ!!

 

 

 

「――うるさぁあああああああああああああいッ!!(ヒュバッ!!)」

 

「ん?蘭ちゃ(バシィ!!)んもぉ!?」

 

「「あ」」

 

「お兄!!幾ら何でも騒ぎ過ぎ――へ?」

 

 

 

床でバッタンバッタンと組んず解れつしてた一夏と弾を見てると、何やら叫び声を出しながら女の子が乱入してきた。

そして突如部屋の扉を蹴り開けた乱入者の投擲物が、何故か観戦してた俺の顔面にナイスヒット。

ダメージは皆無なものの、くぐもったヘンテコ過ぎる悲鳴を出してしまう俺であった。

……うん、まぁ偶にはこんな事もあるわな。

こんな蚊に噛まれた様な痛みの無い攻撃に一々目くじら立てる程の事も無えけど。

慌てず騒がずに自分の顔面を強襲した飛来物を避けて、俺は扉の前で呆然と立ち尽くす蘭ちゃんに目を向ける。

弾と同じ赤い髪を伸ばし、薄紫色のバンドで髪を纏め、キャミソールにホットパンツの薄着という何ともホットな出で立ち。

たかが中学生と侮るなかれ、スタイルと身長は既に鈴を超えて……いや、あいつが乏しすぎるだけか。

 

「……久しぶりの挨拶にしちゃ、ちと刺激的過ぎじゃね、蘭ちゃん?」

 

「げ、元次先輩!?そ、それにい、一夏さんも!?」

 

「よ、よう蘭。お邪魔してる」

 

苦笑しながらスリッパをブラブラさせて挨拶すると、蘭ちゃんは俺と一夏の存在を確認して驚く。

更に一夏の存在を確認した蘭ちゃんは、自分の格好を見下ろし、慌ててドアの影に隠れる。

まぁキャミソールの紐が片方ズレてたし、ホットパンツなんかボタン止めてなかったからなぁ。

好きな男の前ではそんなだらしない格好を見せたくないってトコだろう。

 

「い、いらしてたんですか、お二人共……ってキャァアア!?ごごご、ごめんなさい元次先輩!!お兄にぶつけるつもりだったのに、間違えて元次先輩にぶつけちゃうなんて、ホントにすいませんでした!!」

 

今出来る最大限の身だしなみを整えた蘭ちゃんはドアの影からヒョコッと顔を出してはにかむが、俺が手にスリッパを持ってるのに気づくと慌てて頭を下げてきた。

っていうかコレ弾にぶつけるつもりだったのかよ……昔から兄貴の威厳ゼロだな、弾よ。

まぁちゃんと謝れる子だって知ってたし、これぐらいの事じゃ怒るつもりも無い。

だから俺は手をヒラヒラ振って蘭ちゃんに笑顔を見せた。

 

「構わねぇよ。蘭ちゃんはちゃんと悪い事したら謝れる子だからな。コレに関しては不幸な事故って事で、終わらせようや」

 

「い、いえそんな!?本当にごめんなさい……あの、良かったらお二人共ウチでご飯食べてって下さいね?」

 

俺からスリッパを受け取った蘭ちゃんはもう一度俺に深く頭を下げると、最後にそう言って部屋から出てった。

あの子も多少は直情的なトコがあっけど、根はちゃんと優しい良い子だからな。

こんな事ぐらいで怒ってやっちゃ可哀想だ。

そう思ってると下から巌さんが大声で俺達に「飯だぞ!!とっとと降りて来な小僧共!!」と呼びかけてきた。

 

「おっ?飯作って貰えたみてぇだな。さっさと降りようぜ」

 

「イテテ……そうだな。久しぶりに巌さんの業火野菜炒めが食いた……どうした、弾?」

 

「いや、只……俺ってゲンみてぇに、蘭からあんな感じで接された事無えからよ……兄貴としてどうなんだって思っちまってな」

 

俺が率先して階段を降りようとすると、電気アンマから開放された一夏も痛いと訴えながら俺に同意する。

だが、さっきの蘭ちゃんの対応に引っ掛かる所があるのか、弾は落ち込んだ表情で変な事をのたまう。

 

「はぁ?馬鹿じゃねぇのお前?少なくともお前と蘭ちゃんは普通に仲の良い兄妹じゃねぇか」

 

逆に、俺に対してああいう風に丁寧な対応取ってるのはどう考えても他人様に失礼の無い様にってヤツだ。

蘭ちゃんと弾の普通なやりとりは、少なくとも仲が良くなけりゃ出来ねえ。

その普通に仲が良いってのが結構難しいんだぞ。

 

「世の中にゃ話すらしねぇ兄妹なんてのもザラに居るんだ。年頃の妹があぁやって素の自分を曝け出すってのは、それだけお前に気を許してる証拠だよ。自信持っとけ」

 

「そうだな、ゲンの言う通りだぞ?千冬姉だって外じゃピシッとしてても、家じゃ俺にズボラな所を隠そうともしないしな」

 

一夏、その台詞はカラカラ笑って言える程軽い者じゃねぇって気付け。

落ち込んでるダチを元気づける為にとはいえ、話題にするには重すぎるって事を。

 

「まぁ、そうだけどよ……ハァ。落ち込んでてもしゃーねぇか……っていうかゲン。何我が物顔で先行こうとしてんだ。俺が先頭だっつの」

 

「お?ちったあ元気出たみてーじゃねぇか?そんじゃあどうぞ、お先に」

 

一夏の励ましを聞いて落ち込んでても仕方無いと割り切ったのか、弾は急に復活した。

その様子に笑みを零しながら道を譲り、俺はこの空気の暖かさを噛みしめる。

ダチと過ごす時間ってのは、何時でも心地いいもんだよ、ホント。

と、まぁそんな事を思いながら下へ降りれば……。

 

「げっ」

 

「ん?どうしたんだ?」

 

露骨に嫌そうな声を出す弾を、一夏が後ろから覗く。

俺は弾より身長が高いから普通に見えるけど、俺達の昼食が用意されてた場所に先客が居た。

 

「何?文句があるならお兄だけ外で食べてよね」

 

「聞いたか一夏、ゲン。今の優しさと情に溢れた言葉。泣けてきちまうぜ」

 

「あ、あはは……」

 

さっきの話の矢先だからか、今の台詞は弾の心にクリティカルした様だ。

一夏もさすがに掛ける言葉が無いのか、苦笑いして誤魔化してる。

俺等より先に居たのは他でも無い蘭ちゃんな訳だが、さっきまでと格好が全然違う。

バンダナに適当な感じで纏められてた髪は綺麗に下ろされ、清潔感溢れる白いワンピースを着てる。

どうやら一夏の居る前だからって正装したみてぇだな。

 

「まぁ良いから早いトコ食っちまおうぜ?熱々出来たての今が一番美味えんだしよ」

 

「そうだぞ餓鬼共。食わねぇんなら下げちまうからな」

 

ササッと席に着いて全員を待つ俺の言葉に厨房から巌さんが肯定してくる。

折角作ってもらったんだし、早いトコ食わねぇとな。

残りの3人も特に異論は無いのか、席に座ろうとしたので、俺は声を掛ける。

 

「一夏、オメェは俺の隣に座れ」

 

「ん?別に席なんか何処でも良いけど、何でだ?」

 

「別に?只蘭ちゃんとも久しぶりに会ったんだし、対面に座った方が話し易いだろうと思っただけだ」

 

「えぇ!?げ、元次先輩!?」

 

俺の提案に驚いて顔を赤くする蘭ちゃんに、俺は苦笑を返す。

最近一夏に本気で惚れた奴等、即ち一夏ラヴァーズの攻防が激しいので、1人蚊帳の外になってしまっている蘭ちゃんにも援護してやらねぇとな。

 

「そうだな。確かに会うの大分久しぶりだし、蘭が嫌じゃなかったらそれで良いけど……」

 

「い、嫌だなんてそんな!?是非お願いします!!」

 

「お、おう。じゃあ座るか」

 

「は、はい……♪」

 

「……なぁ、ゲン?世の中の理不尽を覆すにはどうしたら良いと思う?」

 

「オメェはがっつかなきゃ良い女とも出会えると思うぜ?顔は普通にイケメンなんだしよ」

 

隣りでラブコメってる二人を見た弾は血の涙を流しながらそんな事を言うので、慰め+事実を言っておく。

俺より全然イケメンなんだから、努力の方向性を間違えなきゃ絶対に良い線いけるはずなんだ。

そんな遣り取りをしてると、蘭ちゃんは俺の方を見てペコッと頭を下げてくる。

うんうん、ちゃんとお礼を言える子は何時でも応援してやりたくなるな。

まぁ喋るのはそこまでにして、俺達は無言で飯を食い始めた。

これは巌さんが飯時の会話について厳しい考えを持ってるからであって、弾の家で食うと自然に無口になる。

何故そうしなければいけないのかと言うと、食べ物を噛みながら喋ったりするとその最中に中華鍋が飛んでくるからだ。

マナー違反をする相手が客でも身内でも厳さんは一切容赦し無いのだ。

とはいっても、口の中にモノを入れてなきゃ怒られはしないが。

 

「むぐむぐ……着替えたんだな、蘭。どっか出掛けるのか?」

 

「い、いえ。そういう訳じゃ無いんですが……」

 

と、蘭ちゃんが会話を振ってこないので、一夏から話題を振っていく事にした様だ。

まぁ恥ずかしがって話題を探してたって所だろうが、それじゃ駄目だぞ蘭ちゃん?

何せ相手は鈍感を煮込んで出来た塊みてぇな奴だからなぁ……会話の主導権握らせると……。

 

「へぇ……デートか!?」

 

「違います!!(バンッ!!)」

 

「あ、あぁ。そうなのか……」

 

外角斜め上ギリギリのボール球を投げてきやがるから。

ちなみに今のバンって音は蘭ちゃんが机を叩いて鳴った音だが、巌さんの怒声も中華鍋も飛んでこない。

巌さん蘭ちゃんにベタ甘だからなぁ……弾がやったら鍋だろう、間違い無く。

ってあぁ!?俺の味噌汁が零れる零れる!?

 

「ち、ちょい待て蘭ちゃん。テーブルは今だけは叩いちゃいけねぇ。飯が零れちまう」

 

「はぅ。す、すいません」

 

「そうよ、蘭。食事中にはしたない真似はしちゃ駄目」

 

「お、お母さん」

 

俺が零れそうになった味噌汁を確保していた所に、普通サイズの皿を持って蓮さんが登場した。

蓮さんは母親らしく甘やかさず、蘭ちゃんを厳しく嗜める。

まぁ巌さんが甘いから、蓮さんがちゃんと怒る時は怒る事でバランス取れてるんだろう。

 

「はい元次君、約束してた唐揚げ♪皆の分ももう直ぐ揚がるからね」

 

「っしゃ!!ありがとうございまーっす!!」

 

俺の目の前に置かれた皿には、ジュージューと食欲を誘う音を鳴らす唐揚げ君達。

この唐揚げは蓮さん自作のメニューって事で評判もかなり高い人気メニューなのだ。

しかもこの山盛り具合、普通なら二皿分の金は取られる。

 

「店ん中で大声出すんじゃねぇ!!(ヒュボッ!!)」

 

と、感激のあまりかなり大きな声でお礼を言ってしまった俺に飛来する中華鍋。

ふん!!甘いわぁ!!慌てず騒がず飛んでくる鍋を……ナイスキャッチ!!

 

「よっと(パシッ)へへ!!俺だってちゃんと成長し(ジュウウッ!!)って熱っっっづぁああああッ!?ちょ!?巌さん中華鍋アッツアツなんスけど!?」

 

「ふん!!無駄に頑丈なオメェだけの制裁だ。有難く受け取っとけ(中華鍋の極み)」

 

「え!?この為だけに鍋あっためてたんスか!?漢らしく無駄過ぎる!?」

 

どうやら俺は熱に対する耐性も挙げておかねばならない様子。

こんなん用意されてちゃオチオチ騒ぐ事も出来ねぇ。

まぁ火傷しない火力と温度だったから別に良いんだけどな。

 

「一夏……ゲンの奴、なんかまた更にタフガイになってるよな?」

 

「ん?あぁ、何でも今年の冬休みに千冬姉と同じ強さの人に師事しながら、体長6メートルの巨大熊と喧嘩して勝ったらしい」

 

「俺等のダチは何処に行こうとしてんの?……まぁゲンだし、なぁ……それぐらいやってもおかしくねぇっていうか」

 

「……普通ならそれ聞いて「嘘でしょそれ」って笑う所でしょうけど、元次先輩だと『あぁ。あの人がまた1つ伝説を……』って思っちゃうんですよね。私の中学でも、元次先輩の噂は健在ですし」

 

「ゲンが『ケンカサピエンス』、なんて呼ばれてた頃の話か……藍越でもチョコチョコ聞くぜ。『車とタイマン張っても勝てる男』って……何か女子からは『恐竜ゲンちゃん♡』とか言われて親しまれてたけど……」

 

「あー……お兄の言ってるのって、多分アレじゃない?昔助けた事があるとか、喧嘩の序に助けたとか。ウチの学校の子達も似たような感じだった」

 

鍋を巌さんに渡してから席に着くと、何故か全員から人外を見る様な目で見られたとです。

正直、俺より強い人なんかこの世界にゃごまんと居る訳で、これぐらいで驚いてちゃ駄目だろと言いたい。

 

「まぁゲンの化け物っぷりはこの際放り投げて……でよう一夏。鈴と、えーと、誰だっけ?お前とゲンのファースト幼なじみ?と再会したって?」

 

あ、無かった事にされた。

まぁ別にそれぐらいは良いかと思いつつ、話に聞き耳を立てながら唐揚げをパクッと一口。

ん~~!!ジューシーサクサクで美味え!!

サクサクと音を立てる衣を味わいながら蘭ちゃんに視線を向けると、蘭ちゃんは弾の言葉を聞いて首を傾げている。

そういえば、蘭ちゃんは箒の事知らねぇんだっけ。

 

「ああ、箒な。6年振りに再会したよ」

 

「ホウキ……?誰ですか?」

 

「ん?俺とゲンのファースト幼なじみ」

 

「……元次先輩」

 

「ん?むぐむぐむぐ……」

 

「あっ。ご、ごめんなさい。ゆっくり食べて下さいね」

 

一夏の言葉を聞いた蘭ちゃんは些か真剣な表情で俺に視線を向けてきた。

どうやら一夏では駄目だと気付き、俺に説明を要求してる模様。

しかして俺の口の中は唐揚げで幸せ状態なので「少し待ってくれ」と手を向ける。

それで理解してくれた蘭ちゃんは1つ謝り、慌てなくて良いですと言ってくれた。

ホントに良い子だなぁ……食事中でも余裕の無いアイツ等とは雲泥の差だぜ。

 

「むぐ……ごくん。箒ってのは俺等が小学4年まで一緒だった幼馴染み。蘭ちゃんより長い艶やかな黒髪。そして恐らく1年生の中でも抜きん出たナイスバディの持ち主だ」

 

「ありがとうございます……どうですか?」

 

「そりゃ一夏だぜ?」

 

フラグ建設してねぇ訳がねぇでしょうに。

 

「ん?俺がどうかしたのか?」

 

隣りでの会話に対する反応がこれだもん。

俺の苦笑いしながらの台詞と一夏の朴念仁っぷりに「ですよねー」と疲れた溜息を吐く蘭ちゃん。

頑張れ恋する乙女。恋とは即ち戦だって言うしな。

道は果てしなく険しく、ゴールは見えない(ゴールが鈍感だから)ぞ?

 

「ちなみにセカンドは鈴な」

 

「鈴さんですか……」

 

鈴の話が出た途端、蘭ちゃんの表情は些か硬くなる。

まぁ鈴が一夏の事好きなのは知ってるし、向こうも蘭ちゃんが一夏を好きなのは承知済み。

つまり二人は顔を合わせ、互いに近いポジションに居る恋のライバルなのだ。

昔はこの二人を上手い事一夏と近づける調整に苦労したもんだぜ。

 

「そうそう、その箒と同じ部屋なんだよ。まあもうすぐでゲンと一緒になる――」

 

ガタタンッ!!

 

「お!?おおお、同じ部屋!?男女で同じ部屋ですか!?」

 

箒と相部屋だと知った蘭ちゃんは盛大に取り乱して立ち上がる。

後ろではワンテンポ送れて椅子が床に転がった。

その急変振りに驚きながらも茶碗は手離さない一夏と、疲れた顔で茶を啜る弾。

 

「ど、どうした? 落ち着け」

 

「そうだぞ。少し落ち着け(ズズ~)」

 

「あむ(サクッ)……ッ!?こ、この唐揚げだけ、衣にピリッとした辛さを加えてソース無しで食えるアクセントを加えてある、だと?しかもシンプルだからこそ肉の旨味がより一層引き立ってやがる……ッ!?」

 

「あっ。引き当てたのね元次君。それ、今度お店で出そうかなって考えてる新しい衣なんだけど、どう?」

 

「イケる!!これはイケるッスよ!!俺等みたいな育ち盛りは好きッスね、この味付け!!小学生くらいになっちまうとちょっと辛い気もするけど、大人とか中高生には人気出ると思いますよ!!」

 

「それは良かったわ♪忌憚の無い意見も参考になるし……そうね、お子様セットの唐揚げは普通の衣にして……」

 

「思い切って餡かけとかにしても良いんじゃないっすか?子供は甘辛いの好きな子多いですし」

 

「ッ!?それは良い案だわ!!ありがとう元次君♪」

 

「いえいえ。これも次来た時にもっと美味えモンが食えると思えばこそで……」

 

「元次先輩!!お母さん!!料理談義に花咲かせないで下さい!!」

 

驚愕する蘭ちゃんそっちのけで蓮さんと喋ってたら怒られた。

蓮さんは「あらあら」と微笑みながら蘭ちゃんに謝り、また仕事に戻っていく。

仕方ねぇ、俺もこっちの話に戻りますか。

 

「い、一夏、さん?同じ部屋っていうのは、つまり、男女が一ヵ月半も寝食をともに……ッ!?」

 

どうにも俺と蓮さんにツッコミを入れただけでは平常心は取り戻せなかった様で、蘭ちゃんは若干取り乱しながら一夏に問う。

その質問を受けた一夏も、さすがに男女はどうかと思っていた様で頬を指で掻きながら苦笑。

 

「ま、まあそうなる……かな。でもそろそろ約束の期限だし、ゲンと相部屋になるはずだと思うんだけど」

 

「あぁ。多分学園に戻ったら何かしら連絡あるんじゃねぇか?……しかし、そっか……もう本音ちゃんとの相部屋生活も終わりか」

 

あのマイナスイオン溢れる本音ちゃんとの相部屋を解消……あぁ、神は何て残酷なんだ。

しかも次の同居人がエロいトラブル略してエロブルの伝道師一夏とか何の嫌がらせだよ、畜生。

そう考え残念な気持ちに浸っていると、俺の目の前に座る弾の顔が驚愕と……怒りに染まっていくではないか。

え?何故に?しかも標的俺ですか?

目の前の弾の様子に疑問を持っていると、弾が身を乗り出して俺の胸倉を掴んできた。

 

「って、てて、テメェごるぁ!?も、もも、もしかしなくともテメエまで女の子とど、どど、同棲してやがるのか!!アァン!?」

 

至近距離で血の涙を流しながら俺に吠え立てる弾を見て納得する。

コイツは俺が女の子と一緒に生活してたのが羨ましくて仕方ねぇんだろう。

一夏は見ての通りだから心配ないって事かい。

つうか同棲言うな、知らねぇ奴が聞いたら誤解されちまうだろ。

まぁここまで騒がしくする奴を放っておく巌さんでは無く、スコーンと小気味良い音を立てて弾の頭にお玉がヒット。

頭を抑えて蹲る弾の姿がメラ良い気味だった。

 

「あ、あの元次先輩?どうして元次先輩と一夏さんは相部屋じゃ無いんですか?普通はそうすると思うんですけど……」

 

「ん?あぁ……」

 

蘭ちゃんの必死な表情で問い掛けられた質問に、俺は少し考えながら言葉を止める。

まぁ変にボカしてもあれだし、普通に答えた方が良いか。

 

「ほら、俺と一夏は世界で二人だけのIS操縦者だから、まぁ当然身柄が危なくなるってのは蘭ちゃんも分かるよな?」

 

俺の問いに少し真剣な表情を浮かべた蘭ちゃんは1つ頷いて続きを促す。

 

「だから、俺等の身柄の安全を優先した結果、既に決まっていた寮の部屋割りの空いてる場所へ強引にブチこんだのが今の状態。先生が今寮の部屋割り変更をしてくれてるから、もう直ぐ俺等は相部屋になるだろうって事だよ」

 

「そういう事でしたか……侮れないわね、ファースト幼馴染み」

 

まぁ一夏の部屋のルームメイトが箒だったのは意外だったけど、多分誰かが手回ししたんだろう。

束さんか千冬さんのどっちかが、一夏の安全を考えてか、それとも箒の恋心を考えてかは分からんが。

 

「……決めました」

 

「い、痛てて……き、決めたって何だよ、蘭?」

 

と、何やらかなりの決意を持った顔付きになった蘭ちゃんがボソリと呟き、回復した弾がソレを問う。

俺と一夏も何が何やらって感じで、お互い顔を見合わすしか無かった。

そんな俺達に、蘭ちゃんは真剣な表情で口を開き――。

 

「私、来年IS学園を受験します」

 

ドエラい爆弾を投下してくれた……いやいやちょっと待てぃ。

 

「……はぁ!?な、何を言って――」

 

ヒューンッ!!ガンッ!!

 

そして何時も通りに弾へと飛来していく巌さんのお玉ミサイルが直撃。

巌さん後ろ向いたままなのに命中率がパネェ。

 

「え? 受験するって……なんで? 蘭の学校ってエスカレーター式で大学まで出れて、しかも超ネームバリューのあるところだろ?」

 

「確か、聖マリアンヌ女学院だったけか?何処の一流企業も、そこの卒業生ってだけで飛びつく名門中の名門」

 

「はい。自慢じゃないんですけど、私は成績優秀者で通ってますから筆記試験も余裕です」

 

いや、確かにあんな良い学校通ってて成績不良って事はねえだろうけど……。

 

「いや、でも……な、なあ、一夏!!ゲン!!あそこって実技あるよな!?」

 

「あ?あぁ。最初に起動試験して、適正なけりゃそれでハイさよなら。その後には試験官とタイマンバトルして、合格ラインを超えねぇとその場で終わりだ」

 

「ついでにその試験はそのまま簡単な稼働状況を見て、それを元に入学時点でのランキングを作成するらしいぞ」

 

弾の焦りまくった質問に、俺と一夏は答える。

ちなみにこの前聞いた話なんだが、一夏の試験管は何と真耶ちゃんだったらしい。

これがまた真耶ちゃん、一夏の相手って事で緊張して壁に激突。

それでシールドエネルギーが減って試験合格という運びになったそうな。

まぁどの道俺達はどんなヘッポコだったとしても強制入学だった訳だが。

ちなみにランキングは俺が堂々のランク一位だった。

 

「……(スッ)」

 

と、俺達の会話を一通り聞いてた蘭ちゃんは、何やら胸ポケットから一枚の紙切れを取り出す。

それを無言で弾に差し出し、弾は困惑しながらもソレを受け取り、紙を開く。

 

「んな!?」

 

「な、何だ?どうしたんだよ弾?」

 

「中に不味いモンでも書いてあったか?お前の隠しておきたかったエロ本のリストとか?」

 

「違ぇーよ!!……IS適正簡易試験、判定A」

 

中身を朗読しながら俺達に見せてきた紙には、確かに今弾が言った事が書いてあった。

簡易試験とはいえ判定でAクラスが出るとは……蘭ちゃんも素質は充分って訳だ。

IS学園でも通用すると言外に伝わったのを見計らって、蘭ちゃんは俺達……一夏に笑顔を向ける。

 

「コホン。で、ですので」

 

蘭ちゃんは一度咳払いしながら、戻した椅子に座り直す。

そのまま一夏をチラチラと見る彼女の頬は、期待と少しの恥ずかしさで赤く染まっている。

 

「い、一夏さんにはぜひ先輩としてご指導を……も、勿論、元次先輩にもお願いしたいんですけど……」

 

「ああ。いいぜ、受かったらな。なぁゲン?」

 

「……」

 

「……ゲン?どうしたんだ?」

 

蘭ちゃんの頼みに、一夏は一も二も無く頷くが、俺は簡単に頷けなかった。

本当に蘭ちゃんは判ってるんだよな?IS学園を受験する事の意味を。

そりゃ一夏に会いたい、一緒に居たいって気持ちは判るけど……それでもISの事は判ってんのか?

これはちゃんと確かめとく必要が有るな。

 

「おいゲン坊。お前蘭が聞いてるんだから返事ぐらいしたらどうなんだ?」

 

客が俺達以外引けたからか、巌さんが威圧しながら俺達の座る机に歩いてくる。

蓮さんも顔に疑問符を浮かべながら近づいてきて、俺に視線を向けていた。

 

「……蘭ちゃん。一つ聞かせてくれ」

 

「?……な、なんですか?」

 

俺の表情が真剣なモノだったからか、蘭ちゃんは少し驚きながらも聞き返してくる。

 

「蘭ちゃんは、本当にIS学園ってトコがどういう場所か判ってるんだよな?簡単に『人を殺しかねない』危険な代物を学ぶ場所っていうのも」

 

「――え?」

 

俺の問に、蘭ちゃんは「何を言ってるんだろう?」という表情を浮かべて見返してくるだけだった。

そして俺以外の皆……一夏ですらも同じ様な顔をしている。

 

「俺達がIS学園に入って、最初に千冬さんから教わった事だ――『ISはその機動性、攻撃力、制圧力と過去の兵器を遥かに凌ぐ。そう言った兵器を深く知らずに扱えば必ず事故が起こる。そうしないための基礎知識と訓練だ。理解ができなくても覚えろ。そして守れ。』――蘭ちゃんは、そういう危ねぇ兵器の使い方を教わる心構えはあるんだよな?」

 

「そ、それは……」

 

俺の静かな質問に、蘭ちゃんはバツが悪そうな表情を浮かべて俯く。

一夏と一緒に居たいが為にIS学園に入るのは問題ねぇが、それならISの危なさと面と向かって貰いてぇ。

だから、本来なら入学してから学ぶ大事な事を、俺は今ここで聞いておく。

それに高校を選ぶのは好きな男を追い掛けるのも良いけど、友達とかやりたい事とかを重視した方が言い。

建築が好きなのに農業の学校に進学しても意味がねぇからな。

 

「勿論先生達も俺等のフォローはしてくれるが、それでもISを学ぶ俺達は何時も危険がある。全部初めて尽くしの事だからな」

 

「……」

 

「一夏、オメエも千冬さんにそう言われた事忘れてんのか?ちゃんと相手が危ない事に関わってる自覚あるか判ってねぇのに、安請け合いしてんじゃねぇよ」

 

「……悪い。俺、ちゃんと考えてなかった」

 

「しっかりしてくれよ……それに、俺達は実際にこの前見たじゃねぇか。実習で人が本当に死にそうになったトコを」

 

俺に怒られて項垂れてる一夏にそう言うと、一夏は目を見開いて驚く。

俺が言ってるのはつい二日前に起きたアリーナでの騒動の事だ。

あの事件で、さゆかは本当に死にそうになった……乱入者だったけど、あれもISに関わる上での危険に入るだろう。

汚いやり口で悪いが、これも蘭ちゃんの為だ。

さすがに秘匿義務が付いて回るから言葉を濁したが、一夏にはそれもちゃんと伝わった様だ。

俺は一夏に向けていた視線を、少し青い顔をしてる蘭ちゃんに向け直す。

ちょっと言い過ぎたかもしれねぇが、これで蘭ちゃんが本当にISを学ぶ覚悟が出来るなら、俺は喜んで嫌われるぜ。

俺と一夏は史上初の男って経緯があるから強制だったけど、蘭ちゃんには選べる選択肢が沢山あるんだ。

その機会の一つ一つは大事にして貰いてえ。

 

「確かに、学園には俺達を含めてISをファッションみたいに考えてる子も多いし、遊びに恋にと学園生活を謳歌してるぜ?……でも、俺はダチの妹に怪我したり後悔したりして欲しくねぇから、キツ目に言わせて貰う」

 

「……」

 

「蘭ちゃんが本気でIS学園を受けるっていうなら止めねぇ。それも蘭ちゃんの人生だしよ……でも、自分で選んだ道の責任は自分にある。それは覚悟してくれ。ISに興味がねえのに入学しても、蘭ちゃんが後悔するんだからよ」

 

かなり上から目線でこんな事言ってるが、俺も自分がISに関わる立場ってのは迷惑だと思ってる。

束さんの夢を形にしたモノだからIS自体は嫌いじゃねぇけど、俺には自分の夢がある。

だけど、俺達は世情がISに関わらない道を許して貰えない。

勿論、『今は』って限定付きだが。

本音ちゃんとかさゆか、それに相川達みたいな代表候補生とかの特別な地位に居ない子達もどう考えてるかは判らない。

もしかしたら俺が言った様な覚悟なんて無いのかも知れないし、そんなもん馬鹿馬鹿しいって言われるかもな。

でも、まだ入っていない蘭ちゃんが、もしも後で後悔する様な道になるかもしれないなら、俺はここで彼女を止めようと思う。

一夏と居たいって……言っちゃ悪いが『軽い』理由で来るなら、ちゃんと覚悟しておいて欲しい。

……道を選べる人間が『自分が選んだ道に、後から後悔しない様に』な。

 

「……ごめんなさい。私、進学についてちゃんと考えてませんでした……もう一回、私がIS学園に行って本当にやりたい事があるのか、ちゃんと真剣に考えます」

 

俺のエゴの塊とも言える言葉で、蘭ちゃんはIS学園に行く事を考え直してくれる様だ。

彼女は椅子から立ち上がって俺に深々と頭を下げてくる。

周りに流されるしか無かった俺なんかより蘭ちゃんはしっかりしてるから、ちゃんと自分の納得いく答えを見つけるだろう。

IS学園に入ってから、前の学校の方が良かったとか思わない様にしっかり悩んで欲しい。

これといってISが好きじゃないのに来た所で、誰とも話が合わなくて後悔するだけだろうしな。

それに、俺の大切な人……束さんの夢を形にしたISで、親しい人間が事故に遭って怪我なんて絶対に嫌だ。

蘭ちゃんだけの為じゃなく、束さんの為にもそれだけは覚悟して欲しかった。

 

「ん。了解だ……偉そうに講釈垂れちまってゴメンな?もしIS学園に入学したら歓迎するし、そん時は一夏を2日程自由に扱き使ってくれて構わねぇからよ」

 

アフターケアは大事なのであります。

 

「うおぉおおいいぃ!?そこで俺を使うなよ!?お前何自然に俺を売約してんの!?お前が言い出したんだからお前がちゃんとや――」

 

「一夏さん!!もし私がIS学園に行ったら、2日間、よろしくお願いします!!」

 

「既に決定ですか!?」

 

一夏の驚愕に満ちたツッコミを皮切りに、俺達の空気は一気に笑いに包まれた。

もし蘭ちゃんが来たら、一夏を巡る女の戦争が更に大きくなる訳だ……ん?これって俺が危ない?

今でも箒にオルコット、鈴のフォローでいっぱいいっぱいなのに更に増える……だと?……転校したくなってきた。

まぁそんな感じで昼食が終わると、蘭ちゃんのリクエストでゲーセンに出掛ける事になり、俺達は徒歩でゲーセンに向かった。

さすがにイントルーダーじゃ4人は無理だからな。

 

「しっかし羨ましいなぁ、ゲンのバイク。あの蒼い炎のペイントとかカッコ良過ぎじゃねぇか」

 

「お前、またそれかよ弾。羨ましいと思うなら免許取りゃ良いじゃねぇか。今じゃ学生ローンもやってるらしいし」

 

「お兄、ちょっとしつこい。それにお兄にはあんなおっきなバイク似合わないし」

 

弾が腕を組みながら発した言葉に、俺と蘭ちゃんが呆れた感じで返す。

一夏は項垂れる弾を見て苦笑いしてるだけだ。

 

「はは。でも、俺もバイクには憧れるな……誕生日来たら取りに行こうかな?ISの男性検査で結構な額貰ったし」

 

「い、一夏さんだったら、もっと細身のバイクの方が似合いますよ?」

 

「あぁ。俺もちょっと古いスポーティーなバイク好きなんだよ。気が合うな蘭」

 

「ッ!?そ、そうですね!!」

 

おーおー、一夏から微笑まれた+趣味も似てるな攻撃で蘭ちゃん真っ赤じゃねぇか。

さすが兄弟、女を赤くさせるのはもはや一流だな。

 

「蘭……お前一夏が免許取ったら乗せてもらお「あっ!!一夏さんアレ!!(ドゴォ!!)」ごぐ……ッ!?」

 

「え?何だ?」

 

「あ、あれ?一夏さんの頭の近くにおっきな虫が見えたのになー?あ、あはは……」

 

ちなみに今の流れを見てた俺の目には、蘭ちゃんが弾の鳩尾に肘を叩き込んだ姿がアリアリと映ってましたとも。

まぁ恋する恥ずかしがり屋な乙女の前で要らん事言いかけた弾が悪いだろう、今のは。

でももし一夏が免許取ったら一緒にツーリングに行くのも有り……あっ、そうだ。

考える俺の頭に、電撃とも言える名案がひらめいたが今は何も言わない。

一夏にその気が無けりゃ意味無ぇからな。

まぁそんな寸劇を繰り広げつつ、俺達はゲーセンに到着し、そこから思い思いのゲームを始める。

 

 

 

まずはエアホッケー。

 

 

 

俺と弾、一夏と蘭ちゃんペアに別れる。

とりあえず一夏に恋する乙女は一夏と一緒にしとけば拗れる事も無い。

 

「ぬぉ!!そらぁ!!」

 

「甘いですよ元次先輩!!えい!!」

 

「あっ!?やべッ!?」

 

「この弾様に任せろ!!そりゃぁあ!!」

 

スカーン。

 

『ゴール!!』

 

……ン?俺に任せろ、は?

 

「「……」」

 

カッコ良い事言っときながらスカしたポーズのままで固まる弾。

おい、周りの女子達がお前を指差してクスクス笑ってんぞ。

 

「おっし!!やったな蘭!!」

 

「はい!!(一夏先輩とタッグで勝利……チーム分けしてくれた元次先輩は神様です!!)」

 

笑顔でハイタッチをしてる微笑ましい一夏と蘭ちゃん。

うんうん、良い笑顔で良い雰囲気だなぁ。

 

「あだだだだ!?す、すんませんしたぁゲンさん!?離してもらってよろしいでしょうかぁ!?」

 

笑顔でコブラツイスト掛けてる俺と痛そうに喚く弾のコンビとは大違いだぜ。

 

 

 

続いてダンスゲーム。

 

 

 

これはさすがに俺の巨体では恥ずかしい。

弾も二人用の台だから蘭ちゃんの為に一夏へとバトンを渡す。

しかし見てるだけってのも暇なので……。

 

「なぁ一夏、蘭ちゃん。セッションでもやらねぇか?俺と弾はアレとアレ使うからよ」

 

「おぉ、アレか?それなら俺とゲンも暇じゃねぇし、いっちょやろうぜ一夏」

 

「お?それ久しぶりだな。いいぜ、頑張ろうな。蘭」

 

「うわー!?元次先輩とお兄のセッションで踊るのって久々ですね!!数馬先輩も居たら完璧だったのに!!」

 

全員がノリノリでOKしたので、俺と弾はダンスゲームの隣にあるギターリズムとドラムフリークスという音楽台に座る。

実はこの3台ともう一つのDJマニアという音ゲーは、全部リンクしているのだ。

それぞれが店内セッションを選ぶ事で、店の他のゲームとセッション出来るという仕組み。

俺と弾、そして数馬の3人でそれぞれ台に座って、一夏と鈴、そして蘭ちゃんや数馬ラヴァーズがダンス組って形だ。

本来なら俺の役目はDJなんだけど、今日はドラム担当の数馬が居ないので俺がドラムの代役をする。

 

「懐かしいなぁ。中学ん時、俺等で学園祭のライブ出ただろ?あれ最後の辺り最高だったよなぁ。くっく」

 

「あぁ。最後に思いっ切り歌って、一夏が女子の群れにステージから引きずり降ろされてたアレか」

 

ちょっと胸元開けた衣装着させたら女子が一夏の歌う姿とそのセクシーさに暴走したヤツの話である。

皆揃って我を忘れて一夏を我が物にせんと動いたからなぁ……アレは怖かった。

俺と数馬、そして弾なんか一夏が俺達に助けを求めてる光景を呆然と見送るしか出来なかったからな。

全員でセッションの項目を連動させ、俺達の台が互いにリンクする。

 

「や、止めろよ……アレ、結構トラウマなんだからさ」

 

「だ、大丈夫ですか一夏さん!?もうっ!!お兄!!あの時の事はあんまり言うなって言ったじゃない!!」

 

ちなみに蘭ちゃんも暴走してたのは良い思い出。

 

「へへっ。スマンスマン。そんじゃあ景気付けに、一曲目から飛ばしていくか!!」

 

トラウマが微妙に出てきた一夏に謝りながら弾が選択した曲は、Fall Out Boy の Beat It という曲。

そこそこのハイペースで軽快な曲だ。

あららら、まぁ一発目だし、派手にやれる方が良いわな。

曲の表示が出てきた一夏と蘭ちゃんも表情を引き締めて台に立ち直す。

 

「おいゲン!!この曲歌えるのお前だけだし、お前歌えよ!!」

 

「ハァ!?ざっけんじゃねぇよ!!何で俺が歌わにゃいけねぇんだこの旗一夏!!」

 

「旗って何!?い、いや。さっきのでテンション落ちてるから歌ってくれよ。このままじゃ直ぐに終わっちまいそうだし」

 

「元次先輩!!お願いしますから歌って下さい!!」

 

「ちょ!?」

 

一夏が直ぐ終わるかもなんて言った所為で、最後まで続けたい蘭ちゃんからもお願いされる始末。

た、確かに今、俺達の周りは3台セッションやってるから観客が結構集まってる状況だ。

この中で一発目から終わりとか恥ず過ぎるのは判るが、歌ったら俺が一番恥ずかしいんですけど!?

そう思って断ろうにも、蘭ちゃんは微妙に涙目になってるではないか。

一秒でも長く一夏と踊ってたいんだろうなぁ……あー、クソッ。

 

「わぁったよ。その代わり失敗しやがったら地球の裏側まで蹴り飛ばしてやる」

 

「おっしゃ!!サンキューなゲン!!」

 

そんな遣り取りの末に、遂に弾のギターからスタートに入り、俺のドラムが連奏。

最後に一夏と蘭ちゃんがダンスをおっ始めた。

更には歌詞も何も無いってのに、俺が独奏で曲を歌う。

俺の歌を聞けぇええええッ!!

 

「ーーーーッ!!~~~~~♪ーーーーッ!!」

 

『『おぉおぉお~~~~ッ!!?』』

 

俺の熱唱が始まると、観客は俺達が未だにミスを一つも出していない事に驚きの声を挙げていた。

難易度は最上級のエクストラだからそれが余計に感心を惹くんだろう。

 

「ーーーーッ!!~~~~~♪ーーーーッ!!」

 

熱唱しながら、落ちてくるリズムタイミングに合わせてドラムを叩きまくる。

さすがにドラムしながら歌うのは集中力を使うので、今は周りの声や歓声に耳を傾けられないがな。

だが、前で踊る一夏と蘭ちゃんは普通に視界に入ってくる。

二人共楽しそうに踊ってやがるぜ。

そのまま曲は進み、遂に最後のターンを一夏達が決めて終わりを迎えた。

 

「「……フゥ」」

 

俺と弾が曲を終えた所で一夏達は一息つき、画面にスコアが表示される。

俺達のセッションは、文句なしのPERFECT。

この調子でガンガンいくか。

そこから続けて、俺達の持ち曲の中から俺の歌える曲をリストアップ。

Modern Strange Cowboyと最後は蘭ちゃんのリクエストで小さ○恋のうたと演奏した。

ちなみに最後の曲は一夏に歌わせてやったぜ。

その方が蘭ちゃん的には嬉しいだろうしな。

全ての総合スコアも、俺達が2位を突き放して1位に踊り出てる。

一応それで全部終わったんだけど、終わった時の歓声の凄さに4人して恐縮しちまった。

現在は俺と一夏と蘭ちゃんの3人で端っこのドリンクコーナーで一息付いている。

弾は1人でトイレに行ったから居ないけど。

 

「フゥ~……ちょっと疲れたな」

 

「まぁ、ここまで身体を動かす系統のゲームばかりやってましたからね」

 

「俺は寧ろIS学園で体動かしてる一夏が疲れてるのに、お嬢様学校の蘭ちゃんが疲れてねえのが驚きだ」

 

「えへへ♪お嬢様でも学校の体育とかで鍛えてますから」

 

「一夏、蘭ちゃんに負けてるぞ。訓練メニュー3倍な」

 

「待て待て待て待て待て兄弟。訓練メニューのご利用は無理なく計画的にだな……」

 

何処のローン会社だよそれ。

学園に帰ってから地獄と宣言された一夏は焦りながら俺に詰め寄るが、これは決定なのである。

さすがに女の子に体力で負けてちゃイカンだろ?

 

「なぁゲン!!ちょっと来てくれ!!」

 

そんなコントを一夏と繰り広げていたんだが、トイレから戻ってきた弾が開口一番に俺に声を掛けてくる。

走って来たのか、少し息が荒い。何かあったのか?

 

「お、お前にやって欲しいゲームがあるんだ!!こっちに来てくれ、早く!!」

 

「あっおい?」

 

俺に詳しい説明もせずに、弾は再びゲーセンの渦の中へと走っていく。

行き先は弾を探せば判るだろうけど、一夏達は……二人にしとく、うんそれがいい。

弾が呼んでたのは俺1人だし、一夏達はここでゆっくりとラブっててもらおう。

決して甘い空気に当てられたくないって訳じゃない。

心の中で言い訳もした俺は二人にここで待つ様に言おうと振り返り……。

 

「面白そうだな、見に行こうぜ2人共!!」

 

興味深々といった表情の一夏が俺と蘭ちゃんを置いて走って行ってしまった。

後に残る俺達はどうしたモンかと顔を見合わせる。

 

「ハァ……俺等も行くか」

 

「そうですね……ハァ……まぁ一夏さんだし」

 

女に対しては何処までも鈍感なんだという事を改めて認識し、2人して大きく溜息を吐く。

頼むから意識くらいしてやれよ、一夏。

既に『一夏だから』って妙な信頼を得てしまってる事に気付け、兄弟。

そんな遣り取りをしながら弾と一夏の向かった方へ足を伸ばせば、其処には結構大きなパンチングマシーンが3台ほど置いてある。

何故か結構人気がある様で、若い男からオッサン、少数だけど意外な事に女の子もやってる。

2人はその直ぐ傍で俺を待っている、何だ?俺にこれをやれってのか?

 

「これこれ!!このパンチングマシーンで最高得点出してくれ!!頼む!!」

 

「は?何で俺がンな事を……」

 

「そこを何とか!!お願い!!金は出すし、一回だけで良いからよ!!」

 

俺と蘭ちゃんが近づくと、弾は俺に拝み手をしながら頭を下げてくるではないか。

一体何でそんな必死なのかと考えていると、隣の一夏が呆れた表情を浮かべて口を開く。

 

「これ、今だけ期間限定で得点に応じて景品が貰えるんだってさ。それでゲンにアレを取って欲しいらしいぞ」

 

一夏がそう言いながら指さしたのは、得点の横に景品が出てる電子ボードだ。

良く見ればコップから置物、他にはゲームソフトのセットとかが書いてある。

そのまま流し見て、一夏の指差す景品に目を向ける。

 

「何々?『300キロ超えの方には今話題沸騰中のアイドルユニット、DREAM-LINEの3人と会える握手会のチケットをプレゼント!!』……お前なぁ」

 

「頼む!!お願いしますゲンさん!!」

 

「お兄……そういえばお兄って、このアイドルの子好きだったっけ?確か……」

 

呆れた表情で俺を拝む弾に視線を向ける俺と蘭ちゃん。

だが、蘭ちゃんの呟きを聞いた弾は真剣な表情を浮かべて下げていた頭をバッ!!と起こす。

 

「『澤村遥』ちゃんだ!!今時珍しいくらいに純情な子で、しかもファンに対しても嘘の無い天使の様な微笑みを浮かべてくれる遥ちゃんこそ、俺のエンジェルなんだぁああ!!」

 

「ちょ!?恥ずかしいしキモいから止めてよお兄!!」

 

あんまりにも大声で力説するモンだから、パンチングマシーンを遠巻きに見てる女の子とかからクスクスと忍び笑いが聞こえてくる。

っていうか両手を広げて万歳してる弾が目立ちまくってる所為でもあるだろ。

蘭ちゃんなんか髪の毛の色もあって兄弟一緒だと思われるのが恥ずかしいのか、顔を真っ赤にして怒鳴る。

しかし、何故かパンチングマシーンをやってる連中からも……。

 

『判る!!判るぜ兄ちゃん!!遥ちゃんの笑顔を見てたら、会社の上司の嫌味で荒んだ心が癒やされるんだよ!!』

 

『いやいや!!俺は断然まいちゃん派!!あの子に踏んでもらいたい!!』

 

『男は黙ってあずさ党員だろjk。小悪魔っぷりが半端じゃない。あずさちゃんの為ならこのゲームに2万突っ込んでも惜しくないな』

 

『女だってアイドルが好きで何か問題ありますか?』

 

弾を後押しするかの如く同じ様な歓声が上がってくる。

オイオイ、まさかコイツ等全員あのDREAM-LINEのチケット狙いかよ?

っていうか2万て……そんだけ突っ込んで無理なら普通にチケット買った方が良くね?

 

「お願いします元次様!!このチケットって非売品だからこの機会逃したら手に入らないんだよ!!何でもお礼すっからさぁ!!お願いします!!」

 

遂に弾は男の最終手段、土下座を繰り出してしまう。

オイ、女子高生から写メ撮られてんぞお前?

 

「お、おい弾!?何も土下座までする事無いだ……」

 

「うるせぇ一夏!!オメエだって千冬さんのきわどい写真集を3年分の小遣い叩いて手に入れてただろうが!!俺だって遥ちゃんの為なら土下座の10や20くらい……」

 

「ちょ!?てめえバラすなつったろうがぁああ!?」

 

「い、一夏さん……?」

 

「ち、違うんだ蘭!?お、俺は決して疚しい理由からアレを買った訳じゃ無くて……ッ!?」

 

遂には外野であった一夏や蘭ちゃんを巻き込んで広がる騒動。何だこのカオス?

これってどう考えてもやらなきゃ終わらねぇパターンじゃねぇか……ハァ。

……まぁ良いか、偶にはこんな『玩具』で遊んでみるのも。

蘭ちゃんに驚愕の目で見られてどぎまぎしてる一夏を放置して、俺は土下座する弾の肩に手を置く。

 

「分かった。やってやっから100円出しな。兎に角最高得点を取れば良いんだろ?」

 

「ッ!?ほ、本当か!?あ、ありがとう心の友よぉおおおッ!!!」

 

「ぐぁ!?耳元で叫ぶんじゃねぇよボケ!!」

 

感激の余りジャイアニズムな言葉をのたまいながら抱き着く弾を引き剥がす。

俺にその手の趣味は無えし、ダチがそんな人種だと思うと泣けてきちまう。

目下の心配は一夏がゲイだったらどうしようって所だ。

もし兄弟がゲイだったら……その時は、俺が自らの手で引導を渡してやろう。

とりあえず弾の望みを叶える為、俺は弾から代金を貰ってパンチングマシーンに金を投入。

ゲーム画面が立ち上がり、隣に立っていたお姉さんが笑顔で俺に視線を向けてきた。

 

「こんにちは。ゲームの説明ですけど1位の、つまりパンチ力300キロ超えの景品獲得をご希望のお客様には、コチラの一発モードを選んで頂きます。よろしいでしょうか?」

 

「あ、はい」

 

お姉さんに言われた指示に従って、俺はメニューの『闘魂!!一発モード!!』というのを選択する。

すると、画面に髭の生えた長ラン姿の男が腕を組んで現れる……時代ぇ……。

 

『良く来たな』

 

あ?何か喋り始めたぞ?

 

『あの娘が欲しいなら……ワシを倒してからにせんかい!!』

 

『助けてーー!!』

 

「はい♪それでは一撃でこの男を倒してお姫様を見事救出して下さい♪」

 

「どんな時代設定のゲームだよこれ!?」

 

だって長ラン着た番長の後ろに居るのって、英国風のお姫様なんだぜ?色々とおかしい。

そんな感じで驚いてる間にゲーム開始のカウントダウンが動き始めたので、俺は備え付けのグローブを付ける。

とりあえず時代設定の事は置いておこう。

今はこのゲームをクリアする事だけに集中しとかねぇとな。

しっかりと画面の前に出てきたパンチを当てるバッグ部分に目を向け、俺は腕に力を籠めて腰を捻る。

カウントは残り5秒……。

 

『ワシはなぁ……』

 

4……。

 

『あの娘に……』

 

3……。

 

『あの娘にぃ……ッ!!』

 

2……1秒前。

 

『あの娘に、妹のローラちゃんを紹介して欲しかったんじゃぁあああッ!!』

 

「知るかぁああああああッ!?」

 

ズドォオオオオオンッ!!!

 

目から滝の様に涙を流して漢泣きするオッサン番長に叫びながら、目標のバッグに拳を思いっ切り叩き込む。

それでバッグ部分は思いっ切り元の位置に戻ったんだが……。

 

バキィッ!!

 

「きゃあ!?」

 

パンチングマシーン自体を床に固定していたアンカーボルトまで外れて、マシンが後ろへと下がっていってしまう。

それに驚いて機械の側に立っていたお姉さんが尻餅を付いてしまった。

やべっ。感情に任せて強く叩き過ぎたか!?

3台並列して並んでた機械は、俺の打った台だけ後ろに下がってる状態だ。

誰もがその光景に驚いて声も出ない中、俺の殴ったマシンから音声が鳴り響く。

 

『ごはっ……見事じゃ……あの娘は返す』

 

おっさん番長がそう言って倒れると、お姫様がこっちに向かって笑顔で走ってくる。

どうやらこれでクリアしたらしいが……点数は?

 

『ありがとうございます……貴方になら、従姉妹のリリアーヌを任せられますわ』

 

「お前じゃねぇのかよ!?」

 

もう滅茶苦茶だなこのゲームの設定は。

そう思っていると、画面のお姫様が何処からかボードを取り出し、そこに3ケタの点数が映し出される。

 

『貴方のパンチ力は……330キロ!!世界ヘビーランカー級ですわ!!私と一緒にこの欺瞞と慈愛に満ちた世界を独裁支配しましょう!!』

 

「悪役だったんかい!?っていうかエンドロールまで『お嬢様』になっちゃってるよ!!従姉妹と妹は名前出てたのに!!もう訳判らねーな畜生!!」

 

「ゲン……パンチ力が300キロ超えてる事にツッコミは無いのか?それってヘビー級ボクサーでも中々居ねーんだぞ?」

 

「いや、別に本気で殴ってねーからそれは割りとどうでも良いんだよ」

 

「まだ上があるのか!?お前もう本気でリミッター付けた方が良いんじゃねぇか!?」

 

一夏は何やら喚いているが、リミッターなんぞ既に付いてる状態だっつうの。

自分のリミッター全部ちぎったら、ヤマオロシと戦えるレベルにまでなるんだからな。

俺はグローブを外して、景品交換場所に居る男の店員に話しかける。

 

「景品、お願いします」

 

「え……あっ、はい!!こ、コチラになります!!」

 

「どうも……ほらよ、弾(ポイッ)」

 

『『『あああッ!?』』』

 

俺が弾に向かってチケットを放り投げると、周りの奴等が手を伸ばすが、弾がそれを制してチケットを手に納める。

 

「あ、危ね!?ゲンお前丁寧に扱えよ!?これプレミア付いてて10万じゃ効かねぇんだぞ!?」

 

知るかよンな事。取ってやったんだからありがたいと思いやがれ。

とりあえずこれからどうしようかと考えたが、何やらDREAM-LINEの過激なファン達に狙われかねないらしく、弾は帰宅を希望した。

まぁ俺も遊んで満足したし、弾の言う通りさっきから俺達というかチケットを持つ弾に視線がヤケに集まってきてる。

強くは無えが鬱陶しくて仕方ねぇので、俺も弾の意見に賛成して帰る事にした。

もうそろそろIS学園に戻らねぇと夕食も食べれそうに無いしな。

未だに千冬さんの写真集の事で問い詰められてる一夏と問い詰めてる蘭ちゃんを回収し、俺達は帰路についた。

 

 

 

 

 

ちなみに、帰りはピンク色の半被を着た連中に何度か襲われたが、全員ゴミ箱に頭から突っ込んでおいた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「じゃあ、また後で。ゲン」

 

「おう。食堂でな」

 

弾の家からバイクに乗って帰ってきた俺と一夏は、それぞれの荷物を持って部屋に戻っていく。

食堂で飯を食うにはまだ早い時間に戻ってきたので、まだ時間に余裕はある。

暫くの間、部屋でゆっくりとしますか……確か部屋にインスタントのコーヒーも常備してたし、いっちょブレイクしよう。

モカブレンドにするかキリマンジャロにするか悩みながら、俺は部屋の鍵を開けて扉を開く。

 

「う~……ゲンゴロ~。私にはお前だけだよ~」

 

しかして、扉を開けた先に広がる光景に、俺は目をシパシパさせてしまう。

俺の視線の先には、何時もの電気ネズミの様な格好をした本音ちゃんが居るのだが、少し様子がおかしい。

まるで扉を開けた俺に気付いて無いかの様に、大きな熊のぬいぐるみと見つめ合って目をウルウルさせてる。

日も暮れてるというのに、部屋の電気は本音ちゃんのベットに備え付けられたランプ一つという薄暗さ。

え?何この状況?本音ちゃん何してんの?

 

「リンリンはほうしゅ~を払ったのに約束破るし~私の心を癒してくれるのはゲンゴロ~だけだよ~……ん~」

 

良し、とりあえず後で鈴はブチ殺す。

まずは目の前で本音ちゃんが熊のぬいぐるみにキスしようとしてるのを止めるのが先決だ。

えっと電気電気……おっ、あった。

薄暗い部屋の中で電気のスイッチを探し当て、俺は電気を付けて部屋を明るくする。

 

「(パチッ)ん~……ほぇ?……ゲンチ~?」

 

「よ、よう、本音ちゃん。ただいま」

 

急に電気が付いた事でやっと気付いた本音ちゃんが廊下の方へ視線を向け、俺の姿を認識する。

俺は俺で目をぱちくりさせてる本音ちゃんに愛想笑いをしながら手を挙げる。

すると本音ちゃんは、俺と熊のぬいぶるみに視線を行ったり来たりさせ、最後は俺に視線を向けてきた。

 

「……(ポイッ)ゲンチ~♪お~か~え~り~♪」

 

そして、本音ちゃんはさっきまでの雰囲気がまるで嘘の様な笑顔を浮かべ、ぬいぐるみを放り投げて俺へと近づいてくる。

哀れ熊のぬいぐるみよ、さっきまでラブラブだったのに放り投げられるとは……。

 

「にへへ~♪ゲンチ~が居ないこの3日、すぅご~く寂しかったよ~」

 

「そ、そうかい?」

 

「そうだよ~。勿論、さゆりんとかも居たけど~……やっぱり、ゲンチ~と一緒に居ると、すご~くすご~~く楽しいんだから~♪」

 

本音ちゃんは立ち尽くす俺の目の前で、胸元に手を当てながらそんな嬉しい事を言ってくれる。

俺が帰ってきて本当に嬉しいのか、尻尾がブルンブルン左右に振るえております。

やっぱあのクソ女に貶されたのがキツかったんだろう……幾ら依頼されたからって、悲しむ本音ちゃんを置いて出たのは失敗だったかもな。

俺は目の前の本音ちゃんの着ぐるみの帽子が無い頭を直に、優しく撫でる。

 

「(ナデナデ)ふわぁ……えへへ~♪気持ち良いよ~♡」

 

「そっか……俺で良いなら、幾らでも撫でてあげようではないか。ホレホレ」

 

「(ナデナデ)うにぅ~♪あ、あんまり強くしないで~。髪がグシャグシャになっちゃうよぉ~う」

 

「ふっふっふ。良いではないか良いではないか~」

 

「あ~れ~♡お~た~わ~む~れ~を~♡」

 

悪ノリで悪代官みたいな台詞を言うと、俺の撫でる手を握ってイヤンイヤンと笑顔を浮かべて身を捩る本音ちゃん。

うん、その仕草は凄く可愛いんだけど何だこのノリ?

自分で始めたノリだけど状況が訳分かんなくなってきたぞ?

そう思って手の力を緩めた隙に、本音ちゃんは後ろに手を組んでベットに腰掛ける。

 

「も~う。髪の毛ぐちゃぐちゃだよ~。止めてって言ったのに~、ぶぅ~」

 

「え?あっ、悪い本音ちゃん。で、でも本音ちゃんも楽しそうにしてたよな?」

 

「知りませ~ん。ぶー、だ」

 

「えー?……」

 

あんなに楽しそうにしてたのに、本音ちゃんは急に一転して頬を膨らませて怒ってしまう。

俺はその急な展開に肩を落として疲れをアピール。何か本音ちゃん何時もよりカッ飛ばしてね?

 

「ぶ~ぶ~」

 

「ご、ゴメン悪かったって。謝るから許してくれよ本音ちゃん」

 

「ふ~んだ。許さないも~んだ。…………ど~しても許して欲しいなら~……」

 

「な……何でしょう?」

 

おかしい、今一瞬だか本音ちゃんの目がキュピーンと光ってる様に見えた気が……。

恐る恐ると言った感じで聞き返す俺に、本音ちゃんは横を向いていた顔を俺に向け直してジーッと睨んでくる。

まぁぷっくり膨れたほっぺの所為で睨むってより拗ねてる様にしか見えないが。

そんな本音ちゃんの様子に戦々恐々としていると、本音ちゃんはまた表情を一変させ、満面の笑みを浮かべた。

 

「私の乱れちゃった髪を~綺麗に直すのだ~♪」

 

「あっ、はい。分かりました」

 

これまた可愛らしい笑顔で可愛らしいおねだりしてくるモンだから、俺は速攻で頷いてしまう。

俺の返事を聞いた本音ちゃんは嬉しそうに「はやくはやく~♡」と手を振って誘ってくる。

その誘いにフラフラと近寄ってしまう俺……あぁダメだ、これは小動物の罠だぞ。

しかしそう考える意志に反して、体は勝手な行動を取り、本音ちゃんが女の子座りしている後ろ側に回って、ベットに腰掛ける。

 

「えっと……本音ちゃん、櫛はあるかい?」

 

「むっ……手櫛でやって貰いますぅ。手で乱したんだから、手で直すの~」

 

「はい。すんませんした」

 

俺の言葉に首だけで振り向いて怒る本音ちゃんに、俺は座ったまま頭を下げて謝罪した。

何でだろう?俺はどうして本音ちゃんの我儘に勝てねぇんだろう?謎だ。

再び前を向いてくれた本音ちゃんのうしろ髪をゆっくりと手で上から撫で下ろし、乱れた髪を整える。

 

「ン♡……ふにゅ……気持ち良ぃ~♡……もっと~♡」

 

「判ってるって。少しジッとしててくれよな?」

 

「はぁ~い♡(ゴツゴツしてるのに、何時も優しい手……もう夢中だよ~♪)」

 

まるで猫の様に上を向いて目を細めてにへら~と笑う本音ちゃんに、俺も自然と笑みが零れた。

そのまま何度も何度も手をゆっくりと上下させて髪の毛を整えていく。

すぐ近くに居るってのに、いやらしい気持ちは微塵も湧いてこないなぁ――。

 

「ふあん!?ゲ、ゲンチ~……そこ、背中だよぅ~……く、くすぐったい~」

 

「え?」

 

本音ちゃんの恥ずかしそうな声に視線を下ろせば、何時の間にか髪の間を擦り抜けて本音ちゃんの背中を撫でてるMYハンド。

やっべ、気ぃ抜いた所為で背中撫でちまったい。

 

「う~……さ、触るならそう言ってよ~。ビックリしちゃうんだからぁ~」

 

「ス、スマン。態とじゃ無えんだがつい、な?あるでしょそういう事?」

 

「む~」

 

はい、そんな事ありませんよね、すいません。

 

「む~……うんしょっと~」

 

「え?あ、あのちょっ。ほ、本音ちゃん?」

 

振り向いて俺に責める視線を向けていた本音ちゃんだが、突如声を出しながら俺の胡座の間に尻を落ち着けて座り込む。

そのまま彼女は俺の体に自分の背中を凭れさせて、またもやにへら~っと笑顔を見せた。

な、何だこの状況?っていうか本音ちゃんの笑顔がベェリィベェリィキュートだよ。

見下ろす俺と、首を上に上げて反対向きの顔で俺を見上げる本音ちゃん。

両者の表情は真逆で、俺は困惑、本音ちゃんは笑顔です。

 

「にひひ~♪罰だよ罰~♪……私が満足するまで、ゲンチ~には椅子になってもらうのだ~♡」

 

「ば、罰とは人聞きの悪い事を……」

 

「知~らない♪んにゅ~~♡(スリスリ)」

 

まるで甘えん坊の子猫が自分の匂いを主人に擦りつけるかの如く、本音ちゃんは笑顔で俺の胸板に頬を擦り擦りしてくる。

あ~……さっきはいやらしい気持ちなんか微塵も沸かないって言ったけど訂正。

かわいすぎて俺自身がどうにかなりそうです。誰か助けて。

結局一夏が部屋に呼びに来るまでの30分弱、俺はひたすらに耐えて本音ちゃんの座椅子になっていました。

 

 

 


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