IS~ワンサマーの親友   作:piguzam]

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作者は暴走中。

故に偶にはスイートな話を書いても良いんじゃないかと思う。


爽やかな朝の目覚め~そして嵐の予感

 

 

 

 

『起床時間になりました。ご起床下さい』

 

「ン……ふ、あぁ~……朝、か」

 

前の晩にセットしておいたオプティマスのアラームを聞き、俺はベットに寝転んだまま欠伸をする。

ISを目覚ましって普通に無駄遣いだが、ちょっと前に目覚まし叩き壊してから新しいの買ってねぇからなぁ。

うーん……しかし、今日はやたらと布団の中が暖かい様な気がするぜ。

やっぱり季節が夏に近づいてきた影響なの――。

 

「くー……スヤスヤ……んにゅ……」

 

「……は?」

 

ベットに寝た体勢のままだった俺の耳に、かなり近い場所からくぐもった『誰か』の寝息が聞こえてくる。

しかもその発生源を辿ろうと集中した結果、俺のとは違う寝息が俺の布団の中から聞こえているのだ。

……あれ?そういえば何か……右手が重い様な。

 

ムニュッ。

 

「んッ……ひゃぁん……」

 

俺の手に伝わるムニュムニュとした柔らかく大きい物体は、何でしょう?

何やら右手の方に違和感を感じて動かすと伝わる何とも言えない柔らかさと、さっきとは違う声。

しかも何か布団の中にある右腕に、規則的な風を感じる。

まだ寝起きで冴えない頭で考えながら見下ろすと、何時もより布団の膨らみが大きい。

そこまで見て漸く把握、誰かが俺の布団に侵入してやがる。

っておい!?夜寝る時に部屋の鍵は掛けた筈――。

 

「……まさか?」

 

昨日の記憶を思い出しながら、隣にあるベットを見てみると、其処は誰も居ない。

布団は乱雑に捲られているけれども、その主の姿が無いのだ。

もうここまで来ると侵入者は誰か特定された様なモノだが、一応布団を捲ってみる。

 

「んぅ~……くぁ~……もぉ朝~?」

 

「……いや、なんでさ?」

 

そこにはやっぱりというか、俺のルームメイトである本音ちゃんが侵入していたでごわす。

俺の右腕を枕の様にして頭を置き、俺の身体に自分の身体を預ける様にして眠っていたが、布団を捲くると眠そうに目を醒ました。

おかしい、俺はまだ素敵過ぎる夢を見ているのだろうか?

何故に本音ちゃんは俺の布団の中に当たり前の様に入って寝ていたんでしょう?

未だに眠そうなトロ~ンと溶けた目をして寝転んだまま、顔を上げて見てくる本音ちゃんが可愛い過ぎです。

 

「あふぅ……おふぁよ、ゲンチ~」

 

「お、おう。グッモーニンだな、本音ちゃん」

 

「ん~。今日も~1日の~んびりいこうねぇ……」

 

「のんびりかどうかはさておいて……本音ちゃん、君は何故に俺のベットで一緒に寝てるんでしょうか?」

 

「ふぇ~?…………あ」

 

俺1人では状況がサッパリ理解出来ない。

こういう時はもう1人の当事者に話しを聞くのが一番確実だ。

だがしかし、俺が叫びたい気持ちを必死に潰しながら質問すると、本音ちゃんは目を見開いて顔を真っ赤に染めてしまう。

 

「あぅ……た、多分~ね?昨日、夜中にトイレに行ったから~……ね、寝ぼけて入っちゃったのかと~……てへ♪」

 

俺を至近距離で見上げながら小さく舌をテヘペロっとさせる本音ちゃん。

ぐほぁ!?や、やべえ可愛い過ぎだろこの子!!

 

「そ、そ、そうか……だ、だったら仕方ねぇよな、うん」

 

「あ、あはは。ご、ごめ~ん(言えないよ~。どうしても我慢出来なくて潜り込んじゃったなんて……は、恥ずかしくて言えない~)」

 

互いに顔を真っ赤に染めたまま、俺と本音ちゃんは愛想笑いをする。

朝から女の子と同じベットに寝たまま至近距離で挨拶するとか、何だこの朝チュンは?

本音ちゃんも俺と同じで段々と気恥ずかしくなったんだろう。

俺から目を逸らして再びもぞもぞと布団の中に潜り込んでしまった。

 

モニュッ。

 

「ふやん!?ゲ、ゲンチ~!?そ、そこはぁ……ッ!?」

 

「え?……え?」

 

しかし互いの視線が外れて気恥ずかしさが少し薄れたのも、束の間の事だった。

またもや俺の右手にとても柔らかいモノが乗っかり、本音ちゃんが布団の中から悲鳴を挙げる。

しかも俺の手じゃ掴みきれない程に大きい……ってちょっと待て?

手に触れてる物体に少し予想が立ってきたが、俺の意思とは無関係に俺の手は動き出してしまう。

 

モミモミモミ。

 

「あっ、や、やぁ……ッ!?お、おっぱい……駄目ぇ……ッ!?」

 

「うおぉおおおおッ!?す、すまん!!」

 

自分の意思とは関係無しに動いてしまった右手を慌てて離すと、本音ちゃんの手が布団の中で自分の胸を隠す様に動くのが分かった。

お、俺はこんな無垢な女の子に何て卑猥な事ヤラかしてんだ!?ヤバイ、マジにどうやって謝れば――。

 

「は、はうぅうぅ……ッ!?」

 

布団の中で動きながら恥ずかしそうに声を出す本音ちゃんだが、俺達のTOloveるはまだ終わらなかった。

 

グリグリグリッ!!

 

「ぬほぁああッ!?ほ、本音ちゃん駄目だ!?それ以上コッチに来ちゃいけねぇ!?」

 

「だ、だって!!ゲンチ~がお、おっぱい揉むからぁ!?(さ、触るだけじゃなくて、あ、あ、あんなにモ、モミモ……うやぁああ!?)」

 

「それでも今はコッチ来ないでくれ!!いやホントお願いします!?」

 

現在、俺がこんなにも真剣に本音ちゃんの動きを止める様に懇願してるのは訳がある。

いやもう訳どころかこれ以上はマズイ、超絶にマズイ。

本音ちゃんは俺に背中を預ける様な形で寝ていた訳だが、その体勢から身を捩りつつ後退してる。

つまり俺の体に自分のお尻をグイグイ押し当てているのだ。

何が駄目かって言えば分かるだろう、健全な男子には必ず付き物なあの現象です。

そして朝一番から感じる女の子の匂いやら柔らかさやら笑顔やら生々しさやらという強烈な刺激の数々。

 

 

 

それ即ち――。

 

 

 

――お早う御座います!!!

 

 

 

「(グググッ)ふぇ?な、何このおっきいの……ほぇ?」

 

「……」

 

 

 

MY SUN STANDING OPERATION

 

 

 

88ミリ(アハトアハト)砲!!発射体勢準備完了!!

 

 

 

マジで朝から死にたくなってきた……。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「……」

 

「……」

 

朝のベット騒動の後から、俺と本音ちゃんは終始無言状態を貫いている。

いや別にお互いに嫌いだからとかそんな理由で沈黙してる訳は無い、無いのだが……。

 

「……」

 

「……」

 

もうね?兎に角気まずいのよ。まさかこの俺がエロブルの伝道師だったとは……泣ける。

朝っぱらから互いに恥ずかしい部分が触れ合った所為で、どう対応すれば良いのか分からないんです。

あの後本音ちゃんはおずおずとベットから出てくれたんだが、俺に一切顔を見せずに黙るだけ。

でも本音ちゃんの横顔がもうトマト並みに真っ赤に染まってるから、どう声を掛ければ良いか未だに判らん。

俺も俺で顔が有り得ないくらい真っ赤なんだし、でも無言で距離を取るのもどうかと思って付かず離れずの距離が出来ている。

そんな微妙な距離感を保ったままで部屋から出て食堂に向かっているが、マジでどうにかしてくれ。

 

「お、お早う鍋島君!!」

 

「ん?お、おう。お早うさん」

 

「き、今日も頑張ろうね!?それじゃ!!」

 

食堂に向かう途中で見知らぬ女生徒から挨拶されて俺もそれに返す。

ウチのクラスの奴じゃ無かったが、誰だ?

っていうかあの子、顔色が真っ赤だった様な……。

 

「お、お早うございます、鍋島君!!い、良い天気ですね!?」

 

「あ、あぁ」

 

そう思っていたら又もや知らない女生徒にまで挨拶された。

な、何なんだ一体?あの子も顔色が赤かったし……今日は皆顔色赤がデフォなのか?

っていうか今日は完全に曇り空なんですけど?

 

「お早う。のほほんさんとゲン、ってどうした?顔真っ赤じゃねぇか?」

 

「ん?布仏もどうしたんだ?顔がトマトの様だぞ?」

 

「ッ!?よ、よう一夏、箒。」

 

「お、おはよ~しののん、おりむー。な、何でも無いよ~?」

 

と、食堂に入った俺達の後ろから一夏と箒が連れ添って現れ、俺達に挨拶してきた。

この二人は俺等と一緒で部屋が同じだからか、朝は何時も一緒に出てくる。

普段なら俺と本音ちゃんも二人に普通に挨拶するんだが、何分今はタイミングが悪い。

 

「……?もしかして、二人とも風邪でも引いてるのか?辛いなら保健室の『ベットで寝た』方が……」

 

「一夏テメェ殺されてぇのか?惨たらしく千切られてぇんだな?そうなんだなゴラ?」

 

「気遣ったら惨殺宣言!?」

 

気遣いしてくれんのは嬉しいが、その気遣い方が今は最高に憎たらしいんだよクソ。

 

「な、何でも無いったら~。そ、そそ、そ~だよね~ゲンチ~?」

 

「ッ!?お、おおおおおう!!寧ろ問題なんざ皆無過ぎて問題だぜ!?」

 

「……いや、二人共隠し事が下手過ぎでは――」

 

ガシィッ!!

 

「何でも無えったら無えんだよ箒ぃぃいい……ッ!?テメェ逆さ吊りにしてその髪の毛で掃除してやろうかぁぁあ……ッ!?箒だけに箒みてぇによぉお……ッ!?」

 

「そ、そそそそうだな!?わ、私の勘違いだった様だ!!済まないなゲン、布仏!!」

 

「おぉう……分かってくれりゃ良いんだよ……」

 

鬼気迫る表情で頭を掴み、睨みつけながら余計な事を言おうとした箒に忠告する。

そうすると箒は汗をダラダラと流しながらぎこちない笑みを浮かべて追求を止めた。

これ以上は本気でマズイと感じてくれたんだろう、良い判断だ。

あんまりしつこいと、今日の掃除当番が人間サイズの箒を清掃用具入れから発見する所だっただろう。

そうして何とか追求を交わすと、鈍感な一夏は「ま、まぁ……大丈夫なら良いけどよ」と言って話を変えてくれた。

 

「なぁゲン。今日ってやたら他のクラスの子から挨拶されなかったか?」

 

「ん?それならされたけど……もしかしてお前も?」

 

朝飯にホットドッグ5個とフィッシュサンド3個を頼みながら、俺は一夏の質問に答える。

一夏もされたのかと聞けば、一夏も日替わり朝食セットを頼みつつ、頷いて肯定した。

 

「それに、何かやたらと視線を感じるというか……」

 

「あぁ。それは俺も思った。特に食堂に入ってからは凄ぇな……どうなってんだ?」

 

出てきた朝食を受け取り、チラリと周りを見渡しながら言葉を続ける一夏に俺も同意する。

俺も一夏に倣って視線を食堂の女の子達に向けるが、さっきまで俺達を見ていた女子は俺達の動きに気付くと速攻で目を逸らしてしまう。

誰1人として俺達に視線を合わせようとはしない。

その様子を見て、俺も一夏も首を傾げながら空いてる席を目指して歩く。

 

「うーむ……敵意とか侮蔑なら分かるんだが、誰からもそんな気配はしねぇしな……」

 

「そうだよな?寧ろ何ていうか、笑顔で声掛けられたし」

 

「……何か心当たりは無いのか?2人揃って似た様な視線を向けられたり挨拶されるというのは、普通は無いだろう?」

 

「つってもよぉ、俺も一夏も3連休は外に出てたぜ?」

 

「おりむーもゲンチ~も人気者だね~……あっ」

 

「俺はそんなタイプじゃねぇんだがなぁ……って」

 

周りから向けられる視線の意味を話していたら、自然と本音ちゃんと話せていた。

普通に会話を、恥ずかしがる事も無く出来た事で、俺と彼女は顔を見合わせて笑う。

朝の空気が何時の間にか吹っ飛んじまうんだもんな。

 

「あっ。アンタ達やっぱり何時も一緒に居るわよね」

 

「一夏さん。皆さん、お早う御座います」

 

と、空いた席を探して歩いていると、鈴とオルコットに遭遇。

大きめのテーブル席に座っていたので、俺達も挨拶を返しながら自然と座る。

一夏は本音ちゃんと箒に挟まれてオルコットの横に。

そして俺は箒の隣に回って鈴の隣へ、だ。

……本当なら鈴にウェイの親っさんの事を教えてやりてぇが、親っさんとの約束がある。

神室町で頑張ってるであろう親っさんとの約束を、親っさんの思いを違える事はしちゃいけねえ。

今は言えねぇが、必ず親っさんと会わせてやろう。

とりあえず挨拶もそこそこに、俺達は自分の朝食を口に入れる。

遅刻して千冬さんに制裁食らうのはゴメンだからな。

 

「にしても、やっぱアンタ達二人共注目されてるわねぇ」

 

「まぁ……不本意ではありますが、あの様なモノが出回ってしまえば仕方の無い事かと……」

 

「あん?そりゃどういう意味だよ?」

 

「え?二人共この視線の意味知ってるのか?」

 

と、俺達が談笑しながら飯を食っていると、呆れた表情の鈴と困った表情のオルコットがそんな事を言ってくる。

何だ?何かオルコットの口振りだと、何かの所為で俺達は注目されてるって事になるのか?

俺達の聞き返しを聞いた鈴達は、何故か目をキョトンとさせて俺と一夏に視線を向ける。

 

「え、何?アンタ達自分が注目されてる意味知らないの?」

 

「もう既にご存知なのかとばかり……」

 

知る訳無ぇだろ、朝起きたらこの状況なんだぞ。

俺達が頷くと、鈴は呆れた表情でちょっと離れた席に目を向ける。

そこに目を向けると、1人の女子生徒がコーヒー片手に熱心に新聞を読んでいた。

 

「あの子が持ってる新聞。アレって学園新聞なの」

 

「学園新聞?確か新聞部が発行してるっていうヤツだよな?」

 

「そ。……アレを読んだら、アンタ達が注目されてる理由が判るわ」

 

「な、何でそんなに俺を睨むんだよ?しかもセシリアまで……」

 

「……いいえ、別に何でもありませんわ」

 

鈴は不機嫌そうに一夏を睨みながらそう言って炒飯を掻き込む。

オルコットも何故か頬を膨らませて一夏を睨むではないか。

いきなり理由も無く怖い視線に晒された一夏は狼狽して、俺に弱気な表情を見せてくる。

何だ鈴とオルコットのこの反応は?まるで一夏が他の女子と楽しそうに話してる時の様な……考えても埒が開かねぇか。

俺は気弱な表情を見せる一夏に「ちょっと待ってろ」と伝えて、件の女子の元へ歩いて行く。

 

「ちょっといいか?」

 

「……え?って!?な、なな鍋島君!?」

 

何故に声を掛けただけでこんなに驚かれなきゃならねぇんだろう?

っていうか俺が動いただけで周囲の視線の半分近くが俺に集まるのは何故?

……全ての真実は新聞の中、か。

俺はなるべく怖がらせない様に笑顔を浮かべて、その女子生徒に視線を合わせる為に少し屈む。

 

「ぶしつけですまねぇが、少しその新聞を見せてもらっても良いか?ちゃんと返すからよ」

 

「は、はい!?ど、どうぞ!!」

 

「あぁ。ありがとうな」

 

「い、いえそんな……」

 

少し狼狽えながら言葉を紡ぐ女子に笑顔を見せつつ、俺は新聞を持って一夏達の元へ戻る。

 

『は、話し掛けられちゃった……』

 

『私も新聞を持ってさえいれば……ッ!!』

 

『うわぁ……まさか鍋島君の笑顔があんなに威力あるとは……』

 

『ワークス上山さんに依頼してる魅力アップリング、まだ出来ないのかなぁ?』

 

『おい今のどういう事だ詳しく話せ』

 

何か後が騒がしい気もするが、今は新聞が先決だ。

俺が新聞片手に席に戻ると一夏が席から立ち上がり、俺の後ろから新聞を覗きこむ。

さてさて、一体何が書いてあるやら――。

 

 

 

 

 

「「――――なんっじゃこりゃぁああああああああッ!!?」」

 

 

 

 

 

開いた新聞の一面記事に掲載されていた内容を見て、俺と一夏はそろって絶叫してしまう。

食堂で騒いだらアウトとか横で本音ちゃんと箒が驚いてるとかそんな事は頭からフッ飛んでしまった。

記事の見出しはこうだ――。

 

 

 

『IS学園の生徒を救った2人の王子様!!その奇跡の瞬間を新聞部は捉えた!!』

 

 

 

その見出しに続いて、一夏が鈴を助けてお姫様抱っこしてる写真と、俺が凄い形相で扉をブッ壊してる写真が掲載されている。

記事の内容は、俺と一夏がアリーナに閉じ込められた女子を助ける為に、体を張って戦った事が書かれていた。

読み進めると守秘義務で作られたカバーストーリーの事を書いている様だ。

あの所属不明機は実験中の実験機が暴走した事にされ、それを俺と一夏、鈴が撃退した事がしっかりと書かれている。

 

『実験機による被害がアリーナの観客席へ向かわない様に危険を顧みず誘導、時間稼ぎをした織斑一夏君の行動は、見ていない場所だからこそ素晴らしい』

 

『鳳鈴音さんのサポート、そして織斑一夏君の援護は誰もが自然に取れる行動ではない。代表候補生の凄さを改めて実感させてくれた』

 

『無理を通せば道理が引っ込む。それを自らの拳で為し、恐怖に震える生徒を助けだす為なら傷つく事を厭わない鍋島元次君の男気は見事としか言い様が無い』

 

等々ベタ褒めだ。

どうやら俺があの扉をブッ潰してる時に新聞部の子が撮ったらしい。

更に次のページを捲れば、今度はあのクソISと戦ってるシーンだ。

一夏が零落白夜でクソの腕を切るシーン、鈴が衝撃砲でクソを地面に叩きつけるシーンも撮られてる。

そして俺のシーンに至っては、奴を観客席からSTRONGHAMMERで殴り飛ばしたシーンがアップで掲載されてた。

オプティマスの拳が叩き込まれてセンサーアイが飛び出してる瞬間の激写とかどうやって撮った!?

まさかあの場に新聞部の人間居たの!?

……最後の撮影者の欄に小さく黛先輩の名前が書かれてたのには納得してしまった。

 

「『爽やか+優しい笑顔の男の子&ワイルドでダーティなタフガイ。貴女ならドッチの王子様に助けられたい?』って……何だよコレは」

 

「俺が知るかよ……まぁ、俺と一夏に対する視線の原因はハッキリしたがな」

 

俺達は呆れた表情を浮かべながら新聞を閉じ、同時に溜息を吐いてしまう。

何ともまぁ……随分持ち上げてくれたモンだぜ、黛先輩。

俺は新聞を貸してくれた子にお礼を言って新聞を返し、席に戻る。

 

「……よ、良かったなぁ一夏?人気者で、しかも鈴とのツーショットじゃないか?」

 

「あ、あの箒さん?何故そんなに箸を握りしめてらっしゃるんでしょうか?折れちゃいますよ?」

 

「フ、フフフ……ライバルが増えるなぁ……あぁ。楽しみだ」

 

「箒さーん?湯呑みに罅が入りかけてますけど……」

 

うあちゃー。何か箒が暴走しかけてねぇかアレ?笑顔なのに額に怒りマーク出てるし。

まぁ1人だけ蚊帳の外で何も知らなかったんだし、のんびりしてた自分にも腹が立ってるんだろう。

兎も角これで、オルコットと鈴の不機嫌な様子の意味は理解出来たがな。

 

「う~……(ゲンチ~が皆を助ける為にしたんだから、とっても良い事だけど~……素直に喜べないよ~)」

 

っておい……何故に本音ちゃんはそんなモヤモヤした表情を浮かべてるんだ?

何か随分とモヤモヤしてる様に見えるけど……本音ちゃんが話してくれたら、相談に乗ろう。

結局、俺と一夏は大量の視線に晒されながら朝食を終えたのであった。

 

 

 

あっ、勿論だけど本音ちゃんとの何かの約束を破ったらしい鈴には、うめぼし米神バージョンを食らわせておいた。

 

 

 

「ひ、秘密は守ったのにコレかーッ!?ちっきしょぉーッ!!」とか○梅太夫みたいに叫んでたけど、まぁ自業自得だろう。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

キーンコーンカーンコーン。

 

「では、これで授業を終えます。さっきの範囲は次の授業でまたやりますから、予習復習を忘れない様に。ではクラス代表」

 

「起立!!礼!!」

 

クラス代表である一夏の号令で、俺達は全員起立礼をして先生を見送る。

今日はISの授業は座学のみだったので比較的楽な内容だった。

この後は昼休みなので、皆弁当を取り出したり学食へと向かって行く。

さあて、俺も皆と学食に行きま――。

 

「げ、元次君……ちょっと良いかな?」

 

「ん?あぁ、さゆか。どうした?」

 

とりあえず何時ものメンバーで集まろうと席を立った矢先、いつメン(死語)の1人であるさゆかが控えめに声を掛けてきた。

彼女の右足に巻かれていた包帯は、木曜日に見た時と比べて大分軽装になっている。

順調に回復している様だな、安心したぜ。

一応、朝のSHR前に会った時に大丈夫かと聞いたが、顔を真っ赤に染めて俯きながら大丈夫なんて言うんでちょっと心配してた所だ。

そんなさゆかが、両手を後ろに回してモジモジしながら、朝と変わらない真っ赤に染まった顔で俺を見つめてくる。

……ちょっとその仕草にドギマギしてるのは俺だけの機密事項だ。

 

「あ、あの、その……よ、良かったらお昼……一緒にどう、かな?」

 

「え?一緒にって、いつも一緒に食ってるじゃ――」

 

「ふ…………2人」

 

「ん?2人?」

 

何故何時も一緒に食べてるのに再確認してくるのか判らず言葉を返してしまうが、さゆかは俺の言葉に被せる様に小さく2人と呟いた。

それの意味が判らずさゆかの顔を覗き込むと、目尻に少し涙を溜めたままさゆかはゴニョゴニョと口ずさむ。

 

 

 

――ふ…………2人だけで……食べたい――。

 

 

 

「元次君と……『2人っきり』で……駄目?」

 

さゆかの恥ずかしそうな表情で呟いた言葉が、俺の中で木霊して反復する。

二人っきりで……2人?……ツー?対面?タイマン?お見合い?…………え?マジ?

それってつまり……お、俺とさゆかだけで、ご飯をって事だよな?

え?でも待て待て。ほ、他の皆は誘わなくても良い――。

 

「ほらほら織斑君!!早く食堂行くよ!!」

 

「え?ちょっと待ってくれ相川さん。ゲンがまだ――」

 

「一夏!!お前はこんな時ぐらいちゃんと空気を読め!!とっとと来るんだ!!」

 

「ねぇ布仏さん?今日は確かマダムテルカの『~卵たっぷりバウムクーヘン~』が限定販売でありましたわよ?わたくしがご馳走させていただきますから、是非ご一緒に行きましょう」

 

「ふえぇ~!?あ、あああの幻と言われるマダムテルカですかセッシ~!?で、でも~ゲンチ~も……」

 

「さぁさぁ行くわよ本音!!売り切れになっちゃうと後悔するんだから!!」

 

「う~!!ゲ、ゲンチ~!?あ~でも~!?……う~!!マ、マダムテルカ~!!」

 

何やら俺に手を伸ばしていた一夏は相川と箒に連行され、本音ちゃんは泣きそうな顔で俺を見ながら食堂へと向かっていった。

その後ろをまるで護衛するかの様に、谷本とオルコットがガードを固める。

……うん、いつメンは全員俺達を置いて行っちまった訳で、残されたのは呆然とする俺と真っ赤なさゆかのみ。

しかも期待と不安がごちゃ混ぜになった表情してるし……よ、良し。漢、鍋島元次!!覚悟を決める!!

 

「じ、じゃあ……行くか?」

 

「ッ!?う、うん……」

 

とりあえず色々と覚悟を決めてさゆかにぎこちなく笑いかけると、さゆかは嬉しそうな顔をして、俺の隣を歩く。

二人揃って特に話す事もせずに歩くので、俺達の間には沈黙が重く圧し掛かる。

な、何か共通の話題は……ってその前に飯無いじゃん俺のバカ。

 

「な、なぁさゆか?とりあえず飯を食べるなら、俺は食堂か購買に行かなきゃいけねぇんだけど……」

 

さすがに昼飯抜きは無理。

それは育ち盛りの俺に死ねと申してる事と同義なのだから。

 

「……え、えっと……その……こ……これ……(スッ)」

 

「――え?」

 

と、飯を確保したいと言った俺にさゆかが差し出してきたのは、グレーの包みに包まれた男用の弁当箱。

もう片方の手には、さゆかが何時も使ってる女子用の小さい弁当箱がある。

……こ、ここここ!?これはまさかぁぁああ!?

胸に過ぎる驚愕の思いがそのまま顔に表れ、俺はアホッ面で弁当とさゆかの顔を見比べてしまう。

するとさゆかはさっきまで以上に顔を赤く染めて、恥ずかしそうに目を瞑った。

 

「よ、良かったら……これ、食べてくれ……ますか?」

 

「お、おお、おう……あ、有難く頂く……サンキューな、さゆか」

 

「う、ううん……さ、さっ。行こう?」

 

「り、了解です」

 

さゆかの恥ずかしそうな表情と目を瞑ったまま僅かに顔を逸らす仕草に、俺も顔が赤くなってしまう。

その恥ずかしさを飲み込みながら、さゆかから弁当箱を受け取り、改めて歩みを再開する。

これってもも、もしかしなくともアレだよな!?女の子と二人っきりで、しかも女の子の手作り弁当!!

所謂アレですか!?青春のかほりがする甘酸っぱいイベントってヤツ!!

って事はもしや……お、俺にもスプリングシーズンが到来したって事なのか!?アイイェェエエエ!?(錯乱)

お、おおお、落ち着け!!ココは兎に角冷静に対処するんだ!!勝負は今夜さゆかの部屋に侵入してって違ぁあああう!?

頭の中が絶賛混乱の極みにあって無言になる俺と、嬉しそうな表情で俯くさゆか。

まぁつまり、俺達の間に会話は無く代わりにあるのは俺達を包む穏やかで甘酸っぱい空気だけ。

その空気の中、俺達はゆったりとした足取りで校舎の裏へと赴き、絶好のポイントに到着。

そこは前に俺が本音ちゃんに強請られて膝枕をしたあのベンチだ。

 

「えーっと……す、座りましょうか?」

 

「……(コクッ)」

 

何時までも突っ立ってる訳にもいかないのでそう促すと、さゆかは無言で首を立てに振り、ベンチに腰掛ける。

俺もソレに倣ってベンチに座るが、俺達の間は微妙な間隔を保った状態だ。

いや、なんとなくこの距離に落ち着いてるってだけなんだけどさ。

 

「……」

 

「……」

 

沈黙。会話無し。

これより状況を開始する。

 

「じ、じゃあ……いただきます」

 

「は、はい……どうぞ」

 

テンパりながらも食事の挨拶をして90度の礼をした俺に、さゆかは律儀にどうぞと返してくる。

かなりドキドキしながら、俺は自身の手にある弁当の蓋を外し――。

 

 

 

「お――お、おぉぉ……ッ!?」

 

 

 

そこに広がるHEVENに目を奪われた。

 

 

 

お弁当の主役に鮭の切り身とタコさんウインナーに唐揚げ。

傍に添えられるお弁当の花形とも言える卵焼き。

そしてそれ等を彩る自然の色合いに緑のキャベツとキュウリ、赤のプチトマト。

極めつけはそれぞれに味のアピールを変えた俵のおむすび。

か、感動だ……ッ!?何だこの家庭料理の詰まった家庭的な弁当は!?

まるで仕事に行く旦那が奥さんから笑顔で「お仕事、頑張って下さいね♡」の言葉と共に受け取った愛妻弁当さながらのオーラが!?

こ、コイツは是非とも早く食わねぇと……ッ!!

 

「で、では……ハグッ。ムグムグ……」

 

「(ドキドキ)……ど、どう?」

 

俺はまず手始めにと伸ばした箸でタコさんウインナーを食べ、更に俵むすびを1つ齧る。

さゆかは自分の弁当も開けずに、両手をモジモジさせながらそれを見ていた。

程良い焼き加減のタコさんウインナーと、ゆかりで味付けされた俵結び……コイツァ……。

 

「……美味え……すっげえ美味えよぉ、さゆか」

 

緩みまくった笑顔を浮かべながら、俺は次々と飯を口の中に放り込む。

久しく味わってなかった、お袋の味ってヤツを彷彿とさせられる。

あまりの感激に目尻が幸せで垂れ下がるのを止められないぐらいに……美味い。

神室町の故郷で食った飯……巌さんの業火野菜炒め、蓮さんの唐揚げ……どれとも遜色無え。

いや、寧ろ俺の中ではその全てを上回っている。

 

「ッ!?よ、良かったぁ……ッ!!……凄く、嬉しい……ッ!!」

 

俺の言葉を緊張しながら待っていたであろうさゆかは、俺の美味いという言葉を聞いて嬉しそうに笑顔を見せてくれた。

胸に手を当てて本当に嬉しそうに微笑む姿は、ハッキリ言って凄く魅力的だ。

まさかこの俺がこんなに可愛くて優しい女の子に心の篭った手作り弁当を作って貰えるとは……IS学園生活、最高、GJ。

そこからは二人して無言で、でもさっきまでと違って互いに笑顔で昼ご飯を進めていく。

どれもこれも最高に美味くて、全部食べ終えちまった時は本気で残念に思えた。

 

「……ご馳走様でした」

 

「えへへ♪……お粗末様でした♪はい。お茶あるけど、飲む?」

 

手を合わせてご馳走様と言い、洗って返そうと思い弁当箱を片付けようとしたが、さゆかに回収されてしまう。

そのまま視線を隣に向けると、さゆかが笑顔で水筒のお茶を出してくれているではないか。

さゆかさん……貴女どんだけ用意と手際と気遣いが良い事出来るんですか?

 

「……さゆか……お前、ホント良い奥さんになれるって。間違いねぇ」

 

「ええぇえッ!?お、おお、奥さんだなんて……ッ!?」

 

差し出されたお茶を受け取りながらそう返すと、さゆかはまた真っ赤になって慌てふためく。

俺だって自分が何言ってるか自覚はある。

同年代の女の子にこんな事言うなんて、ハッキリ言えばプロポーズ紛いのモノだ。

でも、これだけはちゃんとさゆかに伝えておきたかった。

 

「い、言っとくけど、これはお世辞じゃねぇぞ?……さゆかのお陰で、久しく忘れてた家族の味が思い出せた……本当に、ありがとうな」

 

恥ずかしい台詞を言ってる自覚はあるので、俺は頬を掻きながら照れ臭くなってしまう。

 

「そ、そんな♪……私は只、元次君に美味しく食べて欲しかっただけだから……♪」

 

「その台詞が自然と言えるってのが、今の女尊男卑の世界じゃどれだけ凄いか判ってるか?ただ威張るだけのアホ女共とは全然違うって証拠だぜ」

 

「あ……ありがとう♡(も、もう駄目……恥ずかしくて倒れそう)」

 

最近じゃ自分で料理出来ない、なんていう奴等も増えてきてる。

だから女は社会人になっても自立せず親の家で飯を食う、なんてのが主流らしい。

逆に結婚しない男が勝ち組と言われてる中なので、今では料理が出来る男が急増中との話だ。

それとは関係無く、ただ食べて貰う人に美味しく食べて欲しいと切に願って料理してくれたさゆかは本当に凄いな。

弁当も食べ終えて、二人で顔を赤くしながら二人っきりでお茶……まるで初々しいカップルじゃね?

さて……ここからが本当の本題だ。

 

「それでよ……何でまた急に弁当なんて作ってくれたんだ?」

 

「ッ!?え、えっと……」

 

俺がお茶を飲み干してから切り出した話題に、さゆかは思いっきり狼狽し始める。

俺はそんなさゆかを真剣な瞳で見つめながら考えていた。

もし、これが青春の甘酸っぱいイベントだというのなら……多分その、そういう事だろう。

ぶっちゃけて言うなら、俺的にさゆかは……気になってる女の1人だ。

だからこそ今日の誘いは嬉しかったし、正直、そうであって欲しいという期待もある。

さぁ、さゆかの気持ちはどうなんだろうか?

俺は少しだけ唾を飲み込みながら、恥ずかしそうにしてるさゆかに視線を向ける。

 

「そ、その……助けてくれたお礼……じゃ、駄目かな?(本当は……す、好きなのって言いたいけど……は、恥ずかしくて言えないよぉう)」

 

「助けた……あぁ、ISの時の事か?あれぐらい気にしなくても良いのに」

 

「き、気にしちゃうよ……私はあの時、本当に死んじゃうって思ったから……元次君に助けて貰って、凄く嬉しかったもん」

 

少し俯き加減で俺に視線をチラチラ向けてくるさゆかを見ながら俺は苦笑を浮かべる。

どうやら俺の読みは大外れ、勘違いも甚だしい思い違いだった様だ。

そういう男女の感情では無く、さゆかは純粋にお礼と感謝のつもりでしたと……うわー1人で暴走して恥ずかし!!

もしかしたら遂に俺にも春が!?なんてテンションあがりっぱでバンボーしてた自分を殺してやりたい。

ハァ……そうだよな、そんな簡単に俺に惚れる何てある筈も無えか。

俺ってかなりのコワモテだし、ガタイもデカイから怖がられやすいんだよなぁ。

 

「まぁ俺は気にしてねぇし、今まさにお釣りを出さなきゃいけないぐらい良いモン貰ったから、そんなに気負うなよ?」

 

「……そっちだって、お弁当1つなのに……優し過ぎるよ、元次君は……もっと好きになっちゃうじゃん。もぅ(ぼそぼそ)」

 

「ん?何か言ったか?」

 

「……何でも無い♪……ふふっ♪」

 

「んん?……兎に角、今日はホントにサンキューな。さゆか……あれ?さゆか、包帯が解けてるぞ?」

 

「え?……あっ、ホントだ」

 

やけに上機嫌なさゆかにお礼を言いつつ、何気なく下に視線を下ろすと、さゆかの足に巻いてある包帯が少し解けていた。

それに気付いて巻き直そうとするさゆかだが、やはり自分では巻き難いらしく、かなり苦戦している。

時間を確認すればもう直ぐ昼休みが終わってしまうし……仕方ねぇ。

 

「さゆか、ジッとしてろ」

 

「え?ちょ、ちょっと元次君!?な、何を……ッ!?」

 

見ているだけってのもアレなので、俺はさゆかの足元に膝を付いて、さゆかの足に触れた。

白くて細い……それでいて手触りはとても柔らかい、って煩悩よ去れぃッ!!!

頭の片隅に過ぎった煩悩を打ち払う様に首を振って視界を上げれば、さゆかが恥ずかしそうに顔を赤くしている。

 

「ちょっと恥ずかしいかもしれねーが、我慢しててくれ。直ぐ終わるから」

 

「あっ……は、ぅ」

 

不安がるさゆかを安心させる様に精一杯微笑みながら、俺は彼女の包帯を丁寧に優しく巻き直す。

まるでガラスの靴をシンデレラに履かせる為に跪いた王子の様に……例えが臭過ぎる。

普通こんな事をしたらセクハラと取られてもおかしくねぇんだろうが、千冬さんの授業に遅れるのだけは避けたい。

最近出席簿アタックの比率が減ってるから、このまま俺の数少ない脳細胞を守りたいのです。

テキパキとさゆかの足首に包帯を巻いて、止め具をほつれない様に固定。

うん、たるみも無いしこれで問題無いだろう。

 

「うしっ。ほい、終わったぜ」

 

「う、うん。ありがとう……元次君、包帯巻くの凄い手慣れてるんだね?」

 

「あー、まぁな。昔、俺が喧嘩三昧だった時に覚えたんだ。中学の頃は毎日生傷が絶えなかったからよ」

 

ちょっと意外そうな顔をして立ち上がった俺を見上げてくるさゆかに、俺は自分の後頭部を撫でながら答える。

懐かしいなぁ、こんなガタイと眼付きだからいきなりイチャモンつけられて、それを返り打ちにした日々。

一番俺が荒れてたのは中学2年の頃だっけか?何か一夏の奴が凄く落ち込んでて、千冬さんも1年近く帰って来なかった時。

今にして思えば、あの頃の俺は一夏が何故あんな顔してたのか理由を聞いても教えて貰えなくて苛立ってたんだよな。

遂にケンカサピエンスが全国制覇に乗り出すとか何とか、勝手に担ぎ上げられたもんだ。

 

「……ふふっ♪やんちゃだったんだ。やっぱり男の子だね♪」

 

「まぁ、そんなトコだけどよ……その、しょうがない子だなぁみたいな目は止めてくれ。は、恥ずかしくなってくる」

 

「えへへ……ごめんね?(照れてる……なんか、ちょっと……柴田先生の言ってたみたいに、元次君って……可愛いかも♪)」

 

だからそんな微笑ましい的な笑みは止めて下さいお願いしますから。

なにやら来た時とは逆で俺が少し気恥ずかしく思うも、さゆかも男を二人っきりという形で誘った羞恥心の余韻が残っている。

従って俺達はお互いに頬を赤く染めつつ笑顔で……来た時より少しだけお互いに距離を近づけて、教室へと戻った。

ちなみに教室に戻った俺を待ち構えていたのは、バウムクーヘンを咥えたまま不機嫌そうな顔をする本音ちゃんですた。

「ちょ~くすり~ぱ~」とか言いながら首にブラ下がって後ろに引き倒されたが、問題は無かったのでそのまま好きにさせてあげたよ。

さすがにムキになってB地区を攻撃されそうになった時は止めましたがね?

 

 

 

 

 

それとさゆかも相川と谷本に連行されて、教室の隅で真っ赤になりながら目を回していたで御座る、南無三。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

さて、時間は進み夜。

 

 

 

 

 

今日は一夏達も特訓はお休みだったので、俺は兼ねてから暖めていた計画の1つを実行する為に、今日は夕食まで整備室に篭っていた。

その計画、というかオプティマスにとある改造をしていたので、現在オプティマスは俺の手元に無い。

今も整備室に鎮座しており、明日の朝に俺が引き取りに来るのを待っている。

現在俺は部屋で1人、音楽を掛けて家から持ってきたブレンドコーヒーを片手に読書に勤しんでいた。

タイトルは『龍が如く見参!!』という、その昔居た剣豪の宮本武蔵のIFの生涯を綴った架空演戯である。

前に冴島さんから薦められた本なのだが、冴島さん曰く『俺はその本読んで技を閃いた事があるから、ゲンちゃんも試しに読んでみぃ』との事だった。

確かにこの本には宮本武蔵が使ったであろう剣技や、刀を使わない闘争術が多く記されている。

既に3つの天啓ヒートは得たが、まだまだ他の天啓は全然思い浮かばねぇ……難しいな。

ちなみに来月には『龍が如く維新!!』という新しいタイトルで、坂本龍馬のIF演戯があるらしいから是非買わねば。

 

コンコンコンコン。

 

「ん?はいよー」

 

俺はノックを聞いて本とコーヒーを机に置くとドアまで歩いて行く。

普段ならノックの後に相川達とか一夏辺りなら声を掛けてくるのだが、何も言わないトコを考えると新客だろう。

一体誰なんだろうか?

 

「(ガチャッ)はいはい。どちらさん?」

 

「私だ、元次」

 

「おりょ?千冬さん?珍しいッスね」

 

ドアを開けた先に居たのは我らがTHE BOSS、千冬さんだった。

 

「誰が特殊部隊の母だ(バチンッ!!)」

 

「痛え!?」

 

さすがは千冬さん、脳内で考えた事を以心伝心もビックリな伝達っぷりで察したらしい。

普通に俺の耐久力を突き抜けるデコピン打てるとかマジ素敵です千冬さん。

でも戦いに歓喜を覚える所とかそっくりな気がします。

 

「あたた……それで、どうしたんですか?千冬さんが俺の部屋に来るなんて初めての事でしょ?」

 

デコピンされた額を擦りながら聞いてみると、千冬さんはそこはかとなく嬉しいという感情を乗せて俺に微笑む。

 

「喜べ、引っ越しだ。やっと寮の部屋割りの調整が終わってな。布仏が別の部屋に引っ越す事になる」

 

「……そうっすか」

 

何処と無く嬉しそうな千冬さんに、俺は少し肩を落として返事を返す。

あーあ。遂に本音ちゃんともお別れかぁ……寂しく、というか癒やしが無くなるなぁ。

 

「……何だ。あからさまに肩を落としおって……そんなに布仏が良かったのか?」

 

「そりゃまぁ、一夏と一緒の方が気が楽っすよ?でも、本音ちゃんのあの癒やしオーラには敵いませんって」

 

もう、何というかアレだ。

部屋に居てくれるだけで心の荒みが癒えていくんだよ。

俺が一夏のハーレム騒動に巻き込まれる度に心を癒してくれる。

なのに、まさか騒動の種が俺と同じ部屋になるとは……ッ!!

俺の答えを聞いた千冬さんはそりゃもう見て判るぐらいに眉を潜めてフンと鼻息を鳴らす。

 

「何時迄も年頃の男女が一緒に居れる筈が無いだろうが、馬鹿者。間違いでも起きたらどうするつもりだ?」

 

「……」

 

「おい貴様何故黙る?何をやらかした?あぁ?」

 

と、俺が何も言わなかった事だけで感の鋭い千冬さんは何かあったと気付いたらしい。

かなり怒った表情で俺の胸倉を掴み、千冬さんの目線にまで下げられてしまう。

やらかしたというか今朝方に危ないシーンがあっただけです。言う事聞かん棒が暴走した偶然の未遂なんです。

 

「な、何もやらかしてませんって」

 

「何を露骨に顔を背けとるか馬鹿者が。正直に吐かなければ5分で生まれてきた事を後悔する千冬スペシャルを……ん?」

 

知らない。聞いた事無いッスよそんな奥義……って何?

とりあえず何も言い訳が思い付かなかった事で顔を逸らした俺だが、千冬さんは何かを見つけると言葉を止めてしまう。

少ししてから、千冬さんはゆっくりと胸倉を掴んていた手を離してくれた。

 

「ン、ンゥッ……そういえば、布仏はどうした?部屋に気配が無い様だが」

 

「気配って……ほ、本音ちゃんなら大浴場に行ってます。まださっき出たばかりなので帰ってくるのは遅くなるかと」

 

「ふむ……入れ違いになったようだな(……ならば好都合だ)なら仕方無い、少し待たせてもらうぞ」

 

「は、はぁ。分かりました。どうぞ」

 

咳払いした千冬さんは本音ちゃんが入れ違いになったと結論付け、部屋で待つと俺に言う。

まぁ別に問題ねぇし、久しぶりに千冬さんとゆっくりするのも良いなと考えた俺はドアから避けて千冬さんを招き入れた。

千冬さんは勝手知ったるといった感じで部屋に入ると、机に置いていた本を拾い上げる。

 

「ほぉ、見参か。随分と面白い物を読んでいるな」

 

「え?千冬さんもソレ知ってるんスか?」

 

意外だ。千冬さんはこういうのは読まないと思ってたけど。

 

「何だ知らないのか?これは格闘者や剣術家の間ではベストセラーなんだぞ?この本を読んで独自の業を閃いた武芸者が多数存在している」

 

「マジっすか?」

 

「マジだ。私も高校生の時に読んで15個の技を身に付けた。束の奴も私の動きを真似していたから奴も使えるだろう」

 

幼馴染みのお姉さん達が最強&規格外過ぎて困ってるんですけどー?誰か助けて。

懐かしそうに本をパラパラと捲る千冬さんを見ながら聞き返す。

俺は冴島さんから薦められたから買っただけだけど、どうやらその筋では有名本らしい。

店先には山の様に積んであったんだけどな。

 

「まぁ、書かれている人物が男だからこの時代では不評を買っているらしい。価値観の曇った輩には分からんだろう」

 

呆れた様に今の時代を真っ向から避難する千冬さんは、俺の使っていた椅子に足を組んで座る。

ヤバイ、ストッキングを履いた千冬さんのスラリとしながらも鍛えられた足がかなりエロげふんげふん、自重せねば。

俺も立っていても仕方無いので、家から持ってきたブレンドコーヒーをドリッパーで作りカップに注ぐ。

出来上がった湯気の立つマグカップを、俺は椅子に座る千冬さんに差し出した。

 

「はい、これをどうぞっす」

 

「ん、すまんな……シナモンローストか。苦味が少なくて飲みやすい」

 

俺から受け取ったマグカップに口を付けると、千冬さんは小さく微笑みながらコーヒーの味を楽しむ。

何時も真剣、というか普通の表情をしてるから微笑む千冬さんの笑顔はとてもレアで……とても綺麗だ。

 

「ん?……コ、コラ。ジ、ジロジロと女の顔を見るんじゃない。失礼に当たるぞ?」

 

「へへっ、すいません……でも、こんな時じゃねぇと千冬さんのリラックスした微笑みなんて滅多に見れないッスから」

 

「……フン」

 

ヘラヘラと笑いながら謝ると、千冬さんはカップに口を付けたままそっぽを向いてしまう。

残念だが今日はもうあの微笑みは見納めらしい。

まぁでも、横を向いている千冬さんの頬が赤く染まってるので、照れてる顔が見れるのは得だ。

俺もソレ以上は藪蛇になるので追求せず、新しい椅子を引き出して自分の飲みかけのコーヒーをゆっくりと飲む。

無言の俺達をコンポから流れる優しいメロディが包み込み、ゆっくりとした優しい空間を形成した。

 

「……これは、誰の曲なんだ?」

 

「これ?シェネルのFOR YOUっすね。良い曲っしょ?」

 

家から持ってきたCDのジャケットを見せながら千冬さんに笑顔を見せる。

しかし千冬さんは俺の顔を見ながら少し苦笑いしてた。

 

「確かに良い曲だ……が、お前には少々似合わんな」

 

「うわ、ひでぇ」

 

「くくっ。そう落ち込むな。曲のセンスは悪くないと言ってるのさ」

 

「落としてから上げられてもなぁ……そういえば俺が移動しないって事は、一夏がコッチに来るんスか?」

 

もしそうなら本音ちゃんが戻ってきて荷物を整理しないと、引っ越しなんて終わらないと思うんだが。

そう思って質問したけど、千冬さんは何故かさっきと違ってちょっと疲れた感じの表情を浮かべて俺を見てくる。

千冬さんがこんな表情を……もしかしてまたもや厄介事が発生したのか?

 

「いや、一夏もお前も今の部屋のままだ。はっきり言えばお前達は……いや、お前は一人部屋になる」

 

「は?い、いやちょっと待って下さいよ?何で俺と一夏を別々に分ける必要があるんスか?」

 

確か真耶ちゃんが部屋にはあんまり余裕が無いし、一人部屋なんて早々出来ないって言ってた筈なんだが……。

 

「必要というべきか……いや、どの道明日には判る事だから今言うが、実は明日転入生が1組に編入する。一夏の部屋にはソイツが入る事になってるんだ」

 

「転入生?こないだ鈴が入ってきたばっかなのにですか?」

 

この短い期間に2人目の転入生って……幾ら何でもおかしいだろ?

首を傾げながら千冬さんにソレを問えば、頷きが返ってくる。

どうやら千冬さんもおかしいとは感じてる様だ。

 

「確かに不自然だが、相手はフランスの代表候補生でな。フランス政府からも正式な転入として学園に届け出されている。ならば我々が迎えない事は出来ない」

 

「へー……イギリス、中国と来て、お次はフランスねぇ……ん?日本は勿論代表候補生が居るんでしょ?」

 

「当然だ。日本の代表候補生は4組に居る。それがどうした?」

 

「んー……俺、ちょっと思ったんスけど、毎年代表候補生って各国からこんなに集中して来るんスか?」

 

飲みかけのカップを持ったまま、千冬さんに思ったことを質問する。

知っての通り代表候補生ってのは国が選出する人間だ。

だが、それは各国に1人という訳じゃない。

何人もの候補生が鎬を削り合ってるんだが、彼女達は他国の人間。

だからこのIS学園を受けるのには相当な金が掛かるし、俺等日本人よりも倍率が高い。

そんな場所に態々政府が編入させるってのもおかしな話だ。

各国の現役国家代表に直接指導してもらう事も可能なのにな。

俺の考え、というか疑問を聞いて、千冬さんは呆れた表情で溜息を吐いた。

 

「そんな訳あるか。今の2年には2人、3年に至っては僅か1人しか居ない。今年の1年だけ人数が異常なだけだ」

 

「1年……やっぱ目的は俺等って訳で?」

 

俺の予想を想定していた千冬さんは、俺に再び真剣な表情を向けて頷く。

 

「そう、お前と一夏……2人の男性IS操縦者のデータだろう。お前達は表向きは各国共に手出しが出来ない存在だ。一夏は私。お前は束が擁護しているからな」

 

「だから同級生に紛れ込ませて、学友として引っ掛からない範囲で俺達の事を探らせようって訳ですか……学生にゃ嬉しくねぇ考え方だぜ」

 

「まぁ、それは政府の考えだろうがな。転入生の本当の所は……お前達が真の学友になれるかは、お前達の付き合い方次第だ」

 

「それもそうッスね……まっ、日本の馬鹿野郎みたいに直接モルモットとして攫え、なんてのじゃ無いだけマシですけど」

 

結局は心配するだけ無駄って事で、俺と千冬さんは話を締めてコーヒーの続きを楽しむ。

例え俺達のデータを揃えた所で、束さんですら解析出来ない事を他の科学者さん達が出来るとは思えねぇ。

あの天才兎さんが出来ない事は他の人達にゃ何十年掛かったって出来やしねぇだろう。

 

「フゥ……ご馳走様だ、元次。とても美味かったよ」

 

「そりゃ良かった。おかわりはどうッスか?他にも台湾のココーとかならありますけど……」

 

「いや、今は止めておこう……それより……」

 

千冬さんは満足そうにカップを机に置くと、何故か……少し妖艶さを感じさせる微笑みを浮かべて椅子から立ち上がる。

そのまま千冬さんはゆっくりとした足取りで俺の側まで近づくと、既に空になっていた俺のカップを回収して机の上に置いた。

……え?何?その女王様が浮かべてそうな嗜虐心と愛情の織り交ざった様な妖しい瞳は?

あれ?もしかせんでも標的って俺?捕食対象はミーざますか?

俺の野生の本能とも言える部分が警報を鳴らし、俺は腰を浮かせて逃げの体勢に入る――。

 

「おいおい元次。一体何処に行こうというの――だ!!(ブオンッ!!)」

 

「うおあ!?」

 

しかし俺には立ち上がる権利すら許されてなかったご様子。

明日への前進(逃亡)を図ろうと腰を浮かした段階で、千冬さんは一足に距離を詰めてきた。

そのまま俺の肩に手を乗せると、俺の力+千冬さんの力を使って、俺をベットの上に投げ飛ばしたのである。

ってこれは合気投げだよね!?千冬さんこんな技も使えたのか!?

 

「これは先程、見参の中身を流し読みした時に思い付いた技だ……お前の様な重量級を制するには中々便利だな。『合気の極み』と名付けよう」

 

「千冬さんチートっぷりに磨き掛かり過ぎでしょ!?」

 

「フン。天然チートと言わなかっただけまだ許してやろう」

 

どっちにしろ似た様なモンじゃん!?っていうか覚えた技を一発で使い熟せるのも大概おかしい。

良く戦えたよな、あの時の俺……今もう一度やっても勝てる気がしねぇぞ。

それどころか彼処まで善戦出来る気も全く持ってしないッス。

そんな事を考えてる間に、千冬さんは靴を脱いで俺の寝転ぶベットの上に乗ってきた。

 

「ほら、身構えてないで真っ直ぐに寝転べ。久しぶりに『アレ』をしてやろう」

 

「ア、アレって……え!?アレ!?マジっすか!?」

 

千冬さんがベットの上に乗ってくる理由がトンと判らず呆けていた俺だが、言われた言葉の意味を理解して目を輝かせる。

そんな俺を見て、千冬さんは苦笑いしながら『正座』した自分の膝をポンポンと叩いて肯定する。

 

「まぁその、なんだ……偶には良いだろう。ほら、早く来い」

 

「は、はい!!では、失礼しまーす!!」

 

俺は千冬さんの誘いの言葉に一も二も無く返事し、靴を脱いで自分もベットの上に乗っかった。

そのままゆっくりと千冬さんの膝の上に『頭』を乗せる。

そう、俗に言う膝枕の体勢な訳ですが……アレというのは膝枕の事では無くて――。

 

 

 

「うむ……あまり『自分でしていない』な?少し『溜まって』いるぞ?」

 

 

 

千冬さんは呆れた様に言いながら、俺の『大事な所』を優しい手付きで触り、中を覗き込む。

更に膝枕されている俺の耳に『ティッシュ』を抜き取る音が聞こえてきた。

 

 

 

「いやー、ちゃんとしてる筈なんスけど、やっぱ自分ではやり難いと言いますか……」

 

「まぁ、それも仕方ないか。お前のその無駄に大きい手ではやり辛いのも判るさ……良し、では始めるぞ?」

 

「お願いしゃーす♪」

 

さり気なく無駄と言われたけど、俺はそんな事を気にせず上機嫌な声で千冬さんに強請る。

あの千冬さんがこんな事ををしてくれるのはあんまり無いからなぁ。

 

「全く……現金な奴め(普通に話せば、コイツとの心地良い時間は続くものだな……柴田先生には、少しだけ感謝しておくとしよう)」

 

体中の力を抜いてリラックスしながら待つと、千冬さんの持つ『耳掻き棒』が、俺の耳の中を優しく動き始めた。

そう、アレとは皆さんご存知『耳掃除』の事である。

これがまた信じられないかも知れないが、千冬さんの耳掻きは極上に気持ち良いのだ。

家事、洗濯、掃除が全く出来ないというのは、千冬さんに親しい人間なら誰もが知ってる。

だがしかし、千冬さんは耳掃除だけに関しては俺の知ってる人間の中で誰よりも上手い。

優しく痛く無い様に、それでいて丁寧に掃除してくれるから、俺は千冬さんに耳掃除されるのが堪らなく好きなのだ。

カリカリというこそぐ音が耳の中で鳴る中、俺は千冬さんのしなやかで鍛えられながら、それでも女性の柔らかさを損なわない膝枕を堪能。

まさに極上にして最高の気分だ。

 

「あぁ~……気持ち良いッス……やっぱ千冬さんって上手っすよぉ……」

 

「ふふっ。あまりだらしない声を出すな……お前も存外、甘えん坊じゃないか」

 

「違いますって。千冬さんが巧すぎるのがいけないんス……おぉぉ~……そこ、最高……」

 

「やれやれ……ここか?」

 

「OH~……ファンタスティック……何で一夏はこんな気持ち良い事を嫌がるんスかねぇ~」

 

天国夢見心地の中、俺は一夏の耳掻き嫌いの事を千冬さんに問う。

そう、何故かアイツは人に耳掻きをしてもらう事を極端に嫌っている。

前に弾が一夏への女子力アピールだとか言って鈴と蘭ちゃんを焚き付けた時、一夏は青い顔で逃げ出したんだ。

さすがにあの行動には俺達全員の目が点になったが、とりあえず俺と弾で捕獲。

俺は鈴に命令されて渋々だが、作戦を推奨した弾は蘭ちゃんに涙目で睨まれて必死だったっけ。

そんで一夏を引っ捕えたは良いが、アイツ普段は見せないマジな表情で頑なに嫌がってたな。

一体アイツに何があったんだか。

 

「さ、さてな?……ア、アイツにも苦手なモノがあるという事だろう、そっとしておいてやれ。な?」

 

「まぁ、別に無理強いするつもりは無えッスけど……」

 

「ならこの話はお終いだな、うん(私が……お前に喜んで貰う為に一夏の耳から血が出るまで練習した所為だ、等と言えるか)」

 

ホント、こんなにも極楽な事なんてそう無いのになぁ。

耳掻きを他人にして貰うのが嫌だなんて勿体無さ過ぎるぜ、兄弟。

まぁそれに……。

 

「コレを千冬さんが得意なのは、今の所誰にも教える気は無えッスよ……俺だけの特権って事で。へへっ」

 

「なっ!?……な、何を言い出すか、馬鹿者(ゴリッ!!)」

 

「あ痛ぁ!?」

 

少し茶目っ気を籠めてそう言うと、千冬さんはちょっと怒り気味に耳掻きの力を強くして俺の耳の中を掻く。

その痛みに少し身を捩るも、次からは普通にしてくれたので、再び体の力を抜いた。

ちくしょう、ちょっとした冗談だってのに、そこまで怒らなくても良いと思うんだがなぁ。

 

「……要らん心配をしおって(ナデナデ)」

 

「え?……あ、あの、千冬さん?」

 

そう思っていると、俺の頭にフワリと手が乗せられ、その柔らかい手は優しい手付きで俺の髪を撫で始めた。

言うまでも無くその手の主は千冬さんで、この前千冬さんに撫でられた時の様な胸の奥が暖かい気持ちが沸き上がってくる。

 

「……心配せずとも、こんな事をお前以外の男にする気は無いさ」

 

「千冬さん……」

 

「ほ、他にしてやりたいと思う関係の男は居ないからだぞ?……ブリュンヒルデからの奉仕、有り難く堪能しろ。良いな?」

 

「は、はい……目一杯堪能しまッス」

 

「ん。よろしい」

 

優しい手付きで撫でながらそんな事を言ってくる千冬さんに、俺は少し上擦った声で返事した。

いやだって、千冬さんが嫌ってるアダ名を使ってまでこんな嬉しい事言ってくれるんだぜ?

しかも俺以外にはしないなんて……特別扱いされてるのがこんなにも嬉しいとは……。

ブリュンヒルデ……世界最強の女の奉仕、か……そこはかとなくいやらしい意味に解釈しそうになるのは男の性。

 

「ふむ……良し、仕上げに……(ポンポン)……ほら、コッチは終わりだ」

 

「……はぁ~、スッキリしたぜ」

 

そして、俺の耳の中が満足いくまで綺麗になったと判断して、千冬さんは耳掻きの綿の部分で俺の耳の中を綺麗にして終わりを宣言した。

うおぉ……ヤベェ、耳がスッキリして気持ち良い……やって貰ってる最中も天国だったぜ。

 

「ふふっ。まだもう片方が残ってるぞ。早く反対を向け」

 

「うぃ~っす。コッチもお願いしま~す」

 

本音ちゃんの様に間延びした声でお願いしながら、俺は反対、つまり千冬さんの方に向き直って再び膝に頭を乗せる。

 

「やれやれ、そう腑抜けた声を……ん?……ッ!?」

 

「……どうかしたんスか?千冬さん?」

 

「んッ!?い、いやいや!!な、何でも無いぞ!?……元次、私が良いと言うまで顔を上げたり下げたりするなよ?わかったか?」

 

「へ?ま、まぁ耳掻きしてもらってる時に頭動かしちゃ不味いっすもんね?動かずにいますよ」

 

「な、なら良い(だ、大丈夫だ。スカートの中はこいつの位置では絶対に見えない。落ち着け)」

 

何やら急に狼狽え始めた千冬さんだったが、深呼吸をして直ぐに気を落ち着けて耳掻きを開始してくれた。

一体どうしたんだ千冬さんは?何か気になるモノでもあったんだろうか?

千冬さんが焦った原因を知りたい所だが、千冬さんと約束したので俺は動かず静かにジッとする。

しかし……千冬さんの膝枕も気持ち良すぎる……こんな枕があったら買い占めてる所だ。

 

「……気持ち良いか?」

 

「はい……もうホント、これは病みつきになっちまいますって……」

 

「そ、そうか(人の気も知らないで呑気な……ま、まぁこの感じなら何も問題は……汗臭く無いよな、私?)」

 

己の全てを千冬さんに委ねている時間はゆったりと過ぎたが、等々この心地良い空間も終わりを告げた。

最後の綿を使ったポンポンも終わり、千冬さんは耳掻きを俺から遠ざける。

そして最後に千冬さんから「お、終わったぞ」とお言葉を頂いたので、俺は自分の体を引き起こした。

 

「はぁ~……有難う御座います、千冬さん。最高に気持ち良かったッス」

 

「う、うむ。ま、まぁこれからも偶にしてやろう……偶に、だぞ?そんなに頻繁にはしないからな?」

 

俺が笑顔でお礼を言うと、千冬さんは何故か少し赤くなった顔を横に背けて横目に見ながらそう言ってくる。

顔を起こした位置、つまり千冬さんと超至近距離で見つめ合いながらそんな仕草を取る千冬さんに、俺の胸がドクンと高鳴った。

な、何だ!?酒も飲んで無い状態なのに千冬さんが可愛く見えて仕方が無――。

 

「(ガチャッ)ただいま~なのだ~♪」

 

ドンッ!!バガァアアンッ!!!

 

「はひゃあ!?な、何の音って織斑先生~!?な、何でゲンチ~のベットの上に――」

 

「――(チーン)」

 

「ふわぁあああ~!?ゲ、ゲゲ、ゲンチ~!?しっかりしてぇ~!?」

 

「――ハッ!?す、すまん元次!!大丈夫か!?」

 

おかしいな?千冬さんが可愛く見えてたのに、何で俺は吹き飛ばされてんだろう?

急にドアが開いた音がして、本音ちゃんのホワホワした声が聴こえるなーとか思ってたら、千冬さんに突き飛ばされたで御座る。

只の突き飛ばし?いえいえあの千冬さんですよ?

その威力たるや、90キロ台にいる俺の体をスッ飛ばして壁に叩きつける程にゴイスーですた。

余りの勢いとダメージに、一瞬声が詰まって呼吸も止まる。

そんな感じで沈黙していた俺に心配そうな表情で駆け寄ってきてくれる本音ちゃんと千冬さん。

傍から見たらハーレムなのかな、コレ……あんまり嬉しくねぇ。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「ふえぇ!?ひ、引っ越しですか~!?」

 

「うむ、何時迄も男女が同部屋では学園としても問題があるからな。急ですまんが布仏は今から別室に移動してもらう」

 

「そ、そんにゃ~……グスン」

 

先程の一幕から俺が回復して直ぐ、本音ちゃんは千冬さんがここに居る理由を質問し、千冬さんは本音ちゃんに引っ越しの話を伝えた。

しかしそれを聞いた本音ちゃんは目尻を悲しそうに垂れさせて本気で落ち込んでしまう。

もしかして本音ちゃんも俺と同じ部屋のままが良かったのか?……やべぇ、凄く嬉しいんですけど。

だがまぁ、確かに千冬さんの言う通り、交際してない男女が同部屋ってのも無理があるよな。

千冬さんも学園の仕事として言ってるんだし、この決定を覆す事は出来ない。

 

「……ど、ど~しても駄目ですか~?」

 

「駄目に決まっているだろう布仏。余り我儘を言うんじゃない」

 

「で、でも~でも~……グス」

 

ぬあぁ!?本音ちゃんの涙腺が決壊しそうに!?

 

「ま、まぁまぁ本音ちゃん。そんなに泣かなくても良いじゃねぇか?」

 

「……ゲンチ~は、私と一緒じゃ嫌なの~?」

 

慌てて泣きそうな本音ちゃんを慰めようと笑いながら声を掛けると、今度はその泣きそうな瞳で俺に訴えかけてくる。

その潤んだ瞳を見て「もう一緒に住んじゃおうか?」何て言いそうになるも、千冬さんの射殺さんばかりの眼力でギリギリ留まった。

アカン、その目はあきませんて千冬さん、本音ちゃん。

意味合いは違えど俺にとっては最終兵器並みに危うい視線ですがな。

ここで軽い事は言えないし、千冬さんの言葉は学園の決定だから覆す事は出来ない。

従って本音ちゃんのお願いは叶えてあげられないのだ。

 

「い、嫌な訳無えって。でも、やっぱ年頃の男女が付き合っても無ぇのに一緒に居るのは、世間的に不味いし……」

 

「ぐす……ぐす……」

 

今にも溢れそうな涙を我慢しながら、本音ちゃんは俺の言葉に耳を傾けている。

俺はそんな本音ちゃんの頭を何時もの様に優しく撫でながら、言葉を紡いでいく。

 

「それに、千冬さんも学園の決定を守らない訳にゃいかねぇからさ。やっぱ教師なんだしよ……それは判ってくれるよな?」

 

「ぐす…………うん」

 

「だからよ、また何時でも遊びに来てくれ。若しくは俺が本音ちゃんの居る部屋に遊びに行く。それじゃ駄目か?」

 

少しづつ涙が引いていく中、本音ちゃんはシュンとした表情で俯いてしまう。

でも、本音ちゃんだってちゃんと判ってくれてる筈だ。

この子はほんわかしてるけど、そういう大事な事は守れる子だし。

それとも……あれか?こうまでして本音ちゃんが駄々捏ねてるのは、もしかして俺の事が好――。

 

「……お、お菓子とか、ご飯……また作ってくれる?」

 

あ、そこなんだ。本音ちゃんがぐずってた理由って……少しでも期待した俺が馬鹿でした。

 

「おう。また何時でも言いな。この鍋島シェフが腕を奮うぜ?」

 

落胆した自分を気付かせない様に、俺は冗談っぽく本音ちゃんに言い放つ。

ほんわかしてるけど、本音ちゃんって時々サイコメトラー並に鋭いからな……自爆した恥ずかしい思いは気付かないで。

 

「ぐす……分かったよ~。織斑せんせ~。今から荷造りしま~す」

 

どうやら本音ちゃんも納得してくれたらしく、涙を引っ込めて何時もの笑顔を見せてくれた。

 

「では私も手伝おう。二人でやれば直ぐに終わる」

 

「それじゃあ俺も手伝いましょうか?荷物運びとかの力仕事なら役に立ちますぜ?」

 

「無論、最初からそのつもりだ」

 

「あ、さいですか」

 

俺が気を使わなくとも、最初から俺が手伝う事は決定していた様です。

まぁさすがに女の子の荷物を覗く訳にはいかないので、荷造りが終わるまで俺は部屋の外に出ていた。

その後は重たい荷物から順に運び出して、本音ちゃんの新たな住居の前に置いていく。

部屋の中には本音ちゃんの同居人が休んでるそうで、部屋の中には千冬さんが荷物を入れてくれた。

一番量が多かったのはぬいぐるみの類だったのは本音ちゃんらしいな。

 

「よっと……これが最後の荷物な」

 

「えへへ~♪手伝ってくれてありがとう~ゲンチ~♡」

 

「何の何の。これぐらいならお安い御用だ」

 

何時もの着ぐるみパジャマで笑顔を浮かべながらお礼を言ってくる本音ちゃんに、俺はムンと力こぶを出したポーズで答える。

パワータイプを舐めちゃあいけねぇ。

重量があったのは教科書ぐらいだしな。

 

「私がまた、遊びに行きたくなったら~……その時は、お菓子の用意を忘れちゃ嫌だぞ~?」

 

「ははっ。了解。常備しときます」

 

「よろしい~♪じゃあ、おやすみね~♪」

 

「あぁ、おやすみ本音ちゃん」

 

最後にお休みの挨拶をして、本音ちゃんは新しい部屋へと消えていった。

 

「さて、それでは私も部屋に戻る。お前も早く寝るんだぞ」

 

「はい。お休みなさ……あっ、そういえば一つ聞きたかったんスけど……」

 

「ん?何だ?」

 

千冬さんも部屋に戻ると言って歩を進めるが、俺はついさっき気になった事を聞く為に千冬さんにストップを掛ける。

ホントだったらもう少し早く聞くつもりだったが、千冬さんの突き飛ばしですっかり忘れてた。

 

「一夏の部屋に転入生が入るって言ってましたけど、その子も女子なのに同部屋にしちゃ不味く無いっすか?」

 

そう、俺が聞きたかったのは一夏の同部屋の相手の話だ。

女子である箒と本音ちゃんを部屋移動させたのにまた女子が入っちゃ本末転倒だと思うんだが。

そういった意味も籠めて質問すると、千冬さんは何故か苦い顔を見せてくる。

 

「……理由は明日の朝に分かる。だから今日はもう寝ろ」

 

「はぁ……まぁ、千冬さんがそう言うならそうしますけど」

 

「それで良い。ではな」

 

最後に短く挨拶をして、千冬さんは寮長室へと引き上げていった。

俺も千冬さんの去った方向から視線を外し、自分の部屋へと戻る為に足を進める。

しかし千冬さんの言い方は引っ掛かる。

何で俺達を引っ越しさせた後で一夏を女子と相部屋にさせるんだ?

それじゃ本音ちゃんと箒が移動した意味がまるで無くなってしまう。

他に考えられる理由としては……。

 

「転入生は『3人目の男性操縦者』?……まさかな」

 

頭に過った予想をバカバカしいと振り切る。

確かに俺の時の様に、政府が転入までの生活を考えてソイツを秘匿する可能性もある。

でも、千冬さんの話では転入生はフランスの代表候補生らしい。

時間を逆算しても、いきなり代表候補生になれる様な凄腕の男が居るなんて考え難いしな。

……もしこれが日本とかだったら、もしかしたら冴島さん?って考えもあったけど。

っていうかそうなると冴島さんが俺達みたいな白い学生服着て一緒に勉強?……この話は止めよう。

まぁ兎に角、明日になればこの問題の答えは分かるんだし、今日は早く寝よう。

オプティマスも取りに行かなくちゃいけねぇしな。

 

 

 

結局、俺は明日の転入生についての考察を止めて、部屋へと戻るのだった。

 

 





うん、良いスイーツ(笑)

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