IS~ワンサマーの親友   作:piguzam]

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はーい。まずは注意事項になりまっす。

前書きに書くのもおかしいけど後書きはきちんと読んで下さい。

主人公が最強過ぎて引きます。


パワーインフレ?とかの細かい事は気にしちゃイヤン♡


だってこれ、短編みたいなものですからwww


IF物語~世界感チェンジ~前編(真剣で私に恋しなさい)

もしも鍋島元次の生まれた世界がISじゃなかったら?

 

 

その第二弾~~~。

 

 

 

 

…………ヒロインを選んで下さい。

 

 

 

 

 

 

  ?????

 

 

 

  ?????

 

 

 

  ?????

 

 

 

  ?????  

 

    

 

 →?????

 

 

 

 

 

――○○ルートが選択されました。

 

 

 

 

 

神奈川県関東の南に位置する政令指定都市。

 

 

 

人口は全国第9位。市の北端には多馬川が流れ東京都との境となっており、東部には東京湾が広がっている。

江戸時代から栄えていた歴史ある街で武士の屋敷も多く、馬が多い事から川に多馬の名前がついた。

古くからの閑静な住宅地が多いが、ここ数十年で川神の駅前付近は東京との近さから一気に近代化の熱に覆われる。

その近代開発によって若者の街と言われるようになり、駅前周辺は昼夜を問わず人が多い。

駅から離れた多馬川沿いの低地は、のどかな田園風景が広がるが東京湾岸に広がる埋立地は大規模な重工業地帯となっているなど多様な面を見せる。

 

 

 

――名を『川神市』と言うこの街。

 

 

 

「はっはっは……ッ!!さぁ、私と心ゆくまで戦おうじゃないか!!」

 

「……はぁ」

 

その街の多馬川の上を通る多馬大橋、通称『変態の橋』とも呼ばれる橋の下で、一組の男女が向かい合っていた。

向かい合うと一口に言っても、逢瀬や逢引といった胸にキュンとくる甘酸っぱい雰囲気など欠片も無い。

2メートル程の間隔を空けた間合いで睨み合う二人は、さながら武術の立会いの如き雰囲気に包まれている。

特にこの場で巨大な闘気を発しているのは、獣の様にギラついた瞳を細めて不遜に笑う、黒髪の美女だ。

均整の取れたボディラインでありながら、男なら涎垂ものの自己主張が激しい女の身体。

およそ武術をしている人間とは思えない魅惑的な身体をした美少女だが、それはこの少女には適応されない。

 

彼女を語る上で必ず出てくる言葉が「 強すぎる 」ということだ。

 

その拳は天を割り、蹴りは海を裂く、とまで言われる。

 

実家は世界中の格闘家から畏敬の念を籠めて崇められ、日本が誇る武術の総本山と呼ばれる『川神院』。

 

お飾りや親の七光り等では無く、堂々実力で次期総代と呼ばれてもいる。

 

彼女が一度ビームを放てばその光線は宇宙空間にまで達し、その異常現象を観測したNASAは後日「なんだMOMOYOか」と発言。

 

 

 

最早すべてのスペックが人類を逸脱。

 

 

 

他を寄せ付けない余りの圧倒的な強さ故に、彼女はこう呼ばれていた。

 

 

 

 

曰く、武の神――『武神』――。

 

 

 

世界最強の武神、川神百代、と。

 

 

 

 

その武神がこうまで意気揚々と戦意を滾らせているのは、目の前の男が放つ威圧感が故である。

身長は2メートルに近く、身体の線は最早人間のそれを大きく超えた規格外の筋肉に覆われた野性味溢れる体駆。

もう視線で人を殺せるんじゃないかと思える鋭い瞳。

そして何より目立つのは――左の口元から頬に至るまで刻まれた、長く太い裂傷。

それを無理矢理糸で縫合した事で生まれた、唇から続く長い傷跡を刻んだヤクザ顔負けの強面フェイス。

初対面なら気絶して泡すら吹くであろう強面な男の名は『鍋島元次』という。

幼い頃に関西の方へ引っ越した元次は高校入学を機に、転校生という形で川神の地へと舞い戻った。

そして今日がその初登校であり、また自分の顔を怖がられてハブられるんだろうなと、微妙に憂鬱気味な朝だった。

そんな思いを抱えて若干落ち込みながらの登校中、目の前の武神に声を掛けられたのが運の尽き。

 

「……いきなり戦え、なんて言われても困るんスけど?えーっと……川神先輩?」

 

「良いじゃないか。お前の放つ威圧感が、私の戦闘本能を刺激して仕方無いんだよ。お前も武闘家なら逃げるなんて事はしないだろう?」

 

「……はぁ」

 

この土手の下に連れて来られてから、戦えという願いを却下するも、百代はその言葉を受け入れない。

自分勝手な女だな、と元次は密かに苛つきを感じていた。

そして元次は、もう一つ別の苛つきの原因に目を向ける。

観客は彼女の仲間であろう7人の男女のみで、凡そ普通なら目を合わせたくもないであろう男に百代が喧嘩を売っている場面に立ち会っている。

普通なら必死に元次へと突っ掛かるのを止めている所であろうが……。

 

「あーぁ。モモ先輩完全に殺る気じゃね?」

 

「仕方無いよキャップ。ガクトよりも強そうな男って、ウチの学園にはそうそう居ないんだし。それ以上かもって思える男を見つけたら、こうなっちゃうって」

 

「まっ。男子連中なら、俺様のパワーが一番だって自負はあるけどよ……それでもモモ先輩に比べたら、俺様でも全然歯が立たねえってのに……あいつ、可哀想になぁ」

 

「姉さーーん!!ちゃんと手加減してあげなよーー!!」

 

男子連中に至っては、苦笑しながらそんな事を言うだけで止めようとすらしない有り様だ。

女子はどうも男子以上に武の力があるらしく、百代と同じで元次がどれぐらい強いのか興味津々といった具合である。

 

「っつか、俺は武術家じゃ無えっすよ?武術も習ってないトーシロに、武神なんて言われてる人が戦いを挑むってどうなんスか?」

 

この場に於いて自分を助けてくれる人間が居ないと理解した元次は、怒る気持ちを何とか抑えて百代に言葉を説く。

元次からすれば、初登校の日にこんな事をしてる場合では無いという事情があった。

この川神の地に戻ったのは、自分の大事な人に会う為。それだけなのである。

自分の顔にこの裂傷を刻んだ原因の事件……その事件の渦中に居た少女が元気にしているのか?

只それだけが知りたくて……たった一目、見たくて。

その為にこの地へと訪れた元次の行く手を阻まれ、元次は怒りをドンドンと増幅させてしまう。

そんな元次の心境を悟ってか知らずか、百代の方が先に我慢の限界に至った。

 

「何、安心しろ。これは試合じゃない……これは――」

 

「ッ!!」

 

「只の!!先輩と後輩のじゃれあいだ!!川神流、無双正拳突き!!」

 

言葉を発しながら、百代は常人の理解を超えたスピードで踏み込み、元次の眼前に現れる。

突然の行動に驚いて目を見開いた元次に、百代は獰猛な笑みを浮かべて、言葉と共に拳を放った。

一瞬で膨大な数の突きを見舞う、某白金の星と同じ様なオラオララッシュ。

この無数の打撃を、ポケットに両手を入れて突っ立っていただけの元次に躱せる筈も無く、元次はその連打をモロに浴びてしまう。

痛々しい等という表現すら生温い、正に鉄を殴った様な轟音が、元次の体中から鳴り響く。

この光景を見て、彼女の仲間である風間ファミリーの男子の面々は驚きに目を見開いてしまう。

何時もはどんな対戦相手でも……百代は自分と同じ人外の領域に達した『壁越え』の相手でも無い限り、初見でこんな大技を使った事が無い。

それを、今日転校してきたばかりだという後輩に向けて遠慮無く使うなんて。

サッと男子達の顔から血の気が引いていく。

これは、対戦相手の男子が死んだんじゃないかという思いでいたのだが……。

 

「……」

 

「……ク、ハハハ……ッ!!一体どんな躰の構造をしてるんだ?全く私の攻撃が効いていない上に、まさか――」

 

しかし、風間ファミリーの面々の目の前に広がる光景は、想像とは決して相容れない光景だった。

信じられない事に、元次は百代の拳を受けても微動だにせず、その場に突っ立っている。

それどころか、心底面白いという表情を浮かべた百代が手を見える様に翳し――。

 

「殴った私の手が、こんな風になるなんて思わなかったぞ?こんな事、初めての経験だ……痛くて仕方ないじゃないか」

 

「んなぁ!?」

 

「う、嘘?……モモ先輩の手が……」

 

その美しい手の拳が裂けて血が滴り落ちてる光景に、絶句してしまう。

しかも手首の向きもあらぬ方向を向いてしまってる事から、骨が折れてる。

そんな光景を、風間ファミリーのメンバー達は一度として見た事が無かった。

呆然とする彼等を他所に、元次は溜息を吐きながら首を左右に傾けて骨を鳴らす。

 

「(ゴキッゴキッ)……そんな手じゃもう無理でしょ?もう止めましょうや?……これ以上はしゃぐってんなら、俺も……笑ってられなくなっちまうんで」

 

暗に、これ以上戦るなら自分も黙ってはいないという言葉を伝えながら、元次は目を細める。

何より拳の骨が折れてる女を相手に暴れたくないというのが元次の偽らざる本音なのだが……元次の言葉に対して、百代は増々笑みを深める。

 

「んん?手がどうしたって?」

 

「……」

 

元次の停戦の言葉に対し、百代は挑発でもって応える。

更に彼女の折れていた筈の骨や、裂けていた筈の皮膚が百代の言葉と共に回復していく。

普通何ヶ月と掛かる筈の怪我が一瞬にして治るという、この異常な現象。

これこそ、川神百代を武神たらしめている最大の要因といっても過言ではない技、『瞬間回復』である。

瞬間回復とは文字通り、自身が負ったダメージを一瞬にして回復することが出来る荒業だ。

かなりのダメージでも瞬時に回復が可能で、百代自身の気がある限り回復し続けることが可能。

百代自体はこの技が無くとも充分に強いが、この技があるが故に、技の攻防が荒くなってしまってるという弊害も生まれている。

百代は1回の戦闘で30回くらいは使用できるが、 エネルギーの消耗自体は激しいので並の達人では1回使っただけでもヘトヘトになってしまう程の絶技ともいえる。

 

「こんなにワクワクするのは揚羽さんと戦った時でもそう無かった、初めてなんだ。なぁ、もうちょっと付き合ってくれよ。美少女からのお願いだぞ~」

 

「……ーシに……」

 

「ん?」

 

自らの全てを存分にぶつけられるかもしれない未知の強敵を前に、百代のテンションは荒ぶっていた。

もう家庭の事情等で武術の道から遠のき始めている嘗てのライバルの1人、九鬼揚羽と戦った時以来の昂ぶり。

……それが、元次の心中に気付けなかった最大の原因なのかもしれない。

小さく聞こえた呟きに冷静さを少し取り戻した百代は目の前に立つ元次に目を向け――。

 

 

 

「――チョーシにノッてんじゃあねぇぞぉおおおおおおッ!!!!!」

 

『――GUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!』

 

 

 

「「「「「ッ!!?」」」」」

 

背後にまるで『鬼』の様な巨大な存在を幻視させる、怒りに燃える元次の姿を見たのだった。

全身が緑色の肌をしていて牙の生えた口を大きく開き、黄色い傷跡が幾重にも奔るその存在は、まるで筋張ったメロンにも見える。

しかしその巨大な体躯に比例した威圧感は、まるで此方の躰を押し潰そうとしている様だ。

赤く光る丸い目に睨まれる事で背筋を昇るゾクゾクとした悪寒が氷の様な冷たさを感じさせ、躰の動きを奪っていく。

それは、紛れも無い『恐怖』……生物が原初から持ちうる、消える事の無い感覚だ。

その恐怖という感情は百代では無く、観戦していた風間ファミリーのメンバーに著者に現れた。

 

「な、なんだよ、あれ?……」

 

「ひ、ひ……」

 

「こ、こんな……足が竦んで……立て、ない」

 

「……ッ!!」

 

男子のメンバーは腰を抜かして怯えた表情を浮かべながら、目の前の化け物を見てガタガタと震える。

一方で男子達よりも強い女子のメンバーは男達程ではないが、地面に膝を付いて立ち上がれない者と、そうでない者に分かれていた。

この風間ファミリーのメンバーに於いて、百代以外に壁越えの実力を持つ少女、黛由紀江。

彼女だけは、鞘に収めていた日本刀を抜き放ち、強い眼差しで元次を見据えている。

怒りのままに百代を見据えていた元次だが、そんな死屍累々とも言える風間ファミリーの状況を見て、舌打ちを一つ零す。

 

「……ちっ」

 

その舌打ちと共に、元次の背後に佇んでいた化け物の姿が消え、場を支配していた重圧が消え去る。

同時にファミリーのメンバーの躰も正常を取り戻し、皆大きく息を吐いた。

 

「ッ!?はぁ、はぁ……ッ!?」

 

「ッ!?お前ら大丈夫か!?」

 

「はぁ、はぁ。ね、姉さん……今のは、一体――」

 

「……何故、『威嚇』を止めたんですか?」

 

「あ?止めるに決まってんだろ。そこの武神さんやお前さんはあの程度の威嚇じゃビビんねぇし、かといってあれ以上やったら後ろの人達が耐えらんねえ」

 

「……い、威嚇?」

 

地べたに倒れる自分達に駆け寄って、気付けの気を送り込んでくれる姉貴分に感謝しながら、風間ファミリーの軍師である直江大和が疑問を零す。

やがて、ファミリー全員の気を落ち着けた百代は再び元次の前に立ち、未だに真剣を構えたままだった由紀江が大和の疑問に答えた。

 

「パントマイムとかのものまねの芸と同じです。一流のパフォーマーは重みの無い物を持つ様な演技で、観客に存在しない筈の『物』を錯覚させますよね?」

 

「あ、あぁ……」

 

「私達が見たのは、それと同じです」

 

由紀江の質問返しに対して、大和はファミリー全員を代表して相槌を打つ。

無い筈の物を連想させる……つまりは錯覚や幻視の種。

それこそが、今の化け物の正体なのだと、由紀江は大和に伝えた。

 

「つまり、さっきの化物は私達の『想像』そのものなんです。あの人の圧倒的な威圧のクオリティーの高さにあの化物を連想させられ、それがダイレクトに伝わって来たイメージが、あの化け物の正体なんです」

 

その真実に、大和達は再び絶句してしまう。

今自分達が見た化け物は、元次の放つ威圧感で想像させられたイメージなのだという事に。

あの圧倒的な質量や聞こえてきた唸り声に至るまで、全てが元次の放つプレッシャーによって自分で描いてしまった妄想の産物だ等と、とんでもない事だと誰もが分かる。

それだけの事を、目の前の男は呼吸をするかの如く平然とやってのけたのだと。

 

「まさか、殺気だけであんな化け物を見せられるとはな……そんな奴、ジジイ以外で初めてだ」

 

「そうっすか……で?まだ戦るってんで?」

 

「……大和、お前達は先に行け。こいつの威嚇が届かない場所まで、な」

 

「ッ!?あ、あぁ。わかったよ姉さん」

 

「さて、これで心置き無くやれるだろ?もう胸が疼いて仕方が無いんだ……恥ずかしいけど、私の気持ち、受け取ってにゃん♪」

 

「気持ち、っつか拳じゃねえか……面倒くせぇ女だな」

 

「そんにゃ。ひどいにゃん♪」

 

「そこまで!!」

 

そして、再び始まろうかという場面で、1人の老人が姿を現す。

長い口ひげを蓄えた小柄な老人は厳格にして体格からは想像も出来ない程に鋭い声で、この場に割って入ってきたのだ。

 

「そこまでじゃ。この決闘、川神院総代の儂、川神鉄心が預かる」

 

「な!?おいジジイ!!そりゃないだろ、空気読めよー!!」

 

「下がらんかモモ!!お主、また派手にやりおって!!お主こそ少しは次期総代として自覚を持たんかぁ!!」

 

「仕方無いだろ!!男でここまで強そうな奴が普通に歩いてるんだぞ!?最近フラストレーション溜まってたから我慢出来なかったんだよ!!」

 

「お主はもう少し我慢を覚えんかい!!精神鍛錬をキチンとせんからじゃ!!」

 

普通に老人とその孫娘の会話にしか聞こえないが、この間に何百発という拳や蹴りの応酬が行われている。

超人家族の話し合いと家族喧嘩はこれがデフォルトなのだ。

そんな感じでブッ飛んだコミュニケーションが行われる光景を見て、元次は重い溜息を深々と吐く。

自身の記憶の引き出しを引けば、川神鉄心という老人は自分がこれから世話になる川神学園の学園長の名前だったな、と。

もう色々とバカらしくなってきた元次は、未だ衝撃波を生みながら拳をぶつけている二人を放置して、学園に向かった。

転校先、早まったか?と心の中で嘆きながら。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

それから少しして、元次は川神学園の学園長室で先ほどの老人と向き合っていた。

 

「いやはや、今朝はウチの孫が失礼を働いたのう。すまんかった」

 

「はぁ……」

 

「話によれば、あ奴は問答無用でお主に襲い掛かったそうじゃな?孫の鍛錬不足で迷惑をかけたわい」

 

「いや、まぁそれはもう良いんスけど……」

 

話ながらも今朝の事を謝罪してくる鉄心の姿に、元次は困った表情を浮かべる。

何せ、自分の入るクラス云々以前に、こうやって百代の話を切り出してきたのだから。

 

「とりあえず、俺はもうあの人と戦うのはゴメンなんで、そこだけ注意してもらえれば良いッス」

 

「ふむ……やはり、戦ってやってはくれんか?お主の叔父であるナベ……鍋島からも、甥っ子は武術をやる気が無いとは聞いておったが、百代はあの年で既に対等に戦える同年代の者がおらんのじゃ。それ故に、お主に襲い掛かったんじゃろう……お主があ奴と戦ってくれれば、良いガス抜きになると思うんじゃが……」

 

「……力と戦いに魅入られてる、か」

 

鉄心の話を聞いて、元次は頭を抱えてしまう。

簡単に言えば自分と対等に戦える者が居ないという、孤独感からくる暴走。

それが百代のあの獣染みた笑みの正体なのだと理解して、増々困った表情になっていた。

下手をすると、また何れ今回の様に問答無用で襲い掛かってくるかもしれない。

しかももっと困った事が一つ。

 

「……あのままじゃあの人、何時かマジに……」

 

「皆まで言わんでくれ。判っておる……判っておるんじゃ……孫にその様な修羅の道を歩んで欲しくは無いわい」

 

元次の言葉を遮って、沈んだ面持ちで言葉を紡ぐ鉄心。

その姿は先ほどまで孫を叱りつけていた時の武術家の顔では無く、憔悴した老人の顔だ。

元次が百代の拳に感じたモノ……それは、どこまでも深い飢餓感に近いモノだった。

まるで飢え、やせ細った獣の様に喰らう事だけを考える様な感情。

あのまま放置すれば、何れは手加減する事を煩わしく思い……人を殺めかねない。

自分の体に直に拳を受けた元次だからこそ、分かる事だった。

 

「今はモモの周りに、あの子等がおる。そのお蔭で少しは気が紛れておる様じゃが……もしもの時は、あ奴の力を封じねばならん」

 

「……」

 

「じゃが、武道家としての道に生きがいを見出しておるモモから、その道を奪うのは本望ではない……実力があろうとも、儂の様な年寄りでは駄目なんじゃ……同じ世代で無いと、の……」

 

武道家として、そして家族として真摯に百代の心配をする鉄心の姿。

そして何より、聞こえてくる数々の『正直な音』に元次の心は少しづつ動かされた。

家族を心配する、この世の何よりも素晴らしい愛情の音が、元次が何よりも大切にする音だった。

 

「……分かりました。正確にゃ言えませんが、今年中にあの人と戦ってみようと思います」

 

だからこそ、元次は鉄心の頼みに首を縦に振った。

その言葉に弾ける様に顔を上げた鉄心に苦笑しながら、少しでも力になろうと誓う。

何より自分の叔父である鍋島からも、川神に向かう際に頼まれていた事でもあった。

出来る限り、師匠の力になって欲しいと。

自分の叔父が若い頃から武道の師匠としてお世話になっていた人の頼みを無碍にするのも、叔父の顔を潰してしまうと思ったからこそだが。

 

「叔父貴も鉄心先生にゃお世話ンなったそうですし……覚えてらっしゃらねぇかも知れませんが、俺ぁ昔、鉄心先生にデカイ借りを借り受けた身分。それをここらで少しでも返しておきますよ」

 

「……ほっほ、そうか。そりゃ、良い事してきて良かったわい」

 

 

 

――そして、無事に転校を終えた元次に、更なるドタバタが振りかかる。

 

 

 

「ふふーん。このプレミアムな私が、顔だけのハッタリ男のあんたをプッレーミアムに倒してあげ――」

 

「そら」

 

「(バッヂィイイイン!!)へぶらっぷ!?」

 

 

 

同学年の体操服を常時着用しているバカっぽい少女との決闘(小指デコピン一発)に始まり――。

 

 

 

「……元、次?」

 

「……小雪……さん?」

 

「――~~~~~ッ!!元次ーーー!!会いたかったよぉーーー!!」

 

「ぬほぁ!?こ、ここここ小雪さん!?」

 

幼い頃に別れてしまった、大切な少女との再会。

アルビノ特有の白く美しい髪を翻しながら、赤い瞳の少女は想い人との再会に涙を流す。

一方で肝心の元次はというと、年月を経て女らしく成長した小雪が抱きついてきた事に赤面してしまう。

 

「会いたかった!!ずっと会いたかったよ!!ずっーーーっと待ってたんだもん!!」

 

躰は女らしく成長していても、その邪気の無い子供の様な笑顔は変わっていない。

最後に会った時の小雪の笑顔を思い出した元次は、笑顔を浮かべて小雪の頭を優しく撫でる。

 

「……お久しぶりです……お元気そうで何よりですよ。小雪さん」

 

「……むーー」

 

しかし、先ほどまで頭を撫でられて嬉しそうに元次の胸元に顔を摺り寄せていた小雪は、突然唸り始めた。

胸元から顔を離した小雪の膨れた頬とハの字を描いた眉を見て、元次は首を傾げてしまう。

自分の対応に、何か間違いがあったか?と自問自答するも、特に間違った事はしていないと思っている。

そんな元次の反応が気に喰わないのか、小雪は増々頬を膨らませていく。

 

「固いー!!何か喋り方が固いのだ!!昔はそんな固く無かったよ!!なんでそんなに他人ギョーギなのさー」

 

「い、いやそれは。俺の方が年下だって分かりましたし、一応のけじめとしてですね……」

 

「そんなのいらないもーん。僕は普通に喋って欲しいのだ」

 

「む、むぅ……」

 

「ねぇ~?……駄目なの~?(うるうる)」

 

自分の胸板に横顔を乗せながら、指でのの字を書く小雪が見上げてくる姿。

その姿に胸がキュンと締め付けられ、元次の鼓動が跳ね上がる。

 

「わ、わあったよ……これで良いか?小雪」

 

「にへへ~~♪うんうん♪これでいいのだー♪」

 

「おやおや。もしかして彼が、ユキが良く話していたあの時の……」

 

「そーだよー♪僕のたった1人の王子様なんだ~♪」

 

「んな!?」

 

「おーおー、ユキがあんなに甘えるとはな……こりゃ間違いねぇだろ」

 

「お、お二人は……確か、あの時の……」

 

子猫が甘える様に顔をスリスリさせつつ、とんでもない爆弾発言を落とす小雪に驚く元次。

そんな二人の元に現れたのは、微笑みを浮かべた知的さを漂わせるイケメンと、スキンヘッドの男だ。

顔が赤くなるのを必死で耐えながら声のした方に目を向けると、そこには元次の見覚えのある二人の姿があったのだ。

自分の顔にこの傷が出来た時に出会った二人の少年。

その二人は笑顔を浮かべながら、元次にこれでもかと甘える小雪に優しい眼差しを向けていた。

 

「あの時は自己紹介も出来ませんでしたが、改めて……私は葵 冬馬と言います。あの日から、ユキとは家族同然の付き合いをしています」

 

「同じく、井上準だ。若と一緒で、ユキとは家族みてぇなモンだな」

 

「えへへ♪トーマも準もあの後ずっと僕と一緒に居てくれたんだ♪」

 

「そう、だったんスか……じゃあ……俺も……小雪、ちょっと良いか?」

 

「ほーい」

 

あの時、別れ際に交わした拙い約束。

子供のした単なる口約束を律儀に守ってくれた二人に感謝しつつ、元次もきっちり自己紹介をする為に、一度小雪に離れてもらう。

 

「改めて、お久しぶりです。鍋島元次と申します。先日、この地に舞い戻りました……小雪の事、感謝の言葉もありません」

 

「いえいえ。ユキと家族になれたのは、私達もとても嬉しい事ですから」

 

「それに、俺も若も自分の意志でユキと一緒に居るからな。感謝なんていらねぇよ……その代わり、これからはちゃんとユキの事、守ってやってくれよな?……今までの分も、よ」

 

「……はい……ッ!!小雪を襲う害悪は、一つ残らず捻り潰してみせます……ッ!!」

 

嘗て、己が全てを投げ打ってでも守ろうとした大切な存在。

今まで自分の代わりに守ってきてくれた二人に感謝しつつ、元次は準の言葉に力強く応える。

……それが、葵冬馬と小雪の作戦の一つだとも知らず。

 

(ふふ。これで彼はユキを生涯を賭けて守る、つまり男として責任を取ると公言したも同じです。後はユキに掛かってますよ?)

 

(うん!!ありがとう、トーマ!!……生涯……お嫁さん♪やったぁ♪)

 

万感の思いを持って応える元次の姿を見ながら、小雪は頬を赤く染める。

学園内でも感情豊かで通っている小雪だが、こんな風に恋に恋する乙女の様な笑顔を浮かべたのはこれが初めてである。

遠巻きに3人の様子を見ていた男子生徒はその純真無垢さと色香を含んだ笑みにノックダウンしてしまう。

準に頭を下げる元次の姿を見ながら、小雪は妖艶な色香を浮かべて唇をペロッと一舐めした。

 

(げ~んじ♪……僕、もう子供じゃないんだよ?絶対にゲットしちゃうんだから。覚悟なのだ♡)

 

(鍋島君。長い間ユキを待たせたんですから、責任はちゃんと取らなければなりませんよ?)

 

幼き日に芽生えた感情に少女が気づいたのは、想い人が居なくなってから。

その想いは長い年月で淘汰される処か、小雪の思いという炎を激しく燃え上がらせた。

そして、躰が大人になるに連れて現れた女の欲求は、只1人の男しか欲していない。

突然の再会に驚いたのは一瞬であり、次の瞬間には元次を欲する想いが全てを支配したのである。

その少女の淡い恋心に気付いていた葵冬馬は、自分の家族の願いを叶えるために協力したに過ぎない。

風間ファミリーの軍師である直江大和にも劣らない頭脳と頭の回転の速さを、葵冬馬は家族の為だけにフル回転させる。

それは、元次の包囲網が知らない間に着々と構築されていく始まりなのである。

 

 

 

その他にも、元次は川神学園で過ごす内に、新たな騒動に巻き込まれていく。

 

 

 

「私はマルギッテ・エーベルバッハ。あなたに決闘を申し込みます」

 

「……俺には戦る気も理由も、全く無えんスけど?」

 

「正々堂々と勝負を申し込んでる相手を前にしてその物言い。臆病者と蔑まれる事を知りなさい」

 

「別に何とでも言ってくれて構わね――」

 

「えーい!!(パシン!!)」

 

「おいおいユキ。気持ちは分かるが、これは鍋島が申し込まれた決闘ってそれ鍋島のワッペンやないかーい!!」

 

「」

 

「おやおや。これは果たして受諾されるのでしょうか?」

 

「よろしい!!儂が許可する!!」

 

「ジジイてめぇ!?今の絶対見てただろ!?」

 

「知らんもーん。ワシにはお主がワッペンを投げた様にしか見えんかったもーん」

 

「こ、この……ッ!!可愛い子ぶってるのが余計腹立つ……ッ!!」

 

 

 

――なんて感じに決闘に駆り出されたり。

 

 

 

「……貴様、ふざけているのか!!」

 

「あぁん?」

 

「さっきから片腕だけで私の攻撃を適当に弾くばかり……本気で戦いなさい!!」

 

と、決闘をしたらしたで文句を言われ、頭にきてしまい――。

 

「だったら本気出させてみろや?テメェも本気じゃねぇ癖にキャンキャン吠えやがって、犬っころが……あんまりウルセェと躾ちまうぞ?ワンちゃんよぉ」

 

「ッ!!!……いいでしょう……私を侮辱した事、後悔すると知りなさい!!(スッ)」

 

マルギッテのアダ名を冬馬から聞かされていた元次のささやかな挑発。

それは、自分を優秀だと理解しているマルギッテの怒りを買うには十分な威力だった。

目を血走らせたマルギッテは眼帯を外して、自らに掛けたリミッターを解除する。

己のプライドに唾を吐いた元次に、猟犬の牙の恐ろしさを刻み込む。

最早マルギッテの頭の中には、それしか思い浮かばなかった。

 

「Hasen(野ウサギめ)Jagd(狩ってやる)!!」

 

ズドドドドドドドドドド!!!

 

自らの戒めを解いたマルギッテの本気の速度。

一般人の目から消える程の超速を持ってして、マルギッテは己の必殺技を叩き込む。

愛用のトンファーを使った凄まじいまでの乱打を撃ち出し、相手に反撃の隙間を与えない技。

これで、自分の誇りを侮辱した男を血達磨に――。

 

「うぜぇ」

 

バァアアアン!!!

 

「ぐは!?」

 

一瞬何が起きたのか、マルギッテには理解出来なかった。

一部の隙も与えずに乱撃を繰り出していた筈の自分が、何故地に伏しているのだろうか?

マルギッテはそれすらも理解出来ず、沈みゆく意識の中で、自分に背を向けて歩いて行く元次の姿を見る事しか出来なかった。

目が覚めてから聞いた話では、元次はマルギッテの乱撃を受けながらも平然としていたらしい。

そのまま片手を振り上げて、頭に強烈なはたき落としを食らっただけと聞かされて、マルギッテは格の違いを見せつけられた気がした。

しかしマルギッテはそれで意気消沈する様な事は無く、更に実力を磨いて再び元次に決闘を申し込み、それを小雪が勝手に受けるという場面が展開される。

 

 

 

以後、マルギッテと元次の決闘は最早一種の恒例行事の様に認識されていく事になった。

段々と元次の人となりを理解したマルギッテは、偶に何かに思いを馳せて顔を赤くしている場面を目撃される事にもなる。

尚、この定期的に行われる勝負に、何故自分は出れないのかと荒ぶる武神の姿も目撃されたとか。

それに対して勝ち誇るマルギッテの姿も見うけられている。

 

 

 

――といった感じで、定期的に戦わなければならなくなったり。

 

 

 

「美味!?何だこの唐揚げ、めっちゃ美味ぁ!!」

 

「こっちの卵焼きもフワフワで味が染みてて最高だ!!」

 

「姉さん、こっちのポテトサラダも隠し味の辛子が効いてて最高なんだけど」

 

「ぐまぐま……このミニハンバーグ、油のしつこさが無いのに濃厚な味わいでジューシーだわぁ……」

 

「あ!?モロ!!その肉俺様んだぞ!?普段は肉は油っこくて好きじゃねぇとか言ってるくせしやがって!!」

 

「このベーコンのアスパラ巻きは別格なんだから良いじゃんか!!っていうかガクトさっきから肉取り過ぎだよ!!」

 

「ん~♪マルさん、このほうれん草のお浸しは素朴だけど深い味わいで美味しい……ッ!!」

 

「では、私も一口……ふむ、これはいける……」

 

「……この炙り鮭にハバネロが入ってたら最高なのに……っというわけで自分でかける」

 

「こ、このちくわのしそチーズ巻も程よい酸味とちくわの素朴な味が堪りません……ッ!!」

 

『ゲンチー女子力マジパネェー!!あんた絶対ツラで損してるぜ!!まゆっちのライバル登場かよ……ッ!!』

 

「……おい……あんた等、俺の弁当食い尽くす気っすか?」

 

「「「「「「「「「「ご馳走様でした」」」」」」」」」」

 

『マイウー』

 

「聞け」

 

屋上で冬馬と準、そして小雪を含めた四人で昼食を始めようとした時に、偶々風間ファミリーと遭遇した元次は、今正にその遭遇を後悔していた。

最初は特に邪険にする気も無かったので全員で食べ始めたのだが、百代と大和が元次の弁当に目を付けたのが事の始まりだ。

丁寧に作られたおかずを見て、彼女からか?と人脈を広げる為に大和が質問し、それに対して3人(誰とは言わない)の視線が剣呑になる中で、元次は一言。

 

「作ったのは俺ッスよ」

 

この一言が意外にも程がある、というか飲んでたお茶を噴き出す程の衝撃をこの場の面子に与えた。

見た目どこかの組に居そうで絶対に一人は殺してそうな強面の男が料理をするというのを信じる方が無理があるだろう。

かといって元次の性格的に食事の為に女の子を囲ってる筈も無く、両親は関西に居るという。

意外な男の意外過ぎる家事スキルに脱帽した面々だが、ここで新たな疑問が生じる。

見た目は丁寧だけど、味は?

その暴走によって生み出されたのが、この一つの弁当箱を囲って大人数がおかずを我先に奪っていく光景である。

もはやおかずどころかご飯に至るまで食されているので、もう何も残っていない。

 

「じゃあ、僕のご飯分けてあげる。はい、アーン♪」

 

「「な!?」」

 

「え?い、いやちょっと小雪さん?それ弁当なの?マシュマロしか見えねーんだけど?おやつじゃないの?」

 

「もー何さ?元次は僕の手作りのお弁当なんて、嫌だって言うの?」

 

「そ、そんな訳無え!!……い、いただきます(あれ?結局手作りって何?っつか、どれ?……マシュマロ?)」

 

「おっけー♪はい、アーン♪」

 

 

 

何て嬉しいハプニングもあったりするが――。

 

 

 

「さぁ行くわよ!!この東西交流戦!!S組主席の私、武蔵小杉がプレミアムに活躍して――」

 

『僕も応援するー!!えーっと……あっ、元次見っーけ!!元次ー!!頑張れ頑張れー♪』

 

「……スゥウウゥゥゥ……ッ!!」

 

『GUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO……!!!!!』

 

「「「「「「「「「「あひん」」」」」」」」」」

 

バタバタバタッ!!

 

「……へ?」

 

「フゥ……ほら、後は大将の首、獲るだけだぜ?」

 

「」

 

『おー♪かっこ良いぞー。元次ー!!後で僕と一緒にマシュマロ食べようねー♪』

 

「……こっ恥ずかしいから……こっちに聞こえてないとはいえ、もう少しボリューム下げてくれ……俺にはしっかり聞こえちまうんだからよ」

 

 

 

西と東の交流戦では、小雪の声援に恥じない様にと荒ぶってしまい、敵生徒を全員威嚇で気絶させたり……。

 

 

 

「お前が鍋島正の甥か……中々面白い面構えをしてるな、赤子よ」

 

「初対面の人間捕まえて赤子たぁ……チョーシにのってんじゃねぇぞ、この腐れ不良ジジイが」

 

「ほう?この俺に対して生意気な口を聞くものだ……画面端に叩きつけてやろうか?」

 

「何が『この俺』だタコ野郎。老人ホームに適応させてやろうか?それとも墓石の予約でもしとくか?あぁゴラ?」

 

『そこの二人やめんかい!!ってかお主等の威嚇の余波で周りの生徒泡吹いとるし!?』

 

 

 

いきなり赤子呼ばわりしてきた不良執事と猛獣も真っ青なメンチの切り合いを演じたり……。

 

 

 

「西から転校してきた松永燕だよん♪同じ元西同士仲良くしましょ、後輩君♪」

 

「心にも無え事を言うもんじゃ無いッスよ、先輩?」

 

「あらら。結構ストレートな物言いだねん?」

 

「アンタがひん曲がり過ぎてるだけだっつの。俺に仲良くしようなんて言っておきながら、アンタの血圧や心拍数、声紋は僅かにブレていた……嘘を付いた人間の反応だぜ?」

 

「……これは、接触の仕方間違えたかも」

 

 

 

明らかに一癖も二癖もありそうな先輩と知り合ってしまったり――。

 

 

 

そして――。

 

 

 

「……」

 

「くぅ~……う、うぅん……元次~……激しいよぉ♡」

 

「………………かぁ!!?」

 

(や、やや、やぁっちまったぁああああああああああ!!!?)

 

勉強を教えてくれると家に来た小雪が、一糸纏わぬ生まれたままの姿でベットインしていて、元次は頭を抱える。

昨夜、風呂上がりにバスタオル一枚という過激な格好で抱き付かれて鼻血を吹いた所までは覚えているが、その先が不明瞭。

確実にナニかをやらかしてしまったと、元次は頭を抱える。

しかし、未来はお先真っ暗なのに自分の腕を枕にして微笑みを浮かべてまどろむ姫の為ならどんとこいと開き直った。

寧ろ好きな女と結ばれて嬉しい気持ちの方が勝っているのだから。

しかし蓋を開ければ明らかにそれどころでは済まない事態に陥っている。

自らが守ると公言した存在を、自らの手で穢してしまった事への激しい罪悪感。

互いに若く、欲望に素直だった。若さ故の過ち。

しかし、そんな言葉で片付く程に生易しい問題ではない。

元次は己の心中で、新たな目標を立てる。

この白い雪の様に儚く、自分にとって何よりも大切な存在である少女と何処までも共にある覚悟を。

 

(……ふふ~ん♪元次、ゲットだぜ~♪もう元次は僕のなのだ♪)

 

……これが計画的犯行であった事に、元次が気付くのは、もう後戻りの出来ない時であろう。

寝たフリをしている小雪だが、実際は何も無かったのである。

元次も少し冷静になればベットが乱れて無いとか血の染みがコレ自分の鼻血とか色々分かる事だったが、生憎元次の心中は既に責任の取り方のみでいっぱいだった。

そして、自分にとっての勝負を掛ける場面だと考えた元次は、色々とプランを考える。

しかしそれを実行する為には、些か自分の手持ちでは心許無い。

万事休すか?と諦めかけた時に、元次はある話を思い出した。

今度の金曜日に行われる、川神市をあげての巨大な武道大会の存在を。

その優勝商品の中に、今自分が何よりも欲している物がある事を。

 

 

 

――元次は迷う事無く、その大会――『若獅子タッグマッチトーナメント』への出場を決定した。

 

 

 

勿論、大会に出る事は小雪に話してあるが、目当ての商品の事は話していない。

だが小雪からしてみれば、そのタッグマッチに自分をパートナーとして最初に誘ってくれた事が嬉しくてそれ以外の事はどうでも良かったのだ。

逆に元次はあの夜にナニがあったかを語らない上に追求も糾弾もしてこない小雪に首を傾げていたが。

 

 

 

かくして、ここに武道家達の伝説に登るチーム、『B&B(バニー&ビースト)』が結成された。

 

 

 

 

 

そして、予選をサクッとクリア(パンチorキック一発)した、本選当日の七浜スタジアム。

 

 

 

 

 

中央のリングを囲む様に四方にマスタークラスの達人達が見守る中、試合前の選手紹介が始まる。

司会者である田尻耕の紹介の元、遂に元次と小雪の出番が回ってきた。

 

『圧倒的なパワー!!そして他者を翻弄するトリッキーな足技!!このコラボに酔いしれろ!!鍋島元次と榊原小雪の『B&B』だぁ!!』

 

「僕達のアツ~イ戦いは、これからだーー!!」

 

「(目的の為にも)まっ……今回は負ける訳にゃいかねえ事情があるし……一暴れさせてもらうぜ?」

 

ニヤリと、今までに無い程に凶暴な笑みを浮かべる元次の姿に、選手達は一様に緊張する。

これまで本気で戦った事の無い男がここまで戦意を剥き出しているのだ。

ただそれだけで、選手達の雰囲気は緊張に包まれていく。

……尚、この元次の笑みを見て盛大な勘違いをしてしまう少女が1人居た。

 

(ッ!?……本気で戦ってくれるのか!?あぁ、待ち焦がれたぞ!!散々こんな美少女を焦らしてきたんだ!!たっぷりと楽しもう!!)

 

言わずと知れた戦う事が大好きな武神、川神百代その人である。

実は彼女、元次が転入してきたあの日から何度か交流は持っているのだが、その中で一つの事実に気付いた。

例えば、一緒に居る小雪を見て少しムッとしたり、元次とよく戦っているマルギッテの勝ち誇った顔を見て殺意が湧いたりと。

……あれ?私、あの二人に嫉妬してね?

っていうか暇があったら元次の事を目で追ってるよな?これって恋じゃね?

と、何時の間にか川神百代は鍋島元次に淡い恋心を持ってしまっていたのだ。

学校で嫌々ながらも、自分が道を踏み外さない様に気を使っていてくれた事を、百代は知っている。

孤独な最強という立ち位置に居た自分の事を理解してくれる人間。

しかも今まで現れなかった『強い男』という部分に、百代の女の部分が反応してしまうのは仕方の無い事であった。

そんな風に自分の想っている男が、優勝した者には川神百代と対戦出来るという大会の中で何時もよりやる気を出している。

これで勘違いしない女の方が珍しいくらいだ。

故に、百代は強者との欲求を満たせる戦いよりも、惚れた男と戦えるという事で頭がいっぱいになってしまう。

 

 

 

……この勘違いが後にとんでもない事態を引き起こすのだが、それは今は割合する。

 

 

 

そして、開幕したトーナメント本選。

元次達の当たった試合の内容は、中々に酷いモノだった。

 

「童貞が持つ未知なるパワぐはぁ!?」

 

「早!?」

 

『決まったー!!これは速い!!開始直後に背後に回り込んだ鉢屋選手を、小雪選手の見事なハイキックが仕留めたぁ!!』

 

「ウェーイ♪やったよ元次♪」

 

「あぁ。さすがだな、小雪」

 

「えっへへー♪褒められたー♪」

 

開始直後に秒殺で仕留められたり――。

 

「へへっ。いっぺんハッキリさせとこうじゃねぇか!!川神学園一のタフガイは誰なのかを!!喰らえ、不沈艦ラリアットォ!!」

 

ドゴォ!!

 

「……」

 

「……あ、あれ?」

 

「……これで終わりっすね?」

 

「あっ、ちょっと待っベゴぉ!?」

 

「島津ーーーー!?」

 

『飛んだー!!加速を乗せた島津選手のラリアットを物ともせず、返しのビンタ一発で場外へ吹き飛ばしたぁ!!鍋島選手!!正に圧倒的なパワーだ!!』

 

返す刀で沈められたり――。

 

「小雪はかなり速いし足技が凄く厄介だから、狙いは……」

 

「ん……あのおっきな子だけ狙いでいく……ッ!!」

 

「へぇ?……まぁ、小雪を狙われるよりマシか」

 

「はぁあああああああ!!」

 

「……そぉい!!」

 

「……ッ!?」

 

『おぉーっとぉ!!弁慶選手と板垣選手のラリアットが直撃!!鍋島選手が今大会初!!遂によろめいたぁ!!』

 

二回戦で戦った400万パワーズを遥かに超えたパワーコンビのデス・ミッショネルズ。

歴史に残る偉人のクローンで怪力を誇る武蔵坊弁慶。

センスと潜在能力は磨けば武道四天王にすらランクイン出来る程で、百代に匹敵する腕力を有す板垣辰子。

パワーだけなら既に百代クラスの二人が繰り出した挟み撃ちのラリアットをモロに喰らう元次。

 

『アレを避ける動作すらとらんとは……あの男は自分の耐久力を過剰評価しているのか?』

 

『どうかな。アイツはとんでもないタフガイだが、弁慶と辰子ちゃんの本気のダブルラリアットはさすがの私でもモロに食らいたくないぞ?』

 

実況とは違う特別解説員として抜擢された百代と、予選で惜しくも敗退した西方十勇士の総大将、石田三郎が揃って呆れた声を出す。

百代はそうでも無いが、石田はこれで元次は敗退したと思うほどの攻撃だった。

まるで自動車が猛スピードで衝突したと思わせる程の轟音と、首を挟み込む一撃。

人間である以上、あの一撃には耐えられないと考えるのが普通だ。

現に予選でデス・ミッショネルズと当たった石田はその一撃で地に伏した程である。

……しかし現実は、百代の予想した通りだった。

 

「……良い腕力だ」

 

「「ッ!?」」

 

地面に向かって倒れる筈だった元次は、周囲の予想を超えて真っ直ぐに立っていた。

しかも口元を吊り上げて笑みを浮かべながら、ラリアットで当てられた二人の腕を掴んでいる。

まだピンピンしている元次に驚愕する二人だが、直ぐに意識を切り換えて離れようとする。

しかし、元次に掴まれている腕が全く動かないのだ。

 

「ぐ……!?なんて馬鹿力してるのさ……!?」

 

「う~!!うぁあああああああ!!」

 

『圧倒的な腕力で両選手を掴む鍋島選手に、二人の猛打撃の嵐が襲い掛かる!!』

 

自力で腕を解放するのは無理と本能で悟ったのか、辰子は捕まれていない腕や足で元次の体中を攻撃し始めた。

相方の弁慶も杓丈を振るって猛攻撃を仕掛けるが――。

 

「……そらよ!!」

 

ドゴオォオオオ!!

 

「が!?」

 

「あぐぅ!?」

 

その全てを、元次は只の一撃で無に返してしまう。

腕を掴んだままの状態で二人を振り回し、拍手する様に手を振るった。

ただし、当たるのは元次の手の平同士では無く、掴まれている弁慶と辰子の頭同士なのだが。

 

――そうして順調に試合を勝ち進んでいく元次と小雪。

 

遂に決勝戦まで歩を進めた二人の前に立ちはだかったのは、武の大会で異色を放つ知性チーム。

風間ファミリーの軍士たる直江大和と、あの謎の武道家である松永燕であった。

ここまでの知性チームの戦い方は、攻撃役を請け負う燕と、ひたすら逃げに徹する大和というパターン一択のみ。

大和自身に武の力が無い事は明白であり、狙うなら間違い無い穴場でもある。

しかしそれを念頭に理解している燕が、餌に掛かるのを待って一撃で仕留めるというパターンもあった。

現に大和は只狩られるだけの餌では無く、普段から百代に絡まれて鍛えられた回避力を遺憾無く発揮していた。

 

「んー……どうするの?やっぱり大和を狙っていく?」

 

「いや……松永先輩のスピードだと、多分直ぐに止められるか邪魔されちまう。少なくとも『今の俺じゃ』どうしようも無いだろうな」

 

勿論、サシで当たれば負ける気はしねぇけど。と締め括って元次は椅子にどっかと座り直す。

目先の餌に拘って狩人に狩られると面倒な事になると、元次は直感していた。

特に燕は壁越えの一人にして、次期武道四天王の一人にも推薦されるのは確実の実力者。

いくら足技のみで言えば既に壁超えの域にいる小雪でも、厳しいだろう。

自分は耐えられても、下手をすれば小雪を狙われてそれでお仕舞いになってしまう。

……そう考えた時、元次は頭の中で今の状況を思い直して……俄然やる気が湧いてきた。

自分にとって初めての……『大切な人を護る』戦い。

別れたあの日からずっと掲げてきた信念を通せるかという、一種の正念場。

 

 

 

――ならば、自分が『本気』を出さない訳にはいかない。

 

 

 

『さぁ!!遂に。……遂にこのときがやって参りました!!世界中の注目を集める若獅子タッグマッチトーナメント!!その決勝戦です!!』

 

そして、遂に決勝戦の時間がやってきた。

スタジアムの熱気は今まで以上に熱く燃え上がり、誰も彼もが沸き立っている。

リングから観客席を守る為に配置されたマスタークラスの四人も、年甲斐も無くワクワクした気持ちを抑えられずにいた。

 

『激闘の末、現在残っているチームはわずか2チーム!!2日間に渡る激戦を乗り越えた四人!!両チーム!!スタジアムへ入場!!』

 

司会である田尻がマイクを持ってリングの中央から二つのチームに呼び掛ける。

リングの両端から、大和、燕、小雪、そして――。

 

『こ、これは!?鍋島選手、何という強烈な形相だぁ!?』

 

「ッ!?アイツ、傷が……ッ!?」

 

「うわ~……何時もより怖さ倍プッシュしてるねん」

 

スタジアムに入場してきた『B&B』の1人の顔を見て、スタジアム全体が騒ぎ立つ。

小雪と共に入場してきた元次は……縫合されていた傷跡が開き、『左頬が完全に裂け、奥歯まで歯が全て露出してしまっていた』

口元から耳の近くまで避けた頬の所為で、左から見れば口元が裂けた壮絶な笑みを浮かべている様にしか見えない。

正に悪鬼羅刹の如き風貌に変化した元次は、残る右の口でニヤリと笑っていた。

 

「おいおい元次……お前まさか、やる気なのかよ……」

 

誰もが元次の変貌ぶりに唖然とする中、スタジアムの飛来物から観客を守る為に立っていた鍋島正が疲れた様に声を沈ませる。

彼だけはこの中で小雪を除いてただ一人、元次がああなった意味を理解していた。

頬の傷口を開くというのは――本気の、本気で戦うという意思表示であると。

叔父の呆れ気味な言葉を聞いて、元次は更に笑みを深くした。

……傍から見てる観客が涙目で怯えるくらいに凶悪な笑顔ではあるが。

 

「悪いな叔父貴……俺にゃ今回、負けられねえ理由があるんだわ……キツイだろうけど、ちゃんと防いでくれよ?」

 

「……ったく。無茶言いやがって……おい師匠。マジで防げよ?あいつが『技』使い出したら、本気で守らねぇとヤバイからな」

 

「ぬ?『技』じゃと?あ奴は武術をしておらんのじゃなかったのか?」

 

「あぁ。武術はやってねぇよ――アレは、武術なんかじゃねぇ」

 

元次が伊達でも酔狂でも無く本気で戦うといったからには、自分の役割を果たすしかないと、鍋島は割り切る。

どの道、ここで大会を中止するなんて事は出来ないのだから。

 

「大和君。何かやばそうだから、しっかりお願いね?」

 

「はい。俺は俺の役割に徹しますよ……燕先輩も、気を付けて」

 

そして、遂に決勝戦が幕を開ける。

先に立てた作戦通りに大和はリングギリギリまで下がり、燕は最速で走りだす。

燕にも最終兵器と呼べる武器があるのだが、今回は出資してくれたスポンサーの意向でこの次の百代戦でないと使えない。

故に、燕は自分の今使える全てを持って勝利への筋道を立てていく。

 

「(口が裂けてから、鍋島君の気がグンと上がってる……狙うのはやっぱ得策じゃないね)なら……ッ!!」

 

「うん?」

 

「決勝戦なのに、気を抜き過ぎだよ!!」

 

最速のスピードで駆けながら、燕は元次の隣から距離をおいて棒立ちしていた小雪へと狙いを絞る。

小雪自身も足技は驚異的な強さを誇っているが、トップスピードにノッた燕の攻撃に対処するには遅すぎた。

 

「もらい!!」

 

スピードを乗せた正拳突きを小雪に放った燕。

狙いは正中線の腹部。

元より壁を超えた世界の1人である燕の突きを、その世界に至っていない小雪が防げる筈も無い。

真っ直ぐなラインを描いて繰り出された拳は、小雪の腹部に深々と――。

 

 

 

――”サウンドアーマー”

 

 

 

――突き刺さる事は無かった。

 

「ッ!?」

 

凡そ人体から鳴る事の無い金属を殴った様な甲高い音。

それが自身の手から鳴った音だと、痛覚で感じ取った燕は痛みに顔を顰めながら素早く後退する。

痛めた右手首を抑えながら眼前の敵に目を向ける燕だが……その光景に驚愕を覚えた。

 

「……怪我ねえか、小雪?」

 

「うん♪ありがとう、元次♪」

 

「なぁに。対した事ぁしてねえよ」

 

燕の視線の先では、拳を向けられた小雪が何かの薄い緑色のオーラに覆われて無傷で立っていた。

そのオーラは時折テレビの砂嵐の様に揺らめくが、決して消える事は無く、小雪の躰を守る役割を果たしていたのだ。

やがて、主に危害が無いと分かれば、オーラは掻き消えて必要な時まで影を潜める。

武術家として一定以上のラインに居る者達には、今のオーラの正体が理解出来た……あのオーラは、高密度に圧縮された気の鎧であると。

そして、それを燕が攻撃を仕掛けたと確認してから瞬時に作り上げた人間が誰なのかも……。

 

「痛つつ……とんでもなく固いね、その鎧……おまけに創るのも早すぎじゃないかな?」

 

「へっ。先輩が小雪に攻撃しなきゃ、作らずに済んだっての……俺のサウンドアーマーを壊してぇんなら、ダイナマイト1000本持ってきな。まぁそれでも、小雪に纏わせたガチの鎧は壊れやしねぇだろうけどよ」

 

「……冗談であって欲しい強度だよ、それ」

 

「俺は嘘は嫌いだから、そのまんま事実と受け取ってくれて構わねえがな……あばよ――スゥウゥゥ――」

 

元次は、燕が会話をする事で回復する時間を稼いでいた事は分かりきっていた。

そこまで必死に食らい付くのは何か理由があっての事であろうが、それを一々汲んでいたら試合には勝ち抜けない。

自分にも、負けられない理由があるのだから。

だからこそ、元次は燕に対して容赦無く、次の攻撃を放つモーションを取った。

動かない右腕を庇いながら、大和の居るラインギリギリまで下がっていく燕を見据えつつ、元次は大きく『息を吸う』

正しくは、この世界のありとあらゆる場所に点在し、空中を漂う気を吸い集めていく。

 

 

 

「ウゥ――サウンドバズーカァアアアアアアアッ!!!!!」

 

 

 

そして、頬が裂けた事で普段よりも大きく開いた元次の口から――『音の砲撃』が襲い掛かった。

 

「嘘ぉ!?」

 

「こ、これは想定出来なかったな~……」

 

大会規定通り、相手を殺さないぐらいの威力まで手加減しているとはいえ、それでも元次の技はほぼ一撃必殺の威力を秘めている。

壁の如き圧倒的な質量で放たれたサウンドバズーカは燕だけでなく、リングの端で呆ける大和をも巻き込んで全てを吹き飛ばす。

閃光と煙が晴れた時、観客が目にしたのは……大きく抉り取られたリングと地面、そして壁に寄り掛かって目を回す知性チームの二人だった。

 

 

 

ここに、若獅子タッグマッチトーナメントの優勝チームが決定された瞬間である。

 

 

 

「いやいやおじさん死ぬとこだったぞ少しは加減しやがれ!!」

 

「なんちゅう技を使うんじゃい。ジジイ冷や汗掻いたわ」

 

「は、ぁ~……やっぱ危ねえな、オメェの技はよぉ」

 

「これデ武術の経験が無イとは……何とも末恐ろシい才能だネ」

 

 

 

尚、観客席を消し飛ばす筈だったサウンドバズーカだが、マスタークラスの四人が拡散させたお蔭で事無きを得た。

 

 

 

さて、見事この大会で優勝をゲットした元次だが、ここで一つの問題が発生。

元次としては優勝して優勝賞品を貰ってハイサヨナラを決め込むつもりだったのだが、それを聞いて激怒した人物が1人。

 

「おいおいおいおい!!ここまで来てお預けなんてあんまりじゃないか!!私の火照りは冷ます気なしか興味ゼロかぁ!?」

 

「お、お姉様が凄く荒ぶってるわ……あんなお姉様見た事無いわよ……」

 

「あわわ……モモ先輩の闘気が……」

 

『うねり過ぎてもう竜巻にしか思えねぇよ。しかも時々ビリビリしてるし。オラ、ここで死ぬのかなぁ……』

 

言葉は軽やかで表情はにこやかだが、放つ闘気はもう棘々しい殺気と見間違えそうな程である。

そんなちぐはぐな態度でエキシビジョンマッチへの参加を拒否してスタジアムを後にしようとした元次の前に立つは、ご存知待たされ続けた川神百代である。

彼女からすれば、漸く待ち望み、恋焦がれ続けた相手との遠慮の要らない勝負の番だと言うのに、それを目の前でお預けされたのだ。

参加理由に勘違いが生じているとはいえ、これでは百代が余りに報われない。

そんな感じで荒ぶる百代を見て元次も不憫に思い、同時に鉄心との約束を思い出した。

これは、約束を果たすのにちょうど良いかもしれない。

ここで彼女が心ゆくまで力を使えば暫くは戦闘衝動も収まるかもと、元次は考えを改める。

 

「分かりました。今、ちゃんとここで戦いますよ……本気で、ね?」

 

「ッ!?あぁ!!あぁ!!本気できてくれ!!あの時の様な適当に流すんじゃなくて、本気でなぁ!!」

 

「わーってますよ。約束ですし……小雪、下がってろ。戦るのは俺だけだ」

 

「……うん……元次!!」

 

「ん?なん――」

 

元次の言葉に頷いた小雪だが、その直ぐ後に名前を呼ばれて元次が振り返ると――。

 

「――ン♡」

 

「っ――」

 

「な――ッツツ!!!?」

 

次の瞬間には、目を閉じて頬を軽く染める小雪のドアップと、唇に柔らかい感触を感じた。

そう、振り返った瞬間に、小雪にキスをされたのだ。

これにはさすがの元次も心から驚き、躰を硬直させてしまう。

大観衆の門前でキスシーンを繰り広げたこの二人に、観客はざわめき立った。

特に百代の驚き様は半端ではない。

目をこれでもかと見開いて呆然とする姿は、普段の百代からは想像も出来ないだろう。

そんな周囲の喧騒を置き去りにして、小雪はチュルッと艶かしい音を立てながら唇を離す。

何時もの純真無垢なオーラを感じさせない妖艶な笑みを浮かべる小雪は、誰にも聞こえない様に小さく呟く。

 

 

 

――『数十キロ先で落ちたコインの音すら聞き分ける』超・聴覚を持った元次にだけ聞こえる様に。

 

 

 

――モモ先輩に勝ったら――もっと凄い事――していーよ♡

 

 

 

顔を向けずに瞳だけを向けた流し目に、そこはかとない色気を醸し出しながら、小雪は武舞台を降りた。

その際見せた後ろ姿、いや歩くたびに自己主張する小雪のお尻に元次は見惚れてしまった。

これも全ては元次に気がある他の女への牽制であり、自分も譲る気は無いという宣戦布告なのだが、それには同じ女しか気付く事は無い。

普段とは全く違う雰囲気の小雪に度肝を抜かれた観客の男子は、皆揃って内股になりながら前屈みになってしまう。

しかしそんなピンク色の雰囲気にスタジアムが呑まれかけた時、それを上回る怒気が会場を覆い尽くした。

 

「……随分と熱々じゃないか?妬けちゃうなぁ」

 

「あうあうあうあう……」

 

「か、一子!?しっかりしろ!!」

 

「た、タッちゃん……お姉様が……」

 

ユラユラと自然の法則を無視して揺らめく黒髪の中から、真っ赤に光る目を覗かせるホラーな雰囲気の百代。

目元まで影が掛かった彼女の表情は伺いしれないが、正しく怒りが天元突破してるのは間違い無いだろう。

何時もは黄色い気のオーラも、今は禍々しい黒に白い稲妻が散っている有り様である。

正しく純粋な怒りによって覚醒したスーパーな野菜な人の心境だろう。

 

「……ク……ククク……」

 

「……何を――」

 

そして、小雪が退場した入場口を見たまま呆けていた元次が向き直り、顔を俯けたまま小さく笑ったのを皮切りに――。

 

「笑ってるんだこの助平がぁ!!川上流、無双正拳突きぃ!!」

 

最強対最恐の戦いの火蓋が切って落とされた。

初めて出会った時と同じ技だが、百代は前とは違って乱打では無く、最高の一撃のみを繰り出す。

何処までも強く、何処までも速く、何処までも貫ける最優の一発。

 

「……スゥ――音壁ぇ!!!!!」

 

ガァン!!

 

「ッ!?このぉ……ッ!!禁じ手!!富士砕き!!」

 

「ッ!?いかん!!」

 

しかし、その最優の一撃を自分と百代の間に半透明な一枚の壁を作る事で防ぐ元次に、百代の遠慮も消えていく。

次に放たれた富士砕きという技は川神流の技の中で禁じ手とされる技の一つだ。

強烈な正拳突きを繰り出す技で、 百代が使用する場合は『九鬼雷神金剛拳』以上の威力がある。

地球から宇宙まで発射されるエネルギー砲の『星殺し』よりこの技が禁じ手というほど。

それをゼロ距離で放つも、音壁はその攻撃を外へ弾き、荒れ狂う余波で巻き上がった石等はマスタークラスが止めた。

富士砕きでも砕けない音壁を見るや、更に間髪入れず拳の乱打を見舞う。

 

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!!らぁ!!!」

 

ビキビキッ……バリンッ!!

 

そして、遂に百代の拳が元次の創り出した音壁を砕き、二人を遮っていた壁が消失する。

勢いのままに拳を振るう百代だが、その拳は元次に掴まれ抑えこまれてしまう。

両手を掴まれた百代は直ぐ様拳を解いて元次の手を握り直し、力比べの体勢に移行した。

目の前の男を押し倒してしまおうとあらん限りの力を篭める百代だが、ギチギチという音が鳴るだけで二人の体勢は動かない。

一瞬でも気を抜けば倒されてしまうであろう状況の中で、元次は肩を震わせながらまだ笑っていた。

 

「クク……すんませんね、先輩……嬉しくなっちまって……」

 

「嬉しく、だと?……それはさっきのキスの事かぁッ!?」

 

(モモの奴、頭に血が昇りすぎじゃ。攻撃も雑過ぎるわい)

 

頭に血が昇って怒りのままに行動する百代には、何時もの様な冷静な思考が出来ない。

取っ組み合った体勢からお得意の道連れ自爆技である人間爆弾を使用せず、背筋を反らして頭突きを放ってしまう。

 

「まぁ、それもあるっすけど――それよりもぉ!!」

 

「ぐぅ!?」

 

百代の放った頭突きに対し、元次は自由な足を振り上げて膝蹴りを行い、百代の顎を上に蹴り上げる。

顎に伝わる痛みに顔を顰めながら百代が視線を降ろすと、さっきまで俯き気味で窺い知れなかった元次の顔が持ち上がった。

 

「一番は――先輩をブチのめせば、俺もご褒美が貰えるって事ッスよぉおおおおおおおッ!!!」

 

『GUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!』

 

元次は笑っていた……それはもう、普通の人なら泡吹いて失禁してしまう程に凶悪な形相で。

邪な思い100%増しでパワーアップを果たした元次は、久しぶりに本気で相手を倒すというデストロイテンションに染まった。

顎を蹴りあげた百代の手を離さず、更に膝蹴りを終えた足を下ろして百代の足を踏みつける。

背後にあの凶悪な威嚇のイメージを出現させながら、百代と手を組んだままに大きく息を吸い込んでいく。

それと同時に、百代には元次の背後に居る化物がタキシードに身を包み、ナイフとフォークで食事に勤しむビジョンが見えた。

 

 

 

勿論、皿の上に乗るメインディッシュは――己自身。

 

 

 

――最恐の猛獣が、牙を向く時が来たのだ。

 

 

 

「スウゥ――マシンガンボォイスゥ!!!」

 

ズドドドドドドドドドドドドドドッ!!

 

「ぐッ!!?――あ゛ぁぁッツツツツ!!?」

 

「ガハハハァ!!!」

 

百代と両手を組んで力比べをしているという事は、百代の両手を抑えているという事に繋がる。

その状態で足すらも踏みつけて固定し、元次は口から音の砲弾をマシンガンのように連射して攻撃を行った。

さすがに武神といえども、両手を塞がれては避ける術は無く、その砲弾の嵐を一身に受けてしまう。

止む事無く続く砲弾を受け続けて、百代はフラリと躰の力を抜いてしまった。

その一瞬を、元次は見逃さない。

すかさず手を離して距離を少し開けた元次は、既に次弾……否、次砲のチャージを半ばまで終えていた。

 

「スゥアァァァ――」

 

ギシリ、という音を立てて元次の胸板や首の筋肉が大きく脈動を起こす。

躰の許容量以上の気を取り込み、弾けない様に筋肉が身を守る為に突っ張った現象である。

 

「――ボイスバーストォオオオオオオオオオオ!!!」

 

続いて吐出されたのは、口から巨大な音の砲弾を発するボイスバースト。

先の燕戦で使われたサウンドバズーカを大きく超える威力を誇る技だ。

その圧倒的な質量は、百代の星砕きやその上位である星殺しを遥かに凌ぐ。

視界を埋め尽さんばかりの光量を発して、ボイスバーストが百代に襲い掛かる。

光が止んで観客が目にしたのは、何とか意地で倒れない様に踏ん張る百代の姿だった。

 

「……ハッ……ハ、ァ……ッ!?」

 

「瞬間回復のある川神先輩を倒すにゃ、回復の方法を潰すか――」

 

息も絶え絶えといった様子の百代に静かに語りながら、元次は身を屈めて右手を後ろに引く。

力を篭めて握り締められた拳の先には、気で作られた『破壊のエネルギー』が赤い球体として、拳に付加されている。

 

「意識を保てないぐらい強烈な攻撃で気絶させりゃ、それでカタがつくよなぁ……ッ!!」

 

全身に力を込めて踏ん張りを効かせながら、元次はその拳を下から真っ直ぐ突き出す様に振り切り――。

 

「――どらぁ!!!」

 

「――ッ!?……ゴフゥ!?」

 

拳の先に溜められた破壊のエネルギーはまるでレーザーの様に撃ちだされ、百代の腹部を通り抜けた。

これぞ、音の振動を乗せて敵を真っ直ぐに殴り付ける、無駄を削ぎ落した高速正拳突き。

 

「サウンドナックル……効くでしょ、コレ?」

 

「ぐ、が……ッ!?……は、はは……まだまだ戦えるぞ……ッ!!」

 

満身創痍の状態で腹部を抑えながら片膝を付きながらも壮絶に笑う百代を見て、元次はフィニッシュを決める。

一方で百代は微かに口元から血を吐きながら、富士砕きに近い威力の技をポンポンと使う元次の強さに歓喜していた。

自分と対等以上に戦える相手がいる……自分の全力を受け止めてくれる……もっと、戦いたい!!

初めて感じる自分と同じ年代の強者の存在が百代の闘争心を昂らせ、それが男という事実に下腹部が女の喜びを訴えている。

しかしそんな百代の心中とは裏腹に、元次には早く試合を終わらせるという思いしか無かった。

百代の気が済むまで戦うという当初の目的は、さっさと終わらせて小雪のご褒美を頂戴するという目的にチェンジされている。

故に、元次は小雪に早く会いたいが為にここで攻撃を畳み掛ける事にした。

 

「そうッスか……そういや先輩は、戦いを楽しみたいって気持ちがあって、スロースターターになっちまったんでしたっけ……でも、俺はコレ以上待たせる訳にはいかねぇんで……終わりにさせてもらいますぜ!!……スウゥ……ッ!!」

 

元次は動けない百代からバックステップで距離を取って、再び大きく息を吸い込む。

背中が曲がる程に深く気を取り入れ、勢い良く背を反らし――。

 

――吠えた。

 

「オ゛ォオオオオオオオオオァアアアアアアアアアアアァァァァアッッツツ!!!!!」

 

「ッ!?」

 

『な、なんという怒鳴り声でしょうか!?鍋島選手の大声の圧力で、スタジアムの電光掲示板が軒並み砕け散ったぁ!?』

 

司会の田尻の言葉通り、ビリビリと肌を揺らす程の声量はスタジアムの電光掲示板や大型のナイター照明に至る全ての機器を破壊したのだ。

リングの四方に居るマスタークラスの達人は元次の声量ではなく、破損したガラス等から観客を守る事を優先して動く。

外野が阿鼻叫喚の絵図を描く中、百代は耳を塞いでいた手を離し、元次の口から『空に撃ち上がったエネルギー』を見上げた。

観客や司会者も元次の視線を追って空を見上げ――。

 

「……なんだ……アレは……?」

 

薄く透明な球体の中で、色とりどりのエネルギーがぶつかり合い、その速度を増す塊を見つけて、言葉を失う。

大きさは直径にして約1メートルも無い小さな球体。

その球体の中で弾け、ぶつかり合う色とりどりの小さな光はとても幻想的で美しい。

しかし、これは美しさを演出しているのではなく、破壊の為に威力を増幅しているのである。

ダメージの蓄積で片膝を付く百代を他所に、着々と内部で力を増やすエネルギー。

そのエネルギーチャージが充分だと判断して、元次は壮絶な笑みを浮かべて百代に照準を合わせた。

 

「内部で反響を増幅……ッ!!さぁ落ちてきな、『音の落雷』よぉッ!!!」

 

「ッ!?(あれはヤバイ!?)瞬間回復!!はッ!!――」

 

あの一撃を受けてはマズイと本能が警報を鳴らす。

その警告に従って、百代は軋む身体に鞭を打ち、迎撃では無く瞬間回復を使った。

百代の本能が迎え撃つ事よりも真っ先に回避を選ぶ程に、上空のエネルギー球の中身は強大なのだ。

今までに無い必死さで瞬間回復を使用し、全速力でその場を離脱しようとするが――。

 

 

 

 

 

「――サンダァアアアアアアアアノイズゥウウウウウウウッッツ!!!!!」

 

 

 

 

 

轟音と共に降り注ぐ『音速の落雷』を躱すだけの時間は無く、百代は天からの一撃に飲み込まれ……意識を失う。

電気という生温い放電量を超えた稲妻を打ち出す強力な技、サンダーノイズ。

奇しくもサンダーノイズによる電撃の効果は、百代の体内の気の巡りを麻痺させて、瞬間回復を使おうとした百代の行動を不能にしたのだ。

やがて落雷による光が消え、躰から煙を出しながら横たわる百代を見て、元次は息を軽く吐く。

 

 

 

「フゥ……ちと、喉潤してぇな……」

 

 

 

最恐が最強を下し、最強の称号を得た瞬間だった。

 

 




最悪だ……投稿しようとしたら、半分は削らないと文字数オーバーで投稿出来ない。


こういう中途半端になるのが一番嫌いなのに……。


という訳で、前編後編に分けます。


後編の方はまた折を見て投稿したいと考えております。

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