IS~ワンサマーの親友   作:piguzam]

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遅くなってすいません。

最近はずっとエブリスタさんの方で読み専になっていました。

そして読めば読むほど、自分はまだまだ未熟だなと痛感しました。




笑顔の裏……

 

 

 

 

 

「ったく、面倒な銀髪だぜ……どうにもこの学園に来てから、トラブルに恋焦がれられてる気がしてならねぇ」

 

「一番好かれたくないタイプの典型じゃねぇか」

 

俺達は更衣室へと戻ってくる道中に先生からさっきの件で注意を受け、その足で更衣室へと戻った。

待機状態に戻したISを外し、ISスーツのズボンを脱いで着替えつつ、一夏とこの学園生活について苦言を垂れ流す。

本来は女子が使っていた更衣室の1つを俺達男子3人の為に間借りしているのだが、50はあるロッカーを納める為に部屋は結構広い。

そんな部屋を俺達男子だけで占領してるのは、少し申し訳無い気分だ。

まぁかと言って女子とシェアなんて狂気の沙汰は絶対に御免だが。

 

「二人とも大丈夫?特に一夏は弾丸を弾いてたけど……腕とか痺れて無い?」

 

と、何故か反対側のロッカーに荷物を入れていたシャルルが服と鞄を持ってこっちに現れる。

 

「ん?あぁ、大丈夫だ。サンキューなシャルル」

 

「俺は特に実質的な被害は受けてねぇからな。問題無えよ」

 

「元次の場合は被害を受けたというより、与えた方だと思うけどね」

 

言う様になったじゃないのシャルル君。

苦笑いしながら出たシャルルの言葉を聞いて、俺と一夏は「違いない」と笑いながら上のスーツを脱いだ。

今日はセシリアに料理を教えるという大変な仕事がある訳だし、サッサと戻ってシャワー浴びるとしますか。

 

「ッ!?じ、じゃあ僕、先に戻るから……」

 

と、シャルルは何故かISスーツを着たまま戻ろうとしていた。

その声に視線を向けてみると、何故か俺と一夏を見るシャルルの顔は朱色に染まっているではないか。

シャルルさんや、何で俺達を見てそんな顔するんでしょうか?

 

「え?またか?お前いっつもそうだよな」

 

「そ、そんな事無いと思うけど……」

 

しかしシャルルの顔色に気付かないのか、一夏は普通に首を傾げながら彼に問う。

まぁ別にどうするかは個人の自由だから俺としては別に良いんだけど、一夏の言ってる言葉が少し引っ掛かった。

 

「一夏、いっつもってどういう事だ?」

 

「ん?あぁ、シャルルって部屋で着替える時も態々シャワールームを使っててさ。一緒に着替えようとしないんだよ」

 

「い、いやその……ちょっと、恥ずかしいっていうか……」

 

「恥ずかしいって、男同士なんだから別に恥ずかしくなんて無いだろ。もっと親睦を深めようぜ」

 

上着は前全開のシャツにISスーツのズボン姿という、ある種変態チックな格好をした一夏が無駄にカッコ良い笑顔でそんな事を言っている。

何故かは分からないが、昔から一夏は男同士の付き合いってのは裸、若しくは更衣室で着替えながらの馬鹿話と相場が決まってるらしい。

最初聞いた時は兄弟が極度のゲイだと思って危うくブッ殺し掛けたが、ちゃんとAVには反応してたのでゲイでは無いという事で安心したのはいい思い出だ。

まぁそんなちょっと(?)変わった考えを持つ一夏からすれば、男同士の付き合いをしないシャルルに不満があるんだろう。

今も俺がズボンを履く為に目を離した隙に、何故かロッカーに背後を遮られたシャルルと、そのシャルルの顔の傍に手を付いて迫る一夏という図が成り立ってる。

 

「も、もう。着替えを一緒にしたぐらいで親睦が深まるわけ無いでしょ」

 

何故か両手を胸元に寄せて身を守る様な体勢を取っていたシャルルが、顔の横のロッカーに付いていた一夏の腕を払い除ける。

そんなシャルルの言動に、一夏は「チッチッチ」とでも言わんばかりのしたり顔で指を振っていた。

 

「そんな事は無いぞ。日本には裸の付き合いという言葉があるくらいだからな」

 

「は、裸の付き合い?」

 

「そ。ありのままの自分で隠し事をしてませんよ、っていうアピールなんだ。裸になって素の自分をさらけ出すことで初めて深い仲になれるんだよ。一緒に風呂に入ったりするのが代表例だな」

 

意味としちゃ合ってるけど、それ別に日本特有の文化って訳じゃ無いんじゃね?

一夏が自身満々に言い放った台詞にシャルルは何故か、何故か顔を赤くして俺に視線を向けてくる。

まぁ間違った意味では無いので、俺も一夏の言葉を支持するつもりで頷いておいた。

第三者の同意が入った事で、シャルルは小さく唸りながら困った表情を浮かべてしまう。

 

「そうだ。何ならこの後一緒に風呂に……」

 

「ふぇ!?い、いやその……ッ!!そ、そうだよ!!男子は大浴場は使えないでしょ!!そうだよね元次!?」

 

「ん?あぁ……女子が俺達の後にも前にも入りたくないって騒いでるからなぁ……」

 

「う゛……。そ、そういえばそうだった」

 

一夏の押しの強い誘いに戸惑いを見せるシャルルだったが、これ幸いと天から伸びた蜘蛛の糸を見つけたカンダタの様な必死さで俺に聞いてきた。

シャルルの言葉を聞いた一夏は言葉を詰まらせ、未だに入れない風呂への悲しみを顔に滲ませる。

俺も一夏程では無いが、最近めっきりご無沙汰になってしまった浴槽に浸かれる風呂が恋しくなっている。

知っての通り、IS学園には部屋に備え付けられたシャワールーム以外に、女子が皆で入れる大浴場という素晴らしい設備がある。

さすが国立の学園というだけあった、サウナも完備された素晴らしい場所なのだが、今の所俺達は使えないのだ。

まぁ最初に説明があった通り、俺と一夏(当時)2人だけの為に使用時間を設けるのは、すぐには時間の調整が出来ないので無理。

しかし一夏は無類の風呂好きなので、シャワーだけというのは我慢しきれなかったらしい。

そんな一夏君の素敵過ぎる提案が『女子が入り終わった後で入ればいいんじゃないか?』という乙女心を全開で無視した提案。

これにはさすがに俺達の話を聞いていた職員室の先生方の顔が引き攣った笑いになり、一夏は溜息を吐いた千冬さんに頭をシバかれて当然だった。

ちなみに駄目元で真耶ちゃんが生徒の皆に話を聞いた所、『私たちの後に男子が入るなんてどういう風にお風呂に入っていいのかわかりません!!』という全力の拒否だったそうな。

まぁここの学園の生徒って優秀を通り越してエリートな分箱入り娘とかも多いらしいからな。

ここで諦めていれば良かったのだろう。

しかしそれでもめげない熱い心を持った一夏君の次の台詞が『その逆は?』でした。

勿論返ってきた返答は『男子の後のお風呂なんてどう使えばいいんですか!!』という却下の声。

この時期の乙女心ってのは複雑怪奇にして難しいものなんだなとしみじみ実感させられたよ。

 

「ハァ……風呂に入りてえ……」

 

「俺もお前程じゃねぇが、そろそろ足を伸ばしてゆっくりと風呂に浸かりてぇぜ」

 

「だよなぁ……あぁ~、何時になったら大浴場が使えるんだろうな~」

 

「真耶ちゃんが大浴場のタイムテーブルを組み直してるって言ってたし、待つしかねぇだろ……それと一夏、シャルルも何か本気で嫌がってるみてーだし、とりあえず諦めろって」

 

「ちぇ~、ゲンまでそんな事言うのかよ」

 

俺がシャルルの方を擁護する立場に回ると、シャルルはまるで髪を見る様な目で三つ目、一夏は少し不貞腐れた。

俺は脱いで床に放置してたISスーツのズボンを畳みつつ、一夏に呆れた視線を向ける。

 

「行き過ぎると只の変態になるから止めとけってこった。それより今日の夜の事だけど、こっちが空いたらメールするから、それまでに用事済ませとけよ?」

 

「……あぁ。分かった」

 

話題を逸らす事も含めて、恐らく今日一番大事な事を言うと、一夏はさっきまでとは別人の様に真剣な表情で俺に返事をしてきた。

……まぁ、上はシャツで下はISズボンという変態チックな出で立ちの所為でおかしな絵面になってるけどね。

そんな感じで話を纏めていると、シャルルは俺に感謝する様に頭を下げながら、ISスーツの上に制服を羽織る。

 

「そ、それじゃあ、僕は先に行くね?」

 

「おう。お疲れさん」

 

「あっ。シャルル、ごめんな。俺も変に意固地になり過ぎてたよ」

 

「う、ううん。気にしないで」

 

ここで一夏がさっきまでの強引な誘いの事を謝ると、シャルルも微笑んで一夏を許した。

まぁこれで変に話が拗れる事は無いと思う。

こーゆーのは何時迄も引っ張ると回り回って変にギクシャクしちまうしな。

挨拶を済ませたシャルルは先に部屋に戻ろうと入り口を目指して足早に歩いて行く。

 

『すいませ~ん。織斑君と元次さんとデュノア君はいますかー?』

 

しかし、その前に扉の向こうからちょっと控え目なノックと共に声が掛けられ、シャルルは動きを止めた。

声からして真耶ちゃんっぽいな……っていうか俺の名前を呼ぶのって必然的に限られてくるし。

 

「は、はい?3人共居ますけど?」

 

『あっ、良かったぁ。入っても大丈夫ですかー? まだ着替え中だったりしますー?』

 

「あー、もうちょっとだけ待って下さいッス。サクッと着替えちまうんで」

 

『分かりましたぁー』

 

扉越しではあるが、真耶ちゃんの最初の質問にシャルルが答え、次は俺が答える。

どうやら俺達に用事があるみてーだし、急がねぇとな。

俺とまだ着替え終えて無い一夏は互いに見合わせて頷き、サッと着替えて服を整える。

ロッカーを閉めた音を聞いてシャルルが「もう良い?」と聞いてきたので、一夏が「大丈夫だ」と返す。

するとシャルルが扉の向こうに居るであろう真耶ちゃんに声を掛けた。

 

「入っても大丈夫ですよ、山田先生」

 

『はい。じゃあ失礼しますねー』

 

シャルルがOKを出すと、パシュッとドアが開いて真耶ちゃんが入って来る。

どうでも良い事なんだが、圧縮空気の開閉音を一夏はとても気に入っているらしい。

まぁ耳障りは良いと思うけどな。

真耶ちゃんは何時ものレモンイエローのワンピースに身を包み、俺達に柔和な笑みを向けてくる。

あぁ、癒やされるぜ……この笑顔、素敵。

 

「えっと、山田先生、何かあったんですか?」

 

「はい♪男子の皆さんに朗報です。何と今月の下旬から漸く、皆さんも大浴場に入れますよ!!」

 

「え!?ほ、本当ですか!!」

 

「マジかよ!?最高のニュースじゃねぇか!!」

 

満面の笑みを浮かべて俺達に嬉しい報告を届けてくれる真耶ちゃんに、一夏が興奮した様に返事をした。

ちょうど今その話をしてた所で何て嬉しい朗報なんだ!!真耶ちゃんマジ女神様っす!!

俺もやっと足を伸ばして風呂に浸かれるかと思うと、自然と口元が緩んでいくが、シャルルはあんまり興味無さそうな感じだ。

 

「女子の皆さんと話し合っていて遅くなりましたが、結局時間帯別にすると色々と問題が起きそうだったので、男子は週に二回の使用日を設けることにしました。元次さんや織斑君とデュノア君は人数の都合上、どうしても女子の皆さんより少なくなってしまいますが、そこは了承して下さい」

 

「いやいや!!真耶ちゃんのお陰で足を伸ばして風呂に入れるんだろ!!こんなに嬉しい事は無えって!!」

 

「そ、そうですか?……元次さんに喜んでもらえて良かったです。それに、生徒の為に頑張るのは当たり前です。これでも私は先生ですから♪」

 

嬉しい気持ちを満面の笑みで伝えると、真耶ちゃんは少し恥ずかしがりながらも「ムン」と胸を張って誇らしげな表情を見せる。

っていうかそんなに胸を張らないで下さい、貴女の胸は殺人兵器級の威力があるんですから。

真耶ちゃんが胸を張ると「ぼよよん」なんて擬音が付いた様に胸がロデオしてしまい、俺だけで無く一夏ですら顔を赤くしてしまう。

あの唐変木・オブ・唐変木なんて呼ばれてる一夏ですら視線が釘付けになってしまう辺り、真耶ちゃんの戦闘力が他を追随しないのが分かるだろう?

 

「……一夏、鼻の下伸びてるよ?何処に目を向けてるのかな?」

 

「ハッ!?い、いや、そんな事は無いぞ!?」

 

「ふぇ?……きゃあッ!?あ、あのあのあの織斑君!?そ、そんな目で見られると困ります!!……わ、私には元次さんが居るので、あっでも元次さんは私のか、かか、かかか彼氏じゃないけど……(ごにょごにょ)」

 

一夏の視線を見て、何故か面白くなさそうな顔をしたシャルルの指摘に一夏は凄く狼狽した。

そしてシャルルの言葉で一夏の視線が何処を向いてるかに気付いた真耶ちゃんは頬を赤く染めて胸元を手で隠し、後退していく。

 

「ち、違いますって!!お、俺は只真剣に山田先生に感謝してるだけで……ッ!?」

 

「っていうか真耶ちゃんにそんな目を向けるんじゃねぇよボケ。そのケツを宇宙の果てまで蹴っ飛ばされてぇのか?」

 

俺もさすがに自分が気になっている女にそんな視線を向けられるのは面白く無え訳で、すぐさま一夏と真耶ちゃんの間に立って一夏に警告を飛ばす。

前方に面白くなさそうな表情のシャルル、背後に威圧感を醸し出す俺と挟まれて、一夏は顔色を青くしてしまう。

っていうか……シャルルのあの表情と雰囲気……どっかで見た事がある様な気がするな。

 

「あっ……げ、元次さん(私が織斑君にエッチな目で見られるのが嫌って事かな?……えへへ♪)」

 

「お、落ち着けって兄弟!!俺にはそんなつもりは微塵も無いからな!?っていうかシャルルは嬉しくねぇのか?大浴場だぞ大浴場」

 

「別に」

 

俺に真耶ちゃんに興味が無いって事をアピールしつつ、一夏はシャルルへ疑問顔で問い掛ける。

その問いかけを聞いたシャルルの答えは、風呂に興味が無い人間としても、かなりつっけどんな言い方だった。

俺はその対応の仕方に、やっぱり何かしらのデジャヴの様なモノを感じてしまい、眉に皺を刻む。

やっぱりおかしい……シャルルのあの対応の仕方……これってやっぱり……少し考え方を改めた方が良いかもな。

 

「あ、あの……織斑君にはもう一件用事があるんですけど、ちょっと良いですか?」

 

「え?あっ、は、はい。何ですか?」

 

と、シャルルへの対応について考えていた俺の後ろから、真耶ちゃんがピョコっと顔を出して一夏に視線を送る。

まだちょっと警戒してる様な子犬っぽくて和んだのは俺だけの秘密だ。

 

「ええと、ちょっと書いて欲しい書類があるので、職員室まで来てもらえますか?白式の正式な登録に関する書類なので、ちょっと枚数が多いんですけど……」

 

「わ、わかりました。じゃあシャルル、ちょっと長くなりそうだから今日は先にシャワーを使っててくれよ」

 

「……うん。わかったよ」

 

「それと、ゲン……用事が終わったら連絡くれ……ちゃんと話すからさ」

 

「おう。分かった」

 

一夏は俺にまた真剣な表情で言葉を紡ぎながらそう言ってきたので、俺は言葉を返しながら拳を突き出す。

それを見た一夏は同じ様に拳を突き出してコツンと軽く当て、俺と同じく笑顔を浮かべながら、一夏は真耶ちゃんと更衣室を後にした。

後に残ったのは俺とシャルルの二人のみ……。

 

「じ、じゃあ元次。僕、ちょっと用事を思い出したから、先に行ってて。待って無くても良いから」

 

「ん?そうか……オッケー、先に出てるわ」

 

「うん。ごめんね?」

 

「別に謝る必要は無えさ」

 

そしてさっきまでと同じ様に、俺にこの場所から居なくなって欲しいとでもいわんばかりの台詞を投げかけてくるシャルル。

どうやら一夏の話通り、誰かに肌を見せるのは嫌な様だな。

ISスーツのデザインの所為で腹周りが見えているのは特に気にしてないのに、だ……ちょっと確かめてみるか。

俺に対して背中を向けた位置に居るシャルルに向かって少し距離を詰めながら、俺は口を開く。

 

「……そういえばよぉ、シャルル。今更だけど、お前って随分と体の線が細いよな?……まるで『女』みたいだって言われた事無えか?」

 

「ッ!?」

 

俺が何気無く発した言葉。

それに対するシャルルの反応はかなり過敏で、バッと勢い良く振り向いてくる。

ここで、シャルルの表情に怒りとかがあるなら、それはシャルルが自分の身体にコンプレックスを持ってるって事になるだろう。

しかし俺に見せたシャルルの表情にあったのは――焦り、驚愕、困惑……そんな感情だった。

俺は極めて普通の世間話って感じの表情を浮かべたままに、もう一度言葉を投げかける。

 

「ん?もしかして気にしてたか?だったら悪いけど、ちょっと気になっちまってよ」

 

「え、えっ!?あ、あの、そう!!気にしてるんだよ!!僕はこれでも男なんだから、そういう差別的な見方はしないで欲しいんだ!!む、昔から周りの子にもそんな風に言われてて……ま、参っちゃうなぁほんと!!僕はれっきとした男なのに!!」

 

俺の言葉に「しめた!!」みたいな反応を示しつつ、シャルルは慌てながら言葉を連続で繰り出す。

まるで畳み掛ける事で反論の隙を無くすかの様に、男という単語を強調、連呼しながら……。

 

「ほぉ……そっか……悪かったな、変な事聞いちまって」

 

「ま、まったくだよ。次からはそんな事言わないでね?ぼ、僕、ホントに気にしてるんだからさ」

 

「あぁ。人のコンプレックスを指摘すんのは失礼だもんな。次からは言わねぇよ」

 

俺はその反応に興味が無い風を装って言葉を返した。

一方、俺がこれ以上この話を追求するつもりは無いと分かったのか、シャルルは本気で安堵した様な表情を浮かべる。

やっぱりちょっとおかしいぞ、シャルルの奴……なら、これはどんな反応を示すかねぇ?

兼ねてから思っていた疑惑を固める事+出来れば疑惑を払拭できればなと思い、シャルルにニヤッとした笑みを見せつつ――。

 

「まぁあれだ。もっと男らしい身体になりたきゃ、飯を食えば良いんだよ――ほら!!シャキッとしろや!!」

 

スパァアンッ!!

 

「きゃぁあああああ!!?な、何するんだよぉおおおお!!?」

 

良く運動会系の部活でやる様に、シャルルのケツを軽く引っ叩いてみた。

これに関してのシャルルの反応はもう著者であり、そして過敏過ぎる反応であった。

叩かれたケツを抑えながら俺から一気に距離を取り、涙目で顔を真っ赤に染めながら叫ぶ。

それこそ正にセクハラをされた女の様に、だ。

 

「い、いいいい、いきなり人のお、おおお尻を叩くなんて!?元次の変態!変態!!変態ぃぃい!!!」

 

「何言ってんだ。こんなもん男同士の軽い挨拶じゃねぇか?そこまでピリピリ怒るなって。じゃあな」

 

「う、うううぅ……ッ!!元次のバカァ!!」

 

涙目で俺を睨みながら怒るシャルルに、俺は肩を竦めながら言葉を返しつつ、更衣室から出て行く。

背後から感じる憤りにも似た唸り声とジトッとした視線を流して、俺は更衣室を後にした。

そこから暫く何も考えないで部屋に戻った俺だが……部屋に入ったと同時に大きく溜息を吐いてしまう。

あー……もうこれ確定だろ……シャルル・デュノアは男じゃねぇ、正真正銘の女だ。

部屋の電気を付けてから服を取り出し、俺はシャワールームへと入る。

 

「ったく……何でシャルルは男装なんかしてんだ?……何かしらの理由はある筈だけどなぁ……分かんねぇな」

 

少し熱めに設定したお湯を身体に浴びながら、俺は頭の中で考える。

シャルル・デュノアという彼女が何の為に男装までしてIS学園に入学したか、多分俺と一夏に近づく事が目的だろう。

でもそうなると何で男装してるのかが引っ掛かるんだよなぁ……女ならハニートラップを使う方が効果的な筈だ。

もし俺か一夏のどちらかがシャルルに惚れちまえば、俺達のデータなんぞ取り放題になる。

そう考えれば、ハニトラって要素を捨ててまで男に成り済まして俺達に近づいた意味が判らない。

……もしかしてハニトラが無いって事をアピールして、俺達を油断させる作戦か?

それなら確かに納得も出来る……同姓同士なら気を許しやすいからな。

 

「でも、今日まで見てきたシャルルの動き……ぶっちゃけて言うなら、お粗末過ぎるだろ……」

 

まず体の線からして、シャルルを男だと思う方が無理ってモンだし、俺達の裸を見て恥ずかしがるのもアウト。

っていうか根本的な所として、シャルルはどうやって転入前の身体検査を誤魔化したんだ?

そもそも千冬さん程のお人が、俺でさえ怪しいと感じたシャルルの男装に気付かないなんて有り得るのか?

この学園の最高戦力にして、単騎の戦闘力、観察力、というか全パラメーターがカンストしてる千冬さんの目を誤魔化せるとは思えない。

 

「ん?もしかして……千冬さんは見逃してるのか?気付いてるのに放置してる?」

 

そこまで考えて、俺は頭に過った仮説についてもう少し想像に肉付けをしてみる。

まず第一に、もしシャルルが俺達の身柄を狙った悪質なスパイなら、千冬さんは前もって何かしらの対策を講じる筈だ。

ましてやシャルルのルームメイトは一夏、家族がスパイと寝食を共にするなんて承諾する筈が無い。

俺も恐らく同様の理由でシャルルが来る事は無い筈、じゃあ答えは何か?

 

「放っておいても害が無いから……だから千冬さんはシャルルを放置してるのか?……駄目だ、コレ以上考えたら知恵熱出ちまう」

 

頭がパンクしそうになってきたので一旦思考を止め、俺は身体と頭を洗ってシャワーを終えた。

そのままシャワールーム前の洗面所で服を着替え、部屋の中へと戻る。

時間を確認してみると、セシリアと前もって約束した時間に近づいていた。

 

『(コンコン)元次さん。約束の時間になりましたので、伺いましたわ』

 

「お?グットタイミングって所か。ちょっと待ってくれ」

 

ちょうど風呂から上がった時にセシリアが部屋を訪ねてきたので、俺は鍵を外して扉を開ける。

すると、そこには小さな手提げ鞄を持ったセシリアと、部屋着のさゆか、本音ちゃんという3人の姿があった。

 

「やっほ~、ゲンチ~♪」

 

「こんばんは、元次君」

 

「おう。二人も一緒に来たのか。じゃあ上がってくれ」

 

俺は3人を入れる為に脇に避け、部屋の中へと招き入れる。

それぞれ「お邪魔します」と言いながら入室し、セシリアが少し申し訳無さそうな顔をして口を開いた。

 

「元次さん。今回はありがとうございます。わたくしの料理指導の為にお時間を下さって、なんとお礼を申し上げれば……」

 

「あー、固っ苦しい事は良いって。それより、セシリアにはまず料理の根本的な所から覚えて貰うから、しっかり話を聞く様にな?」

 

「はい。全てお任せしますわ。料理の事に関しては、わたくしはISに乗る前の右も左も分からない初心者ですから」

 

すいません、俺はIS初搭乗で千冬さんとガチバトルやらされましたが?

まぁそんな事は次元の彼方へと追いやって、まず手洗いをしてから俺は先にに戦闘服(エプロン)を装着。

今は俺と入れ替わりでセシリアが手洗いとエプロンの装着を洗面所でしている。

本音ちゃんにはリビングでテレビでも見てて暇を潰してて貰う。

何故さゆかは一緒じゃ無いのかと言うと、彼女も俺の調理風景を見たいらしい。

なのでエプロンも持参してきたので、見てても良いかと聞かれ、俺は普通に了承した。

 

「ありがとうね、元次君。私、ちょっと前から元次君の料理する所が見たくて……」

 

「いやいや。さゆかに見られると思うと、ちょいと緊張するがな。さゆかって料理上手だしよ」

 

「そ、そんな事無いよ……今日はいっぱいお勉強させて貰います♪」

 

「うっ。そ、そうプレッシャー掛けんなって……まぁ、いっちょご覧あれってな」

 

自慢じゃないが俺だってお袋や婆ちゃんに教えてもらった技の数々と積み重ねがあるんだ。

それを参考にしたいなんて嬉しい事言われたら、自然と気合が入っちまうよ。

 

「あっ。一応髪、纏めておこう……うんしょっと」

 

と、さゆかは何かを思い出した様に制服のポケットに手を入れると、中から飾り気の無いヘアゴムを取り出して『口に』、『口に』ハムっと咥えた。

そのまま両腕で自分の長い黒髪を一纏めにして、頭の後ろに口に咥えていたヘアゴムを通してポニーテールを魅せる。

 

「うん。これで良いかな……ど、どうしたの元次君?」

 

「……え?あ、あいや……」

 

綺麗にポニーテールを結えたさゆかは満足そうに笑顔を見せるが、彼女に視線を向けたまま固まってる俺を見て首を傾げた。

俺はその問いに直ぐには返せず少しどもりながら愛想笑いを浮かべる。

うふふ、ぶっちゃけるとですね?今のさゆかのやった仕草が完璧にドツボなんですよ。

ほら、良くあるだろ?『女の子のドキッとくる仕草』ってヤツ?

俺の中でも完璧にドツボなのは、さっきのロングヘアーをポニーテールにする仕草なんです。

だって、さゆかみたいな可愛い女の子がちょっと苦戦しながらポニーを結うんだぜ?

口にゴムの端っこを咥えながら、しかも色白で綺麗なうなじを露出させちゃうんですよ?

しかも彼女の服装は私服……全体は黄色でダークグリーンのラインが入ったちょっとピッチリなTシャツが括れたウェストラインを強調。

且つEカップはありそうな胸を窮屈そうに納めてるという破壊力がある格好だ。

下はダークブルーのジーンズで、その……ヒップラインがなんとも大変素晴らしくも悩ましいですな。

そんなちょっと大胆過ぎる服装の上に、ピンク色のエプロンを着けて家庭的な面を押し出しつつ、ポニーテールという完全武装。

まるで結婚したての新婚ホヤホヤな若奥様を思わせる家庭的で優しい雰囲気と格好。

これでドキッと来ない奴は、この家庭的な雰囲気の良さを判ってない、判ってないよボーイ。

しかし俺はそんな事を面と向かって言える性質じゃ無いのだ!!(フラグ)

 

「き、気にしねーでくれ。ちょっとその……あ、あれだ」

 

「??……アレ?」

 

「だ、だからその、何て言ったもんか……そ、そう!!新妻的な!!(フラグ回収)」

 

「…………ふぇ?」

 

必死に身振り手振りで誤魔化そうとした俺だが、口から出たNGワードにさゆかが反応しちゃった♪ヤベェ。

ボロッと口から零れた台詞に冷や汗がダラダラ出てくるが、目の前のさゆかはどうやら良く判って無いご様子。

こ、これはまだ起死回生のチャンスがあるという事か!?良し、頑張ろう!!

 

「い、いや間違えた。つまりその……」

 

ど、どうしよう!?マジで良い言い訳が見つからん!?

考えろ……考えるんだ、鍋島元次!!どうにかしてこの状況を打破出来るナイスな会話を見つけ――。

 

「お待たせしました。少々、髪の毛を避けるのに手間取ってしまいまして……」

 

「いや!!別に待ってねぇぜセシリア!!さぁ始めよう時間は有限だハリーハリーハリーハリー!!」

 

「えちょ!?す、少し落ち着いて下さいな元次さん!?」

 

「いやーしっかり落ち着いてるぜ!!それこそ試験の合否を今か今かと待って人という字を飲み込む時の心境ぐらいにはな!!」

 

「それ全然落ち着けてませんわよね!?緊張と焦りの極みでは!?」

 

俺の大げさな行動に文句を垂れるセシリアをグイグイとキッチンに押し込み、俺はさゆかから視線を外す。

いやーナイスタイミングで現れてくれたぜセシリアは!!これでさゆかの追求は誤魔化せそうだなうん!!

お礼に俺の持てる技術の真髄まで教え込んで、箒や一夏達をアッと驚かせてやろうではないか。

いきなりキッチンに連れ込まれて「??」な顔をするセシリアをスルーしつつ、俺は冷蔵庫から材料を取り出す。

さぁ、始めるとしますかね!!

 

 

 

「?……??」

 

とりあえず首を傾げて「何だろう?」って顔をするさゆかが可愛かったです、まる

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「さぁて、では、今日の夕食作りに入りたいと思う。用意は良いかセシリア?」

 

「はい!!よ、よろしくお願いしますわ!!」

 

「セ、セシリアさん。気合を入れるのは良いけど、包丁は置いておこうね?」

 

目に炎を宿してガッツポーズをするセシリアの両手には何故か包丁が光り輝いている。

それをさゆかがアワアワしながらやんわりと注意するが、まったくもって同感だぜ。

 

「まず料理に入る前にだが、セシリアにはある基本を覚えて貰う」

 

「基本、ですか……料理の基本……いきなり究極の極意ですわね」

 

いや、だから基本だっての。

 

「まぁ、最初は俺がやるからそれを見といてくれ。まず、揃えた材料はこれだ」

 

俺がキッチンに広げたのは、豚肉こま切れとキャベツを少々、醤油と塩胡椒、そして生姜だけのシンプルな素材。

後は油と、道具はフライパンと菜箸だけだ。

これだけのシンプルな食材を一人分だけ揃えたのには訳があるのだが、それを知らないセシリアは少々不安そうな顔をする。

一方でさゆかは俺が何を作ろうとしてるのか理解してフムフムと頷いていた。

 

「あの……これだけの食材と調味料だけで大丈夫なのですか?明らかに量が足りていないと思うのですが……」

 

「問題無しだ。これだけの材料なのは、セシリアにある事を教える為だ」

 

「ある事?」

 

「そう。ま、文句は仕上がったモノを食ってからにしてもらうぜ」

 

俺の少ない言葉に首を傾げるセシリアから目を離して、俺はまずフライパンを火に掛ける。

充分に温まってきたら油を軽く投入だ。

 

「大丈夫だよ、セシリアさん。食べてみたらちょっと驚くかもしれないよ?」

 

「さゆかさん……分かりましたわ。では、今は元次さんの料理風景を黙って見させて頂きます」

 

俺がサクサクと料理を初めて若干不安を残していたセシリアに、さゆかがフォローを入れてくれる。

こういう気遣いが自然と出来る所はさすがだよなぁ……さゆかさん、貴女はマジ女神です。

さて、フライパンに投入した油を、フライパンをクルリと回す事で全体に馴染ませ、そして煙が出てきた瞬間に豚肉を投入。

すかさず下味に少しの醤油と擦っておいた生姜を投入して、肉を軽く焼き上げていく。

全体的に見て半分ほど焼き色が付けば、次は細く切っておいたキャベツを投入して再び醤油を軽く振り掛ける。

更に塩胡椒を振って味を整え、全体に火が通るまで焼き上げていく。

まぁフライパン自体が最初の段階でかなり熱くなってるから、出来上がりも直ぐだった。

 

「うし。じゃあ、軽く冷めたら食ってみな」

 

「は、はい」

 

出来上がった野菜炒めらしきモノを器に移し、俺はフライパンと菜箸を洗う作業に入る。

そうこうしてる間にもう食べれると判断したのか、セシリアは置いておいたフォークで肉とキャベツを取った。

 

「で、では、頂きます……あむ」

 

少し恐る恐るといった具合で料理を口に含んだセシリアだが、その表情は直ぐに消えた。

 

「まぁっ……ッ!?とても美味しいですわ!!……あれだけの食材と調味料なのに、味が深くて……」

 

ちゃんと食えるモノ、しかも味は美味しいという結果に、セシリアは目を引ん剥いて驚きを露にする。

その様子を見ていたさゆかが笑顔を浮かべながら、セシリアに言葉を投げ掛けた。

 

「セシリアさん。料理は食材が良い方が、とか食材が多い方が、とかじゃ無いの。少ない食材でも、組み合わせがちゃんとしてたらとっても美味しいんだよ?」

 

「組み合わせ、ですか?」

 

「そう。さゆかの言う通り、セシリアに覚えて欲しかった基本は、食材の組み合わせの大事さだ」

 

俺はフライパンと菜箸を片付けてから濡れた手を拭き、さゆかの言葉に首を傾げるセシリアへと視線を向ける。

 

「この料理、味付けの分量とかは全部目分量でやってる。それでも組み合わせがちゃんとしてれば、ある程度の味にはなるんだ。そして合わない組み合わせとしたら……例えば、肉に砂糖は合うか?」

 

「それは……お肉に甘い砂糖だけの味付けは無いですわね」

 

「だろ?これとこれは合う。これは合わない。料理ってのはそういう根本的な組み合わせを間違えなければ普通に美味い物が作れんだよ。これだけ適当に作ったモンでこれなら、レシピ通りに作った物がどんな感じか、言うまでも無えだろ?」

 

「はい。それは理解出来ました」

 

分かり易い例えを出しながら質問すれば、セシリアは納得した表情で頷く。

良かったぜ、これで分からないなんて言われた日にゃ俺がどうしたらいいか判らなくなってた。

とりあえずセシリアが平らげて空になった皿も洗い、片付けてから、俺はもう一度セシリアに視線を送る。

 

「これが料理の基本中の基本だ。それと次はお前の問題になるが、セシリアはここに来るまでに料理をした事は?」

 

「いいえ。イギリスに居た時は、全て料理長に任せていましたので」

 

俺の質問に対して情け無さそうな表情を浮かべてしまうセシリアだが、これはある程度予想ついてた。

そうじゃねぇとレシピ本の絵の通りになんて血迷った真似はしねえだろう。

 

「そこだな。まずセシリアは料理未経験、そして食わせる相手は家事万能タイプの一夏。これはちょっとハードルが高くなる。更にお前が日本人じゃねぇ事も拍車が掛かるな」

 

「え?前半は分かりますが、後半の日本人じゃないとはどういう事ですの?」

 

「簡単な話だ。セシリア自身が日本食に馴染んでねぇ。つまり日本の食材に馴染みが無えんだ」

 

「あっ。それってつまり、セシリアさんが日本の食材を知らないから、組み合わせも分かり辛いって事だよね?」

 

「た、確かに、わたくしは日本の食材の事は……食堂でも基本和食は頂きませんし……」

 

今の時点で箒や鈴達に負けてる所を話すと、セシリアは顔を暗くしてしまう。

まぁ今現在の時点で、料理に関してはあの二人から突き放されてるんだからな。

一夏を巡る恋の戦争、その中で女のステータスとも言うべき料理のアドバンテージはどうしても埋めたい所だろう。

だからこそ、俺が出来る範囲で教えてやろうと思った訳だ。

 

「でもまぁ、これからでも自分で和食を食べて感じる事をすれば、少しづつだけど食材に対する考えが埋まるだろ?」

 

「食材に対する……考え」

 

「例えば、卵焼きの味付けには塩とか砂糖、出汁なんかもあるが、基本白米に合う様な味付けばかりだ。そういう簡単な料理を食べて、何度も誰かが作るのを見て覚えるとかな。後は、今の御時世じゃレシピなんかはネットに掃いて捨てる程転がってるから、それを参考にして軽く作ってみるのも良い。若しくは馴染みのある料理とかな。セシリアはサンドイッチに何が挟んであるか覚えてるか?」

 

「え、ええと……食堂で頂いたサンドイッチには、レタスにトマト、ベーコン等があったかと……」

 

「ほら。これで洋食のサンドイッチの材料はこれで分かったろ?洋食に関しては箒達より絶対的なアドバンテージがあるんだよ」

 

「な、なるほど……普段、サンドイッチの中身は余り気に留めてませんでしたが、確かにそういった軽食なら覚えがあります。簡単な味付けに……バターとマヨネーズ、それからマスタードの味がありました」

 

「うん。それをちゃんと適量で挟んじゃえば、立派なサンドイッチの出来上がりだね♪」

 

「まぁ……ッ!?」

 

さゆかの笑顔で放たれた言葉にセシリアは目を輝かせるが、これも俺にとっては想定内だ。

セシリアは味覚音痴な訳じゃ無い。

ただ、どの食材を入れても美味しいだろうと勘違いしてただけなんだ。

だからセシリアがその気になって、ちゃんと材料と分量なんかを間違えなければ、サンドイッチなんかは簡単に作れる。

俺が教えるのは包丁の基本的な使い方とか、和食でどれが合うかとか、そういった事だ。

勿論洋食についてもちゃんとレパートリーはあるから教えれるが、特に重点的に教えるべきは恋する一夏に食べさせる和食だろう。

さぁ、そろそろ本格的に晩飯を作るとしようかね。

俺は嬉しそうに話してるさゆかとセシリアから目を外し、冷蔵庫から新たな食材を取り出す。

 

「じゃあ、今日はセシリアにサンドイッチの日本風ってヤツを作ってもらうぜ。つまり日本人の考えたサンドイッチの味を体験してもらおうって事だ。改めて聞くけど用意は良いか?」

 

「はい!!……元次さん、さゆかさん。本当にありがとうございます。何時か必ず、お礼をさせて頂きますわ」

 

「ううん♪私は、料理って皆でやると楽しいからだし、そんなにアドバイスもしてないよ」

 

「元々俺が言った事だからな、別に大仰に考えなくて良いって。お前とは最初色々あったが、今はダチなんだからよ」

 

これぐらいのアドバイスなんて軽い軽い。

そう言って俺とさゆかはセシリアに気にするなと伝えると、セシリアはホロリと目尻から涙を流しながら笑っていた。

そんなセシリアにさゆかはハンカチを差し出して目元を拭うと、セシリアは復活してやる気を漲らせる。

こりゃマジにやる気出してるな……じゃあ、中途半端にしない様、俺も頑張るとすっか。

腹を空かせてるであろう本音ちゃんの事を思い出しつつ、俺はセシリアに料理を教えるのであった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「さて……そろそろ一夏に連絡するか」

 

時間は進んで、現在部屋には俺1人しか居ない。

あの後、セシリアとさゆかも混ざって一緒に2種類のサンドイッチを晩飯に作り、皆で美味しく食べて解散となった。

特に最後に俺が出したお菓子は3人に大好評を貰い、何時も通り満足のいく食事が出来て良かったぜ。

それで約束通り一夏に連絡しようと携帯を取り出したのだが、メールが一件入っている。

しかも送り主はこれから会う予定の一夏で、送られてきたのは数分前だ。

マナーモードにしてた所為で気付けなかった。

こっちから連絡すると言ったのに先に連絡してきた事に首を傾げつつ、内容に目を通してみると――。

 

「『緊急で悪いけど予定変更。移動が不可能になったから、悪いがこっちの部屋に来てくれ』……何だ?何かあったのか?」

 

あいつは緊急の時は何時もこんな感じで要点だけを言う癖がある。

つまりこれは緊急って事で、目下一夏の周りで緊急事態になりそうな事なんて……。

 

「……シャルルの事か?」

 

同居人の事って考えるのが一番自然だろう。

勘の域は出ないが、恐らく間違っては無え筈だ……仕方無え、向こうに行くか。

俺は又もや降りかかってきたであろう面倒事に対して溜息を深く吐きながら部屋を出て、一夏の部屋へと赴く。

そのまま廊下に誰も居ない事を確認してから、俺はドアをノックした。

少し待っていると、一夏が真剣な表情でドアを少しだけ開けて、辺りを警戒する。

 

「……周りは?」

 

「問題無え。入るぜ」

 

俺が短く辺りの様子を伝えると、一夏はスッと横に避けて道を開けたので、俺もすぐさま部屋に入る。

そのまま一夏は部屋の鍵を閉めると、かなり疲れた表情で俺に振り返ってきた。

 

「……なぁ、兄弟……落ち着いて聞いてくれ」

 

「何だ?シャルルが女だった事か?」

 

「ッ!?き、気付いてたのか……ッ!?」

 

「……まぁ、な……確信が付いたのはさっきだがよ」

 

俺の言葉に心底驚く一夏から視線を外して部屋に視線を向けると、そこには何時ものジャージに身を包んだシャルルが居た。

但し、胸の所には男なら無い膨らみがあり、表情に何時もの煌きは無く、あるのは暗い自嘲する様な笑顔だ。

何に対しても諦めたかの様な人形の様な表情……どうにも、複雑な事情がありそうだな。

俺は溜息を吐きたい気持ちを我慢して、ベットに座るシャルルと対面になる様に、もう片方のベットに座る。

 

「あっ……元次」

 

「……よぉ……何か、あっさりとバレちまったみてーだな」

 

えらく気落ちした表情のシャルルに、俺は苦笑しながら言葉を掛ける。

するとシャルルは俺の顔を見ながら少しだけ表情を崩して儚く笑う。

 

「……その口ぶりじゃ、元次は気が付いてたんだね……やっぱり、更衣室の時?」

 

「いや、悪いが初対面の時から無理があるとは思ってた」

 

「あはは……そっかぁ……遅かれ早かれ、二人には気付かれてたんだ……参っちゃうなぁ」

 

殆ど塞ぎこんだ表情を浮かべるシャルル……こりゃ言ってる通り相当参ってるな……しょうがねぇ。

俺は立ち上がって、脇に避けていた一夏に「茶を淹れるから借りるぞ」と声を掛けてキッチンに向かった。

こーゆう空気は昔っから好きになれねぇ……早い所解決して、何時も通りのカラッとした雰囲気に戻すさねぇとな。

俺は3人分のお茶をトレーに乗せて再びリビングに戻り、自分の分だけ取って、2つのお茶が乗ったトレーを一夏に渡す。

 

「ほれ」

 

「お、おう……ほ、ほら、シャルルも飲めよ」

 

「え?……で、でも……良いの?」

 

俺達を騙してた事からくる罪悪感か、シャルルはさっきからどうにも居心地悪そうにしてる。

そんなシャルルに、俺は苦笑しながら言葉を掛けた。

 

「まぁ飲めって。茶ってのは心を落ち着けてくれる不思議なアイテムだ。どうにもさっきからシャルルは自棄っぱちに落ち込んでるから、一度それ飲んで落ち着け」

 

「そ、そうだな。まずは一度落ち着いてからにしようか?ほい」

 

一夏も俺の言葉に追従して笑みを見せながらシャルルにお茶を差し出す。

そのお茶を、シャルルは少しポカンとしながら見つめていた。

 

「う、うん。ありがと……あっ!?」

 

「へ?お、おい!?」

 

しかし、一夏から手渡しでお茶を受け取ろうとしたシャルルの指先が一夏の湯呑みを持つ手に触れてしまい、シャルルは顔を真っ赤にして手を引っ込めてしまった。

こうなると湯呑みは空中に放り出されてしまい、それを見た一夏が慌てて手を伸ばして湯呑みをキャッチする。

 

バシャッ!!

 

「あちゃちゃちゃちゃ!?あ、あちゃい!?」

 

「ご、ごめん!?」

 

しかしそうなると、湯呑みに並々と注がれていた熱めのお茶が飛び出し、一夏の手に掛かってしまう。

その熱さに耐え切れなかった一夏は結局湯呑みを取り零し、床は盛大に濡れてしまった。

一夏は自分の湯呑みを片手に持ったまま台所に戻って手を冷やし、シャルルは謝りながら台所に着いて行って謝罪をしている。

何やってんだよお前等は……。

 

「ちょっと見せて!!……あぁ、赤くなってる!?ホントにごめんね!?」

 

「いや、これぐらいは大した事無い……ッ!?そ、それより、その……あ、当たってるんだが……」

 

「え?……あ!?」

 

しかし俺がその様子を見ていると、一夏がシャルルから目を反らしつつ少し顔を赤くさせながらそんな事を言った。

その言葉を聞いたシャルルは、最初は何の事か判らず首を傾げていたが、直ぐに一夏が何を言ってるか理解すると、俺の方に体ごと振り返る。

何故か頬を赤く染めて胸元に手を回して隠す様な仕草……あぁ、当たってるってそういう事か。

何ていうか何時でもあいつはラッキースケベ体質なんだな。

そんな一夏達の様子を呆れながら見ていると、シャルルは頬を膨らませながら再び一夏へと振り返りボソリと一言。

 

 

 

「……一夏のえっち」

 

「何でだよ!?」

 

うむ、全くもって同意だな。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「さ、さて、アホらしいハプニングもあったが、そろそろ話をするか」

 

「う、うん」

 

偉そうに仕切り直してるが、ハプニング起こしたのお前等だよ?

まぁ俺はそんな事を一々言うのも面倒なので、そこには触れずに口を開いた。

 

「そうだな……で?まず聞きたいのは、一夏。お前なんでシャルルの男装に気付いたんだよ?」

 

「「え!?」」

 

お茶を飲んで一息ついたところで、俺はまず一夏がどうやってシャルルの返送を見破ったかについて質問した。

一夏は最初から怪しんでた俺と違って、一夏はシャルルの事を疑ってすらいなかった。

だから何故シャルルの男装に気付いたかを聞いたんだが……何故、二人揃って顔を真っ赤に染める?

 

「え、ええと、その、だな……シ、シャルルが風呂に入ってて……」

 

「残念だ。本当に残念だよ兄弟。まさか兄弟をこの手で裁く日が来ようとはな……せめてもの情けだ。俺のハリテで楽にしてやろう」

 

俺は今までに無い程の無表情になりながら一夏に最期の通告を言い渡す。

まさか、まさかあの一夏が風呂にドッキリ突撃をカマしたなんて……兄弟として、最期くらいは俺が手を掛けてやるか。

 

「落ち着け!?餅突けブラザー!?サラッと禁じ手を使おうとしないで!?お、お前の考えてる事とはち、違うぞ!?シャルルが風呂に入ってて、ボディソープが切れてるの思い出して、困ってるだろうなぁって持っていったら……」

 

「……つまり親切心が裏目に出て、丸出しのシャルルとご対面か?やっぱり有罪じゃねぇか、このラッキースケベ野郎」

 

「ま、まるだ!?あ、あうぅぅ……ッ!?」

 

「だ、大丈夫かシャルル!?ゲ、ゲン!!今はそれより、シャルルが何で男の振りしてたかの方が重要だろ!?」

 

俺の台詞を聞いて顔を真っ赤に染めるシャルル。

どうやらそのバレた時の事を思い出してる様だが……一夏め、相変わらず羨ましい想いしてんなぁ。クソ。

たっぷりの醜い嫉妬を篭めたジト目で一夏を睨んでいたが、これでは話が進まないので頭を切り替える。

 

「ちっ……仕方ねぇな……じゃあ、この件は忘れて……んで?何で男装なんかしてたんだ?」

 

仕方なく、仕方なく話を切り替えてシャルルへ質問すると、シャルルは顔色を再び暗くさせてポツポツと語り始めた。

 

「……実家からの命令で、ね」

 

……『命令』?

 

「お前の実家って言ったら、デュノア社だろ?」

 

「うん。そう……デュノア社の社長……『その人』からの直々の命令なんだ」

 

デュノア社の社長って言ったら、確かシャルルの父親……何でそんな他人行儀な言い方をする?

どうにもシャルルの言い回しが引っ掛かって、俺は少し目を細める。

一夏も同じなのか、首を傾げたままシャルルに質問をした。

 

「命令って……『親』だろう?何でそんな――「僕はね」……シャルル?」

 

一夏の言葉を遮ったシャルルは、膝に乗せていた拳をギュウッと力強く握りながら顔を上げて、俺達に視線を向ける。

 

 

 

「僕はね……父の本妻の子じゃ無いんだよ」

 

 

 

そのまま自嘲する様な表情で、彼女はそう告白した。

 

「……え?」

 

「本妻って……じゃあ、まさか?」

 

俺達の日常からは余りにも掛け離れた言葉に、俺も一夏も動揺が隠せない。

一夏は呆然とし、俺も辛うじて聞き返す事が出来ただけだった。

『本妻』……つまりは今のシャルルの親父の女房……それが違うって事は……。

 

「僕は――愛人の子なんだ」

 

力の無い表情でそう語るシャルルに視線を向けながら、俺達は彼女の語りを聞く。

 

「父とは、ずっと別々に暮らしてたんだけど、二年前に引き取られたんだ……母が他界した時に、デュノア社の人が迎えに来て……そこで初めて父の存在を知ったんだ」

 

シャルルはそう語りながら、手に持った湯呑みを覗き込む。

湯呑みに注がれた水面にはシャルルの顔が写っているだろうが、何を思っているかは当人しか判らない。

愛人……つまりは浮気、不倫相手の子供……しかもシャルルの母親は他界してるから、自動的に父親に引き取られたって事か。

心の片隅でシャルルの状況を考えながら、耳は彼女の言葉を聞き取っていく。

 

「それで、色々な検査をしていく内に、ISの適正が高い事が判ってね。非公式だけど、社のテストパイロットをやる事になったの」

 

「……」

 

あまりにも俺達の日常からは掛け離れた話題。

思い出すのも嫌って表情を見せながらも、言いたく無いあろう話を健気に喋ってくれるシャルル。

その事に俺と一夏は、何も言わず黙って話しを聞く事に専念する以外に出来なかった。

 

「それで、昔のお母さんの話とか、父から聞けるかなって思ったんだけど……父にあったのは二回くらい。会話は1時間も無かった」

 

……親子とは思えない、冷たい日常……それがシャルルの送ってきた日常なのか。

それを想像するだけで、俺は嫌な気持ちになる。

 

「普段は別邸で生活をしていたんだけど、一度だけ本邸に呼ばれてね……あの時は酷かったなぁ……いきなり本妻の人に殴られたよ。『この泥棒猫の娘が!!』ってね……」

 

「シャルル……」

 

「……胸糞悪いな……当たるべきは浮気した夫にだろ」

 

「アハハ……参るよね……母さんもちょっとくらい教えてくれたら、あんなに戸惑わなかったのに……使用人の人達も何も言わないから、益々訳が分からなかったし」

 

あはは、と愛想笑いを繋げるシャルルであったが、その声はちっとも笑っていないし、俺達も笑えねぇ。

シャルルの悲しみに彩られた声を聞くだけで、その場の光景があたかも目の前で起きてるかの様に想像出来る。

いきなり叩かれて呆然とするシャルルと、目に見えて怒るシャルルの義母。

シャルルの口振りだと、その場の人達は誰も助けなかったんだろう……巫山戯た話だ。

子供が手を挙げられてるのを見て尚且つ、例え相手が誰でも理不尽に当たり散らしてるのを見たら助けるのが大人の仕事だろうが。

胸の中でモヤモヤと怒りの炎が燻る俺だが、それは一夏も同じらしい。

その証拠に拳をきつく握り締めて、普段は見せない怒りを帯びた表情を浮かべている。

 

「それから少し経って、デュノア社は経営危機に陥ったの」

 

「え?だってデュノア社って、量産機ISのシェアが世界第三位だろ?」

 

「そうだったな。そんな大企業が経営危機に陥ったなんて普通な話じゃ無えぞ?」

 

ましてや学園や企業、国なんかに配備されてるラファール・リヴァイヴの大元会社だ。

それが経営危機に陥るなんて、まるでラファールが売れてない様な話じゃねぇか。

どう考えてもセシリアや鈴の第三世代機よりもバランスが整ってる良い機体だろうに……ん?

 

「あれ?ちょっと待て?もしかして……リヴァイヴしか無いからか?」

 

「うん。正解」

 

「え?ど、どういう事だよそれ?」

 

頭に過った仮説をシャルルに聞いてみれば、どうやらそれで合っていたらしい。

一夏の方は検討が付かないらしく、シャルルに疑問顔で質問した。

 

「元次の言った通り、フランスには第二世代型のリヴァイヴしか無いんだよ。オルコットさんやボーデヴィッヒさん達の国は既に第三世第型の開発が成功してるけど、フランスはそれがまだなんだ。それと、ISの開発っていうのはものすごくお金がかかるから、ほとんどの企業は国からの支援があってやっと成り立っているところばかりっていうのも理由の1つ」

 

「……つまり、政府がISの為に金を使ってるのに、第三世代型のISが作れていないのが、経営危機の理由って事か?」

 

シャルルの詳しい説明を聞いて、一夏は唸りながら自分なりの答えを出す。

それを聞いてシャルルは頷く事で答えを肯定し、更に続きを語る。

 

「それで、第三世代型の開発が成功していないフランスは、欧州連合の統合防衛計画『イグニッション・プラン』の次期主力機の選定から除名されているからね。第三世代型の開発は急務なの。国防のためもあるけど、資本力で負ける国が最初のアドバンテージを取れないと悲惨なことになるんだよ」

 

シャルルの話を聞きながら、そういえばとセシリアが言っていた事を思い出す。

イギリスのティアーズモデルとドイツのレーゲンモデル、イタリアのテンペスタⅡの3機で欧州諸国の重要な位置を争ってるとか。

そんで、今の所はイギリスがリードしてるが、まだ余談を許さない状況にあるらしい。

その為にIS適正値がAという高い数値を出したセシリアが実稼動データを取るためにIS学園に来たと。

 

「欧州連合の中での遅れもあって、今まで以上にデュノア社でも第三世代型の開発に着手したんだけど、元々遅れに遅れての第二世代型最後発だからね。圧倒的にデータも時間も不足していて、全然形にならなかったんだよ。それで、結果が出せていないって事で政府からの通達で予算を大幅にカットされたの。次のトライアルで選ばれなかった場合は援助を全面カット、その上でIS開発許可も剥奪するって流れになった……」

 

「他の国に乗り遅れて、まだ第三世代が開発出来ない会社に金と許可を出すのも勿体無いって事か……成る程、そりゃ確かに経営危機だな」

 

「んー……とりあえず、シャルルの親の会社が経営危機に陥った理由は分かったけど、それがどうして男装に繋がるんだ?」

 

「……簡単だよ……注目を集める為の広告塔。そして――」

 

一夏の最後の質問に対してシャルルは少し言い淀んだ。

しかし最後まで話そうという決心はしているらしく、シャルルは俺達に真っ直ぐ目を向ける。

 

「同じ男子なら、日本に表れた特異ケースとも接触しやすい……可能であれば、データを取れるだろう……ってね」

 

「……おいおい……それってつまり……」

 

「そう……僕は一夏、元次、君達のデータを盗んでこいって言われてるんだよ……あの人にね」

 

シャルルは口に出すのも嫌という嫌悪感を露わに、実の父親をそう呼ぶ。

血の繋がった親子であっても他人行儀に……嫌そうに呼ぶ理由はソレだったのか。

今まで姿も表さず、母親が死んだから引き取っただけで、IS適正が高かったから利用されてる。

話を聞くだけならクソ、いやクソ以下でウジ虫以下の人間だな……腐ってやがる。

爺ちゃんや冴島さんがこの場に居て、そのクソ野郎がここに居れば、即座にブッ殺してるだろう。

勿論俺もそんな屑をそのままにするつもりは欠片も無えがな。

 

「とまあ、そんなところかな……今まで騙しててゴメン。本当の事を話したら楽になったよ」

 

全てを話し終えたシャルルはまるで憑き物が落ちた様な笑顔でそう言い、俯き気味だった顔を起こす。

そして直ぐ様俺達に向かって頭を深々と下げて謝罪した。

何が『楽になった』だよ……全くもって無理してやがる癖しやがって……。

 

「デュノア社は、まあ……潰れるか他企業の傘下に入るか、どのみち今までのようにはいかないだろうけど……僕にはどうでもいいことかな」

 

「……もし、これが外にバレた場合だが、シャルル。お前はどうなるんだよ?」

 

俺は無理して笑ってるシャルルに、目を細めながら質問を飛ばす。

今のシャルルの表情はまるで、全てを諦めた様なあっけらかんとした明るさがあったからだ。

悪く言うなら、自暴自棄ってのがピッタリ当て嵌まる。

 

「どうって……女だって事がバレたから、本国へ強制送還されると思う……代表候補生を降ろされるのは当たり前として……その後の事は判らない…………良くて牢屋行きかな」

 

「ッ!!良いのかよ、それでも……シャルルは本当にそれで良いのかよ?」

 

「……え?」

 

俺の質問に対するシャルルの答えを聞いた一夏がボソリと呟く。

その顔は俯いてて表情が隠れちまってるが……俺には今の声音で大体分かる。

一夏の奴、本気で怒ってやがる……シャルルじゃ無くて別の事に。

 

「……それで……それで良いのか!?良い筈無いだろ!!親が何だっていうんだ!!どうして親だからってだけで子供の自由を奪う権利がある!?おかしいだろう、そんな巫山戯たものは!!」

 

そして、シャルルの聞き返しに反応した一夏は立ち上がり、シャルルの方を掴んでそう叫んだ。

今の一夏の表情には何時もの温厚さも、優しさも垣間見えない。

あるのは只純粋な……親という立場の人間に対する明確な『怒り』の感情だった。

その突然の変貌に驚き、シャルルは目を見開くが、俺には一夏がここまで怒る理由も分かる。

一夏と千冬さんは……実の両親に捨てられているから……だから尚の事、シャルルの親が許せねぇんだろう。

そう思ってる間にも、一夏は思いの丈をぶち撒けるかの如く、シャルルに言葉を浴びせた。

 

「親がいなけりゃ子供は生まれない。そりゃそうだろうよ!!でも、だからって、親が子供に何をしても良いなんて、そんな馬鹿なことがあって堪るかよ!!生き方を選ぶ権利は誰にだってあるはずだ。それを、それを親なんかに邪魔される謂われなんて無いはずだろ!!」

 

「ど、どうしたの一夏?そんな……」

 

「兄弟。少し落ち着け……シャルルが怯えてたら意味無えだろ?」

 

「あ……わ、悪い……熱くなり過ぎた」

 

「良いけど……本当にどうしたの?」

 

時折シャルルがチラチラと俺に仲介の視線を送ってきてたので、俺はそれを受けて一夏にストップを掛けた。

2人に同時にストップを掛けられた事で冷静になれたのか、一夏はシャルルに謝罪しつつ、自分を落ち着かせる。

一夏の言いたい事と、抱えてる事は、両親を……家族を尊敬してる俺でも理解は出来る。

俺だって家族がそんな屑だったなら誰も尊敬なんてしてねえ。

 

「……俺は……俺は――俺と千冬姉は、両親に捨てられたんだ」

 

「え……」

 

普段は爽やかな表情を浮かべている一夏が、嫌悪感を顕にして吐き出す様に語った話に、シャルルは目を見開いて驚く。

俺も一夏も当時はガキだったから良くは覚えてねえけど、この歳になればそういう事も判るようになる。

シャルルの様に、例え片親でも愛情を受けて育ったのなら分かる筈だ。

一夏の両親が行った悲しすぎる所業について。

自分の腹を痛めて産んだ子供を……幼い時に二人も放り出して何処かへ蒸発した事の異常性も。

一夏は嫌そうな表情を浮かべていた所から一転して真剣な表情に戻り、再びシャルルへ目を向けた。

 

「俺の事はどうでも良いんだ。今更会いたいだなんて思わねぇ……俺にとっての家族は千冬姉とゲン。それに、俺達を見守ってくれたゲンの家族だけだ。本当の両親だなんて奴はどうでもいい」

 

「……」

 

「今はシャルルの事だ……シャルル、お前は本当にそれで良いのか?そんなクソッ垂れた親の命令で、自分の自由を奪われて、利用された挙句に自分だけ牢屋行きになって……それで本当に良いのか?自分の幸せを選ぼうとは思わないのかよ?」

 

真剣な表情を浮かべ、両肩を掴んで瞳を覗く一夏の質問に、シャルルは何かを言おうとするも、直ぐに俯いてしまう。

俺はそんなシャルルの様子を見ながら、かなりブスッとした表情を浮かべていた。

気に入らねぇ……全く持ってシャルルの言い方は気に入らねぇ。

暫くそうしてシャルルの成り行きを見守っていると、シャルルは俯いたままに小さく声を絞り出す。

 

「……良いも悪いも無い……僕には選ぶ権利なんか無いから……仕方ないよ」

 

違う、そうじゃねぇ……そうじゃねぇだろシャルル。

俺は遂に自分の意見を言おうとすらしなかったシャルルに対して声を掛けようとしたが――。

 

 

 

「ッ!?……だったらここに居ろ!!俺達の傍に!!」

 

それは一夏の大声によって遮られた。

 

 

 

「……え?」

 

だが、一夏の言葉の意味が判らなかったのか、シャルルは呆然とした声を出しながら立ち上がった一夏を見上げる。

一夏はそんなシャルルの視線を受けつつ、机の上に置いてあった自分の鞄から生徒手帳を取り出した。

ん?生徒手帳?……おぉ!?そうか、兄弟の言ってる意味が分かったぞ!!

 

「IS学園、特記事項第二十一。本学園における生徒はその在学中においてありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。本人の同意がない場合、それらの外的介入は原則として許可されないものとする」

 

「男性IS操縦者なんてレアな俺達が研究材料にならずに済んでる1つの理由だな。ここなら世界中の女から目の敵にされてる俺ですら、平穏に過ごせるんだぜ?」

 

一夏が生徒手帳を見ながらスラスラと読み上げたのは、この学園における特記事項、つまり校則と学園の決まり事の一項だ。

そう、前にも話したが、このIS学園は世界的に見ても超が付く程の特例の場所、謂わば1つの独立国家なんだ。

俺達がこの学園の生徒である限り、世界中の国は俺達に対して命令を強制する権限が無い事になる。

だからこそ、世界史上初の男性IS操縦者である俺と一夏はこの学園でのんびり過ごす事が出来てる訳だ。

 

「――つまり、この学園にいればシャルルは親とかフランスからの戻れって命令を受ける義務は無いし、少なくとも三年間は大丈夫だ。それだけ時間あれば、なんとかなる方法だって見つけられる。別に急ぐ必要だってないだろ」

 

一夏は自身満々でそう言ってシャルルに視線を向ける。

まぁ確かに3年ありゃ何かしらの光明は見つかるだろうしな。

 

「……で、でも、その……元次はどう思ってるの?ぼ、僕は君達を裏切ろうとしてたのに……」

 

一夏の新たに見つけ出した筋道の事を聞いたシャルルだが、彼女は遠慮気味に俺を見て質問してくる。

大方俺がシャルルに対してキレてるとか考えてるんだろうな。

まぁ確かにシャルルに対して怒ってるっちゃ怒ってるが、それはまた別の理由で、だ、

だから俺は少し怯えた様子を見せるシャルルに対して苦笑いしながら言葉を返した。

 

「ばぁか。それはお前の意思じゃ無えんだろ?ならそれを責める権利は俺に無えし、責める気も無え」

 

「だ、だけど……」

 

「それに、俺がお前に対して怒ってるのは、もっと別の所だ」

 

「え?」

 

俺達を騙していた所には怒ってないが、別の所はかなり気に入らねぇんだよな。

考えれば考える程にムカムカしてきたので、俺は軽くシャルルに指を向ける。

 

「そら」

 

「(パチン)痛っ。な、何するのさ?」

 

そこから加減しまくったデコピンを当てれば、シャルルは額を抑えて俺に抗議してくる。

俺はその抗議には反応せず、腕を組んでシャルルに言葉を返した。

 

「そもそも根っからの前提が間違ってんだよボケ。何でお前が牢獄に入る事が決定してんだ」

 

「だ、だからそれは、二人にバレたから……」

 

「別に俺達がチクらなきゃ誰にもバレねぇ事じゃねぇか」

 

俺が呆れた様にそう言うと、シャルルは表情をポカンとさせて俺をマジマジと見つめる。

シャルルがさっきから悲観的になって牢屋行きだとか代表候補生から降ろされるなんて言ってるが、どれも俺達がフランスにチクらなきゃバレねぇ事ばかりだ。

IS学園の中でバレたとしても、ここにはあの厳しくも優しい千冬さんが居る。

あの人ならシャルルの事情を聞いた上で、フランス政府が身柄引き渡しを要求しようとも突っぱねてくれるだろ。

シャルルの親がした事は、完全にやっていい範囲をブッチしてる事だしな。

 

「俺も一夏も、事情を聞いた上でお前が利用されてるのを知った。ただ利用されただけの奴にキレてお前を責める程、俺も兄弟も腐っちゃいねぇ」

 

「違いねぇな。それに、折角出来た友達を見捨てるなんて、後味が悪過ぎるぜ」

 

俺達は互いに笑いながら言葉を交わす。

今の話の通りなら、シャルルは親に利用されてしまっただけの被害者だ。

そんな奴の事をチクったりしたら、俺達は本当の最低野郎に成り下がっちまう。

 

「……ほ、本当に、良いの?……僕は、ここに残っても……」

 

シャルルはまだ信じられないのか、俺達に窺うように言葉を投げかけてくる。

その言葉に対して、俺達は笑顔のままに答えた。

 

「あ?当たり前だろうが。さっきも言った通り、俺達はダチを売ったりしねぇよ」

 

「ゲンの言う通り、当たり前なんだって……ここに居ろよ、シャルル」

 

「あ……」

 

一夏はさっきまでの怒りを感じさせない真っ直ぐな表情で、シャルルに言葉を返しながら手を延ばす。

その動作を呆然とした感じで見ていたシャルルだが、一夏の手を見つめると、恐る恐る手を差し出して握る。

シャルルが手を取ったのを確認してから、一夏はこれまた何時もの爽やかイケメンスマイルを浮かべて口を開いた。

 

「シャルルは大事な友達だ。俺が必ず守るさ」

 

「ッ!?……あぅ……い、一夏…………ありがとう」

 

一夏の曇りの無いスマイルで見つめられたシャルルは顔を赤く染めながら笑顔でお礼を述べた。

……ん?あれ?

今の自分の見えた景色がオカシイナー?と思い、俺は目を擦ってもう一度目の前の景色を見る。

目の前に映る光景は、イケメンスマイルを浮かべる一夏が手を差し伸べ、その手を取って上目遣いに立っている一夏を見上げるシャルル。

彼女の頬はしっかりと赤く染まり、目はまるで王子様を見る様な輝きが溢れている。

場所と服装さえ違えば、紛う事無き王子様とお姫様のラブストーリーであろう。

……またか?またなのか兄弟?またもや墜としやがったのかテメェは?

長年の付き合いがあるからこそ、俺は女の子が一夏にどれぐらいのレベルで惚れてるのか手にとる様に分かる。

ちなみにこのスカウターは弾も装備している、外したくても外せない呪いの装備(笑)だ。

女子力……53万……馬鹿な、まだ上がっていくだと……ッ!?

こりゃ確定だな……シャルルの奴、一夏に箒達レベルで惚れ込んでやがる。

またもや増えそうな修羅場の種に、俺は目を覆って大きく溜息を吐いてしまう。

 

「ん?どうしたんだゲン?溜息なんか吐いてると幸せが逃げるぞ?」

 

「そうか。じゃあ俺の幸せの為にテメェを葬るとしよう。さよなら兄弟」

 

「何で!?」

 

「アアアアアアラララララァイ!!極練気・大富嶽ぅ!!」ギュオンッ!!

 

「(バチゴォ!!)へぶらい!?」

 

「い、一夏ぁ!?な、何て事するのさ元次!!一夏が可哀想だよ!!」

 

冴島さん直伝のジャンピングアッパーを浴びた一夏は空中に浮き上がってから地面に激突。

そのまま目を回して気絶してしまい、シャルルは俺に怒りながら一夏の側に駆け寄る。

しかし俺は俺をキッと睨みつけてくるシャルルの視線を無視しつつ、俺は大きくため息を吐く。

 

「うるせぇ。どっかの誰かさんが一夏に惚れちまったから、これから俺の身に降りかかるであろう修羅場の報復を前倒ししただけだ」

 

「ッ!?……ど、どっかの誰かって……だ、誰の事かな?」

 

「ほほぉ?この状況で俺にシラ切れるとはなぁ……大した度胸じゃねぇか?ん~?」

 

「う、うぅ……バレてる?」

 

「分かるに決まってんだろ。お前等揃いも揃って分かりやす過ぎんだよ」

 

俺の言葉を聞いて誤魔化そうとするシャルルだったが、ジトっとした目つきで見てやると観念して恐る恐る声を掛けてきた。

まぁ、俺が言いてえ事なんざそんなに大した事じゃねぇんだが、一夏が起きてちゃ言えないからな。

 

「とりあえずよ……本気で惚れてんなら、茨の道になる事くらい覚悟しとけよ?兄弟は天然記念物指定の鈍感で、兄弟に本気で惚れ込んでる奴は、お前以外に4人居るからな」

 

「4人……その内3人は凰さんと篠ノ之さん、オルコットさんだよね?」

 

「そうだ」

 

既に俺には誤魔化しが聞かないってのが判ってるのか、シャルルは俺に確認する様に恋敵の名前を挙げていく。

ちなみに名前が上がっていなかった4人目は蘭ちゃんだ。

シャルルの確認に頷くと、シャルルは何故か笑みを浮かべながら俺に視線を合わせてくる。

 

「元次、前に僕に言ってたでしょ?フランスは愛の先進国って呼ばれてるって」

 

「ん?あぁ。確かに言ったが、それがどうしたよ?」

 

この場で前に言ってた事を蒸し返す意味が判らず、俺はシャルルに聞き返す。

何だ?シャルルは何が言いたいんだ?

 

「それ、正解だよ……僕等フランス人は愛に生きるって言っても過言じゃ無いくらい、愛を重要視してるの。恋敵が4人?想い人が鈍感?上等だよ。寧ろ、この上なく燃えてきちゃった♪」

 

「……」

 

シャルルの楽しそうな言葉に、俺は開いた口が塞がらなかった。

コイツ、普通は恋敵が多いと凹みそうなモンなのに、逆にその状況を楽しんでやがる。

儚そうな雰囲気も持ってる癖しやがって、その実この状況に燃えてるってのかよ。

何でこうも一夏に惚れる女達ってのは一癖も二癖もあるんだか。

っというか、シャルルが女だって事がバレたら、箒達はブッチ切れるんじゃねぇだろうな?

あぁ、そうなると間違い無く修羅場に発展しちまう……巻き込まれねぇ様に気をつけよ。

 

「まぁ、俺は全員に平等にアドバイスしてるつもりだからよ。なんか困った事があったら言いな。出来る範囲の手助けはしてやるぜ?」

 

「ふふ。そうだね。もし困ったら、その時はお願いするよ……それと、ありがとう元次。僕を庇ってくれて」

 

「気にすんな。これぐらいは当然の事だからよ」

 

見捨てるのも寝覚めが悪いし、何よりそんな事したら冴島さんと爺ちゃんに叩き殺されちまう。

世間的にはスパイの立ち位置のシャルルを庇う事が悪事だと言われても、俺の心はシャルルを助ける事こそが正しいって感じる。

だから、俺は俺の心に従って、悪事に手を染めるとしよう。

 

「とりあえず、兄弟を起こすか……今日の本命は、あの銀髪と関係ある空白の間にあった出来事の話なんだしよ」

 

シャルルの話というまた違ったアクシデントがあったが、俺がここに来た本来の目的は一夏の事だ。

俺もあの時から気になっているモヤモヤを解消しなきゃいけねえ。

 

「そうだね……ところで元次?今日、更衣室で僕のお尻を叩いたよね?あれって僕が女の子じゃないかって疑った上で――」

 

「さて、時間も無え事だし急ぎますか。コラァ起きろや兄弟!!」

 

「(ドゴォ!!)うわらば!?」

 

床で伸びていた一夏のケツを軽く蹴飛ばし、俺は一夏の意識を強制覚醒させた。

後ろからジトーっとした眼つきで俺を見てるシャルルの事は知らない、なぁ~んにも知らない。

とりあえず覚醒した一夏の文句を聞き流し、俺は今日の最大の目的である一夏の過去についての話を聞く事になった。

 

 

 

さぁ、教えてくれや、兄弟……お前と千冬さんの過去に何があったのか……あの時お前は、何で落ち込んでいたのかを、な。

 

 

 

対面の位置に座って真剣な表情を浮かべる一夏の瞳を見ながら、俺は真剣に一夏の言葉に耳を傾けた。

 

 

 

 







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