IS~ワンサマーの親友   作:piguzam]

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お待たせしました。


番外編の方で感想が波の様に来て溺れていました(あっぷあっぷ

とりあえずこれにて原作2巻までの内容が終了です。

次回からはジョジョの更新を再開したいと考えております。

それでは、どうぞ!!




この学園、トラブルの巣窟である。

 

 

 

「ふにゃ~♪」

 

「……ッ!!(ギリィ!!)」

 

まるで猫ちゃんの様な鳴き声を出しながら俺の胸板にスリスリしてくるアダルト兎こと束さん。

そしてそれを物凄く悔しそうな眼つきで睨んでる千冬さんのお二人。

それが目が醒めた俺が最初に目撃した光景でした。

何これ?どーゆう状況?

 

「んふふ~♪ちーちゃんは手出ししちゃ駄目だからねー?これは勝負の結果だも~ん♪」

 

「クッ!!ふ、不意打ちでじゃんけんに勝ったぐらいで誇らしげにするとは……ッ!!」

 

「勝てば官軍負ければうんちゃらってヤツなのさ♪過程や方法なぞぉ……どうでもいいのだぁああ!!」

 

「いや、それは如何なモンすかね、束さんや」

 

ちょっとテンションがおかしな方向へ振り切れてる束さんの最後の台詞に反射的に突っ込んだ。

貴女は何処ぞの究極生物さんだっての。

 

「あっ!?ゲン君、目が醒めたんだね!!良かったよぉお!!(ギュッ!!)」

 

「うのほぉ!?た、束さん。そんな大袈裟な……」

 

「大袈裟じゃないよい!!ちーちゃんてばゲン君怪我人なのに壁に叩き込んじゃうんだもん!!めり込んでヒュージョンしちゃってたんだよ!?合体しちゃってたんだよ!?怪我してるのに酷いよねー!!」

 

あっ、試合の怪我より千冬さんからのダメージの心配ッスか?

まぁ確かに今日一番のダメージだった気がせんでもないが……気の所為だよな?

 

「た、束!!貴様……ッ!!」

 

「幾らちーちゃんでも、こればっかりは手を抜いてあげないもんねー。責めれる所は責めちゃうのが束さんクォリティなのだよ!!」

 

「……ッ!!」

 

と、まぁ天下無双の千冬さん相手にこんだけ煽り倒せばどうなるかなんて誰でも分かるよな。

もう血管ピクピクさせながら束さんへの距離を詰めてくるのが果てしなく怖い。

しかも束さんの顔を掴もうとする千冬さんの手がコキコキって鳴ってるし。

しかしまぁ束さんは楽しそうな笑顔を浮かべたままに千冬さんから視線を外して、俺にもっと抱き付いてくる。

アカン、千冬さんの機嫌が鰻登りで大変な事にににににに。

 

「……束。覚悟は良いんだろうな?」

 

「きゃー♪ゲン君助けてー♪ちーちゃんが苛めてくるよぅ♪」

 

苛めじゃありません。ハンティングです。

そんな事言いながら俺に抱き付かないで、矛先が俺に向いちゃう。

今の千冬さんの状態を現すなら、猟銃を必要としない孤高の狩人ですって。

しかも俺に抱き付いてるから、千冬さんの視線が自動的に俺をロック☆オーン。

正直、チビりそうでございまする。

 

「ま、まぁまぁ千冬さん。俺は別に気にしてねぇッスから、ここらで矛を収めちゃ貰えませんか」

 

俺が束さんを庇う様に少し前に出ながらそう言うと、今度は俺にその殺人光線を――。

 

「……ッ!?(ボン!!)」

 

「……え?……ち、千冬さん?」

 

殺人光線……では無く、顔が爆発しなすった。

しかも顔色が林檎の様に真っ赤になって…………あ゛。

 

「え、あ、や……ぅ……」

 

俺と顔を合わせて林檎の様な顔色に変色した千冬さんだが、振り上げていた手を所在なさ気に降ろすと、視線をチラチラと色んな方向に向け始める。

時折、俺と視線がカチ合うのだが、それは直ぐに逸らされてしまい、俺と千冬さんの間に変な空気が吹き始めていく。

そ、そういえば俺、勢いとムードに任せて千冬さんに……キ、キ……キスをしかけたんだった……ッ!!

そんな事があったってのに何を普通に話し掛けてんだよ俺のボケ!!

と、とりあえず――。

 

「すんませんでしたぁ!!」

 

「わわわ!?」

 

俺はベットに寝たままの体勢でガバッと頭を下げる。

そりゃもう土下座もかくやって勢いで頭下げたモンだから、俺に抱きついてた束さんを引き剥がしてしまった。

しかし今は勘弁して下さい束さん!!俺の命が懸かってんだから!!

 

「な……?」

 

「さっきの事は本当にすいません!!そ、その!!千冬さんがあんまりにも魅力的に見えちまって自分を抑えられなくなっちまったと言いますか!!と、とにかく、雰囲気に流されて危うく千冬さんの唇を奪ってしまいそうになって本当にすいません!!」

 

「う、うば!?も、もももももう良い!?もうそれ以上言わなくて良いから、さっきの事は忘れろ!!今直ぐに!!」

 

「は、はい!!」

 

頭を下げたまま勢い良く弁解した俺だったが、頭上から降り注ぐ千冬さんの言葉を聞いて頭をゆっくりと上げる。

そこで目にしたのは――

 

「……そんな事を言われては……怒る気も失せるではないか……」

 

腕を組んでそっぽを向きながら、片手で自分の髪の先をクルクル巻いていた、何か可愛い千冬さんの姿だった。

視線は拗ねてる様でそうで無く、口は少しへの字を書いて喋らない。

女の人の良くやる、自分の長い髪の毛の先をクルクルやる仕草にキュンときてます。キュンときてます。

そしてついつい目線が行ってしまうのが、組まれた腕の上で寄せて上げられた豊満なバスト。

その上のちょっと拗ねてる様な、綺麗な桜色の唇。

思わず無意識に俺は喉をゴクリと鳴らしてつばを飲み込む。

その仕草で俺の視線が自分に固定されてるのを自覚したのか、千冬さんはプイッと顔を背けて――。

 

「……こっちを見るな……バカ」

 

普段の威厳がまるで感じられない、可愛らしい拗ねた声音を出したのだ。

……やっべぇ……可愛い。

普段クールでクール過ぎる千冬さんがそんな仕草したら駄目ですって。

なんかもぉ、虜になっちまいそうです。

視線の離せない俺と、時折チラッチラッと視線を向けてくる千冬さんの間で、何やら知らない世界が――。

 

「ヘイヘイヘイ!?なぁ~にを二人だけの世界作っちゃってるのさー!!その幻想を私がブチ殺すー!!」

 

「(ギュッ)ぬおお!?た、束さん!?」

 

そんな感じで何か違う世界に飛び込み掛けてた俺ですが、それは現実の柔らかな感触によって引き戻された。

背中にダイレクトに感じる水風船の様なたぷんたぷんの物体×2と、膨れに膨れた束さんのご尊顔によって。

いきなりの奇襲に戸惑う俺だが、束さんは後ろから思いっ切り抱きついて離れようとせず、その膨れた顔で不機嫌そうに俺を見てくる。

 

「ぶー!!何さその「忘れてました」的な反応はー!!束さんもぉ激おこプンプン丸だぞぉ!!」

 

「わ、忘れてなんていませんって!?ただちょーっと、千冬さんと違う世界に入りかけてただけっつーか……」

 

「それを世間じゃ忘れてるって言うんじゃんかー!!そんな世界へのパスポートとチケットは束さんがボッシュート!!ゲン君に必要なのは極上の包み込んでくれる暖かさなのです!!と言うわけで……えい♪えい♪」

 

ぷにょん♪ぷにょん♪

 

「おうふ!?た、束さんちょっ、これは――!?」

 

お、おかしい!?確かに女性の胸部は柔らかさの塊にして母性の象徴。

しかし衣服越しに感じる柔らかさというのは限界がある。

幾ら俺が包帯を胸の辺りに巻いていて、肌が露出してるとしても……この背中に感じる柔らかさは異常だ!!

混乱真っ只中の俺が首を後ろに向けてみると……抱きついてる束さんの顔が妙に色っぽいでは無いか。

目を閉じて口をキュッと結び、何か強い刺激に耐える様な……。

 

「んっ、あ、ぁん……はぁ……ゲンくぅん♡……すっごい逞しい背中だぁ……擦れて、感じちゃう♡」

 

「え、いや、ちょ!?た、束さん一体なにを……ッ!?ま、まさか!?」

 

いやまさか!?ありえないよな!?嘘だと言ってよ束さぁん!!

ある衝撃的な予想が頭の中に過り、俺は一縷の望みを掛けて束さんに視線で問う。

ちょうど片目を開けた束さんは俺と視線を合わせると、クスッと妖艶に微笑みながら、俺の耳に口を寄せる。

 

「ぅ、ふぁ……あぁ……えへへ♡……今日は、付けて無いの♪――――――ブ・ラ・♡」

 

「――ファ!?」

 

何処か男を酔わせる蕩けちまいそうな甘い桃の香りが、俺の鼻を擽る。

そして、甘ったるくて理性が消し飛びかねない艶を含んだ声音で呟かれた言葉に、俺の脳内を電流が奔った。

おいおいおいおい……今、束さんは何て言った?……忘れた?ブラ?ブラってアレですか?

所謂女性の大事な、だいーじな所を包み込む、男にとって引き剥がしたい衣服ベスト3に入る、あ・の……ブラジャー?

それが無い……ってぇ!?ま、ままままさか!?この背中に感じる2つのボタンはぁああああ!?

 

「はぁん!!そ、そんなに連打しちゃ……駄目だよぉう」

 

「れ、れれれれ連打って何をですか!?俺には皆目検討がつきましぇん!!」

 

「うぅ~……分かってるくせにぃ……ゲン君って、結構なSだよね?」

 

束さんは俺から受けた何らかの刺激に身を捩り、艶かしい声で喘ぐ。

しかも俺が質問するとちょっと照れくさそうに微笑んだ。

知りませぇん!!僕はなぁんにも知りませんよぉ!!

柔らかいのに何処か固さのある摩訶不思議な感触のボタンなんて知りませぇん!!

背中越しに感じてしまう圧倒的なバストの柔らかさに身を固くしている俺。

そんな俺が面白かったのか、束さんは俺の背中に艶かしく指を滑らせ、のの字を書き始めた。

 

「うふふ♡……ゲン君、束さんの夢を守る為に頑張ってくれたからぁ……束さんのおっぱい、ゲン君の好きにさせて、あ・げ・て・も・♡」

 

ガシィ!!

 

「にゃ?」

 

「あ」

 

ふと、これから始まるドキドキピンクタイムに心踊らせていた俺を通り過ぎて、背中に抱きつく束さんの頭に手がガッチリ♪

前が見える俺からすれば「あ~あ」って感じだが、目を塞がれてる束さんには分からないだろう。

……目の前で燃え盛る紅蓮のオーラを振りまく千冬さんの事なんて。

俯いていて見えなかった千冬さんの顔が上がると、その目に怒りの炎が着火してるではないか。

 

「――何を考えているこの万年発情駄兎ぃいいいいいいい!!!」

 

千冬さん、ムカ着火ファイヤー。

 

ギリギリギリギリッ!!!

 

「んにゃ゛ーーーーーーーー!?あ、頭ぐわぁああああ!?」

 

そして、顔を上げた千冬さんは咆哮を挙げながら束さんの頭を掴んだ腕を万力に変換。

そりゃもう凄い締め上げる音を鳴らして片腕で束さんを吊り上げてしまった。

いや、マジで束さんの頭を掴んでる千冬さんの手が万力に見える程のオーラが出てるんだって。

勿論そんなヤバイ力で吊るし上げを食らった束さんは絶叫しながら千冬さんの手を剥がそうとするが、まるで剥がれない。

寧ろ悲痛なギリギリって音がギチギチって危険極まる音に変貌する始末。

 

「教師である私の目の前で生徒に淫行を働くとはなぁ……そ~んなに、私の千冬スペシャルを喰らいたかったのか?んん?」

 

「あだだだだだ!?は、離してちーちゃーん!!出ちゃう!!束さん、恥ずかしいの(脳みちょ♡)が出ちゃううぅうう!!」

 

「ほぉ~、そうか。そんなに構って欲しかったのか……良ぉし、今から私がたっっっっぷりと構ってやるからな。な?」

 

「会話が繋がってないだと!?い、いやだー!?い、何時ものスキンシップじゃ無いよねコレ!?本気と書いてマジだよね!?た、束さんの細胞がちーちゃんの殺意に震えてるぜぇ!?」

 

何やら噛み合ってる様で噛み合ってない会話を繰り広げる二人の美女。

しかしこれは俺の目の前で行われている事なのだが、全くもって嬉しくない光景である。

だって片方は美女なのに背後から鬼が竦み上がる様なオーラ出してるんですよ?

もう片方に至っては不思議系可愛いお姉さんなのに、顔掴まれてプラーン状態なんですよ?

そんな奇妙な光景嬉しい訳無いって。

そして束さん、あなた死刑一歩手前なのに余裕ですね。

 

「全く、そうならそうと言えば良いものを……どれ、ここでは少し手狭だからな。そっちのベットに行くか」

 

「ふぇ!?ベ、ベットって……だ、駄目駄目駄目ぇ!!束さんの処女は既に予約先があるから、束さんとアクエリオンごっこがしたいというちーちゃんの想いには応えられな――」

 

「はっはっは、戯言も程ほどにしておけよ?」

 

「酷い!?も、もしかしてちーちゃんってば、束さんに嫉――」

 

グチュァ!!

 

「あばばばばばば!?た、束さんの偉大なる頭脳から鳴っちゃIkeねぇ音がぁああああ!?ちーちゃんに圧縮されて新たな皺が脳に増えるぅううう!?」

 

「そうかそうか、そうだったか……」

 

「ち、千冬さん?」

 

微妙に聞き取れなかった束さんの言葉が琴線に触れたのか、千冬さんは今までの怒りを収めてすっごい眩しい笑顔を浮かべてる。

普通の人が見れば、本当に只微笑んでるだけだろう。

しかし、俺は知ってる……アレは、火山噴火一歩手前の笑顔だという事を。

そう思ってると、千冬さんは笑顔を浮かべたままに束さんを宙吊りで運び、隣のベットへと入っていった。

しかもご丁寧にカーテンを閉めて外界との遮断も忘れない。

……俺には、カーテンを閉めた時のシャッって音が、断頭台の準備が整った音にしか聞こえなかった。

言うまでも無く、ギロチンされそうなのは束さん。

 

『(ボフッ)あぶ!?い、痛たたぁ……ッ!?って、あ、あれ?あの、ちーちゃん?な、何でそんなに笑顔でにじり寄ってくるのかな?かな?』

 

『ふふふ……こら、ジッとしてないか、束……動くとヤリ辛いだろう?』

 

何やらカーテンの向こうで繰り広げられるちょっと百合っぽい展開を想像させるセリフ。

現にカーテン越しに写る影絵では、ベットに寝転ぶ束さんに千冬さんが扇情的な動きで伸し掛かるというちょっとエロいシーンだ。

 

『え?あ、ちょ。ま、まさかホ、ホントに?き、気持ちは嬉しいけど、束さんやっぱりこういうのはゲ、も、もとい、男の子の方が、ね?も、勿論ちーちゃんの事は海より山より地球より大好きだけど、あくまでそれは親友というLIKEな気持ちから限りなくLOVEに近い親愛であって、愛情のLOVEでは……おや?』

 

『ふっふっふ……ふっふっふっふ』

 

『……(・3・)アルェー?何でちーちゃんはメスなんて持ってるの?それはさすがに要らないと思いま……ま、まさか!?衣服剥ぎ取り、いや切り裂きプレイをご所も――』

 

『――さぁ、解体してやる。脳みそ煩悩だらけの春兎』

 

その言葉を皮切りに、ベットに寝転ぶ束さんの上に馬乗りになっていた千冬さんの手が振り下ろされ――。

 

『ぎに゛ゃぁああああああああああああ!?』

 

ここから先は、怖くてとてもじゃねえが見れなかった。

故に、俺は反対を向いて目を閉じ、この出来事に目を背ける。

時折後ろからズシャッとかブチュッとかザクザクザクなんて音が聞こえたと思ったが、全て幻聴だろう。

うん、幻聴だ、そうに違いないさ。

「そ、そこはらめぇえ!!」とか「切った貼ったは人間じゃ無理ぃいい!?」とか「あっ、何か気持ちよくなって――」なんて全部聞こえない。

こうして目を閉じていれば、何時かこの馬鹿げた妄想も止ま――。

 

『くっははははははは……ッ!!何だその物欲しそうな浅ましい顔は!!全くどうしようも無い変態だな、束ぇええ!!』

 

『ア゛ーーーーーーーーーーーーーッ!?』

 

……俺は、何も聞こえないんだ……ッ!!

 

 

 

 

 

 

結局、次にカーテンが開かれた時にベットに寝転ぶ束さんがバラバラになってなくて心底ホッとしますた。

メス片手に良い笑顔浮かべてる千冬さんの事はスルーしましたけど。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「うぅぅ~……ヒック、グスッ。ゲンく~ん」

 

「だ、大丈夫っすよ束さん。もう終わりましたからね~?」

 

はい。只今ボロボロと泣いてる束さんを片手で抱きしめつつ、彼女の頭を優しく撫でています。

いやまぁ、あそこまで千冬さんを煽った束さんの自業自得と言えばそれまでなんだが、見捨ててしまった俺としては捨て置けない訳で。

こうして抱き付いて来た束さんを慰める作業を敢行しているのだ。

普段の調子で抱き付かれたらさすがに束さんの女としての部分に反応しちまうが、今は泣いてる子供を慰めてる気分だ。

束さんって、保護欲を擽られたり、大人の女って魅力を感じたりと千差万別な人なんだよなぁ。

年上属性で不思議系なのに可愛かったり色っぽかったりと、不思議な魅力を持ってるぜ。

 

「うぅ、痛かったぁ……けど何か、新しい扉が開かれそうだったお」

 

「それは開いちゃ駄目っすからね?」

 

「うん……ぬふふ~♡ゲン君のナデナデはサイコーですな~♡束さんのブロークン寸前のハートがポカポカしてくるじぇ~♡」

 

泣いてた顔がもう嬉しそうな顔になっているのを見て、俺は苦笑を浮かべてしまう。

まぁそれでも撫でる手を休めずに、千冬さんの仕置きでやさぐれた心を癒やす様に、俺は束さんを撫で続けた。

止めてくれよマジで。そんな属性は要らんのです。

俺の胸板に顔を埋める束さんを慰めつつ、俺は束さんが登場してから疑問に思っていた事を聞く事にする。

いやね?もう少しこうしていたいなー、とは思うんだが、千冬さんのジトーっとした視線が痛いので、そろそろ話を進めようと思う。

まぁ束さんも俺の胸元で「にへへ~♪」とか笑ってるし、もう大丈夫だろう。

 

「それで、束さんはどうしてココ(IS学園)に来たんスか?」

 

ウサ耳のカチューシャに当たらない様に頭の後ろ側を撫でながら聞くと、ウサ耳がピコーン!!と立ち上がった。

 

「お見舞いだよお見舞い。ゲン君ってば束さんとちーちゃんの為にすっごい頑張ってくれたから、嬉しくってお見舞いに来ちゃったのら♪」

 

「俺の見舞い?それだけの為に来てくれたんスか?」

 

嬉しい事は勿論嬉しいんだが、態々それだけの為に来てくれた束さんに申し訳ない気持ちが浮かんできた。

しかし俺の問い返しを聞いた束さんは「ムッ」としかめた表情で俺の胸元から顔を離し、俺にそのむくれた顔を向けてくる。

 

「もぉ。「それだけ」じゃ無いよ。ゲン君は、束さんのとっっっっっても大切な人なんだから、お見舞いぐらい当たり前なの。ちーちゃんといっくん、それに箒ちゃんも大事だけどね。その大事な人が怪我しちゃったんだから、ここに束さんがくるのは普通の事なのだよ」

 

まるで子供の様に口で「プンプン」とか言いながら、束さんは少し怒った表情を見せる。

その行動に戸惑う俺だが、束さんはそんな俺にお構い無しに、指を俺の胸元に当ててきた。

 

「自分の事を「それだけ」なんて卑下しないの。自分を軽く見るのは、ゲン君を大切に思ってる人への侮辱になるんだからね。次そんな事言ったらお仕置きだべ~!!」

 

「賛同するのは至極遺憾だが、今のは束の言う通りだぞ、元次」

 

「千冬さん……」

 

子供っぽく怒ってくる束さんに戸惑っていると、椅子に座りなおした千冬さんも俺に厳しい目を向けてきた。

そっか……そうだよな、自分を軽く見るってのは、自分が同列の思ってる奴とか尊敬してるって人の事まで侮辱しちまうんだな。

確かにこれは俺が悪かった、態々見舞いに来てくれた束さんに言うのはこんな事じゃねえよな。

 

「すんません。それとお見舞い、ありがとうございます」

 

「うんうん♪どーいたしましてなのだ♪」

 

一度謝ってから、見舞いに対するお礼を言うと、束さんは笑顔を向けてくれた。

俺もそんな束さんを見ながら笑みを浮かべる。

千冬さんも心なしか、俺と束さんを見て薄く微笑んでいる。

何とも暖かな空気が、俺達を包み込んでくれた。

 

「それじゃあコレ。お見舞いの品だよー♪ほいっ」

 

束さんは俺の対応に満足したらしく、何やら自分の胸の谷間に手を突っ込んで、何かを出してくる。

いや……何故そこに?まぁ眼福なんですけどね?

しかしそこに何時までも視線向けてたら千冬さんにぬっ殺されそうなので、なるべく平静を装う。

 

「ど、どうもすみませ……あの、束さん?」

 

「ん?どったのゲン君?」

 

「いや、あの……何スかこれ?」

 

受け取った俺の手の上に置かれているのは、一本の小さなビンだった。

なんというか、栄養ドリンクとかの大きさのビンだ。

何やら瓶自体が妙に生暖かいんだが、それは気にしないでおこう。

いや、それは良い。まぁ別に良いとしても……。

 

「明らかにこのラベル手書きっすよね?それと何か下に小さく兎のドクロマークが書かれてるんスけど……」

 

そう、受け取ったビンのラベルは工場で作られたラベルでは無く、明らかに手書きとわかる手作りのラベルだった。

品名は「スタミナンMAXICIMAM☆」と書かれている。

これって明らかに「スタミナンスパーク」とか「スタミナンX」のパクリだろ……。

 

「にゅっふふ~♪そう!!それは束さんが独自に調合した究極の栄養ドリンク!!コレさえあれば例えヨボヨボのお爺さんでも、獣の様にハッスルできちゃう一品なのさ!!」

 

あ、ドクロマークについてはスルーですかそうですか。

俺の訝しむ視線を受けても束さんは楽しそう、というか何処か誇らしげな表情を変えたりしない。

「ドヤァ」と言いたそうなドヤ顔する束さんだが……。

 

「……あの、ここんとこの材料が「ひ・み・つ・♡」ってなってるのは何でッスか?」

 

「ん?ん~っとね~。ぶっちゃけ作った材料なんだけど、配合はニガヨモギ、ホタテ、エビ、ブランデー。それと、過去5年に渡る余り物のケミカル物質を足して2で割ったら偶然出来たという、究極のレアアイテムなんだー☆」

 

「待って。本当に待って」

 

テンションアゲアゲな束さんに手を向けて静止を呼びかける。

いや、まぁお見舞いの品を持ってきてくれたのは素直に嬉しいぜ?

束さんの事だから絶対普通のモノでは無いってのは、まぁ分かりきってた事だよ?

にしたって……余り物のケミカル物質って何だよ!?その中身がスゲェ気になるわ!!

 

「ん?どうしたの?さぁ飲んで飲んでー♪あっ、もしかして効力の心配してるの?ノープロブレム!!ここに来る前に作った余りを死にそうなお爺さんに飲ませたら、あっと言う間に元気になってたから!!」

 

「何してんの!?道端の爺さんで臨床実験したんかアンタは!?」

 

「いやー♪飲ませたら「ぼ、ぼいんぼいんな女……美味そうな女じゃああああ!!」って言って襲い掛かってきたから迎撃しちゃったけど、そのまんま「女ぁあああ!!女湯へれっつごーじゃあああ!!」って言って彼方に走り去っていったよ♪効果は抜群だ!!ぶい!!」

 

「それ悪い意味で抜群過ぎでしょーが!?え、何?比喩表現だと思ってたけどこれ飲んだらマジ獣になんの!?理性ブッ飛んじゃってるじゃねぇっすかその爺さん!!」

 

再びドヤ顔しながら今度はVサインまで浮かべる束さんに、俺は渾身のツッコミを入れる。

千冬さんなんか額に手をやって思いっ切り溜息吐いてらっしゃる、俺だって吐きてえ。

まさかとは思うが、本当に女湯に突撃してねーだろーなその爺さん。

色んな意味で少ない余生が大変なことになっちまうぞ?

……決めた、よし決めた。

笑顔で俺を見つめる束さんには悪いが、これは処分しよう、うん。

そーっと、且つ自然な動作で俺は瓶の蓋を開けて……束さんとは反対方向の花瓶に投にゅ――。

 

「むむ!?(キュピーン!!)束ちゃん、影分身!!」

 

「(ガシィ!!)ちょ!?」

 

な、何で束さんが二人に……ッ!?

 

「はい♪召し上がれー☆」

 

「ぐもぉおおおおおおお!?」

 

俺の目の前とその横に束さんが現れたかと思えば最初の束さんが消失。

その光景に目を奪われて隙を作った俺の手を束さんが、その細腕からは考えられない腕力で掴んで操作。

やっぱ束さんも千冬さんと同じで天然チートスペックでした。

花瓶に入れようと蓋を開けていた瓶の中身が、ダイレクトに俺の口に侵入してきやがる。

押し返そうにも押し返せず、俺の口内に貯まる魔化不思議ドリンク。

の、飲んで堪るかー!?

 

「こ~ら。飲まず嫌いは駄目なんだぞー?ほりゃ♪(ギュ!!)」

 

「んむぐぅ!?」

 

しかし飲まない様に抵抗していた俺に、束さんは子供を叱る様な口調でとんでもない行動を取った。

何と俺の鼻を摘んで空気の入り先を潰し、酸素が欲しければ飲め状態を作り出したのだ。

こ、これは普通男が女に取る行動じゃございません!?

っていうか千冬さんもそこで興味深そうに見てないで止めて下さいよ!?

まぁ、幾らタフガイな俺でも息が出来なきゃ無理なので、自動的にゴキュゴキュと飲み干してしまった。

 

「はい、これでオッケー!!どうどう!?漲ってくる!?猛ってくる!?襲いたい!?束さんは何時でもウェルカムだい!!」

 

「が、がは!?ゲホゲホ……な、何を言ってんスか束さ……え?…………う、うおぉおおおおお……ッ!?」

 

やっと瓶を口から離してくれた束さんの言葉に文句を言おうとした俺だが、身体の底から何か分からない力が漲ってくるではないか。

な、何だ!?この燃え滾るマグマの様なエネルギーは!?

驚きで身体を見下ろしていると、体中を駆け巡る様にエネルギーに満ち溢れていくのが手に取る様に分かる。

っていうか何かエネルギーが凄すぎて身体がメチャクチャ熱い。

 

「お、おぉぉおおおおお……ッ!?ヤ、ヤベェ……ッ!?マジで半端じゃなく力が漲る……ッ!?これはマジで凄いッスよ束さん!!」

 

最早好調を通り越して……絶っ好調ぉおう!!!ってな心境だ。

身体に知らない内に溜まっていたであろう疲労が一気に消えていく様な素晴らしい感覚。

それを体中で感じながら束さんに感謝の笑顔を向ける俺だったが……。

 

「……む~……失敗かぁ」

 

「何恐ろしい事ボソッと呟いてんスか!?っていうか失敗!?何が!?」

 

「あ~違う違うよん♪ちゃんと身体に力が漲ってるでしょ?つまりそれはちゃんと成功してるのさ。束さんが言ってるのはもう一つ別の副作用の事なんだけど……まぁ、そっちは出てないなら良いや☆」

 

「ほ、本当ッスか?……あ、後で身体がブッ飛んだりしねぇッスよね?」

 

「しないしない♪もっと束さんを信用してってば♪束さんの技術力は世界一ぃいいいい!!!」

 

不安に震える俺に、束さんは普段通りの笑顔で答えてくれる。

さすがにそうまで言われてしまっては反論するのも気が引けたので、俺は黙って頷く。

確かに身体が絶好調になったのは間違いねぇんだし、問題が無いならそれで良いだろう。

 

「やれやれ……とりあえず元次。お前の服を持ってきてあるから、そっちで着替えておけ」

 

「は、はい。分かりました」

 

微妙に腑に落ちない感じだが、とりあえず千冬さんに言われた通りにさっき危ない実験が行われていたカーテンの中で着替える。

包帯は取っちゃ駄目らしいので、俺はズボンとパンツ、それから上に黒のカッターシャツを羽織る事にした。

 

『む~。本当なら今頃薬の効果で、束さんとちーちゃんは食べられてる筈だったのに……やっぱゲン君に渡す薬とあの知らない爺さんに飲ませた薬が逆だったのかぁ……残念なり』

 

『……おい、束。まさかとは思うが、さっきの獣のくだりは本当だったのか?』

 

『ほえ?そうだよー。もう正にケダモノみたいに貪られる感じで、あの夜みたいにされたいなーって♡。やっぱちーちゃんもペロリと美味しく食べられたかったよねー?』

 

『ば、馬鹿を言え!!……何故、私が……そんな……』

 

『ふぅ~ん?顔が赤い気がするぞよー?じゃあじゃあ、束さんが貰っちゃっても良いんだよね~♪独り占めしちゃって良いんだ・よ・ねー?』

 

バコン!!

 

『殴るぞ』

 

『殴ってから言ったぁ!!』

 

カーテンの所為でくぐもっているから何を言ってるのか良く分からないが、向こうは何時も通りの様だ。

このカーテン、向こうからは丸聞こえだけど、こっちからは聞き取り辛いんだな。

まぁ束さんと千冬さんはアレ以上の大声で喋ってたからだろうけど。

とりあえず着替えを終えてカーテンを開けると、椅子に座ったまま微妙に頬を赤らめる千冬さんと、頭のたんこぶを涙目で擦る束さんの姿を発見。

 

「千冬さん。とりあえず着替えました」

 

「あぁ……そうだ元次。束にオプティマス・プライムを渡せ」

 

「え?オプティマスを?」

 

「うむ。お前が気絶してる間にチェックさせたが、オプティマスのダメージレベルがEを超えている。その状態では起動もままならん」

 

そう言って千冬さんは俺に真剣な表情を見せてくる。

確かに……微妙にしか覚えてねぇが、オプティマスの損傷はかなり酷かった。

今になって思い返してみれば、幾らワンオフアビリティーが起動したとしても、あの損傷であれだけ動けたのは不思議だ。

もしかして、それもワンオフアビリティーの効果なのか?

 

「俺のワンオフアビリティー……確か、暴獣怒涛でしたっけ?能力がイマイチ良く分かんねーんスけど……」

 

「まぁ、あの状態ではそこまでは判らなかったか……オプティマス・プライムのワンオフアビリティーは一夏の零落白夜とは違う。所謂カウンタータイプの技の様だ」

 

「ほいほーい。そこからはこの束さんが、優しく分かりやすく説明するよん♪」

 

カウンター?随分と俺の戦い方には合わねえ気がするんだが……。

黙って話を聞いていると千冬さんの言葉を引き継いで、復活した束さんが人差し指を立てながら説明を始めた。

 

「ワンオフアビリティー暴獣怒涛。アレはオプティマスのシールドエネルギーが枯渇寸前まで追い込まれるか、ゲン君の感情が怒りに支配された場合のどっちかの時のみ発動して、シールドエネルギーを限界まで回復するの。それはゲン君も分かるよね?」

 

「えぇ、まぁ」

 

「うんうんよろしい♪更に副産物の能力で、シールドエネルギーを回復させると他の部位の損傷を無視して強引にパスを繋いで更に動きを強化するから、実質またエネルギーが無くなるまで戦えるんだ。まぁ分かりやすく言うと、ゲームで言う所の残機+1WIHTパワーアップって訳。これが暴獣怒涛の能力だよん♪」

 

「な、成る程……だから、ボロボロだったオプティマスがあんなにすんなりと、それでいてパワフルに動いた訳だ」

 

「そのとーり。まぁでも今回は外装と内部機関をボロボロにやられちゃったから、自己回復機能じゃ修復が追い付かないんだよ。そ・こ・で――」

 

「オプティマスの開発者である、束を此処に呼んだという訳だ」

 

あーん束さんの台詞ぅー!!と憤慨する束さんを尻目に、俺は成る程成る程、と頷いていた。

どれだけボロボロにされても、それでいて俺がブチ切れなくても更に強化された状態で蘇る……とんでもねぇな。

相手からすればやっとの思いで倒せたと思ったら更に強くなって復活するんだもんなぁ……自分の能力ながら、恐ろしいぜ。

まぁとりあえず千冬さんの言ってる事は分かったし、束さんに修理をお願いしますか。

 

「分かりました。それじゃあ束さん。よろしくお願いします」

 

涙目で千冬さんに抗議してた束さんにオプティマスを差し出すと、束さんは涙を引っ込めて上機嫌にオプティマスを受け取った。

 

「うんうん!!ドーンと任せておきんしゃい!!ゲン君の入れたペイントも百パーセント再現し直してあげるからね!!あっ、それとね。今色々と追加装備も作ってるの!!直ぐには渡せないけど、また出来上がったら取り付けてあげるから、楽しみにしてるんだお!!だおだお!!」

 

「あ、あはは……り、了解ッス」

 

凄いアップテンポなテンションではしゃぐ束さんに苦笑しながら、俺は束さんに声を掛ける。

おいおい、まさかまだ装備品増えるの?

もうこれ以上の火力は間違い無くオーバーキルだって。

俺から受け取った待機形態のサングラスを胸の谷間に押し込む束さんを見ながら……何でそこに?

いや凄い眼福な光景ですけどね?ゴチッす。

 

「……(ドドドドド……)」

 

いやはや目にも見える巨大なレッドヒートの炎が千冬さんから溢れてますね。

力っていうか、格の違いってヤツを見せつけられました。ゴチッす。

かなり鋭い眼つきの千冬さんに睨まれて戦々恐々としてる俺の目の前で、束さんは弾ける笑顔を浮かべた。

 

「うんむ、確かに受け取ったよ!!明後日には持ってくるから、それまで我慢してね?それじゃあもう行くからー!!」

 

「はい。今日はありがとうございます、束さん。帰りも気を付けて下さいッス」

 

「まぁ、下手に見つかってくれるなよ?面倒になるからな」

 

千冬さんは口では面倒くさそうに言いながらも、暖かい微笑みを浮かべて束さんに別れを告げる。

俺も束さんに笑顔を向けながら手を振った。

 

「うんうん!!やっぱ大切な人達からの見送りの言葉は嬉しいね!!二人とも、バイチャー!!」

 

俺達の言葉を聞いて束さんは感極まった様に身体を震わせて、俺達に言葉を返してきた。

ハハッ、何時でも束さんのテンションはブレねーな。

上機嫌な束さんは笑顔のままに手を振って、保健室のドアから外へ出て行き――。

 

「とっとととー!?(キキィ!!)あっぶねーあっぶねー!!大事な用件を忘れちゃう所だったぜ!!」

 

と思いきや、何故か束さんは扉の手前で両足を突っ張って急ブレーキを掛けて停止した。

ん?忘れたって、何か大事なモンでも置いてたのか?

束さんの突飛な行動に首を傾げる俺と、同じく何事か分からない様子で首を傾げる千冬さん。

一体どうしたのかなと見ていると、束さんは反転して俺の所まで走って戻ってきた。

そのまま俺の目の前で止まった束さんは、先ほどと変わらない笑顔を浮かべながら――。

 

 

 

「ん、チュ♡」

 

 

 

――チュッ。

 

 

 

 

「――へ?」

 

「――んなっ!?」

 

「――はふぅ……うふふー♡束さんの為に頑張ってくれたゲン君に、ご・ほ・う・び・♡。じゃあ今度こそ、サラダバー!!」

 

俺の頬に優しくキスをして下さった。

呆然とする俺に、束さんは頬を赤く染めながら上目遣いで見上げてくる。

そのまま束さんは恥ずかしそうな笑顔でチロリと舌を出して、最後に言葉を残し、保健室の窓から去って行った。

開けっぱなしで放置された窓から入ってくる風以外、保健室で動く者は居ない。

キスされた俺だけじゃ無くて、千冬さんも呆然としてるからだ。

ご、ご褒美って……こんなとんでもないご褒美貰っちゃって良かったのか?

呆然と今の光景を思い返しながら、俺はまだ感触が残る頬に手を当てる。

その感触と束さんの恥ずかしそうな笑顔を思い出すだけで、俺の頬も真っ赤になってしまう。

 

「…………元次」

 

「ッ!?は、はい!?」

 

しかし、俺は直ぐ傍で小さく、でもはっきりと名前を呼ばれて背筋を伸ばす。

言うまでも無く今、俺に呼びかけたのは千冬さんな訳ですが……お顔が俯いていてとても怖いです。

表情の見えない状況に戦々恐々としていると、等々千冬さんのお顔が上げられ――。

 

「……ち、ちょっと、そこのベットに座れ」

 

眉を思いっ切り不機嫌そうに歪めて、何故か頬が真っ赤に染まった千冬さんに睨まれながらそんな事を言われた。

……あの、何でそんな表情を浮かべてらっしゃるんでしょうかね?っていうかベット?

 

「え、えっと?……」

 

「……返事は「はい」か「イエス」だけだ。それ以外は認めん」

 

「は、はい!?す、座ります!!」

 

まるで軍隊の教官よろしくな事を言われて慄くが、俺は直ぐに命令に従った。

いや、マジで「座らなきゃ殺す」的な眼光受けたら座らない訳にゃいかねえでしょ?

そしてビクビクしながらベットに座ったのを確認すると、千冬さんは腕を組んだ姿勢で俺を見下ろす。

何でこんな事になってんだか……トホホ。

 

「よ、良し……つ、次、だがな……良いか。次の命令は絶対に破るなよ?」

 

普段より殺気を滲ませた表情でそんな事言われたら、断れる訳無い。

なので俺は見下ろしてくる千冬さんにコクコクと首を振って返事を返す。

すると、何故か千冬さんは大きく深呼吸を始めた。

 

「スゥ…………め、目を瞑れ」

 

「へ?……あ、あの、何で目を……」

 

「潰されたいのか?」

 

その一言で、俺は直ぐに目を瞑りました。

えぇ、もうあれですよ。あの目は殺ると言ったら殺る目でしたね。

さすがにこの若き身空で視界を失う事だけはしたくないです。

 

「……ジッとしてるんだぞ?」

 

続けて放たれた言葉に小さく「はい」と言葉を返し、俺は身を固める。

そうして何分経っただろうか?恐らく5分くらいは経ってるんだが、一向に何もされない。

目を閉じてる状況では聴力が敏感になる訳だが、それでも聞こえてくるのは千冬さんの緊張した様な息遣いだけ。

こうも何もされないでいては目を開けたくなるのが人情ってモンだけどなぁ。

それをしたら最悪何も見えなくなる可能性もあるので開けられない。

あぁ、もどかしいなぁ。

と、この現状に疲れていた次の瞬間、俺の両頬に少し冷たい手が添えられ――。

 

 

 

――チュッ。

 

 

 

――はえ?

 

額に柔らかい感触が触れた。

しかも俺の額に触れた柔らかい感触の隙間から零れる艶を含んだ吐息。

その未知なる状況に、千冬さんとの約束を忘れて目を開けてしまうと――。

 

「……ン」

 

目の前に飛び込んできたのは、黒いスーツに包まれた千冬さんの大きなお胸。

っていうか胸より上が我が頭上に来てる……という事は?

 

「……フゥ……なっ!?」

 

今、俺の額から離れた感触について呆然と予想を立てていると、姿勢を正した千冬さんの驚いた顔が見えた。

俺の頬から手を離した体勢のままに、千冬さんは驚きで動きがストップしてる。

え?……つまりこれって……ち、千冬さんが俺の額に、キスを……ッ!?

そう考えた瞬間ハッと意識を取り戻した俺は、自分を見下ろしたまま驚いてる千冬さんと視線を絡める。

千冬さんも俺が目を開けてる事に驚いていた様だが、直ぐに咳払いをすると真っ赤に染まった顔を隠す様に背中を向けてしまう。

 

「そ、その……わ、私からの褒美だ!!…………良く、頑張ったな」

 

「ち、千冬さ――!?」

 

「は、早く出て行け!!それと怪我に染みるから今日はシャワーにも入るなよ!!身体を湯で濡らしたタオルで拭くだけだ!!良いな!?」

 

「うぇ!?そ、それより千冬さん今俺にキ――」

 

「とっとと出て行かんかぁあああああ!!!」

 

「分かりましたーーー!?」

 

質問しようと食い下がった俺に、千冬さんは言葉を捲し立てて保健室から追い出した。

いや、言葉に乗せられた威圧と大気を震わせる程の迫力に、俺は這う這うの体で逃げ出したのが正しい。

手に学園の制服を握ったまま、俺は息を整えて保健室に視線を向ける。

キス……されたんだよな?し、しかも「ご褒美」って……やっべ、ドキドキしてヤヴァイ。

この短時間で、束さんと千冬さん。

二人のタイプの違う極上の美女からキスなんてご褒美を貰えた。

思い返すだけで、鼻の下がだらしなく伸びてしまう。

 

「へへっ……っとと、やべえやべえ。こんなだらしねえ顔してたら女子に怪しまれちまう」

 

俺は直ぐに気を取り直して、顔の筋肉を総動員して引き締める。

不幸中の幸いか、廊下には誰もおらず、今の顔を見られてはいない。

こんな顔を見られたら、女子からあらぬ噂を立てられかねないしな。

……でも……。

 

『うふふー♡束さんの為に頑張ってくれたゲン君に、ご・ほ・う・び・♡』

 

『わ、私からの褒美だ!!…………良く、頑張ったな』

 

にへら~。

 

「……へへへっ……は!?い、いかんいかん!!煩悩退散んんんん!!」

 

ガン!!ガン!!ガン!!

 

束さんと千冬さんのあの可愛らしい顔を思い出して再び顔がだらしなくなってしまう。

俺は直ぐに廊下の壁に頭をブツケまくって、その痛みで精神を引き締めた。

ふぅ~……落ち着いた……とんでもねぇな、あの二人の魔性の魅力は。

俺は壁から頭を離して大きく息を吐く。

……微妙に壁に罅が入ってる様な気もするが……まぁ、気の所為だろ。

と、不意に俺の腹がグウゥ~と大きな音を立てて鳴る。

そういえばあんだけ動いたのに、昼から何も食ってなかったな。

窓の外は少しづつ太陽が傾いていて、もう直ぐ夕方になろうとしてる時間帯だった。

どうやら結構長い時間、保健室で話し込んでたらしい。

しかしまだ食堂が開く時間でも無い。

 

「どうすっかな……部屋の冷蔵庫にも大したモンは残ってねぇし……仕方無え。ここは食堂が開くまで我慢するか」

 

購買に買いに行く事も考えたが、良く良く思い出せば、俺は今日の試合で思いっ切りブチキレた訳で。

自分で言うのも何だが、俺のあの時の形相は大分ヤバかったんじゃ無かろうかと思う。

もし、俺の形相に本気で怯えた子とかに会って泣かれでもしたら……あぁ、鬱だ。

まぁ今は傷も癒えて無いし、これ以上心の傷を負う事が無い様に、部屋で大人しくしていようと考えた訳だ。

あっ、でもどっち道食堂に行けば女子と顔を合わせるんだよな……はぁ。

どう考えても女子との遭遇は回避出来ないので、俺は溜息を吐きながら部屋へと戻るのであった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

さて、なるべく女子に会わない様に、閉まるギリギリの時間の現在。

俺は食堂へと足を運んだ訳なのだが……。

 

「あ!?鍋島君!!」

 

「うそ!?」

 

「ねぇ鍋島君!!怪我大丈夫なの!?」

 

「私が癒してあげようか!?この後私の部屋でじっくり……」

 

「だーから抜け駆けすんなっての!!」

 

「ふむ、鍋島君。今日の試合はお疲れ様だね。時に一夏君とシャルル君を身を挺して庇うという極上のシチュを見せてくれた事は本当に感謝するよ。これで夏は私達の……」

 

「「「市場独占は間違い無し!!本当にゴチでした!!」」」

 

「よーし最後のチミ達は後でじっーーーくり☆O☆HA☆NA☆SHI☆しような♪後で部屋に行くから逃げんじゃねーぞ?」

 

「な、なんと情熱的な誘いを!?き、気持ちは凄く嬉しいのだが……わ、我々はまだ黒薔薇の誓いを破る訳にはいかんのだ。も、勿論その誓いの契機が終われば是非お願いしたいのだが……(モジモジ)」

 

「「「複数プレイ!?ソレ何てご褒美!!ジュルリ」」」

 

「はっはっは。もうヤダこいつ等」

 

と、まぁ若干、若干おかしな連中が混ざっている訳だが……何とプラス方面で迎えられているのだ。

食堂に現れた俺の姿を見るや否や、とても心配そうな表情で俺に近づき、各々は労いの言葉を掛けてくれる。

さすがに全員とまではいかず、何人かの女子は俺が見えた時点で震えたり露骨に視線を逸らしたりはしてたが。

それでも大多数の人数が俺を心配してくれてるという事実が、俺は嬉しかった。

 

「まぁ、大丈夫だ。心配してくれてありがとうよ」

 

なので俺は笑顔を浮かべて、彼女等に言葉を返していく。

しかし気にはなっていたので怖くないのか?と聞けば、メチャクチャ怖かったと言われた。

でも、戦っていた相手が謎の変身を遂げた異形のISだったので、ソレを倒した事が寧ろプラスに見られてるらしい。

あの形相で誰彼構わず叩き潰していたなら恐れられただろうが、それでも一夏や先生、シャルル達に手を出さなかったから安心してるとか。

何ともまぁ出来た子達だな……そういえば、女は男より精神が熟すのが早いんだっけ?

そういう意味では女が男より強いってのはあながち間違いじゃねぇよな。

まぁ、ISを盾にして行き過ぎた行いばっかやってる頭の悪いクソ女共は例外って事だ。

とりあえず自分が想像してたのより嫌われて無いってのが分かって、俺は安堵の息を吐きながら食事にありついた。

束さんの謎ドリンクのお陰で体力とヒートがほぼMAXまで回復したが、まだ傷が痛むし血も足りねぇ。

 

「アンタ、大丈夫なのかい?病み上がりだってのにそんなに食べて?」

 

「いやぁ、寧ろ病み上がりん時こそ食わなくちゃいけねえっしょ?モグモグ……って事で、お代わりお願いしゃーす」

 

「まだ食うのかい!?」

 

「血が足りねえッスから。ドンドン食うんでジャンジャン持って来て下さいッス」

 

俺は都合8皿目のフライドチキン10本入りだった皿を食堂のマダムに返す。

そう、足りない血をたっぷりと作ろうと思い至った俺の行動は、まず食う事だった。

肉を食えば血が増えるだろ、という安直な考えの元にやってる訳です。

もはや驚きを通り越して呆れた表情のマダムは皿を受け取りながら、お茶の注がれたピッチャーをテーブルに置く。

 

「とんでもない食欲だねぇ……もうフライドチキンは無いから、別の料理を拵えて上げるよ。ちょっと待ってな」

 

「ングングング……プハァー、さすがお姉さん。呆れつつも別の料理をこさえてくれるなんて……俺がもう20年も早く生まれてりゃなー」

 

「ハハッ。おべっかばっかり言うんじゃないよ、まったく」

 

喉を鳴らしてピッチャーのまま豪快にお茶を飲んでから、俺はマダムに笑いながら社交辞令を述べる。

俺の社交辞令を聞いたマダムは豪快に笑いながら厨房に引っ込んで行く。

いやー、やっぱおばちゃん達の料理は美味えや。

どんだけ食っても腹が満たされねえのは困ったが……まぁ、食えるだけ食うか。

チラリと後ろに視線を向けると、テーブルに戻って行った女子達がポカンとした表情で俺を見てる。

 

「元次!!……あぁ、良かったぁ。怖そうな元次じゃなくって……」

 

「ゲン!!目、醒ましたのか!!」

 

と、食堂の入口から俺を呼ぶ声が聞こえたので視線を向けると、そこには嬉しそうな笑みを浮かべる一夏とシャルルが居た。

いや、シャルルはどっちかっていうと安堵してる様な……俺の所為だな。

 

「よぉ、お前等。大丈夫だったか?」

 

「そりゃこっちの台詞だっての!!お前何時起きたんだ?」

 

「大体2時間後ぐらいだったか?それぐらいに起きて千冬さんから話聞いてた。そっちは?」

 

座る俺に笑顔で寄ってきた一夏と拳を合わせて挨拶しながら、お互いの状況を語る。

二人の手にはトレーがあり、湯気の立つカルボナーラとラーメンが置かれてた。

一夏とシャルルはとりあえず座ってトレーを置くと、俺の質問に答え始めた。

 

「俺達は治療を受けた後、ついさっきまで事情聴取受けてたんだ。ホントはお前のトコに行きたかったけど、もう腹ペコでさ」

 

「さすがに、お昼からこの時間まで何も食べてないからね」

 

「しかもさぁ。面接官の先生達、どの先生も何度も同じ事聞いてくるんだぜ?ホント参った」

 

「仕方無いよ一夏。先生達だって仕事でああしてるんだし、小さな事でも見逃しがあったら駄目なんだから」

 

「まぁ、そーだけどよぉ」

 

「くくっ。まぁ概ね、お前等も無事だったって訳だ」

 

ホトホト疲れた顔をしてる一夏に軽く笑いながら、俺は目の前のサンドイッチ5切れを鷲掴みして一口で平らげる。

そのまま咀嚼して平らげながら、更に質問を重ねた。

 

「ングング……ところで、トーナメント自体はどーなるんだ?続行すんのか?」

 

「さすがに中止だって。でも、データは取りたいらしいから、一回戦は全部やるみたいだけど……一夏、パルメザンチーズ取ってくれない?」

 

「あぁ、ほい……でもそうなると、終わった俺達は暇だなー」

 

「全くだぜ……でもまぁ、オプティマスの無え俺じゃ、どっちみち出場は無理か」

 

「え?オプティマスが無いって……あぁ、もしかして修理か?」

 

ずぞぞっ、とラーメンを啜った一夏は一度首を傾げてから納得した様に頷く。

俺もサンドイッチの残りを口に放り込みながら、頷きを返した。

その横ではシャルルが苦笑しながら俺達を見ている。

 

「……けっこう手酷くやられてたもんね。オプティマスのダメージレベルはどれぐらいだったの?」

 

「Eだってよ。ランク最低値……本格的な修理が必要らしくてな。今は修理に預けてるって訳だ」

 

「はい、お待ち!!鳥の胸肉を半分にして茹でたほうれん草を挟んでじっくり焼いてみたよ!!味付けは香草塩のみ!!よぉく味わって食べな!!」

 

「おぉ!?待ってました!!」

 

シャルルの質問に答えていると、食堂のマダムが鳥の胸肉を持って来てくれた。

しかも大皿に同じチキンが10羽も置いてあるではないですか。

一つ一つが骨付きフライドチキンよりも全然デカイ!!こりゃ食い応えがありそうだぜ!!

そんな大皿を見たシャルルはポカンと口を開けて、その皿を凝視してた。

 

「……え?……げ、元次ってこんなに沢山食べるの?っていうか食べれるの?」

 

「当たり前だろ?食えないなら最初から頼まねえっての。では、頂きます。あ~む(バク)」

 

「一口で!?あんな大きな胸肉一口!?」

 

目の前でしきりに騒ぐシャルルをスルーしつつ、俺は新しい料理を食っていく。

うぅ~む。淡白な鶏肉とほうれん草に香草塩のシンプルで強い味わいが染みこんでて美味え。

しっかりと焼き上げられた表面は良い感じに焦げ目があって最高だ。

 

「ど、どれだけ食べれるのさ……」

 

「何言ってんだい。この子はさっきまでフライドチキン10個入りの皿を八つも完食してまだ足りないって言ってんだよ?」

 

「ブッ!?そ、そんなに食べてたんですか!?」

 

「相変わらずの健啖家っぷりだな……そういえば、ゲンは何時も酷い怪我した時は食欲が半端じゃ無かった様な……」

 

「半端じゃ無いとか以前の問題だよ一夏!?元次のお腹全然大きくなってないんだよ!?質量保存の法則はどうしたのさ!?」

 

「シャルル。ゲンに法則とか期待しねぇ方が良いぞ?もう腹に溜まる前に消化されてるって考えとけって」

 

「完全に諦めてるじゃないかぁ……常識の枠内に収まろうよ、元次……」

 

人の目の前で失礼な事を言いまくってる二人だが、今は食事が優先なので構わない。

そうして項垂れながらパスタを食べるシャルルと遠い目をする一夏達を放置して、俺は鶏肉を全部平らげた。

 

「ふ~……さすがに満腹だぜ……おばちゃん、ご馳走様でした」

 

「あいよ。また何時でも食べに来な」

 

おばちゃんは俺のご馳走様の挨拶を聞いて笑顔を浮かべながら皿を片付けに行った。

しっかり食べたお陰で食欲も満たされたので、俺はゆっくりとお茶を啜ってブレイクタイムに入る。

いや~、食う前より傷も痛まないし、身体の倦怠感も大分無くなったな。

食った物が少しづつ、でもしっかりと俺の肉に、血になっていく実感がある。

 

「それにしても……」

 

「ん?何だ、シャルル?」

 

「あのさ、一夏は結局ボーデヴィッヒさんの事は殴らなかったね」

 

「あん?殴らなかったのかよ?」

 

目の前で急に話し出したシャルルの言葉に相槌を打った一夏。

その一夏に対してシャルルが紡いだ言葉に、俺は意外そうな顔を浮かべる。

こいつ、あんだけ暮桜の、っていうか千冬さんの物真似をしたラウラが気に入らねぇなんて言ってたのにな。

シャルルの言葉と俺の質問に、一夏は少し眉を寄せる。

 

「いや、なんつうかさ……あの時のあいつ、すごく弱々しい目をしてたからさ。そんな奴を殴れないだろ?」

 

「……ほぉ」

 

自分の怒りよりも相手の事を気遣ったって訳か……馬鹿だな……だが――。

 

「……ふふ、一夏は優しいね」

 

底抜けの優しさこそが、コイツの良い所だ。

シャルルの微笑み、そして俺のニヤついた笑みを見て、一夏は顔をプイッと背ける。

恥ずかしくてそうしてるのが、赤く染まった頬の色で丸分かりだ。

 

「別にそんなんじゃ……」

 

「何を照れくさそうにしてんだよ……まぁ良いんじゃね?俺だったら更に泣かせてから意識不明になってもタコ殴りにしてたかも知んねーけど」

 

「鬼かお前は!?」

 

「元次はもう少しだけ、優しさを学んだ方が良いと僕は思うよ」

 

俺の冗談に過剰反応する一夏と呆れるシャルルに、俺は「冗談だ」と口にしてからお茶を啜る。

そうして気が休まったので食堂に目を向けると、何やらメチャクチャ落ち込んだ女子の集団を発見。

皆一様にテーブルに肘を付いたゲンドウスタイルで顔を伏せ、物凄く沈んでる。

他にも床に沈む、orzな面々まで居る始末だ。

 

「っつうか、今気付いたんだけどよぉ……あの女子達の暗い雰囲気は何だ?」

 

「え?……ホントだ。何で皆、あんなに落ち込んでんだ?」

 

「さ、さぁ?何でだろうね……(言えない……優勝したら僕達の誰かと付き合えるって噂を信じてたのに、大会中止になって落ち込んでるなんて)」

 

ん?何かシャルルが妙に冷や汗を掻いてるんだが……何でだ?

とりあえず何で女子が落ち込んでるのか分からないし、ここは少し聞き耳を立ててみるか。

 

「優勝……チャンス……消え……」

 

「鍋島君達が無事でホッとしたと思ったら、地獄に突き落とされたでござる」

 

「トーナメント中止……当然、約束も無し……」

 

「交際、無効……今夜は自棄ジュースだチキショー!!!」

 

「「「「「うわぁあああああああああん!!!」」」」」

 

突如あの中の一人が立ち上がったと思ったら、皆して泣き叫びながら食堂から走って出て行った。

 

「……な、何だったんだろ?」

 

「さ……さあな?」

 

「あ、あはは……お、女の子には色々あるんだよ」

 

いきなり走り出した女子の真意がまるで判らず、俺と一夏は呆然としてしまう。

そんな俺達に苦笑いするシャルルが何やら意味深な事を言ってるが……まぁ、女のシャルルがそう言うならそう思っておこう。

そんな感じでいきなりガランと人数が減った食堂だが、そこにポツンと、俺達に視線を向ける女子が一人居た。

俺と一夏の幼馴染みにして束さんの妹である箒だ。

 

「げ、ゲン。大丈夫だったか?」

 

「おう、箒。特にどーって事は無えよ。それよりどうした?んな辛気くせー顔して?」

 

「そ、それは「あっ、箒」ッ!?い、一夏……お、お前も、怪我は大丈夫か?」

 

「あぁ。俺はゲンと違って掠り傷だったからな……それより、箒」

 

箒に先に気付いた俺が箒の質問に答え、逆に質問していると一夏が乱入してきた。

まぁそれ自体は別に問題じゃねえ。

箒だって懸想してる一夏と話す方が良いだろうしな。

しかし俺が気になってるのは箒の何処か申し訳無いって感じの表情の意味だ。

今も一夏に声を掛けられて、複雑な表情を浮かべてる。

嬉しさと悲しさが半々ぐらいに混ざり合った珍妙な表情だ。

 

 

 

んん?何で箒はあんな表情をして――。

 

 

 

「この間の約束の事なんだけどさ……付き合ってもいいぞ」

 

「――え?」

 

「――ヌ?――ブォッ!?ゲホッゲホォ!!?」

 

「わあぁ!?げ、元次、大丈夫!?」

 

 

 

だが、次の瞬間に一夏が放った言葉を聞いて、俺はお茶が器官に入って苦しんだ。

の、喉が詰まっ、ゲホゲホォ!!

苦しんで堰をする俺の背中をシャルルが心配そうに撫でてくれる。

ありがとうシャルル、お礼に今度お前と一夏のデートセッティングしてや……いや、それも無理かも!!

っていうか待て!?付き合う!?あの一夏が!?箒と!?

堰が落ち着いた俺はシャルルに礼を言いつつ箒と一夏に視線を向ける。

一夏は普段通りに微笑み、箒は信じられないって顔をしてる。

そりゃそうだ、長年の想いが、あの朴念神相手にこんなに軽く実る事なんて――――ん?

 

「ほ、本当か一夏?」

 

「おう。別に良いぜ?」

 

「……き、聞き返すのは無粋かも知れんが、聞かせてくれ……な、何故だ?理由を教えて欲しい」

 

何か変な記憶が掠める様にフラッシュバックしてきて首を傾げる俺を他所に、一夏と箒の話は進んでいく。

箒は一夏の大胆な発言を聞いて、嬉しさで弾けんばかりの笑みを浮かべつつ、頑張って平静を保とうとしてる。

しかし完熟した林檎の様な顔色が誤魔化し切れて無い。

箒は自分の顔色に気付いていないのか、嬉しそうな笑顔を浮かべながら両手をモジモジさせている。

あのTHE・武士道を地で行く箒があんな乙女な表情を浮かべているのに、一夏の方は特に変化が無い。

 

 

 

 

 

何だ?告白の返事にしては軽過ぎじゃ……あれ?やっぱりなんか変な記憶が掠めるな?

 

 

 

 

 

「理由?そりゃ大事な幼馴染みの頼みだからな。付き合うさ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――買い物ぐらい!!」

 

 

 

 

 

あ。そういえば俺がビンタされた原因の女子もこんな感じだった様な――あぁ、そういう事。

 

 

 

 

 

「」

 

「」

 

一夏が眩しい位の笑顔で言い放った言葉に、箒とシャルルは絶句。

信じられないといった表情のシャルルと訳が分からないといった表情の箒。

俺はそんな3人を見て頭を抱えてしまう。

あぁ、そうだ……こいつは昔っからこういう奴なんだった……ッ!!

良い意味でも悪い意味でも、ほぼ言葉をその通りに受け取ってしまう正直者。

それが一夏の美徳でもあり、また酷え所でもある。

 

「ハァ……一夏」

 

「ん?何だ、ゲン?」

 

「……スゥ……最初はグー!!じゃんけん――」

 

「え?え!?」

 

「ポン!!」

 

「ポ、ポン!?」

 

俺の掛け声に驚きつつも手を出してしまう一夏。

一夏はグー、俺はパー。良し。

 

「あっちむいてぇホォイ!!!」

 

「へ?(ズドン!!)ぺぷろぱぁ!?」

 

勝った俺は一夏に指を向けつつ、その逆の腕で横向きに殴り倒した。

横っ面を思いっ切りブン殴られて吹き飛んだ一夏は、食堂の床に大の字になって気絶。

少しはそうやって反省しとけ、バカタレ。

吹き飛んだ一夏から視線を外すと、そこにはメチャクチャ落ち込んだ箒の姿が。

 

「……どういう経緯で今の話になったかは知らねぇけど……まぁ、アレだ。デートの約束を取り付けたってぐらいに考えとけよ」

 

「…………そう、だな……まずは一歩、前進といった所か……フフッ。舞い上がっていた自分が馬鹿みたいだ……フフッ……」

 

自嘲気味にそんな事を呟きながら、箒はフラフラとした足取りで食堂を後にする。

俺とシャルルはそんな箒を気の毒な目で見ながら見送るしか出来なかった。

 

「……一夏って、ワザとやってるんじゃないかって時があるよね」

 

「あぁ。何年経とうとも、コイツのこれは治らねえ……ホントどうなってんだろうな?」

 

「僕も後学の為に教えて欲しいぐらいだよ……」

 

俺だって知りたいさ、切実に。

床でノびる一夏を見下ろしながら、俺達は揃って溜息を吐く。

ホントどうしてここまで鈍チンになっちまったんだか――。

 

「――元次さん!!」

 

と、そんな折に背後から大きな声で呼び掛けられ、振り返る。

 

「おぉ。真耶ちゃん。そんなに慌ててどうしたんスか?」

 

振り返った先に居たのは我らが癒やし系教師、真耶ちゃんその人だった。

真耶ちゃんは俺に向かって真っ直ぐ走り寄ってくると、俺の目の前で泣きそうになりながら笑みを浮かべる。

 

「あぁ、良かったぁ……ッ!!本当に、心配しました……ッ!!」

 

「ちょ、ちょ!?ま、真耶ちゃんそんな泣きそうにならなくても……」

 

「グスッ。泣きそうにもなりますよぉ……ッ!!げ、元次さんが……血を流して……倒れるのを見てたんですからぁ……ッ!!」

 

真耶ちゃんは怒りの表情(全然怖くない)を浮かべながら、目元の涙を拭う。

グスグスと嗚咽を漏らしながらも俺を心配していたと言われ、俺は胸がギュウッと締め付けられてしまった。

胸の中に湧き上がる罪悪感、そして自分の所為で女の子を泣かしたという事実が俺を焦らせる。

ついでに後ろから感じるシャルルのジトーっとした視線も原因ではあるが。

 

「……心配してくれてありがとうございます。でも大丈夫っすよ。何せ俺は、サイボーグ並にタフっすから」

 

「……グスッ……あの時と一緒の事、言ってますよ?」

 

あの時とは間違い無く真耶ちゃんと初めて会った時の事だろう。

そういえばIS学園の転入初日にも同じ事言ったっけ。

 

「ハハッ。ボキャブラリーが貧相で……でも、大丈夫。あの程度の攻撃じゃ俺はくたばりませんから(スッ)」

 

「あっ……(ナデナデ)んぅ……元次さん?」

 

「まぁその、アレだ……泣かないでくれよ。俺の所為で女の子が……いや、真耶ちゃんが泣くってのは、耐えらんねえ」

 

俺は未だに涙目の真耶ちゃんの……彼女の頭を撫でてしまった。

何とか泣き止んでもらおうと、咄嗟に思いついたのがこの方法だ。

束さんとかは大概この方法で安心してくれるからな。

真耶ちゃんも一緒かは分からねえが、何もしないよりはマシな筈だ。

そんな事を胸中で考えながら、俺を見上げてキョトンとした表情の真耶ちゃんに笑いかける。

何とかこれで泣き止んでくれれば良いんだが……。

 

「……はわぁ♪」

 

……泣き止んで。

 

ナデナデ

 

「ん、ふぅ……余り、心配させないで下さいね?」

 

「う、うっす。気を付けます」

 

「はい♪でしたらコレ以上は言いません」

 

……泣き止むの速!?

軽く二、三度撫でただけで、真耶ちゃんは涙を引っ込めて軽く微笑みながら俺に注意してきた。

しかも何故か「しょうがない人です」みたいなこう……慈しむ様な笑顔を浮かべて、だ。

さすがにこの表情で見られては俺も気恥ずかしく、直ぐに手を離して視線を逸らした。

何だかなぁ……泣いた童がなんとやら、ッて感じだ。

 

「えへへ♪……あっ、それと男子の皆さんに朗報が、って織斑君!?何で床に倒れてるんですかー!?」

 

おっと、すっかり忘れてたぜ。

 

「ちょっと待ってくれよ、真耶ちゃん。オラァ起きんかいアホボケカスゥ!!(バコ!!)」

 

「ぼは!?い、痛ぇ……ッ!?……あれ?何で俺、床に倒れてんだ?」

 

「oh……記憶、飛んじゃってるね……」

 

気付けとばかりに蹴っ飛ばした頭を擦りながら一夏は目を覚ますが、何で自分が倒れてるか覚えてないらしい。

俺達に視線を向けて首を傾げる一夏に、シャルルは苦笑いを浮かべる。

そんなシャルルの反応を見て増々首を傾げる一夏。

まぁどうでも良いか。

 

「んで、真耶ちゃん。俺達男子に朗報ってのは何すか?」

 

「え、え~っとぉ……実はですね。今日は大浴場がボイラーの点検日で元々使用不可なんですが、点検が予定より早く終わりまして」

 

未だに首を傾げる一夏に引き攣った笑みを浮かべながらも、真耶ちゃんは俺達に用件を伝え始めた。

って、アレ?もしかしてこの流れは……

 

「それで、男子の大浴場の使用が、今日から解禁になります!!」

 

「な、なんだってぇええええええええええええええええ!!?」

 

「きゃ!?」

 

「うるせぇよスカタン!!」

 

「(ドゴォ!!)ぜのん!?」

 

真耶ちゃんの言葉に驚愕したって叫びを繰り出した一夏に、俺はラリアットを見舞う。

いきなり叫ぶから真耶ちゃんが驚いてんじゃねぇか。

そうで無くともいきなり側で叫ばれたら俺の耳が痛いっつの。

 

「わ、悪い。でもよ!!やっと足を伸ばして湯船に浸かれるんだぜ!!ゲンは嬉しくねえのかよ!?」

 

「確かに嬉しいがオメエ程じゃねえし、どっちみち俺は怪我があるから今日は入れねえんだよ」

 

「え?そうなの?」

 

「あぁ。千冬さんに、熱いタオルで体を拭くだけにしろって言われた。少なくとも傷が塞がるまではな」

 

治るのにそんなに時間は掛からないらしいが、どのみち今日は風呂には行けない。

その旨を伝えると、真耶ちゃんは少し悲しげな表情を浮かべてしまう。

いっけね、態々伝えに来てくれた真耶ちゃんに言うべき事じゃ無かったか。

 

「気にしねえで下さい、真耶ちゃん。別に今日限りって訳じゃ無えんでしょ?」

 

「は、はい。これから男子には週二日の間隔で時間を設けますので」

 

「って事だ。一夏、俺は気にせずゆっくりと浸かってきな。俺は次の楽しみに取っておくからよ」

 

そう伝えると、はしゃいで申し訳無かったって表情だった一夏は、表情を少しだけ和らげる。

だが、シャルルだけは「どうしよう」って少し困った表情だ。

うんうん、俺はそれも見越して今日はどっちみち遠慮するつもりだったんだぜ?

俺はコレ以上無いってぐらいのイイ笑顔を浮かべながら、一夏の方を掴む。

 

「久しぶりの風呂。ゆっっっっっくりと堪能してこいや……シャルルと『一緒に』な?」

 

「おう。じゃあ悪いけど今日はシャルルと……一緒…………に?……あれ?」

 

「じゃ、俺は部屋に戻るから、ごゆっくり~」

 

自分で言ってて何かに気付いたのか、一夏は首を傾げて自分の台詞を反覆する。

そんな兄弟の動きを見て笑いながら、俺は悠々自適に自室へと足を進めるのだった。

 

 

 

――その数十秒後、一夏の悲鳴が聞こえた……気がする。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

「あっ~!?居た~!!ゲンチ~~!!」

 

「ッ!?元次君!!」

 

「ん?」

 

さて、食堂での一件を終えた俺が自室へと戻ると、俺の部屋の扉の前に二人の人物が立っていた。

少し間延びした独特な喋り方と、儚ささえ感じさせられる柔らかな声音。

俺の姿を見つけて走り寄って来たのは、さゆかと本音ちゃんの二人だった。

何だ?二人して俺の部屋の前で何してたんだ?

そう思って声を掛けようとしたが――。

 

 

 

「ゲンチ~~~!!(ギュッ!!)」

 

「ぬお!?」

 

「元次君!!(ギュッ!!)」

 

「ほふあ!?お、おおおおおお二人様!?」

 

 

 

何と、さゆかと本音ちゃんは俺の姿を見るや否や、二人して俺に抱きついてきたのだ。

しかも二人共しっかりと抱きついて俺の胸に顔を埋めている。

こ、これは一体何事でございまするか!?

いきなり過ぎるイベントに慌てふためく俺を他所に、二人は体を震わせていた。

 

「良かった……ッ!!……無事で……ッ!!良かったよぉ……ッ!!」

 

「ぐじゅ……ッ!!ゲ、ゲンチ~が倒された時……し、死んじゃったかとおも、思って……怖かったよぉ~……ッ!!」

 

しかし、俺の胸に顔を埋めたままに震えた声で語る二人を見たら、恥ずかしさなんてどっかにブッ飛んで行っちまった。

二人共……俺の心配、してくれてたんだな……それなのに、俺は呑気に飯食ってたのかよ……馬鹿にも程がある。

時折肩を震わせて……俺の服を濡らす雫が、二人の顔を埋めた胸に染みこむ。

あぁ、俺は本音ちゃんとさゆかの事を、泣かせちまったんだな……ゴメンよ、二人共。

俺は自分の馬鹿さ加減に怒りを覚えながらも、悲しむ二人を安心させたくて、二人の肩を掻き抱いた。

 

「……心配させちまって、ゴメンな二人共。俺はこの通りピンピンしてっからよ……安心してくれ」

 

二人の肩に添えた手でポンポンと、子供を安心させる様に背中を軽く叩く。

そのままの体勢でいる事5分程で、二人は俺の胸元から顔を離して、少し赤くなった目元を拭う。

 

「ぐすっ……ご、ごめんね……いきなり、こんな事しちゃって……びっくりしたよね?」

 

「まぁ、確かにビビッたけどよ。俺の事心配してくれてたのが分かったからな……本当にありがとよ、さゆか」

 

「ううん……気にしないで」

 

そう言ってうっすらと微笑むさゆかと視線を合わせて俺も笑みを浮かべる。

本当に、さゆかはこんな俺にも優しくしてくれるんだもんなぁ。

……マジで良い女だよ、さゆかは。

 

「む~……私も心配したんだぞ~?私は無視か~。放置プレイかこの~」

 

「本音ちゃん。気持ちは同じく嬉しいけど、そんな言葉を誰に習ったのかね?」

 

俺を見上げて少し剥れる様な表情を浮かべる本音ちゃんに、俺は至って普通の笑顔を見せる。

とりあえず本音ちゃんに要らん言葉を教えた奴は即刻死刑に処す。

純粋な本音ちゃんを穢そうとするのは誰だ出てこいゴルァ。

そんな事を考えていると、本音ちゃんは増々頬を膨らまして俺をポカポカと叩いてきた。

 

「私だってそれぐらい知ってるよ~。子供じゃ無いんだからな~。ゲンチ~と同い年なんだから~(ポカポカ)」

 

いや、だからこそその言葉を知ってるのはおかしいのでは?

男がそれを知ってるのはエロいからなのです。

 

「それで、二人は何で俺の部屋の前に?(ナデナデ)」

 

「むうぅ~。こら~、こんな事じゃ誤魔化され……ご、誤魔化されないぞ~……えへへ~♪」

 

ポカポカと俺の体を叩いてくる本音ちゃんの頭を撫でながら、俺はさゆかに質問する。

最初は口では嫌がってたものの直ぐに嬉しそうな笑みを浮かべて身を捩っていた。

うむ、扱いやすゲフンゲフン!!今のは間違い。

 

「う、うん。私と本音ちゃんが保健室に行ったら、もう元次君は起きて部屋に行ったって聞いたから、お見舞いに来たんだけど……め、迷惑……だった?」

 

「いやいや。迷惑なんて事は無えよ。俺もこの後は体を拭いて寝るぐらいだったし」

 

「にへ~♪……はれ?ゲンチ~、今日はお風呂に入らないの~?」

 

と、俺の言葉に疑問を持ったのか、本音ちゃんが可愛らしいクリクリっとしたつぶらな瞳で見上げながら質問してくる。

さっきまで頭を撫でられてご満悦だったのに、俺の言葉で現実に戻ってきた様だ。

そんな本音ちゃんの質問に、俺は苦笑いしながら言葉を紡ぐ。

 

「入らないんじゃなくて入れないんだ。今日はまだ傷口が塞がってねえから、シャワーも駄目らしい。だから今から湯とタオルを用意して体を拭くつもりだったんだ」

 

疲れてんのに、面倒だぜ、と苦笑いしたまま二人に言うと、さゆかも苦笑で返してくれた。

しかし本音ちゃんからは何も返事が来なかったので不思議に思って視線を向けると……。

 

「……むっふ~♪(キラリーン☆)」

 

な、何か目を☆の様に輝かせて怪しい笑みを浮かべてらっしゃった。

しかもその視線の向きは確実に俺へと注がれてる。

……さて、どうするべきか。

今まで本音ちゃんの目が輝いた時って大抵、突拍子も無い事になってきた気がする。

となれば、ここは経験則に則って逃げるが上策だろう。

うんそうしよう、三十六計逃げるに如かず。

まずは自然に本音ちゃんの頭を撫でてる手をどかして――。

 

「ふふ~ん。逃がすとでも~?(ギュッ)」

 

「ですよねー」

 

どかした瞬間に手を掴まれて何時もの様に抱き抱えられてしまった。

もう何か本音ちゃんのやる事為す事に逆らえなくなってねえか?

いや、寧ろ逆らえるのだろうか?

 

「(チラッ)」

 

「にゅふふのふ~♪」

 

うん、無理だ☆

どうやってこんな嬉しそうな笑顔を浮かべてる子を引き剥がせと?

っというか甘えられて悪い気はしねえ、俺も男だからな。

 

「さぁ、ゲンチ~?罰げ~むを受けてもらうよ~?」

 

「は?ば、罰ゲーム?……何で?」

 

「うん♪私と~さゆりんを心配させた~罰げ~む~♪」

 

「え?え?わ、私?」

 

本音ちゃんの宣告を受けて驚いたのは俺だけじゃなく、隣に立っていたさゆかもだった。

罰ゲームって……今からやんの?っていうかどんな罰?

 

「あ、あのね本音ちゃん。元次君も今日は疲れてると思うし、す、するにしても今日は止めてあげた方が良いんじゃないかな?」

 

おぉ!?さすが優しさの権化と言われるさゆか様!!

その調子で本音ちゃんの言う罰ゲームを回避してくれ!!

俺はこんな時まで俺を庇ってくれるさゆかの優しさに感激しながら、救いの女神であるさゆかに祈る。

今から何かしらの罰を受けるにしても、さすがに汗臭いなんて言われたら死にたくなる。

 

「大丈夫大丈夫~♪この罰げ~むは~、ゲンチ~にとってご褒美でもあるんだよ~?」

 

「「え?」」

 

本音ちゃんの言ってる意味が判らず、俺とさゆかは揃って首を傾げる。

そんな俺達を見ても、本音ちゃんは只楽しそうに笑っていた。

 

 

 

 

 

「ふっふ~♪お嬢様直伝のご奉仕罰げ~む。題して――お背中流しま~す♪ア・ナ・タ・♡」

 

 

 

 

 

……とりあえず本音ちゃんに入れ知恵した奴、何時かコロス。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

……さて、部屋に戻った俺だが、今は『パンツ一丁』の格好で椅子に座ってる。

 

 

 

 

 

……うん、待て。

 

 

 

 

 

 ど う し て こ う な っ た ?

 

 

 

 

 

椅子に座った姿勢のまま、俺は頭を抱える。

いやもうホント何なのこの状況?

何でこんな事に……とりあえず明日からオジョウサマとか言う奴等を片っ端からぬっ殺す。

まずはセシリアからだな……いかにもオジョウサマって感じだし、うん。

……止めよう、現実逃避は。

とりあえず明日からオジョウサマ狩りは確定として……今の状況を確認しよう。

まず断っておくが、俺はパンツ一丁で自室で過ごす人間では無い、断じて無い。

第一ここは女子寮なんだから、突然の来客にパンツ一丁では対応出来ねえよ。

じゃあ何で俺が自室でパンツ一丁で椅子に座ってるか?答えは単純にして明快――。

 

『じゃあ、行くよ~さゆり~ん♪』

 

『う、うううう、うん!!だ、だだ、だいじょじょ……』

 

『ホントにだいじょ~ぶ~?顔まっかだよ~?』

 

『ほ、本音ちゃんだって……凄いよ?』

 

『……にゃー。やっぱり恥ずかしいからね~』

 

『う、うぅ……でも、こうしてあげたら……元次君、喜んでくれる……かな?』

 

『おじょ~さまの言ってた通りなら、喜んでくれると思うんだけど~……ここまで来たら、もう引き返せないよ~!!』

 

『……そう、だね……うん!!頑張ろう、本音ちゃん!!』

 

『お~!!女は~度胸だ~!!』

 

ガチャリ。

 

「……げ、元次……君……お、おまたせ……しました…………はふっ(クラッ)」

 

くぐもって良く聞こえなかった声が、一気に鮮明になる。

恥ずかしそうに声を掛けてきたさゆかの声に従って後ろを振り向く。

 

「にゃ~♪おまたせしたよ~、ゲンチ~♪(うわ~……服越しには見てたけど~……やっぱ凄いよぉ~)」

 

「(ぽ~)…………は!?……え、えと……お背中……流します……ね?」

 

(み、みみ、見とれてた……ッ!?あ、あんな凄い身体……初めて……っていうか男の人のは、裸なんてお父さんしか見た事無いし、お父さんはあんなに逞しく無いし……腹筋、凄い割れてる……あれ?……ッ!?な、なな、な!?ア、アレって!?……おっき……ッ!?……や、やだぁ……変な気分になっちゃうよぉ)

 

そこには、絵や字がプリントされたTシャツと、体操服の下であるハーフパンツを履いたさゆかと本音ちゃんの姿があった。

二人とも湯上りですか?と思わせる程に顔色が赤く、何とも艶っぽい色合いを含んでいるお二人。

その二人の両手には風呂で使う大きめの桶と、沢山の湯気が上がるタオルが乗っている。

さゆかだけは何故か俺に視線を向けると、ボンッ!!と音が鳴りそうな程顔を真っ赤にして視線を背けた。

……うん、そのリアクションが一番正しい……俺だって顔から火が出そうだ。

せめてタオルぐらい下に掛けておきたいのに……タオルが少なくて、全部持ってかれるとは……ッ!!

もうこの状況がお分かり頂けただろうか?

 

「……その……ほ、本当にするのか、二人共?俺は別に一人でも出来るぜ?」

 

そう、この二人は今から俺の身体を拭いてくれるらしいのだ。

これが本音ちゃんの考案した……いや、入れ知恵された悪魔の策。

体中を綺麗に拭いて貰えるという、何とも恐ろしい罰ゲームだ。

恐らく弾辺りなら土下座してでも頼み込むであろう極上のサービス。

俺だって普段なら泣いて喜ぶシチュエーションだが……理性飛ばして千冬さんに魂飛ばされたくは無い。

だからこそ、今の内に何とか回避したい訳だが――。

 

「げ、元次君は今日、すっごく頑張ったから……私達がしてあげたいの……駄目?」

 

「そ~そ~。今日は頑張ったゲンチ~に、ご褒美でもあるし~、私達を心配させた罰でもあるのだよ~。ゲンチ~には受ける義務があるの~」

 

恐らく一生懸命準備してくれたのだろう。

湯気の立つ大量のタオルの入った桶を床に置きつつ正座して俺にそう言ってくれる二人。

湯を出しながらタオルを準備した所為なのか、しっとりと濡れた髪がそこはかとない色気を醸し出す。

しかも二人の髪型は俺の好みドストライクのポニーテール。

そんな女二人に目の前で正座されて、上目遣いに懇願されたらどうなる?

 

「……よろしくお願いします」

 

あっさりと手の平返したって仕方無いだろう?

誰か今の状況の俺を責めれるモンなら責めてみやがれ。

 

「う、うん……それじゃあ」

 

「失礼しま~す♪よいしょ~♪」

 

二人は俺のOKを聞いて顔を綻ばせながら、それぞれタオル片手に寄ってくる。

そんな嬉しそうな顔しないで……理性飛んじゃう!!

俺の願いも虚しく二人はそれぞれ俺の腕を左右から持ち上げてタオルを擦りつけてきた。

さすがに女の子には俺の腕は重過ぎるので、俺は自分で両手に力を込めて広げる。

 

ゴシゴシゴシ。

 

「えっと……痒い所はありませんか?」

 

「い、いや……最高です」

 

チラッと窺う様にして聞いてきたさゆかに、俺はどもった声で返事をする。

いやもう偽り無しに最高なんだって。

程好い擦り方がまた極上で、本当に只のタオルか疑ってしまうぐらいだ。

 

「ふんふ~ん♪ごしごしごし~っと♪お客様~、どぉですかぁ~?」

 

「と、とても満足っす」

 

「えへへ~♪良かったぁ~♪じゃあ続けますね~」

 

一方で本音ちゃんの方もさゆかに負けず劣らずの擦り心地で最高だ。

しかも目が合うとにへらっと笑ってくれるサービス付き。

これはまさに……天国だろJK。

あぁ……生きてて良かった……ッ!!

そんな感じで最高に昇天モノの極上サービスを満喫する俺。

腕が終わると次は肩に行って、そこから二人は背中を拭く作業を続ける。

 

「んっ……背中、固いね……」

 

「そ、そうか?まぁ、結構鍛えてる自信はあるけど……」

 

「うん……それに、すっごく……大きい……男の人の背中なんて、海に行った時ぐらいしか見ないけど……元次君の背中は、凄く……頼もしい、かな」

 

「は、はは。さ、さんきゅー」

 

話してるさゆかの表情が見えないので、俺はそう返すだけで精一杯だった。

頼もしい、か……初めて言われたな……少しは近づけてんのかな?爺ちゃんや親父の背中に。

そんな感じでほっこりとした気持ちを味わってる俺ですが……理性はいっぱいいっぱいデス。

特に俺はボクサーパンツしか履かないので、マイサンが眠りから覚めると一発で判ってしまうのです。

よって、現在は下唇をこれでもかと噛んで、痛みで理性を繋げてる。

頼むから保ってくれよ俺の理性……ッ!!

 

 

 

しかしそんな時こそ、ハプニングってものは起きるのだ。

 

 

 

「わ!?」

 

ぷにゅん

 

「ホウ!?」

 

せせせせ、背中に極上の柔らかさがぁあああああ!?

 

「あうぅ~……ごめんねゲンチ~、ちょっと滑っちゃった~」

 

背中から掛けられた声は本音ちゃんのもので間違い無い。

今も俺の肩に顔を乗せて謝ってるからな……ってンな事はどうでも良い!!

そ、早急に俺の背中に張り付いてる柔らかい水風船2つを退けてくれぇええええい!!

何時もよりウヅ義だから密着する感触がやばばばばばば!?

このままじゃプッツンしちまう!!

俺は下唇を噛みつつ更に自由な手で太ももをギューッと抓って痛みを倍増する。

 

「だ、大丈夫だ……き、気にしなくていいよ、本音ちゃん」

 

「ごめんね~?やっぱり背中に二人はやり辛かったかな~?」

 

本音ちゃんはそう言いつつ、俺の顔の直ぐ側で何かを考え始めた。

一体どうしたんだろうかと考えていると、本音ちゃんは直ぐにニパッと笑顔を見せ――。

 

「うふふ~♪すりすりぃ♪」

 

「お、おい!?本音ちゃん!?な、なな、何をしてらっしゃるんで!?」

 

「んにゅ~?ほっぺたすりすり~♪」

 

ブハァ!?な、何て甘えた声を出しやがるんですか貴女はぁ!?

こ、ここ、これ以上俺の理性を崩しに掛からないでくれえええええ!?

本音ちゃんは顔を肩に乗せた体勢そのままに、まるで猫の様に甘えた声を出しながら俺の肩に頬を摺り寄せてくる。

その幸せそうな笑顔を見てると、俺の本能が刺激されてしまうではないか。

 

「えへへ~♪……にゃぁん♡」

 

しかも俺と目を合わせると、朱に染まった蕩ける様な笑顔で猫の真似をする始末。

その仕草が、俺の中の本能をザワリと泡立たせる。

こ、こんな甘え方されたら俺はもう……ッ!!

 

「あ、それじゃあ本音ちゃん。私は前に行こっか?」

 

「うん~。お願いさゆり~ん。じゃあゲンチ~。次はちゃんと真面目にやるからね~」

 

「え?」

 

「それじゃあ元次君。私が前を拭くね?」

 

「………………お、おおう。た、頼む」

 

あ、お預けですかそうですか……ざ、残念だなんて思ってねえからな!?ホントだからな!?

後ろで協議した結果、さゆかが前に回って体を拭いてくれるらしい。

俺は努めて平常心を持ちながら、普通を装ってさゆかにお願いした。

そして、さゆかが俺の目の前に現れ、俺の前でタオルを持って中腰になる。

目が合うと、彼女は恥ずかしそうに赤面した。

 

「よいしょ……な、何だか恥ずかしいね?……ちょっと、ドキドキするかも」

 

俺は心臓が弾けそう☆

さゆかは俺に困った様な微笑みを見せながらも、文句も言わず一生懸命に体を拭いてくれた。

今更だけどこれって、普通は風邪引いた病人がされる事の筈では?

そうやって別の事を考えて気を紛らわしている俺だが、さゆかの視線は熱心に俺の体に注がれている。

 

「……腹筋も、凄いね……男の人って、こんなに固くなるんだ…………(ツツゥー)」

 

「うおんぬっ!?」

 

「あっ!?ご、ごめんね?……ちょっと、気になっちゃって。ほ、本当にゴメン」

 

「だ、大丈夫大丈夫。ちょっとびっくりしただけだからよ……」

 

何ともはや、さゆかはその細く綺麗な指で俺の腹筋を撫で上げてきたのだ。

その肌を伝う感触が何ともこしょばゆくて、俺は情けない声を挙げてしまう。

こっちは必死で本能を鎖で雁字搦めにしてんのに、何でお二人はそんなに人の理性を揺さぶりますかねぇ!?

何、誘ってんの?誘ってんのか!?良い度胸だ食べちゃうぞオイ!!

……い、いや、止めておこう。俺もまだ命は惜しい。

一瞬、脳裏に目を赤く爛々と輝かせる阿修羅な千冬様が過り、俺の心を急速に冷やした。

っというか、一気に血の気すら引いたぜ……さ、さすがは千冬さ――。

 

「あっ、胸の周りは傷の所以外にするね?うんしょ、きゃあ!?」

 

ぐにゅううううう!!

 

「わなっふううぅ!?」

 

刹那、屈んでいた体勢を変えようとしたさゆかが俺の座る椅子に躓き、倒れこんできた。

しかも倒れたのは俺に向かって何だが、位置がズレていた所為で止める事も出来ず、そのまま俺にぶつかった。

それ自体は別に良いんだが……着地したさゆかの胸が……俺の息子の真上だったりする。

 

「い、痛たた……ご、ごめん元次君!!怪我してない!?」

 

ぐにゅんぐにゅん

 

「んんぐ!?」

 

下半身に、引いてはマイサンに伝わる刺激に耐える為に歯を食い縛っていた俺の口から情けない悲鳴が漏れる。

極上の柔らかさを誇る双丘が俺の大事なモノを優しく包み込んで……血、血が集中しちゃうううううう!?

お願いですから直ぐに離れて下さいさゆか様ぁああああああああああ!?

こ、このままじゃ見せられないよR-18な展開に……い、今直ぐ対抗策を敷くぞ!!

このまま痴態を晒しそうな己を戒めるべく、俺は必死に弾のセクシー全裸ポーズを脳裏に浮かべる。

局部に伝わる生々しい感触は一切カットして。

……結果的に、しっかりと血の気は引いてくれた。代わりに吐き気がしたが。

あ、危ねえ……ッ!?本気で襲いかかる所だったぁ……ッ!?

 

「だ、大丈夫……だからよ……つ、続けてくれ」

 

視線で本当に大丈夫か?と心配してくれるさゆかにぎこちなく笑いながら、俺は早くこの罰ゲームが終わる事を祈る。

生殺し状態にしてマジ拷問。

この罰ゲーム考案した奴は本気でブチ殺してやる。

 

 

 

 

 

――その後10分に渡って、俺は理性と本能の鬩ぎ合いを続けるのだった。

 

 

 

 

 

「じゃあね~ゲンチ~♪おやすみぃ~♪」

 

「お、おやすみなさい。元次君……♪」

 

そして、全てが終わって笑顔で帰っていった二人。

一方で長時間に渡り生殺しの状態を味合わされていた俺はというと……。

 

「……………………終わった……」

 

最早精魂尽き果てた状態でベットに大の字で寝転んでた。

いや、もうホント疲れた……あの正体不明機と戦ってた時の方が全然気楽だった。

服を着るのすら億劫で、もう動きたく無い。

 

「……寝よう……今日はマジ疲れた」

 

俺はうつ伏せのままモゾモゾと動いて布団を被り、そのまま眠りに就いた。

……胸の内に、本音ちゃん誑かした元凶への殺意を抱いて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ッ!?(ブル!!)」

 

「……どうしました、会長?」

 

「いや、なんか猛烈な寒気が……」

 

「??冷房が効き過ぎましたか?」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「あ~……」

 

翌朝、俺は大きなあくびをしながら廊下を歩く。

何ともまぁあのプチソーププレイのお陰か、体の調子はすこぶる良い。

正に快眠出来た……まぁ、もう寝るしか無かったって感じでもあるが。

 

「あ~……お早う、ゲン」

 

「お~っす一夏ぁ……昨日はどうだった?大浴場」

 

途中で合流した一夏と挨拶を交わしながらダラダラと廊下を歩く俺達。

何やら一夏も疲れたって表情を見せてたので、昨日はしゃいでた風呂はそんなに良くなかったのかと質問した。

 

「あぁ……すっげえ良い風呂だったぞ?……ただなぁ……」

 

「ん~?どうしたぁ?」

 

「いや、まぁ……な、何でも無い……うん、何でも」

 

「……ふ~ん?……まぁ、良いけどよ……」

 

しかしどうやら一夏の疲れ具合は別の所にあるらしい。

質問を重ねてみるがやけに焦った顔で「何でもない」と言われたので深くは聞かなかった。

まぁ、俺も昨日の事を深く聞かれたらヤバイし……あんまり突かない方が良いだろ。

そんな感じで会話を終えたのだが、俺は何か欠けてる気がして、辺りを見渡した。

 

「あれ?おい一夏、お前シャルルと来なかったのか?」

 

そう、最近は同じ部屋って事もあって一緒に登校していたシャルルの姿が見当たらないのだ。

しかし俺の質問に対して、一夏は今度は首を捻って俺に答え始めた。

 

「いや、それがさぁ。何か朝、先に行っててくれって言ってきて……俺も良く分かんないんだよな」

 

「なんだそりゃ?」

 

「さあ?」

 

結局二人揃って首を傾げる羽目になり、俺達は良く分からないまま教室へと足を踏み入れた。

「おはよう」とクラスメイトと挨拶しながら入ると、みんなから「昨日は大丈夫だった?」と心配される俺達。

まぁ特に問題は無かったと返して、俺達はそれぞれ席に着いて鞄の中身を入れる。

 

「お、おはよう、元次君」

 

「……お、おう。さゆか……おはよう」

 

「う、うん……き、今日は良い天気……だね」

 

「そ、そそ、そう、だな……これ以上無い快晴だ……」

 

「「……」」

 

き、気まずい……ッ!!

何気なく視線を向けた先にさゆかが居て、向こうも真っ赤な顔で俺に挨拶するもんだから、俺まで意識してしまう。

そのまま俺達は話が続かずに沈黙してしまい、俺は何か話題が無いか考える。

しかし思い起こされるのは昨日の、あのピンクなお店一歩手前の罰ゲームのみだ。

何か無いか考えている俺の視界に映るのは、シャルルの所在を女子に聞かれてる一夏。

そして一夏を見ながら少し沈んだ表情を浮かべる箒。

最後に……すっげえ肌が艶々で、上機嫌に鼻歌を歌う本音ちゃんの姿。

ダメだ、話題になりそうなヒントが一つとして無え……ッ!!

どうにかしてこの気まずい状況を打破しようとしていた時に、教室に真耶ちゃんが入ってきた。

 

「あっ……せ、先生、来ちゃったから……ま、またね?」

 

「あ、ああ。ま、また後で……」

 

真耶ちゃんの存在を確認したさゆかは少しはにかみながら、自分の席へと戻っていった。

一方で俺は大きく息を吐いて真耶ちゃんの登場に感謝する。

ナイスタイミングだぜ、真耶ちゃん!!あの気まずさを何とかしてくれてありがとう!!

そんな万感の想いを持って教卓に着いた真耶ちゃんに視線を送るも……。

 

「……み、みなさん……おはようございます……ハァ……」

 

何故か、教卓に着いた真耶ちゃんは疲れ果てた声で憔悴した表情を浮かべていた。

……え?……い、一体何があったんだ?

その様子に首を傾げながら他の皆を盗み見ると、皆同じ様に首を傾げてる。

それは俺と同じ男の一夏もだった。

 

「……織斑君、何を考えてるか分かりませんが……先生を低評価してるのはわかります。怒りますよ?……はぁ」

 

と、毎度の如く一夏は何やら失礼な事を考えていたらしいが、それに対する注意すら覇気が無い。

一体何故、真耶ちゃんはあんなに疲れた顔をしてるんだろうか?

 

「……今日は、その…………転校生を紹介します……」

 

は?

 

真耶ちゃんの言葉の意味が判らず呆ける俺達だが、それに構わず教室の扉が開いて1人の『女子』が入室してきた。

すらりと伸びた白い雪の様な肌色の足をスカートから見せつけ、艶のあるハニーブロンドを優雅に揺らす1人の少女。

彼女は特に気負った風も泣く教卓の側に立ち、『前と同じ様に』太陽の様な眩しい笑顔を浮かべて口を開く。

 

「――シャルロット・デュノアです。皆さん、改めてよろしくお願いします♪」

 

『『『『『――』』』』』

 

「えっとぉ……デュノア君はぁ、デュノアさん、という事でした……あぁ……また寮の部屋割を組み直さないと……寝不足でお肌が……」

 

 

 

……皆さんもご一緒にぃ。せーの。

 

 

 

『『『『『――は?』』』』』

 

初めて、1組の全員の心がシンクロした様な気がした。

突然のカミングアウトに全員呆然とあうるが、そこはさすがの1組女子、直ぐに騒がしくなる。

 

「え?デュノア君って女……?あれ?私の草食王子様はいずこへ?」

 

「アタシは前々からおかしいって思ってたんだ!!美少年じゃなくて、美少女だったわけね!!」

 

「……胸が……前ヨリ、大ッキクなってるデス」

 

「あ、ありのまま今起こった事を話すぜ?懸想してた男の子が一夜で女の子になってた……な、何を言ってるのか分から(ry」

 

「って、織斑君!!同室だから知らないって事は無いよね!?え?まさかの隠れた蜜月!?」

 

「ウソダドンドコドーン!!」

 

ワァオ……何てカオスですか……それだけ衝撃的だったって訳ね?

もはや騒がしいを通り越して半狂乱になりかけてる我がクラス。

一瞬でシンクロした心がバラけやがった。

っていうかシャルル……じゃなくてシャルロットは何をイイ笑顔してやがる。

お前の所為だぞこの混沌っぷりは。

ここで俺はシャルロットと同室の一夏に視線を向けるが、一夏も呆然とした表情で首を横にブンブン振ってくる。

つまり、一夏自身もシャルロットの事は聞かされて無かったって訳――。

 

 

 

「――ちょっと待って?昨日って確か、男子が大浴場を使ってたよね……?」

 

 

 

騒然とするクラスメイト達が思い思いの言葉を出す中、そのたった一言で視線が俺と一夏に注がれる。

特に一夏の方は口に髪を含んだ幽鬼の様な箒と目にハイライトの無いセシリアに詰め寄られててヤバイ。

一夏の顔に出てる冷や汗が半端じゃ無い量流れてるからな。

……あぁ、そういえば、俺が部屋でさゆか達に体を拭いてもらったのは誰も知らない筈――。

 

 

 

バゴォオオオオ!!!

 

 

 

「……はい?」

 

そんな様子を眺めていると、突如黒板横の壁が崩壊した。

つまり、隣に隣接するクラスを隔てる壁がブッ壊されたって訳だ。

ちなみに俺達1組の隣のクラスは2組。

その答えが示すのは?

 

「一夏ぁあああああああ!!!ブッ殺死ろす!!!」

 

怒りが天元突破した鈴の仕業って事です。

しかも修復が完了した甲龍を展開してやがる。

 

「ちょちょちょちょぉおおおお!?待って鈴さん!?言語が滅茶苦茶になって――」

 

「おどれを滅茶苦茶にしたらくたばれぇえええええ!!!」

 

一夏の静止の言葉すら耳を傾けずに、鈴は支離滅裂な叫びを挙げて肩のアーマーの一部をスライドさせる。

あー、衝撃砲ですか、こりゃマジで死ぬだろうなぁ。

そして一夏、何故お前は俺を盾にしてるのかな?

俺今オプティマスが無いから防げないよ?一緒に肉片パーンだよ?

っていうか何故に関係無い筈の俺が巻き込まれて――。

 

ドォオオオオオ!!!

 

「……あれ、死んでない?」

 

俺の後ろで目を瞑っていた一夏がボソッとそんな事を呟くが、俺はその言葉に答えなかった。

……派手な発射音が聞こえたというのに、俺達は今も生きている。

それは鈴の衝撃砲が俺達に当たっていないからだ。

つまり鈴が衝撃砲を外したのか?答えは違う。

 

「……ッ!?ラウラ!!」

 

「……」

 

俺と同じく気絶して運び込まれていた筈のボーデヴィッヒが、鈴の衝撃砲を防いでいてくれたからだ。

しかも今回の騒ぎの中心となったIS……シュヴァルツェア・レーゲンを纏って、AICを展開しながら。

 

「助かったぜ……サンキュー……って、お前のIS、もう直ったのか?」

 

「……コアは辛うじて無事だったからな。持ち込んでいた予備パーツで組み直した」

 

「へぇ、そうなん……」

 

ちう

 

「…………は?」

 

本日何度目か分からない驚愕の声。

助けてもらった事にお礼を言いながら近づいた一夏に対して、ボーデヴィッヒの取った行動は驚きどころの騒ぎじゃねえ。

 

「ん……んぅ……」

 

「」

 

何とボーデヴィッヒは、近寄る一夏に向けて顔を下ろし、一夏のマウスと自分のマウスを重ねたのだ。

所謂キッス、日本風に言うと接吻、口付け等である。

これにはさすがに俺も大口を開けて驚愕し、キスされてる当の一夏は目を見開いていた。

女子は乱入した鈴を含めて全員あんぐりと口を開けてる。

鈴のブッ壊した壁から覗いてる2組の女子もだ。

やがて、長い間合わさっていた唇同士が離れると、ボーデヴィッヒは呆ける一夏に顔を赤くしながら指を突きつける。

 

「――お、お前は私の『嫁』とする!!決定事項だ!!異論は認めん!!」

 

そして、白昼堂々と、『お前は私の物だ』宣言をカマしたのだった。

……これは、告白……なのか?

良く分からない言い回しを使ったボーデヴィッヒの言葉に対して、一夏の反応は――。

 

「……え?……嫁?婿じゃなくて?」

 

「突っ込む所が違え!!!」

 

結局、鈍感王は少しズレた所を気にし、俺がそれに突っ込んでしまった。

そんな俺のツッコミを無視したのか、ボーデヴィッヒは堂々と腰に手を当てて仁王立ちする。

 

「日本では気に入った相手を俺の嫁と呼ぶ習慣があると聞いた!!故に私はお前を嫁にすると決めたのだ!!」

 

違う、それ何か大事な所が果てしなくズレてやがる。

言い回しの所為で最初は理解出来なかったが、何となく言いたい事は察した。

つまりボーデヴィッヒは一夏の何かが琴線に触れて惚れてしまったって琴になる。

一体、何時、ドコで、お前はコイツを堕としやがったんだよ兄弟……ッ!!

もう最初と比べたら真逆の評価得てんじゃねぇか!!どんだけジゴロに磨きを掛けてやがる!!

評価最低編からどうやったら恋する乙女にまで引き上げる事が可能なんだボケ!!

下がるどころか上がる兄弟のジゴロっぷりに頭を抱える俺だが……事態は更に加速する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そして……鍋島元次!!いや――――――『兄貴』!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――へ?」

 

 

 

 

 

今の言葉が理解出来ない俺の目の前に、ボーデヴィッヒはISを解除して、床に正座し――。

 

 

 

 

 

「――私と、『盃』を交わしてくれ!!!!!」

 

 

 

 

 

まるで子供の様に目をキラキラさせながら、そんな言葉を投げ掛けてきた。

 

 

 

 

 

――――って!!?

 

 

 

 

 

 

『『『『『はぁあああああああああ!!?』』』』』

 

 

 

 

 

我等1組一同の魂の叫びが、IS学園を揺らした。

とりあえずボーデヴィッヒよ、まずはその朱色の酒器と日本酒を仕舞え。

話はそれからだ。

 

 






あっ、タイトル間違えた。TO LOVEるだったかー(すっとぼけ)

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