IS~ワンサマーの親友   作:piguzam]

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政府って怖い

「はぁ……全く、あの愚弟は……どうやったら入試の試験会場でISを動かすという事態に遭遇できるんだ」

 

ここは日本にある『IS学園』の職員室の給湯室。

そこで疲れきった溜息を吐きながら身内への愚痴を吐き出すのはIS学園の教師『織斑千冬』であった。

彼女の手に持っている紙カップの中身は既に湯気が消え、温くなっていた。

ホットで注がれた筈のコーヒーは冷め切り、それを飲んだ千冬は余りの味の悪さに顔を顰める。

 

彼女が溜息を吐く原因の一つに、1週間前にあった騒動が深く関係している。

それは千冬の弟であり、家族である織斑一夏が『女性しか動かせない筈のISを動かした』という事件のことだった。

しかも動かした場所は高校の試験会場。

一夏は本来受ける筈だった『藍越学園』の試験場所で迷い、何故か隣にあった『IS学園』の入試会場に入り込んでしまったのだ。

『藍越学園』と『IS学園』、とんだファインプレーである。

そこからが大変だった。

男性でISを動かしたケースは一夏が初めてであり、急遽このIS学園への強制入学が決まったのだが、男性用制服の発注や寮部屋の確保等、やることが山積みになってしまった。

弟には内緒にしてこのIS学園に勤務していた千冬だったが、等々身内に自分の職場がバレるのかと思うと、溜息の色が更に濃くなっていく。

幸い、弟の件については先ほどやっと片が付いたので千冬はコーヒーでも飲もうと給湯室に寄ったのだが、その途中で自分の隣の職員用デスクに見慣れた影を見つけた。

 

「……はぅ……(ぽ~)」

 

「……はぁ」

 

しかし、その影を見つけると千冬は更に溜息を吐き、そのまま素通りして給湯室に向かった。

その職員は両肘をデスクに突いて、両手を組んだ状態で顔を乗せたまま、ぼーっと空中を見ていた。

彼女の名前は『山田真耶』と言いこのIS学園の『先生』であり、『職員』である。

見た目は十代の少女と見紛う程小柄だが、立派に成人した女性であり現役時代はISの『国家代表候補生』にまで昇り詰めた事もあるISのプロで、千冬の後輩。

小動物の様な愛らしさと親しみやすさで生徒からの評価もとても高いが、一部の生徒からは敵視されている。

敵視と言っても別段過激な事ではなく、様は妬みである。

ちなみに妬みの原因を補足すれば、IS学園裏ランキングで『IS学園一の巨、いや爆乳』に輝いてるとだけ言っておこう。

 

だが、千冬が溜息を吐くのは真耶の女性の象徴を妬んでいるから……ではなく、彼女の様子がおかしいからであった。

それも去年の12月頃から今日までずっと継続してである。

具体的には、授業中や昼食中であっても、瞳を潤わせてボ~っと空を眺めている時があるからだ。

普段からおっとりしているが、ここまで露骨に意識が彼方へ飛ぶ事など今までは無かったので対処法が解らず今日まで来てしまったのだ。

かといって肉体言語に走ろうにも、別段何かポカをやらかしたわけでもなく仕事はキッチリするので、注意するにもしにくい状態だからだ。

だが、そのままというワケにもいかない。

来月からは千冬は一夏の編入する予定の1年1組の担任に決定しており、真耶は副担任だ。

どうにかして新学期が始まる前に真耶の異変を直さなければならないと感じていたが、どう対処したものかと千冬は頭を悩ませていた。

 

「あら?織斑先生、ちょっとお疲れかしら?」

 

と、給湯室で溜息を吐く千冬に声を掛けたのは保健医担当の柴田美弥子であった。

彼女を一言で表すならそう……『大人のお姉さん』である。

簡単に言えば色気ムンムン。

 

「あぁ、柴田先生。いや、ちょっと問題がな……」

 

「問題?……弟さんの事かしら?まぁ大変よね、家族がいきなり『世界初の男性IS操縦者』になるなんて」

 

柴田は給湯室の戸棚からカップを取り出しながら千冬に尋ねる。

そのままポットからお湯を注いでコーヒーを作り、千冬の対面に腰掛けた。

 

「いや、愚弟の件は先ほど片付いたんだが……問題はあれだ」

 

「あれって……あぁ、山田先生ね?」

 

柴田は千冬が後ろ指で指し示す方向に視線を向けて、納得した顔になる。

視線の先には、未だに同じ姿勢のまま虚空を見つめる真耶の姿があった。

 

「そうだ。今はまだ何もミスはないが、万が一という事もある。ISに関しては、何かあってからでは遅いからな」

 

千冬はそう言ってコーヒーをもう一度啜り、またもやしかめ顔になる。

ブラック派の千冬には、味を変えるのに砂糖とミルクを入れる気にはならなかったので仕方ないが。

千冬の話を聞いた柴田は頬杖を突いて真耶に視線を向ける。

 

「やれやれ、あの様子じゃ山田先生、まだ会えてないのかしら?『鋼鉄の王子様(アイアン・プリンス)』に」

 

「……待て……なんだ?その珍妙なネーミングの輩は?」

 

柴田の口から飛び出した珍妙過ぎる単語に千冬は突っ込みを入れる。

千冬の頭の中では童話の様な王子様の格好をしたロボットが想像されていた。

 

「あれ?織斑先生はご存知ない?」

 

「全く知らん」

 

柴田の少し意外そうな問いに、千冬はにべも無く返した。

その答えに柴田は顔を傾げるが、思い至った様にポンと手を合わせる。

 

「あ~そうね、織斑先生こないだの飲み会断ったから知らないんだわ。」

 

柴田の言うこの間の飲み会とは一夏達の卒業記念パーティーの日の事であった。

その答えになるほど、と千冬は頷く。

 

『昨日の千冬さん……すっげー可愛かったですよ』

 

(ッッ!?イ、イカンイカン!!あれは忘れねば!!)

 

と、同時に別れ際に言われた元次の言葉を思い出して赤面しそうになるが、なんとか平常心を保つ。

その様子に柴田は気づかなかった様で、その飲み会の話しを語り始める。

 

「まぁ、その飲み会の時にね?山田先生に皆で話を聞いたのよ。「最近上の空だけど何かあったの?」って。でも、山田先生ったら恥ずかしがっちゃって何も言おうとしなかったの」

 

「ふむ、それで?」

 

バレなかった事に内心安堵しつつも、千冬は柴田の話に耳を傾ける。

 

「それで話を聞くためにガンガンお酒を進めながら問い詰めたんだけど……聞いてみると山田先生、去年の12月に一人で外出した時に変な男達に絡まれちゃったらしいのよ」

 

「去年の12月……山田先生の様子がおかしくなったのと時期が合うな」

 

千冬は顎に指を添えて思考し始める。

そして千冬の言葉に柴田も同意の頷きを返す。

 

「それで山田先生、3人がかりでホテルに連れ込まれそうだったそうよ」

 

「……全く……女1人に男3人掛かりで、しかも力づくとは……その男共は腐ってるな」

 

千冬は不機嫌な表情を隠そうともせずにその男達を罵る。

他の女性なら陰口と言われるかもしれないが、織斑千冬は正しく『世界最強』に輝いた人物。

彼女が言うと、陰口ではなく叱責になる。

 

「周りの通行人に助けを求めたけど、皆関わりたくないから素通りしちゃって……腕を掴まれて逃げられなかった山田先生は、そのまま連れて行かれそうになったんだけど……」

 

「そこでその、『鋼鉄の王子様(アイアン・プリンス)』とやらが登場と?」

 

「そう!!もう凄かったらしいわよ?山田先生が詳細に教えてくれたんだけどね?山田先生の腕を掴んでた男を片腕で持ち上げて、握力だけで黙らせちゃったんですって!!」

 

「ほう、中々やるようだな」

 

まるで自分の事の様に興奮しながら話す柴田に千冬はそう言ってあの乱入者の実力を褒めた。

チラッと自分の良く知る人間に重なったが、まぁ違うだろうと千冬はその考えを捨てる。

 

「しかも他の男が殴りかかってきてオデコに当たったら、逆に殴った男の方の骨が折れたそうなの!!ケロッとした顔で『俺はサイボーグ並にタフだからよ』って笑ってたらしいわ!!」

 

「随分と頑丈なものだな……なるほど、それで鋼鉄(アイアン)か」

 

「最後は呆然と立ってた男の落としたジッポライターを指だけで縦に握り潰しながら『とっとと失せろ』って一言で追い払ったらしいわ!!」

 

「……度胸、威圧感も相当あるようだな」

 

またもや千冬の脳裏に、良く知る男が現われるが、いやまさかな。と嫌な予感を無理やり振り払う。

もしそうだったらその時は……と、若干危ない事を考えながら。

 

「そう!!しかも男達を追い払った後は何も言わずに立ち去ろうとしたらしいんだけど、お礼をしたいって言って引き止めた山田先生に『ならお礼代わりに駅まで送らせてくれ』って言ってきたらしいのよ!!当然、山田先生は『それじゃお礼になりません!!』って言ったそうだけど、その人は『礼にはなってるぜ?俺が守ったお嬢さんの可愛らしい笑顔が曇らずに済むんだからよ』って笑いながら返してきたんですって!!」

 

「……随分と気障な男の様だな。まぁ先程出てきた男共より億倍マシだが」

 

キャーキャー言いながら興奮した様子で話す柴田に、千冬は苦笑いを浮かべながら言葉を返す。

それと同時に、千冬には先程から引っかかる事があった。

 

「しかし、何故柴田先生はそんな珍妙な名前で呼んでいるんだ?」

 

それは彼女が相手の名前を呼ばずに、珍妙な名前でしか呼んでいない事だった。

千冬の問いに柴田は先程とは打って変わって苦笑いを浮かべていく。

 

「あ~、それはねぇ……なんでも、山田先生が名前を聞こうとしたら、その人の友達が先に彼に声を掛けてきたり、駅に終電が入ってきたりしちゃったらしくて……結局名前は聞けなかったそうなの」

 

「それは……なんとも間が悪かったようだな」

 

なんとも言えない顔をした千冬に柴田は同意する様に頷く。

 

「それ以来、あの調子。何度もその人と逢った場所に行ってるみたいだけど、全然会えないんだって。その人の友達がその人の名前らしいものを呼んでたのは覚えてるらしいけど、私達には教えてくれなかったわ。だから私達はそう呼んでるの。他にも不良みたいな格好をしてたそうだから、『悪な王子様(バット・プリンス)』とか『無頼漢の王子様(ギャングスタ・プリンス)』とか、皆好き放題に呼んでるわ」

 

「ホントに言いたい放題だな……まぁ何にしても、その……『鋼鉄の王子様(アイアン・プリンス)』?とやらに会わない事には、山田先生が元に戻る事も?」

 

「無い可能性は……高いんじゃないかしら?」

 

千冬はこれ見よがしに項垂れる。

真耶がああなった原因は良く解ったが、もはや解決の見込みはかなり薄くなってしまった。

さてどうしたものかと思考を働かせようと……。

 

ガラガラガラッ!!

 

「お、織斑先生、柴田先生!!き、緊急報告です!!直ぐ職員室に!!」

 

したところで、何やら慌しい表情を浮かべた職員が入ってきて職員室に戻るよう促された。

ゆったりとリラックスしていた二人は職員の表情を見て只事ではないと察し、二人は表情を引き締めて職員室に戻る。

職員室に戻ると、結構な数の職員が既に席に着いて待っていた。

ちらりと真耶の表情を伺ってみると、彼女も表情を引き締めて仕事モードに入っていた。

これなら問題ないだろうと、千冬も自分の席に着く。

全員が揃った所で、一番前の教頭が口を開いた。

 

「集まりましたね……皆さんに緊急に集まって頂いたのは他でもありません……先程、日本でまた一人『男性のIS操縦者』が発見されました」

 

『『『『『ッッ!?』』』』』

 

教頭の口から発せられた言葉に職員は全員、驚愕に顔を染めていく。

だが、それは当たり前の反応であった。

何せ織斑一夏、一人の発見であっても世界中で大騒ぎになる程のニュースだったのだ。

それがこの短い期間に、しかも同じ日本で、二人目の『男性IS操縦者』が発見されたのだから。

 

「先日の織斑先生の弟さんである織斑一夏君同様、彼にはIS学園に入学していただく事になります。皆さん、スクリーンに映像を出しますのでご注目下さい」

 

教頭先生の言葉に、職員全員が教頭の横に展開されたスクリーンに注目する。

それを確認した教頭は映像を映し出す。

 

そこには、大柄な男の全体写真が映し出された。

顔は中々整っているが、なによりその男の顔を引き立たせるのは『眼』だった。

鋭く、切れ長の瞳は、力強い『雄』を見る者に連想させる。

体躯は大きく、盛り上がった筋肉の逞しさは威風堂々とし、雄雄しさが溢れ、この女尊男卑の世界で男達が失った本物の『男』の姿があった。

その雄雄しい姿に、何名かの職員は頬を染めながら、感嘆の溜息をついた。

そう、この場に居る二人(・・)の人間が知る男……。

 

「彼の名前は鍋島「元次!?/ゲンさん!?」……え?」

 

突然割って入った声に、教頭は呆然と呟きながら目を向ける。

教頭の視線の先には、デスクから立ち上がって驚いている千冬と真耶の姿があった。

他の職員の目も千冬達に向かい眼が点になっていた。

いつも冷静な千冬がここまで取り乱すことはそう無かったからだ。

 

「「……(ん?)(え?)」」

 

ここでおかしいぞと視線を自分と同時に声をあげた相手に向ける千冬と真耶。

そして無言のまま数秒間見つめあい……。

 

「な――なんで先輩がゲンさんの事を知ってるんですかぁぁあああああ!?」

 

 

爆発。えくすぷろーじょん。

 

 

まずは真耶からの先制攻撃。

公私混同しないように昔の呼び方を控えていたが、それを忘れるほどにテンパッてる。

 

「そ――それは私の台詞だぁぁああ!!何故真耶が元次のことを知っている!?何故だ!?」

 

そして千冬からのカウンター。

千冬も同じくプライベートの呼び方に戻っていた。

しかしこれが、この言葉が千冬にとって最大の失敗だった。

威圧感を出しながら声を張り上げる千冬に向かって、真耶は悠然と言い返す。

 

「こ、この人ですよぉ!!私を変な男の人達から守って駅まで送り届けてくれた、優しくて逞しい男の人は、このゲンさんなんですぅ!!」

 

「なッ!?」

 

当たって欲しくなかった予感が大的中した千冬は声をあげ。

 

『『『『『なぁにぃいいいいいいいいいいいッ!?』』』』』

 

ここで他の職員も大爆発。

職員室で大音響で響く驚愕の声。

正しくIS学園が揺れた。

そのまま食い入るようにモニターを見つめ直す職員達。

 

『ウッソ!?あれが『鋼鉄の王子様(アイアン・プリンス)』!?私すっごく好みなんだけど!?』

 

『山田先生の話しじゃかなり補正入ってると思ってたけど……イイ!!凄くイイ!!』

 

『あんな逞しい腕で抱きしめられたら……壊れちゃうかも……』

 

『織斑君もイイけど……この人もイイわ!!』

 

『ちょ!?これで15才!?このまま大人の渋みが加わったら……がはっ!?』

 

『こんな人に山田先生の話どおりに助けられたら……山田先生じゃなくてもコロッといっちゃうよ……』

 

『……元次君が保健室に来たら、色々と教えてあげないと……フフフ♪』

 

そしてアチコチであがる好意的なひそひそ話し。

IS学園の教師はタフガイな男が好みな人間も多かったようだ。

とりあえず最後の柴田先生には後でゆぅっくり話を聞くことにする、主に肉体言語で。

千冬は職員室をバッと流し見て、もはや手遅れだと悟り。

 

(あ――あの、大馬鹿者ぉぉおおおッッ!!王国でも築きあげるつもりかぁぁああああああッッ!?)

 

余計に大変な恋路になってしまった事に、心の中で元凶に対して絶叫した。

 

 

 

 

「……あ、あの?……話を……」

 

尚、スクリーンの横で呆然とする教頭先生がいたそうな。

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

ぶるっ

 

な、なんだ!?急に悪寒が!?……き、気のせいか?……んんッ!!

よぉ皆、元気?俺は元気じゃないぜ。

 

私、先ほど『世界で二人目の男性IS操縦者』なんていらねえ称号を授与させられた鍋島元次です。

 

 

体育館のド真ん中でISを起動させ、とりあえずムカつく馬鹿女が立ち上がるまで回復したので俺はソイツと一緒に校長室まで向かった。

そしてこの高校の校長が来たので話合いを開始したんだが……聞き終えてから、俺はため息が止まらなかったよ。

えらく長ったらしい校長と馬鹿女の話を要約するとこうだ。

 

『ISを使える男子は俺と一夏だけ、だから俺や一夏を誘拐して実験やら解剖やらを企む輩が出てくる可能性がある。なので俺にはIS学園に入学してもらう』とのこと。

 

IS学園はどの国家にも属さない独立国家の様なものなので其処なら身柄が安全らしい。

つまり、中学時代に必死に勉強して努力した結果は水の泡、俺は入学前にこの高校を退学処分ってわけだ。

そのどうしようもない事実に俺は密かに心の中で涙を流したよ。

とりあえず、だ。

女だけじゃなく、俺にまで面倒フラグをぶっ建てた一夏は再会したら力の限りブチのめす、うんそうしよう。

 

まぁ、そんなこんなで俺は家に帰宅して事情を爺ちゃん達に話そうとしたんだが……家に帰ったら冴島さんがなにやら心配そうな表情で俺を出迎えた。

何事だろうと思ったんだが、先に冴島さんに着いて来るように言われて奥の和室まで連れて行かれた。

ワケも解らず和室に入ると、中には黒服を着た屈強な連中と偉そうなデブのおっさん、その秘書みてえなメガネを掛けた女が家のリビング(和室)に座ってた。

テーブルを挟んだ反対側には爺ちゃんと婆ちゃんが座ってる。

 

え?なにこの状況?ワケわかんねえ。

 

俺が我が家のカオス過ぎる状況に困惑していると、爺ちゃんから座る様に促された。

とりあえず座ってみると、再び話し合いが再開された。

まぁ話し合いとゆーよりも……一方的な強制の話だったが……話の内容は俺の身柄の引渡しだ。

このデブのおっさんは日本政府の高官なのだが、俺や一夏っていう男子のISが動かせる人間を解剖、実験すれば他の男でもISが操縦できるから俺の身柄を取りに来たらしい。

 

お~いおい……さっそく学校で受けた注意しなきゃなんねえ出来事が目の前で起きてるんですけど?

しかも注意してきたはずの日本人の手で、どうなってんの政府ってとこは?

 

デブのおっさんの話が終わったとこで、一夏にも手を出すのか?って爺ちゃんが聞くとデブのおっさんは鼻で笑いやがった。

 

「やれやれ……鍋島さんでしたか?」

 

「……なんだ?」

 

デブに鼻で笑われた事が癪に障ったようで、爺ちゃんは不機嫌そうに返した。

 

「織斑一夏はねぇ、あの『世界最強』と謂われた『ブリュンヒルデ』織斑千冬の弟なんですよ?そんな彼に解剖させろなんて言えるわけがないでしょう。」

 

デブは爺ちゃんにそう返す。

 

なるほど。

要は一夏に手を出して千冬さんの怒りを買いたくないってわけだ。

ビビりなだけかよ、このデブのおっさん。

 

「それに織斑千冬はあのIS開発者である篠ノ乃束の親友でもあります。彼に手を出したが最後、日本中のISが機能停止なんて事になったら目も当てられないでしょうが?」

 

「……」

 

爺ちゃんはデブの話を目を瞑って黙って聞いている。

デブは爺ちゃんから視線を外すと、なんともウザイ笑みを浮かべながら俺に視線を合わせてきた。

俺を見るその目は、人を見る目じゃなく物を見るような目だった。

 

つうか俺も束さんと千冬さんとは仲良いんだけど?まさかその辺の調査とかしてねえのかこのオッサン?

 

「だが、我々は運が良い。同じ様に貴重な男性IS操縦者がもう一人、しかも日本で!!何の後ろ盾も無い格好のモルモットが現われたんですから!!」

 

デブはそう言ってウザイ笑みを更に深めていく。

 

多分、コイツは俺を政府に差し出せば出世できるって思ってんだろう。

つまりは一夏ってブランド品には手が出せねえからセール品の俺に手を出したと?

っていうかコイツは遂に俺の事をモルモット呼ばわりですか、そうですか。

コレもうキレてもいいよね、俺?

こいつ等全員ブチのめしてもお釣りがくるぐれえの言われようだぞオイ。

 

俺がそう思っているとデブは手を上げて黒服達を見る。

すると黒服達はテーブルの上に銀色のアタッシュケースを5個置いていく。

そして中を開けると、中には札束がギッシリと入っていた。

 

「5億あります。これでそこのモルモットの身柄……買わせて貰いましょうか」

 

デブはそう言って爺ちゃんと婆ちゃんに視線を向ける。

爺ちゃんと婆ちゃんは依然黙って目を瞑ったままだった。

デブは爺ちゃんの様子なんざお構いなしにベラベラと喋り続ける。

 

「あなた方は生い先も短い、それだけあれば充分でしょう?……おい」

 

デブはそう言って黒服達に再び声を掛けると黒服達は立ち上がり、俺に近づいてくる。

どうやら金置いた時点で商談成立だと思ったんだろうが……テメエ等俺の事舐めすぎじゃねえか?

爺ちゃんと婆ちゃんに生い先短いだぁ?

事もあろうに目の前のいけすかねえクソデブは俺の大事な家族侮辱しやがった。

もう我慢の限界だわ、俺をモルモットと呼んでくれた礼も含めて一人残らずたたっ殺してやんぜ。

 

俺は立ち上がって、近づいてきた黒服の二人をブチのめそうと拳を握った瞬間……。

 

「ぬぅん!!」ドグシャアッ!!

 

「ぐぎえ!?」

 

「だらあぁ!!」ズドオオンッ!!

 

「がばあ!!?」

 

俺の左右から、とても野太い腕が振るわれ黒服達の顔面にクリティカルヒット。

ブン殴られた黒服2人は障子を突き破り、縁側の窓を割りながら庭先へ放り出された。

ブッ飛んでいった二人は仰向けに庭先で倒れて動かなくなった。

鼻や口から血が止め処なく出ているので、多分鼻と顎が割れたんだろうな。

突然の事で呆然としてるデブと不愉快な仲間達。

俺が視線を横に向けると、一本の腕は怒り顔の爺ちゃんでもう一本は……これまた怒り顔の冴島さんだった。

 

「な、何をするんだ貴様ら!?」

 

デブはいきなり振るわれた豪腕にビビって声が上ずってた。

爺ちゃんと冴島さんはデブに向かってかなり怖え顔で睨みつける。

 

「……何をするだぁ?――舐めてんじゃねぇぞアホンダラァ!!

 

ビリビリビリッ!!!

 

爺ちゃんの怒り心頭で撒き散らされた怒声は、ガラスをビリビリと振動させるほどに凄まじかった。

それと同じで、冴島さんは体から怒りの赤いオーラを撒き散らしていく。

前に俺は冴島さんのこの状態に『猛虎の怒り』って名前を付けた。

俺と喧嘩修行してる時に目覚めた技で、この状態のときの冴島さんはどんな攻撃を受けても怯まないし堪えない。

ちなみに俺も似たような状態にはなれるが、冴島さん程タフにはなれねえ。

なんせ横断歩道にいた女の子を守るためにセダン車の突撃を生身で受け止めたからね、この人。

マジで千冬さんレベルの実力者だよ。

 

「この俺に孫を――大事な家族を売れだぁ!?クソふざけた事ぬかしやがって!!おどれ等全員叩きのめしたらぁ!!」

 

爺ちゃんはそう言って両手を大きく広げ、ファイティングポーズを取る。

盛り上がった筋肉の塊とも言える豪腕と鬼の様な形相に黒服達は引け腰になってた。

まぁ爺ちゃんの事だから俺を見捨てる事はねえとわかってたけど、『大事な家族』とまで言われるとは……正直、かなり嬉しい。

 

「な!?こ、この!!大体貴様は誰なんだ!?この家の人間ではないだろう!!」

 

デブは爺ちゃんには何言っても無駄と悟ったのか、憎々しく爺ちゃんを睨みつけ、そのまま俺の横に居る冴島さんを指差して喚き散らす。

 

「じゃかましいわボケが!!」

 

「ひぃぃッ!?」

 

これまた冴島さんは爺ちゃんを上回る大声でデブに怒鳴り返した。

その怒声と怒りに満ちた形相で睨まれたデブは腰を抜かして無様に後ろに下がる。

それを庇うように秘書の女と黒服の一人がデブの前に回るが、黒服と女も冷や汗をビッシャリ掻いてた。

 

「おどれはなぁ……死に掛けとった俺を助けてくれた恩人を侮辱しおったんや!!例えこの家の人間や無くても、恩人を実験動物扱いしよる奴を殴らんでおれるかぁ!!」

 

そう言って冴島さんは上着に手をかけて豪快に脱ぎ捨てる。

露になった上半身の背中には悠然と大地に立って威風堂々と雄たけびを上げる虎の刺青が彫られていた。

 

「き、貴様!!一般人が政府の人間に手を上げてタダで済むと思ってるのか!?一生牢獄に入ることになるぞ!?」

 

デブは我が意を得たりって顔で、座ったまま無様に喚き散らすが冴島さんはどこ吹く風って感じで鼻で笑う。

 

「へっ!!おどれ等が御上やろうと関係あらへんわ……筋の通らん勝手な事言いよるアホを殴れんで何が『仁義』じゃ――何が『極道』じゃあ!!

 

冴島さんはそう吐き捨てると腕を構えて黒服達と対峙する。

 

「俺は俺の命を救ってくれた恩人を守るだけや。おどれらがゲンちゃんに手ぇ出すんやったら……俺は、『極道の義理』を通す……それだけや」

 

怒れる鬼のような爺ちゃんと唸る猛虎と見紛う程のオーラを魅せる冴島さんの二人に黒服達は恐怖しながら縁側に後ずさっていく。

それを追う冴島さんと爺ちゃん。

この時、冴島さん達が逃げる黒服達に距離を詰めていってしまったので、俺と婆ちゃんとの間が開いてしまった。

 

「く、くそぉおおお!!」

 

と、ここでデブの傍に居た黒服が婆ちゃんに向かって飛びかかってきた。

多分人質にでもしようとしてるんだろう。

それを見て顔を笑みに歪ませるデブと黒服達、だが冴島さんと爺ちゃんが焦らない所を見て直ぐにデブ達は顔を疑問に変える。

まぁ、答えは至ってシンプルなんだがな。

テーブルを挟んで雄たけびを上げながら飛び掛る黒服、婆ちゃんはそれを見ても特に動かない。

そりゃ当たり前だよな、なんせ……。

 

「ああああああああああ!!」

 

俺が居るんだからな。

 

婆ちゃんに向かって叫びながら飛び掛る敬老精神の欠片も無い黒服の頭目掛けて、俺は思いっきり足を振り上げ……。

 

「ずぉらあッ!!」

 

ドグシャアアア!!

 

「ごぎぇ!?(バキバキバキィィィ!!)」

 

力の限り振り下ろす。ただそれだけで終わり。

婆ちゃんに飛び掛ろうとした黒服は声にならない悲鳴を上げてテーブルに叩きつけられ、テーブルは負荷に耐え切れずに真っ二つに割れてしまった。

それっきり黒服は全く動かなくなり、その一連の動きを見て呆然とするデブ達。

まさか中学を卒業したばかりのガキにやられるとは思ってなかったんだろうが、生憎と俺はそこまで弱くねぇんでな。

 

「婆ちゃん。大丈夫か?」

 

「平気やで、元次が守ってくれたでな。ありがとうね、元次」

 

婆ちゃんはそう言って優しく微笑む。

いやー、良かったぜ。

これで婆ちゃんに傷でも負わせようもんなら、こいつ等マジであの世へ叩き送るとこだった。

 

「あ~、悪い爺ちゃん。テーブル壊しちまったわ」

 

俺は後ろ髪を掻きながら爺ちゃんに謝る。

黒服なんざどーでもいいがテーブルはちょいとやりすぎたぜ。

 

「ふん、後でお前の小遣いから差っ引いとくからな」

 

「ちょ!?そりゃねぇぞ!!」

 

なんてこった!?小遣い=会社のバイト代なんですけど!?

色々買いたいモンとかあったってぇのによ……この怒り、黒服とデブに全部ぶつけさせて貰うぜ(八つ当たり)。

さぁ、テメエ等が誰を敵に廻したか、しっかりとその身体に教えてやるぞコラアァ!!

俺は婆ちゃんを部屋から出して、拳をバキバキと鳴らしながら縁側へ歩く。

 

「さて、と……随分と好き放題くっちゃべってくれたじゃねぇか?テメェ等の目には、俺が本当に実験動物(モルモット)に見えるか?ひょっとすると……肉食動物(グリズリー)の間違いかも知れねぇぜ?……うおらあぁぁあああああ!!

 

獰猛な笑みを浮かべながら、俺は色々な怒りを抱えて黒服達に踊りかかっていく。

 

そこからはもう、一方的なジェノサイドゲームだった。

爺ちゃんは迫る黒服をちぎっては投げ、ちぎっては投げ、冴島さんはその豪腕で黒服を掴んで武器として振り回し、他の黒服達を殴り飛ばす。

俺?一人残らず力の限り男の急所を蹴り上げて悶絶した所を地面に叩きつけてやったよ。

 

 

最後に残ったデブは「か、かか金はそのままやるから!!み、見逃して――」とかなんとか言ってたけど全員スルー。

みっともなく喚くデブを庭に引きずり出してやり……。

 

「おぉりゃああああああ!!」

 

ズドォォオオン!!

 

「がべえ!?」

 

まずは冴島さんがデブの背中に回って豪快にジャーマンスープレックスをかまし(重量投げの極み)。

 

「があああああああ!!」

 

バギャアアアアアア!!

 

「ぼぎぅ!?」

 

その状態のデブの顔面を爺ちゃんがハンマーを叩き落とす様に硬い拳で殴りつけ(重撃追い討ちの極み)。

 

「らっしゃぁぁあああああ!!」

 

グシャアアアアアア!!

 

「ぶえぎゃぁぁあああぁああああぁああああぁぁあ!?」

 

俺がデブの男の勲章を豪快な踵落としでフィニッシュ(急所悶絶破壊の極み)。

 

名づけて『地獄巡りの極み』をカマしてやった。

いや~、かなりスカッとしたぜ。

 

 

その後は全員使っていない畑に犬神家状態で埋めておいた。

多分そのうち誰かが回収するでしょ?

そんで残った女には「とっとと帰れ」と言って家から追い出したんだが……今度は30人近い黒服連れて来やがった。

しかも今度は違う政府の人間を連れて。

 

懲りねえ奴らだな全く。

 

もう一度全員ブチのめしてやろうかと思ったんだが、今度は新しく連れてきた政府の高官が「誠に申し訳ありませんでした!!」って言っていきなり土下座してきた。

これにはさすがに俺も爺ちゃんも冴島さんも面食らっちまったが、家の前で土下座されたままにする訳にもいかず、とりあえず話を聞こうと今度はこっちから家に招いた。

再び和室に座った一同。

テーブルはパックリと割れてるがそれは関係なしに全員座る。

黒服達はさっきの黒服とデブを回収しに行ってるが。

そんで新しい高官の話を聞くと、中々に馬鹿らしい話だった。

あのデブは自分の出世のために政府の意向を無視して勝手に突っ走ったらしい。

その事を知った束さんが激怒、俺に手を出せば日本中のISを止めた上に日本経済のあらゆる物を滅茶苦茶にすると連絡(脅し)があったそうだ。

んでさっきの秘書の女が政府に連絡して、あのデブを止めるためにこの高官さんが急いで来たらしい。

まぁ束さんを怒らせたら何処の国も終わるしな。

今の世界防衛の要はISと言っても過言じゃねえし、世の中の女からしたらかなり困ることだ。

 

「今回の謝罪として家の修繕費は全て出させて頂きます。どうかそれであの男の事、水に流して頂けないでしょうか?」

 

どうやら高官さんの話じゃ今回の騒動で壊れた物は全部直していただけるらしい。

つまりはそれで手打ちってことか。

こりゃありがたいぜ、小遣い差っ引かれずに済むしな(笑)。

 

そして、さっきの馬鹿の話が落ち着いた所で高官さんが出した話は、俺のIS学園への入学についてだ。

俺が学校で聞いた話と差異は無く、婆ちゃんは賛成して「身体に気ぃつけて行ってきぃや?」と言ってくれた。

爺ちゃんは渋い顔をしてたが最後は婆ちゃんと同じで納得してくれた。

やっぱ危ないままよりはマシって思ってくれたんだろう。

そんで当の本人の俺はというと、IS学園へ行く前にある条件を出した。

それはこないだまで通っていたバイクの教習についてだ。

教習所での卒業検定は合格していたから、後は免許センターでの検定だけだったんだ。

IS学園の入学式は4月2日で今日は3月27日。

俺の誕生日は4月1日だから、検定を受ける暇がねぇ。

だから俺が政府に出した条件は「誕生日になる前に検定試験を受けれるようにすること」だった。

俺が高官さんにそう言うと、高官さんはこれを受諾し、明日試験を受けれることになった。

まぁ其処までは良かったんだが……。

 

「じゃあ、そーゆー事でお願いします」

 

俺は向かい合って正座している秘書のお姉さん(馬鹿じゃなくマトモな人だった)に頭を下げてお願いする。

 

「はい、免許の件についてはわかりました。それと、入学前にコチラを読んでおいて下さい」

 

そう言って秘書のお姉さんが俺の目の前に持ってきたのは……。

 

ドンッ!!

 

「……え?なにこれ?」

 

電話帳ぐらいのサイズの本だった。

しかもドンッ!!って音が鳴るぐらいにはブ厚いです。

 

「IS学園の入学前の参考書です。」

 

「……ゑ?」

 

この厚さで入学前?冗談だろ?

手に取ってみると重さは5キロくらいはあって、表紙には大きく「必読」と書いてあった。

え?これ全部覚えるの?

参考書ってお姉さんアンタ……辞書の間違いじゃねぇの?

 

「本来ですと、IS学園に入学する生徒は小学校の授業過程からISの授業をしてますので……彼女達からすれば、コレは今までの授業の復習になります」

 

「……これ、全部覚えなきゃダメなんすか?」

 

打ちのめされそうな現実に俺はちょっと涙目になる。

正座しながら涙目になるちょい大柄な男、うんキメエな。

 

「ッ!?い、いえ!!コレはあくまで復習ですから!!最初の30ページ程の内容さえ理解できれば、まだ最初の授業にはついていける筈です!!」

 

お姉さんは何やら焦りながらそう言ってくれたので、俺は安堵する。

まぁまた勉強し直しなのはメンドイが、30ページぐらいなら何とかなんだろ。

どの道俺にIS学園に行かないって選択肢は存在しないしな。

俺は笑顔でお姉さんにお礼を言ったんだが……何故かお礼を言われたお姉さんは顔を赤くして「と、当然の事ですから……」なんて言ったっきり黙っちまった。

……いや、えーっと?……まさか、ねぇ?

出会ってまだ、数時間だし?ありえねえだろ?

軽く頭をよぎった考えを振り払い、俺はお姉さんと話し合いを煮詰めてIS学園の制服(何故か既に出来ておりサイズも良い感じ)を受け取って、話し合いは終了。

そのまま学園の制服を婆ちゃんに作り直して頂いた。

後、帰る時に顔面が潰れたデブに「俺は束さんと仲良いんですよ?後、千冬さんと一夏もね(笑)」と教えてやると顔真っ青にして「たしゅけふぇ……」とか言ってたが知ったこっちゃねぇよ。

 

とりあえずそれで全ての話合いは終わって、高官さんとお姉さんは黒服を引き連れて帰った。

そんでまぁ、夕飯頃……俺は縁側に座って携帯を取り出し、ある人に電話をかける。

 

ピッ、プルr

 

ピッ

 

「もっすも~~~っす!!やっほー、ゲンくん!!お久しぶりだねぇ!!!わざわざ電話かけてくれるなんて、束さんはとっても嬉しいじぇい♪」

 

受話器の向こうから聞こえてくる相変わらずのハイテンションに俺は苦笑いを浮かべちまう。

 

「あはは……お久しぶりです。束さん。すいませんね、いきなり電話かけたりして……」

 

目当ての相手は1コールもしない内に出てくれた。

そう、世界の束さんです。

まぁ庇ってもらったお礼は、ちゃんと言っておかねーとな。

 

「ノンノンノン♪ノープログレムだよん♪束さんはゲンくんのためなら、時間関係なくフルオープンなのです♪それでそれで?一体どうしたのだね?」

 

一日越えてる!?どんだけサービスいいのよ束さん。

束さんは無関心の相手は虫程度にしか思ってねーが、俺や一夏や千冬さん、それに箒にはとことん甘い。

それは束さんが、自分が認めた数少ない身内に嫌われたくないっていう心の現われだろうって前に千冬さんが言ってたっけ。

まぁ箒の一件は俺も良く知ってるから間違いねぇんだろうけどな。

 

「え~っとですね?今回の事で、束さんにお礼を言いたかったんですよ」

 

「お礼?お礼って……もしかして政府のゴミ共のこと?」

 

政府をゴミ扱いですか。パネェなおい。

 

「まぁ、そうです。政府の人から聞きましたんで……本当にありがとうございます。俺のために怒ってくれたんでしょ?」

 

「あ~。その事かね?いいよいいよ!!束さんの大事なゲンくんを事もあろうに解剖しようとしたんだから。当たり前の事しただけなのさ♪」

 

電話越しに束さんの楽しそうな声が聞こえてくる。

束さんは本当に気にしてないようだが、世話になったお礼はちゃんとしとかねえとな。

 

「そうゆう訳にゃ行きませんよ。ですからお礼はキッチリさせてもらいますんで……所で束さん、今から俺の家に来れます?」

 

「え?ゲンくん家に?そりゃ~行けるけど……どうしてかにゃ~?」

 

何やら電話の向こうで首を傾げながらウサ耳をピコピコ動かす束さんが想像できたんだが……可愛い過ぎるぜ。

 

「いやぁ、今日のお礼にと思って束さんのために鹿鍋を作らせて頂いたんですが……どうです?」

 

そりゃもう、俺の渾身の力作と言っても過言じゃねーぐらいに気合入れましたとも。

味についてはかなり自信作だぜ。

 

「ゲンくんの手料理!?しかも束さんの!?束さんのためだってぇ!?行きます!!行きますとも!!いや行からいでか~!!ちょっと待っといてね~!!」

 

「あい、わかりました。ではまた後で」

 

ピッ

 

電話を切って、果たして何時どっから現われるんだろうなぁと何気な~く空を眺めると……。

 

 

 

ズドォォォオオオオオオンッ!!

 

 

 

空からドデカイ人参が庭に降ってきて、地面にブッ刺さりますた☆

 

 

 

突然すぎる事態に携帯を片手に持って呆然とする俺。

え?何コレ?新手のドッキリ?

まさかこれって……いやいやいや、ちょっと……いや、滅茶苦茶早すぎじゃね?

今電話切ったばっかりなんですけど?

 

呆然とする俺を他所に、庭にブッ刺さった人参から煙が噴出して縦に真っ二つに割れた。

そして……。

 

「ゲンくーん!!束さんを受け止めてーー♪!!」

 

桃から生まれた桃太郎ならぬ、人参から生まれたバニーガール(間違いではない)が俺目掛けて飛翔、ってまたこのパターンかい!?

慌てて俺は飛んできた束さんをしっかり受け止めて、前回のようにふつくしい谷間に顔を突っ込まないようにする。

あれは確かにご褒美だが、今回は千冬さんいねえから……もしまたああなったら俺が暴走しちまうかもしれん。

 

「た、束さん……相変わらずコッチの予想をブチ破る登場の仕方をしますね……」

 

俺は人参ロケットを見ながら苦笑いを浮かべる。

 

「んっふっふっふ♪束さんは常に進化するのだよ!!いや~、前に使ってたヤツは衛星に見つかって打ち落とされちゃってね!!この新型ロケットはステルス機能やらハイパーセンサーやら色々詰め込んだ最新型なのだー!!」

 

束さんはそう言って満面の笑みを見せてくる。

だが、俺はそれに苦笑いを返すしかできねえ。

この見た目がフザケまくった人参にステルス機能て……色んな意味で度肝抜かれるわ。

 

「……このロケットの名前はなんつーんですか?」

 

願わくば、まともな名前でありますように。

 

「ん?これは『我輩は猫である』だよ?」

 

「名前はまだ無い、って誰が上手い事言えと!?」

 

さ、さすが束さんだぜ……コッチの予想の斜め上どころか半回転上を上回る事をやってのける!!そこにシビれる!!アコがれ……ねぇよ!!

とりあえず庭先で抱っこしてても仕方ないので、束さんを抱えたまま部屋に入るとしますか。

つうか俺としてもこのままの体勢で束さんを抱えてると……本気で理性飛ばしちまうよ。

 

「と、とりあえず束さん?部屋に入るとしましょうか?お、美味しい鍋が待ってますので」

 

俺は理性を総動員して体中に感じるわがままボディと束さんの甘い匂いを考えないように会話する。

すると顔が耳まで赤くなった束さんが俺の正面に向き直って……ん?『耳まで真っ赤な束さん』?

……あるえ?

何故束さんが耳まで赤くなってんの?どゆこと?

 

「そ、そう、んっだね……さ、さすがに束さんもぉ……いつまで、も……く、ふぅ……そ、ソコを『揉まれる』のは、あぅ……は、恥ずかしいかな?」

 

束さんは俺と喋る合間にも何やら身体を艶かしく震わせ、顔は何かに耐える様に時折目をキュウッと瞑っていた。

え?『揉まれる』?……あ゛。

束さんの言葉に疑問を感じて俺が手を置いてる場所を再確認すると……。

 

「……(モミモミ)」

 

「んん!!ぁ、はぁん!!」

 

俺が手を動かすと途轍もなく柔らかい感触が伝わり、束さんは悩ましい声をあげて身をくねくねと捩る。

 

 

 

俺のデカイ手が鷲掴んでいる場所はそう……束さんの……ナイスヒップでした☆

 

 

 

oh……カンッペキにやらかしちまった。

手を止めると、荒い息を吐く束さんとバッチリ目が合う。

 

「……その……束さん?」

 

「はぁ……はぁ……な、なぁに?ゲンくぅん……」

 

止めて、そんな色っぽい声で俺の名前呼ばないで。

我慢できなくなるから。

じゃなくてなんか言え、言うんだ鍋島元次。

なんとかこのデンジャーな状況をひっくり返す様なナイス話題を出すんだ。

唸れ俺の灰色の脳細胞よぉおおおおお!!

俺は息を吸って、束さんの目をしっかりと見つめて、この状況を引っくり返す言葉を紡ぐ。

 

 

 

 

 

「た、束さんってその……安産型っスね☆」

 

 

 

 

 

あ、駄目だ。

テメーから地雷原に特攻かけちまったい。

まだ桃色一色だったのか俺の脳細胞よ。

いい加減ジャンクヤード行きにしちまうぞ?

 

「ふぇッ!?……も、もぉ~……ゲンくんのえっちぃ」

 

「サーセン」

 

仰る通りです、すいませんスケベで。

でも頬を桃色に染めて、ちょっと口をアヒルみたいに突き出す束さんは最高に可愛いです。

そのまま微妙な空気を引きずりつつ、俺は束さんを抱えて居間に戻った。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「ふ~、ふ~、はい、あ~ん」

 

「あ、あ~~ん♪もぐもぐ……ごくん。う~ん!!デリシャスだよーー!!」

 

ほっぺたに手を添えてもっきゅもっきゅと鹿肉を頬張る束さん。

うん、眼福眼福♪

やっぱこーやってストレートに「美味しい」って言われるのが一番の報酬だぜ。

 

「へへっ喜んでもらえてありがてえっす。次は、どれいきます?」

 

「白菜!!白菜さんを下さいなー!!」

 

「はいはいっと……ふ~、ふ~、はい、あ~ん」

 

「あ~~ん♪」

 

はい、只今俺は束さんに鹿鍋を食べさせてます。

えっちい事言った罰だそうです。

でも、全然苦じゃねえんだが?罰になってねえぞこれ?

 

「もっきゅもっきゅ……ごくんっ。ぷは~♪ご馳走様!!いやぁ~♪束さんはもう幸せいっぱいですたい!!」

 

そして、最後の一杯を平らげた束さんはご馳走様と言ってお腹をスリスリと撫でる。

一人用に作った子鍋の中身はもうカラッポだ。

 

「はい、お粗末さまです」

 

「う~む♪余は満足じゃぁ~♪ってゲンくん?庭にあるあのおっきな風呂敷は何~?」

 

束さんが指差す先には、俺の身長の半分ぐらいまで高さがある大きな風呂敷だった。

それが庭先にポンと置いてある。

 

「あぁ、あれは後でちょいと、ね」

 

俺は食器を片付けつつ束さんに相槌を返して、台所に向かう。

そして、洗面器に張った水の中に食器を入れて再び居間に戻っていく。

 

「ふ~ん?まっいっか♪……はふぅ~。所でゲンくんや?束さんはどーでもいいんだけど、お家の人達は?」

 

俺が居間に腰を下ろしたのを確認すると、寝転がった束さんから爺ちゃん達の事を聞かれた。

まぁ束さんからすりゃ俺以外の人間が居たら嫌だなぁって感じなんだろうけど。

ちなみに束さんは俺の家の人間、つまり爺ちゃんや親父達を馬鹿にしたりはしない……前に束さんが婆ちゃんを馬鹿にした時に、俺が本気でキレたからな。

以来、まぁちょっと頭の片隅に止めてる程度にゃ家族の事を覚えてくれてる。

物凄ぇ複雑な気分だが、要は束さんと箒の両親程度にゃ覚えてくれた訳だ。

 

「今日は誰もいませんよ?皆、俺のIS操縦者になった記念パーティーをやるって言ってましたから。多分知り合いの家に泊まりますよ」

 

爺ちゃんや婆ちゃんだけじゃなく、冴島さんや会社の人達も行ってるしな。

冴島さんも爺ちゃんもかなりの酒豪だし、向こうに泊まるだろ。

 

「はれれれ?それはおかしくないかな?だって主役のゲンくんがここに居るのに?」

 

束さんは寝転がりの姿勢から上半身を起こして、俺に疑問をぶつけてくる。

まぁ主役抜きのパーティーなんざパーティーとは言えねえからな。

 

「俺は断ったんスよ。理由はまぁ……束さんに、今日どうしてもお礼を言いたかったのと……束さんに聞きたい事があったんで」

 

「……う~ん♪束さんはゲンくんが気を使ってくれた嬉しさで胸もお腹もいっぱいだよ~♪よい、しょっと♪」

 

束さんはそう言いながらにへらっと笑って俺の胡坐の間に腰を下ろしてくる。

普段なら俺はこんな体勢になったらテンパるが、さっきの俺の言葉に束さんが一瞬だけ悲しそうな顔をしたのを、俺は見逃さなかった。

 

「……束さん(なでなで)」

 

「ふわっ……はぅぅ」

 

俺は束さんの頭を優しく撫でながら、聞きたかった事を口にする。

しかし撫でられた時の束さんの反応グッジョブだぜ。

 

「なんで、俺にISが動かせたんですか?」

 

「……」

 

俺の問いに、束さんは黙ってしまう。

そう、俺がどうしても聞きたかったのはこの事なんだ。

今回の事で、俺には『世界でたった二人のIS操縦者』なんてレッテルが貼られちまった。

下手すりゃ……いや、下手しなくても、これからISは俺と切っても切れない関係になったわけだ。

つまりもしかしたら……俺は爺ちゃんの工場を継げなくなるかもしれねえ。

束さんは、俺の夢を知ってたし、応援もしてくてれた。

だから、束さんが無理矢理ISを動かしたとはどうしても思えなかったんだ。

 

「……」

 

「束さん……教えてくれ」

 

俺の問いに、束さんは肩を震わせている。

これはそう……多分、恐怖だ。

束さんはこの後の言葉で、俺に嫌われるんじゃねえかと思ってる筈だ。

やれやれ、別に嫌いになんてならねえってのによ。

 

「……ゴメンね……実を言うと……束さんにも、わからないんだ」

 

暫くそうして頭を撫でていると、束さんはポツポツと語りだした。

その声はかなり震えていて、ウサ耳はペタンと倒れてる。

 

「ゲンくんが……どうしてISが動かせたのか、全然わかんないの……ほん、と、うに……ゴメン、ねぇ…ひっぐ……た、束ざん、のぉ……ぐずっ……あぃえずが……迷惑、がけ、でぇっ……」

 

そして、語っていく内にとうとう束さんは泣き出しちまった。

あぁ、畜生……束さんを泣かすつもりなんて微塵も無かったってぇのによ。

俺の身体に背中を預けて、震えた声で謝り続ける束さん……俺はそんな束さんの肩に手を添える。

 

「ッ!?(ビクッ!!)」

 

すると、束さんの体が大きく震えた。

俺はそれを確認してから、優しく声を掛ける。

 

「束さん、いいんですよ」

 

「……ふぇ?」

 

俺が声を掛けると、束さんは俺の方に振り返る。

振り返った束さんの顔は涙でグチャグチャになってた。

 

「別に束さんのせいじゃねぇし、そもそも俺は怒ってねぇっすから」

 

俺はそんな束さんに笑いかけながら言葉を紡ぐ。

俺としてはなんで俺がISを動かせたかを確認したかっただけだしな。

 

「で、でもでもぉ……ぐずっ」

 

その答えに納得がいかないのか、束さんはぐずりながら俺を弱弱しく見つめてくる。

俺はそんな束さんの頬に触れて、涙を拭う。

 

「まぁ、爺ちゃんの工場を継げるかは微妙になりはしましたが……俺は諦めてねえっすよ?いつかは『世界で二人しか存在しない男性IS操縦者の一人が経営する自動車工場』なんて風に売り出すかもしれねえですし」

 

俺はそう言って束さんの瞳を見つめる。

泣いてる束さんもキュートだけど、俺は笑ってる束さんのほうがイイね。

 

「だからほら……束さんはいつもみてぇに、ほにゃっとした可愛い笑顔を見せて下さいや?束さんに泣かれると俺も辛いっすから……ね?」

 

「ゲ、ゲンくぅん……ふぇぇえええ~~(がばっ)」

 

「おっと、あ~、よしよし……まったく(笑)」

 

遂に感極まった束さんは正面に向き直って抱き着いてきて、ぼろぼろと大粒の涙を零して泣き始めた、

俺はそんな束さんの頭をゆっくりと撫でて慰める。

そんでその状態のまま15分程してから、落ち着いた束さんの魅せてくれた笑顔は……最高に可愛かったです。

でもまぁ俺と束さんの距離が近すぎたせいで……。

 

「……ゲンくん」

 

「た、束さん?」

 

その近すぎる距離を、束さんは潤んだ瞳で見つめながら俺の首に腕を廻して、更に縮めてくる。

俺の方はというと……なんつーか、今の束さんには抗えなかった。

しかも前回は千冬さんの乱入って形で収まっていたが、今回は千冬さんいねえ。

つまり俺の貞操ピーンチ。

あー、どうしよ?さっきまで泣いてた手前拒否したら自殺でもしかねんし、いやでもこんな流れに任せていいのか俺?

そんな事を考えてる間に束さんとの距離は後数センチになっ

 

 

『グォォオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

「にゃあああっ!?」

 

った所で、何やら途轍もなく重厚な雄たけびが庭の方から響いてくる。

その雄たけびを聞いた束さんはびっくり仰天、後ろ向きにひっくり返り居間に寝転ぶ形になった。

あー、そっか。『アイツ』が来るの忘れてたぜ。

 

「な、ななな何!?今のは!?」

 

束さんは身体を起こしながらかなり慌てふためく。

まぁ普通の人が『アイツ』の『吼え』を聞いたらこうなっても仕方ねぇか。

 

「大丈夫っすよ。束さん。今のは俺の『ダチ』ですから」

 

「ダ、ダチって!?友達!?あ、あああれは人間の出せる声じゃないと束さんは思うんだけど!?」

 

「そりゃそうっすよ”人間じゃねー”っすもん」

 

「……へ?」

 

俺の受け答えに束さんはぽかーんとした顔で呆けた。

おぉ?束さんのこんな表情は珍しいぜ。

 

『グォッ!!グォッ!!』

 

「あー、ちょい待ってろ!!直ぐ行くからよ!!」

 

庭先の扉から響く声に、俺はそう返してから未だに呆けている束さんに声を掛ける。

 

「束さん?」

 

「……ふ、ふぇ?」

 

お?良かった、ちゃんと再起動してくれたぜ。

 

「俺は今からダチに会ってきますが、どうします?ここに居ますか?」

 

「……えぇっとぉ……ひ、人じゃあ無いんだよね?」

 

「はい」

 

俺の返事に、束さんはウサ耳をピコピコさせながら恐る恐る聞いてくる。

なんだこの萌えの塊は?

まぁ、人間じゃねぇ分、束さんが拒絶するこたぁねぇと思うんだが。

 

「か、噛まれないかな?」

 

「んー、それについては大丈夫かと、まぁ例え噛んできそうになっても、束さんは俺が守りますから、安心して下さいよ」

 

「ッ!?は、はぅぅ……じゃ、じゃぁ、お願いするよん……(俺が守る、かぁ……ゲンくんってばもぉ♪ふにゃぁ~♪)」

 

「お任せ下さいなっと」

 

俺は束さんに軽く答えながら居間の扉を開けて縁側の廊下を歩いて行く。

束さんはそんな俺にしがみ付いて歩いているんだが……やーらかい物体×2.いやはやごっそさんです。

そして、庭側の廊下の入り口に着いた俺(束さん装備)はドアを開けて庭に出ると……。

 

 

目の前に白い丸が書かれた茶色の壁があった。

 

 

 

「……へ?」

 

 

俺の腰元の束さんは、呆けた声を上げると同時に視線を上に向けて――。

 

 

『グォォオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

「わひゃあああああああああああああああ!?」

 

俺達を見下ろしてくる体長6メートルはあろうかというツキノワグマの咆哮にビビって尻餅をついた。

そう、この辺の猟師が恐れる存在にして熊のボスの中のボス、『ヤマオロシ』である。

ヤマオロシは一通り咆哮を上げると、立っていた状態から四足歩行に戻り、俺達に近寄ってくる。

 

「よぉ、久しぶりだな。ヤマオロシ」

 

俺は自分から近づいてヤマオロシの頭を撫でる。

 

『グォン♪グォォオオ♪』

 

俺が頭を撫でると、ヤマオロシは嬉しそうに俺の手に頭を摺り寄せながら甘えてくる。

うむ、可愛い奴め。

実はこのヤマオロシ、1週間くらい前に俺と冴島さんの二人でブッ倒したんだ。

あれはまだ、この町に雪が降ってた頃、俺と冴島さんは再びコンビを組んで集落の雪かきに向かったんだが、その時に集落に現われた。

以前の冴島さんはヤマオロシにやられたが、今回は体力、体調共に万全。

しかも俺と一緒だったので、軽く捻ってやった。

その後、山に帰す時に治療した上で食料として野菜を分けてやったんだが、それから俺と冴島さんに懐いてる。

しかも知能が他の熊より高いのか、俺と冴島さんが「人を襲うな」と言って聞かせた所、本当に人を襲わなくなったから驚いたぜ。

まぁ、猟師とかには容赦ねーらしいけど。

そんで今回は俺がここに呼んだんだ、理由としては俺と冴島さんがここから離れるからである。

 

「なぁヤマオロシ。聞いてくれ」

 

『グォ?』

 

俺の言葉にヤマオロシは首を傾げる。

 

「もう直ぐな。俺と冴島さんはこの町から居なくなるんだ。だから今日は別れの…」

 

『ッ!?グォッ!!グォォォオオオオッ!!』

 

ヤマオロシは俺の言葉を聞くと、まるで悲しむかのように切ない声で泣き叫びだした。

しかも身体で表現するかの様に、その巨体を振り回し始める。

 

「っておい!!やめろ!!(ガシイッ!!!)」

 

『グォォオオオオッ!!グォォォオオオオッ!!』

 

「ぬぐ!?こ、こら!!止めろってヤマオロシ!!落ち着け!!」

 

コレは不味いと思った俺はヤマオロシの首にしがみ付いて暴れないように押さえ込む。

だが、体の大きさだけなら完全に俺を上回ってるヤマオロシは俺を振り解こうと躍起になって身体を振り回す。

 

「はわわわわわ!!?ゲ、ゲンくん!!?」

 

そして俺の後ろから束さんの切迫した声、いや悲鳴が聞こえてきた。

チラッと後ろを見てみると、束さんは腰が抜けたまま動けないのか、地面に座っていた。

や、やばい!!このままヤマオロシを暴れさせたんじゃ、束さんが傷ついちまう!!!

 

「こぉら!!ヤマオロシ!!この!!――止まれッ!!

 

『ッ!?(ビクッ)……グォォン……』

 

俺の威圧を込めた雄叫びを聞いたヤマオロシは、身体を大きく震わせて大人しくなる。

だが、相変わらずその寂しそうな鳴き声は泣き止まねえ。

とりあえず落ち着いたヤマオロシの首から手を離して、俺は未だ尻餅を突いている束さんに歩み寄る。

 

「束さん、大丈夫っすか?」

 

「う、うん。大丈夫だけど……ゲンくんすっご~い。声だけで熊を大人しくさせちゃったのら……カッコよかったよ♪」

 

束さんはそう言いながら差し出した俺の手を取って立ち上がり、にへらっと笑ってた。

いやはや、コレぐらいなら千冬さんも冴島さんもできますよ?

褒められて気恥ずかしくなってきた俺は、再びヤマオロシに向き合う。

 

「なぁ、ヤマオロシ……確かに、俺も冴島さんもこの町から出て行くが……何もずっと戻ってこねぇってわけじゃねえ」

 

『……グゥゥ』

 

「またいつか、ちゃんと戻ってくる……だからよ、それまで待っててくれねぇか?……な?」

 

俺は伏せの状態で地面に寝転がっているヤマオロシの頭を撫でながら、優しく諭す。

ヤマオロシが俺の言葉を理解してるかはわからねぇが、俺は誠意を込めた眼差しでヤマオロシを見つめ続ける。

 

『ウゥ……ウゥ……グォォン(ペロペロ)』

 

するとヤマオロシは俺の手を舐めながら擦り寄ってきた。

多分、納得してくれたんじゃねぇかと思ったので、暫くはヤマオロシの好きにさせておいた。

そして、庭に置いていた風呂敷をヤマオロシに咥えさせてやる。

コレの中身は野菜とか鹿肉とかのヤマオロシへの餞別だ。

その後はヤマオロシは山へ帰って行き、束さんも「鹿鍋ありがとうねゲンくん!!また会いにくるから!!元気でねー!!」と満面の笑顔で帰って行った。

ぴょんっと擬音がつきそうなぐらい華麗に人参ロケットに飛び込んで、人参は夜空へ去っていった。

 

まぁ、それは良かったんだけどよぉ……。

 

「はぁ……コレ、俺が片付けなきゃなんねぇワケ?」

 

溜息を吐く俺の目の前には、束さんの人参ロケットが着地で作ったデケェクレーターがあった。

間違いなくこのままにしとくと爺ちゃんがキレるので、俺はせっせと穴を埋めて、明日の試験に備えて寝床に着いた。

 

さてさて、俺の明日はどっちかねぇ?


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