華琳様が軍を率いて陳留を立ち半月が経過しました。
余程官軍と黄巾の争いが激化しているのでしょうか、近頃では領内で黄巾出没の報を聞かなくなりました。代わりに聞こえてくるのは黄巾相手に大立ち回りをする幾つかの軍勢の噂です。華琳様の陳留軍、馬騰の西涼軍に公孫賛の幽州軍、袁術配下孫策の秣陵軍、済南軍、南皮軍、そして何より総大将として招聘された呂布、一騎当千とも言われる武勇で黄巾を震え上がらせていると聞きます。真に武神の如くか、あるいは朝廷の威信回復のための喧伝か。
「ともかく、便りはありませんが活躍の報が何よりの便り。皆さんが無事に戻って来る事を、祈るばかりです」
「ですな、同期連中も上手くやっているようで何よりです」
呂虔、文聘、王双、牛金ら遠征へと随行した四人の新人部隊長たちはいずれも紫安とは同期になります。今のところ、一応は紫安が出世頭ではありますが、その四人も何れは頭角を現すであろう才覚を持ち合わせています。
「しかし、僅か半月にしてよくもまぁここまで人材をかき集めたものです」
そう、聞こえてくる曹操軍の噂の中に名を知らぬ将のものも存在しました。許褚、典韋、楽進、李典、于禁の五名の名です。恐らくは出征してから引き入れた将なのでしょうが、これだけの期間に名が知れ渡るような実力を持つ者を五人も。これも覇者の資質なのでしょうか?
「それに義勇軍と行動を共にしている、と言うのも気になりますな。ことさら、その義勇軍を率いる者が特異ですし」
紫安が言う義勇軍とは最近台頭して来た劉備と言う少女が率いている義勇軍だ。噂自体は聞いた事があります、幽州の公孫賛とは学友であり、一時期彼女を手伝い多大な戦果を挙げた。また黄巾の兵糧庫などをいくつも発見し襲撃した戦術眼、寡兵ながら数が売りの黄巾兵を相手に互角に戦う用兵。関羽、張飛の勇猛な二将の存在、そして何より『天の御使い』と呼ばれる青年を擁していると言う事実。なかなかに劉備と言う少女は強かである、と言う印象を受けるが・・・・
「一度お会いしたいものですね、『天の御使い』北郷一刀君と劉備に」
だが間諜と、華琳様からの書状による情報を集める限り『天の御使い』北郷一刀君と劉備と言う少女はそういった駆け引きとは無縁の場所にいるようなお人好しなのだそうだ。となれば優秀な頭脳が傍らに侍っていて、義勇軍と言う将来を約束されていない立場でありながらそれだけの人材を惹きつけるだけの何かを二人は持っていると言うことだ。間違いなく、華琳様が目指す未来のためには最大の障害となるだろうがおそらく華琳様はそれを良しとされるだろう。楽をして得るよりも苦難を乗り越え得る事を選ぶ人だ、だからこそ北郷、劉備の義勇軍と行動を共にしさりげない手助けをして人材として成長させるつもりなのだろう。いずれ戦う相手としては強大である程やり甲斐があり、その後に臣下として組み込むならば有能であるにこした事は無いのだから。
「入りますわよ」
「おや栄華さん、どうかなされましたか?」
扉を開けて現れた栄華さんへと視線を向けました、が同時に何故ここに?と言う疑問も生まれました。この時間ならば栄華さんは城下で商工会の長たちとの会合に出席しているはずです。
「ええ、黄巾討伐軍本営から使者が来ていまして。取り敢えずは客間にお通ししておきましたわ、太守代理に取り次ぐから待って欲しいともお伝えしましたが」
「・・・・嫌な予感がしますね」
何故黄巾討伐軍本営から、何故華琳様では無く太守代理である私のところに使者を寄越すのか。華琳様に聞かれれば、いやこの場合は討伐軍に参陣している将に聞かれれば厄介な案件なのだろう。
「使者を謁見の間にお通しして下さい。紫安、兵を出す準備をしておいて下さい」
「分かりましたわ」
「御意」
―――――――――
使者との面会の結果、私の嫌な予想と言うのは概ね当たっていました。
『黄巾の別働隊三万が宛方面より北上し洛陽を狙っている、討伐軍では間に合わぬ故に貴殿ら陳留軍でこれを打ち払え』
恐らくは、華琳様の功績を妬む何者かがその失脚を狙って打った手なのでしょう。もしくは・・・・本当に、本当に数少ない可能性ですがその別働隊三万に抗うだけの戦力が洛陽には無い。もしくはあってもそれを指揮できる者がいない、と言う可能性です。
「本当に行きますの?」
戦支度を整え、兵の下へと向かおうと歩いていた私を栄華が呼び止めました。
「行かなければならないでしょう」
「ですが勅命でなければ正当性も無い命令ですわよ?」
「キミは・・・・私がどうして捕まったか、知っているはずだ。今はそれがまかり通る世の中で、そうなるとどうしようもなくなる事を私はよく『知っている』」
栄華が息を呑むのがわかります。確かに、今出兵する事は得策では無くこんな筋の通らない要請に応える義理はありません。ですが腐っていてもいまだ十常侍ら宦官の権力は健在、その息がかかっている可能性があるならばここで兵を出さないことこそが愚策。あちら側にこちらに手出しをする理由を与えてはならない。とは言え、その結果が僅か千を率いて事に当たると言うものなわけですが。
「生きて、帰れないかも知れませんわよ?」
「生きて帰りますとも、私はまだ華琳様の行く末を何一つ見ていないのですから。それに無策で挑むわけではありません、連れて行くのは私の隊ですから」
慢心や過信では無い、私の隊は陳留最強の武力を持つ部隊である。全兵騎兵編成であり、遊軍としての動きを想定して作られた部隊である。のだが、城の留守居を任されやすい私直轄と言う事もあり防衛戦でも陳留最強。陳留の留守居が五千で十分、と言ったのもこの隊の存在があったからだ。母体となったのはかつての紫安の部下たちである。紫安に触発され今までの罪滅ぼしにと任務に鍛錬に他の隊の倍以上挑んだ彼らは一人一人が士官候補級の実力を持ち、すぐに昇格し一部隊を率いても差し支えない者ばかりである。
「ですが三万ですわ」
「出征した華琳様には数の優位性が重要、とは説きましたが。敢えて言います、数だけが絶対の戦力差ではありません。世の中には数の不利も、戦略と戦術より作り出された優位性も、全てを覆し勝利を手繰り寄せる事が出来る傑物が存在します」
それは異常に突出した『武』であったり、それは異常なまでの『運』であったり。積み上げた全てを瞬く間に覆し望んだ結果を引き寄せる者は確かに存在する。そしてだ、私と言う存在は華琳様にとってそうあらねばならないのだ。
「栄華さん、留守の間は万事お任せします」
華琳様たちが未来を切り開く戦いを今まさにしているのです、ならば私も私で私なりに進むための方法を模索し実現するべく動きべきでしょう。
「言っても止まるつもりはありませんのね、お姉様と同じ眼をしていますもの。ならば私に出来る事は此処を死守し待つ事だけ」
諦めたようにため息を一つ、つけてから拱手しこちらを真っ直ぐに見つめる。
「せめて武運を祈りますわ、龍牙様がいなくなられて悲しむ方はたくさんいますもの」
「分かっていますよ」
私も拱手し、身を翻せば紫安が最古参の五百を従え待っていました。
「さぁ『黒騎兵』結成以来最大で最悪の戦です、皆さん覚悟は出来ていますね?」
「「「応っ!!!!!」」」
「これは我らが国を護る戦いではない、我らが主の未来を護り切り開く戦である!全兵死力を振り絞り、なお生きて帰還せよ!!これは命令だ!!」
「「「応っ!!!!!」」」
更に後方から合流した残る千五百が私の言葉に応じます、本当に頼もしい『仲間』です。
「『黒騎兵』、出陣っ!!!!!」
さぁ、私たちの戦を始めましょう。
第四話でした。
原作で恋が戦う黄巾三万と龍牙が戦うルートです。まぁ規格外の武力を持つ恋が一人で倒せるぐらいなら精兵二千を引き連れた主人公でも行けるだろ、って感じで書いてみました。
次回改訂後初めての戦闘描写になります。