「満寵様、黄巾軍三万確認致しました。別働隊等の存在は周囲に無し、ひたすら真っ直ぐに洛陽を狙う構えかと」
陳留を出立し五日。洛陽南部、山間に黄巾軍三万を発見しました。斥候によれば別働隊は現状確認出来ず、何らかの策があるようにも見えず。ただ・・・・妙に中列、本隊の護りが硬い。
「紫安はどうみますか?」
「私見ですが、奇妙な程の士気の高さがありました」
「士気の高さ、ですか」
「ええ、華琳様の護衛を仰せつかった春蘭様。あれぐらいの士気の高さがありましたな、浮かれている、とも言えましょうが」
ふむ、浮かれる程の士気の高さ。士気が異様に高い、と言う状況には通常ならば二つの理由が存在します。一つは大将軍、つまりは国を代表する武威を誇る将の参陣。一つは求心力の高い人材が参陣した場合、それは宰相であったり、人徳者であったりと様々である。黄巾賊にそこまでの武威を持つ将がいる、と言う話は聞いた覚えがありません。であれば導き出されるのは・・・・
「紫安、中列には誰がいましたか?」
「遠目ではありましたが・・・・明らかに装いの違う者が三名、娘子が賊の中に?とも思いましたが踊り子のようにも見えましたので慰安婦かとも思ったのですが」
何だ、違和感を感じますね。三万に対し慰安婦が三人?そんなわけがありません、なら何故軍旅に明らかに賊では無い者、異常なまでに高揚した士気。賊の中で影響力があり、尚且つ士気の高揚が狙える存在・・・・っ!!
「違う・・・・紫安その三人ですっ!!!」
「は?」
「張角、張宝、張梁の三頭目です!色々と朝廷側から供出された情報と食い違いはありますがそうである可能性が最も高いと推測されます!!」
私の言葉に、紫安もその可能性に至ったのでしょう。息を飲んで、今一度黄巾軍の方へと視線を向けます。三万を追い散らす、それだけならば少々厳しかったのですが。ですが、三頭目らしき人物を捕縛する、と言う明確な目標が出来たならばそれほど難しい事ではありません。兵たちの纏う気を見る限り、士気こそは高いものの練度はそうでも無いようです。
「紫安、少々らしくなく、泥臭い戦いになりますよ」
「十二分に、覚悟しております」
―――――――――
私と紫安の取った策は単純明快、山間と言う地形条件を活かし千五百で撹乱と陽動、指揮系統が乱れたところに最も歴戦の五百を連れて強行突破し三人を確保する。相応に被害は出るでしょう、ですがもし本当に三人が頭目たちであったならばそれは大きな意味を持ちます。今すぐではありませんが、後々に効力を発揮出来る強力な護符です。
「では各隊手はず通りに、極力交戦は避け撤退を選ぶように」
「「「はっ!!」」」
それぞれ五百を連れた部隊長たちが兵を引き連れて各所に散っていき、それを見送ってから眼下へと視線を向けます。
「意外ですな」
ふと、そんな言葉を紫安が口にしました。
「何がですか?」
「龍牙様はこの手の無茶はしない、と認識しておりました。こう言うのは春蘭様であったり、王双や牛金の役割でしょう」
「そうですね、ですが覚えていて下さい。私はそこが機だと見ればいつ如何なる時も、どんな無茶でもしでかします」
紫安へと視線を向け「こんな上司は嫌いですか?」と聞けば、紫安は笑いながら「むしろ好ましいとすら思えますな」と答えてくれました。周囲に控えていた兵たちも、似たような表情でこちらを見ています。全く、良い部下たちを持ったものです。
「満寵様!費耀隊の落石により黄巾前列が混乱!!」
「続けて報告、韓徳隊の奇襲により黄巾後列混乱、一度撤退し機を見て再度奇襲を敢行するとのことです!」
「更に報告、劉延隊が左翼より弓の斉射を開始。黄巾中列は既に浮き足立っております!!」
「では行きましょう、最短最速で駆け抜けますっ!!我らは一矢!放たれればただひたすらに戦場を駆けるのみっ!!!」
「「「応っ!!!」」」
side ???
ったく、何とか彼女らを連れ出すことには成功した。後は洛陽攻撃か、もしくは迎撃に出てきた奴らとやりあってるどさくさに紛れて逃がすだけだ。
「大丈夫?」
ふと、背後からかけられた声へと振り向く。張宝、三姉妹の三女であり最も理性的にモノを考えれる頭脳労働担当。
「アァ、約束は守ってやるから大人しく下がってな」
「なんで、そこまでしてくれるんですか?」
「・・・・オメーらは巻き込まれただけだ、ワケの分かんねぇモノをワケの分かんねぇままに使ったのァ説教もんだがそれでもオメーらが何かしようとしてこんな真似したんじゃねぇってのは分かる」
最初ァ国に復讐したかっただけだった、オヤジもオフクロも官軍に殺された。だからこそ黄巾に入った。だが、俺ァ見ちまったんだよな。それなりに手柄ぁ上げて、昇格だーっつー頃に張角、張宝、張梁様らに会わせるって言われたんだ。別にどーでも良いたぁ思ったが賊だっつっても上下関係とか色々あんのはわかってた、だから顔見世程度で後は好きにやるつもりだったんだ。
だがそこで会ったなぁ、三人の少女だった。人を魅了する力はあるが、それでも平々凡々な三人の少女だった。俺が率いていた連中が黄巾全体の中でも三指に入る強さがある、ってんで三人の近衛隊を俺らが務める事になった。それから合間で話を聞いていけば、以前はただの踊り子だったらしい。太平要術とか言う書物を拾ってから急に周りに人が集まり始め、気が付けば祭り上げられていたのだと言う。
望んでその場所にいたなら、俺だってそのままだった。だが三人はんなことは望んじゃいなかった、だから俺は誰のためでも無く、俺自身がコイツらを気の毒に思ったから黄巾の輪から逃がしてやる事にした。そのための洛陽奇襲作戦だった。ここに連れて来た俺直近の兵には本来の目的は話してある、コイツらはそれこそ三人が無名の踊り子だった頃からの追っかけだったヤツが殆どらしい。
「覚悟もなく放り込まれちまったオメーらを解放してやりてー、理由は自己満足。それじゃあ不満か?」
俺の言葉に張梁が無言で首を横に振る。
「っ!!危ねえっ!!」
「え?キャアッ!?」
突如降り注ぐ矢の雨、少し向こうを確認すれば後の二人も周りの連中がしっかり庇っているのが見えた。前方からは轟音、後方からは困惑と悲鳴。
「ダンナぁ!奇襲されてるっ!!」
「バカ言え!ろくな抵抗する戦力が洛陽にあるわけねぇだろうが!!」
「だが・・・・」
「旗は、旗は何だァ!!」
「旗は『満』、名前は知らねぇですがあの紋様は陳留軍だ!!」
陳留軍だァ!?アイツら黄巾本隊とやりあってる最中じゃねぇのかよ!?
「ダンナァ!!三枚目まで抜かれちまいました、四枚目がぶち抜かれるのも時間の問題でさぁ!!」
ハァ!?いくら兵の練度が低いっつったって五枚構えの護りが短時間で四枚目まで?何だこの敵は、今まで俺が相手にして来た官軍とはケタが違う。見えた。
「黒い魔獣だ・・・・」
周囲にいた連中の誰かが、そう呟いたのが聞こえた。アァ、普段ならバカ言えって笑い飛ばすところだが今はんな余裕はねぇ。俺も同じ事を思っちまったもんな、爪と牙で立ちはだかる全てを喰らい、屠る化物。俺にもそう見えるよ、アレは。五百ぐらいの騎兵が、西涼や幽州の馬賊なんかよりも疾く、触れた全てをはね飛ばしながら戦場を駆け回ってるんだもんよ。
「ダンナァ!!」
「無理だろ、コレ。白旗ぁ上げろ、後々の事を考えりゃ今これ以上兵を損耗させるわけにもいかねぇや」
―――――――――
「俺の名ぁ郭淮、俺以下配下五百名は条件付きで降伏を申し出る」
私たちが奇襲を行う中で、早々に白旗を掲げ降伏を申し出てきた部隊がありました。降伏、とは口に出したものの条件付きであると明言し、隊長であろう郭淮と名乗った青年も五百の部下も、条件を飲まねば死すまで戦う、と言う意思がハッキリと感じ取られます。
「陳留軍、太守曹操配下満寵です。条件付き、との事ですがお聞かせ願えますか?その条件とやらを」
「俺たちがどうなろうと構わない、だがこの三人を逃がしてやって欲しい」
兵たちの囲みの中から連れてこられた三人の少女、三人が三人とも困惑した表情になっている。
「張角、張宝、張梁ですか」
「っ!!」
私がその名を呟けば、郭淮は巧みに顔色を変えませんでしたが他の兵たちの表情に動揺を見る事が出来ました。
「無条件で逃がす、と言うのは無理難題ですね」
「だがこいつらァ巻き込まれただけだ、こいつらに責任は・・・・」
「無いと、言い切れますか?」
郭淮の表情に、歪みが生まれました。
「確かに、始まりは巻き込まれただけだったのでしょう。ですがこうなる前に逃げ出す機などいくらでもあったでしょう、こうなる前に止める事だって出来たのではありませんか?少なくとも、こうなってしまうまで成すがままにしていた責任がそこにあります。その分の償いぐらいは、していただかなければなりません」
今度は、少女たちに、張角、張宝、張梁へと視線を向けます。
「身の安全は私が命にかけて保証します、もし僅かなりとも罪悪感があるならば・・・・私と共に陳留まで来ていただけませんか?」
「洛陽、では無いのですか」
私の言葉を聞き、他二人を制し言葉を返してきたのはメガネをかけた少女だ。恐らくは、彼女が三女、張梁なのだろう。
「情状酌量の余地はあります、それに無益な殺生は好みません。私を、我が主を信じてその身をあずけてはいただけませんか?」
「・・・・姉さん、この人について行きましょう」
「人和!?」
「少なくともこの人に付いていけば命は保証されるもの、私たちだけではなくこの人たちの命も」
「なら、ついていった方が良いよね」
張梁が私の提案に乗る、と宣言すればそれを咎めるように張宝がその真名を叫びます。ですが張角も乗る、と言えば諦めたようにため息を一つついています。
「では郭淮とその配下も、申し訳ありませんが一緒に来ていただきます」
「あァ、分かった」
「紫安、百で三姉妹を警護して下さい」
「ハッ!!」
張三姉妹と言う人を寄せ集める才能を持つ者を手中に収めた、と言う成果も大きいですが私にとっては郭淮を手中におさめる事の方が利益があると考えています。状況判断の速さもありましたが、三万近くの兵が恐慌状態になり私の率いた五百と衝突したよりも同士討ち同然に負傷した敵の方が多かったはずです。その中にあってこの五百が出した怪我人は劉延の斉射による負傷だけ、あの混乱が原因で怪我をしたものはいなかった様子。
「さて」
才女三人に優秀な将が一人、その配下が五百。戦果としては十分、こちらに負傷者はあれど死者は無し。まぁ、無茶をしたと数人からお叱りは受けるかも知れませんが必要経費と思うしか無いのでしょう。
「戦果は上々、死者無し、負傷者若干名。此度の戦は我らの勝利である、凱旋するぞ!!」
「「「ウォオオオオオオオオオオッ!!!」」」
第五話でした。
正直、戦の描写って難しいですよねw
主人公の直属部隊『黒騎兵』ですが、北方三国志に出てくる呂布直属騎馬隊がモデルになってます。