「お帰りなさい、ご無事の帰還何よりですわ」
「栄華さんには苦労をかけました、何事もありませんでしたか?」
「ええ、幾つか火事場泥棒は出ましたが然程手間はかかりませんでしたもの」
陳留へと帰還すれば栄華さんが出迎えて下さいました。出迎え、とは言え栄華さんとその部下数人と言う質素なものではありましたが本来非公式の出陣です。それで良いでしょう。
「紫安さんのお姿が見えませんわね?」
「紫安には費耀、韓徳と兵千を引き連れて華琳様への使者と援軍をお願いしました。それと栄華さん、お客様方がいます。丁重におもてなしをお願いします、将と女性三名には個々に部屋を宛てがいましょう。兵を五百程お連れですが取り壊し予定で空いている営舎があったはずですね?」
「ええ、ならばすぐに人をやって使えるように整備しますわ」
華琳様へと此度の戦果の報告と共に、私の考えを正確に伝えるために早馬では無く援軍と言う形で紫安を送り出す事にしました。もう一つ、討伐軍本営にいるであろう不心得者たちに『次は無いぞ』と恫喝するという役目も持たせました。紫安ならばどちらの任務も期待以上の成果を出してくれるでしょう。
そして張三姉妹と郭淮、その兵たちですが現状は客人扱いと言う事にしておきましょう。
「さて、私まで留守にしてしまって仕事が山積しているでしょう?すぐに政務に取り掛かります、申し訳ありませんが部隊の事は劉延殿に・・・・」
「いえ、龍牙様と残る黒騎兵はそのまま休暇をおとりになって下さい」
「栄華さん?ですがね」
「黒騎兵の皆様にも家族がいます、たまには皆家族と共に過ごす日も欲しいでしょう?常に陳留最強の兵力として東奔西走していたんですもの。ですが龍牙様が休暇を取らなければ忠義の士が揃う黒騎兵は誰もゆっくりと休む事は出来ませんわ。ご自分のための休暇が、と言うのであれば部下のために休暇を取ってください」
考えてみれば、私は休暇らしい休暇を取ったことはありませんでした。そしてそれは黒騎兵の者たちも同様です、私が休暇を取れ、と言っても一日そこらで職場に復帰していた者ばかりでした。栄華さんの言う通り、上長たる私に気を使ってくれていたのかも知れません。
「分かりました、では私と黒騎兵の千名は解散後休暇に入りましょう。すみませんが劉延殿、そのように手はずを整えてください」
「御意、黒騎兵全兵粛々と兵舎まで戻れぃ!!兵舎へと辿り着き装備を外し、その後御大将よりの言上を賜り後解散。その後は三日の休暇とするっ!!」
「「「応っ!!!」」」
本当に劉延殿には助けられます。
劉延殿は黒騎兵結成直後に仕官してきました。以前は濮陽方面の小豪族に仕えていたと聞きます、先代当主が亡くなり代替わりをすると元々新当主に対し厳しく接してきた劉延殿はこれ幸いにと暇を出されたそうです。一族郎党を路頭に迷わせぬようにと仕官先を探していた頃に華琳様の噂を聞きつけたそうで。華琳様の眼鏡に適い仕官が成ると配属されたのが偶然、私の隊だったそうです。
『満寵様は我が先主に良く似ておられる、上に立ち家臣を導く者として必要な全てを備えておられる。だが満寵様はまだ幾分お若い、故に某が全身全霊を以て僅かに足りぬ部分を補いましょうぞ』
初老に至り髪に白いものも混じり、小皺の増えた顔で優しげに微笑みながら劉延殿がそう言ってくれたのを私は覚えています。矛が紫安だとすれば劉延殿は盾、どちらも私には過ぎたるモノではありますがこの二人に支えてもらえる事を私は幸運に思っています。
「では兵舎へと向かいましょう!!」
―――――――――
「お初にお目にかかります満寵様っ!!」
自室へと戻った私の目の前には、一人の少女が待っていました。何でしょう、疲れているのでしょうか。尻尾を、そう・・・・飼い主を目の前にした子犬が尻尾を振っている、そんな幻影を見てしまいました。
「私は司馬懿、字を仲達と申しますっ!満寵様のご活躍は我が郷里にまで届き、何時かその麾下にて振るう事を期待し知略を磨いてまいりました!!」
「栄華さんいるのでしょう?これはどういう事ですか?」
気配でそこに居ることは察していました、ここまで困惑することは私自身も稀ではありますが恐らくは事情を知るであろう栄華さんへと説明を要求する事にしました。
「その娘、二日前に訪ねてきたんです。『満寵様に会いたい』と申しまして、ですが話を聞いてみれば知り合いでも無い。満寵様の配下か、それが叶わねばせめて一日だけでもその教えを受けたいと縋り付かれました」
何とも、珍妙な光景だった事でしょう。余談ではありますが栄華さんは背丈の小さい娘、いえ正確に言えば背丈が小さく容姿が整っていれば男女問わず己が用意した衣装を着せ楽しむと言う嗜好を持っています。そしてそんな趣味であるが故に、好みの少年少女に対して非常に甘いと言う欠点があります。
私見ではありますが司馬懿は栄華さんの好みのど真ん中です、そんな少女にすがりつかれて懇願された場合、栄華さんがそれを無碍にする事は難しくむしろ可能な範囲で叶えようと手助けをするでしょう。
「分かりました、栄華さんの推薦と言う形で宜しければ一時私が預かりましょう。華琳様が帰還するまで私の下で能力、適正等を把握しその上で私から華琳様へと推挙します。司馬懿さん、もし貴女がこちらの望む以上の能力を見せれば配置に関してもその要求が通る可能性が高くなります。後は言わずともわかりますね?」
「ぁ・・・・はいっ!!全身全霊、粉骨砕身、頑張らせて頂きますっ!!」
これまでにいなかった系統ですね、私の生徒としては。灯里も舞歌もこう、積極的な方ではありませんでした。紫安と桂花も私の講義に対し静かに耳を傾け、知識を少しでも吸収しようとする方でした。こうやって前に前にと、迫ってくる生徒は初めてですね。ですがまぁ何事も経験、これから先も華琳様にはこうやって勢力の未来を担う人材を育てる事を求められるでしょうし。
「住まうところはまだ無いでしょう?であれば私の屋敷に来なさい、部屋は幾らでも余っていますから」
「はいっ!!」
実際、部屋が余って困っているんですよ。華琳様の配下として俸給が最も高いのが私です、公式に配下の頂点にあるのも私。当初はアバラ家同然の家に住まっていたのですが、華琳様から俸給に見合う生活をせよ、と言われまして今の屋敷をあてがわれまして。私生活でも自分の事は自分でやりますし、従って家人は全くいません。現状の住人は私と紫安、劉延殿に文聘、灯里に舞歌に牛金の七名です。一人一部屋充てがってはいるのですがそれでもまだ部屋が余っています、それだけ広いのです。
「また『満寵塾』の住人が増えますのね」
『満寵塾』、と言うのも最近使われるようになった呼び名です。私の家には劉延殿を除けば私の教えを受けている若者が下宿をしている形になります。大きく私塾を開いているところでは生徒を下宿させる事は珍しく無く、灯里が以前在籍していた水鏡塾も生徒たちが下宿して炊事洗濯を当番制で行っていたそうです。私の屋敷でも同じ形式をとっているのですが、それを聞いた兵士たちから「まるで私塾のようだ」と言われるようになりそこからそんな呼び名が定着したようです。そういえば近頃は劉延殿が教鞭を取る事もあります、曹操軍屈指の戦歴を持つ熟練の将ですからね。その経験から学ぶ事は非常に多いのです。
「私が意図して増やしているわけでは無いのですけれどもね?」
紫安と劉延殿に関しては私から誘いました、二人とも直属の部下でしたし急な黒騎兵の出陣などに対処しやすいようにと配慮した結果でした。一番早かったのが灯里と舞歌でしょうか、私が屋敷をあてがわれて直ぐに下宿を申し出てきました。「女二人で暮らすには未だに物騒」との事でした、市街地での黄巾の目撃情報もあり私はこれを受諾しました。司馬懿より前で新しいのが文聘と牛金です、二人とも最近私の講義に顔を出すようになり文聘は黒騎兵への転属の話も出ていますし牛金は灯里、舞歌の二人と組む事が多く黒騎兵組と似たような理由で住むようになりました。
「となれば、先ずは空き部屋の掃除からですねぇ」
家具の運び込みもしなければなりません、もし司馬懿が身一つでこちらまで来たのでしたら生活用品も買い揃えなければなりませんね。ですが女性の買い物には詳しくありませんし、栄華さんにお願いしても大丈夫でしょう。きっと、二つ返事でお受けしてくれるでしょうし。
「おっと・・・・では改めまして、ようこそ『満寵塾』へ」
気に入ってるんですよね、私もこの呼び名。
第六話でした。
・満寵自宅が『満寵塾』として陳留の将兵民全てに認識された。
・『満寵塾』在籍で下宿している生徒は徐庶、劉曄、鄧艾、文聘、牛金、司馬懿の六名。在籍だけしているのは荀彧、曹洪、夏侯淵。今後増える予定もあるかも・・・・と言うか断言しても良い、増える。
・『満寵塾』の建物はこうなる事を想定されて用意された、との噂もある。
劉延さんは恋姫シリーズに圧倒的に足りないジジイ成分補充のために用意されました(誰得)。
文聘、牛金、司馬懿と青田買い。今後『黒騎兵』は一種のチート集団に成長する可能性もあります。