ヘタレ系悪役一家の令嬢に転生したようです。 作:eiho.k
呪文学のお教室の前で、皆さんが帰って行かれるのを私は立ち尽くしたまま見送っています。
それというのもですね、フレッドくんが全くなにもおっしゃらないからなのです。私としても皆さんと同じように寮に戻りたいと思ってしまうくらい、居心地が悪いのですが。なんでしょう、この空間。周りの皆さんにジロジロと見られている上、何事か囁かれております。にも関わらず、フレッドくんはご自分の中の感情にお忙しいようで全く気になさっていないのです。……置いて帰ってはダメ、ですよね。
ほぼ全ての方がお帰りになるのを期せずして見送る形になった頃、フレッドくんが顔を上げました。
「そのさ、キャシー少し時間をくれないか?」
「……構いませんよ」
「ありがと、じゃあ……どこかに」
「ここではダメなのですか?」
「や、だって他にも人がいるだろ?」
真っすぐにこちらを見ながらおっしゃる姿は好感が持てますが、もう少し周りを見ましょうね?
ですがフレッドくんがおっしゃることも間違いではないので、頷きます。そんな私にフレッドくんはホッとしたお顔をすると歩き出します。
フレッドくんとこうして2人だけで並んで歩くのはまだ2度目です。ですがこの2度の体験で、私は気づきました。普段通りに皆さんと歩いても、いつでもフレッドくんたちは隣に並んでくれていたのだ、ということに。
私の歩幅はとっても狭いはずですのに、私は少しも無理せず歩くことができるのです。それは皆さんが私に合わせてくださっていることに他なりません。
そのことに気づいて、なんだか余計に怒っているのがバカらしくなってしまいます。
私は子供の体で大人だった記憶を持ってはいますが、結局は12歳の子供です。今はお父様やお母様、ドラコと離れて寮で暮らしていますが、家族との関わりが切れそうな今が怖いと思いますし、自分のしたこと、これからしようとしていることが正しいことなのかわかりません。ですが、日記をダンブルドア校長に渡すことができました。
だから驕ってしまったのでしょう。記憶のある私は年相応の子供以上のことができるのだ、と。本当にバカです。
どうして忘れてしまっていたのでしょうかね。こんなに小さい私が年相応どころか大人として見てもらえるようになるにはきっと随分と時間がかかるのが当然でしたのに。
多分私は色々なことに焦っていました。
家出を決意しても、家族であるお父様たちと離れることが怖いと思う心。思い出した記憶に引きずられて、素直になりきれない心。けれど記憶の上では大人になったことがあり、それらを表に出すことはしたくなかったのです。知られたくなかったのです。
だから私は、私が子供だと伝えられるように、フレッドくんにからかわれたことがイヤだったのでしょう。
なんだかそう考えると、悪いのはフレッドくんではなく、私だとはっきりわかりますね……。うう、ごめんなさいフレッドくん。
しばらく歩き、1階までたどり着きます。寮に戻るにしてもなんにしても1度1階まで戻らなければならないので、フレッドくんもそうしたのでしょう。私は隣を歩く彼の顔を見上げ、そっと息をつきます。
昨夜から今までのことでなにが悪かったのか、自覚したことで私はフレッドくんに謝罪すべきだとわかっています。わかっているのですが、どうにも素直に謝れないのです。……やっぱり私は子供、なのでしょうね。
などと考えていたら、フレッドくんが足を止めます。
「キャシー。ちょっとさ、厨房に行かないか?」
「え? 厨房、ですか? えと、その何故?」
「あー…できるだけ短くするつもりだけど話、長くなるかもだし、大広間で夕飯食べられないかもしれないだろ? だから厨房でなにかもらって、どこかで食べればいいかなと」
眉を下げて「ダメか?」と問うフレッドくんに私は首を振ります。確かにもうすぐ夕食の時間になりますし、私の謝罪もすぐにできるかどうかわかりません。ですからその案に乗ることにしたのです。
地下へ降り、厨房を示す絵の前に立ちます。フレッドくんはなにも悩むことなく絵をくすぐります。私、これ知らなかったのですが。セドリックくんがあの夜はしてくださいましたからね、拝見はしましたが、実行はしていません。
どうして知っているのでしょうか、と彼の顔を見ていれば、フレッドくんはニッと笑います。
「キャシーは甘いのがいいか? それとも普通の夕飯にする? どっちがいい?」
「……普通の夕食で構いません」
「そうか?」
くつくつと笑いながら、フレッドくんは中に声をかけています。喧騒は起こりません。……ああ、そうなのですね。なにが欲しいのか、はっきり伝えれば屋敷しもべさんたちは聞いてくださるのですね。作りたいと言わなければよかったのでしょうか……。いえ、でもイギリス料理以外を食べたかったので、そこは仕方のないこと、ですよね?
飲み物は紅茶とオレンジジュースにかぼちゃジュースの3つ。食べるものとして、本日のメインであったローストチキンとサラダを挟んだサンドウィッチ。ほうれん草のキッシュにソーセージが数本あります。しかもデザートにとりんごのコンポートまでつけていただけました。なんだかピクニックで食べるお弁当の豪華版のようですね。
重そうなバスケットに入ったそれを持ったフレッドくんは、あっさりとグリフィンドール寮に戻るための道を進んでいきます。なんでしょう。やっぱり寮に戻るのでしょうか?
あまり会話をすることもないまま、私とフレッドくんは8階まで進みました。途中階段で転ぶこともなく、平穏無事につきました。そうです、よく転びますが、大丈夫な時は本当に大丈夫なのですよ。入学してからずっと平気でしたのに、どうしてあの時は──ああ、そうです。あの時はそれはもう色々と余所事を考えていたから、でしょうね。原因がわかっているのですから気をつけなければダメですね。
などと考えているからですかね、気づけば知らない道に出ています。もちろんフレッドくんは迷いなく歩いていらっしゃいますから、きっとここがどこかわかっていらっしゃるのでしょう。ですが私にはわかりません。階段はあれ以上登っておりませんので、きっと8階のままということしか。
フレッドくんはとある廊下で何故か行ったり来たりを繰り返しています。なんでしょう? やっぱりフレッドくんもここがどこなのかわかっていないのでしょうか──なんて思っていたらですね、突然扉が壁に浮き出てきました。どうしてですか?
「よし! やっぱりここだった」
「やっぱり? えと、ここはどこなのですか?」
「ん? ちょっとだけ小耳に挟んだ部屋」
「……えと、ちなみにですね。どのような部屋、なのでしょうか?」
「あー…聞いた話だと、いろんなものがあったりなかったりする部屋だってさ」
どうしましょう。私が欲しかった情報をどうしてフレッドくんはそんなに簡単に入手しているのですか。なんだかとっても悔しい気がするのですが。いえ、そんなことを思ってはいけませんよね? だって結果的に私がこの部屋の場所を知ることができたのですから。
「じゃあ、入るか」
「……フレッドくんはどなたからここのことをお聞きになったのですか?」
「ん? ちょっと前にお菓子をもらいに厨房に行った時、なんか面白い部屋はないかって聞いたら屋敷しもべたちが言ってたんだよ。やっぱ城内のことを知らないと、うまくいく悪戯もいかなくなるからな」
ああ、そういう理由なのですね。なんだかとっても納得です。ちょっと釈然としないところもありますが、納得はできますし。
フレッドくんに続き、部屋の中に入りましたが……え? その、ちょっとびっくりなのですが。フレッドくんは一体どんな趣味なのでしょうかと疑問に思うくらいの部屋です。
思わずフレッドくんをじっとり見つめてしまいます。
「な、なに? なんか変か?」
「いえ、その……とっても可愛い部屋なのですが」
「あ、気に入った?」
「ええ。とっても可愛らしくて気に入りましたけれど……その、これはフレッドくんの趣味、ですか?」
気になってしまいましたので、直接聞いてみます。
だってとっても疑問なのです。悪戯好きなフレッドくんがアンティーク調の家具が並ぶ、とっても女の子が好きだろうお部屋を望んでいたと知ってしまったのですよ? 聞きたくもなります!
「違うよ。キャシーが好きだろうと思ったから」
「そうなのですか?」
「そ。母さんもこんな家具に憧れがあるみたいで聞いたことはあったけど、俺の好みはこういうのじゃないよ?」
ソファーを押して感触を確かめるかのようにしながら、フレッドくんが言います。
確かにですね、猫足の白いテーブルですとか、同じく白いふかふかそうなソファーですとか、レースのように繊細な細工のなされたガラスの花瓶にはとても甘い香りのする花まで生けられているところは憧れます。12歳の乙女としても、記憶の中の主婦としてもセレブっぽい調度品には夢がありますからね。まあ、実用にはあまり向かないとも知っていますけれど。
ですが、短時間だけ利用するならその限りではないのです。私はキョロキョロと辺りを見回してしまいますね。なんでしょう、よく見たら花瓶に生けてあるのはチューベローズではないでしょうか? 時期が合わない気がするのですが、そこは深く考えないほうが良いでしょうね。なんと言ってもここは、不思議がいっぱいの魔法界なのですから。
「ま、とにかく座ろう。見て回るのは後でもできるだろうし」
「そ、そうですね。そうしましょう」
フレッドくんに促されて、私は嬉々としてソファーに腰掛けました。……ちょっとどころでなく沈み込んでしまいそうなくらいに柔らかいソファーです。なんですか、この高級品は! しかもクッションの手触りも最高です。白地に白い糸で薔薇の花を刺繍してあるようですがとっても滑らかなんですけれど! シルクですかね、このカバー。ちょっと欲しいです。でもきっとお高いのでしょうね、なんて考えている間にテーブルの上には食事が並べられていました。
「先に食べよ? 話をするにしてもなんにしても、腹ごなししてからのがいいはずだしさ」
「は、はい。そうですね」
「そうそう。だからクッションから手を離しときなよ。汚れるしさ」
むう。なんだかとっても子供扱いされた気がします。が、仕方ありません。私がクッションを抱きしめていたのがいけないのでしょうから。