ヘタレ系悪役一家の令嬢に転生したようです。   作:eiho.k

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その39

 もうあと少しとなっていた食事を、私が急いで食べ終えたところでダンブルドア校長が1つ指を鳴らします。その途端プレートは消えて、代わりにポットとカップが2つ。それからお茶請けとしてでしょうか。小さなカップケーキとクッキーがこんもりと盛られたトレーがその場に現れました。

 とっても美味しそうで心惹かれましたが、それに手をつけることはせず私はそっと目を閉じました。それはもちろん一足先に食べ終えていたダンブルドア校長が、すぐにでも憂いの篩を使えるようにスタンバイしていらっしゃったからです。

 憂いの篩は2度目の体験ですからね。時間がかからないことも、痛みがないことも知っています。力を抜いていれば、終えたダンブルドア校長からお声がかかるのですから、それを待てばよいのです。

 そっとこめかみに杖の先が触れた。そう思ったすぐ後に私から離れていく足音が届きます。ダンブルドア校長が水盤に向かったのでしょう。

 

「もうよいぞ、カサンドラ」

「あ、はい」

 

 私の目に映ったのは、キラキラした光の帯が伸びる杖を持ったダンブルドア校長。やっぱり水盤のところにいらっしゃいます。素早いですね。

 

「儂は少しばかりこちらに集中させてもらうからのう。お主はしばらくお茶を楽しんでいてくれるか? ああ、菓子が足りなければすぐに足せるから遠慮はせずともよいからの」

「い、いえ。お夕飯の後ですし、大丈夫です。こちらは気にせずどうぞご覧になってください」

 

 とっても楽しげに笑って、パチリとウインクなさるダンブルドア校長。ちょっとだけ重くなってしまった空気を軽くしようとしてくださっているのでしょうね。そのお茶目なところはとっても素敵だと思います。

 私の言葉に「すまんのう」と答えながら、ダンブルドア校長は水盤を覗き込みます。1人待たされる私よりも、私も覚えきれていない『私』の記憶を読み取る方がずっと大事ですからね。全く気にしなくて構いませんのに。ダンブルドア校長はお優しい方ですよね。

 

 真剣な顔をして内容を吟味するかのようなその横顔。ダンブルドア校長がどの記憶を私から抜いて、どの記憶をお読みになっているのかはわかりませんが、これから先に関わる大切な事実であることはわかっています。自分で自分の記憶を見ることができないということは、とてももどかしいです。けれどダンブルドア校長が全てを見終わるまで待てば、そのもどかしさも少しは和らぐでしょう。

 逸る心を少しでも鎮めるために、勧められた通りにお菓子とお茶に手を伸ばしました。

 勧められたものに手をつけるのはマナーだからでもあります。私が甘いものが好きだから、だけではないのですからね。と誰にともなく言い訳しながらカップケーキをいただきます。

 な、なんということでしょう。ノーマルなココアのカップケーキかと思っておりましたら、中にチョコレートチップとクルミが練りこまれていますよ。コレ、とっても濃厚で、とっても美味しいです。ちょっとだけテンションが上がってしまったのは、やっぱり私が甘いもの好きだから、でしょうか。

 

 お皿に乗っていたカップケーキの約半分ほど。それからクッキーも全種類一枚ずついただいた頃、ダンブルドア校長が水盤からお顔を離されました。

 そのことでトレー上の減り具合に気づきました。……とっても食べ過ぎたような気がしますが、どれも素晴らしく美味しかったのですよ。我慢ができませんでした。私ったらとっても意志が弱いですね……。明日からは絶対に何某かのトレー二ングをし始めねばです。このままでは子ブタちゃんになってしまう気がしてきました。そっと私は自分のお腹を押さえてしまいます。

 

 そんな私の様子に気づくこともなく、未だ水盤へ視線を向けるダンブルドア校長はとっても難しい顔をしていらっしゃいます。

 

「……ふむ、そういうことなのじゃな」

「なにかおわかりになったのですか?」

「うむ。重大なことを知れたのう」

 

 ダンブルドア校長は席まで戻りながらもとっても難しい顔をしています。やっぱりクラウチ・Jrさんは捕まえられないのでしょうか。セドリックくんは大丈夫なのでしょうか。とっても不安になってしまったのですが、そんな私に向かいダンブルドア校長は柔らかく笑みかけてくださいました。

 

「そのように心配せずとも大丈夫じゃよ。まだ時間はあり、手もある。全てはカサンドラの記憶のお陰じゃよ」

「よかった……」

「うむ。これは儂に任せてお主は普段通りに過ごせばよい。また記憶を見せてもらうことがあるやもしれんが、難しいことは全ては儂がするでな」

「ですが……私にできることがあるのでしたら、記憶を見ていただく以外にもお手伝いをしたいです」

「それはならん」

「え?」

 

 私が申し出た言葉を、ダンブルドア校長が鋭い声音で止めました。今まで一度だってダメだとは言われなかったはずの言葉に、私は1つ肩を震わせてしまいます。

 怖かったのではありません。関わるなと言い切られたのだと気づいて、私は関係がないのだと言われたような気がしてしまったのです。いえ、わかっています。私はこの世界できっとイレギュラーな存在で、本当なら物語の中に関わるべき存在ではないのでしょう。

 ですが私はここにこうして生きています。どんな奇跡や偶然や運命の悪戯があったのだとしてもここでこうしてお父様やお母様、ドラコの家族として存在しているのです。なにもせずそれをだけを甘受することはできませんし、したくありません。

 どうして私が関わってはいけないのか──そうきっと私の表情や、目が言っていたのでしょうね。苦笑いするように目尻を下げたダンブルドア校長が席に着き、そしておっしゃいます。

 

「儂が読み取った記憶には残念ながらカサンドラ、お主はいなかった。以前見たその時に気づいておればよかったが、これは儂の落ち度じゃろうな」

「……私が記憶の中にいないということが、その……問題なのですか?」

「そうじゃ。お主がいない世界とお主がいる世界。今日までは上手く進んでホークラックスも手に入れられたが、これがこの先にどう影響するのか儂には読めん。故にカサンドラ、お主はこの件に深く関わらず普段通りに過ごすのが良いと儂は思う」

 

 とても真剣なその目。私はダンブルドア校長が私を除外というか、疎外しようとしておっしゃっているのではないとようやく気づきました。

 ダンブルドア校長が私を心配してくださっていること、同時に私が関わらねばハリーに辛い未来が訪れないかもしれないと思っていらっしゃるのだろうこと。その2つが同時に浮かびました。

 私自身への心配、というものは私の願望かもしれませんが、それに抗えるほど私はダンブルドア校長を信頼していないわけではありません。むしろ今はお父様よりもこのことに関しては盛大に信頼していると言えるでしょう。だから私は、心に未だ燻る感情があるのだとしても、その言葉通りにするのだと頷くことしかできません。

 実際ダンブルドア校長は私には到底できないことをしてくださいました。きっとこれからも同じようにしてくださるおつもりなのでしょう。ですがこれについて1つだけ懸念があるのです。

 

「ダンブルドア校長。1つ……1つだけお約束をしていただけませんか?」

「なにを、と聞いた方が良いのじゃろうな」

「ええ、聞いてください」

 

 困ったようなダンブルドア校長のお顔に、私も笑い返しますがきっと似たような顔をしていることでしょう。だって私も困っていますから。

 ふうと1つ息を吐いたダンブルドア校長は、眉を下げながら「聞かせてもらえるか」とおっしゃてくださいました。

 

「望む先を得るための最善の策だとしても、自らの命を対価にしないでください。ダンブルドア校長が亡くなってしまったら、それだけで私たち闇の陣営に対する者たちの旗印がなくなります。心が弱くなります。私はダンブルドア校長が亡くなってしまったらきっと──いいえ、絶対に泣きます。知っていたのになにもできなかったのだと自分を恨みながら」

「……カサンドラは儂が死ぬことは知っておったのか」

「ええ。ダンブルドア校長が、シリウス・ブラックさんが、スネイプ先生が」

 

 スネイプ先生がと告げた時、ダンブルドア校長はガタリと音を立てて腰を浮かせます。どうやらここまでは読んでいらっしゃらなかったようですが、これは私の中ではっきりくっきり残っている唯一と言っていい記憶ですので、亡くなる方に間違いはないはずです。

 正確に言えばこれから出てくるだろう、リーマス・ルーピンさんにアラスター・ムーディさん、ニンファドーラ・トンクスさん。ハリーにたくさんのことを教えた大人たちが亡くなってしまいます。ですがそれだけではないのです。

 

「生徒ではセドリック、フレッドくん、他にもたくさんの方が亡くなります。私は……私はハリーの周囲で、彼を支えていた方々がたくさん亡くなるのだと知っています」

 

 名前を呼ぶたび、私の目が熱くなっていきます。

 目の前のダンブルドア校長。シリウス・ブラックさんは未だお会いしたことはありませんが、物語の中での姿なら朧げながら浮かびます。そしてはっきりと浮かぶのはセドリックくんにフレッドくんの笑顔です。

 とても大切な私のお友だちである彼らに、私がお料理をするたびにちょっと困った行動をしてしまうドビーもそうですね。あの子も記憶の中ではハリーとは親しくしていましたし、亡くなってしまった時に『私』は泣いていた気がします。

 

 その他にもたくさんの方がヴォルデモートさんの所為で亡くなります。私が今親しくしている方も、親しくない方も──本当にたくさんの方が亡くなって、そしてたくさんの方が苦しむことになるのです。

 それを良しとしたくないというのは、私の我儘なのだとわかっています。ですが知っているということで未来が少しでもよくなるのでしたら、その記憶を使うことに戸惑いはありません。ましてダンブルドア校長というとても頼りになる方がそれを手伝ってくださるのでしたら。とても他力本願ですが、私は自分の身の程を知っているのです。

 カサンドラ・ナルシッサ・マルフォイとは、人からそう好かれてはいず、大勢の方の賛同を得られる存在ではないのだと。と言うかですね、例え私がマルフォイ家の娘でなかったのだとしても、不特定多数の誰かの心を変えられるような存在にはなれないと思います。だって私はごく普通の性質をしていますから。カリスマ性なんて多分カケラもないと自信を持って言えます。自慢には全くなりませんが。

 そんな私が望む、分不相応な望み。誰かに、ダンブルドア校長に頼らねば成し得ない夢物語になるだろう望みを口にします。

 

「私は誰も亡くならない夢のような未来を望んでいるわけではないのです。ただ────私が大切だと思う方が、いなくならない世界になって欲しいのです。幸せになれる、幸せだと思える世界になって欲しいのです」

 

 闇陣営の、マルフォイ家の娘である私が戦いで命を落とすような世界ではない、魔法界になって欲しいと望んでしまうのはきっとおかしなことなのでしょう。

 未だお父様は闇の陣営の1人ですし、ヴォルデモートさんの脅威はなくなっていません。それが当たり前だと皆さんの意識にもあるのでしょうから。

 だけど私はそれが普通の世界だとは思えないし、思いたくないのです。もっと穏やかな世界であって欲しいのです。そうであれば私の家族も今よりも、物語の中でよりも幸せになれるはずなのです。そうしたら私も、もしかしたらイレギュラーの私も幸せを求めて良いことになるかもしれません。

 ……そうです。どんなに取り繕っても、私は、私の家族の幸せと自分の幸せのために無駄な戦いで人の死なない世界になって欲しいと思っているのです。自分では叶えられないから人に叶えてもらおうとしている、とても──とても利己的な人間なのです。

 

 こんな私が幸せを望むのはきっととても欲深いことなのでしょうね。

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