ヘタレ系悪役一家の令嬢に転生したようです。 作:eiho.k
憂鬱な少女Aの不本意な習慣
アリシア・スピネットは今年ホグワーツ魔法魔術学校に入学したばかりの新一年生である。
齢11歳にして多少世をひねたところのある子供。それが端的にアリシアを表せる言葉だったのだが、ホグワーツに通い始めてすぐ心を許せる友人が多数できた。それは今後とも末長く付き合いを続けて行きたい、と彼女が願うくらいに大事な友人だ。そのお陰か、アリシアもアリシアなりに将来への希望も持てるようになった。未だ年相応とは言い難いが。
そんなアリシアは、勉強に友情にと充実した生活を送っていたと言っていいだろう。
9月の入学から
それは10月の第2週目の月曜日から始まった習慣で、普段目覚める時間よりも1時間と少し早起きをしてすることである。
彼女が毎週月曜にすること。それは彼女の所属するグリフィンドール寮がある東塔から、対となる西塔まで向かい、ある目的のために登ること。正直に言えば1度1階に降りてから、また塔を登るのは億劫だが仕方ない。西塔の最上階にまで行かねば、彼女の目的は達成されないのだから。
彼女の目的。それは西塔最上階にある、ふくろう小屋に向かい人に知られずにとある荷を送る──というものである。
そんなアリシアは今日も今日とてルームメイトに気づかれぬよう、細心の注意を払い身支度を整え部屋を出た。
まだ秋の終わりとも言える11月の半ばだが、早朝は部屋の空気も、廊下の空気もすっかり冬の色が濃くなり始めている。少しばかり身を震わせながらも手早く身支度を整えることも、防寒を整えることもここ最近は慣れたこと。アリシアはまるで顔を隠すかのようにぐるぐると巻き上げたマフラーの中で息を吐きながら、少しばかり長い道のりを歩いた。
アリシアがこの行動を習慣づけることになったきっかけは、些細なこと──とは言い難いことが原因だ。
今でもアリシアは思う。どうして私はあの日、あの時、あの部屋に向かってしまったのだろうか──と。もちろん今、何度考えてもあの選択は間違いではなかったが、それでももう数時間時間をずらすか、日延べすればよかったのではないか。そう思ってしまう。まあ、結局のところ、日を変え、時を変えたところで結果は変わらなかったような気もするのだが。
それでもやっぱり思ってしまうのだ。
どうして私はあの日、あの時、あの教授の部屋になんて行ってしまったのだろうか、と。
あの日、とは9月の最終週のことだ。
アリシアたち新一年生は入学して1月経っていないが、その日も大広間に荷を届けるふくろうが飛び交っていた。
それは自宅から手紙や荷物。日刊預言者新聞などの購読物などを届けるためだ。もちろんアリシアもその日までに手紙を2通受け取っている。だからまだ1月でも誰の元にも1つや2つ届くのが普通なのだろうと漠然とアリシアは思っていた。実際アリシアにも、友人となったアンジェリーナも双子にも、リーにもセドリックにも、ホグワーツに通う生徒の全てに1度は手紙や荷物が届いていただろうから。詳細に調べたわけではないが、在校生と新入生で数の違いはあるが等しく届いている──とアリシアは思っていたのだが、それが違うと気づいたのが9月の第3週の最終日。セドリックに、15通目の父親からの手紙が届いた日だ。
流石にセドリックの父のように3日に1度──というか、多い日で日に2度届く生徒はいないが、各々が家族からの荷物や手紙を受け取っている中、ただ1人だけ大広間でも、寮でも1度も手紙を読んでいたり、荷を解いていたりしていない生徒がいることに気づいたのだ。
その生徒はアリシアが今のところ1番気にかけている友人である、カサンドラ・マルフォイだ。
アリシアにとってカサンドラは、今後とも末長く、そして深く付き合って行きたいと願うくらいに大事に思う友人に、すでにこの時なっていた。出会って1月も経っていなかったが、カサンドラはそう思うに足る人物だとアリシアには思えていたからだ。
アリシアの知るカサンドラとは、2日に1度自宅へと手紙を送り、会話の端々に家族への思慕の念を見せるくらいに家族思いな少女だ。マルフォイ家という、けっして大多数に受け入れられる生家ではないと理解しているからか、そう大っぴらに家族を話題にしないがそれでも伝わるものは伝わる。カサンドラが如何に家族を思い、家族を愛しているのか、ということが。
そんなカサンドラの元にただの1通も手紙が届かないことが、アリシアの心に火をつけた。
そう、ただのお節介だとはわかっていたが、アリシアは義憤に駆られてしまったのだ。
自分にとって大切な友人を、その家族が蔑ろにしているのではないか。もしかしたら、家族を思っているのはカサンドラだけなのではないか。もしもそうならば、なにかしたい。自分にできることがなにかあるのならば、したい。そう願う程度にアリシアの心も年相応になっていたのだろう。
それに知っていたのだ。アリシアには経験がないが、どれだけ愛しても、同じだけのものを返してくれない家族がいるということ。そんな家族を持つ子供の大半は盲目的にその家族を愛し続けているのだ、ということを。それを知識としては知っている。
そんな境遇にカサンドラが置かれているのではないか。カサンドラが体にではなく、心に傷を持っているのではないか。その傷は未だ癒されていないのではないか──そんな途轍もない不安が胸を占めた。
だからアリシアは必死に考えを巡らせた。そして浮かんだのだ。カサンドラのこれまでを知るであろう、マルフォイ家に近しいと推察できる人物が。
それはカサンドラが接する態度からも窺い知れた。個人的に親しくしていたのだろう、と思える程度に親密な空気をどこか感じた。もちろんそれを意外に思わなかったとは言わないが、それでもカサンドラのような子が親しみを抱くような人物なのだと一応は納得した。ある意味で
アリシアとしては一癖も二癖もあるだろうと推察できるその人物とは、できるなら個人的な付き合いなどしたくなかった。週に何度かある授業で会うだけで接点は十分すぎるほどあると感じるくらいには、苦手だと言えるのだろう。だが、それを押してでもアリシアは彼の人物に会うべきなのだろうと思った。これまでの寮生活で、カサンドラの家族との接点になり得そうな相手はその人物以外には浮かばないのだ。といくつか理由を重ねたが、はっきり言えば消去法である。なにせ知りたいと願うカサンドラの交友関係ははっきり言って狭い。自分とアンジェリーナと双子にリー、それから寮の違うセドリックのみが彼女の友人だ。
もちろんアリシアが知らないだけで、ホグワーツ内にマルフォイ家と縁故ある家もあるのだろうが、カサンドラは本当に自分たちと教師以外の人物と殆ど口を利かない。同寮の生徒よりも厨房の屋敷しもべ妖精との方がよっぽど会話しているはずだ。これだけでもアリシアはカサンドラをただのお嬢様だと思えないが、それは余談だろう。
そうしてアリシアは、9月の最終週の土曜日。カサンドラたちと楽しく夕食をとった後、その人物の部屋を訪ねた。
友人らと別行動して向かったのは暗くジメジメした地下にある、居心地がいいとはお世辞でも言えない地下牢の1つ。魔法薬学の教室の隣にあるとある教授の──というかスネイプ教授の研究室、である。どう考えても子供が懐くはずもないほど人当たりの悪い男に、このホグワーツで1番懐いているカサンドラ。彼女といるその時だけは、スネイプ教授も普通に見えるような気がする。などとどう考えてもスネイプ教授に対して失礼としか言えないことを考えながら向かった。
そう、きっとカサンドラという存在と、なにかをやらかしてしまった罰則以外なら、卒業までの期間で授業以外に1度だって関わり合いになろうと思わなかったであろう教授の元にアリシアは自らの意思で向かったわけだ。その結果がアリシアの日課に繋がるのだが、それも未だ完全に納得はできない。自業自得なのだろうとも薄々わかっているが。
3度のノックの後しばらく待ったが返事はなかった。もう1度ノックをして、一呼吸待ってからアリシアはそのドアを開いた。もちろん返事はなかったのが、不在確認の意味を込めてアリシアはドアを開いてしまった。マナー違反であるとわかっていたから、大きくではなくほんの少しだけ開いたドアの隙間。そこから見えたもの、聞こえたものにアリシアは固まるしかできなかった。鍵をかけていなかったスネイプ教授が悪いのだと責任転嫁したいくらいに後悔する行動でもあるが、マナー違反をしてしまった罰なのだと考えることで一応納得できる。したくはないが。
アリシアに途轍もない衝撃を与えたのは、荒ぶる声音でとある言葉を喚き散らしていた吠えメール。正直なところ、アリシアは初めて入ったスネイプ教授の研究室の内装も、ヒラヒラと舞い散っていた手紙の破片も、しっかりと視界に入っていたはずだが正直全く記憶に残っていない。
それは全て部屋中に響き渡っていた、重苦しいほどの愛情の塊──と言っていいのか正直わからないくらいに激しいほどの父の愛の言葉の所為だ。
思わずほんの少しだけ開いていたドアを、開け放ってしまう程度にアリシアは動揺していた。もちろんドアが開く音でこちらに気づいたのだろう、室内でしかめっ面で耳を塞いでいたスネイプ教授とも目が合った。その時に聞こえてきた言葉が『我が娘カサンドラは世界一可愛らしいのだ!!』という叫びだったのはよく覚えている。
固まったアリシア同様に固まっていたスネイプ教授。だがアリシアの予想よりも素早く動いた教授に、アリシアは研究室内に引っ張り込まれ、それはもう険しい視線を向けられた。ああ、知られたくなかったのだろうな。なんてアリシアが考えたほんの数瞬後、スネイプ教授はなにかを思いついたかのように目を瞬かせ、それはもう明らかに作り笑いだとわかる程度にぎこちない笑みを浮かべた。
ああ、これは色々な意味で逃げられないのだな──とアリシアはその時自分にこれから課されるだろう行動が予測できた。なにせその時にアリシアの耳に届いたのは『早く、早くあの子の学生生活の記録を送るのだ! セブルス!』という絶叫のような叫びだったのだから。
そんなわけで、ある意味でスネイプ教授の仲間というか手下というかな関係になったアリシアは、日々可愛らしいカサンドラの可愛らしい寝姿や、フリル満載なパジャマ姿であるとか、これまたフリル満載な私服姿を激写した。それ以外にも日々の食事風景に、箒にまたがり低空飛行をしている姿だとか、真剣に杖を振るうところに、魔法薬学の授業中に調薬するところ──ちなみにスネイプ教授公認なのでこれだけは叱られない──だとかを激写し続けた。正直言って将来はパパラッチだとか、ストーカーになれるのではないかと思うくらいに写真が上手く撮れるようになった。そして全く嬉しくないが、今のアリシアなら、100メートル先にいるカサンドラを望遠レンズでブレなしに撮れる自信がある。それも素敵に笑顔を浮かべただろうカサンドラをピンで。なにせマルフォイ氏の要求する写真は、できるならカサンドラ1人。次点で友人(但し女子のみ)との写真なのだから。だがどれほどアリシアの写真の腕が上がろうが、それは多分カサンドラ限定なのだろう。というか彼女以外は殆ど撮らないので、それ以外は上手く撮れる気は少しもしないアリシアだ。
ちなみにスネイプ教授がその叫びに許諾の手紙を送った(ちなみにその日待っていたふくろうに届けさせていた)次の日の昼には、最新のカメラと望遠レンズと三脚。それから1箱に1ダース入りのフィルムが12箱、ふくろう便の
ちなみにフィルムは予備を含んでいるわけではなく、1月に最低1ダースは撮れ、ということらしい。更に言うならばフィルムは1本が36枚撮りなので1ダース432枚である。1日に最低15枚は撮らなければ1ダースなんて1月に撮りきれない。常にカメラを持ち歩かなければいけないのだと知ったアリシアは、同時にカサンドラの父の──というか、家族の愛はカサンドラが思う以上に重く深く、そして病的なのだということも骨の髄まで理解した。
確かにアリシアから見てもカサンドラは可愛いとは思う。それはもうとても可愛い子だとは思うのだが、あの重い愛には全く共感はできない。これからくるだろう思春期や反抗期にカサンドラが家出したいと思うことがあるのなら、なにを置いても協力しようと誓ったのは、多分後ろめたいから────なのだろう。もっともそんな最中もきっとアリシアはカサンドラの写真を撮ることになるだろうことは難くない。なにせスネイプ教授がアリシアのフルネームをあっさりさっくりルシウス・マルフォイ氏にバラしているのだから。多分どこに逃げても無駄だろう、と思う程度の頻度でアリシアの元にも彼らからのカサンドラへの愛を叫ぶ手紙──ちなみに吠えメールではない。カサンドラにバレると困るらしい──が届くようになってしまったのだから。ちなみにその所為でアリシアはマルフォイ家の屋敷しもべ妖精と知己になっているのは余談だろう。
「今週もよろしくね」
冷たい風の吹きすさぶ西塔のてっぺんにあるふくろう小屋。そこで封筒というよりも小包という方が正しいだろう手紙を、見慣れたふくろうに預けると、アリシアは塔から見えるそれはもう心が洗われるような景色を眺める。見慣れたがそれでも綺麗だと感じる朝の景色を活力にして、今週も乗り切ろう──そう誓うアリシアだった。
本当は『S氏の多大なる苦悩を知る少女Aの、不本意な習慣について』とつけるつもりでした。が、それではすぐにネタバレになってしまうのでちょっとだけ変更しました。
S氏に次ぐ犠牲者の少女Aでした。