ヘタレ系悪役一家の令嬢に転生したようです。   作:eiho.k

54 / 61
僕の特別な姉上

 9月1日、よく晴れたその日は僕にとってとても辛い日々の始まり。それは僕が敬愛する姉上が、僕を置いてホグワーツ魔法魔術学校へと行く日だ。

 姉上が入学なさることは少し前からわかっていたけれども、それでも僕は姉上と離れることがたまらなく寂しかった。もちろん初めから2つ下の僕が姉上と一緒に行けないこともわかっていた。それなのに実際に姉上に置いていかれてしまうとどしようもなく寂しくて仕方なくなったんだ。いくらクリスマス休暇には戻ってくるとは言え、それまでの期間が短いとは僕には思えなかったから。

 だけど僕はそんな気持ちを隠して姉上に『手紙をたくさん書くから』と『父上と母上のいうことをよく聞いて、お勉強も頑張る』と力いっぱい言った。僕は姉上に心配をかけたくなかったんだ。それは僕が、たぶん家族の誰よりも姉上のことが大好きだから、だからそう思うのだろう。

 だって姉上がホグワーツに向かうまで、僕が1番そばにいたのは、父上でも母上でもなく姉上なのだ。そんな人がそばにいなくなることを寂しがるのはきっと当たり前と言っていいはずだ。特別僕が姉上に依存しているというわけではないはずだ。多分違うはず。とにかくそんな風にいつもどんな時でもすぐ近くにいた姉上がいないこと。それは本当に、途方もなく寂しさを僕に突きつけるもの。だからきっと僕がそうして寂しく思うのは仕方ないこと、なはず。

 

 その日以降は朝起きたその時もいなくて、朝食も姉上が作ってくださったものではなくて、昼の勉強の時も、息抜きのお茶の時間も、夜寝る前のひとときにも姉上はいない。それを実感するたびに僕はへこたれた。そう、しばらくの間本当に本当に寂しくて、僕が沈んでいるように家の中も火が消えたように静かになっていた。今だって、多少は緩和したけれど寂しいことに変わりはない。

 だけど姉上からの手紙が、僕宛の手紙があるからまだ一応我慢できるている。……断じていうが僕はダメな子じゃないから。ただ少し姉上が大事な人なだけだ。その……これまで僕の過ごす時間に、姉上がいらっしゃらなかったことなんて、お風呂の時間とかくらいだけ。眠る時も食事の時も、遊ぶ時も勉強の時もずっとずっと姉上は僕とともにいてくださっていたんだ。だから余計に寂しかったのだろうと思う。

 

 姉上の存在が家の中に、僕の隣からいなくなって、僕は毎日の張り合いというものがなくなったみたいだ。

 毎日、姉上が褒めてくださるから頑張っていた勉強も、これまでより進みが遅くなった。運動もあまりしなくなって、外に出る機会が減った。もちろん姉上を後ろに乗せるために頑張っていた飛行術も。そうして部屋にいるからと仕方なく姉上と一緒に読んだ本を開いても、ただ眺めるだけで内容なんて1つも頭に入らなかった。それに姉上と一緒に集めていた蛙チョコレートのカードも、なんだか色あせてしまったみたいに思えた。

 それもこれもやっぱり姉上がいてくださらないから、なんだろう。

 

 当たり前だと思っていた毎日が色あせてしまった僕は、姉上がとても好きだ。そしてたぶん世界で1番、この世の誰よりも姉上のことを理解しているのは僕だ、と言えるくらい僕は姉上のことを知っている。

 僕が知っているのは普段のおっとりとした温かい姉上だけじゃなくて、これまでの姉上がどれだけの努力をなさっていたのか。どれだけのことを考えていらっしゃっていたのか。どれだけの愛情を僕に注いでくださっていたのか。それらを僕は知っている。その全てを知って僕はいっそう姉上のことを好きだと思えるに至った。

 そう、僕はごく小さい頃、姉上のことを嫌いだと思った頃があったんだ。それは父上からの後継教育が始まった3つの頃からの1年ほど。あの頃はどうして僕だけがこんなに勉強しなくちゃいけないのかわからなかった。姉上はその頃の僕から見るとなにもしていないように見ていたから。姉上は姉上で後継教育以外の勉強をしていたなんて、その頃の僕は知らなかったから。それに父上は、不出来な僕を叱る時に必ず姉上と比べた。姉上がどれだけ早く呪文を覚えたのか。どれだけの知識を今覚えているのか。それにひきかえどうして僕はこんな簡単なことを覚えられないのか──他にもたくさんのことで比べられた。

 僕と姉上には2歳の年の差があるけれど、父上がそうして比べるのは、僕と同じ年の頃の姉上。言い返す言葉もなければ、僕には無理だと嘆くこともできやしなかった。父上にこれ以上失望されたくなどなかったから。そんな僕の感情は、必然的に姉上に向かった。

 そう、あの頃の僕は姉上が好きで同時に嫌いだったのだ。もちろん姉上は毎日僕のために絵本を読んでくださったり、散歩に連れ出したりしてくださっていた。夜眠る時だって同じベッドで寝てくださっていた。それに喜んだり、感謝したりしていたけれど心の底では素直に姉上が好きだと言えなくなっていたんだ。

 

 たぶん僕はずっと自分が可哀想な子だと思っていたんだろう。

 姉上がどんな思いでいたのか、どんな辛いことをしているのか知りもしないで、姉上が僕よりもずっと父上に、母上に認められた優秀で幸福な子供だと思っていたんだ。だけどそれが違うのだと知ったのは、5つになる少し前。僕の後継教育が2年目になった頃。そして同時に姉上が魔法薬学の個人授業を受けることになった頃のこと、だ。

 父上のご友人であるセブルス・スネイプが、姉上と2人きりで部屋にこもるようになった。ずっと難しい顔をして、笑うことなんてあるのだろうか。そう思うくらいに暗く重たい雰囲気のスネイプと姉上が2人きりになる。それを少しだけいい気味だと思ってしまうところもあった。けれど姉上はそんなスネイプともそれなりの関係を保っているようだった。それは僕が覗き見た授業の中で知ったこと。スネイプは僕に眉を寄せた難しい顔しか見せないのに、姉上に対し難しい顔ではない表情を見せていたんだ。姉上は、やっぱり誰にでも好かれる幸福な子供なんだと強く思えて僕は沈んだ。

 だからだろう。ずるい僕は姉上はきっと僕よりも大人に取り入るのが上手いのだ。だからスネイプの表情が違うのだ。それはきっと姉上が子供らしくないからで、子供らしい僕にできないだけだ。僕が劣っているわけじゃないんだ──なんて自分に言い聞かせたりして、少しでも沈んだ心を浮上させようとしたりもした。

 だけど父上が優秀だと褒めそやすスネイプの授業速度に、姉上が遅れずについていっていること。声高にそれを告げる父上は、やっぱり姉上は覚えがいいと何度も褒める。暗に僕はまた姉上と比べられているのだと感じ、悔しさが募り始めた頃に僕は見たんだ。姉上が僕に、父上に、母上にそしてスネイプに隠れて泣いていらっしゃるところを。

 

 僕は姉上が泣く姿を見たことが、それまでなかった。僕の記憶にある姉上はどんな時でもいつも笑顔でいらっしゃったんだ。朝も昼も夜もどんな時でもふわふわして温かい笑顔。それは幸せなんだってすぐにわかるもので、僕はその笑顔を見るといつも複雑な思いに駆られた。

 そう、いつだって姉上の笑顔を見れば僕の心も温かくなったけれど、同時に心のどこかが硬く冷えた気がしていたんだ。なんていうか、姉上の笑顔を見るたびに一生大事にしたいような、すぐにでも壊してしまいたいような、そんな両極端な気持ちを抱いていた。

 それはたぶん僕にある苦しいことも悲しいことも、姉上にはないんだって思えたからなのかもしれない。だって姉上は本当に幸せそうに僕に笑うから。見ている僕まで一緒に幸せになれるような気がするのに、同じくらいに幸せでないのだと突きつけられているようなそんな気分をずっと感じていたんだ。……今ならわかるけれどね。それは僕の独りよがりの感情だったんだってことが。

 だって僕は、僕より幸せで、ずっと妬んでいた姉上のある姿を見て、ようやく気づけたんだ。ずっと、ずっと姉上が無理をしていらしたんだってことに。

 

 僕が父上とともに勉強を始めた頃、父上が褒めていらした姉上は僕と同じ年だった。そう、まだ3つだったんだ。いくら姉上が優秀だったとしても、泣かないでいられるわけがない。僕ですら泣きたいと思ってしまうくらいに辛い勉強や、父上からの叱責があったりするのだから女の子である姉上が泣きたくならないわけはない。だけど姉上は初めの少し以降は殆ど涙を見せることがなかったらしい。それはずっと続いていたはず──だったのに、違った。ただ姉上は隠していたんだ。僕にも、父上にも、母上にも。

 それがどうしてなのか、僕は考えた。

 とても考えて考えて、そしてまた気づいたんだ。

 姉上は自分の弱いところを誰かに見せたくない人なのだ、と。もしかしたら違うのかもしれないけれど、あの時の僕にはそう思えた。そう考えれば色々なことにつじつまが合う気がしたんだ。

 

 僕に本を読んでくださるほんわりと温かい姉上と、父上がおっしゃる僕とは比べ物にならないくらいに闇の魔術を覚えたという姉上。

 僕とのお茶の時間ではとても幸せそうに甘いお菓子を食べる姉上と、家族での食事で真剣に、だけどどこか眉を寄せながらナイフとフォークを操っている姉上。いつだって僕だけと一緒ではない時の姉上はどこか幸せなんだと思えない姿だった気がする。

 姉上は、優秀だったと言われていてもそれが辛かったのだろうか。父上にも、母上にも認められていても、それでも幸せではなかったのだろうか──僕は泣いている姉上を見て、ようやくそのことに思い当たった。それはとても、とても遅い気づきだったのだろう。これまでの殆どの時間をともに過ごしていた僕が気づかなければ、姉上の泣く姿を知る者なんているはずなかったのに。それなのに自分に素直になれなかった僕の目は曇っていた。だから気づかなかった。

 

 少しだけ足早に姉上は庭に向かっていた。その後ろ姿に気を引かれ、その日僕は姉上の跡をつけた。そして見たのは姉上が慣れた様子で庭の隅に行き、小さく蹲る姿。よく見なければわからないようにだろうか。ライラック色のワンピースを着た姉上は、背の高いライラックの茂みに隠れるようにして膝を抱えていた。じっと見ていれば姉上の肩が震えていることが、ほんの微かに引きつるように息を吸う音が聞こえた。姉上は声を殺して、隠れて泣いていたんだ。僕はそんな姉上の姿を、声をかけることもできずにただ見ていた。少し離れた楡の木立から、ただ立ち尽くしたままで見ていた。

 

 僕より優秀で、僕より優れていると思っていた姉上が、僕に隠れて泣いている姿。それを見て僕はなにもできなかった。そう、僕は1人で姉上を泣かせてしまっていたことに気づいたのになにもできなかったのだ。嫌いだという気持ちのまま、姉上を蔑むことも、好きだという気持ちのまま走り寄ることも。そのどちらも。

 きっとこれが逆だったなら、姉上は僕を慰めるために色々なことをしてくれただろう。だけど僕にはそれがなに1つできない。いいや、違う。してはいけないんだと感じた。そうでなければ、姉上が僕に、僕らに隠れて泣くはずはないのだから。それは僕がどっちつかずな僕で、そしてどうしようもなく子供だったから、なのだろう。まだ子供だけれど、今の僕だったならたぶんなにを置いても走り寄って姉上を抱きしめるだろう。

 姉上は頑張っている。僕は姉上が好きだ、と。辛かったら、悲しかったら、苦しかったら泣いてもいいのだ、と。抱きしめて、慰めて、一生そばにいるからと何度でも口にするだろう。あの日以降姉上のそんな姿を見たことがない僕は、まだ行動に移せていないけれど。

 

 あの日姉上が泣いていらっしゃる姿を見てから、僕の姉上に対する感情は1つになった。それは嫌いだと思っていた姉上の姿は、ただ僕が勝手に作り上げたものだと知ったからなのだろう。僕の心の中には、ただ姉上が好きだ、というそれだけでいっぱいになった。だから姉上がいらっしゃらない毎日が退屈で、張り合いがないのだろう。

 けれど姉上がいらっしゃらないことは悪いことだけではない。その分久しぶりにお会いできるクリスマスの準備を手抜かりなくできる。そう僕は自分の心を奮い立たせる。いつもいつも僕を驚かせてくださる姉上を、今年こそは僕が驚かせて、そして嬉し泣きさせるくらいに喜ばせるのだ! そう思えば、日々の勉強にすらやる気が起きた。……僕はどうやらとても単純だったらしい。

 ただ姉上が好きすぎて、姉上に追いつけない自分が情けなくて、意地を張っていた3つの僕。5つになる前にはその心を見直すこともできたけれど、甘やかされるばかりで姉上を泣かせてあげることもできない甲斐性なし。今年こそ僕はそんな僕から卒業するのだ。

 だから僕は、秋口から毎日せっせと庭の木々を集め、姉上がお好きだろう物を作る。僕に甘い菓子や食事を作ってくださる姉上ならば、きっと買ってきたものよりも、僕の作ったものの方が喜んでくださる──ドビーにそう言われたのはシャクだけれど、それもそうだと納得できたから、だから僕は毎日少しずつ手を入れていく。

 姉上は喜んでくださるだろうか。泣かないまでも、心からの笑顔を僕にだけ見せてくださるだろうか。今の僕は姉上の笑顔を思い出すとふわふわと胸が温かくなる。それでいてどこかに飛んでいってしまいたくもなる。それは僕が姉上を特別に好き──大好きだから、なのだろう。

 いつか法律が変わればいいのに。そんな叶わないだろうことを浮かべながら、僕は日々姉上を思い出す。久しぶりにお会いできるクリスマスに思いを馳せながら。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。