ヘタレ系悪役一家の令嬢に転生したようです。 作:eiho.k
「お父様、少々お待ちいただいてもよろしいですか?」
さわさわと賑やかな声に溢れるキングクロス駅構内。そのさざめきの1つとしてこの場にいる私は、そうお父様にお声をかけました。
今はですね、ホグワーツ特急を降りて、皆さんとお別れの挨拶をした後も後です。つい先ほどお父様、お母様、ドラコへと帰宅の挨拶も終えまして、さて自宅に向かうか──というところだったのです。が、私の計画的にはこのまま真っすぐに帰宅するわけにはいかないのです。ええ、お母様と手紙で打ち合わせを重ねた計画を実行するためには、この場での話し合いが必要なのですよ!
この場所、とはもちろんキングスクロス駅の9と4分の3番線。ここは魔法界とマグル界との境といっていい場所。私の壮大な計画は、
私の声かけに怪訝そうなお顔をしながらも、お父様は振り返ってくださりました。
暖かそうなカシミアのマフラーを巻いたお父様の首元は、私の視線よりもずいぶん高い位置でして、半ば仰ぎ見るように私はお父様のお顔を見上げて『にっこり』笑います。はい、お母様直伝の笑みです。お友だちにですとか、通常時にお父様、お母様、ドラコへ向けるものよりも三割増し。
ちなみにお母様曰く口元はにっこりで、目は笑ってはいけないのだそうです。ちょっと難しいのですけれど、私鏡の前でたくさん練習したのです。ですのできっと素敵にお母様のように笑えているはずです。
そんな私の顔を見てですね、お父様の眉がピクリと動きました。それ以外に表情は変わっておりませんが、その目はなんだか忙しなく動いていらっしゃるように感じますね。いい傾向ですね、これは。
うふふん。お父様、覚悟してくださいね?
「私、どうしても今お父様にお伺いしたいことがあるのです。ですので、しばしお時間をいただいてよろしいでしょうか?」
こてりと首を傾げて問います。もちろん絶賛『お母様直伝』の笑顔を振りまき中です。きっと傍目には仲のよい親子の歓談のように見えていることでしょう。ええ、きっと。私たちがマルフォイ家のものでなければ、でしょうけれども。ですがそれは瑣末なことですね。今は追求の一途ですよ。
「…………なんだ」
お父様は一拍の間の後、そう仰りました。足止め成功、ですね。ですので計画は第2弾へと移行します。
更に笑みを深めながら、私はお父様の傍についと視線を向けます。そこには今の私と同じように──いえ、それ以上に目の笑っていない、とってもお怒りの際の笑顔を浮かべたお母様がいらっしゃいます。
ほんのちょっぴり肩が震えそうになりましたが、それを我慢して、私は前もってしておりましたお願い通りに目配せとともにお母様をお呼びします。ええ、これも重要なこと、ですからね。そうです、お母様から滲むお怒りの感情は私に、ではないはずですからね。ええ、たぶん。
「ではお母様」
「ええ、わかっているわ。さあドラコ、少しお母様とあちらにいましょうね」
「は、母上? その、姉上と父上は──」
「あらあら、大丈夫よ。カサンドラが少しだけお父様とお話しする間だけのことよ? なんの問題もないのだから、ドラコはあちらでお母様と一緒にお話していましょうね」
そんなお母様の柔らかい声と同時に、どこか慌てたようなドラコの声が届きます。が、今はそれを気にして入られません。ええ、ドラコの情操教育的によくありませんからね。私が今からすることは、よく言えば反抗期で収まりますが、どちらかと言えばその……脅迫のような気がしないでもないのですから。いえ、脅迫ではないですよね、多分。その、きっと正当な主張、と言っていいはず、です。ええ、多分きっと。
などと自分を納得させながら、私はそっとワンピースの隠しポケットから1つの品を取り出します。私の小さな手のひらにすっかり隠れてしまうくらいに小さな
「お父様、こちらに見覚えございますよね?」
そう問いかけながら私はそっと手のひらを開き、小さなそれをお父様の眼前に晒します。お父様の目が、いっそう忙しなく動いております。目が回ってしまうのではないかと少しだけ心配になってしまうくらいに、私のお顔を手のひらのそれと、そしてお母様とドラコの後ろ姿へと。どうやらお父様は順調に動揺してくださっているようですね。
「…………それがなんだと──」
「まあいやですわ、お父様。私が先に質問しているのですよ? いつもお父様はおっしゃっていらっしゃるでしょう? 『質問に質問を重ねるのはいけない』と。ですのでお父様からこちらについてお答えいただけませんか? そうしましたら、私もきちんとお父様のご質問にお答えいたします」
「フィルム、だろう。だからそれがなんだと──」
相変わらずお父様の目は忙しなく動いておりますが、その表情は僅かにぴくりと眉が動く程度の変化くらいでしょうか? あ、でもこめかみが細かく痙攣していらっしゃるような気がします。全くの普段通りかと言えば違いますね。私の知るお父様はそれはもう、私の前では1ミリ足りとも表情を崩したりなさいませんから。これらの変化だけで充分普段とは違います。尤も声だけは普段通りに落ち着いたもの、になっていらっしゃいますけれど。……これがいつまで持つのでしょうかね?
私は手のひらに乗せたままでしたフィルムを指先で摘み上げ、お父様によく見えるように差し出します。もちろん善意ですよ? ちなみに理由はフィルムのメーカー名ですとか、そのシリーズの名前ですとか、その通し番号ですとかがよく見えるように、です。ちなみに通し番号はブルーグレイのインクにての手書きです。私もとっても見慣れた
「もちろん見覚えがございます──よね、お父様?」
ぴきりと音を立てて固まる──といった風な変化はございませんでしたが、お父様は差し出したそれをじっくりと見つめながら渋面で立ち尽くしていらっしゃいます。
というかですね、認めるしかないと思うのです。だってアリシアさんに渡していらっしゃったフィルムは、お父様がよくお使いになっていたメーカーのものですし、そこに書かれた通し番号はお父様のものだとしか思えない手跡。娘である私がそれらのことに気づかないわけなどないのですよ? 何度お父様がカメラにフィルムをセットする姿を見たとお思いですか? 一年分以上のこのメーカーのフィルムが常時お父様のお部屋にあったことも知っているのですよ? それにですね、何度私がお父様が字を書くところを見たのだと思うのです? 私に美麗な文字の書き方を教えてくださったのはお母様ですが、基本の文字の書き方はお父様が教えてくださったのですよ?
ごくごく短い時間ではありますが、普段のお父様からすれば長い時間になるのでしょうか。人混みで立ち尽くしたお父様は、1度目を閉じまして長いため息を吐きました。それはもう、とっても長くて深いため息でした。なんでしょう。諦めのため息、というものでしょうか?
「カサンドラ……これを私に見せ、なにがしたいと言うのだ」
「では、これはお父様が用意したものである、とお認めになったと言うことですね?」
「……そう、だ。私が用意した」
「私のお友達である、アリシア・スピネットさんに送り、そして私の写真を撮れと命じたこともお認めになられますよね?」
「…………み、認め……る」
それはそれは悔しげに、お父様はそうおっしゃいます。とってもとっても眉間にしわを寄せていますし、とってもとっても苦々しいお声を出されています。これを直接お聞きしましてもですね、やっぱり私信じられないのですが。
お母様曰く、お父様は私を溺愛しているがために私の写真を欲し、それでアリシアさんに命じたのだ──なんて、なんだか簡単に信じることができないのですよ。だからでしょうか、私はつい、浮かんだまま呟いてしまいます。
「お父様は、ホグワーツでの私の姿を知りたいと思うほど、私のことを愛してくださっていたのですね。私……ずっと気づきませんでした……」
私と言う存在は、お父様からきっと愛されているはずだとは思っていました。けれどそれは愛して欲しいと私自身が思っていたから。ある意味私の願望です。マルフォイ家に相応しくない娘の私ですが、愛されていないとは例え心の中でも思いたくなかったのです。跡継ぎではなくとも、せめて娘として望まれているのだと思っていたかったから、でしょうね。
ですから私は、お父様がアリシアさんになさったことを表面上怒ってはいても、心のどこかで喜んでもいたのでしょう。だってこのフィルムは証なのですから。
私がお父様に愛されているのだと思っていいという証。マルフォイ家に相応しくなくとも、娘として私は愛されているのだと、自信を持っていいのだという証。この考えは、きっと間違いではないのですよね? そんな気持ちを込めて、私はお父様を見上げます。
ウロウロと彷徨うような視線は、相変わらず私とフィルムとお母様とドラコとの間を行き来していますが、渋面ではなくなっているように思えます。ええ、どちらかというと、その……お父様が困っていらっしゃるように見えるのですが。
ええと、お父様が困っている? え? そのような姿は、こうして面と向かって初めて見るものなのですが。確か私が泣いた際は困惑していたような、迷惑していたような雰囲気は感じたことがあります。ですが、今のようにオロオロといった擬音が似合いそうな困ったお顔は見たことがなかったですよ? え? お父様って、本当に私のことを愛してくださっていたのですか? お写真も監視名目ではなく、その本当に愛故、だったのですか?
そんな言葉が私の中を巡り、思わず計画を忘れてしまいそうになってしまいます。が、そんな私の心にお母様のお言葉が蘇ります。
『お父様はカサンドラをとても愛しているのよ? だからカサンドラからのお願いであれば、きっとなんとしても叶えてくださるはずよ』
手紙に認められておりました、そのお言葉。半信半疑──いえ、半分以上疑っておりましたその言葉が、真実であると思えたのです。ですからきっと、私の計画は叶う。そう強く感じました。
そうです。相思相愛な親子であるのならば、きっと私のお願いは簡単にではないですが叶えていただけるはず、です。そうですよ、ただちょっと、別宅が──私個人のお家(但しマグル界に)が欲しいという、お願いくらい、私を愛してくださっているお父様でしたらきっと快く叶えてくださいますよね?
そう浮かんで、私はつい笑っておりました。それはきっと、私はお母様直伝ではない、普段通りに目もすっかり笑んでいるとわかるような満面のもの。望んだ通りになるだろう、そんな目処がついたからといって、つい本心から笑ってしまう私は、本当にマルフォイ家の娘らしくないのかもしれませんね。でも、そんな私ですが、マルフォイ家らしいお父様のことは、きちんと愛しておりますから! 私たちはきっと相思相愛なのですから、私のお願いを叶えてくださいね、お父様!