ヘタレ系悪役一家の令嬢に転生したようです。 作:eiho.k
「反省なさいましたか? シリウス叔父様?」
「は、反省はした……したから、その、そろそろ椅子に……」
「なんですか? なにか仰いましたか、叔父様」
私は自分の顔よりも少し下にあるシリウス叔父様の顔をしっかりと見据えながら、にこりと笑います。ええ、とってもとっても反省の色が見えませんからね、シリウス叔父様は。
ただいまですね、切々と私が如何に叔父様が拙いことをなさろうとしていたのかをマグル界の常識と、そして魔法界の常識と合わせてご説明しておりました。ええ、叔父様はかれこれ9年ほど世俗から離れた暮らしをなさっていらっしゃいましたしね。若輩者ですが、私がお教えすることに勝手に決めたのです。ええ、それがきっとダンブルドア校長の望みでしょうと判断してですよ。今は異論は認めませんよ?
「夜に向かうのはダメですと、確かに私は言いましたが──だからと言って、早朝が許されるわけではないのですよ? 叔父様?」
そうなのです。ただいまこのお家に越してきて、一晩経った朝の6時です。親しくない方のお宅を訪問するのに、夜はダメですが、朝もダメでしょう? ましてや日も明けきらない早朝。嫌がらせ以外の何物でもないと思うのですが。普通の真っ当な神経を持った方ならなさらない所業だと私は思います。ちなみにお父様は低血圧なはずはないでしょうに、朝が弱めです。お母様曰く動きが緩慢としていて可愛いのだそうですよ。惚気ですね、お母様。
マグル界だけでなく、多分魔法界でも当たり前だろうことにすら、シリウス叔父様は思い当たらなかったようです。……そんなにハリーが心配なのですかね。いえ、わかっていましたけどね。シリウス叔父様がハリー父であるジェイムズさんラブで、ハリーラブだということは。……なんだか語弊のある語感になりましたが、間違いではないでしょうし、よいですよね。
内心でため息をつきながら見つめる叔父様。多分ですがとっても足が痺れていらっしゃるのでしょうね。何度か足を崩そうとなさっていますが、それができずにうごうごしています。ええ、物理的に拘束はしていませんが今の叔父様は動くことができないのです。それに正座なんてイギリスの方はしないでしょうし、慣れない方は足が痺れて当たり前ですよね。ですからこうして罰になるのですが。
そんな叔父様を見つめつつ私はドビーの入れてくれたモーニングティを飲みます。ええ、
「いや、本当に反省した! したからその、オレも椅子に座らせてくれないか?」
「反省したのでしたら、周囲の状況がお見えになっていますよね? なにかないのですか?」
「周囲?」
「ええ、シリウス叔父様の周囲の状況です」
私の言葉に叔父様はきょろりと辺りを見回しますが、なにかに気づくことはないようです。ええ、私がパジャマであることは範疇外のようです。私はただいま12歳の女子です。淑女が人前でパジャマ姿を晒すということがどのような意味になってしまうのか、叔父様は気づくこともありません。まあ、一応肉親ではありますし、そこまで気にすることもないのでしょうけれど、普通は気づくと思うのですが。お父様曰く、婚約案件なのだそうですが──マルフォイ家とブラック家では違うのですかね?
察しの悪いシリウス叔父様の姿に私は、私の予想していた『シリウス』と、今目の前にいらっしゃるシリウス叔父様がなんだかとってもかけ離れた方──のような気がしてきました。……私シリウス叔父様がこんなに猪突猛進な方だなんて思いもしなかったです。
「そう、だな。落ち着いた雰囲気の感じのいい家、か? 少々手狭な上にマグル界だが、ここならハリーと暮らすのもきっとハリーの為になる──」
「叔父様?」
「そ、そういうことじゃない、のか?」
「今はハリーのことを話していたわけではない、ですよね? むしろそれは周囲の状況ではなく叔父様のご希望でしょう?」
気づいてくださらないシリウス叔父様に見切りをつけまして、にっこりとお母様スマイルを浮かべながら問うてみました。ええ、シリウス叔父様はキョトンとしています。可愛くないですよ?
「私、パジャマなのですよ? 叔父様が朝日が昇ってすぐにこの家を出ようとなさったので、ドビーが起こしてくれたから、ですが……昨夜が初対面でした叔父様の前でこの姿を晒し続けている私に対して、なにか一言はないのですか?」
「色も形もカサンドラに似合っていると思うが」
「お褒めいただき光栄です。が、そういう問題ではないのですよ? 今この場で私が、私だけがパジャマであること。それから、もう12歳の令嬢が異性の前でそのような姿を晒すことの意味。おわかりになりませんか?」
お父様は仰いました。「名家の令嬢たる者、みだりに寝間着姿などを異性に見せてはいけないのだ」「そうなればその相手と結婚ことになる」と。今思い返せば多分にお父様の愛情を感じられるお言葉です。が、私としてもそれは気にするべきものだと思っています。流石にそれに続く、「そんな姿を見せるのは当分先でいい。むしろなくてもいい」というお母様からお伺いした言葉までは気にしはしませんが。私にだって一応羞恥心も、夢もあるのですからね。
シリウス叔父様は反省なさるべきなのです。
夜だけでなく、早朝から隣家に迷惑をかけようとなさったこと。それから私にも。私はこの家で個人的な目的のためにひっそりと暮らそうとしていましたが、その計画を知らなかったとはいえ壊したこと。昨夜のドビー作の夕食をダメにしたこと。女子の私室に入り込んできたこと。早朝から私に着替える時間すら与えないこと──まだ出会って1日も経っていない叔父様の株はどんどん下がり、それはもうとてつもない勢いで『素敵な叔父様』枠から外れていっています。むしろ『手のかかる悪ガキ』が一押し枠になっている気がします。
内心で、ではなく大きくため息をついて私は叔父様へこの家で私が定めた1つのことを口にします。
「叔父様。この家は私の家です。名義はお父様のものになっていますが、資金は私が出しましたし、場所も私が選びました。室内にある家具も私の、私の家族の選んだものが並んでいます」
「あ、ああ。ここがカサンドラの家だとはわかっているが──それがどうかしたのか?」
「つまりですね。私はシリウス叔父様の姪ではありますが、この家の家長です。この家での最高権力者なのです。つまりは私がこの家のルールなのです────が、そこのところはご理解いただけていますか?」
「最高権力者? カサンドラがルール? いや、その、ただ持ち主だということじゃ……」
「あら、叔父様ったらおかしなことをおしゃいますね。私、本来はこの家でドビーと私と、私のペットのネロと暮らすつもりだったのですよ? お父様やお母様と離れ、マグル界のことを学ぶつもりで」
この地区を選んだのが『主役たるハリー』を先駆けて見てみたかったからが最大の理由です! とはシリウス叔父様にはお伝えしませんが。大義名分って大事だと思うのです、私。それにドラコを呼んで愛でつつハリーとの友情を育んでもらおうと画策していた。なんてもっと言えませんね。
私の膝の上で、眠るようにして丸まっておりましたネロが、私の声で目を覚ましたのですかね。ひょいと顔を上げ、周囲を見回して、最後に叔父様を見ます。ネロは初めて叔父様を見たのですが、どうしたのでしょうか。
「ネロ? どうしたのですか?」
「にゃ、にゃんにゃにゃにゃい……」
「いえ、なんでもないことはないと思うのですが……。シリウス叔父様のことがお嫌いですか?」
びしりと固まったネロに声をかけて撫でますが、ネロはピンと尻尾を伸ばしたまま。視線は一切叔父様から離れていないようですが、一体なんなのでしょうか。え、もしかしてネロ初めての人見知り、ですか?
「ネロ、嫌いでしたら叔父様に近寄らずともよいですよ? ダンブルドア校長には申し訳ないですが、叔父様を追い出せばよいのですし」
「にゃ! にゃにゃ!」
「え? それはダメなのですか? でも叔父様のことがお嫌いなのではないですか? 私、叔父様よりネロの方がずっと、ずうっと大好きですから、ネロが嫌なのでしたら本当にシリウス叔父様を追い出しますよ?」
「あー…その、カサンドラ? オレはその、猫よりも下なのか?」
「いいえ、違いますよ?」
「そ、そうか」
「この家の中で言えば、シリウス叔父様はネロよりも、ドビーよりも下です」
ホッとなさったように強張らせた顔を崩した叔父様に、私はにっこり笑ってそう言って、ネロを抱き上げて椅子から降ります。
「ドビー?」
「はい、ドビーめはここにおりますお嬢様」
「ドビー、申し訳ないけれど叔父様はお疲れのご様子です。お風呂の支度をして差し上げて? 叔父様がお風呂にはいっている間にお部屋の支度を整えて、一眠りできるようにしてくれるかしら?」
「かしこまりました、お嬢様!」
パシッと音を立てて現れたドビーですが、同じ音を立ててまた部屋からいなくなります。ええ、仕事が早いとってもよい屋敷しもべ妖精なのですよ、ドビーは。
私は叔父様に向き直りまして、そうしてまたにっこり笑ってお伝えします。最高権力者からの決定事項ですよ、叔父様。
「では叔父様。昨夜は疲れを取るために眠っていらっしゃらないようですので、これからお風呂で疲れを取って、一眠りなさってください。ああ、もちろん勝手に家から出ることは許しませんよ?」
「だ、だが隣にハリーが!」
「ハリーにもハリーの生活がありますよ? とにかくですね、叔父様はきちんと休んでください。とっても怖い顔をなさってる自覚はありますか? そのままお会いになればハリーにも嫌われるだろうことは請け合い! ですよ?」
叔父様はアズカバンでの疲労が取りきれていないのでしょうね。やつれていますし、疲れているのだと一目でわかる程度には草臥れています。それに昨夜だけでの分ではないだろう、くっきりとしたクマがあります。お風呂にゆっくり浸かって、お眠りになって、美味しいご飯でも食べればきっとその姿も多少は見れるようになるでしょう。ええ、少しは改善なさらないと、ハリーに嫌われてしまうかもしれないくらい、叔父様は悪人臭が漂っておりますよ?
こてりと首を傾げながら、私は叔父様の姿をじっくりと見つめます。叔父様は私の言葉に答える気がないようですね。
そんな叔父様はいつから着ているのでしょうかね、というくらいに草臥れたお洋服を着ています。その意匠は魔法界らしいものかといえばそうではないですが、マグル界で通用するかといえばそうも言えません。端的に言えばとっても古くて傷みが激しいですからね。こんな服での初対面はハリーは別にしても、隣家のダーズリーさん一家の方々──特にお母様のペチュニアさん? には受け入れられないでしょう。一歩間違えれば不審者として通報されかねませんよ。フォーマルな服装をしろとは言いませんが、せめてカジュアルでもこ綺麗にしておきませんと。これはお買い物案件、になりそうですね。
まずは叔父様の服を用意しなくてはダメですが、この辺りのお店を私は知りません。え、どうしましょう。ドビーに用意させるとなると、本邸のお父様のお洋服になってしまいますし。フォーマルもフォーマルな服ばかりのお父様のワードローブでは、どう考えてもシリウス叔父様のイメージにそぐわないと思うのですが。などと考えながら、私は歩き出しまして、叔父様を見下ろします。ええ、ほんの僅かばかりですが座っている叔父様を見下ろせるくらいには、私の背はあるのですよ?
相変わらず正座をなさっているシリウス叔父様。当たり前ですけどね。ドビーにお願いして、そうしてもらっているのですから。そんな叔父様にですね、そっと、そうそっと近づきましてスリッパを履いた右足で踏みました。叔父様の足の裏を両方。ええ、嫌がらせですがなにか?
「っぐあ! ちょ、カサンドラ! 踏んでる! 足! 踏んでる!」
「あら、申し訳ありません叔父様」
「いや、おま! 謝罪しててもっ! やめる気がないだろ!」
「まあ、そんなことはございませんよ? 叔父様が私の言葉を聞いてくださるのでしたらすぐにでもおやめしますよ?」
踏み踏みと柔らかく叔父様の足を刺激しながら、私はそうお伝えします。
子どもで、その上そう大きくない私と大人な上で男性であるシリウス叔父様。私たち2人が真っ向勝負をするならばどうなるか。体格差で私の負けは確実なのですからこのくらいの卑怯な手は有効範囲ですよね? ……なんだか私、今とってもマルフォイ家の娘らしくないですか? なんだかとっても楽しくなってきている私です。
慣れない痺れに格闘しながらも、叔父様が頷いてくださるまでのしばらくの間私はずうっと叔父様の足を踏み踏みするのでした。