迎撃!霧の艦隊 Cadenza   作:蒼樹物書

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第二話『千早群像が鎮守府に着任しました!』

鎮守府。

旧帝国海軍の根拠地として艦隊の後方を統括した機関。

国内に数箇所設置されいたが、その中でも横須賀の鎮守府は工廠もあり数多の艦船を製造、

また首都防衛の要として独自の防衛部隊をも備えていた。

太平洋戦争の終戦に伴い廃止、その後日米両海軍の母港として活用。

しかし2039年の温暖化に伴う急激な海面上昇により施設の大部分が海に呑まれた。

そして『大海戦』。

大規模な『霧』との決戦が人類の敗北に終わった後、横須賀の再建がなされ港湾部での防壁建造、ドッグの地下化。

群像の在籍していた海洋技術総合学院もその近くに造られその昔の面影は残っていない。

はずだった。

 

赤レンガの洋風建築。

千早群像とイオナが案内されたそこは3階建て、横に長い四角形の造形は古い学校を思わせた。

 

「旧横須賀鎮守府……」

 

学院の古い写真データで閲覧したことがあったか。

しかし群像の記憶違いでなければそこかしこに変化があるように思えた。

正面の中心となるであろう庁舎の周囲には大小の似たような建物が列なっている。

先導する叢雲がその呟きを聞き咎めるように振り返る。

一緒にいた島風は陸に上がるなり駆け出して、さっさと行ってしまっていた。

 

「何よ旧って。現役よ現役」

「旧横須賀鎮守府は海没しているはず」

 

イオナが反論するように応える。

それに基地機能自体は地下に集約されていたはずだった。

 

「……どうにもアンタ達とはズレがあるようだけど。まぁいいわ」

 

言うとさっさと建物内へと入っていく。重厚な木製のドア。

群像は建物の規模に見合い喧騒を予感したが、簡素ながらも堅実に造られた内装の建物内は人気はなく静寂に満ちていた。

 

「ようこそ横須賀鎮守府へ。さて事情の聴取だけれど、うちの司令官が直々に行いたいそうよ」

 

再び叢雲が先導し正面の階段を上っていく。

この規模の基地の司令官となると少なくとも佐官以上。

しかし海上からここまで群像の想像を超えた事態が連続している。

下手な先入観は持たない方が良そうだ、と群像が考えた所で2階の一室、

扉に応接間と刻まれたプレートの貼り付けられた部屋の前で叢雲が立ち止まった。

 

「叢雲よ。客人をお連れしたわ」

「――っ、~~~!」

 

到着を知らせる叢雲の言葉に、応答はない。

代わりに女性のくぐもった声と物音が返事した。

 

「……? ッ、まさか!!」

 

一瞬首を傾げた叢雲は、事態に気づいたように勢いよくドアを開け放つ。

その反応に、群像も身を強張らせる。開かれた部屋の中央、そこは。

 

「よいではないか~よいではないか~。先っちょだけ先っちょだけ」

「いい加減にしてください!先っちょって何ですか提督の何の先っちょなんですか!魚雷撃ちますよ!?」

 

セクハラ現場だった。

濃緑のセーラー服に身を包んだ茶髪の少女が後ろから抱きしめられ身を捩っている。

少女に提督と呼ばれ、その抵抗を絡め取るように十指を肢体に這わせているのは白の軍服に白の軍帽。

軍帽から伸びる黒髪は首の後ろ辺りで一まとめにされながらも腰辺りまで届いている。

傍目にも情欲に溺れ緩みきっている顔は整ってはいた。整ってはいるのだが。

 

「……何をしているの?」

「げぇッ!叢雲!?」

 

地の底から響くような叢雲の声。

軍服の女性は女性らしくない言葉遣いでようやく来室に気づいた。

 

「話せば分か……!」

「問答無用!」

 

ご。

弁明をしようとしたらしい女性の眉間に、容赦なく投擲された棒が直撃。

潜水艦をも屠った一撃は正確にセクハラ犯のみを射抜いた。

びゅーてぃふぉー。

 

「自分は伊東道子少佐。ここ横須賀鎮守府を預かる司令官よ」

「千早群像です。元学生……ということになります。こちらはイオナ」

「イ-401。イオナと呼んで」

「あら可愛い」

 

長椅子に並んで着席を促された群像とイオナの正面、軍服の女性が名乗り二人に握手を求める。

傍らには叢雲が未だ憮然とした顔だが直立の姿勢で控えている。

セクハラされていた少女は群像達と入れ違いに、恥ずかしそうに顔を伏せながら退室してしまっていた。

握手に応じ、浮かせた腰を再び下ろす。若い女性だ。20代半ばといったところだろうか。

軍隊で女性は珍しくなくなった現在とはいえ、佐官、それも司令官という立場はこの若さでそう与えられるものではない。

群像自身も艦長としては異例の若さだが彼女も何らかの事情あってのことだろうか。

最初の騒動がなければ知性的で、優秀な部類に入る人間という印象だった。額に真っ赤に腫れた小さな痣がなければ。

しかし、質問は後だ。群像は長くなりますが、と前置くと彼の戦いについて語り始めた。

海洋技術総合学院の在籍中。霧の潜水艦、イオナとの出会い。

閉塞した世界に風穴を開ける。その為に霧と共に霧と戦う決意をしたこと。

必要以上には情報を出さず、しかし身の証明に足る一通りの流れを説明した。

途中、いくつかの確認をしつつも伊藤少佐は群像の説明を静かに聴き終え。

傍らに立つ叢雲に顔を向けた。

 

「叢雲。時報」

「ヒトヨンヨンマルよ。西暦2013年12月26日の、ね」

 

唐突な時間の確認。

しかし後に付け加えた一言に群像は困惑した。

 

「そんな……イオナ!?」

「あの戦闘後断絶があったから前後はあるかもだけど、西暦2056年11月27日のはず」

「やっぱり、ね」

 

伊東少佐は二人の反応に俯き、少し思案するように。

そして傍に控える叢雲へと向くと説明を促した。

 

「こちらの歴史。そうね、太平洋戦争の結末辺りからがいいかもしれないわ」

「了解。えーと……」

 

語り始める叢雲。

始まりから、群像とイオナの知る歴史ではなかった。

太平洋戦争は、敗戦では終わっていなかった。

いや正確に言えば敗戦間際の状況下。

――深海棲艦。

正体不明の敵性海洋生命群。

それらは何の声明もなく突如海に現れ、人類から海を奪った。

海洋上の人類、または建造したモノを全て破壊し始めたのだ。

当初は誰もが敵国の新兵器と考えた。

だが海の底から無限に湧き出る圧倒的な物量、何よりその性能が国の区別なく全ての人類を圧倒した。

多種多様な姿形、性能を有する深海棲艦だったが大きさは1メートルから3メートル程度。

第二次大戦以降に過剰化していった火砲、装甲であれば取るに足らない相手のはずだった。

しかしその小さな砲は戦艦の装甲を打ち破り、巨艦から見れば小魚の肉体は魚雷の直撃にすら耐えた。

人知の及ばぬその性能に人類は恐怖し、研究を重ねたが解明には至らない。

結果、海の上。その空すら人類は進むことすらできなくなった。

各国の連戦連敗。戦線は縮小に縮小を重ね沿岸線の防衛強化へ至るまで時間はかからなかったが。

深海棲艦が人の居る陸地へと侵攻を行うことはなかった。

行動原理の解明や接触、交渉などの試みは幾度となくされたが理由は不明。

そもそも言語が通用しない。否、人語を使う深海棲艦も確認されたが、それらはこちらの言葉には耳を貸さずただそれを紡ぐだけだった。

怨念。

何に対するモノなのか、誰に対するモノなのか。

 

「……っ」

 

先ほど海上で、群像の眼前に現れた女性の姿をした深海棲艦、カ級と呼称されていたか。

群像の耳にこびり付いたように残る彼女の、声。その憎悪が蘇り背筋を震わせる。

交渉する余地がない以上戦い続けるしかない。

各地の人類同士での戦争は休戦または陸地で一部のみ続けられた。

深海棲艦は全ての人類の敵として認められたのだ。

しかしいくら艦隊や航空機、さらに新型爆弾をも投入しても勝てない。

陸地への攻撃がないとはいえ、海上からの物の出入りが停止すれば続けられるものではなかった。

そんな状態が何年も続けば諦める国が出始めた。

生産を調整し国民を統制し、海が使えないことを前提とした体制を作りあげる。

当然全ての国ができるわけもなく戦い続け損耗を重ねる国、ゆっくりと滅んでいく国。

人類はその数を半分以下にしてしまった。

そんな中、伊東少佐の国は後者だった。

島国であるこの国の海上輸送は生命線であり、それを諦めることは自決を意味する。

しかしただでさえ戦力も食料も乏しい状況では勝てるはずもなかった。

先の大戦、その本土決戦で使用される予定だった決戦兵器も投入されたが損耗だけが増えていった。

叢雲の説明に、伊東少佐が今この階級となっているのも上の椅子が勝手に空いていったのが理由だと、自嘲するように挟んだ。

ほとんど国としての体面すら保つことができなくなってきた頃。

彼女達が現れた。

今から一年程前。

始めは、妖精と呼ばれる小人達。

妖精達はどこからともなくこの国に現れた。

その存在が確認されて間もなく妖精達は建造を行う。

最初の建造はここ横須賀鎮守府の備蓄倉庫で行われたらしい。

いくらかの燃料、鉄、弾薬、ボーキサイト。そして開発資材と呼ばれる人類に製造不可能な物質。

それらを以って初の艦娘が建造された。

建造の詳細については最高機密とされており、必要な材料、そして妖精達によって行われることまでしか伊東少佐も知らされていない。

艦娘は必ず若い女性の姿を持ち、艤装と呼ばれる装備と共に生まれる。

その性能は深海棲艦に匹敵し、人の形でありながら砲火に耐え艤装の火力は核でも焼ききれない装甲を撃ち破った。

彼女達は皆、人類に対し友好的であり深海棲艦を敵として認識する特徴を持ち。

既に沈んでいった帝国海軍の艦名を名乗り人類からの指揮を求めた。

全ての艦娘が刷り込みのように持つこの思考は艦娘自身にも理由は分からず、しかし人類にとっては都合がよかった。

人類は初めて深海棲艦に対抗しうる戦力を手にしたのだ。

だが、この国は既に疲弊しきっており大々的にその反撃の芽を育てられる状況にはなく。

艦船がほとんど沈み無用の長物となった鎮守府と、数少ない士官を宛がい細々とその運用試験を行うこととなった。

 

「で、今に至ると」

 

伊東少佐が叢雲の説明を終えさせる。

群像の知る歴史とは、深海棲艦の登場を基点に違っていた。

これが事実ならば。

 

「……伊東少佐。気づかれているようですが」

 

「ええ。信じがたい事だけれど」

 

違う世界。違う歴史。

千早群像とイオナは迷い込んだらしい。

 

応接間に夕日の光が差し込む。

その後、群像は自身の世界について改めて語り、こちらの世界との差異を共通認識として詰めていった。

艦娘と霧、そして深海棲艦。それらの特徴についても互いに情報を出していくがいくつかの共通点があることが分かる。

霧と深海棲艦。

共に人類を海洋上から排除することを目的とする敵であること。

霧と艦娘。

共に女性の姿を持ち、帝国海軍の艦名を持つこと。

霧は全てが人型、メンタルモデルを持つわけではないが、人間の指揮によってその威力を最大限発揮するという共通点もあった。

封鎖された海、衰退した人類。そして始まった反撃と歴史すら似ている。

状況を聞くに群像達の世界よりもこちらはさらに追い詰められているようだったが、これらの共通点に群像とイオナが迷い込んだ理由があるように思えた。

しかし、だからといって即座に戻る手がかりがあるわけでもない。

 

「こんなところかしらね。上にどうやって説明したものかしら……」

「耄碌した年寄り連中なんてどうとでもなるでしょう?いざとなれば伝家の宝刀」

「親の七光り、かぁ。うぅ、面倒臭いわぁ……」

 

荒唐無稽な状況に伊東少佐が愚痴る。

彼女の父は鎮守府上位機関に当たる大本営で発言力を持つ海軍大将であり、重度の親馬鹿であるとは後に叢雲から語られた。

 

「自分としては一刻も早く元の世界へ戻りたいと考えています。やり残したこともありますし、仲間が心配ですので」

「私はぐんぞーに従うだけ。でも、私も早く皆と会いたい」

「ふむ。なら、こうしない?」

 

群像達が元の世界へ戻るまで、もしくはその方法が判明するまでここ横須賀鎮守府に滞在。

衣食住を保障する代わりに対深海棲艦の戦闘に協力してもらう。

士官としての教育を受け、実際に艦長として実戦経験のある群像、そしてその性能をほとんど発揮できないとしても霧の船であるイオナ。

それらは未だ立ち上げたばかりの鎮守府においては喉から手が出るほど欲しい。

下手に上へ報告して監禁したり放逐するよりは囲い込んで協力してもらいたい、ということだった。

 

「具体的な内容についてはお互い詰めた方がいいでしょうね。とりあえず千早さんには私のアドバイザーをお願いしたいわね」

「謙遜するわけではありませんが、自分は一艦長です。司令部付としてお力になれるかどうか……」

「それが重要なのよ。艦娘による戦闘の指揮は、恐らく貴方の知る物とは違うわ。でも、だからこそなの」

「だからこそ、ですか」

 

艦娘の指揮は船に乗って直接行うことはなく、地上の鎮守府からの通信によって行う。

最初期には数少ない艦艇に指揮官と艦娘が同乗し戦闘海域に入ったら艦娘が出撃、艦艇から直接指揮を執る形を取っていた。

船ではあるが空母とその艦載機、その指揮系統を執ろうとしたのだ。

しかし深海棲艦の性能は前述の通りで、艦娘の護衛である程度守れたとしても艦艇は簡単に撃沈されていった。

指揮を取れる人間、そして艦艇。そういった人的、物的戦力が貴重となったこの国では直接指揮するメリットを取れなくなったのだ。

その為出撃する際には艦娘一人を旗艦とし、直接的な指揮を取らせ地上の指揮官は前進や撤退、陣形の選択といった判断を行う。

そうなると実戦の経験有無が指揮において重要度を増してくる。

敵を肌で感じられるか、感じたことがあるかは前線にいない指揮官の判断において勝敗の分け目となり得る。

通信技術の発展した太平洋戦争でも、それを意識しない指揮がどんな悲劇を生んだのか。

群像は士官候補生として学んだ経験上その重さを承知していた。

その点伊東少佐は艦艇での実戦経験がなかった。

そもそも艦娘誕生以前に、協定も何もない深海棲艦と戦い生き残った者はいない状況である。

 

「というわけで実戦経験のある人間からの助言が欲しいのよ」

「……わかりました。ご協力します。ですが、イオナの参戦についてはお時間を頂けませんでしょうか」

「ぐんぞー?」

「現在イオナは全力の状態になく、どれ程性能を保持しているか不明瞭です。また、それが深海棲艦に対し戦力なり得るかもわからない」

「なるほど、無闇に手持ちの戦力を貸し出すだけにはいかない、と」

「イオナは俺の船です。戦い得るかどうか、そして戦う相手は俺が決めます」

 

あえて棘のある言い方をした伊東少佐が群像の言葉に押し黙り、真っ直ぐにその目を見据える。

女性とはいえ大人の、それも軍人の視線を正面から受け止めながらその言葉に後悔はない。

本音だった。

 

「……ふふっ、気に入ったわ、うちの叢雲をf」

 

にやり、と笑い続く言葉を叢雲の殴打で止められた伊東少佐は軍帽の上から叩かれた頭を撫でつつ。

 

「いだいぃ……うぅ……そうね、君の船だもの。出来る限りの配慮を約束するわ」

「……か、感謝します伊藤少佐」

「軍属という訳にもいかないから善意の民間協力者ということにして、と」

「了解です。こちらには戸籍もない人間ですしね。イオナも同じように?」

「そちらの了承が得られればだけど、艦娘として扱った方が良さそうね。戦闘に参加する可能性がある訳だし」

 

艦娘には解明できていない事が多い。

新種の船が建造されることもあり、潜水艦の艦娘も最近出現したとのことだ。

ならばイオナも新種の艦娘として扱えば霧についての隠れ蓑とできる。

 

「司令官。そろそろ」

「ん、今日はここまでにしておきましょう。疲れたでしょう?食事は部屋へ持っていかせるから休んで頂戴」

「ありがとうございます。お世話になります」

「なります」

 

群像が頭を下げるとイオナがそれに続く。

部屋へ案内すると言って叢雲が二人を促した。

 

「他の子達への紹介は明日の朝させてもらうわ。お疲れ様」

「はっ。お疲れ様でした」

 

敬礼し退室。軍属でないのだから楽にしていいのに、と伊東少佐は苦笑していた。

いい人だと思う。群像は少佐の人柄について好感を持っていた。

最初の痴態はともかくその立場に圧し掛かる重圧は並大抵のものではあるまい。

飄々としているが軍人らしく現実的で計算高く、しかし情を解しベストと思える落としどころをつける。

叢雲も叱ったり手を出したりはしつつも敬意を持っているのは、先ほどの会合で直立不動を守り控えていたことからも明白だった。

信頼に足ると思いたい。これまで群像が出会った大人達は独善的で、威圧的で、しかし無力だった。

大人への不信感。子供なら多くの者が抱くその感情は、戦争が続く世界にいた群像にとっては重い物だ。

その身はともかく、傍らのイオナを預けられるのか。

協力するのならいい。だが利用しようとするのであれば。

剣呑な想像が荒波のように群像の思考を押し潰しそうになった時、叢雲が部屋への到着を告げる。

案内された部屋は来賓用の部屋だった。

物資の不足が原因だろうか先ほどの応接室と同じく物は乏しく、あっても古い物ばかりだったが丁寧に手入れされていた。

 

「そ、そそそそれで、その、部屋は一部屋でいいのかしら?」

「……? えぇ、ありがとうございます」

 

尋ねる叢雲の顔は耳まで赤くしており。

群像は応えてから自分とイオナの関係について、そういった関係なのかと暗に考えたのだと思い至る。

イオナを信頼し、大切には思っていたが群像自身は色恋に対して意識することすらなく、誤解を解くべきかを考えたが。

ごゆっくり、と裏返った声で二人を部屋に押し込むと叢雲はそそくさと行ってしまっていた。

 

「……イオナ、盗聴は?」

「されていない。周囲10メートル以内に人間や艦娘の気配はない」

 

群像はベッドが二つあったことに何となく安心しつつ、小声でイオナに尋ねる。

正体不明の来訪者を軍施設に招きあまつさえ宿泊させるのに、むしろ無用心にも思える待遇だ。

夕食までは少し時間があるはずだ。イオナに接近者がいれば教えてもらうよう頼んでから、群像は状況の整理にかかった。

 

「まず、こちらに来た理由……原因についてだな」

「私が認識していた状況は超戦艦ムサシとの戦闘中、次元の穴に飛び込んだ後異変が起こった」

 

霧の超戦艦ムサシ。アドミラリティコードの代弁者にして、総旗艦代理。

戦いに終止符を打つため大和型戦艦二番艦を模した彼女と接触すべく、群像達は北極海へ向かった。

それを阻止すべく展開した霧の艦隊との戦闘。

増援として現れたかつて敵だった霧の戦艦達の援護によって戦線を突破、ムサシと接触するが戦闘となり。

絶望的な戦力差の中イオナは海底に沈んだ超戦艦ヤマトのナノマテリアルを用いて、自身をヤマトの船体へと再構築。

超戦艦級同士の戦いの中、ミラーリングシステムにて生じた次元の穴へ群像は咄嗟の判断にて突入、直上からの奇襲攻撃を仕掛けた。

しかし次元の穴から出る際の座標計算失敗により、不明な海域に出てしまう。

ナノマテリアルの異常消費により船体を構築できなくなっていたイオナは、すぐ近くにいた群像を脱出ポッドで守りその後は群像も知る通りだった。

 

「本当に、ごめんなさい……」

「気に病むことはない。俺が指示したことだ」

 

道理で言えば再び次元の穴を発生させ飛び込み、座標計算によって元の海域に戻れる可能性はある。

しかし偶然によって迷い込んだ以上、再び偶然を期待する必要がある。

危険ではあるがそこに賭けるしかないのだろうか、と群像は考えたがそれには状況が揃わない。

 

「イオナ。船体は構築できないんだったな?」

「こちらではナノマテリアルの変換効率がかなり変わっているけど、船体なら小船程度が限界」

「ミラーリングシステムの装備は不可能か」

 

群像の言葉にイオナが頷く。

次元空間曲率変位システム、通称ミラーリングシステム。

超戦艦級に装備される特殊兵装であり、超重力砲を別次元に相転移させ無効化する。

その際に開く別次元の穴。それを利用するには超戦艦を構築し得る膨大なナノマテリアルと多大な演算能力が必要となる。

ナノマテリアルは一部の海域の海水の成分として含まれているが『こちら側』にあるかどうか。

また演算能力についても超戦艦ヤマトとして船体を構築したことによる部分が大きい為、現状では足りないだろう。

 

「やはり当面はここで情報を集めるのがいいだろう。ナノマテリアルを得ないことには動きようがない」

「深海棲艦と、戦う?」

「ああ。やはり伊東少佐の提案に乗る。イオナは……」

「ぐんぞーの命令なら従う。でも」

「どう戦うか、だな」

 

船体もまともに構築できない状況で戦えるのか。

指揮系統がどうなるのであれ、その把握は必要だ。

 

「……ぐんぞー、誰か来る」

 

食事を運んでくれたのだろう、ノックの後台車を押してきたのは叢雲ではなく別の少女だった。

恐らく彼女も艦娘だろう。

 

「失礼しまーす。伊58でち、晩ご飯ご用意しましたー」

 

名乗りもそうだが、普段着然としてスクール水着の上にセーラー服をスカートなしで着ている人間はそうはいない。

一瞬何の冗談かと思った群像だったが、気を取り直す。

 

「あ、ありがとう。伊号ということは、君が潜水艦……?」

「その通りでち!てーとく指定の機能美に溢れるこの水着は、潜水艦にのみ与えられるでち!」

「潜水艦……私も、水着?」

 

潜水艦は水着。提督指定ということは伊東少佐が着させているのだろうか。

その理由について問いただしたくなった群像だったが、今は潜水艦の艦娘という存在への興味が勝った。

 

「君も、ここで戦っているのかい?」

「勿論でち!ゴーヤの魚雷さんはお利口さんなのでち!」

「魚雷……?」

 

叢雲も水上艦用ではあるが魚雷を装備してはいた。

しかし伊58は見た目には徒手空拳だ。別に装備しているのだろうか。

 

「これでち!」

 

ゴーヤが片手を開いて突き出すと手品のようにその手へ魚雷が握られていた。

形状は旧帝国海軍の九〇式魚雷のようだが、1メートル足らずの長さのとなっている。

 

「一体、どうやって……」

「こう?」

 

傍らのイオナが同じく片手に魚雷を作り上げる。

こちらはナノマテリアルによる構築だろう、形状は元々イオナが船体で装備していた魚雷を片手で扱えるサイズにした物だ。

ゴーヤは初めて見るのだろう、霧によって作られる最新鋭を超える超技術の魚雷に目を輝かせている。

 

「わぁ~……!あなたも潜水艦なの!?」

「そう、伊401。イオナ」

「ならお友達でち!イクやイムヤにも教えてあげよっと!」

「他にも潜水艦が?」

 

伊19イクに伊168イムヤ。伊58ゴーヤと同じく渾名で呼ばれているそうだ。

人格を持つ艦娘に数字で名を呼ぶことを伊東少佐は忌避しているようだ。

自身もイオナに対し401の名で呼ぶことをあまり好かないことから、群像は親近感を覚えた。

ゴーヤは潜水艦の仲間達に紹介することをイオナに約束すると、この後出撃なので、と食事を置いて退室していった。

群像は台車に乗せられたドームカバーを手に取る。やはり食料事情はあまりいい状態にはなく、野菜中心の和食だ。

しかし野菜の切り方や彩りなど、手がかかっており来賓への心遣いを感じられる。

 

「イオナ、温かい内にいただこう……どうしたんだ?」

「……これなら」

 

イオナは手にしたままの魚雷を見つめている。

その表情は確信を得たかのようで。

 

「ぐんぞー、これなら、いけるかもしれない」

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