文月学園は試験召喚獣システムとクラス格差システムを導入した日本最初の学校である。試験召喚獣という試験の点数に応じて強くなる自らのパートナーを持てるということ、またその召喚獣を用いた試験召喚戦争で上位クラスに勝てば、上位クラスのクラス設備を手に入れることができるということは生徒の向上心を引き出すのに役に立つと考えられたのである。上位クラスはドリンクバーや空調設備の整ったホテルのスイートルームのような部屋で勉強をし、下位クラスは地面に座って正座で勉強をこなす、まさに学歴社会の縮図のようである。この少し変わった、しかし実にユニークな制度を導入した学校ではあるが、実際のところ受験に対する合格実績がいいかと言われると、確かに良い生徒もいるが、ほかの学校と比べても見劣りする程度にはよろしくない。それは結局のところ勉強というものをこのゲーム感覚でしているところに由来するものだろうと私は考えている。
受験は遊びではない。
高校に来ている生徒諸君にとっては今後の人生を左右する人生における最大の分岐点であると私は考えている。
大学に行かなければ資格の取れない職業、非常に高いレベルの知識と臨機応変な対応を要求してくるトップ企業。そのようなところに行きたければ、やはり有名国立などレベルの高い大学に行かないと学べない知識が多くあるだろう。勉強に信念をもって努力し、もっと高みへいくことで知識を得た後に自分のできることの多さを知ったとき、君たちは喜びに震えるだろう。私はそう信じている。その努力の見返りとして、その鍛えぬいた頭で考えて、社会に貢献した分、もらえる賃金も他よりも多い。それが高学歴というものである。もちろん学力がすべてなどというつもりは毛頭ない。スポーツや料理、大工、美容師など学力ではなく感覚を必要とするものも立派だ。だが、そのような人々でさえ、例えば料理人になろうとしている人であればどの材料がどのような栄養を持っているかを覚えたり、その食感をどう工夫したのか、何がダメで何が良かったのか、学ぶ必要がある。この学ぶということに対する姿勢を高校で習得ことも一つ大切ではないだろうか。さらにいうなら勉強の中でした工夫する頭の柔軟性は必ず料理にも生かせるはずであると私は考えている。ほかにも学校で学んだことというのは人との会話の中で役に立つことがある。社会で学んだ歴史、またその人物の思想というのは話題のテーマにとてもうってつけである。
長々と一体私が何が言いたいかといえば
一生懸命になることに無駄などない
ということである。直接は力にならなくてもその努力は様々な形で君たちの力になってくれるだろう。
躓いたとき、くじけそうなとき、どうしても勝ちたいとき、その他もろもろ。
だからこそ私はその貴重な時期にいる君たちの、この学校のFクラス担任兼進路指導課として教壇に立てるのを嬉しく思う。
Fクラスという烙印を押されてバカにされてる諸君は落胆しているのであろうか、それとももうすでに開き直っているのであろうか、諸君はおそらくほかのクラスの人たちよりもぶつかる壁は多いだろう。
しかし、これから出会う諸君の未来が少しでも明るくなることを私は心より願っている。
3年Fクラス担任 林 航(わたる)