短編集   作:源さん

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山に飲まれる、闇に飲まれる


山飲

 火炎が燃え盛るかのように紅葉が風に舞っている。

 あの子が居なくなった時もこんな風に恐いほど紅葉の葉が色づいた秋だった。

 私が小さい頃、そう、小学生くらいだっただろうか。私には4人の遊び仲間が居た。たしか女の子は私とあの子だけで他は男の子だったと思う。

 あの日私たちは隠れん坊をしていたのだ。

 私が鬼で、私以外の子はみんな思い思いの場所に隠れていった。

 秋の山の中には隠れる場所がたくさんあって子供にとっては秘密基地のようなところだった。

 けれど、隠れる場所が多いと言っても子供のすることであったから、だいたいの子は簡単に見つかった。

 その日も大体の子は簡単に見つかったけれど、あの子だけが見つからず、段々と辺りが暗くなっていった。

 皆で声を張り上げて、あの子の名前を呼んだけれど、それに返事が返ってくることはなかった。

 だから私達は先に帰ったのだと思った。あのこは気立ての良い子だったけど、ときどき1人で勝手に帰ることがあったから。

 それで私達はみんな家に帰っていった。

 家に帰って、あの子の両親から「まだうちの子が帰ってきてない」と聞いて、とても驚いたことを憶えている。そして、あの子はそのまま帰ってこなかった。

 大人達は山に飲まれたのだ、と言っていた。その意味は分からなかったけど、私達は悲しくなって泣いていた。

 

 それから何年もたって私達は大人になった。私以外のみんなは都会に出て、仕事に就いた。私だけがここに残った。

 皆、辛い記憶を思い出したくなかったのだろう。

 私もこの山に来るのは久しぶりだった。けれど、私の中にずっと残っている悲しみと苦しみを無くす為に今日、山に登る決意をしたのだった。

 

 山の中で落ち葉の上に腰かけていると、声が聞こえた。

 女の子の声、だろうか。

 私は山の中で声がするのを不思議に思って、聞こえた方へと歩いて行った。

 しばらく歩くと、紅葉の様に鮮やかな、紅いスカートとカーディガンを着た女の子が、舞い散る紅葉と一緒に踊るように遊んでいた。その様子がとても艶やかで、美しくて、私は思わず息を飲んだ。

 すると女の子がこちらに気づいて駆け寄ってきた。

 「こんにちは、お姉さん」

 私もこんにちは、と挨拶をして、女の子にどうしてここにいるの?と聞いた。

 「近くの村からここに遊びに来たの!」

 女の子はクルクル回りながら言った。

 考えてみれば私達もここに入ってよく遊んだものだ。今もここが子供達の遊び場として親しまれていてもおかしくはないだろう。

 「お姉さん、一緒に遊ぼ!かくれんぼ!」

 そう言って女の子は私の服の袖を引っ張った。私は良い年した大人が隠れん坊をするなどいかがなものかと思ったが、久々に山に来たせいか、童心に返るのも悪くないか、と思った。それに、子供に付き合うことはある意味大人の義務でもあるだろうと思った。

 私が了承すると、女の子は、

 「それじゃ、お姉さんが鬼ね!」

 と言って駆け出してしまった。

 私はそれを見て微笑みながら、10まで数え、ゆっくりと歩き出した。

 考えてみればこの山に来るのは本当に久しぶりだった。あの子がいなくなってからはずっと山に来るのが辛くて、一回も来ていなかったから。

 久しぶりに見る山は、覚えている限りでは変わったところはないようだった。

 昔、隠れん坊に使った木の洞や、穏やかに流れている涼しげな小川も当時のままに残っていた。

 そうして、山に昔の面影を見つけながら楽しんでいた時、ふっと匂いが漂ってきた。今まで、山では嗅いだことのない匂いだった。

 とても芳しく、甘い匂い。熟れすぎた果実の匂いに近いが、少し違う。

 私はまるで匂いに引き寄せられる羽虫のように、ふらふらと歩いっていった。ああ、何の匂いだろうか。甘美でどことなく心が不安になる匂い。

 私は歩いて、歩いて、もはやどこをどう歩いたかも分からなくなっていった。

 すると紅葉の真っ赤な乱舞が途切れ、開けた場所に出た。

 深い深い、谷だった。

 光は一切入っておらず、底が見えない。ただひたすら艶やかな闇が覆っていた。匂いはその闇の中から漂っていた。

 ああ、何と芳しい匂いだろうか!何と甘美な香りだろうか!体の芯が蕩け、熱に浮かされたかのようにぼうっとなった。

 あの闇に体を溶かせばどれ程心地よいだろうか。

 私はこの底の見えない闇に惹かれていた。しかし、何かがこの闇へと私を飛び込ませるのを躊躇わせていた。

 何が恐ろしいのだろう。どうして不安になるのだろう。

 私は考えた。不安の源を、恐れの源を。

 するとふっ、と大人たちの言葉を思い出した。

 山に飲まれる—

 私の恐れと不安は明確な恐怖にかわった。この闇に飲まれれば「私」という個は無くなってしまうのではないか。

 私は後ずさろうとした。

 その時、背中に柔らかく、小さいものがぶつかり、私の背中がトン、と押されるのを感じた。

 あ、と思う間もなく、私は闇の中に落ちていった。

 闇に体が融けていく、「私」がとろけて消えていく。ああ、なんという心地よさだろう。快感が私の脳にゆっくりと広がった。

 ああ、そうか、あの子もこの闇の中にいるのか、この心地よい闇に。これが、山に飲まれると言うことなのか—

 「私」が色々なものと混ざっていく⋯。山の生きものに、これまでこの闇に身を融かした者たちに、あの子に—

 「私」が消えていく中、ふっ、と上を見上げると紅葉が狂ったように舞う中に、女の子が立っていた。あの子の顔が、私の顔が、様々な者たちの顔が、恍惚とした笑みを浮かべていた。

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