藤の花の盛りを迎える   作:ruuca

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問答

 

 

 

「進藤、久しぶりだな」

 

「久々だな。まさか、出張先が同じ近畿地方だからって折角だから食事でもしようって言い出したのは驚いたけどよ」

 

 夕刻をとっくに過ぎ、時間はそろそろ深夜に差し掛かった頃、進藤と塔矢という囲碁界の双璧トッププロは現在日本三大都市の一つである大阪の駅前にいた。二人とも先ほどまで囲碁のイベントに参加していた。塔矢は京都、進藤は大阪で。塔矢が大阪に進藤がいると棋院関係者の口から聞くと、電車ですぐだからということで半ば強引に進藤を誘い大阪駅前の居酒屋へ行くことと相成った。

 

「ずっと誘いを断り続けられていたからな」

 

「お互い忙しいんだからしょうがないだろ」

 

 トップ棋士という地位にあるだけあって、彼らに舞い込んでくる仕事の量は膨大だ。タイトルホルダーが一人いるだけで囲碁イベントの客の入りも違うらしく、囲碁を普及させたい彼らとしては仕事を疎かにするなど考えられないことだった。

 

「君、付き合い悪くなったって噂になってるぞ」

 

「えー?まあ、門下生の世話もしなくちゃいけないし、それは仕方ないだろ」

 

「・・・おい、今初めて聞いた言葉が聞こえたんだが。門下生?」

 

「・・・あれ?塔矢には言ってなかったっけ?」

 

 進藤がきょとんとした顔で問い返すと、ガッと塔矢に腕を掴まれ、眉間に皺を寄せた最早お馴染みの形相で「詳しく聞かせてもらおうか」と最寄りの居酒屋に連れ込まれたのだった。

 

「今まで研究会の一つも開いたことなかった君が、いきなりどうしたんだ?一体どういう経緯で門下生を取ることになったんだ?」

 

「才能ある子供を見つけたから、育ててみたくなった。それだけだっての」

 

「それほどに才能ある子なのか?」

 

「まあ・・・院生一組くらいの棋力はあるな。今は12歳。囲碁を初めて、ほんのちょっと。今まで相手にしてきたのは祖父さん一人だけ」

 

「その経歴、なんだかどっかの誰かに重なるような気がするな」

 

 塔矢が白々しい態度でそう言った。しかし進藤は苦笑するだけだった。

 

「俺とは違う。多分あいつは本物の天才だ・・・囲碁の神様でも憑いてない限りな」

 

「・・・またそれか。君はスピリチュアルにでも嵌っているのか?最近よくその単語を聞くような気がするが」

 

「はははっ!自分では、頭可笑しくなっているつもりもないんだけどな。ただ、個人的に信じているだけだよ。というか、神を信じているっていうならお前だってそうだろ。神の一手の存在だ」

 

「それは、言い方が抽象的なだけで、実際には現実にあると言われているから」

 

「俺にとっては、どっちも同じようなものだけど・・・お、来たぜ」

 

 二人が会話しているうちに頼んでいた料理が運ばれてきた。進藤は手をあわせると即座に鳥の唐揚げを一個つまみ上げ、自らの口に放り込んだ。

 

「まあ、それは兎も角として弟子の話だ。俺ももういい年だし、弟子の一人や二人くらいいても可笑しくないだろう?」

 

「それはそうだが・・・どうにも、君が先生をやるというのが想像できなくてね。師匠は未だ不在だし」

 

「俺の師匠は囲碁の神様だから。それに、あいつはどんどん成長してるぜ。ぶっちゃけ、プロ試験に挑戦させてもいいと思ってるけど・・・院生でしか得られない体験ってあると思うからさ」

 

「僕としては、回り道などせずに実力があるならプロの道を進んだ方がいいと思うんだが」

 

「あー、考え方の違いを感じる」

 

 二人とも自分の経験を元に持論を展開しているところにかけては同じだ。しかし、決定的な経歴の違いが意見の対立を生んでいた。

 しかし、進藤もこんなところで本気の意見のぶつけ合いをするつもりもないため、水を思いっきり飲んで頭を落ち着かせた。

 

「それにあいつ、同年代の友達がいないんだよ。院生になれば年が近くて棋力も近い奴がいるだろうし・・・俺がいない間も勉強することができるし」

 

「成る程、それはあるね。僕は家に帰れば父さんがいたから、毎日とはいわずともかなりの頻度で打っていたから」

 

(俺も、心の中にいつもあいつがいた)

 

「いっそ、正式な門下生なら住み込みで指導っていうのもありじゃないか?」

 

「それは無理だ。俺料理とかあんまりできないし、成長期のあいつにまともなもん食わせられないってのも申し訳ない」

 

「君、意外とちゃんと考えてるんだな」

 

 囲碁以外のことは結構感覚的に行動しがちな進藤が、こうも弟子のためを思って考え悩んでいる姿が、塔矢には新鮮でならなかった。

 

「和谷にも言われたなそれ。俺だってちゃんと先生なんだって」

 

「・・・そうだな。弟子の教育について、僕があれこれ言うことでもないな」

 

「いつか、プロになったあいつとお前の生徒がライバルになるかもしれないな」

 

「ふふ、それは楽しみだな」

 

 二人にしては珍しく、その日の会合は和やかな雰囲気で終わった。

 店を後にし、駅前で塔矢と別れると、進藤は自分が今夜泊まるホテルへとチェックインを済ませた。

 ベッドへと腰掛け、タブレッドを起動させ明日のスケジュールを確認する。明日は京都でのイベント夜の部の出演。昼間の時間が丸々空いていた。進藤は少し心が躍った。京都には実は本因坊発祥の地が存在し、そこには進藤はまだ行ったことがなかった。進藤の本因坊に対する思い入れは囲碁ファンの間では有名である。毎年の因島への『聖地巡礼』も進藤のファンの間ではよく知られている。明日の京都のイベントで、もしかしたらそのことについて話を振られるかもしれない。

 正確には、進藤は本因坊ではなく、かつてその名を名乗っていた秀策に強い思い入れがあるのだが、本因坊位を持つ者として一度は訪れてみたいとも思っていた。

 空き時間を利用して訪れたと、京都のファンに話すネタにもなる。明日はこの空き時間を使って本因坊発祥の地を訪れてみようと進藤は思った。

 

 

 

 


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