「ていうかさ、お前いつの間に弟子なんかとったんだよ。それもマンツーマン指導とか」
和谷にとっての進藤は、院生時代からの同期という印象が強いが、世間的には三期連続防衛中の本因坊で日本トップクラスの棋士である。そんな彼が研究会もやらずに、いつの間にか弟子ができていて、今はその弟子のために電気屋に赴いてタブレットを選んでやるという待遇の良さ。一体どんな虎の子だというのだ。
「二ヶ月前。近所の子で、公園で知り合ったんだよ」
「大事な経緯がいろいろすっ飛ばされてるっつーの!」
「公園で、アイス食いながら話してたら碁好きって判明してな。打ってほしいって言われたから打った。そんで弟子にした」
「軽っ・・・・正式な入門じゃねえの?」
「謝礼とってないから正式な入門とは、確かに言えねえな」
「なんなの、ただの暇つぶしなの?」
「いや」
進藤は真剣な表情で続けた。
「俺はあいつをプロにするつもりだよ」
「・・・・・ほんっとお前ってわかんねーな」
碁を初めて二年で、それも師匠もいないままにプロ入り。そんな彼が、師匠として一人の碁打ちを育てようとしている。普通の人が聞いたら、現実味のない戯言と言われてしまうようなことでも、進藤が言うと謎の説得力を持つ。
付き合いの長い和谷でも、彼の数大き謎を解き明かすことができない。
しかし、それでも和谷は進藤を信じることができた。きっと、進藤はまた成し遂げることができるだろう。
「でも、まあ、頑張れよ。楽しみにしてるぜ。進藤の弟子がプロになるのを」
「待ってろよ。棋界に名が残る棋士に育て上げてやるかならな」
相変わらずの大物発言に思わず和谷は吹き出してしまう。それに進藤は「本気だぞ!?」とむきになって返していた。
進藤の分と彩人の分。二つのタブレットを買ってから、ネットの接続などの難しい手続きや操作は和谷に頼んだ。こんな時機械に強い友達がいて良かったと心底思う。
「ほらっこれならルーターなしでもネットにつなげるぞ」
「(ルーター・・・?)おう!ありがとう!」
和谷からタブレットを受け取り、まずは軽く操作してみる。タッチ操作には苦戦するが、使っていくうちになれるだろう。
ネット碁のアプリケーションはすでにインストールされていた。それをタップすると、アカウントのログイン画面が出てくる。昔使っていたネット碁とは違うアプリのため、新しく作る必要があった。
「アカウントの作り方はさすがにわかるみたいだな」
「なめんなよ」
IDとパスワードを設定し、次にハンドルネームを設定する。
使える文字は半角英数字のみ。進藤は無難に『hikaru』と、特にひねりも加えず下の名前で登録した。
「そういえば、和谷って今も名前zeldaなの?」
「この歳になってゲームキャラなんかつけられるかよ。普通だよ。他のユーザーに俺だってバレてるし」
「ここってプロも登録してるの?」
「俺の知ってる限りじゃ、伊角さんに、本田、越智もやってる。他にもやってる人はいるんじゃないか。ここ、結構プロが内緒でやってるって有名だし」
進藤は久々にネット碁で対局してみてもいいかもしれないと思いながら、メニュー画面をいろいろいじっていた。
すると、メニューの一覧の中にコミュニティと書かれたボタンがあるのを見つけた。
「なあ、和谷。このコミュニティってのはなんなんだ?」
「ああ、何人かのユーザーが集まってチャットしたり、棋譜を共有して検討したりする機能のことだ。他にも特定のプロ棋士の棋譜を集めるってこともある。研究会みたいなもんだ」
「へえ〜」
進藤はコミュニティの一覧をスクロールして流し見する。すると、気になる単語があったので思わずスクロールを戻し、その文面を確認した。
「伝説の最強ネット棋士saiについて語る会・・・・・」
「あっ、見つけたか。これ、俺も入ってるんだぜ」
「和谷が!?だって、saiがネット碁にいたのってもう随分昔だぜ?」
胸の内の動揺を隠しながら、進藤は和谷に尋ねる。和谷は若干興奮した様子で言った。
「あれほどの強さを持っていたsaiの名前が、十数年くらいで風化するわけねえだろ!リアルタイムでsaiと打っていたユーザー以外にも、棋譜の秀逸さから新しくついたファンだっている。今だって、俺たちはsaiの再来を心待ちにしてるくらいなんだ!」
「・・・・・・」
進藤は複雑そうな表情を隠すように俯き、タブレットに視線を向けた。
進藤はコミュニティ画面を消し、メニュー画面に戻る。大体の機能はヘルプを見ればいいだろう。進藤は自分のタブレットの電源を消した。
「和谷、今日はサンキューな。今度なんか奢るよ」
「これくらい安いもんだって。進藤も、今度森下先生の研究会にその弟子連れてこいよ」
「ああ。彩人に話してみる」
進藤と和谷は談笑しながら、次の仕事場へと向かっていった。