東方蜘蛛記   作:ヒトゲノム

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第九話 月人

体に当たる風が冷たさを帯びてきた。

もうすっかり秋だ。木々は色鮮やかに染まり、視界に入る風景はとても幻想的だ。

そんな色鮮やかな森の中、俺達は特訓に勤しんでいた。

目の前の大岩に狙いを定める。地面をしっかりと踏みしめ、反動に備える。

妖力を口に集める。いつもとは違い、球形にはしない。

妖力を絶えず送りながら、撃つ!

まあ、上手くいった方か。

それを見てくれていた八雲が言葉をかけてくる。

 

「そうそう、そんな感じよ。随分飲み込みが早いじゃない」

 

俺が撃った光線は正確に大岩の真ん中に風穴を空けている。

これなら、実践でも十分に使えるだろう。

特訓に付き合ってくれた八雲に、俺は礼をする。

 

「付き合わせて悪いな。あいつらはこういうのには疎くてな」

「いいのよ。借りを沢山作っておこうと思ってたし」

「……その借りを俺達にどう返させるつもりだ? 」

「秘密」

「…………」

 

貸しはあまり作らない方が良さそうだ。

その時、マギリが戻ってきた。

 

「よう。そっちも終わったか」

「ああ、ミツバとカダンは?」

「あっちでまだ何かやってたぜ」

 

マギリの指した方を見ると、ミツバが飛んでいるのが見えた。

カダンと特訓しているのだろうか。

八雲が口を開いた。

 

「それにしても、何で急に特訓なんて始めたの? もう十分に強くなったじゃない」

「えーと……平安京とか言ったか。そこに都が移ってから、陰陽師とか言う奴等が増えてきたからな。あいつらは油断できねえからな」

「そう。……平安京と言えば、面白そうな話を聞いたわ」

「なんの話だ? 」

話に割り込みながら、ミツバとカダンが戻ってきた。

ミツバはいつも通りだが、カダンは随分と元気がない。おそらく、特訓で妖力を使いすぎたのだろう。

 

「平安京にいる姫様の話よ」

 

おとなしく耳を傾ける俺達を見て、八雲は更に続ける。

 

「かぐや姫って言うらしいんだけどね。何でも、絶世の美女で、その美貌は帝も夢中になるほどらしいわ」

「ふーん。……どうでもいいや」

(かぐや姫? 何処かで聞いたような? )

 

かぐや姫と言う名前は聞いたことがある気がする。あれは……前世の時だろうか?

しかし、人の美女など興味がないミツバは話が大して面白くも無かったようだ。

それを見て、八雲は言う。

 

「話はこれだけじゃないわ。それで、そのかぐや姫に五人の大物が求婚してね、かぐや姫はその五人に難題を出したそうよ」

「難題? 」

(かぐや姫。難題)

 

なんだっただろうか? あと少しで思い出せそうな気がする。

 

「ええ、確か……男達に、仏の御石の鉢、蓬莱の玉の枝、火鼠の裘、龍の首の珠、燕の産んだ子安貝を持ってこいと言ったそうよ」

(ああ! あれか! )

 

八雲の話を聞きながらようやく思い出せた。かぐや姫と言えば、日本最古と言われる物語だ。

かぐや姫が竹から出てきて、その美貌に男達は求婚し続けたが結局は全員失敗する。それで、かぐや姫は最後に月へ帰ると言う話だった。

 

(月か。……嫌な予感がする)

 

物語の通りなら、近いうちに月からの迎えが来るはず。何事もなければいいが、万が一月からの迎えになにか起きれば、月に地上への攻撃の理由を作ってしまうことになる。そうなれば地上の妖怪はかなりの危険だ。

そんなことを考えていると、八雲が俺に話しかけてきた。

 

「ちょっと、聞いてるの?」

「え? ああ。聞いてたぞ」

 

八雲は一瞬不思議そうな表情をうかべたが、直ぐにまた話始めた。

 

「それじゃ、私はもう帰るわ。次に会うのは春になったらね」

「ああ。わざわざ悪かったな」

 

俺の言葉を聞いて、八雲はまた空間の裂け目……スキマとか言ったか。それに入り、帰っていった。

その直後にマギリが声をかけてきた。

 

「さっきはどうしたんだ? 考え事か? 」

「まあ、ちょっとな」

 

マギリ達には話した方が良いだろうか。

物語では月にちゃんと帰っていたし、問題は無いだろう。

月の奴等と関わるのは遠慮したい。

だが、やはり不安は残る。

 

(……迎えの時は見ておくか)

 

 

 

八雲の話を聞いてから数日。そろそろ迎えが来る頃合いだろうか。

確か……迎えは満月の夜だったはずだ。

俺は昨夜の月など覚えていないが。

どいつか覚えていないだろうか?

 

「今夜は満月だっけか? 」

「どうしたんだ急に」

「いや、少し気になってな」

 

マギリの返しに苦し紛れに言葉を返す。

マギリは訝しげに俺を見て何か言おうとしたが、カダンの言葉に遮られた。

 

「今夜は満月だよ」

「そうか……。なあ。今夜都の方に行ってみようぜ」

「都? いやいや、あそこら辺に行くのは危険じゃないか? 最近、化け物みたいに強い陰陽師が出たって噂だぜ」

 

マギリはこういう噂を何処から仕入れてくるのだろうか?

その化け物みたいな奴も気になるが、先ずはかぐや姫だ。

きちんと月に帰ってもらわなければ。

 

「そこまで近くには行かないさ」

「アシダカ。お前何か最近変だぜ。かぐや姫と関係あるのか? 」

 

マギリは妙に鋭い時がある。

……ここは適当な理由をつけて上手く付き合わせるのが良いだろう。

 

「実は、ちょっと情報があってな」

「情報? 」

 

食いついてきたミツバに答える。

 

「ああ、何でもかぐや姫は月から来て、満月の夜に月から迎えが来るってな」

 

俺の言葉に3匹とも驚愕の表情を浮かべる。その驚愕が良い方か悪い方かは、考えなくても分かる。

マギリとミツバが口を開く。

 

「なるほどな。そりゃあ、お前がおかしな態度になるわけだ。分かった。見に行ってみよう」

「それで、最近都の兵士達が妙な動きをしてたわけだ」

 

カダンも此方を見て了承の返事をする。

 

「決まりだな。ミツバが言った通り、おそらく、迎えが来るのは今夜だ。俺達は遠くから見ているだけになるけど、一応戦いになる可能性があることは頭に入れといてくれ」

 

 

 

空には満月が浮かんでいるのが見える。カダンの記憶は確かだったようだ。

都は真夜中だというのに一部の場所に明かりが見える。あの辺りにかぐや姫がいるのだろう。

とりあえず、俺達は都に最も近づいている森に潜伏する事にした。

迎えは空から来る。この距離でも問題ないだろう。

暫く待ち、ミツバが暇をもて余してしきりに羽を動かし始め、羽が当たったマギリにミツバが殴られた時、それは来た。

月から地上へ降りてきたそれは、牛車の形をしていた。

先程から隣で痛みに悶えているミツバに言う。

 

「来たな。ミツバ、いつまでそうしてるつもりだ」

「んなこと言ってもよ! マギリ! お前本気で殴るこたあねえだろ! 」

「あいつらが帰ってくよ」

 

無視されたことに怒るミツバをよそに、俺達は月へと上っていく牛車を見送る。

やはり杞憂だったか。そう思い始めた頃、異変が起きた。

牛車の動きが、急に不安定になったのだ。

月の迎えが墜落していく様を見て、俺達は墜落するであろう場所に慌てて向かった。

 

 

 

月の迎えが墜落した森に着くと、そこでは月の兵士と2人の女性が対峙していた。

俺達は近くの巨木の後ろに隠れて様子を伺う事にした。

落ち着きの無いミツバが話始める。

 

「あの二人は何やってんだ? あれじゃ、どう考えても殺されるぜ? 」

 

隠れている自覚が無いミツバに、マギリが直ぐに言う。

 

「静かにしろ。見つかるぞ」

 

ミツバが、静かになったのを確認して、兵士達と女性の会話に耳を傾ける。

 

「八意永林! これは、月に対する反逆だぞ! 分かっているのか! 」

 

声から兵士達は激昂していることが分かる。女性の返答が聞こえる。

 

「ええ。承知の上よ」

「貴様! 構え! 」

 

兵士達の隊長であろう男の声を最後に、会話が途切れ、殺気だった気配が出てきた。

感ずかれないよう、こっそりと見てみる。

銃を構えた何人もの兵士が女性を狙っている。それに対し、女性はなんと弓を構えていた。

その時、女性がこちらを一瞬見た。

その目は間違いなく俺を見ていた。

ばれている。兵士達は分からないが、あいつは間違いなく。

しかし、幸運なことに隊長の男の声によって、それ以上女性がこちらに注意を向けることは無かった。

 

「撃てー! 」

 

銃声が真夜中の森にけたたましく響く。

銃声のおかげで、兵士達には気づかれずに会話が出来る。

とりあえず、三匹に永林と呼ばれた女性にばれていることを話す。

マギリが憎々しげに口を開く。

 

「八意永林か……。確か、お前に会ったときに少し話したな」

 

そういえば、名前と少しの噂だけ言われた。聞いたことがある気がしていたのは、このせいか。

それを聞いたミツバが口を挟む。

 

「あいつらが地上にいた頃から有名だったのか? だったら、かなりの実力者だな」

「間違いないな。あの数の兵士達とやりあえるとは思えないが」

 

その時、銃声が止んだ。先程から少しずつ減っているような気はしていたが……まさか、一人であの数を倒したのだろうか。

 

「出てらっしゃい。居るのは分かってるわ」

 

聞こえてきたのは女の声。

どうやら、兵士達は全滅したようだ。

俺達は観念して、大人しく出ていく。

 

「私達に何か用かしら? 突っ込んでこなかったところを見ると、知性はあるようだけれど」

 

永林の言葉にマギリが返す。

 

「今更、地上に何の用だ? 」

「あら? あなた達、意外と物知りね。私達が地上に居たことなんて、月でも知らない人が居るくらいなのに」

「そんな事はどうでも良い。目的は何だ? 侵略か? 」

 

俺の言葉に心外だと言うように永林が話す。

 

「まさか。ただの逃亡よ」

「逃亡だと? 何故? 」

「話す義理は無いわ。早くこの場を離れなきゃね」

「俺達がただで逃がすとでも? 」

 

マギリの言葉に永林が弓矢で返す。

弓矢はマギリの目の前で、カダンの結界に阻まれ、力無く地面に落ちた。

それを見た永林の表情がきつくなる。

 

「そこらの小妖怪とは違うみたいね。輝夜、離れてて」

 

輝夜と呼ばれた、先程から不安げに永林にしがみついていた少女が離れていく。

戦闘に入ろうとした時、ミツバが俺に話しかけてきた。

 

「なあ、わざわざ戦う必要あったか? 」

「あるさ、あいつのせいで月が攻めてきたらどうする? 」

 

俺が一番危惧しているのはそれだ。

天才と呼ばれた八意永林。技術の流出が大嫌いなあいつらにとっては、最も消したい存在のはずだ。

月と地上の関係は絶っておくべきだ。

 

「勝てるのか? あの数の兵士を一人で殺った奴だぜ」

「やらなきゃ、月に地上への攻撃の理由が出来ちまう。月の総攻撃を受けるよりましだ」

 

言い終わると同時に会得したばかりの光線を撃つ。

それに対して、永林は矢を撃って光線に当てて相殺させた。恐ろしい腕前だ。……まさか、銃弾もこれで防いでいたのだろうか。

とにかく、相手が相当な実力者であることは分かった。それでも、やるしかない。

仲間に攻撃の合図を送る。

ミツバは合図を忘れたようだが、マギリとカダンはきちんと覚えていた。

マギリが妖力で鎌を作り出し、カダンは結界をはる準備に入る。ミツバはそれを見て、羽を動かし飛び上がった。

俺が妖力弾を撃ち、戦闘は始まった。

 

 

戦法はいつも通りだ。ミツバが素早さを活かして撹乱し、カダンは能力で援護、俺が妖力弾で動きを止め、マギリが突っ込んで仕留める。

……『言うは易し、行うは難し』とは、よく言ったものだ。今の俺達がまさにその状況だろう。

ミツバは弓矢で素早さを活かせず、俺が撃つ妖力弾は全て打ち消され、マギリは隙を見つけられずに接近出来ずにいる。

唯一カダンはいつも通りに動けているが、それだけではどうしようもない。

正直、甘く見ていたかもしれない。所詮一人の人間だと。四匹の妖怪に勝ち目は薄いはずだと。

だが、現実はどうだ。

あいつは恐ろしいことに先頭が始まってから全く移動していない。全ての攻撃をその場から動かずに捌きき、遠距離攻撃が得意なのが俺だけでも、ミツバとマギリも攻撃はしているのだ。3方向から襲い掛かる猛攻をものともせず、むしろ押している。

 

「これはまずいな」

 

マギリも自分達が押されているのは分かっているようだ。

先程から弓矢に当たる頻度が増えてきている。

結界が防いでくれているが、カダンの妖力はそこまで大きいものではない。

それに対し、あいつはほぼ無尽蔵に霊力の矢を作れるようだ。霊力が余程大きいのだろう。

長期戦は不利。そう判断して、俺は賭けに出た。

被弾を無視して、妖力を集める。

妖力弾が撃たれなくなったのを見て、永林もマギリ達も俺が何かをする気だと気づいたようだ。

妖力をひたすら集め、俺の最大の攻撃を放つ準備をする。

永林の攻撃が激しくなっているが、関係ない。カダンの結界、マギリとミツバの援護を信じる。

当然、永林は俺を狙ってくるがマギリとミツバがそうはさせまいと、恐れを捨て、接近戦を仕掛ける。

だが、それでも永林はマギリとミツバの必死の攻撃を捌き、俺への射撃を難なくこなしている。

放たれた矢が、俺を包む結界を確実に削っていく。

あまり長くはもたない。それにマギリとミツバも攻撃を受けている。

あと少しなのだ。それまで耐えてくれと祈る他無い。

その時、ミツバを包む結界が遂に壊れた。これでも、よく耐えたと言える方だろう。

結界なしで接近戦を続けるのは自殺行為だ。しかし、ミツバは離れようとはしない。二匹がかりでこれなのだ。一匹でも離れれば、あっという間に均衡は崩され、俺達が負ける。

ミツバは必死に矢を避け、注意を引き付ける。マギリもミツバを可能な限り狙わせないよう、より大胆に攻めこんでいく。

マギリの鎌とミツバの針が、永林に襲い掛かる。しかし、その全てが虚しく捌かれていく。

マギリとミツバが限界に達しようとした頃、俺は漸く妖力を十分に集めた。後は、これを急いで収束させ、撃つだけだ。

脚を大地に突き刺し、体を固定する。その音でマギリとミツバが、永林から離れる。

準備は整った。

狙いを定め、妖力の光線を撃つ。最初に撃ったものとは、比べ物にならない威力を持って、それは一直線に永林へと向かう。

その時だった。

脚に痛みを感じた。次の瞬間、背中に衝撃が走った。

 

(何だ!? )

 

突然の事に思考が混乱する。

脚を見ると矢が突き刺さっている。

それを見て理解できた。

永林に脚を撃たれ、反動に耐えきれなくなり、吹っ飛んだのだ。

俺が撃った光線は明後日の方向に飛んでいき、その威力を発揮する事は無かった。

悔しさを噛みしめ、俺は意識を失った。

 

「ぐう……」

 

うめき声を漏らしながら、起き上がる。

既に永林の姿は無く、代わりに仲間が倒されているのを見た。

 

「……! 大丈夫か!? 」

 

慌てて仲間達に駆け寄る。

どうやら、死んではいないようだ。おそらく、攻撃を受けて気絶したのだろう。

……あいつらには逃げられてしまった。俺達は、たった一人の月人に負けたのだ。




第一話を新しく書き直そうと思っています。おそらく、次話はその後になります。

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